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貪るような口づけは、唇を一生懸命押し当てるばかりで、もどかしそうに思え、オスカーは内心どうしようかなと思った。ありていに言ってムラムラする。なので、お伺いに舌先で潘神の口のあわいをつついた。
びくっと驚いたようにされ、お伺いですよ~、という意思を込めて、ちゅ、ちゅ、と自分から唇を合わせると、もう一度上下の唇を割って、舌先を少しだけ滑り込ませる。
と、ドン! と肩を突き放された。
うーん、早かったかな……と思ったオスカーであるが、一応微塵なりとも泣いている相手につけこんだのを申し訳なく思ったので、しおらしい顔をしてみせる。
「な! あ! いや、わ、悪かった……」
潘神は汗をかきながら、顔を背け、完全に顔色を悪くしていた。自分より大きな男が、青いを通り越してどす黒い顔で、後悔! と顔面に書いてあるのだから、オスカーは失敗を悟らざるを得ない。
かえって傷つくのだが、まあ昨日より前進したし気にしないこととした。
「潘神様」
オスカーはもう一度目元を指の背でぬぐって、軽薄な顔立ちと評される垂れ目な目じりを意図して下げてみせた。
「潘神様のお気持ちを聞かせていただいて嬉しかったです」
顔色を悪くしていた潘神は黙り、熱帯の緑の大きな葉の間に、ぎこちなく座り直した。
「悪かった……私は」
「俺は、あ、いや、私は嫌ではありませんでしたよ。潘神様とキスできて、果報でしたね!」
妹のエリザベスと、弟のノアから、デリカシーがないと言われがちなオスカーは、にこにこと言い、反対に潘神は死にそうな顔になった。
そのまま潘神はもう一度詫びて、顔面を大きな手のひらで覆うと、「もう帰りなさい」と力なく言った。
オスカーは、「すみません、騒ぎませんから、お側にいてもいいですか。あと背中を撫でるくらいはさせていただけると」と控えめに申し出る。潘神が拒否しないという消極的な受け入れ態度を示したため、横に座ったまま、広い背中に手を添えて、ゆっくりと撫でるにとどめた。
さびしかったでしょう、と述べたとおり、潘神は寂しくて仕方ないのだろう。寝取り先祖のオリヴァーに、子孫のオスカーが似ているだけで、悪感情より、咄嗟に懐旧の情がその面に浮かんだくらいだ。
彼が英雄として生きた時代の親しい人々はもうこの地上のどこにもいない。それがどれほど残酷なことか、さびしくてたまらないことか。家族に囲まれ、のらりくらりと生きているオスカーには想像することはできても、実感には程遠いことだった。
その日から、潘神は夢遊病のような状態に悩まされることとなった。夜半になると、月明かりの下を、ぴすぴすと鼻を鳴らしながら、大きな男が拳で涙をぬぐう仕草で、とぼとぼと庭園を歩いているのである。オスカーは大神官に要請して、庭から人払いし、泣きながら歩く潘神に付き添った。
「潘神様、庭を少し歩いたら、寝室まで一緒に行きましょう」
「……う、う゛」
潘神は顔を上げると、迷子の子どものように、真っ赤な目でしきりと訴えた。
「オリヴァー、どこに行っていたんだ……姿が見えなくて……みんな、みんなどこに」
「呼んでくだされば、いつでも参じますよ」
「お……置いて行かないでくれ。わたしひとりを、置いて行かないでくれ」
「潘神様、少し植物園で休みましょう」
このような具合である。
オスカーは潘神のこの状態を情けないとは全く思わなかった。
友や、愛した故郷の人たちと一緒に去りたかっただろうに、彼らと光の扉をくぐることもせず、与えられた力の責任を果たすため地上に残ってくれた神様だ。
(繊細で、優しい方だ……)
付き添いながら、オスカーは潘神を植物園のガゼボに誘導して座らせると、彼の隣に腰を下ろした。
月はしらしらと白いガゼボを照らしている。やがて潘神は夢遊病状態の自分に気づいたらしく、静かになってうなだれてしまった。
よく泣く人のように思われるが、実際のところ、かなり我慢しいな性格のようである。初日にうっかり行き会わせてしまっただけで、あとはコントロールの効かない病気だ。
真顔になって黙り込んでしまった彼の背を撫でても、手を払われることはなくなっている。
「潘神様。ずっと神殿にいらしてもいいですが、よかったら一度外に出てみませんか。もちろん私もご一緒します」
満を持して、オスカーは「無理にお勧めするものではありませんが、一度潘神様に見て頂きたくて」とほほ笑んだ。
