安心快適!監禁生活

キザキ ケイ

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10.つがいになりたい

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 響己さんはこれまでの監禁生活がうそみたいに、ぼくをいろんなところへ連れて行った。
 下村店長のカフェは何度か行って、その近くには同じオーナーが経営する招待制のバーがあるとかで、響己さんの紹介でぼくも入れてもらえた。
 そのバーは地下にあって、ぼんやりとした灯りだけがともされた雰囲気のいいお店だ。
 狭い入り口の向こうには奥行きのある客席があって、カウンターと立ち飲み用の足の長いテーブル、ソファ席もある。店名の書かれたパネルがおしゃれですてきだけど、英語なうえにかざり文字で読めなかった。
 わずかな音楽とカクテルグラスが奏でる硬質な音、その合間に聞こえるささやき声が耳をくすぐる。
 お客さんはアルファとオメガだけ。
 誰かに招待されたアルファとオメガだけが入れて、自由に席を移動しながら会話を楽しむお店。
 響己さんは明言しなかったけれど、ここはたぶん……番を探すための場所だ。

「御影、やっぱりアルファは怖い?」
「いえ……ここにいる人たちは、こわくないです。でも……」

 尻すぼみになった言葉を継げなくて、ぼくは手の中でもてあそんでいたグラスに口をつけた。
 細長いグラスにはきれいな色の飲み物が満たされている。下がオレンジで、上にいくとあわいグリーンになるそれは、お酒のはいっていないカクテル。
 まだお酒が飲めない年齢なのにバーで飲み物をもらうのは気が引けたのだけど、バーテンダーさんは嫌な顔ひとつせず作ってくれた。メニューにものってるちゃんとしたカクテルだと教えられて、ようやく肩の力が抜けた。
 それでも、緊張がなくなったわけじゃない。

「……」

 ほんのりつめたいグラスを手のひらで押し包む。
 響己さんはどうしてぼくをここへ連れてきたの。聞けない言葉。
 番のいないぼくたちがこの店へ来ること自体は変じゃない。でもぼくは響己さんのおうちに住んでいて、響己さんが贈ってくれた首輪をしていて。
 響己さんもぼくを、ほんのちょっとくらいは、求めてくれているって思っていたのに。

「あ、ごめん電話だ。少しだけ外で話してくるから、マスター、御影を頼みます」
「わかりました」
「いってらっしゃい……」

 おうちに、ぼくのところに仕事を持ち込まないようにしている響己さんの気配りが今だけは心細くてたまらない。
 ひとり残され、ぼくはちらりとカウンターの向こうのバーテンダーさんをうかがい見た。
 にこりと笑顔を返されて、あわててグラスをあおる。

「あの、これおいしいです。すっきりしてて……」
「それは良かった。お客様がなんだか浮かない顔をされていたので、少しでも爽やかな気分になれれば、と。余計な気を回しました」
「いえそんな……あの、響己さんはよくここに来るんですか」

 バーテンダーさんはちらりとドアを見やった。響己さんはまだ戻ってこない。

「頻度としては月に一、二度。お酒を楽しむというよりは義理で、という印象ですね」
「それは、番探しをしてないってことですか?」
「おそらく」

 響己さんはときおり顔を出し、オーナーやマスターと難しいお話をして、飲まずに帰ることが多いという。
 番の気配のないアルファだから、客から声をかけられることはもちろんあるけれど、軽くあしらってばかり。多少話をしてもそれ以上の関係になった人はいない。良くてビジネス関係の知人を作る程度。

「安心しましたか?」
「えっ」
「あからさまにほっとなさってる。素直な方だ」
「や、そんな……」

 苦しまぎれにグラスをかたむけてむせそうになり、バーテンダーさんに笑われてしまった。
 響己さんがこんなおしゃれなお店で相手を探すなら、ぼくなんて全然手が届かない。だからそうじゃないと知ってほっとしたけれど、問題が解決したわけじゃない。
 それなら響己さんはどうしてここへ来たんだろう。
 お仕事のついでにぼくを連れてきただけなのか、それとも。

「隣、いいかな」
「え?」

 止める間もなくとなりに座られて、ぽかんとその人を見上げた。
 座っていても背が高いとわかる、アルファの男性。
 ぼくよりも響己さんよりも年上。整えられたあごひげや体型にぴったりしつらえられた服装、グラスを手に微笑む隙のなさは、いかにも自信にあふれた大人の男だ。
 ぼくはどぎまぎしてしまって目をそらしたけれど、男の人は全然気にしていないみたいだった。
 名前を聞かれて応えると、その人はナガシマと名乗った。

「見ない顔だね。今日はお酒を飲みに来たの?」
「えと、これはその、お酒じゃなくて」
「あぁ、ノンアルカクテルね。最近はモクテルとか言うんだっけ。てことはもしかして未成年?」
「19です」
「そっか。道理で……」

 ナガシマさんはなにやらしたり顔でうなずき、ぼくのグラスが空いているのを見つけてすばやくなにか注文した。
 あわてるぼくに「おごりだよ」とウィンクする。見かけより気さくな人らしい。

「一緒にいたのは沖野くんだよね。お友達かな」
「おともだち……ではないと、思います」
「おや、複雑なのかな。それとももう番の約束をしてる?」
「いえ、そんなんじゃないです。ぼくは、響己さんには……」
「おやおや。うつむかないで、かわいいきみに暗い顔は似合わないよ」
「えぇ……?」
「ふふ、自覚がないのかな。お世辞じゃないよ、現に店中のアルファがきみを気にしてチラチラこっちを見てる。さっきは沖野くんがいたから誰も近づけなかったけど」

