BLINDFOLD

雲乃みい

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第六夜 それは、まるで

第7話

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 食事を終えて『飲みに行きたい』とテンションが上がった捺くんが言い出し、
『未成年じゃなかったっけ?』
『今日だけ! ね?』
 苦笑する俺にお願いと捺くんがねだってきて、弱い俺は結局頷いてしまい。
『やっぱりあいつ優斗さんといるときはいつにもまして楽しそうですね』
 居酒屋に入って1時間ほど飲んでいたとき捺くんがトイレに行き、そこで俺とクロくんは二人きりになった。
 水割りの入ったグラスを傾けながら笑うクロくんに照れ隠しで曖昧に笑い返す。
『でも、なんだかやっぱり信じられないな』
『なにが?』
 酒も入っていたし、捺くんとその仲のいい友達のクロくんだったから気が緩んでいた。
 クロくんの笑みが、雰囲気を少し変えたのに気づく。
 何だろう――と思いながらもグラスを口元に運んでいると、クロくんが言葉をつづけた。
『あの夜はじめて会ったとき思ったけど、やっぱりあなたと捺って全然似合ってないですよね』
『……え?』
 言われた意味を理解するのに数秒かかった。
『だって捺はあれで、あなたは年上で』
『……』
 あれってなんだろう。
 省略されて察することができる場合と出来ない場合がある。
 ただわかるのはクロくんの口調が――嘲笑のようなものがあるということ。
 楽しかった空気が一気に冷えていくような気がした。
 さっきまで気にならなかった周りの喧騒が不意に煩く感じる。
『なんで付き合ってるのかわからないな』
 クロくんは煙草を取り出すと慣れた手つきで火をつけ紫煙を吐き出した。
『……それは当人同士の問題だし、クロくんにはわからなくてもしかたないんじゃないかな?』
 ようやくそう返したのは少ししてからだった。
 笑みと声に不快感が現れていないように気をつけたつもりだ。
 水割りを一気に半分ほど飲む。
 視線は合わせてはいないけれど視界の中でクロくんがおかしそうに喉を鳴らすのが見えた。
『さすが、大人ですね』
 やっぱり――なんだろう?
 捺くんがいたときといないいまでは俺に対するクロくんの雰囲気が違う。
『あ、そうだ。俺聞いてみたいことがあったんです』
 クロくんは男らしい体躯をしている。
 その手も体つきも顔の輪郭も、昔体育会系の部活をしていたんじゃないかなと感じれるほどに筋肉質で締まっている。
 なにより、若い。
 捺くんと同じ歳なのだから、当たり前だけれど。
『……なに?』
 わずかに警戒心を抱えながらも小さく笑い返す。
 それにクロくんも笑い。
『捺ってベッドではどうなんですか? あいつって、あの顔だしモテてきただそうけど、テクあるんですか?』
 それはさっき言われたことよりも理解するのに時間がかかり、顔が強張ってしまうのを感じた。
 笑い話、なのか。
 誰に対してもそんなことを訊くのか。
 いや、だけれどその言葉に潜むなにか別なものがあるようにしか思えなかった。
『……それに俺が君に答えなきゃいけない理由があるのかな?』
 はっきりと今度は不快を露わにしてしまう。
 眉を寄せた俺に対しクロくんの表情は変わらない。
『いえ、別に。ただ興味あっただけです。捺――』
 そこで会話は途切れた。
『ただいまー』
 捺くんがトイレから帰ってきたからだ。
『ちゃんと手、洗ってきたか?』
 それまでの表情を変えたクロくんがからかうように捺くんに笑いかける。
『小学生じゃあるまいし、ちゃんと洗ってきたって』
 捺くんも笑って、俺の横に座りそれからは"元"の雰囲気に戻った、はずだ。
 クロくんと捺くんが途切れていた話題に戻ったこともあり、俺がされた質問などまるでなかったかのように楽しい空気は戻る。
 俺には戻りはしないけれど。
 もちろん笑っている捺くんに心配をかけさせたくはなかったし、クロくんの問いの真意ははっきりしないからもしかしたらただの冗談まじりの好奇心からかと思えば問い返すこともできなかった。
 でも俺の中でクロくんに対する不信感が――。
『おい、捺。ついてるぞ』
『へ?』
 捺くんの口元についた焼き鳥のタレをクロくんが指を伸ばし拭う。
『……』
『なに? タレ?』
『そうだよ、お前ってほんっとガキだよな』
 呆れたような口調だけれどクロくんは楽しそうで、ムッとする捺くんを気にする様子もない。
『はぁ? 大人っぽいって言われてるんだぞ、俺は!』
『どこが』
『そりゃ優斗さんみたいな大人と付き合ってるから自然と俺も大人っぽくなってんだよ』
 ね、と笑いかけてくる捺くんに自然と頬が緩まる。
 けれど、
『全然大人じゃねーよ』
 クロくんは笑ってはいるけれど――その言葉の裏に俺がさっき言われたことが含まれてるような気がするのは気にしすぎか。
 年齢的にもつり合っていないと言われているようで心の底が濁る。
