ゴーレムは恋を知る

キザキ ケイ

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後日譚

ゴーレムの過去と未来

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 アメトリンの身元がわかった。
 そんな知らせを受けて、ラグナは手紙を凝視した。
 何度読んでもそう書いてある。

「……やっと、か」

 魔力鳥に持たされた、古巣のギルド本部長からの手紙には、アメトリンといっしょに顔を見せるようにと書かれている。
 アメトリンたちが山を捨てる決断をして、それに伴いラグナが隣国へ居を移し────およそ半年。
 移り住んだ山は繁栄甚だしく、もとは死にかけの禿山だったとは到底思えない有り様だ。
 当然、周辺住民は訝しみ、ギルドへ調査依頼が行く。
 そこで有利に働くのが、ラグナのA級冒険者資格だ。
 極めて優秀な冒険者にのみ認められたA級の地位さえあれば、そんな優秀な冒険者が見張っているとわかれば、住民は安心する。
 危険で希少な魔物が何種類も現れても「様子見」となり、他者の介入を最小限に抑えることができる。
 もちろん、A級とはいえこの国のギルドと接点がないラグナはまだ信用されておらず、こまめに顔を出し、面倒な依頼を率先して受けることで信頼を築いている最中だ。
 そんな中で、この手紙。

「アメトリン、ギルド長に会いに行こう。ウルザとハーキンも呼ぶぞ」
「えっ、行く!」

 家の中に入らず、玄関からそのまま庭へ回ると、薪割り中の小柄な青年が振り返った。
 美しい宝石色の瞳が期待にきらめく。
 つやつやと光を弾く紫と黄の髪は腰まで長く、首のあたりでくくった上でさらに輪っかのようにまとめている。
 動きやすい服装で、奇異な色味以外はふつうの男子に見える。
 が、美しい黄紫の結晶でできた手足と、溢れ出るほど潤沢な魔力が、人間とは一線を画す存在だと突きつけてくる。

 魔大陸でも希少な、生まれながらに指導者たる強大な魔物・クリスタルゴーレム。
 その「核」となった少年アメトリンは、ゴーレムの鉱石の装甲を脱ぎ捨てたあとも健やかに過ごしている。
 魔力を感じない人間にとっては、アメトリンは見た目が奇抜なだけで、そこらの人間と変わらない。
 一抱え以上ある丸太を触れもせず割って、薪を作っているところを見られなければ……。はたまた、体中から生えている結晶を無造作にもぎ取っては転がすところを見られなければ……。

「ギルドちょー、おひげ伸びてるかな?」
「どうだろう。彼はドワーフの血筋で、長いときは胸までヒゲがあったそうだ」
「胸までぇ? すごい!」

 アメトリンはなぜかギルド本部長がお気に入りで、時折「ギルドちょー元気かな」などという。
 なぜ一度しか会ったことがない本部長を気にするのかは謎だ。
 ラグナ的にはやきもちの一つも焼いてしまうところだ。

 普段から遠出の多いラグナの荷物は少なく、すぐにまとまった。
 しかしアメトリンの外出となると一大事だ。
 隠さなければならない体の部位が多いため、大きめの衣類を持ち歩く。
 道中の野宿は最小限にし、宿も清潔なところを選ぶ必要があり、一時的に腰を下ろすためのクッションも必須だ。
 できればアメトリンのやわらかい肌や髪に塗る香油も持ち歩きたい。
 つまり荷物が多いのだ。
 それになにより、アメトリンはこの山の「要」だ。
 文字通り、山の生育にアメトリンの魔力が欠かせず、数日離れてどのような影響があるか、魔物のトップたちと話し合わなければならない。

「……はぁ、面倒だが、水龍たちに相談しよう」
「うん。楽しみだなぁ、ウルザやハーキンも元気かな?」
「あいつらは殺しても死なないから大丈夫さ」
「ギルドちょーは?」
「うーん、胃が弱い人だからどうかな……」

 いつだって「胃が痛くなってきた」と嘆いていたギルド本部長の健康を、アメトリンは本気で心配しているようだった。
 アメトリンの外出および外泊の許可をもらいにいった泉で、水龍は短い腕を組んで偉そうに言い放つ。

「ダメにきまっておる」

 そう言われるだろうな、と思っていたラグナは、うるさい保護龍を無視してフェンリルに尋ねた。

「往復で半月ほどかかると思うが、影響はどうだろうか」
「半月か。あまり良くはないな。今この山は発展途上で、いきなり魔力の供給が絶たれる事態は避けたい」
「かけらを置いていくのはどうだ?」
「要所要所に置けば影響は抑えられるが、地すべりのひとつでもあれば不安定になるぞ」
「おいっ、わしを無視するな!」

 フェンリルがめんどくさそうに水龍を振り返る。

「なんでも反対すればいいというものでもないだろう、水龍」
「アメトリンはこの地の要なのだぞ。そう簡単に移動しては魔力流が乱れ、禿山に戻ってしまう!」
「それを防ぐ方法を話し合っているんだろ。長生きなんだから知恵を出せ」
「アメトリンが行かなければ済む話であろう!」
「他ならぬそのアメトリンが行きたがっているんだから、俺たちが力を貸してやるべきだ」
「うぐぐぐ」

 結局フェンリルが主導してくれて、アメトリンの外出は許可された。
 かの灰オオカミの王は、転居前にしばらく共に過ごしたことがあるからか、ラグナのことを信頼してくれている節がある。

「勘違いするなよ、人間。おまえが一度でもアメトリンに害を為せば、その胸のかけらに込めた俺の魔力がおまえの喉笛を噛みちぎるからな」
「心得ているよ」

 かつてアメトリンから贈られたクリスタルゴーレムのかけらは、ペンダントに加工してラグナの首から下がっている。
 強いとはいえただの人間であるラグナが、魔物たちと共存するための鍵であり、ラグナとアメトリンをつなぐ絆であり、フェンリルがラグナを監視するための標でもある。
 紫と黄のグラデーションが美しいペンダントを日にかざすと、フェンリルがぼそりとつぶやいた。

「巣での無体も、目を瞑ってやっているのだぞ」
「……」

 ベッドの上でのあれこれを「アメトリンへの加害」と認定するのは勘弁してほしい。
 微妙なわだかまりを残しつつ、ラグナとアメトリンは住処を出発した。
 国境付近まではアメトリンの「門」で移動できる。アメトリンがいるおかげで、魔物が多く出る地域を突っ切れるので時間短縮もできる。
 それでも徒歩と乗り合い馬車で5日ほどの距離だ。
 なるべく宿のある村へ立ち寄りつつ、旅を楽しみつつ、かつて拠点を置いていた町へ向かう。

「よぉ、久しぶりだなラグナ。それにアメトリンも」

 ギルドへ顔を出した途端、見慣れた顔が寄ってきた。

「ハーキン! ひさしぶり! ちょっとちぢんだ?」
「縮んでねぇ! おまえの背が伸びたんだろ!」

 ハーフエルフのハーキンは、まさか背の低さをアメトリンに指摘されると思っていなかっただろう。
 彼が初めて出会った頃のアメトリンは、彼の肩ほどの高さだった。
 それが今では同じくらいの背丈に伸びている。
 比較対象がいると、アメトリンの成長がよく見える。

「元気そうでなによりだよ、アメトリン。魔力もずいぶん使いこなしているみたいだね」

 魔女ウルザは優雅な仕草で挨拶をしながら、すぐに魔力の質の変化に言及した。
 アメトリンは王になってから、いろいろな魔法を試している。
 ほとんどの魔法に素質を持つのは、さすが百の魔物の王たるクリスタルゴーレムだと、ラグナも唸らされている。

「ウルザにはわかるの?」
「そうさ、魔女だからね。今からでもラグナなんか捨てて魔女にならないかい?」
「おい、アメトリンを誘惑するな」

 やや不安になってアメトリンを抱き寄せると、ハーキンとウルザはきょとんと目を丸くして、それからうるさいくらいに大声で笑い始めた。

「ハーキン、見たかいあの顔! ラグナがあんな顔するようになるとはね」
「あっはっはっは、あぁ傑作だ!」
「おまえら笑いすぎだろ……」

 笑いすぎて涙までにじませている仲間たちに呆れる。

「いやいや、笑うだろこんなの。無事に結婚できたんだな、アメトリン」
「うん。ハーキンたちが教えてくれたおかげでね」
「そーかそーか、よしよし」

 無造作にアメトリンの髪をかき混ぜる手にいらつく。
 すると、そんな心を読んだかのようにハーキンはラグナを見つめ、邪悪な笑みをにんまりと浮かべた。

「はいはい、触られたくないんだよな。悪い悪い」
「悪いと思ってないだろ」
「いやぁ、あまりにおもしろくて……よかったな、ラグナ」
「……あぁ」

 からかいが取れたハーキンの言葉には、心から祝福が込められていた。
 ギルド長が来るまで4人で雑談する。
 2人とも相変わらずだが、今のところ固定で組んでいる前衛戦士はいないらしい。
 すると自然とそれぞれで組む相手を探すことになり、ウルザとハーキンも顔を合わせるのは久方ぶりだという。

「ラグナと組むのは楽だった。今どきの若い剣士は言わなきゃ動けないし、魔物の知識も浅い。ちょっとケガしただけでぴーぴー泣いて、情けないったらないよ」
「本当にな。ひどいときは俺が前衛やるんだ。短剣でだぞ? エルフに壁役なんかできるわけないだろ」
「隣国に引っ越したんだろ、ラグナ。あたしもそっちへ拠点を移すかねぇ」
「お、いいなそれ。そしたらラグナと組めるじゃん」

 A級冒険者が短期間に3人も移籍するのはまずいのでは……とラグナが口を挟もうとしたとき。
 かしゃーん、とガラスの割れる音がした。
 振り向くと、戸口でギルド本部長が立ち尽くしている。来客用のグラスが落ちて割れた音だった。

「ラグナが移籍しただけでもつらいのに……おまえたちも行ってしまうのか……?」
「あ」
「あ」

 そのあとしばらくは、子どものように泣きじゃくるギルド長を冒険者たちと魔物が必死で慰める時間があった。
 結局、傷心したギルド長からアメトリンの身元について詳しく聞くのは憚られ、話は後日となった。
 ウルザたちもさすがに軽率だったと反省している。
 しかしラグナが去っただけで、A級の実力者が前衛の力不足を嘆くとは。
 冒険者人材の空洞化が心配だ。
 かといって、ラグナ自身積極的に後進を育成しようなどと思ったこともないのであまり強くは言えない。そもそも「魔物オタク」の気質のあるラグナは、初心者から中堅までの冒険者にちょっと遠巻きにされていたので後輩などもいなかったし……。

「ラグナ、考えごと?」
「ん、あぁ」
「そういえば、この旅ってなんのためなんだっけ?」
「……言ってなかったか?」

 そういえばアメトリンは「ギルドちょーに会える」と喜ぶばかりで、旅の目的を聞いてこなかった。
 旅装の準備に魔物たちへの根回しにと奔走しているうちに、説明が足りていないことすら忘れていた。
 部屋に入ったら話そう、と明かりの見えてきた宿に向かっている途中のことだった。