 バーテンダーさんが手早く用意してくれたカクテルに伸ばそうとした手をそっとうばわれて、指先がナガシマさんの唇にほんの少しだけ触れた。

「沖野くんの番にならないのなら、立候補したいな。御影くんは年上は嫌い?」
「そんなことは、ないですけど」
「良かった。もっときみのことを知りたいな。このあとどこか、」
「うちの御影に何してるんですか」

 つかまれたままだった手が乱暴に取り返される。
 ぼくの後ろにはいつの間にか帰ってきていた響己さんがいて、怖い顔をしていた。握りしめられた手が痛いほど。

「おっと時間切れか。こんばんは、沖野くん」
「オーナー、わたしの連れにちょっかい出すのやめてください。下村さんに言いつけますよ」
「ちょっ、やめてよシャレにならない。それに悪いのは僕じゃなくて沖野くんでしょ、こんなかわいい子、一人で放っといたらすぐ拐かされちゃうよ。ここの客たちは行儀はいいけど、一皮剥けばみんな飢えたケモノなんだからね」
「守ってくれてたとでも? その割にがっつり触ってたじゃないですか」
「バレたか」

 響己さんとナガシマさんはお互いに怒ったり困ったりするようなそぶりは見せているものの、どちらも本気じゃないみたいだ。とても気軽に言い合っている。
 そこに深い信頼を感じて、ぼくはちょっとだけさみしくなった。
 ついうつむいてしまったぼくに、響己さんがあわてる。

「御影、このセクハラオヤジになにかされた?」
「いえ。話し相手になってくれて、カクテルもおごってくれました。ありがとうございます、ナガシマさん」
「どういたしまして。沖野くん、ホントにかわいいねこの子。こんなとこ連れてきちゃダメじゃない? カフェの方だけにしときなよ」
「えぇ、今さっき後悔したところです。御影、それ飲んだら帰ろうか」
「はい」

 カウンターに残されていたカクテルをくっと飲み干し、お代を渡してお礼を言う響己さんはこういうところに慣れているみたいだ。
 ぼくも急いでグラスを空にした。

「おいしかったです、ごちそうさまでした」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしていますよ」
「はい。……あ……」

 ぼくはうなずいたけれど、響己さんの強い視線を感じて黙る。
 ナガシマさんに「連れてくるな」と言われていた。
 きっとぼくはもうここには来れない。
 どこへ行ってもうまくできない。お作法を間違えたのかな。場違いだったのかな。
 じわ、と目尻が湿ってうつむく。響己さんの足手まといになりたくないのに。
 それ以上なにも言えないまま、手を引かれてお店を出る。
 分厚いドアが閉まったところで、手を離された。代わりにそっと頬に手が添えられて、やさしいけれど拒否できない強さで顔を上げさせられる。

「……泣いてる」
「ぁ……これは、その」
「やっぱりなにか嫌なことをされた? それとも言われた? マスターとオーナーどっち? あぁやっぱりここに連れてきたのは失敗だった、ごめんね御影、後悔してもしても足りない」
「いえっ、違うんです。ぼく、ぼくが……」
「御影?」

 何度も言われてきた。ぼくといてもつまらない。気が利かない。おもしろいことのひとつも言えない。
 お店の外でお客さんの相手をするのも大事なお仕事なのに、ぼくは全然うまくできなくて、お客さんを怒らせてしまうことすらあった。
 いつしかお店の外に呼ばれなくなって、外に出ないのならいいだろうと薬を出してもらえなくなって、薬の量を増やされて、本当に一歩も外へ出られなくなってしまった。出てもいやなことばかりで、気力もなくなって。
 仕事のある日もない日も事務所のすみっこに丸まっているだけのぼくは、いつだってつかえないオメガで。

「ぼくじゃダメなこと、ちゃんとわかってます。響己さんみたいなすてきなアルファのつがいにだなんて、思っちゃいけないって。願うだけ無駄だって。でも、響己さんみたいにすてきなひとがずっとそばにいてくれて、ぼく、か、かんちがいして……」
「待って御影、なんのこと? 泣いているのはわたしのせい?」
「ちが、ぼくが、ぼくがダメなオメガだから。何番目でも、一回だけ触れるだけでもいいって思ってたのに、つがいなんて、夢見てしまったからダメで……」

 壊れた蛇口みたいに流れる涙が響己さんの手まで濡らしてしまう。
 もがいても首を振っても、響己さんが離れてくれない。

「おねがい響己さん、ぼくをここに置いていって。もうつらいんです、そばにいるのが。そばにいたらぼく、どんどん欲深になっちゃう。どんどんがまんできなくなっちゃう……」

 ひくひくと喉がふるえて、胸が痛くて苦しくて立っていられない。
 ひざからくずれたぼくを、響己さんは捨て置いてくれなかった。一緒にしゃがみこんで、みにくくゆがんでいるはずのぼくを見つめ続ける。

「それが御影の願い?」
「……っ、……ひびき、さ……」
「確認させて。御影が欲しいのは、我慢できなくなるのは、わたし? ……わたしの番に、なりたい?」

 この残酷な人は、ぼくのみにくいところをすべて暴かないと手放してすらくれないらしい。
 どうせなにもかも失うならどうなったっていい。
 ぼくは何度もうなずいた。涙が飛び散る。喉がひしゃげたように鳴る。

「なりたい……っ」
「うん。番になろう、御影」
「え?」

 にじむ視界が布で埋まって、抱きしめられて響己さんの腕の中にいるのだと理解するのに時間がかかった。
 あたたかい体温と、世界で一番のいいにおいにつつまれて、やさしく背中をさすられて、ぼくはしばしの間「え?」とつぶやくことしかできなくなった。
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