ゴーレムは恋を知る

キザキ ケイ

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本編

03.人間に出会う

 ある日のこと。
 のんびりおさんぽの途中、ちょうど見かけたカラフルな色のカエルさんに腕を差し出すと、ぴょんと飛び乗ってきたので肩に乗せた。
 きっと水場に移動したいだろうから、ぼくはゆっくりと泉へ向かって歩いた。

 散歩コースの一角に、澄んだ泉がある。
 ぼくが何匹も入れそうな広さで、まんなかから水が湧いている。
 カエルさんは泉のほとりでぴょんと飛び降り、草間に消えていった。
 すると入れ替わるように、泉の水面に影が現れた。

「誰かと思えばアメトリンじゃないか」
「そうだよ。おはよう」
「もう昼だ」

 のんびりと歩いていたら、太陽はとっくにぼくを飛び越していたらしい。
 この泉には虫さんや魚さんがたくさん住んでいるけれど、あまりお話ができない。
 唯一話せるのが、このナマズさんだ。
 彼自身がナマズだと言うのでそう呼んでいるけれど、白いし細長いし、他のナマズとはなんだかちがうように思う。
 頭の上でさえずりはじめた小鳥さんをびっくりさせないように、そろりそろりと動き、泉のふちに腰かける。
 足が水につかって冷たい。とても気持ちがいい。
 足の裏を小魚につつかれながら、ナマズさんの世間話を聞く。

「アメトリンや。麓に鉱山が見つかったのは知っているだろ? どうやら村ができて、人間どもがこの山を狙っているらしい」
「ねらってるって?」
「鉱山というものは金になる。そのうえ、人間を大量に使う。使われる人間を住まわせるために、平たい土地がたくさん必要なのだ。やつら、この山を切り崩して土地を用意するつもりだぞ」
「そうなんだ。山が切られちゃうのは、かなしいね」
「かなしいで済む話か! アメトリン、偉大なクリスタルゴーレムよ。無力なわれらのためにその力を振るい、人間どもを追い払うのだ!」
「えぇ、ナマズさんが無力だなんて。大雨を降らせたり、川の水をあふれさせて押し流したり、すごいことばかりできるのに」
「む……」

 ナマズさんはちょっと照れたみたいだった。

「大雨も土石流もやったが、人間どもはいなくならなかったのだ! よほど鉱山の恵みが恋しいらしい……われらにはが頼れるのはもうおまえしかいないのだ」
「もうやってたんだ、おつかれさま。でもぼく、なんにもできないよ」

 ぼくができることといえば、みんなの暮らしを助けること、倒木や落石をどかすこと、土を掘ること、眠ること。
 人間はこんなぼくを怖がるものなのかなぁ。

「アメトリン、おまえはすごいやつなのだ。ただ力の使い方を知らぬだけで」
「そうかなぁ」
「あぁ、おまえならば麓の人間など……むっ」

 ナマズさんは言葉を切り、さっとどこかへ泳いでいった。
 とっても長いナマズさんは、水中ですばやく動ける。
 すごいなぁ、ぼくにもヒレがあったらなぁ、なんてぼんやり眺めているうちに、ナマズさんが帰ってきた。

「人間が山に入ってきた。近くまで来ているぞ」
「ほんとう? 人間、ぼくも見たい」
「気をつけろ、あれは冒険者だ」
「ぼーけんしゃ?」

 ぼーけんしゃってなんだろう、なんてぼんやり考えていると、頭上で羽ばたき音がして、ぼくの肩にとまった。
 黒ぐろとした羽を広げて、ちょっとかすれた声の、とってもおしゃべりなカラスさん。ぼくのお話相手の一匹だ。

「こんにちは、カラスさん」
「あぁアメトリン、人間がすぐ近くに……ん、いたのかヌタウナギ」
「誰がウナギか、このズタボロ鳥」
「誰がズタボロか! この黒光りする翼を見よ」