「エイノ?」

 遠く酒場から漏れ聞こえる喧騒とは違う、こちらに向けられた声。
 聞き馴染みのない名だったが、振り返ると、細身の青年がこちらを見ていた。

「エイノ……やっぱりエイノだ! 生きていたのか、あ、あぁ……っ!」

 青年は叫んで泣き崩れ、ラグナは悟った。
 もしや彼が。

「もしかして、きみはぼくのことを知ってるの?」

 人間として生きていた頃のことを知っている者が現れたから、ギルド長はラグナたちを呼び寄せたのだと、今わかった。
 ぐすぐすと泣き続ける青年を支えながら宿へ帰りつく。
 ギルド長が直々に手配してくれたというギルド御用達宿泊所はフロントの横に応接スペースがあり、冒険者が依頼を受けるための面接をする場所が設けられている。
 ひとまずそこへ青年を通し、彼が泣き止むのを待った。

「大丈夫か?」
「……すんません、取り乱して」
「いや。亡くなったと思っていた仲間が生きていたのだから取り乱すのも無理はない」
「はい……」

 青年はオジーと名乗った。
 ごく普通の、どこにでもいそうな農民の格好をしている。
 赤茶けた髪と、純朴そうな顔立ち。泣き腫らした瞼は痛々しく、その隙間から伺うようにアメトリンをちらちら見ている。

「彼の名前はエイノというのか?」
「え、はい。なんか色とか変わっちまってるけど、エイノ、だよな?」
「オジー、彼は記憶を失っているんだ」

 オジーはショックを受けたように固まって、またはらはらと涙を流した。

「そ、か……そのほうがいいかもしれねぇ。エイノにはつらいことばかりだったから」
「つらいこと……」
「はい。おれとエイノは同じ村の出身で、村は山火事で燃えてなくなっちまったんだ。おれは風上の山に牛追いをしていたから逃げれたけど、エイノの一家は……。それ以外にも、エイノにはいろいろあったから」

 オジーが濁したのはおそらく、エイノが口減しに売られる予定だったことだろう。
 山の魔物であり、アメトリンの庇護者である青い炎のフェニックスは、アメトリンが「クリスタルゴーレムの核」となる前から彼のことを知っている。
 そのフェニックスいわく、アメトリンは人買いに売られるところだった。
 山火事が発生して売られることはなかったが、手足を焼かれ、死を待つばかりだった。
 そこへ、素性を隠してアメトリンの元にいたクリスタルゴーレムが取引を持ちかけた。
 アメトリンをゴーレムの生体核と成す代わりに、命を助ける契約。
 双方はそれを受け入れ、クリスタルゴーレム・アメトリンが生まれた。
 思えばゴーレムの核は最初から、アメトリンになにかの素質を見出していたのだろう。核に相応しい素質、のようなものがあるのなら、だが。
 こうして一命を取り留め、生まれ変わったアメトリンは、代償のように人間だった頃の知恵や記憶を失い、幼子のように生きてきた。
 だが、今は────。

「なぁ、冒険者さん。おれ、エイノを故郷に連れて行きたい」
「……故郷? 村は焼けてなくなったと聞いているが」
「うん、焼けちまった。なにもかも。でもおれ以外にも生き残りがいて、みんなで村を再建しようって話になってるんだ。エイノは、村のこと覚えてないかもしれないけど……村に行けば、村が立ち直れば、きっと思い出すよな!」

 なんて身勝手で稚拙な論だろう。
 ラグナは小さく嘆息した。
 元々運営が立ち行かず、口減しをするつもりだった村を再建したところでたかが知れている。最初はよくても、いずれ再び子を売り、子を殺すことになる。
 それに、失われた「エイノ」の記憶についても、取り戻せる確証などあるわけがない。
 それなのに、「エイノにはつらい思い出」と言った同じ口で、「エイノ」の記憶を取り戻させようとは。
 さてどこから指摘するか、と見遣ったオジーの目に、ラグナは光を見た。

「っ、わ、どしたのラグナ」

 反射的にアメトリンの肩を引いて自分に寄らせる。
 オジーの目にあったのは、怪しい光だった。
 そう、ラグナが自身を鏡でうつしたときに、不意にアメトリンが横切った瞬間、銀幕に反射して炙り出される……醜く、切羽詰まった感情。

