中堅地味破壊神は世界を平和にしたいだけ

キザキ ケイ

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本編

30.事実関係の確認

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 水底に沈んでいた体がゆっくりと浮いていくように、ふうっと意識が浮上する。
 二、三度瞬きして見つめた先には、少し前にも見慣れたものだと思った木目の天井が映っている。
 あのときは懐かしい前の職場の───「メアリ」の世界のことを久しぶりに夢に見て、そのあと……どうなったんだっけ?

 身を起こそうと腕に力を込めようとして、他人の腕によって体が拘束されていることにやっと気がついた。
 これも久しぶりに、しかしよく見知った感覚だったので気付くのが遅れていたようだ。

「───総司郎」

 しがみつくように俺の体を締め付けているのは、創造神だった。
 だが俺は彼のことを、そんな素っ気ない役職名で呼ぶことはもうできそうにない。
 地上でニルに日本のことを訊かれたときから、少しずつ像を結びはじめていた記憶。俺の中に確かにあったらしいのに、これまで一度も思い出されることがなかった、俺の……「過去」。

 起き上がることは諦めて、もぞもぞと体の向きを変えて隣で眠る男の顔をよく観察する。
 総司郎によく似ている、というか瓜二つなのだが、頬の傷がないし、首の側面にあった少し大きめのホクロが見当たらない。
 俺の体の方も、腕や脚のホクロや、生まれつきふくらはぎにあった痣などが無いように思う。ペンの持ち方が悪いせいで出来ていた右中指のペンダコもない。
 それどころか、社会人になってからは胃薬を手放せなかったほどの胃弱体質や、家系の遺伝を思い起こさせるやや多めな頭髪の抜け毛、各種肌トラブルなどが綺麗サッパリなくなっている。
 どうやら大まかな外見は「過去」と同じだが、細かな肉体的特徴、特に傷や痣などのマイナス要素がこの体には受け継がれていないようだ。
 どうせなら「過去」と同じ地味顔ではなく、高身長の超絶美形になっていればよかったのにと───思わなくもない。

 思い出した様々な情景を総合して考えると、俺が人間として生きていた時代の記憶───あれは、前世ということになるだろう。
 恐らく俺は一度人間として死んだ。
 営業所が繁忙期に入り、会社に泊まり込みで仕事をしていた最後の数日間。
 やっと帰宅の許しが出て、ふらつきながら見た卓上カレンダーに赤い丸がつけられていた。総司郎の誕生日がその日だったことを思い出して、放ったらかしの恋人のために、駅近くのケーキ屋に寄ったんだ。
 そこで事故に遭って、そのまま命を落とした。

「ケーキ、もったいなかったな……」

 一番最初に出た感想はそれだった。
 意外なことに、総司郎は甘いものが好きでシンプルなショートケーキが大好物だった。
 駅前のケーキ屋は総司郎のお気に入りの店で、渡してやればきっと喜んだだろうに。
 事故で跳ね飛ばされたときに手に提げていた紙の箱が遠くに落ちているのが見えた。あれでは俺が生きられていても食べられなかったことだろう。

「ケーキなんてまたいつでも食べられるよ」
「えっ」

 独り言に返事があって、驚いて顔を上げた先でばっちりと目が合った。
 真剣な、それでいて哀しそうな瞳が光を弾いている。

「お、起きてたのか」
「それはこっちのセリフ。やっと戻ってきたと思ったらすごく痩せてるし、ずっと目を覚まさないし、なんかうなされてるし。俺がどんだけ心配したと思ってんの?」
「わ、悪かった……」
「言いたいことはまだまだあるよ。俺が養ってあげるっつってんのにいつまでもあのクソみたいな安月給の会社にしがみついてる海くんにどれだけ苛々させられたか。電話も出ないメールもないで会社に泊まり込んで、全然帰ってこないし。やっと連絡来たと思ったら病院からだった時の俺の気持ち分かる?」
「すいません……」

 いつの間にか横向きだった俺の体は仰向けになっていて、総司郎が覆いかぶさっている。両手で頬をホールドされているので、視線を逸らすことくらいしか抵抗できない状態だ。

「海くんが買ってくれたケーキね、俺も全く同じもの買ってあったよ。だから海くんがあの店に寄る必要なんてなかった。まっすぐ帰ってきてってメールしたのに」
「えっそうだったのか。俺はお前が喜ぶだろうと思って……」
「あの時寄り道してなければ、海くんは……。忘れようと思ったけど、ダメだった。結局俺も死んで、そうしたら神になりませんかって言われて、気がついたら世界作ってて、なんでか海くんは破壊神やってるし、本部で海くんのこと見かけたとき俺……二度目の死を迎えるところだったよ」
「あ、そうか。お前のほうが先に俺に気付いたんだな……というか!」

