俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 二十三 ダリオ事故記憶喪失失明、知らん美形が迎えに来て囲われ軟禁生活

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 神経が昂って眠れないかと思ったが、潜り込んだ毛布の中、とろとろと眠りに落ちて行きながら、ダリオは懐のテオドールを撫でていた。
『だりおさん、このすがた、かわいいから、すきといってくれました。ふところはいって、いっしょにさんぽしました。べんきょうちゅうもゆるしてくれた。いそいで、ふところはいったら、はやくまたすきになってくれるおもいました』
 後悔で涙が出てくる。
 好きだと言えれば良かったのに。今のダリオは分からなくて何も言えない。相手のことを何も知らないのに、彼の言葉に対して適当なことは口にできなかった。
 今はもう青年のことを疑う気持ちはほとんどない。
 だが、一体どうしてダリオを家から出られなくしたのだろう。
 ぐるぐると考えていたことは、次第に細切れに思考出来なくなっていく。
 ほとんど眠りに落ちる寸前、心の箍(たが)が緩んだのか、彼に尋ねる。
「家、出られなかったりとか……あれ、なんで……」
 最後まで聞けなかった。 
「……」
 なので、尋ねられたゼラチン質の彼が、じっと身をひそめたまま、はたから見ると結構怖い雰囲気になっていたのには気づかなかったのである。


 翌朝、毛布をかけたまま、ダリオは青年姿のテオドールに、逆に抱き込まれており、ふつうに混乱した。前日のダリオなら、不快に思ったかもしれないが、今はそういうこともなく、ただ驚いている。昨晩、お互いにくっついて寝たから、テオドールが人間になったらこういう体勢にはなるだろう。もしかして、小さな彼を抱き締めて心配なあまり、姿が変わったあとも俺の方からくっついたかな、という気はした。昨晩テオドールを懐に入れていたし、起きたら逆転していただけだ。
 固まっていると、テオドールが声をかけてきた。
「おはようございます、ダリオさん」
 初めて聞いた時は、腰砕けになるような、ぞっとするほどの美声だと思ったが、段々慣れてきて、急速に免疫のついたダリオである。むしろ、毎回の唐突感に驚かされる。
「あ、ああ。おはよう……テオドールくん、怪我とかないか? 大丈夫?」
「はい」
 よかった……とダリオは安心する。本当か気になって、触っていい? と了承をもらい、そっと顔や体に触れさせてもらったが、怪我していないようだ。昨日叩きつけたから、治したのかどうか分からなくて、そこは悲しかったが、努めて心を落ち着ける。
 あと昨日、人間の姿に戻るのを渋っていたのに、どういう心境変化なのだろう。
「ダリオさん、僕の姿、大丈夫ですか?」
「ああ、テオドールくんが怪我してないの確認できて、かえって安心したよ」
 ダリオも見えないなりに、表情を柔らかくするように返した。この時、起き上がってもよかったのだが、テオドールの緊張を感じてこのままでしばらくいいか、と思う。小さなゼラチン質の彼を抱き込んでいたのと逆バージョンなだけなので、まあいいか、と肩の力を抜いた。どちらの彼も彼なので、多少姿の違いで、さっきはいいが今は駄目だと対応を変えるのもどうかと思ったのだ。ダリオは元々こういうところがある。すると、テオドールの方から説明があった。
「昨晩、ご質問頂いた件について説明が必要かと思い、人間の姿の方をとることに致しました」
「あ、ああ?」
 テオドールはダリオが説明不十分に感じたと思ったのか、失礼します、と断って更に抱き込むようにして顔を近づけてくる気配があった。距離が近い。しかし全然不快ではなく、かえって落ち着くようにダリオは耳を傾けた。
「能力を封じた弱い姿になると、思考力が落ちます。それでは十分な回答が不可能かと判断し、現在の姿を取らせていただきました。回答の後に、無力な形態に再設定致しますのでご安心下さい」
 情報量が多い。ぽかんとしてしまう。
 様子を見てどう思ったのか、ダリオを抱き込んだまま、上から覗き込むようにテオドールは抑揚なく尋ねた。
「ご質問の確認ですが、館から出られない理由の説明を希望されるということでよろしいでしょうか?」
「え……あ、ああ。そういえば、寝落ちする前に聞いたな。あれなんか理由あるのか?」
「理由は……実は僕もよく分かっておりませんでしたので、人間形態に戻って、先ほどまで思考潜行を試みていました」
「うん? 自分でもよく分からないから、一晩中考えてたってことか?」
「はい」
 寝ていないのではないか。そもそも彼は寝るのだろうか。本人も分かっていなかったらしいので、ダリオは疑問符が頭に浮かぶ。あ、と思い出した。玄関ドアが開かなかった時に、テオドールは「問題が」と言っていた。彼にとっても、想定外のトラブルだったということである。
 あと、電話がつながらなかった時も、「すみません、僕の影響かもしれません」と言っていた。
 同じこと、同じ現象なのではないだろうか。
 説明してくれようとしているので、黙って聞いた方がいいのだろうが、どうも理解がお互いにずれてしまいそうで、先に確認する。
「電話がつながらなかった現象と同じで、テオドールくんの影響なのか?」
「はい、ご賢察頂き恐縮です」
「テオドールくんって、もしかして、無意識にああいう影響出るタイプか?」
「仰る通りです。僕は既に自立して一年を経過しているのですが、動揺すると周囲に影響を及ぼすことがあります。まだあまり上手く抑えられないのです――」
 どうも恥ずかしいことらしく、真に遺憾とでも言うような空気が滲み出ている。人外の恥じらいポイント、よく分からんが、と思うダリオだ。
 ダリオは、表情がわからないものだから、触っていいか? と尋ね、青年の頬に少し触れて撫でてみた。
「動揺してたのか?」
「……はい。ダリオさんが……事故に遭われて、心身に損傷を負われたので、動揺していたのだと思います」
「そうか……」
「ダリオさんを保護して館に閉じ込めたいという願望が、深層心理下に強く生起されておりました。表層意識ではコントロールしたつもりでしたが、深層意識では館の外を危険だと感じ、警戒していたのです」
 出産後の我が子を守る野生動物か、とダリオは思ってしまった。閉じ込めたいと思っていたが、理性で抑えたつもりだったらしい。それでも、館の外を危険に感じている意識はあったと。ダリオは本当に驚かされる。
「僕は、ダリオさんを閉じ込めるつもりはありませんでした。しかしながら、ダリオさんに玄関ドアが開かないと確認頂いた時、僕が接触しても閉鎖状況を解除できませんでした。僕の表層意思に反して、僕の力が強固に館を閉じていたのです」
 やはり、全体に故意ではなかったようだ。
「僕は、昨日の時点では良く分かりませんでした。ダリオさんが覚醒されるまで、思考潜行したところ、ダリオさんを保護したい欲望が、僕のコントロールを外れて、外部との接続を切断するように『影響』が出ているのだと結論致しました」
 一通り説明され、じっと見つめられる気配がする。ダリオはテオドールの頬から手を離し、彼の腕に触れた。
「話してくれてありがとう」
 ダリオの方が整理できない。同居人と言われたが、なんか……申し訳ないくらい、俺のこと大事にしてくれてるな、ずれてるけど……と思った。
 昨晩、至近距離で覗き込まれても前のダリオは許していたように聞いたが、ずっとこの調子であれば、まあそう、となる。
 要するに、ダリオがガードレールに突っ込んで、失明するわ、記憶喪失になるわで、幸い命は助かったけれども、同居人の人外青年に多大な心配とストレスを与えた結果、力が暴走してダリオを危険な外部から『保護』『守る』してしまい、本人もコントロールできなくて困っているということである。
 嘘や誤魔化しは感じられなかった。多分、テオドールくんは常時マジレスだ、と思う。説明されれば、全て行動や現象が一貫している。
 そうしたら、解決方法はひとつだ。
「……分かった。俺、テオドールくんを安心させないといけないんだな」
 テオドールが驚いた気配があった。
「外部に連絡つかねーし、後でもう一回試してみたいとは思うが、駄目だったらもう仕方ねえから、休暇だと思ってのんびりするよ」
 テオドールが「申し訳」と謝罪を言いかけたので、「謝らないでくれ」と腕を軽く叩く。
「テオドールくんは、人間の姿でも、あのちっさいやつでも、好きな姿になってくれたらと思うが、能力封じるのは止めて欲しい」
「ダリオさんを怖がらせるのは本意ではありません」
「あー、君のこと、怖くないと言ったら嘘になるが、思考力落ちるくらい弱ってしまうの逆にもっと怖いんだ。怖いというか……また俺泣いてしまうし、頼む。それに、テオドールくんに助けて欲しいし」
「たすける」
 反復された。
「ああ。えーと、俺、目が見えないし、食事用意してくれるんだろ? 案内の時に、手を引いて欲しいこともあるし、テオドールくんさえよければ、負担にならない範囲で助けて欲しい」
「それは……ダリオさんのお世話をしてよろしいということですか?」
「あ? ああ、そう。お世話して欲しい」
 なんか違うかもと思ったが、妙に食いつかれて、ダリオは言い方が全面に負担をかけるようでどうかという気もしつつ、実際そうなってしまうし頷いた。
「お任せ下さい。僕はお世話が好きです」
「あ? そうなんだ……無理しないでな」
「たくさんお世話致します」
 顔が、ずい、と近づいたのを感じたが、ダリオは目が見えないのでまあいいかと流した。ダリオにはこういうところが多々ある。
 それから、電話がつながらないのを確認して、二人は朝の食事の準備を一緒にした。
 ダリオはバナナの皮を剥いたり、苺のヘタを取ったり、テオドールが渡してくれたボールを泡だて器で掻き混ぜる係だ。フルーツカットも少しだけ練習させてもらう。
 かえって時間はかかってしまうけれど、ダリオがやりたがったのを、テオドールが「お手伝いします」と快く共同作業を提案してくれた。本当にありがたい。
 何か簡単なことでもすることがあるってのは、精神衛生上いいものだなと思った。食事の準備ができると、食堂に移動し、テーブルの配膳はテオドールがしてくれた。
「ダリオさん、配膳は、時計回りにご説明します。十二時の方向に、カットフルーツの皿」
 テオドールがダリオの手を取って、触らせてくれる。
「三時にサラダボール、五時にオムレツ。ウィンナーソーセージ。少し熱いので気をつけてください」
 そのまま六時の方向に誘導される。
「六時の方向にスプーン、フォーク、ナイフは左向きです」
「ん」
「七時の方向に焼いたクロワッサン。九時にストロー付きのオレンジジュースを用意しました。零しても気になさらないでください。僕の能力で、片付けは大した手間ではありません」
 クロックポジションで案内され、ダリオは配慮がありがたかった。ここ、そこ、あれ、と指示語で言われても分からない。時計の位置で説明されれば、大体わかるし、器を触らせて一回誘導されているので、イメージができた。
「テオドールくんは?」
「僕はものを食べないので」
 そういう種族なのです、と説明され、ダリオは驚いた。食べないのに、ここまでしてくれて、本当にダリオのためだけに為されている。
「種族って?」
「『支配者』と呼ばれることが多いです」
「凄い名前だな」
「恐縮です」
 平然とした口調は全然恐縮そうではなくて、ダリオは少し笑ってしまった。
「俺とテオドールくんって、どういう経緯で知り合ったんだ?」
「僕がダリオさんの部屋に不法侵入致しました」
「ええ? それでよく同居に漕ぎつけたな」
「ダリオさんが住まわれていた寮が全焼したのです。お困りでしたので、僕がこちらの館をご用意しました」
「ええ?」
 もう先ほどから、ええ? しか言えないダリオだ。なんなのだ、そのジェットコースター経緯はと思う。
「ダリオさんは最初、僕を警戒されていました」
 それはそうだろう。返事に困るコメントだ。
「ですがその後、ご友人のクリスさんが怪異事件に巻き込まれまして」
「え、クリスくんが」
「はい。ダリオさんは危険をご承知で助けに行こうとされていました。僕も微力ながら援護させて頂きまして、それから大分警戒を解いて下さったように思います」
「あーそれは……覚えてないが、助かったと思う。ありがとう」
 ダリオひとりでは、怪異事件でうまく立ち回れたとは思えなかったので、想像するだに、微力どころではなかったのではないかと思う。
 それから、ひと通り食事を済ませると、食後にコーヒーまで出される。どうやら、まだダリオが同時配膳に慣れないと思ってか、熱い汁ものなどは別途出すように段取りしてくれたらしい。
 コーヒーを飲みながら、ダリオは気になっていたことを尋ねた。
「テオドールくん、凄く良くしてくれてたんだな。昨日から話聞いていると、俺だいぶ君のこと気を許して好きだったみたいだ。こんなにしてくれるの人間でも中々ないが、テオドールくんは人間が好きなのか?」
「人間は別に好きではありません」
 きっぱり言われ、ダリオは少し黙る。
「あー、じゃあ、以前の俺と個人的に気が合ったのか?」
「気が合うかどうかは分かりかねますが、僕はダリオさんが好きなのです」
 ダリオは咽そうになった。
「そ、そうか……ありがとう。嬉しい。早く、記憶戻るよう頑張るよ」