「オジー、きみの意見を否定するつもりはないが、まずは彼にどうしたいか聞いてみよう」
「あ、そ、そだな。すまねぇ、おれ気が急いて」
「『アメトリン』、どうしたい?」

 本当は「エイノ」なのかもしれないが、ラグナはそう呼ぶ気にならなかった。
 ラグナが出会い、絆を深め、愛するのは「アメトリン」だ。
 人間と魔物の領域を危うく歩く、それでいて万物を従える絶対的な魔の王の素質に、ラグナは惚れたのだ。
 それはおそらく、ただの人間の「エイノ」では成し得なかった。

「ラグナ、もしかして、ぼくの記憶を取り戻そうとずっとなにかしてくれてた?」

 ギルド長に会おうとした顛末や、オジーの存在で、言わずとも目的がわかったらしい。
 ラグナが頷くと、アメトリンは目を閉じてうーんと唸った。

(う、かわいい。他の男の目に触れさせたくない……)

 無防備に閉じられた瞼や、つんと突き出された薄桃色の唇は、ラグナと庇護者たちの日々の手入れでつやつやとして、とてもやわらかそうだ。
 いや事実やわらかく、少し甘い。
 邪な気持ちが浮かびかけたが、ラグナが暴走する前に黄紫の瞳がぱちりと開いた。

「ぼく、行かない」
「……」
「そんな、エイノ!」

 オジーは悲痛な声を出してアメトリンに取りすがろうとしたが、ラグナはやんわりと彼の手を遠ざけた。

「オジー、話してくれてありがとう。彼はまだ故郷を思い出せないようだが、いつか思い出して帰りたがるかもしれない。そのときはあたたかく迎え入れてやってほしい。頼めるか?」
「ぁ、は、はぁ。そりゃ、はい」
「きみのような善良な知人がいてよかった。では我々はこれで。行こう、アメトリン」
「ぁ……」

 オジーの手は、振り返りもせずラグナの後を歩き出したアメトリンに届くことはなかった。
 階段を上がり、部屋へ入ると、アメトリンはお気に入りのふかふかベッドへ腰掛けた。

「ラグナ、さっきのは? ぼく、昔を思い出しても山を離れることはないよ」

 アメトリンの肌を隠すための外套を預かりながら、ラグナは苦笑する。

「勝手に悪かった。ああいうことを言っておかないと角が立つんだ」
「ふーん。人間って不自由だね」
「そうだな」

 オジーの目に一瞬映った光は、人を魔に落とす力のあるものだ。
 ラグナのふるまいによって「エイノ」に強力な後ろ盾があると思わせることができたはずだから、これ以上は追ってこないだろうが、念のためギルドにも話を通しておかねば。

「ラグナは、ぼくに、人間だったときの故郷に戻ってほしかった?」

 不意にそう訊かれ、ラグナは振り返った。
 澄んだ瞳に射抜かれ、自然と彼の足元に跪き、その手を取る。

「違う。アメトリンがもし、自分のルーツを知りたいと思ったとき、選択肢を提示するつもりだった。ギルド長に身元の確認をお願いしていたのは、その、アメトリンが人間として生きられるんじゃないかって思っていた時期で」
「あのときか。人間として暮らさないかって、誘ってくれたとき」

 かつて、結晶の形の手足を隠せばアメトリンは人間として生きられるのでは、と思ったラグナは、人間の社会を教え、引き込もうとした。
 しかしアメトリンは魔物として生きる道を選んだ。
 アメトリンの身元が判明すれば、実は生きていたのだと宣誓すれば、すぐに人の世に戻れる。だがアメトリンがそれを拒んだ以上、身元確認は「アメトリンが望めば教える」程度の価値しかなくなった。
 大した意味はないと知りつつギルド長へ依頼取り下げをしなかったのは、ギルド長へ会いに行くという口実でちょっとした旅行をしたかっただけだ。
 そんな下心も、ラグナの王には見抜かれているかもしれない。

