運命の赤い糸(物理)

キザキ ケイ

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03.検証

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 カタン曰く「汚くて臭くて治安が悪すぎる」地区の宿を引き払い、治安はどっこいどっこいだが独特の下町臭さと汚さは幾分マシな区域で宿を取る。
 そこでも俺たちはひと悶着した。

「冒険者の男二人でツイン? ……あんたら、支払い大丈夫なんだろうな」

 腰の曲がった爺さんがフロントの向こうからじろりと嫌な目を向けてくる。
 冒険者は不規則な生活を送るさだめの職業だ。
 二人部屋を取る者自体少ないはずで、その上男二人で連泊となると妙な疑いをかけられてしまうこともある。ソロで稼げない、宿代を取り逸れるほどの底辺冒険者かと思われたのだろう。
 しかし背に腹は代えられないのだ。
 別々の部屋に泊まるとなると、俺とカタンの間には二枚の扉が挟まることになる。
 そんな状態で不意に糸が張ったら、俺たちは大事な商売道具である手の指を失う可能性がある。それだけは避けたい。
 だからお互いがどんなに望んでいなくとも、二人部屋に泊まるという選択肢しかない。
 支払い能力については、懐がスカスカの俺ではなくカタンが前金を手渡すことですぐに疑いは晴れた。しかし。

「先に言っておくがここは女連れ込み禁止だ。どうしてもって時は外へ行きなよ」
「連れ込む予定はねーよ」

 この危険な糸で結ばれてしまっている以上、女とよろしくやることはできないだろう。最中に相手の体に糸が絡まらないとも限らない。
 不貞腐れてぶっきらぼうに返した俺に、宿屋のジジイはあろうことか、もっと酷い疑いをふっかけてきた。

「てことはあんたら、恋人同士か。ダブルの部屋もあるぞ」
「は!? ちげぇよ! こいつと俺のどこが恋人に見えんだよ!」
「金があるのにツインに泊まる、女っ気のない男二人とくれば、そりゃ答えは一つだろう」
「じいさん、いくら下町住まいとはいえ毒されすぎだ。とにかく部屋はツインで間違いないから!」
「そうかい。言っておくがシングルベッドで男二人は寝られないからな。壊したら弁償だよ」
「寝ねーーよ!!」

 厄介な客を弾くためとは言えあんまりな問答に、俺は朝から疲れてしまった。
 その上、通されたのは二人分の面積なんてない狭さにベッドが二台詰め込まれた窮屈な部屋で、俺はもう文句を言う気力すらなかった。

「俺の言いたいことがわかったか?」

 嘘みたいに固くて埃っぽいベッドに顔をしかめながら、カタンが俺を見下ろす。

「……悪かった。前の仕事の報酬が支払われたらもう少しグレードの高い宿に移ろう」
「そうしよう。それまでにこの糸がどうにかなっていれば最良だが」
「あぁ……」

 様々な種類のストレスで疲れたとはいえ、俺たちにのんびりしている時間はない。
 お互いに今日急ぎの仕事がないことを確認し、この糸のことをより深く知るべきだと意見が一致した。

「気になっているのは、実際この糸が他者に危害を加えるかどうかという点だ」

 カタンの言葉に頷く。

「俺もそれは気になる。で、もっと突っ込んだ話をすれば、この糸が他の人間にも見えてるのかどうかってとこから怪しい」
「……なるほど」

 ほとんど徒労に終わった神殿での見立てでは、大神官のジジイには糸が見えていた。
 しかし大神官というものは神官の中でも特別で、女神様から直に恩寵や御告げを与えられる立場だ。一般人には糸自体見えない可能性もある。
 現に、宿屋のオヤジは俺たちの間を繋ぐ奇妙な糸について言及しなかった。

「というわけで、誰かに検証を手伝ってもらおう」

 居心地の悪い宿屋を出て冒険者ギルドへ向かう。
 この国の、それなりに規模の大きい町には必ず冒険者ギルドの支部がある。世話になっているそこで、すぐに知り合いを見つけられた。

「よぉバイアス!」
「コーマ。それにカタンまで。仕事の依頼か?」

 ちょうど依頼の完了報告をしていた背の高い男に声をかける。
 バイアスは、何度か組んだことのある冒険者だ。
 水の魔術を得意とする後衛職だが、陰気なところがなく気さくで、なにより魔術師なのに武器が杖ではなく鎚矛メイスってとこが良い。
 魔術師にはとても見えないみっちり詰まった筋肉をローブの下に隠し、細い目をさらに細めて再会を歓迎してくれたバイアスを、俺は食堂へ誘った。

