恋のかたちになるまでに

キザキ ケイ

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05.善視点(4)

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 最近なんだか変だ。
 なにがって、おれが。

「善、ぜ~ん。昼メシ行こ」
「……」
「お~なんだなんだ、かわいい顔して~」

 ほっぺたをもにょもにょ撫で回されて、自分より背が高い男を睨みつけるが、効果はまったくない。
 こいつが暖簾に腕押し、糠に釘なのはいつものことだが……。

「なぁリュウ、そのかわいいってのさ」
「ん~? 嫌?」
「イヤとかじゃねーけど……」

 びしっと言ってやればいいんだ、男にかわいいなんてないだろ、失礼だぞって。
 でも言えない。
 なぜか言えない。
 ほかのやつにこんなことされたら、すぐさま振り払って蹴りのひとつでも入れるのに。
 リュウにだけ甘くなってしまっている自覚がある。

「あーそっか。今日もかっこいーよ、善」

 頬を撫でていた手が、頬を包み込む手に変わり、男らしく大きくて節のある親指がおれの目元をゆっくり撫でる。
 そんな声で、手つきで、とろけそうな顔でそんなこと言われたらさぁ。

「勘違いしそうになる……」

 テーブルにごつんと突っ伏すと、勢いが良すぎてガタンと大きな音が鳴った。
 慌ててテーブル位置を直して、周囲を伺ったけど、広くて席数が半端ない本学のカフェテリアは人がまばらで、誰もこっちを見ていなかった。
 そういえば、情けない恋の顛末をリュウに報告したのもこのへんの席だったっけ。

「はぁー……」

 今度はテーブルを揺らさないように顔を伏せる。
 リュウは、日に日におれに甘く微笑むようになっている。
 吊りがちの目がやんわりゆるんで、髪や顔に触られて、いっしょにいるときの物理的な距離もなんとなく近くなった気がする。
 元々距離が近いやつだったけど、ここまでじゃなかった……はずだ。
 いや、おれが勝手にそう思ってるだけかもしれない。
 おれが勝手に勘違いして、リュウも・・・・おれのことを……なんて。

「いや『も』ってなんだよ『も』って……」

 これ以上自分に嘘はつけない。
 おれはいつのまにか、リュウのことを────好きになってしまっている。
 リュウを見ると胸が高鳴るより痛くなる。触られると顔どころか全身が熱くなって、触れた箇所が鋭敏になる。
 まるで高熱に浮かされているときみたいだ。
 シンさんに「恋した」と思っていたあのときのおれはなんだったんだろう、と思ってしまうくらいに、おれの全部がリュウの全部を過剰に受け取って、求めてしまう。
 元々、ノリがよくて義理堅くて、見目も整っているリュウのことは気に入っていた。
 付き合いが長くなって、気心知れているというのもある。
 でも以前はこんな気持ちにはならなかった。
 リュウがおれだけを特別扱いしてくれてるんじゃないか、なんて。

「うぅぅ~おれまじキモ……自意識過剰……」

 リュウが優しいのはみんなに対してだ。
 男にも女にも交友関係が広くて、社交的で、恋人もほとんど切らさない。そういうやつなんだ。
 自分にだけ微笑んでくれてるなんて痛い妄想でしかない。
 そう自分を諌めなければ、際限なく自惚れてしまいそうなほど、リュウはいい男で、懐に入れた相手に甘くなる。
 勘違いしてはいけないのだ。
 いくらリュウが男もイケるタイプだからといって……。

「おれにイケてくれてもいいじゃん……」
「あ~、いた~」

 いきなり近くで声がして、びくんと震える。
 慌てて体を起こすと、すぐ横に女子が立っていた。
 派手な女子だ。
 明るい茶の髪を長く伸ばして巻いている。スマホ持つのも苦労しそうな長い爪に、書類や教科書が入っているにしては装飾性の高いカバン。
 くるんと持ち上がったまつ毛の奥で、よくわからない形が浮かび上がるピンク色の虹彩がおれを見つめている。

「りゅーしょーのツレっしょ? りゅーしょーどこにいるか知らん?」
「んぇ……リュウ?」
「そー。明日の飲み、りゅーしょーだけ返事きてないからさ~」

 妙に間延びして甲高い声だけど、要はリュウを探しているらしい。
 朝会ったので学内にいるのではと返答すると、彼女はゴージャスな茶髪を指に巻きながら「あり~」と言って、なぜかおれの隣の席に座った。

「……リュウを探すんじゃなかったの?」
「あー。探すよりここにいたほうが早いかもって思って」
「そうかな……」

 よく知らない女子、気まずい。
 そもそもおれは高校三年間の経験のせいですっかり女性が苦手になってしまって、なるべく接触しないようにしていた。
 ひさしぶりに感じる女子の存在感と、謎のいい匂いに慄く。

「てかさー、『ゼンちゃん』しょ? きみ」
「あ、はい」

 家族にすら呼ばれたことのない愛称をなめらかに飲み込まされた。

「最近バリ垢抜けてて目立ってんじゃん。なんかきっかけでもあったん?」
「え? えーと……かっこよくなりたいなって」
「へー。うける」

 どこがウケたのかわからないし、女子は笑っていない。
 スマホをいじりながら話す彼女から遠慮しつつ聞き出した名前は「エミ」さんだそうだ。苗字は教えてもらえなかった。

「てことはさー、好きな人の影響とかではないん?」
「え、ぁ、それはない」
「付き合ってるひといる?」
「い、いない……」
「あーね」

 なんの時間なんだろうこれは。尋問?
 付き合ってる人がいないって言葉に「あーね」って返されるのってギリ悪口じゃないか?

「じゃあさー。ゼンちゃんのこと気になるって子いるから、IDもらってい?」
「へ? え?」

 おれのことを気になる子?
 今理解した。
 エミさんは誰かにおれのことを探ってくるよう頼まれたのだ。
 おれのことをかっこよくなったと言っていたリュウを思い出す。
 もしかしておれに、モテ期が来たのだろうか。
 ……ふしぎなほど、なにも感じない。

「あーいや、それはちょっと」
「えーなんで? カノジョいないんしょ? ほらこの子、かわいーよ」

 エミさんがスマホ画面を見せてくる。
 遠慮しようとすると肩を捕まれ、画面を覗き込まされた。
 うぅ、女子に逆らおうとすると体が震えるトラウマの後遺症が出そう。

「あのっ……付き合ってはないけど、好きな人がいるんで……っ!」

 限界まで顔を背けて叫んだら、人の少ないカフェテリアの虚空に思いのほか響いてしまった。
 遠くの席でこっちを見ている女子学生と目が合った気がして、顔から火が出そう。
 エミさんの反応がおそろしくて動けないでいると、がっと頭をつかまれた。

「え」

 顔を無理やり上向かされて、上下逆さまの見知った顔と対面する。

「好きな人ってなに」
「りゅ……」

 おれの頭を掴んでいるのはリュウだった。
 よりによって好きな人本人に、好きな人いる宣言を聞かれてしまうなんて!
 顔にのぼりかけた血がざぁっと下がっていく。
 おれってどうしてこう、間が悪いというか、間が抜けてるというか……。
 絶望に目を閉じたさきで、エミさんの「ふーん」という声がやけにはっきり聞こえた。
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