6 / 7
第六話
しおりを挟む
「散歩行くか?」
すごく外はいい天気で。中庭の桜が開花したっていう話を聞いて俺は朝からそわそわしていた。佑月はいま春休みだから面会時間になると遊びにきてくれる。
佑月が来てすぐに俺が言うと、椅子に座ったばっかりだったのに嫌そうな顔もしないで、いいよ、と笑ってくれた。
ふたりで院内散歩に出かける。中庭に行きたいというと佑月はわかっていたようだった。俺の病室に来る前にちらっと見てきたらしい。
足早に向かう俺を佑月がおかしそうに笑っている。中庭に差し掛かったところで佑月が立ち止まった。ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出していた。
「ごめん、奏人。家から電話。ちょっと出てくるから待っててくれるか」
「ああ、わかった」
すぐ戻る。佑月は電話がかけられるスペースへと消えていった。
中庭はもうすぐそこだ。桜の木はちょうど死角になっていて窓からは見えなかった。
見えなかった、けど。
ガラスにちらりと影が映って、反射的に振り向いた。サッと人影が曲がり角に隠れて、俺の足が勝手に動いた。
そして角を曲がって、ソイツの腕をつかんだ。
「佑月!」
身体を強張らせて、俺を見る佑月。
「なにやってんだよ、お前」
「……奏人」
「あれ? お前痩せた?」
「……」
「どうした? 静かだな。電話、もう終わったのか?」
「え?」
「ほら、桜見に行くぞ」
妙な顔してる佑月に背を向けて中庭へ向かう。肩越しに振り返ると佑月もゆっくり俺のあとを続いていた。
どうしたんだろ。家でなにかあったのか?
気になったけど中庭へ出てちらほら花を咲かせた桜の木を見てテンションが上がった。
「おい、佑月! 桜、咲いてる!」
「……そーだな。……奏人、桜好きだったんだ?」
「だって綺麗だろ? 中学の入学式覚えてるか? あのときちょうど満開の桜並木でさ、すっげー綺麗だっただろ」
「……」
「あと何日くらいで満開になるのかなー」
「……奏人って……そんな風に笑うんだ」
ぼそりと佑月が呟く。なに言ってるんだコイツ、って笑えた。
「お前こそ、そんな暗い顔はじめて見るな。いつもタバコくれって俺にたかってたくせに」
「……ごめん」
「謝るところじゃねーだろ」
真面目な佑月は調子狂うな。コイツがいたから、佑月と高校で出会えたから、いや、俺が――。
「奏人、ごめん」
タバコのことは冗談だっつーのに、佑月がまた謝ってくる。
「俺、最初から変だってわかってたのに。結局、あんなことになって」
「……」
久しぶりに――気持ち悪さを感じた。むかむかして吐き気がする。口を押えてうずくまった。
「奏人? 大丈夫か?」
焦ったように佑月が俺の肩に触れてきた。ぞわ、と鳥肌が立った。身体が、震えた。
「……俺のほうこそ、悪かった。俺……夢だと、思ってたんだ。お前と……ヤってたんだよな」
「……ごめん」
「……謝らなくて、いい」
きっかけはきっと俺だったはずだから。
「……お前のおかげで夢から、醒めた……し」
だから――、ああ、クソ、気持ち悪い。胃液がこみ上げてきて堪らずに吐き出した。
「奏人っ。おい、大丈夫か? ちょっと待ってろ。医者呼んでくるっ」
慌てて佑月が走って行く。いい、と引き留めようとしたけど手が届かなかった。
気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪い。
げぇげぇ、吐いて。なんで俺は入院してるんだろう、と思った。
それは俺がおかしいからだ。触手の夢を見て、でもそれは現実にセックスしてて。ケンカだってただ暴力的な興奮で、してて。
――俺、何か忘れてる。
気持ち悪い。地面に吐き出した胃液。気持ち悪い。胃が喉が焼けるみてーに熱くて、気持ち悪い。
ぐらっと身体が揺れて、倒れそうになったところを支えられた。
「奏人」
「……っ、あ」
そう、だ。あのとき、俺の身体を支えてくれたヤツがいた。夢じゃないのに、夢だと、思い込んで、ケンカしてたヤツらにマワされて、それも全部触手だと思って、それでそれで、怪物が。
「っ、あ、あ、怪物」
「怪物?」
「俺、の、夢のなかに、出てきた。俺のこと、壊すやつだ……って思って、だから、俺……」
刺した。
ナイフが落ちていた。たぶんケンカしていたヤツらのものだったんだろう。それ、取って、刺した。夢の中で怪物に刺した。