「バイアス、あんた確か元は神官だったんだよな」
「あぁそうだよ。ずいぶん昔の話だけど」
「そんなあんたを見込んで、見てほしいもんがある」

 俺はテーブルの上に右手を置いた。カタンが同様に左手を乗せる。

「これ、どう思う?」
「え? ……コーマの右手と、カタンの左手」
「やっぱりか……」

 悪い予想が当たってしまった。
 バイアスは俺たちの指に繋がれた糸が見えないらしい。
 正確には、この糸は「女神様の関係者と俺たちにだけ見えている」。
 現状の危険度が上がったことを認識しつつ、俺は次の手に出た。

「バイアス、ちょっと腕をこう……持ち上げてくれ」
「こうか?」

 意味不明だろうに素直に指示通りにしてくれる仲間のたくましい腕に、俺は小さく謝罪しながら赤い糸をぐるぐる巻き付けた。
 あらかじめ少し伸ばしてあった糸。バイアスの腕を三周ほどしたところで、俺とカタンは同時に手を遠ざけた。

「いてっ、ん? なんか腕が痛いけど……これはなんだ?」
「これでも何もわからないか?」
「さっきから何一つわからないが、腕は痛い。何かが絡まっているような……あれ」

 バイアスの指が糸に触れた。
 彼はその時初めて、不可視の糸が自分の腕に絡まっていることに気づいたようだ。彼が腕を擦ると糸も動くが、相変わらず見えてはいないらしい。

「おかしいな、コーマもカタンも魔術を使ってるようには見えなかったのに。これなんだ? 紐?」
「『女神の恩寵』だ」
「……ん?」

 元神官と言うだけあって、バイアスの糸目が鋭く光る。
 俺は糸を緩めて詫び、簡単に経緯を説明した。
 バイアスは静かに俺の話を聞いてくれて、微かに糸の跡が赤く残った腕を擦った。

「話はわかった。二人にしか見えない強靭な糸……女神様の御業ながら、厄介だな」
「朝イチで神殿に行ったが、これは試練だと言われただけで解決法は見つからなかった。バイアス、何か思いつかないか」

 カタンの真剣な眼差しにバイアスは唸り、しばし考え込んでくれたが、首を振る。

「すまない、力になれそうにない。私は所詮、神官を辞めた半端者だ。神殿の大神官様がどうにもできないのなら、やはりそれは君たち二人に与えられた恩寵であり試練なのだろう」
「そっか……」
「そう気を落とすな。女神様が、無辜の民に長く不自由を強いるはずがない。きっとお考えあってのことだ」
「っつってもなぁ、気をつけないと他の無辜の民に危害加えちゃいそうで怖いんだよ」
「うぅむ……」

 女神の肩を持ちたいが、実際に自身で危険性を確認したバイアスが苦しげに唸る。
 男三人膝を突き合わせて話し合ったが、一発逆転の名案など浮かぶはずもなく、俺とカタンが極力離れないようにという方針すら変わることはなかった。

「力になれなくてすまない。何か手伝えることがあればいつでも声をかけてくれ」

 こっちが勝手に巻き込んだだけなのに、人のいい魔術師は俺たちを気遣いながら去っていった。
 この状態で軽率に依頼を受けることもできず、すごすごと宿へ引き返す。
 糸の存在に慣れてきてわかったことだが、この糸は誰かが指に結び付けられている部分以外を掴んでいると長さが固定されるらしい。逆に握ったりつまんだりしていなければ糸は距離によって伸び縮みする。
 そんな糸の習性など分かったところで、何に使えるわけでもないが……。
 落胆を抱え、肩を落として歩く俺と、考え事をしながら先を行くカタン。
 その間が歩幅二つ分ほど空いたことに、その間に子どもが駆け込んで来たことに、俺は一瞬気付かなかった。

「ぅ、わ!」

 俺とカタンの間を走り抜けようとした子どもの体を掬い取って身を捩る。
 勢い余って尻餅をついた俺に、子どもは目を白黒させて首を傾げたが、すぐに他の子どもに呼ばれて駆け去って行った。
 心臓がばくばくと猛烈に鼓動している。
 一部始終を見ていなかったカタンも、俺の行動と子どもの存在に何が起こりかけたか瞬時に理解した。
 そして難しい顔をして────手を差し出してきた。

「繋ごう」
「……おう」

 背に腹は代えられない。
 男同士、雲ひとつない昼下がり、手を繋いで道を歩く姿は大層注目を集めたが、安全には代えられないのだと己を納得させ続けるしかなかった。
 恐怖に強張り冷たくなった手のひらに、カタンの剣だこで分厚い手の温度が移る。
 宿に着く頃には心拍も平常通りになり、どちらも糸を握っていなかったあの状況なら子どもの身にすぐさま害が起こったとは言えないと理解できたが、それでもやはり糸が危険なことは間違いなくて。

「あんたら、やっぱデキてんだろ?」

 宿屋のジジイの不名誉な勘違いに威勢よく言い返すこともできなかった。
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