81 / 150
番外 十九 永遠までの距離
1
しおりを挟むちょいちょい前から兆候はあったのだ、とダリオは思った。
テオドールである。
メンテナンスがまた細かに行われがちになり、なんなんだろなと思いつつ放置したのがまず失点。
テオドールの妹ナディアから、永遠の命について聞かれ、変な顔をされたのを流した(その後スピリチュアルなメッセージまで来た)のがまた失点。
他にもいろいろとこまごまとした違和感はあったのだ。
まあいいか、と流しに流して、ダリオの怠慢によるダムの決壊が、今目の前で起きている。
つまり、ダリオが夜に帰宅すると、ダイニングテーブルの側に立ったテオドールが真っ黒な顔で、封書を見つめていた。
封書には、崩し文字のようなカリグラフィ状の青い鳥のロゴと、NOPTN――National Organ Procurement and Transplantation Network――『全国臓器調達及び移植ネットワーク』の印字が印刷されている。
ダリオが申請していたドナー登録のIDカードが再送付されてきたのだ。十八歳の時点で申し込み資格を得られるため、元々登録していたのだが、先日いつものよくあるトラブルに巻き込まれて、カードを破損したため、再発行申請していたのである。
テオドールは無表情を通り越した顔つきで、封書を手にしたまま静かにダリオを見た。
「NOPTNとは、全国臓器調達及び移植ネットワークのことです」
疑問形でもなく、言い切りで口にする。
「OPOと略称される『臓器調達機関』などの専門機関の独立性を認めたうえで、相互に補完し合うネットワークシステムであり、現在NOPTNには、57のOPOが加入しています。臓器提供可能な患者が現れた場合、病院はこのOPOに連絡しますが……連邦では、統一死体提供法を根拠に、十八歳以上の健全な精神状態にある成人は、死体の全部または一部分の贈与、すなわち死体提供を行うことができ、この対象となる個人をドナーと呼びます」
テオドールの目は瞳孔が開いており、ただ封書を手に淡々と説明し続ける。
「死体提供とは――移植、治療、研究または教育を目的として、ドナーの死後に死者……その者の身体全部または部分の贈与を指し――つまり、死体提供の対象となりうる死亡した個人の――身体全部または部分の贈与……」
傷ついたレコードのように同じところを繰り返すさまは、異様である。ダリオは声をかけることができなかった。まるで本人の感情の伺えぬ様子とは裏腹に、へばりつくような空気だけが圧迫感を増していく。
重力が可視のものとなって負荷をかけていくような状態から、ふとテオドールが口を閉ざした。
「ぼくは」
きょろりと双眸が動き、ダリオと目が合わぬように視線をずらす。
「ダリオさんのなさることに、制限をかけるようなことは……ぼくは」
テオドールには珍しく、酩酊して舌のもつれるようなのろのろとした言い方だった。
「……」
また視線が動く。ダリオを見ないままで、思料するように足元を見つめ、青年は口を開いた。
「何故、どうでもよい、誰とも知らぬ人間風情にダリオさんの身体を贈与しなければ?」
その唾棄するような言い草に、ダリオは先日の使い魔未遂騒動の件が、今更パズルの空いた箇所にピースのはまるのを感じた。
ヘルムートが言っていたではないか。支配者は、他者と『花』を共有するのは受けつけないと。
「テオ」
言いさしたダリオに、テオドールが顔を上げた。
「だりおさんは、ずっとぼくといると」
仰ったではないですか、と責めるでもなく、確認するように言う。それはまるで、少し不安になって、もう一度認識を擦り合わせようとするかのような言い方だった。
ダリオにも否やはなかったので、「ああ、もちろんだ」と答えようとして、うまく言葉が出て来ず、自分でも戸惑う。
ダリオに飲み込ませたのは、ここしばらく感じていた違和感だった。喉に小骨の刺さったように度々引っかかり覚えては、やり過ごしてきたそれである。そのしっくりこない感じは、今や無視できないほどに、気づけば大きく存在感を増して、もはや警鐘を最大限鳴らしている。
無意識の内に降り積もっていた収まりの悪さが、ここにきて目の前でドミノ倒しを始め、ダリオは直観的に答えを口にしていた。
「ずっとって、百年くらいか?」
言った端から、これはよくない、まずいという気はした。もう少し慎重に考えようと思って、先延ばししていた件でもある。百年なのか、二百年なのか、半ばいい加減に単位を挙げ、千年などと思ったこともあったが、あまりにも現実離れして、想像の埒外だと有耶無耶にしていた部分だ。
テオドールはどこかぽかんと子供のような顔をしていた。
「あの」
本当にこの青年の常とは違う、口を半開きに、中途半端な形で言葉が止まって、途方に暮れるような表情だった。
「だりおさんは、ずっとぼくと一緒に」
だから、ぼく、準備を……そう言いさして、青年は口をつぐんだ。戸惑いがその玲瓏な面に次第と広がっていき、彼は自分とダリオとの間で、噛み合わない認識の齟齬が起きていることに気づいたようだった。
一方、ダリオはさすがに腹を括って尋ねる。
「テオが思う、ずっとって、どのくらいなんだ」
青年が口にした単位に、ダリオは言葉を失った。それは、ほとんど永遠と言って差支えない。押し黙り、呆然とする。
安請け合いするには、まともに人格を保っていられる気がしなさ過ぎた。そこでようやく、テオドールがやたらメンテナンスを細々と増やしていたのは、「だから、ぼく、準備を……」につながっていたのだと腑に落ちて。
自分の迂闊さと怠惰に、深々とため息を吐きそうになって、いやよくない、と自重した。
吐くのではなく、吸って、よし、とダリオは切り替える。
「とりあえず、座ろう」
そう提案したのだった。
68
あなたにおすすめの小説
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる