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第六夜 それは、まるで
第5話
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夏休みになって捺くんは半同棲というよりほぼ俺のマンションに入り浸っている。
ご両親は心配してないのかと訊けば、「うち放任だし、食いぶち減ったってくらいにしか思ってないからいいのいいの」と返された。
正直良いのか迷うけれど容認してしまうのは結局俺の弱さ。
「明日はバイトだったよね」
まだ週半ばの夜。外は熱帯夜といっていいくらいだが室内はエアコンのおかげで快適だ。
風呂上がりにズボンだけ履いて上半身裸のままの捺くんはリビングでノートパソコンを開いて勉強中だった。
「んー? ああ、明日バイト変わってもらったんだ。急に明日OBの人と会えることになって」
すでに二社のインターンシップを終え、次は下旬に二週間、そしてそのあと一週間と捺くんの予定は続いていた。
「へぇ。そうなんだ。どこの会社の?」
勉強中だしビールより麦茶の方がいいかなとキッチンから捺くんに麦茶のペットボトルを見せれば「ビール」と返される。
笑いながらビールをもう一本冷蔵庫から取り出してリビングへ向かうとさっきの俺の質問に対する返事が少し遅れてきた。
「――……コンサルグループ」
ぼやくような言い方にはっきりとは聞こえなかった。
だけど、
「え……」
思わずソファーの少し手前で立ち止まる。
パソコンから顔を上げた捺くんは困ったような苦笑いを浮かべた。
「あ、いや。アポとったのがクロでさ」
――クロくん。
クロくんこと黒崎修悟くんは大学に入ってからの、たぶん捺くんの親友と呼べる青年。
"いつも"捺くんと一緒にいる子だ。
「俺は別にいいって言ったんだけど、あいつうるさくってさ。二人で行くってアポとったらしいから行かないわけにもいかないし」
ごめん、と謝られて慌てて首を振る。
ビールを手渡しながら向かいに腰を下ろし微笑んだ。
「コンサルファームもいろいろだし、会社の方針もさまざまだから会ってみて損はないと思うよ」
「……うん」
気まずそうに頷いて笑う捺くんに、「たくさん話を聞いておいで」と言ってビールをあおった。
俺が働いているのは外資系のコンサルティング会社だ。
捺くんが就職活動のために資料集めをしだしたときにどの業界に興味があるのかを聞いたことがあった。
そのとき捺くんの資料の中にコンサル系もあったから、うちの会社にもし興味があったら――と、そうも聞いた。
『あー……』
特に他意があったわけではなく、ただ聞いてみただけだったんだけれど。
『うーんと、コンサル系はたぶん志望しないかなぁ……。優斗さんの仕事だし楽しそうだけど』
と、申し訳なさそうに返された。
他意はなかったはずだけど――……正直少し残念というか寂しいと思ってしまう自分に呆れたりした。
そのことが合ったからたぶん捺くんはいま気まずく思ってるのかもしれない。
気にすることなんてないのに。
「捺くん」
「うん?」
「夏休み1泊で近場でもいいからどこか行こうか? せっかくの夏休みだし息抜きも必要だよ」
空になったビール缶をテーブルに置きながら就活の話題から少し離れてみた。
もう8月に入ってしまってるけれど、捺くんのインターンのこととかがあって旅行の計画はたててはいなかった。
夏休みとはいってもいまからでも取れるホテルはあるだろう。
「え? あ、行く!」
すぐに顔を輝かせて満面の笑みを浮かべる捺くんにホッとする。
ホテルの手配は俺がすることにして、少しの間どこに行くかということを話して過ごした。
――――――――
――――――
――――
次の日捺くんからメールが入っていたのは6時ごろだった。
早いけどクロくんと一緒に夜ごはんを食べてくるというメールだった。
俺がそれを見たのは仕事を片付け退社の準備をしていたとき。
2時間経っているけどまだ一緒だろうか。
まだ一緒だろうな――。
仕事が終わったことをメールと電話とどっちで連絡しようかと些細なことなのに迷ってしまう。
どうしようかと悩んで電話にしてしまったのは、いつ見るかわからないメールよりすぐに連絡がつくということと捺くんの声を聴きたかったから。
