ゴーレムは恋を知る

キザキ ケイ

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本編

05.人間を持ち帰る

 山にはこれまでどおり平和な日々が戻った。
 でもどこか空気が違う。
 二回も人間がやってきたので、おくびょうないきものは怯え、血気盛んないきものはどこかそわそわ落ち着かない。
 ぼくも日課のおさんぽの時間を長めにとり、人間への警戒を強めていた。
 そんな頃。

「アメトリン、助けて! 大ガラスが人間と戦ってる!」

 青い小鳥さんがやってくるなりそう叫び、ぼくは考える間もなく走った。
 あのとき逃がした人間だろうか。また新たな人間だろうか。カラスさんになにかあったらどうしよう。自分は仲間を助けられるだろうか……。
 不安にかられながらも、走って走って、山の中を流れる川沿いにやってきた。
 木々の合間から人間が見える。一匹だ。
 その人間へ、黒く大きな鳥さんが何度も飛びかかっているのも見えていた。

「カラスさん!」
「来るなおまえたち! こいつはここで、ぐわっ」

 カラスさんがこちらに向けて叫んだ瞬間の隙を、人間は見逃さなかった。
 黒い翼が切り裂かれ、黒い影が川へと落ちていく。

「アメトリン?!」

 冷たい水晶の体が熱い。
 岩の裂け目から、か細い悲鳴がほとばしった。
 なにかが体中からあふれ出して止まらない。

「だめよ、アメトリンっ!」

 とても大きな音がして、声がかき消される。
 熱い、熱い、あつい。
 ぐらりとかたむく。
 体に硬いものがいくつも触れ、その感触がふしぎで、周囲の様子が目に入るようになった。

「え……なにこれ」

 あの一瞬、ぼくは寝てしまったのだろうか?
 景色が一変していた。
 足元に大小さまざまな石が天を目指すように広がっている。
 灰色のもの、土をかぶって真っ黒なものから、ぼくの体のように透明なものまで、にょきにょきと地面にたくさん生えている。
 石が突き出ているところはかなり広く、あの人間が立っていた崖際までも石だらけになっていた。
 いろいろな色の結晶が、まるで花畑のように、いくつもいくつも生えている。

「アメトリン、気が付いた?」
「あぁ、小鳥さん。これは、いったいどうしたの」
「どうしたもなにも、あなたがやったのよ、アメトリン。魔力の暴走ね」
「魔力の……暴走」

 そろりそろりと石を踏みしめながら歩くと、足の裏でぱきぱきと割れる音がする。
 たしかに自然の石にしては硬さがいまいちだ。魔力の気配も濃い。
 ぼくの魔力があふれ出て、こんな形になったのだろうか。
 そこまで考えてはっとした。

「カラスさんが!」

 石を避けつつ踏みつつ、崖沿いへ近づく。
 川は急流で、黒い翼はどこにも見えない。
 どこへ行ったのだろう、まさか流されてしまったのか。

「ここだ~、アメトリ~ン」
「カラスさん!」

 聞きなれた声に身を乗り出し、ぐっと崖下をのぞき込むと、カラスさんはそこにいた。
 水流のぎりぎりまで生えそろった魔力の石のひとつに引っかかったようで、川に落ちることなく、切り裂かれた翼をかばいつつも無事なようだ。
 突き出た石を枝のようにぴょんぴょんと乗り移りながら、崖の上まで戻ってくる。

「いやぁ、万事休すかと思えば。助けてくれたのだな、アメトリン」
「うん……自分ではどうなったかよくわかんなかったけど、助けられてよかった」
「よくわからなかったのか? 危ういなぁ。して、あれはどうする」
「あれ?」

 カラスのくちばしが指すほうを見ると、とりわけ大きな結晶の上に人間が引っかかっていた。
 ぐったりとうつぶせて動かない。

「し、死んじゃった?」
「いや生きておる。しぶといやつめ。ま、あそこに野ざらしにしておけばそのうち誰かが食べに来るだろうよ」
「えぇ……」

 弱った動物は肉食のいきもののエサになる。
 これまでもそうだったし、これからもそうだ。
 でも、ぼくがしたことで弱ったものが食われるとなると、少し、いやかなりモヤモヤする。

「……助けよう」
「なんと、アメトリン、正気か?」
「危険だわ」

 鳥さんたちは止めるけれど、ぼくは折れなかった。

「ぼくは、人間たちにここを荒らさないでほしいだけだ。殺したいわけじゃない。それに誰かが死んだら……人間たちはきっと怒って、取り返しのつかないことになる」
「……ずいぶんと人間に詳しいようなことを言うのだな」
「え?」

 そういえば、そうかも。
 これまで見たこともなかった人間の考え方について、どうしてこんなにスラスラと答えられるのだろう。
 ふしぎに思って首をかしげたけれど、わかるはずもなく、カラスさんもそれ以上なにも言わなかった。
 それに今はそれどころじゃない。

「どうやって引き上げようか」
「落としたほうが早いのではないか」
「そうね、落としましょ」
「……」

 人間を助けることに全く乗り気でない鳥さんたちは一旦おいといて、なるべく近くまで崖上を移動する。
 元々の腕の長さでは届かないので、腕の長さを伸ばした。
 にゅにゅっと伸びて、鳥の足のようにぐわっと変形させた結晶の腕を、ぎしぎし言わせながら崖下へ伸ばし、そうっと人間の胴をつかみ取る。
 ゆっくり持ち上げ、ぼく自身はそろりそろりと後ろへ下がり、なんとか拾い上げることができた。
 地面に生えている石を払って平たくし、そこへ下ろし、伸ばした腕を砕いて元通りにする。
 見慣れた形の腕で人間を抱え、アメトリンはゆっくりと歩き出した。

「その人間、どこに持っていくつもりだ?」
「ぼくのうち」
「住処に人間を招くなど!」
「じゃあカラスさんのおうちに置いてくれる?」
「……」

 カラスさんのおうちは木の上の巣だ。人間を置けるわけがない。
 ぼくはなるべく人間の体が揺れないように歩いて、寝床につれていった。
 今は子育て中のいきものはいないので、奥へ人間を寝かせる。
 薄暗い洞穴の中で、意識のない人間をじっと見つめてみる。

「……本当に顔がつるつるだ」

 ところどころ毛が生えているけれど、他の獣と比べて人間はずいぶんと薄毛だ。
 それにどうやら、体に張り付いていた皮は脱皮するみたい。
 生皮をはがしてしまったかとびっくりしたけれど、皮がとれても血がにじむことはなかった。
 ぼろぼろに裂けた薄皮をそっと取り除く。
 毛の少ない肌は白っぽく、ところどころ赤や青に変色していた。
 これは知ってる。血の流れるいきものは打ち身でこのように肌色が変わるのだ。
 洞穴を出て、沢の近くに生えている葉っぱを何枚か摘み取る。
 以前サルさんの仲間が、肌の痛みにこの葉を使っていた。
 オオカミさんにも効果があったので、人間にも効くのではないだろうか。
 葉っぱをぺたぺた貼り付けても人間は目を覚まさなかった。

「まぁいいっか。起きたら話をしよう」

 ぼくよりずっと細い手足。
 薄い皮膚には血管が透けて見える。
 黒っぽい灰色の毛がまばらに生えているだけ。
 こんなに弱くてもろいのに、立ち向かってきた。
 ふしぎないきもの。
 いつまで見つめていても飽きない気がした。

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