 やや細身で胴長なナマズさんと、大きな翼が不ぞろいなカラスさんの口げんかはとっても仲がよさそうだ。
 口げんかが一区切りついて、二匹が揃ってぼくのほうを向いた。

「アメトリン! 足湯している場合じゃないぞ、すぐに人間を追い払わねば」
「いやまて、かの人間たちは群れだ。アメトリンに何かあればそれこそ本末転倒」
「群れだからこそアメトリンに出てもらわねば。いくら冒険者といっても、所詮は人間。クリスタルゴーレムの力があれば」
「アメトリンにクリスタルゴーレムの力が使いこなせると思うか?」
「……」
「……」

 二匹はわぁわぁ言って、急に黙り込んだ。
 ナマズさんもカラスさんもとってもかしこいので、二匹の話はぼくにとってむずかしいことも多い。
 聞けば答えてもらえるけれど、こうして二匹でわいわいしているときは、ぼくがなにか聞くのも変な気がしてだまっている。
 ぱちゃぱちゃと足を揺らしていたら、ぼくのこのようすがより「弱そう」に見えたらしい。

「あぁ、せっかくの魔大陸産硬質珪素体が、宝の持ち腐れだ」
「性格もなぁ。まるで聖女だ」
「アメトリンはオスだろう」
「いやメスだ。闘争心がなさすぎる」

 またわいわいと盛り上がり始めたナマズさんとカラスさんにぼくは笑った。
 岩でできた体が細かく揺れる。
 ゴーレムにオスメスの区別なんてないような気がするけど、楽しそうな二匹に水を差さないよう、心の中で思うだけにした。
 ぼんやりと泉や空を眺めているうちに、議論がまとまったらしい。
 戦いに向いてなさそうなぼくを人間に差し向けて傷つくより、人間が攻め込んできたらぼくたちみんなで撃退し、山に近づかないようにさせるほうがよいだろうとまとまった。

「人間、来るかな?」
「おい、わくわくするでないアメトリン。人間は恐ろしい生き物なのだぞ」
「われらとはまったく違う生き物だからな。見に行こうなどとするなよ」
「はぁい」

 いずれにしても、ぼくの岩でできた平たい足は下り坂に不向きなので、山を下りるのはむずかしい。
 いつものようにおさんぽルートを一回りし、小さなものたちを助け、あいさつしながら寝床に帰った。
 それからまた数日たった日のこと。
 のんびりおさんぽを楽しんでいたら、急に地面がなくなった。

「わ~」

 ごろんと転がり落ちたのは大きな穴。
 ぼくがすっぽり入ってしまうほど、深くて大きな穴だ。

「こんな大きな穴があったら大変……あれ?」

 どうしようかと見上げると、何かがのぞき込んでいた。
 口々に「やった」とか「カネが」とか言っているいきものは、顔の部分だけがつるつるして白っぽい。
 サルさんに似ていて、頭頂部には毛が生えているけれど、山では見たことのない。

「人間だ!」

 ぼくはうれしさのあまり、穴の中でちょっとだけ跳ねた。
 人間にはずっと興味があった。
 でもナマズさんたちから見に行くのはダメと言われていたし、人間が向かってきたら倒せと言われた。
 今、人間は向かってきていない。
 ぼくを見下ろしているだけだ。
 なのでじっくり観察することができる。

 人間は、ふしぎだった。
 顔には毛がなく、頭頂部には毛があった。
 首から下には、毛というより皮のようなものが垂れ下がっていて、関節などところどころ銀色に光っている。
 あれは銀、もしくは鉄かもしれない。
 人間はいろいろな毛が生えていて、金属を身にまとうようだ。
 ぼくには体が金属でできた仲間がいるから知っているけれど、いきものにとって金属はそこらの石と変わりない。
 それをあんなにぴかぴかになるまで磨き上げるなんて、人間は変わってる。
 何匹かの人間が、ぼくを見下ろして口々に何か言う。
 どうやらこの穴は彼らは掘ったもので、それはぼくを捕まえるためらしい。

