中堅地味破壊神は世界を平和にしたいだけ

キザキ ケイ

文字の大きさ
28 / 44
本編

28.前の職場

しおりを挟む
 ───あの子はいつも、大きなテディベアを抱えていた。

 俺の胸くらいまでしかない背丈に、大きな蒼の瞳、そばかすの散った頬。ビスクドールのように白い肌、あまりの細さに折れそうに感じてしまう手足を、すっぽりと包むほどに伸びる、膝まで長いハニーブロンドのくせ毛。
 肩丈まで切ってやろうかと言っても、いつも首を横に振る。そしてテディベアを抱きしめる。

 幼い見た目通りの言動で、そのまま創造神としての仕事ができるはずもなく、俺はいつも星の裏側にある家から彼女の職場まで出向いては、創造と世界の運営について助言していた。
 最初は、付け焼き刃の英語しか話せない俺とは目を合わせることもなかった彼女は、いつしかテディベアと同じくらい俺に執着するようになっていた。
 人間でいうところの兄、もしくは父親代わりのような存在になってしまったのだろう。
 出勤の手間を省くために同じ家に住むようになり、一緒に世界を創り上げていくうち、俺も彼女を妹のように慈しむようになっていた。

 終わりのはじまりは突然だった。
 彼女は地上を見下ろすことが好きで、いつも雲海の切れ目に肘をついて寝そべっては人々の生活を見守っていた。
 どこの世界でも人間の営みというものは、見ていて楽しいものだけではない。悲しいこと、残酷なこともあったし、彼女もそれに胸を痛めていたが、さほど心に響いてはいない様子だった。
 それなのに、なにかがあの子の内なる「本質」に触れてしまった。

「わたしにはパパとママと、おねえちゃんがいるのよ」

 ある日彼女は唐突にそう言った。
 俺はいぶかしんだ。俺達神に親兄弟はいない。
 すべての神が一人で生まれてくる。
 先んじて生まれるか、後から生まれるかの違いがあるだけで、すべての神は独立した存在だ。家族などではない。
 今までそんな話をしたことがなかったのに、なぜ突然そんな話をするのか。
 俺はそれを探って、必要なら本部に上申しようと考えて、寝物語のように話す彼女をあやしながら詳細を聞き取り始めた。

 彼女は家や家族の様子を、まるで見てきたかのように語った。
 本部から送られてくる子供向けの書籍や絵本の設定を我が事としてしゃべっているのではない。自分の生まれ、経歴について、ごく当然のように話すのだ。

 楽しくて力持ちのパパと、怒ると怖いけれどいつもは優しいママ、喧嘩をすることはあるけれど仲良しのおねえちゃん。
 緑色のツタが茶色のレンガの壁に這う家族のお家。
 はじめは幼い頃の朧気な記憶しかなかった彼女の話は、日を追うごとに年齢を重ねていった。
 大好きなテディベアのために洋服を作ってくれた女友達のエリー、いじわるだけど頼りになることもある男友達のエリック。
 いつも良い匂いがする近所のパン屋さん、ニワトリをたくさん飼っているおばあさんの家は目覚ましいらずだと近所でも有名だ。

 自分と家と家族のことしかなかった物話が徐々に外へ向いていくにつれ、俺の中に知識として存在するヨーロッパの世界観が彼女の中にもあることが分かってきた。
 少なくとも、今この世界の話ではない。
 発生源のわからない彼女の「過去」に困惑を隠せなくなってきたころ、彼女は突然、壊れた。

「どうしてここにはパパもママもいないの!?」
「落ち着いてくれ、創造神」
「いやっ、わたしの名前はメアリよ! ソウゾウシンなんかじゃないわ!」
「メアリ……?」
「助けて、パパ、ママ、おねえちゃん……」

 人見知りで引っ込み思案で、穏やかで優しい小さな創造神は、髪を振り乱して家中を暴れまわった。
 あんなに大切にしていたテディベアも区別なく当たり散らすので、俺は彼女にとって必要だと思われるものをこっそり自宅に引き取った。
 お気に入りのお皿や花瓶、小さな花の植木鉢。
 毎日あんなに愛でていたそれらが家から無くなっていることも、彼女は気付かなかった。

 自分のことを「メアリ」だという創造神は、日に日に精神の均衡を失い狂っていった。
 俺には原因がまったくわからなかった。
 本部に問い合わせをしても何一つ返答がない。それどころか、これまで必ず週に一度届いていた食料や物資の配達すら滞りがちになった。
 俺は食べるものを切り詰めながら、なんとか一人で世界の運営を続けた。
 彼女に正気に戻ってもらいたかったが、どんなに宥めても、時に怒鳴っても、俺の言葉はもう彼女に届かなくなっていた。
 一通り暴れて、家中が荒れ果ててしまった頃。
 彼女は電池が切れたように突然昏倒し、眠りはじめた。

「どうして、こんなことに……」

 嵐が巻き起こった後のような家の中、辛うじて機能を保っていた寝室のベッドに創造神を横たえ、寝顔を見守る。
 食べることも眠ることも必要ない創造神は老いることも傷つくこともないはずなのに、目の前の彼女は頬が痩け、眼窩が落ち窪み青白い顔をしていた。
 彼女は眠り続けた。
 彼女の手から本来生み出されるはずのすべての創造物が、供給されなくなって久しい。
 雲海の下の世界は創造神の加護を失い、なにもかもが停滞しはじめていた。彼女の家など比べ物にならないくらい、加速度的に荒れ果てていく。
 人間は争い、その数を減らし。土地が痩せ、水が尽きてゆき、人も動物も生きていけない世界が広がり始めていた。
 どんなに策を尽くしても、壊すことしか知らない俺の手では……なにも止められなかった。

