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6.侵入者と再会
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最近ぼくにはやることができた。お洗濯だ。
おばあちゃん先生からもらった薬が効いているのか、熱っぽい日がへって、ぼくは元気を持てあましていた。
今までは熱があろうと体がつらかろうとお仕事をしていたので、なにもしなくていい日々は体が楽だけれど、そのぶんヒマでもあると知った。
とはいえ、お仕事ばかりで家事も勉強もろくにしてこなかったぼくができることは少ない。
かろうじて、お店で出た汚れものや布類を洗っていた経験を活かして、ぼくは一生懸命に響己さんにぼくを売り込んだ。プレゼンというらしい。
響己さんはぼくの熱意におどろいていた。そして、お洗濯のお仕事をゆずってくれた。
といってもこのおうちの洗濯機はぼくなんかよりよっぽど優秀で、水の量も洗剤をいれるのも洗濯機が考えてやってくれる。さらに物干し竿に生乾きの洗濯物を干すことすら許されず、ぼくは洗濯物が乾燥まで終わらせたふわふわのタオルを握りしめてうなった。
「御影、どうしたの? まだ無理しなくていいんだよ、家事なんてわたしがやるから」
「いえっ、洗濯機の優秀さにびっくりしただけです。でも洗濯機は洗濯物を自分で入れられないし、出すのもできないし、そこはぼくの仕事ですよねっ」
「そうだね。御影には洗濯機ができないことを頼むよ」
「はいっ」
ぼくは朝起きて一番に洗濯物を布の種類で分け、洗濯機に入れる仕事をこなしはじめた。
響己さんはぼくが洗濯機を使いこなし、きれいに畳んで洗濯物をしまうことをたくさん褒めてくれた。でもぼくが響己さんのパンツを折り目正しくたたんでいるときは、いつも恥ずかしそうにしていた。
お洗濯を洗濯機と分業するようになって、ぼくは前よりずっとここで過ごす日々が楽しく思えていた。
それまでぼくはなんにもできない穀潰しオメガだったから。
だからやることがあると、ここにいてもいいんだって思うことができて嬉しかった。
洗濯物ができあがるのを待ちながら、ぼくの手は勝手に首元を触る。
独特の感触がある、でも決して尖ったり鋭かったりしない、でこぼこした新しい首輪。響己さんが選んでくれた、お店のみんなにも負けないくらいきれいな首輪。
ぼくはヒマさえあれば首輪を撫でた。なんだか誇らしい気持ちになれるから。
呼び鈴が鳴ったのはそんな頃だった。
朝から小雨がぱらついて、響己さんに傘を持っていってもらった日の午後。
「えっ……誰か、来た?」
ぼくしかいない、洗濯機の洗い上がりを待っている時間。
呼び鈴がなれば響己さんが対応するから、ぼくはどうすればいいか知らない。そもそも響己さんがぼくに声をかけることなく、この家に誰かが来たことがなくて。
「ど、ど、どうしよう……ドアを開ければいいのかな。開けていいのかな」
廊下を行ったり来たりしているうちに、催促するようにもう一度呼び鈴がなった。
ぼくはぴょんと飛び上がっておびえた。
この訪問者がもし響己さんに大事な用がある人だったり、もしくは響己さんに必要なものを持った配達員さんだったりしたら、無視するのは響己さんのためにならない。
ぎゅっと両手を握って気合いを入れて、ドアに向き直り、はたと気づく。
「あ、そっか。このドア、中からも開かないんだった……」
響己さんはこのドアを出入りするためのカードタイプのカギを持っていて、中からも外からもそのカギを使わないと開閉できない。
そのことを思い出して、いさぎよくあきらめた。
配達の人ならきっとまた持ってきてくれるだろう。響己さんに用がある人なら、響己さんに電話するだろう。だからぼくが対応できなくても怒られない。たぶん。
そう納得して、リビングに帰ろうとしたそのとき。
ドアが、開いた。
「響己~いるか~……お」
「わ」
知らない人だった。ぼくは固まった。
背が高い。大柄で、気配が強い。アルファだ。恐ろしげな視線がぼくの顔を撫で、首元で停滞し、足先までじろじろと通りすぎる。
ぼくたちをなんのためらいもなく薙ぎ払い、捕食する、アルファだ。
「おまえが響己のオメガか。ミカゲちゃん?」
「……ぁ、」
「なんだ、口きけねぇの? ふーん、こういうのが好みなのかあいつ。きれいなカオして鬼畜だよな響己も。ミカゲちゃん、上がらせてもらうからどいて」
無造作にぼくを退けようとする力に必死であらがう。足を踏ん張って、こぶしをぐっとにぎって、立ちふさがった。
怖くて怖くてたまらなかった。けれど、ぼくは腕を広げて邪魔をした。
「だめ……かってに、はいらないで……」
「しゃべれんじゃん。へぇ、アルファに口答えすんだ? どうなってもいいの?」
「っひ……ひ……」
「すげー怯えてる。かわいー」
へらへらと笑う男の目は感情をうつしていない。
歯の根があわずがちがち鳴るけれど、ぼくは絶対にここを動かないと決めた。
響己さんがぼくを置いてくれているここが好きだ。世界で一番安心できるおうちだ。知らないアルファに踏み荒らされてほしくない。
それでもアルファの威圧感にひざが折れそうになる。気持ち悪い汗が全身から吹き出す。
ごめん、ひびきさん。ぼくじゃだめかも……。
「ミカゲ!?」
「え……」
「ミカゲ! よかった無事で……ちょっと、ミカゲになにするのよ! 変なことしないって約束でしょ!」
「なんにもしてないぞ」
その場の緊張をやぶったのは、甲高い女の子の声だった。
アルファを押しのけるように後ろから現れたのは、見覚えるのある、なんてものじゃない顔見知り。
「ユカちゃん……」
「ミカゲぇえっ、無事でよかったぁ!」
がばっとぼくに抱きついて、演技でもフリでもなくポロポロ涙を流しはじめたユカちゃんを抱き止める。
ユカちゃんは、ぼくの仕事仲間だ。
ずっと同じお店にいるぼくは古株と呼ばれる存在だけど、ユカちゃんはぼくの次の次くらいに古株だ。何年の付き合いになるだろう。
ユカちゃんはいつも元気で明るくて、気が強くてはっきりものを言うタイプ。
それが仲間だけじゃなくお客さんにも同じだから、ぼくはいつだってはらはらどきどきしてしまうけど、ユカちゃんはふしぎとお客さんとトラブルになることがなかった。
元気で勝ち気なユカちゃんをお客さんも気に入って、固定の常連さんが何人もいた。何度かお客さんのつがいに、という話も出ていたのを知ってる。
でもぼくがここに連れてこられるまであの店に居続けた。今は、どうなのだろう。
泣いているユカちゃんを放っておけなくて、部屋の中へ通す。
響己さんがいないのに勝手なことをしていいのかな、と迷ったけど、玄関で泣きくずれるユカちゃんを、仕事帰りの響己さんが見たらびっくりして困るだろう。それまでにはどうにか泣き止んでもらいたい。
「ユカちゃん、どうしてここに? お仕事は?」
「そっか、ミカゲはなにも知らないんだね」
ユカちゃんは洗いたてのタオルで遠慮なく顔をぬぐいながら、話してくれた。
ぼくが道で倒れて響己さんに助けてもらってたころ、お店はぼくが帰ってこないことに揺れていた。
探しに行きたがる仲間たちと、お使いのお金を持ち逃げしたとさわぐ店長とでお店が分裂したという。分裂、は言いすぎだと思うけど。
それから数日はみんなが空いた時間にぼくを探してくれて、でも見つからなかった。
そんなとき、お店は警察の摘発でなくなってしまったのだという。
「えっ! ユカちゃん大丈夫だったの? 他のみんなは?」
「あたしは大丈夫、他のみんなも。ちょっと事情聴取ってのされただけだったから。でも店がなくなって行き場がなくて、困ってたところをこの人が助けてくれたのよ」
「この人が……」
おそるおそる見上げると、うさんくさい笑顔が返される。
真鍋と名乗ったそのアルファは、今ユカちゃんが身を寄せているお店のオーナーだという。
真鍋さんは店が潰れて困りはてたユカちゃんたちを見かねて、お店のみんなを全員自分の店に迎え入れてくれた。
でもみんなはどういうわけか、もう一人いなくなった仲間がいて、その子を探さないといけないと気もそぞろ。
そこで真鍋さんもいっしょに探してくれて、こうしてぼくが見つかったというわけ。
「なんてのはまぁ建前で、響己のお気に入りを見にきただけだがな」
「響己さんのお知り合い、ですか?」
「知り合いってか、無二の親友ってーか? おまえが道で倒れたとき俺もいたんだよ。響己はおまえしか目に入らなくなってて、見事に置いてかれたけど」
「あ……それは、ご迷惑を」
「いやいやいーけどね。こうしてちゃんと顔見れたし」
ひらひらと手を振る真鍋さんに、横で話を聞いていたユカちゃんが首をかしげる。
「え、てか今の流れだとオーナーってミカゲがどこにいたかずっと知ってたってことですか? なんで最初知らないフリしたの?」
「だってすぐ見つけちゃったらつまんないじゃん。俺が探してやるって言ったときのみんなのキラキラした目、気持ちよかったな~」
「……」
まずい、ユカちゃんがクズを見る目をしている。
ぼくはあわてて話題を変えた。
「えぇと、真鍋さんがぼくと響己さんを知ってたことはわかりました。でもどうしておうちのカギを持ってるんです?」
「あー。響己におまえと会わせろって言っても会わせてくれないことはわかりきってたからさ。あいつの実家行って、スペアキー借りてきた。んで内緒で来た」
「……」
どうやら響己さんのご実家に出入りできるくらい気安い仲のようだけど、やってることはギリギリだ。
アルファ同士で、相手の縄張りを荒らすようなことをすれば、ひどいときは血を見ることになる。響己さんは温厚なアルファだけど、スペアキーで勝手に家に入られて怒らないかどうか、ぼくには予想もできない。
ユカちゃんも不穏な気配を察して腰を上げた。
「なんかやばそうだしあたしたち帰るよ。ミカゲ、会えてよかった。また会いたいけど……もう店には来ない方がいい」
「ユカちゃん……」
「ここのアルファとつがいになるんでしょ? 大切にされてることはわかるよ」
ユカちゃんの小さくてやわらかい手がぼくの頬を包む。
それにそっと手を重ねて、ぼくはゆるく首を振った。
「つがいになるかはわかんない。響己さんはそういうことを求めてこないから」
「それこそ大事にされてる証拠だよ。けど、そのアルファじゃないと思ったら、違うと思ったら、逃げてきな。あたしたちは全力でミカゲを守るから」
「……ありがと、ユカちゃん……」
ぎゅっと抱き合って、同じオメガの香りをいっぱいに吸い込む。
ケガしてる様子はない。フェロモンも安定してる。ユカちゃんたちがいらない苦労をしていないことがわかって安堵した。
来た時と同じように、二人は嵐のように帰っていった。
洗い終わった洗濯物をひとつひとつていねいにたたみながら、テーブルの上に置いてある2枚の名刺に目を向ける。
ひとつは鍵開けの宇佐見さん。もうひとつは、ユカちゃんの新しい名刺。
どちらもぼくのことを心から心配してくれた。
(でも、響己さんはきっと、大丈夫……)
お店で仕事をするようになって、ぼくにも何度かアルファのお客さんから声がかかったことがあった。
お店の他のオメガたちに比べれば、きれいでもかわいくもないぼくに、とてもありがたい申し出ばかりで。断らなくちゃいけないことが、いつもつらかった。
でも今ぼくは、あの黒い枷のような首輪をしていない。
ぼくが一生かかっても返し切れないと言われていた借金もない。
ぼくが見捨てたら命はないと言われていた仲間たちは、みんなきちんとしたお店に引き取られていった。
(ぼく、もう、がんばらなくていいのかな……)
おつとめのやり方を忘れてしまいそうなほど、のんびりとした響己さんとの生活。
アルファとオメガが二人きりなのに、響己さんはぼくを使おうとしない。衣食住の見返りにおつとめをしろとも言わない。暴力もふるわない。つがいになれと言われたこともない。
この暮らしがいつまでも続けばいい。
そんな身に余る願いを抱きはじめてしまった。
いつか響己さんが飽きるとしても、気が変わってぼくを使いはじめたとしても────この穏やかな日々が心の中に残って、この先のぼくを支えてくれるだろう。
「響己さん、はやく帰ってこないかなぁ」
きれいになった衣類には洗剤のさわやかな香りしかない。