ぐさぐさ刺した。ナイフが肉にうまる感触を手が覚えてる。刺して、刺しまくってたら、佑月が来た。
俺は起こされた。現実だって、現実だって。
俺の足元に血だまりがあって、怪物が。
「ちが……う」
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
――倒れてたのは、怪物じゃなくて――ずっと、小学生のころから、親友で、ずっと……俺のこと心配してくれてた。助けるって……。でも……父親が亡くなって――俺が転校してったから、会えなくなって……。
「ゆ――……」
俺が刺したのは、倒れていたのは――譲、だ。
***
――うわああああああ。
怪物みたいな声がする。喚き声がする。うるさい声が響いてる。
俺の喉から出ている。
俺が、殺した。
譲を、刺した。何度も刺した。
血だまりができてた。
二年ぶりの譲は倒れていて血塗れで血の気が失せていた。
佑月が「死んでしまう」と言っていた。
救急車がきた。
譲が連れていかれた。
俺が、殺した。
「さした、ゆずる、さした、おれ、アイツ、ころした」
譲には汚い俺を見せたくなかった。
触手の夢なんて知られたくなかった。
再会なんて、したくなかった。
父親がいなくなって普通になったはずなのに、普通じゃない俺を知られたくなかった。
「ころした、さした。ゆずる、血が、たくさん、出て、死んで」
――うわあああああああ。
喉から、血が出てる気がする。出ていればいいのに。俺が死ねばいいのに。
「奏人! 奏人ッ」
暴れる俺をしっかりと抱きとめる腕。
ああ、あのとき、俺が刺した譲は――泣いていた。
いまの俺みたいに。
譲、譲。
「俺が殺した」
俺が――。
「――奏人」
きつく、抱きしめられた。耳元で苦し気な息が吐き出された。
「殺してない、死んでない。生きてる」
うそだ。
「俺は――生きてるよ」
頬に手が触れて顔を上げさせられた。涙でかすむ視界の中で、そう言われた。
誰が、生きてる?
「俺は、生きてる。奏人に、殺されなんて、してない。ほら、な?」
手を掴まれて、頬に触れさせられた。
指先に体温が伝わってくる。
苦しそうに、泣きそうに顔を歪めている――譲が、いた。
小学校と中学校一緒で、ずっと親友だった。
「……譲?」
久しぶりに、その名前を呼んだ。
譲は嬉しそうに微笑んだ。
「譲……、本当に……生きてるのか?」
「ああ、生きてる。鍛えてたからな。俺は死なないんだよ」
「……そうなのか」
大丈夫だ、と譲が俺の頭を優しく撫でてくれた。
勝手に流れていた涙。さらに目の奥が熱くなって、ぼろぼろと泣いた。
譲、譲、譲。
ごめん、って譲の胸に顔を埋めて泣いた。
ぎゅっと、ずっと抱きしめてくれる譲の鼓動と体温に、本当に生きているんだ、って。ずっと、泣いた。
***
すごく外はいい天気で。中庭の桜が開花したっていう話を聞いて俺は朝からそわそわしていた。佑月はいま春休みだから面会時間になると遊びにきてくれる。
佑月が来てすぐに俺が言うと、椅子に座ったばっかりだったのに嫌そうな顔もしないで、いいよ、と笑ってくれた。
ふたりで院内散歩に出かける。中庭に行きたいというと佑月はわかっていたようだった。俺の病室に来る前にちらっと見てきたらしい。
足早に向かう俺を佑月がおかしそうに笑っている。中庭に差し掛かったところで佑月が立ち止まった。ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出していた。
「ごめん、奏人。家から電話。ちょっと出てくるから待っててくれるか」
「ああ、わかった」
すぐ戻る。佑月は電話がかけられるスペースへと消えていった。
中庭はもうすぐそこだ。桜の木はちょうど死角になっていて窓からは見えなかった。
見えなかった、けど。
ガラスにちらりと影が映って、反射的に振り向いた。サッと人影が曲がり角に隠れて、俺の足が勝手に動いた。
そして角を曲がって、ソイツの腕をつかんだ。
「佑月!」
身体を強張らせて、俺を見る佑月。
「なにやってんだよ、お前」
「……奏人」
「あれ? お前痩せた?」
「……」
「どうした? 静かだな。電話、もう終わったのか?」
「え?」
「ほら、桜見に行くぞ」
妙な顔してる佑月に背を向けて中庭へ向かう。肩越しに振り返ると佑月もゆっくり俺のあとを続いていた。
どうしたんだろ。家でなにかあったのか?