 やがて本部から一通の書類が届いた。
 ポストにいつの間にか突っ込まれていたそれを、飢餓によって霞む目でなんとか読む。

「世界と創造神を……放棄?」

 それはこの世界を衰退に任せて放棄し、破壊神だけが本部に戻るようにと指示する辞令書だった。
 俺が辞令に従う気がなくとも強制的に転移回収され、創造神と世界だけがここにこのまま取り残される処置を取るとも付記されていた。
 使い捨てにされるはずの破壊神だけを引き取り、希少な創造神を捨てるなんてことはこれまで聞いたことがない。
 異常事態だった。

「本部はこんな状態の彼女を、見捨てるっていうのか……!」

 辞令書を握りしめてくしゃくしゃにしても怒りが収まらない。
 それからは毎日、彼女を救う手立てを雲海の端から端まで探し求めた。
 しかし手がかりさえ何一つなかった。
 俺は力の少ない地味な破壊神で、頼みの綱の創造神は未だ目を覚まさず、優秀な事務員もいなかった。
 なにかの助けになればと地上を覗いたが、すでに生命の気配すら感じられない死した大地は、迫り来る終わりを待つだけとなっていた。

 なんの成果も得られないまま、彼女が眠る家へと帰る。
 ベッドに横たわる体は身じろぎもしない。細く続く呼吸と、あたたかい手に触れることで生きていることだけは確認できるが、それだけだった。
 そんな日々が続いたある日、俺がいつものように肩を落として帰宅し、彼女の顔を眺めながらベッドサイドで船を漕いでいた、あの時。
 彼女は目を覚ました。
 俺はすぐに気付いて、小さな声でなにかを話す彼女の声に必死で耳を傾けて……。

(あのとき「メアリ」はなんて言ったんだっけ?)

 はっとして目を見開くと、見慣れた、そして久方ぶりに見る木目の天井があった。
 今までふわふわとした過去の記憶の夢に包まれていた感覚が、重くて動かしにくい肉体へと戻ってきたことにすぐに対応できなかった。

「ここは……っう」
「カイくん!」

 鋭く痛んだ頭を咄嗟に手で押さえる。
 俺の困惑を他所に、ばたんと大きな音を立てて扉を開け放ったのは、見覚えのある背の高い男だった。
 遠慮する様子もなく部屋に入ってきた男は、起き上がろうとした俺の背を支えてくれ、片方の手を握って温もりを伝えてくれる。

「無理しないで、疲れ果てて二日も寝てたんだから」
「おま、え、は……」
「……混乱してる? 君は破壊神のカイくん、俺は創造神のソウだよ」

 そうだ、彼は俺の同僚の創造神だ。
 記憶にあるより伸びた髪を乱雑に後ろで一纏めにしているが、見紛うことはない。
 それなのにどこかで誰かが、違うと囁いてくる。

(なんだ、なにが違う?)

 目の前の男を観察する。
 心配そうな色を瞳に乗せている男は、自分の記憶の中より痩せて見えた。しかしそれだけではない。
 彼を彼たらしめるなにかが足りない。
 誰かが腕に糸を付けて操っているのかと思うほど、自分の意思と関係なく手が上がり、男の頬に指先が触れる。

「お前、ほっぺの傷はどこやった?」
「───!?」

 男の目が驚愕で見開かれて、視界が真っ黒に染まり、俺は再びあの時取り戻しかけた記憶の波に飲まれた。
 自分の───過去の記憶に。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

触手生物に溺愛されていたら、氷の騎士様(天然)の心を掴んでしまいました?

雪 いつき
BL
 仕事帰りにマンホールに落ちた森川 碧葉(もりかわ あおば)は、気付けばヌメヌメの触手生物に宙吊りにされていた。 「ちょっとそこのお兄さん! 助けて!」  通りすがりの銀髪美青年に助けを求めたことから、回らなくてもいい運命の歯車が回り始めてしまう。  異世界からきた聖女……ではなく聖者として、神聖力を目覚めさせるためにドラゴン討伐へと向かうことに。王様は胡散臭い。討伐仲間の騎士様たちはいい奴。そして触手生物には、愛されすぎて喘がされる日々。  どうしてこんなに触手生物に愛されるのか。ピィピィ鳴いて懐く触手が、ちょっと可愛い……?  更には国家的に深刻な問題まで起こってしまって……。異世界に来たなら悠々自適に過ごしたかったのに!  異色の触手と氷の(天然)騎士様に溺愛されすぎる生活が、今、始まる――― ※昔書いていたものを加筆修正して、小説家になろうサイト様にも上げているお話です。

炎の精霊王の愛に満ちて

陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。 悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。 ミヤは答えた。「俺を、愛して」 小説家になろうにも掲載中です。

誓いを君に

たがわリウ
BL
平凡なサラリーマンとして過ごしていた主人公は、ある日の帰り途中、異世界に転移する。 森で目覚めた自分を運んでくれたのは、美しい王子だった。そして衝撃的なことを告げられる。 この国では、王位継承を放棄した王子のもとに結ばれるべき相手が現れる。その相手が自分であると。 突然のことに戸惑いながらも不器用な王子の優しさに触れ、少しずつお互いのことを知り、婚約するハッピーエンド。 恋人になってからは王子に溺愛され、幸せな日々を送ります。 大人向けシーンは18話からです。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

処理中です...