でもどうしてか、ほんのかすかに響己さんのにおいを感じられる気がして。
畳んだばかりの響己さんの服を胸に抱いて、ぼくは静かにあの人の帰りを待った。
おばあちゃん先生からもらった薬が効いているのか、熱っぽい日がへって、ぼくは元気を持てあましていた。
今までは熱があろうと体がつらかろうとお仕事をしていたので、なにもしなくていい日々は体が楽だけれど、そのぶんヒマでもあると知った。
とはいえ、お仕事ばかりで家事も勉強もろくにしてこなかったぼくができることは少ない。
かろうじて、お店で出た汚れものや布類を洗っていた経験を活かして、ぼくは一生懸命に響己さんにぼくを売り込んだ。プレゼンというらしい。
響己さんはぼくの熱意におどろいていた。そして、お洗濯のお仕事をゆずってくれた。
といってもこのおうちの洗濯機はぼくなんかよりよっぽど優秀で、水の量も洗剤をいれるのも洗濯機が考えてやってくれる。さらに物干し竿に生乾きの洗濯物を干すことすら許されず、ぼくは洗濯物が乾燥まで終わらせたふわふわのタオルを握りしめてうなった。
「御影、どうしたの? まだ無理しなくていいんだよ、家事なんてわたしがやるから」
「いえっ、洗濯機の優秀さにびっくりしただけです。でも洗濯機は洗濯物を自分で入れられないし、出すのもできないし、そこはぼくの仕事ですよねっ」
「そうだね。御影には洗濯機ができないことを頼むよ」
「はいっ」
ぼくは朝起きて一番に洗濯物を布の種類で分け、洗濯機に入れる仕事をこなしはじめた。
響己さんはぼくが洗濯機を使いこなし、きれいに畳んで洗濯物をしまうことをたくさん褒めてくれた。でもぼくが響己さんのパンツを折り目正しくたたんでいるときは、いつも恥ずかしそうにしていた。
お洗濯を洗濯機と分業するようになって、ぼくは前よりずっとここで過ごす日々が楽しく思えていた。
それまでぼくはなんにもできない穀潰しオメガだったから。
だからやることがあると、ここにいてもいいんだって思うことができて嬉しかった。
洗濯物ができあがるのを待ちながら、ぼくの手は勝手に首元を触る。
独特の感触がある、でも決して尖ったり鋭かったりしない、でこぼこした新しい首輪。響己さんが選んでくれた、お店のみんなにも負けないくらいきれいな首輪。
ぼくはヒマさえあれば首輪を撫でた。なんだか誇らしい気持ちになれるから。
呼び鈴が鳴ったのはそんな頃だった。
朝から小雨がぱらついて、響己さんに傘を持っていってもらった日の午後。
「えっ……誰か、来た?」
ぼくしかいない、洗濯機の洗い上がりを待っている時間。
呼び鈴がなれば響己さんが対応するから、ぼくはどうすればいいか知らない。そもそも響己さんがぼくに声をかけることなく、この家に誰かが来たことがなくて。
「ど、ど、どうしよう……ドアを開ければいいのかな。開けていいのかな」
廊下を行ったり来たりしているうちに、催促するようにもう一度呼び鈴がなった。
ぼくはぴょんと飛び上がっておびえた。
この訪問者がもし響己さんに大事な用がある人だったり、もしくは響己さんに必要なものを持った配達員さんだったりしたら、無視するのは響己さんのためにならない。
ぎゅっと両手を握って気合いを入れて、ドアに向き直り、はたと気づく。
「あ、そっか。このドア、中からも開かないんだった……」
響己さんはこのドアを出入りするためのカードタイプのカギを持っていて、中からも外からもそのカギを使わないと開閉できない。
そのことを思い出して、いさぎよくあきらめた。
配達の人ならきっとまた持ってきてくれるだろう。響己さんに用がある人なら、響己さんに電話するだろう。だからぼくが対応できなくても怒られない。たぶん。
そう納得して、リビングに帰ろうとしたそのとき。
ドアが、開いた。
「響己~いるか~……お」
「わ」
知らない人だった。ぼくは固まった。
背が高い。大柄で、気配が強い。アルファだ。恐ろしげな視線がぼくの顔を撫で、首元で停滞し、足先までじろじろと通りすぎる。
ぼくたちをなんのためらいもなく薙ぎ払い、捕食する、アルファだ。