「うーん……どうしよう」

 こんな大きな穴を掘ることができる人間はすごい。
 けれど、こんな大きな穴をたくさん掘られてしまうと困る。
 穴がぼこぼこ空いていたらおさんぽできないし、ほかのいきものたちが落ちてしまったら大変だ。
 しかもこの穴はぼくを捕まえるためのものだという。
 それも困る。
 いきものたちが「捕まえる」と言えば、それは食べるためだ。
 ぼくは人間に食べられたくない。
 さらに、ナマズさんたちは人間がやってきたら追い返すと言っていた。
 きっと彼らは、人間がこのように危険ないきものだということをよく知っていたのだろう。
 ぼくの気持ちは決まった。

「よっこいしょっと」

 足にぐぐっと力を込める。
 すると、ぼくの足がにゅにゅにゅっと伸びた。
 本物の岩石ではそんなことはできないけど、ぼくはそういうことができる。
 足が伸びたから、穴のふちに手が届く。
 よっこいしょと体を持ち上げ、穴から出ることができた。
 足の長さを縮めて、立って見下ろした人間は、ぼくの腰くらいまでしかなくて、思ったより小さめだ。

「……追い払うって、どうすればいいんだろう……」

 肩や頭に乗ろうとするいきものすら払ったことがないのに、「追い払う」なんてどうすればいいことやら。
 うむむ、と考えていたら、ふと、以前いきものたちが「威嚇」について教えてくれたことを思い出す。
 自分の住処や縄張りに近づくなと警告することで、自分の強さや危険性をアピールして、相手が入ってこないようにするのだという。

「こ、この山に入るなら、ゆるさないぞ~」

 ぼくは教わったとおりに、なるべく低くうなって、両腕を高く持ち上げた。
 隙間風のようなぼくの声は、うなっても怖くはなかったと思う。
 けれど少しは効果があったようで、人間たちはおそれおののき逃げだした。

 一匹の人間が、細い木の枝を投げてきた。
 先端にするどくとがらせた金属がくっついていて、かなり早かった。
 こんなものが山のみんなに刺さったら危ない。
 ぼくは投げつけられた木の枝を一本残らず拾った。人間はぼくに木の枝を刺したかったのかもしれないけど、岩の体には刺さらない。
 別の人間が何かを大声で叫ぶと、火が飛んできた。
 ぼくの胸にあたって、しゅんと消える。
 びっくり。これは魔法だ。
 平和なお山でのんびり暮らしているから忘れてしまいそうだけど、実はぼくも魔法が使えるのだ。
 ナマズさんいわく、ぼくが「魔物」────つまり魔法のいきものだから使えるのだという。
 なんにせよ、山の中で火の魔法を使うなんてよくない。
 飛んできた魔法はすべて「消して」、周りの樹木たちに「協力してもらう」。
 水分を多く含む生木は、少しくらい火が当たってもへっちゃらなのだ。
 木の枝が動いてぴしぴしと火花を叩き、ついでに人間の頭もぴしぴしやるようになると、人間たちはようやく背を見せて逃げていった。
 ぼくはほっとして、追いかける足を止める。
 なんとか追い返すことができたぞ。

「でもこの穴……どうしよう……」

 あとには立ち尽くすぼくと、大きな穴が残された。
 あぁ、この穴をなんとかしてから出ていくように人間に言えばよかったなぁ。
 その後、山のみんなが手伝ってくれて穴はきれいにふさがった。
 ぼくが体重をのせてもへこまないくらい土を詰めこむにはずいぶんかかったけれど、みんなでがんばった。
 ぼくは主に土を運ぶ役で、せっせと土や小石を運んでは埋め立てた。
 とてもがんばった。

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