「こうやって、たまに人間の町に行くのは楽しいよ。ぼくの故郷も、ちょっとは気になるけど、あんまり長く山を空けられないしさ。だから行かない」
「わかった。明日ギルドに顔を出して、そのことを伝えておこう」
「ギルドちょー、ぼくに怒ってないかなぁ。ぼくのせいでラグナだけじゃなく、ウルザとハーキンまでいなくなっちゃうって」
「怒ってないさ。泣いてただろ。彼はああいうとき泣いちゃうタイプなんだ」
「うぅ……泣かせかたったわけでもなくて……」

 相変わらず妙にアメトリンに気に入られているギルド長にやや嫉妬しつつ、ラグナはアメトリンの髪をさらさらと撫でた。
 次の日、アメトリンを連れてギルドへ顔を出すと、ギルド長はすぐに現れた。

「ラグナ……ほんとにウルザたちを連れて行かないか?」
「行かない。あいつらだって本気で移籍しようなんて思ってないさ」
「ラグナだって移籍のときは前触れなかったしなぁ……」
「う。仕方ないだろ、アメトリンに婿入りすることになったんだから」
「まさか天下の最上級冒険者が婿に取られて隣国に奪られるなんて思わなかったよ……ほんとに困ったときは助けてくれるよな?」
「もちろんだ。この国は俺の故郷だからな」

 ラグナの返答に満足したのか、ギルド長は上機嫌になった。
 そのギルド長をアメトリンが捕獲し、なにくれと話しかけている。
 ギルド長もA級流出の心配が去ったからか、嫌がるそぶりもなくアメトリンを構ってやっていた。

「失礼します、ギルド長、ご報告が」

 そんな中、ギルド職員が入ってきてメモを読み上げた。
 南部の山の一部で大規模な土砂崩れが発生、壊滅的な被害が出たという。

「大変だ、急いで救助隊を編成する。ラグナ、悪いが」
「わかってる。邪魔した」

 現地へ救援を出すために冒険者たちを取りまとめなければならないギルド長は、ばたばたと部屋を出ていった。
 ラグナたちもギルドを出て、宿泊先へ戻る。

「あのね、ラグナ」
「なんだ?」
「あの山が、死んだよ」

 振り返ったアメトリンの瞳は凪いでいた。

「みんなで引っ越してしまったから、いつかこうなるとわかってたんだ。いきものがいなくなった山は、水や土をためる力がなくなっていく。それに人間たちはあの山を崩したがってた。自然のバランスを考えずに山を崩せば、いつかぜんぶ崩れる。ぼくは、わかっていてあの山を捨てたんだ」
「アメトリン」
「ぼくはひどい王様かな。あの山に残ると言ったみんなを、ぼくは無理にでも、連れて行くべきだったのかな」

 わずかに震えるアメトリンの肩を強く抱き寄せる。
 あたたかさを分けるようにさすって、ラグナは辛抱強く待った。
 アメトリンのせいだ、アメトリンのせいじゃない。どちらの言葉も口に出すには軽すぎる。
 やがて震えは収まり、アメトリンはおずおずとラグナを見上げた。

「大丈夫か?」
「うん。そういうのもぜんぶ背負うって決めたの、思い出したから。それに胸のクリスタルゴーレムがね、王様なんだからそんなことで悩むなって、言ってくれてる気がする」
「言いそうだな。だがまぁ、王様と言っても、なんでも完璧である必要はないだろう。つらいことは話してくれ」
「……うん。ありがと、ラグナ」

 手放したものを振り返ることなく、背筋を伸ばして歩いていくきみに、永遠の敬意と愛を。
 強くあろうとするアメトリンと共に歩める喜びを噛み締める。
 決意を再び胸に抱き、ラグナは王の背を追いかけた。
 それと同時に、宿屋のベッドでたくさん甘やかして慰めてやろう、という決意も固めているのであった。
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