 頬を手で押しつぶされているという極めて間抜けな状況だったが、俺は構わず目の前の男の肩を掴んだ。
 当然のように話して、接しているけれど、やっぱり彼は。

「お前、総司郎……なの、か」
「そうだよ。自己紹介が必要? それとも海くんが8歳になるまでおねしょしてた話でもする?」
「やめろ馬鹿! ほ、本当に総なのか……」

 肩に置いていた手が力を失ってシーツに落ちる。
 どういうわけか、俺はさっきまで前世を忘れていたというのに、総司郎のほうはしっかりと記憶を持っているらしい。俺の恥ずべき子供時代に関しては忘れていてくれてもよかったのに……。
 本部で俺の姿を見たときからということは、俺がこの世界に派遣されて来たときにはもう俺の前世に気付いていたはずだ。

「俺、お前にすごく残酷な仕打ちをしてたんじゃ……」

 事故で失った前世の恋人と再会したら、向こうは自分を忘れていた。
 どんな気持ちで毎日俺といたんだ? 同じ家に住んで、共に仕事をして、好きだと囁いて───再び失って。
 もしかしたら思い出してくれるかもしれないと、そう思いながら?
 俺だったらそんなのは……耐えられない。

「っごめん、ごめんな総……」
「海くんが謝ることじゃない。前世の記憶はみんな封じられているんだ。海くんが覚えてなかったのは仕方ないことなんだから」
「でも、俺は……」
「もう一度海くんに会えた。好きになってくれた。おまけに俺のことも思い出してくれた……それだけで十分だよ」

 吸い寄せられるようにお互いを求めて、唇を重ねた。
 どうして彼に触れたとき、なにも思い出さなかったのだろう。それほどに総司郎の腕の中は俺のためにあるような空間で、どこよりも安心できる場所なのに。
 今なら、触れ合うことができるのに想いを返してもらえなかった総司郎が俺の首筋を噛みちぎった気持ちも分かる気が、気が───。

「いや、やっぱりアレはやりすぎだったよな」
「え?」
「お前ここ、抉れるくらい噛み付いたろ! めっちゃくちゃ痛かったぞアレは」
「あぁ……海くんが相変わらず美味しそうだったからつい、欲求不満で」
「……」

 ちょっとした事件かと見紛うほど血で濡れたシャツを思い出して、俺は頭を抱えたくなった。
 つい、で、あそこまでされるとなると、明確に俺を害しようと考えられたら大惨事は避けられない。
 そういえばこいつは昔から噛み癖があった。チビだった頃は大型犬にじゃれつかれているような気分で甘受していたが、恋人になったあたりから噛む力に遠慮がなくなってきていた記憶がある。
 赤黒い噛み跡を満足げに見下ろしていた目を思い出して、背筋にぞわりと寒気が走った。

「ねぇ……海くん?」
「な、な、なんスか……」
「俺の欲求不満、今ここで解消させてくんない?」

 言い出すと思った……!
 恋人で、同僚で、かつては幼馴染だったこいつの思考パターンをすっかり理解できてしまっている俺は、この言い草も想定内だった。
 それでも実際に色気たっぷりにねっとりした口調で言われると、吐息混じりに吹き込まれた言葉が熱を帯びて全身を巡るように感じる。

 年下の恋人が甘えるのを、大人らしくどっしり構えて受け止めてやりたいのは山々だが───彼は肝心なことを分かっていないのである。

「総、落ち着いて聞いてほしいんだけど」
「何?」
「こらっ尻を揉むな! 俺、地上から帰ってきたばかりで、地上って科学技術が発展してないから……もうずっとまともな風呂に入れてないんだ」
「だから?」
「あ、ちょっ……だから! シャワー浴びさせろ!」

 いたずらに這い回る総司郎の手を払ってのしかかる体を押しのけて、俺は全速力で風呂場へ走った。
 以前もこんなやり取りがあったなと、デジャヴを感じながら。

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