ひとりきりのエレベーターの中で悩んだのは数十秒。
もうひとつわずかに胸の内で燻ぶるものがあって、気づけばコール音を鳴らしていた。
だけど、すぐに後悔した。
長いコール音のあとようやく繋がり、
『――もしもし』
響いてきたのは捺くんの声じゃなく、別の男の声。
「……クロくん?」
『はい。ご無沙汰してます。いま、捺はトイレに行ってます』
「そっか」
『あいつ、ケータイ置いていってちょうどあなたからの着信だったから出たほうがいいかなと思って。どうしました?』
――出ずにそのまま不在着信にしておいてくれていいのに。
もちろんそんなこと言える筈もなく、
「仕事が終わったから電話してみただけなんだ。悪いね食事中に」
『いえ。そうだ。お仕事終わったんならいまから夕食ですよね。合流しませんか?』
ごく自然に誘われる。
明るい声色、そこに含んだものは特には感じられない。
だけれど頷く気にはなれなかった。
「……いや、俺は……」
『あー!! クロ!! お前、なに人のケータイ勝手に出てんだよ!!』
『優斗さんから電話だから出てやったんだろ』
『それなら余計勝手に出るな! ぼけ!!』
――相変わらず、な二人のやり取り。
トイレから帰って来たらしい捺くんの叫び声が割り込んできて俺を取り残して二人は言い合っている。
いつも二人はこんな感じだ。
とはいってもだいたい捺くんがクロくんに突っかかっていて、クロくんが冷静に対応している。
それは俺にはじゃれ合っているようにしか……見えない。
『ほら、返せ! ――もしもし! 優斗さん!?』
「……うん。ごめんね、まだ一緒だったのに」
『え? いーよ、全然! これから出るところだったんだ。会計前にトイレ行っただけで。 優斗さん仕事終わったの?』
『捺、来てもらえば? 優斗さんだって腹減ってるだろうし』
『じょーだん! なんで……』
言いかけた捺くんの声が途切れる。
『と、とりあえずいいから、優斗さん来なくて! クロ、お前はちょっと黙ってろ! あ。ごめん優斗さん、うるさくって。あのさどっかで待ち合わせて一緒帰ろう。俺さいま――』
場所を移動したのか周りが静かになっていった。
"なに"が"いいの"か、とそんなことを考えてしまいながらも話しかけてくる捺くんに相槌を打ってわりと近くで食事をしていたらしい捺くんと待ち合わせをすることにした。
ご両親は心配してないのかと訊けば、「うち放任だし、食いぶち減ったってくらいにしか思ってないからいいのいいの」と返された。
正直良いのか迷うけれど容認してしまうのは結局俺の弱さ。
「明日はバイトだったよね」
まだ週半ばの夜。外は熱帯夜といっていいくらいだが室内はエアコンのおかげで快適だ。
風呂上がりにズボンだけ履いて上半身裸のままの捺くんはリビングでノートパソコンを開いて勉強中だった。
「んー? ああ、明日バイト変わってもらったんだ。急に明日OBの人と会えることになって」
すでに二社のインターンシップを終え、次は下旬に二週間、そしてそのあと一週間と捺くんの予定は続いていた。
「へぇ。そうなんだ。どこの会社の?」
勉強中だしビールより麦茶の方がいいかなとキッチンから捺くんに麦茶のペットボトルを見せれば「ビール」と返される。
笑いながらビールをもう一本冷蔵庫から取り出してリビングへ向かうとさっきの俺の質問に対する返事が少し遅れてきた。
「――……コンサルグループ」
ぼやくような言い方にはっきりとは聞こえなかった。
だけど、
「え……」
思わずソファーの少し手前で立ち止まる。
パソコンから顔を上げた捺くんは困ったような苦笑いを浮かべた。
「あ、いや。アポとったのがクロでさ」
――クロくん。
クロくんこと黒崎修悟くんは大学に入ってからの、たぶん捺くんの親友と呼べる青年。
"いつも"捺くんと一緒にいる子だ。
「俺は別にいいって言ったんだけど、あいつうるさくってさ。二人で行くってアポとったらしいから行かないわけにもいかないし」
ごめん、と謝られて慌てて首を振る。
ビールを手渡しながら向かいに腰を下ろし微笑んだ。
「コンサルファームもいろいろだし、会社の方針もさまざまだから会ってみて損はないと思うよ」
「……うん」
気まずそうに頷いて笑う捺くんに、「たくさん話を聞いておいで」と言ってビールをあおった。
俺が働いているのは外資系のコンサルティング会社だ。