「おまえが響己のオメガか。ミカゲちゃん?」
「……ぁ、」
「なんだ、口きけねぇの? ふーん、こういうのが好みなのかあいつ。きれいなカオして鬼畜だよな響己も。ミカゲちゃん、上がらせてもらうからどいて」
無造作にぼくを退けようとする力に必死であらがう。足を踏ん張って、こぶしをぐっとにぎって、立ちふさがった。
怖くて怖くてたまらなかった。けれど、ぼくは腕を広げて邪魔をした。
「だめ……かってに、はいらないで……」
「しゃべれんじゃん。へぇ、アルファに口答えすんだ? どうなってもいいの?」
「っひ……ひ……」
「すげー怯えてる。かわいー」
へらへらと笑う男の目は感情をうつしていない。
歯の根があわずがちがち鳴るけれど、ぼくは絶対にここを動かないと決めた。
響己さんがぼくを置いてくれているここが好きだ。世界で一番安心できるおうちだ。知らないアルファに踏み荒らされてほしくない。
それでもアルファの威圧感にひざが折れそうになる。気持ち悪い汗が全身から吹き出す。
ごめん、ひびきさん。ぼくじゃだめかも……。
「ミカゲ!?」
「え……」
「ミカゲ! よかった無事で……ちょっと、ミカゲになにするのよ! 変なことしないって約束でしょ!」
「なんにもしてないぞ」
その場の緊張をやぶったのは、甲高い女の子の声だった。
アルファを押しのけるように後ろから現れたのは、見覚えるのある、なんてものじゃない顔見知り。
「ユカちゃん……」
「ミカゲぇえっ、無事でよかったぁ!」
がばっとぼくに抱きついて、演技でもフリでもなくポロポロ涙を流しはじめたユカちゃんを抱き止める。
ユカちゃんは、ぼくの仕事仲間だ。
ずっと同じお店にいるぼくは古株と呼ばれる存在だけど、ユカちゃんはぼくの次の次くらいに古株だ。何年の付き合いになるだろう。
ユカちゃんはいつも元気で明るくて、気が強くてはっきりものを言うタイプ。
それが仲間だけじゃなくお客さんにも同じだから、ぼくはいつだってはらはらどきどきしてしまうけど、ユカちゃんはふしぎとお客さんとトラブルになることがなかった。
元気で勝ち気なユカちゃんをお客さんも気に入って、固定の常連さんが何人もいた。何度かお客さんのつがいに、という話も出ていたのを知ってる。
でもぼくがここに連れてこられるまであの店に居続けた。今は、どうなのだろう。
泣いているユカちゃんを放っておけなくて、部屋の中へ通す。
響己さんがいないのに勝手なことをしていいのかな、と迷ったけど、玄関で泣きくずれるユカちゃんを、仕事帰りの響己さんが見たらびっくりして困るだろう。それまでにはどうにか泣き止んでもらいたい。
「ユカちゃん、どうしてここに? お仕事は?」
「そっか、ミカゲはなにも知らないんだね」
ユカちゃんは洗いたてのタオルで遠慮なく顔をぬぐいながら、話してくれた。
ぼくが道で倒れて響己さんに助けてもらってたころ、お店はぼくが帰ってこないことに揺れていた。
探しに行きたがる仲間たちと、お使いのお金を持ち逃げしたとさわぐ店長とでお店が分裂したという。分裂、は言いすぎだと思うけど。
それから数日はみんなが空いた時間にぼくを探してくれて、でも見つからなかった。
そんなとき、お店は警察の摘発でなくなってしまったのだという。
「えっ! ユカちゃん大丈夫だったの? 他のみんなは?」
「あたしは大丈夫、他のみんなも。ちょっと事情聴取ってのされただけだったから。でも店がなくなって行き場がなくて、困ってたところをこの人が助けてくれたのよ」
「この人が……」
おそるおそる見上げると、うさんくさい笑顔が返される。
真鍋と名乗ったそのアルファは、今ユカちゃんが身を寄せているお店のオーナーだという。
真鍋さんは店が潰れて困りはてたユカちゃんたちを見かねて、お店のみんなを全員自分の店に迎え入れてくれた。
でもみんなはどういうわけか、もう一人いなくなった仲間がいて、その子を探さないといけないと気もそぞろ。
そこで真鍋さんもいっしょに探してくれて、こうしてぼくが見つかったというわけ。
「なんてのはまぁ建前で、響己のお気に入りを見にきただけだがな」
「響己さんのお知り合い、ですか?」