 話に乗ることもできずに口に含んだお酒は氷が溶けすぎたのか水っぽかった。
 もしかしたら――クロくんは捺くんのことが好きなんじゃないのか。
 そう、思わずにはいられなかった。
 彼がゲイだという事実。
 それはイコール男が恋愛対象だということだ。
 急速に酔いが冷めていくのを感じる。
 それから店を出るまでの一時間ほどどれだけ酒を飲んでも酔うことはできなかった。
 クロくんと別れて捺くんとふたりでマンションに帰る道すがら、さりげなくクロくんのことを話題にしてみた。
『捺くん、クロくんってモテそうだよね?』
『クロ? あー……まぁモテるのかなぁ。でもほらあいつ女の子興味ないし』
『そっか、そうだね。好きな人はいるのかな』
『好き? なんで? なに、クロに興味あるの?!』
 焦ったように俺を見つめる捺くんに苦笑して、深夜とあって人通りもなかったからそっと捺くんの手を握った。
『変な意味でじゃないよ。ただ単純にいるのかなって思っただけだよ』
『ほんと?』
『本当だよ。それに俺は別にゲイじゃないし。捺くんだから好きなだけなんだからね?』
 男に興味はないよ、と言えば捺くんは暗がりでもわかるくらいに顔を赤く染めた。
『俺だって……優斗さんだから好きになったんだよ』
 照れてるらしい捺くんがぼそぼそと呟くから外だというのに立ち止まってキスを落としてしまった。
 もちろんまわりに人がいないことを確認してだけれど。
 触れるだけで離れたら、もう一回と捺くんが言って、結局何回かして再び歩き出した。
 早く帰りたくなったらしい捺くんが繋いだままの手を引っ張って早歩きになっている。
 それがおかしくて嬉しく、クロくんに感じていた不審なんてどうでもよくなってきた。
『あ、そういえば』
 捺くんが思い出したように俺を見たのはマンションのエレベーターに乗ってからだ。
『クロのことだけど』
『え、ああ』
『あいつ彼氏いるよ。朱理っていうんだけど、俺と同じ学科でさ。クロとは中学のときから付き合ってるんだって』
『……へぇ。長い付き合いなんだね』
『うん。きっとあそこは絶対別れないなー。ずーっと付き合ってそう』
『……そうなんだ』
 なら、やっぱり俺の勘違いだったのだろうか。
 俺がクロくんの質問に関して深読みしすぎたのだろうか。
 わからないままその日は終わって、そしてそれから数週間後再びクロくんに会い不信感はグレーのままで――。
「優斗さん?」
「なに?」
「ぼーっとしてるから、大丈夫? マッサージでもしてあげよっか?」
 マンションに帰りつき、靴を先に脱いだ捺くんが俺を心配そうに見ていた。
「大丈夫だよ」
 笑いかけながら部屋に上がる。
 寝室に向かって部屋着に着替える間に、捺くんはシャワーを浴びてくるとバスルームに行ってしまった。
 ネクタイを緩めベッドに腰を下ろす。
 自然とため息が落ちた。
 クロくんと会った日はひどく疲れを感じる。
 彼にいまも同じ恋人がいるということは二年前捺くんが言ったように"絶対別れない"のかもしれない。
 だけれどだからといってクロくんが捺くんに好意を持っていないとは言い切れないことで。
 少なくとも俺には友情以上のものを持っているようにしか見えなかった。
 けれどこの二年友達でしかないのも事実だから、クロくんは恋人が一番なのだろうし。
 だから――……。
 また、ため息が出てしまう。
 いつも不安なわけじゃない。
 捺くんが俺を一番に想っていることはちゃんと伝わってくるから、クロくんとどうにかなるとか心配はしていない。
 ただやっぱり二人が一緒にいるのを見るとどうしても重い気分になってしまうのは避けれずにいた。
「……どうしたの?」
 カラスの行水というべきか、それともそれだけ俺がぼうっとしていたということか、頭からタオルをかぶり髪を拭きながら捺くんが寝室に入ってきた。
「早かったね」
「そう? ていうかまだ着替えてない。週後半だし疲れ溜まってんの?」
 心配そうに捺くんが近づいてきて俺のネクタイを抜き取ってくれる。
 前かがみでプチプチと俺のシャツのボタンを外していく捺くんの腰を抱き寄せ、抱き締めた。
「優斗さん?」
「……ちょっと疲れてるかも。捺くん、癒してくれる?」
 いいよ、と小さく笑う声が優しく響いてリップ音をたてて俺にキスしてきた。
 そしてそのままそっと後ろに押し倒される。
 シャツに水滴が落ちてくるのを感じながら、一回り年下の恋人の頬に手を滑らせた。
『あなたと捺って全然似合ってないですよね』
 その言葉が忘れられないのは、クロくんが捺くんに好意を持っているから不安で、というわけだけでもない。
 それが――そうだと、自分でも思うからだ。
 12歳も下の、まだこれからの、たくさんの可能性を秘めた捺くん。
 俺はこのまま彼のそばにいていいのか。
 ――いつまで、一緒にいることを許されるんだろう。
 そっと目を閉じ唇に触れる温もりを感じていた。




***

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