長い無言の末に、潘神が頷いたので、よーし! とオスカーは頭の中で浮かれたが、こほん、と咳払いするにとどめたのだった。
びくっと驚いたようにされ、お伺いですよ~、という意思を込めて、ちゅ、ちゅ、と自分から唇を合わせると、もう一度上下の唇を割って、舌先を少しだけ滑り込ませる。
と、ドン! と肩を突き放された。
うーん、早かったかな……と思ったオスカーであるが、一応微塵なりとも泣いている相手につけこんだのを申し訳なく思ったので、しおらしい顔をしてみせる。
「な! あ! いや、わ、悪かった……」
潘神は汗をかきながら、顔を背け、完全に顔色を悪くしていた。自分より大きな男が、青いを通り越してどす黒い顔で、後悔! と顔面に書いてあるのだから、オスカーは失敗を悟らざるを得ない。
かえって傷つくのだが、まあ昨日より前進したし気にしないこととした。
「潘神様」
オスカーはもう一度目元を指の背でぬぐって、軽薄な顔立ちと評される垂れ目な目じりを意図して下げてみせた。
「潘神様のお気持ちを聞かせていただいて嬉しかったです」
顔色を悪くしていた潘神は黙り、熱帯の緑の大きな葉の間に、ぎこちなく座り直した。
「悪かった……私は」
「俺は、あ、いや、私は嫌ではありませんでしたよ。潘神様とキスできて、果報でしたね!」
妹のエリザベスと、弟のノアから、デリカシーがないと言われがちなオスカーは、にこにこと言い、反対に潘神は死にそうな顔になった。
そのまま潘神はもう一度詫びて、顔面を大きな手のひらで覆うと、「もう帰りなさい」と力なく言った。
オスカーは、「すみません、騒ぎませんから、お側にいてもいいですか。あと背中を撫でるくらいはさせていただけると」と控えめに申し出る。潘神が拒否しないという消極的な受け入れ態度を示したため、横に座ったまま、広い背中に手を添えて、ゆっくりと撫でるにとどめた。
さびしかったでしょう、と述べたとおり、潘神は寂しくて仕方ないのだろう。寝取り先祖のオリヴァーに、子孫のオスカーが似ているだけで、悪感情より、咄嗟に懐旧の情がその面に浮かんだくらいだ。
彼が英雄として生きた時代の親しい人々はもうこの地上のどこにもいない。それがどれほど残酷なことか、さびしくてたまらないことか。家族に囲まれ、のらりくらりと生きているオスカーには想像することはできても、実感には程遠いことだった。
その日から、潘神は夢遊病のような状態に悩まされることとなった。夜半になると、月明かりの下を、ぴすぴすと鼻を鳴らしながら、大きな男が拳で涙をぬぐう仕草で、とぼとぼと庭園を歩いているのである。オスカーは大神官に要請して、庭から人払いし、泣きながら歩く潘神に付き添った。
「潘神様、庭を少し歩いたら、寝室まで一緒に行きましょう」
「……う、う゛」
潘神は顔を上げると、迷子の子どものように、真っ赤な目でしきりと訴えた。
「オリヴァー、どこに行っていたんだ……姿が見えなくて……みんな、みんなどこに」
「呼んでくだされば、いつでも参じますよ」
「お……置いて行かないでくれ。わたしひとりを、置いて行かないでくれ」
「潘神様、少し植物園で休みましょう」
このような具合である。
オスカーは潘神のこの状態を情けないとは全く思わなかった。
友や、愛した故郷の人たちと一緒に去りたかっただろうに、彼らと光の扉をくぐることもせず、与えられた力の責任を果たすため地上に残ってくれた神様だ。
(繊細で、優しい方だ……)
付き添いながら、オスカーは潘神を植物園のガゼボに誘導して座らせると、彼の隣に腰を下ろした。
月はしらしらと白いガゼボを照らしている。やがて潘神は夢遊病状態の自分に気づいたらしく、静かになってうなだれてしまった。
よく泣く人のように思われるが、実際のところ、かなり我慢しいな性格のようである。初日にうっかり行き会わせてしまっただけで、あとはコントロールの効かない病気だ。
真顔になって黙り込んでしまった彼の背を撫でても、手を払われることはなくなっている。
「潘神様。ずっと神殿にいらしてもいいですが、よかったら一度外に出てみませんか。もちろん私もご一緒します」
満を持して、オスカーは「無理にお勧めするものではありませんが、一度潘神様に見て頂きたくて」とほほ笑んだ。
長い無言の末に、潘神が頷いたので、よーし! とオスカーは頭の中で浮かれたが、こほん、と咳払いするにとどめたのだった。
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