「知り合いってか、無二の親友ってーか? おまえが道で倒れたとき俺もいたんだよ。響己はおまえしか目に入らなくなってて、見事に置いてかれたけど」
「あ……それは、ご迷惑を」
「いやいやいーけどね。こうしてちゃんと顔見れたし」
ひらひらと手を振る真鍋さんに、横で話を聞いていたユカちゃんが首をかしげる。
「え、てか今の流れだとオーナーってミカゲがどこにいたかずっと知ってたってことですか? なんで最初知らないフリしたの?」
「だってすぐ見つけちゃったらつまんないじゃん。俺が探してやるって言ったときのみんなのキラキラした目、気持ちよかったな~」
「……」
まずい、ユカちゃんがクズを見る目をしている。
ぼくはあわてて話題を変えた。
「えぇと、真鍋さんがぼくと響己さんを知ってたことはわかりました。でもどうしておうちのカギを持ってるんです?」
「あー。響己におまえと会わせろって言っても会わせてくれないことはわかりきってたからさ。あいつの実家行って、スペアキー借りてきた。んで内緒で来た」
「……」
どうやら響己さんのご実家に出入りできるくらい気安い仲のようだけど、やってることはギリギリだ。
アルファ同士で、相手の縄張りを荒らすようなことをすれば、ひどいときは血を見ることになる。響己さんは温厚なアルファだけど、スペアキーで勝手に家に入られて怒らないかどうか、ぼくには予想もできない。
ユカちゃんも不穏な気配を察して腰を上げた。
「なんかやばそうだしあたしたち帰るよ。ミカゲ、会えてよかった。また会いたいけど……もう店には来ない方がいい」
「ユカちゃん……」
「ここのアルファとつがいになるんでしょ? 大切にされてることはわかるよ」
ユカちゃんの小さくてやわらかい手がぼくの頬を包む。
それにそっと手を重ねて、ぼくはゆるく首を振った。
「つがいになるかはわかんない。響己さんはそういうことを求めてこないから」
「それこそ大事にされてる証拠だよ。けど、そのアルファじゃないと思ったら、違うと思ったら、逃げてきな。あたしたちは全力でミカゲを守るから」
「……ありがと、ユカちゃん……」
ぎゅっと抱き合って、同じオメガの香りをいっぱいに吸い込む。
ケガしてる様子はない。フェロモンも安定してる。ユカちゃんたちがいらない苦労をしていないことがわかって安堵した。
来た時と同じように、二人は嵐のように帰っていった。
洗い終わった洗濯物をひとつひとつていねいにたたみながら、テーブルの上に置いてある2枚の名刺に目を向ける。
ひとつは鍵開けの宇佐見さん。もうひとつは、ユカちゃんの新しい名刺。
どちらもぼくのことを心から心配してくれた。
(でも、響己さんはきっと、大丈夫……)
お店で仕事をするようになって、ぼくにも何度かアルファのお客さんから声がかかったことがあった。
お店の他のオメガたちに比べれば、きれいでもかわいくもないぼくに、とてもありがたい申し出ばかりで。断らなくちゃいけないことが、いつもつらかった。
でも今ぼくは、あの黒い枷のような首輪をしていない。
ぼくが一生かかっても返し切れないと言われていた借金もない。
ぼくが見捨てたら命はないと言われていた仲間たちは、みんなきちんとしたお店に引き取られていった。
(ぼく、もう、がんばらなくていいのかな……)
おつとめのやり方を忘れてしまいそうなほど、のんびりとした響己さんとの生活。
アルファとオメガが二人きりなのに、響己さんはぼくを使おうとしない。衣食住の見返りにおつとめをしろとも言わない。暴力もふるわない。つがいになれと言われたこともない。
この暮らしがいつまでも続けばいい。
そんな身に余る願いを抱きはじめてしまった。
いつか響己さんが飽きるとしても、気が変わってぼくを使いはじめたとしても────この穏やかな日々が心の中に残って、この先のぼくを支えてくれるだろう。
「響己さん、はやく帰ってこないかなぁ」
きれいになった衣類には洗剤のさわやかな香りしかない。
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