捺くんが就職活動のために資料集めをしだしたときにどの業界に興味があるのかを聞いたことがあった。
そのとき捺くんの資料の中にコンサル系もあったから、うちの会社にもし興味があったら――と、そうも聞いた。
『あー……』
特に他意があったわけではなく、ただ聞いてみただけだったんだけれど。
『うーんと、コンサル系はたぶん志望しないかなぁ……。優斗さんの仕事だし楽しそうだけど』
と、申し訳なさそうに返された。
他意はなかったはずだけど――……正直少し残念というか寂しいと思ってしまう自分に呆れたりした。
そのことが合ったからたぶん捺くんはいま気まずく思ってるのかもしれない。
気にすることなんてないのに。
「捺くん」
「うん?」
「夏休み1泊で近場でもいいからどこか行こうか? せっかくの夏休みだし息抜きも必要だよ」
空になったビール缶をテーブルに置きながら就活の話題から少し離れてみた。
もう8月に入ってしまってるけれど、捺くんのインターンのこととかがあって旅行の計画はたててはいなかった。
夏休みとはいってもいまからでも取れるホテルはあるだろう。
「え? あ、行く!」
すぐに顔を輝かせて満面の笑みを浮かべる捺くんにホッとする。
ホテルの手配は俺がすることにして、少しの間どこに行くかということを話して過ごした。
――――――――
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次の日捺くんからメールが入っていたのは6時ごろだった。
早いけどクロくんと一緒に夜ごはんを食べてくるというメールだった。
俺がそれを見たのは仕事を片付け退社の準備をしていたとき。
2時間経っているけどまだ一緒だろうか。
まだ一緒だろうな――。
仕事が終わったことをメールと電話とどっちで連絡しようかと些細なことなのに迷ってしまう。
どうしようかと悩んで電話にしてしまったのは、いつ見るかわからないメールよりすぐに連絡がつくということと捺くんの声を聴きたかったから。
ひとりきりのエレベーターの中で悩んだのは数十秒。
もうひとつわずかに胸の内で燻ぶるものがあって、気づけばコール音を鳴らしていた。
だけど、すぐに後悔した。
長いコール音のあとようやく繋がり、
『――もしもし』
響いてきたのは捺くんの声じゃなく、別の男の声。
「……クロくん?」
『はい。ご無沙汰してます。いま、捺はトイレに行ってます』
「そっか」
『あいつ、ケータイ置いていってちょうどあなたからの着信だったから出たほうがいいかなと思って。どうしました?』
――出ずにそのまま不在着信にしておいてくれていいのに。
もちろんそんなこと言える筈もなく、
「仕事が終わったから電話してみただけなんだ。悪いね食事中に」
『いえ。そうだ。お仕事終わったんならいまから夕食ですよね。合流しませんか?』
ごく自然に誘われる。
明るい声色、そこに含んだものは特には感じられない。
だけれど頷く気にはなれなかった。
「……いや、俺は……」
『あー!! クロ!! お前、なに人のケータイ勝手に出てんだよ!!』
『優斗さんから電話だから出てやったんだろ』
『それなら余計勝手に出るな! ぼけ!!』
――相変わらず、な二人のやり取り。
トイレから帰って来たらしい捺くんの叫び声が割り込んできて俺を取り残して二人は言い合っている。
いつも二人はこんな感じだ。
とはいってもだいたい捺くんがクロくんに突っかかっていて、クロくんが冷静に対応している。
それは俺にはじゃれ合っているようにしか……見えない。
『ほら、返せ! ――もしもし! 優斗さん!?』
「……うん。ごめんね、まだ一緒だったのに」
『え? いーよ、全然! これから出るところだったんだ。会計前にトイレ行っただけで。 優斗さん仕事終わったの?』
『捺、来てもらえば? 優斗さんだって腹減ってるだろうし』
『じょーだん! なんで……』
言いかけた捺くんの声が途切れる。
『と、とりあえずいいから、優斗さん来なくて! クロ、お前はちょっと黙ってろ! あ。ごめん優斗さん、うるさくって。あのさどっかで待ち合わせて一緒帰ろう。俺さいま――』
場所を移動したのか周りが静かになっていった。
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