 テオドールが、じっとダリオを凝視する気配を感じた。
「それには及びません」
「ん?」
「ダリオさんが安心して生活頂くのが一番です」
「……でも、困るだろ」
「ダリオさんが困られるのは困ります」
「俺もまあ困るが、そうでなくて、テオドールくん、忘れられてると困るだろ」
「……思い出して下さると嬉しいですが、ダリオさんが思いつめてされるくらいでしたら、僕はそれを好みません。僕にとって、優先順位は、ダリオさんが人間の言う辛い悲しい怖いをされないことですので。ただ、昨晩は僕がダリオさんを怖がらせてしまいました……二度とないように精進致します」
 淡々と口にされる彼の優先順位や妙に熱の籠もった決意やらを聞いて、ダリオは言葉が出て来なかった。特にダリオは、こんな風に辛かったり悲しかったりそういう思いをしないように他者から願われるなど、ストレートに言われたことがない。え……あ……となった。なにが、え……で、なにがあ……なのか自分でもわからない。
 胸に疼痛めいたものを覚え、手足の先が麻痺したような不思議な感覚に困惑する。
 さっきも、前の俺、大事にされてたんだなぁと思ったが、どこか薄い膜を通した他人の出来事を鑑賞するような距離感の維持はあった。
 でも、今のは、今のダリオにかけられた言葉だ。今のダリオが、思いつめて辛い悲しい怖いをするくらいなら、と急かさないで大事にしてくれる言葉である。
 いや、前の俺との関係があってこそだと、奇妙な気持ちをダリオは追い払った。
 払ったのだが。
 無意識に、否定の意で、ぶる、と小さく体を震わせていたらしい。
 テオドールが立ち上がり、「ダリオさん、寒いですか?」と側に寄ってきた。
 言われてみると、多少肌寒いような気もする。
「空調温度は、口頭命令で設定できます。適正範囲内であれば、何℃上げろ、何℃にしろ、おまかせなどの簡単な命令で館が調整しますので、呼びかけてみて下さい」
「doogle homeみたいなもんか」
 デバイスやブランドサービスを、携帯フォンや音声コマンドなどで一元管理できるサービスである。
「はい。あとは、衣装棚を確認して参りますので、僕が着ていたもので申し訳ないのですが、その間こちらを」
 よろしいでしょうかと確認され、ダリオは、え、あ、あぁ、と意味もなく焦って頷く。
 ふわ、と温かいジャケットを肩にかけられた。
 テオドールの気配が消える。
 ダリオはコーヒーをテーブルに置いた。片手でジャケットの生地を触ってみる。
 肩が温かい。背中も。
 テオドールの匂いに包まれているのがわかる。
 何か考える前に、テオドールがすぐ戻ってきた。
「カーディガンをお持ちしました」
 ジャケットを回収されて、改めて背後から羽織らされる。
 今朝、ベッドで抱き込まれていたのより、余程体の密着を意識した。
「寒くありませんか?」
 背後のテオドールが、腰を屈めてダリオに尋ねる。
「あったかい……ありがとう」
 ダリオはぎくしゃくと礼を言った。
 指先まで、じん、と痺れているようになる。
 分からない。
 こんなことされたことない。
 ダリオは体が大きいし、こういう風に優しくされた記憶がなかった。
 するなら、ダリオの方だ。
 施設でも出戻り年長者だったから、そうだった。
 その後も、歯磨きをしたり、携帯フォンの音声操作練習をしたり、昼や夜の食事、入浴なども手伝ってもらった。
 テオドールは無理に介入してこないが、ダリオが嫌だとは思わない距離感での世話をしてくれる。
 やさしい。
 俺、こんなふうに甘やかされたことない。
 大切にされている。
 風呂上がりに、ダリオが着替えるのをテオドールは最低限の手出しで見守ってくれて、最後にまたカーディガンを肩に後ろからかけてくれた。
 ダリオはなんでこうも羽織らせてもらうのが自分に響くのか考え、後ろから大切に抱き締めてもらうような幸せの感覚があるからだと気づいた。
 その人が寒くないか気にして、確認した上であたたかいものを羽織らせる行為は、相互の助け合いではなく、相手から特別な優しさが与えられる行為に思われる。ダリオは物心ついてからは、両親からもされた記憶がなかった。
「ダリオさん、寒くありませんか」
 また尋ねられて、あったかい、とダリオも再度返した。
 あったかい……
 そう思って、保留にしていた目の治療の話をしなければと思ったが、舌の根が張り付き、うまく喋れなくて困惑した。
 ダリオは急に不安になった。
 あたたかいのに、急激に寂しい、と感じてしまう。
 なんだこれ、と分からない。
 暖を与えられたら、かえってこれまでの寒さを認識したようなチグハグ感だった。
 寒いのは肉体ではない。
 自分の隙間を埋めていたものが、不意になくなっているのに気づいて、風がびゅーびゅーと吹き込んでいる。
 気づいてしまうと、耐えられないくらい寂しくなった。
 なんでくっついていないんだろう。
 寂しいのは仕方のないことだ。
 ダリオはひとりでも生きられる。
 みんな最期はひとりになるのだ。
 だからといって、世を恨んだり絶望したりはしていない。
 親には恵まれなかったが、他人に助けられて生きてきた。
 ひとりでも、人と関わり、助け合って、楽しく生きられる方法をダリオは知っている。
 でも、近くに、とても近くにいてくれて、くっついて、幸せな存在も知っていたはずだ。
 ダリオが寂しくならないように抱き締めてくれた。
 甘えるのがダリオには難しく感じられて、ハグして欲しいのに言えなかった。
 本当はぴったりくっつきたかった。
 小さいテオは、いつも一緒にくっついていられて、それがいちばん嬉しかった。
 その彼を振り払って壁に叩きつけた。
『だりおさん、このすがた、かわいいから、すきといってくれました。ふところはいって、いっしょにさんぽしました。べんきょうちゅうもゆるしてくれた。いそいで、ふところはいったら、はやくまたすきになってくれるおもいました』
 服の中に入れてもらえたら、また好きになってもらえると思ったと彼は言った。ダリオに思い出してくれとはひとつも言わずに、また好きになってもらえるように考え、アクションしたのだ。はやく、また好きになってくれると思ったと。
『もしかして、ぼく、かわいい、ちがうのかもおもいました……ごめんなさい』
 けれど、ダリオが怖がったから。
 俺、ほんとうに、テオになんて台詞を言わせてしまってんだろう。
 俺は忘れているだけで、気づいたらこんなに寂しいのに。
 テオは、どれだけさびしくて、拒否されて、かなしかっただろう。
 ああ、だから、いつもあんなにダリオに慎重な彼が、何も説明せずに、『はやくまた好きになってくれる』、そうすれば『ダリオを怖がらせた』問題が解決するし、受け入れてもらえるかもと思って、ダリオの手指を急いで這い上ろうとしたのではないか。
 テオ、とダリオは手を伸ばした。
 驚いたように、テオドールがダリオの手指をとらえる。
「ごめん、テオ、俺、ごめん」
 テオドールが、人間のように息を呑む気配がした。
「ダリオさん」
 よろめいて立ち上がったダリオを、青年が痛いほど抱き寄せて呻くように名前を呼んだ。
 ダリオは相変わらず視界が色の濃淡のようなもので何も見えなかったが、手探りでテオドールの顔を引き寄せて、何度も謝りながら撫でた。
「ごめん。テオ。まだちょっと記憶、引き出せない所あるかも」
 うまくアクセスできなくて、徐々に引き出せるものが歯抜けから増えていきそうな感じはある。
 それから、ダリオは伝えたくて急いで大事な部分の記憶を引き戻したのだと、青年に言わなければならないことがあった。
「テオに酷いこと言ってごめんな」
「いいえ、ひとつも……ひとつも」
「俺、対策したつもりだったけど、本当に舐めてたよ。酷いこと言ったし、した。それなのに俺のこと、諦めないでくれてありがとう。テオが頑張ってくれたから、俺、怖いのすぐになくなったよ」
 テオドールの頬を何度も何度も撫でる。それから、ダリオを抱え込んでしまった青年に額を合わせて、涙が出てきた。
「テオが頑張ってくれたから、俺、すぐにまた好きになった」
 すぐに好きになったよ、ともう一度。
 水饅頭のテオドールが『はやくまたすきになってくれるおもいました』と言った。でも、『もしかして、ぼく、かわいい、ちがうのかもおもいました……』と言わせてしまった。
 違う。違うんだよ。
 テオが諦めないで頑張ってくれたから、俺、すぐまた好きになったんだよ。
 あと、テオは可愛いんだよ。中身がテオだから可愛いんだよ。
 自信喪失させてしまったので、その分何度も何十何百回でも言わなければならない。
 そう思って、もっと言わなければと口を開いたダリオを、テオドールは珍しく説明を省いて抱き締めたまま転移した。
 感触からして、寝台の上だった。
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