気になったけど中庭へ出てちらほら花を咲かせた桜の木を見てテンションが上がった。
「おい、佑月! 桜、咲いてる!」
「……そーだな。……奏人、桜好きだったんだ?」
「だって綺麗だろ? 中学の入学式覚えてるか? あのときちょうど満開の桜並木でさ、すっげー綺麗だっただろ」
「……」
「あと何日くらいで満開になるのかなー」
「……奏人って……そんな風に笑うんだ」
ぼそりと佑月が呟く。なに言ってるんだコイツ、って笑えた。
「お前こそ、そんな暗い顔はじめて見るな。いつもタバコくれって俺にたかってたくせに」
「……ごめん」
「謝るところじゃねーだろ」
真面目な佑月は調子狂うな。コイツがいたから、佑月と高校で出会えたから、いや、俺が――。
「奏人、ごめん」
タバコのことは冗談だっつーのに、佑月がまた謝ってくる。
「俺、最初から変だってわかってたのに。結局、あんなことになって」
「……」
久しぶりに――気持ち悪さを感じた。むかむかして吐き気がする。口を押えてうずくまった。
「奏人? 大丈夫か?」
焦ったように佑月が俺の肩に触れてきた。ぞわ、と鳥肌が立った。身体が、震えた。
「……俺のほうこそ、悪かった。俺……夢だと、思ってたんだ。お前と……ヤってたんだよな」
「……ごめん」
「……謝らなくて、いい」
きっかけはきっと俺だったはずだから。
「……お前のおかげで夢から、醒めた……し」
だから――、ああ、クソ、気持ち悪い。胃液がこみ上げてきて堪らずに吐き出した。
「奏人っ。おい、大丈夫か? ちょっと待ってろ。医者呼んでくるっ」
慌てて佑月が走って行く。いい、と引き留めようとしたけど手が届かなかった。
気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪い。
げぇげぇ、吐いて。なんで俺は入院してるんだろう、と思った。
それは俺がおかしいからだ。触手の夢を見て、でもそれは現実にセックスしてて。ケンカだってただ暴力的な興奮で、してて。
――俺、何か忘れてる。
気持ち悪い。地面に吐き出した胃液。気持ち悪い。胃が喉が焼けるみてーに熱くて、気持ち悪い。
ぐらっと身体が揺れて、倒れそうになったところを支えられた。
「奏人」
「……っ、あ」
そう、だ。あのとき、俺の身体を支えてくれたヤツがいた。夢じゃないのに、夢だと、思い込んで、ケンカしてたヤツらにマワされて、それも全部触手だと思って、それでそれで、怪物が。
「っ、あ、あ、怪物」
「怪物?」
「俺、の、夢のなかに、出てきた。俺のこと、壊すやつだ……って思って、だから、俺……」
刺した。
ナイフが落ちていた。たぶんケンカしていたヤツらのものだったんだろう。それ、取って、刺した。夢の中で怪物に刺した。
ぐさぐさ刺した。ナイフが肉にうまる感触を手が覚えてる。刺して、刺しまくってたら、佑月が来た。
俺は起こされた。現実だって、現実だって。
俺の足元に血だまりがあって、怪物が。
「ちが……う」
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
――倒れてたのは、怪物じゃなくて――ずっと、小学生のころから、親友で、ずっと……俺のこと心配してくれてた。助けるって……。でも……父親が亡くなって――俺が転校してったから、会えなくなって……。
「ゆ――……」
俺が刺したのは、倒れていたのは――譲、だ。
***
――うわああああああ。
怪物みたいな声がする。喚き声がする。うるさい声が響いてる。
俺の喉から出ている。
俺が、殺した。
譲を、刺した。何度も刺した。
血だまりができてた。
二年ぶりの譲は倒れていて血塗れで血の気が失せていた。
佑月が「死んでしまう」と言っていた。
救急車がきた。
譲が連れていかれた。
俺が、殺した。
「さした、ゆずる、さした、おれ、アイツ、ころした」
譲には汚い俺を見せたくなかった。
触手の夢なんて知られたくなかった。
再会なんて、したくなかった。
父親がいなくなって普通になったはずなのに、普通じゃない俺を知られたくなかった。
「ころした、さした。ゆずる、血が、たくさん、出て、死んで」
――うわあああああああ。
喉から、血が出てる気がする。出ていればいいのに。俺が死ねばいいのに。
「奏人! 奏人ッ」
暴れる俺をしっかりと抱きとめる腕。
ああ、あのとき、俺が刺した譲は――泣いていた。
いまの俺みたいに。
譲、譲。
「俺が殺した」
俺が――。
「――奏人」
きつく、抱きしめられた。耳元で苦し気な息が吐き出された。
「殺してない、死んでない。生きてる」
うそだ。
「俺は――生きてるよ」
頬に手が触れて顔を上げさせられた。涙でかすむ視界の中で、そう言われた。
誰が、生きてる?
「俺は、生きてる。奏人に、殺されなんて、してない。ほら、な?」
手を掴まれて、頬に触れさせられた。
指先に体温が伝わってくる。
苦しそうに、泣きそうに顔を歪めている――譲が、いた。
小学校と中学校一緒で、ずっと親友だった。
「……譲?」
久しぶりに、その名前を呼んだ。
譲は嬉しそうに微笑んだ。
「譲……、本当に……生きてるのか?」
「ああ、生きてる。鍛えてたからな。俺は死なないんだよ」
「……そうなのか」
大丈夫だ、と譲が俺の頭を優しく撫でてくれた。
勝手に流れていた涙。さらに目の奥が熱くなって、ぼろぼろと泣いた。
譲、譲、譲。
ごめん、って譲の胸に顔を埋めて泣いた。
ぎゅっと、ずっと抱きしめてくれる譲の鼓動と体温に、本当に生きているんだ、って。ずっと、泣いた。
***
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる