運命の赤い糸(物理)

キザキ ケイ

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04.環境適応

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 宿の中など、危険性の低い場所以外では手を繋ぐ。
 まるで育ち盛りの子どもの教育方針みたいな決まり事が、いいトシこいた男二人の間で決定された。
 それは当然、町中や買い物中、ひいては仕事探しの場でも避けられないわけで。

 俺たち二人が揃ってギルドの門をくぐった時は特に何もなかった。
 しかし、俺たちの手が結ばれていることに気づいたやつからざわざわし始める。ぱちぱちと瞬きする者、教本通りの二度見をしてくる者、唖然と口を半開きにする者。
 真っ直ぐ向かったカウンターの向こうに立つ大男……ギルドマスターは、傷のある顔を顰め、目を細めて俺たちを迎え入れた。

「……おまえら、いつからそういう仲に?」
「面倒だから説明しないが、違う。だが俺たちは今離れられない。二人で受けられる依頼を見せてくれ」
「……え? そういう仲じゃないのに手繋いでるのか?」
「面倒だから説明しないぞ」

 カタンが極めて面倒くさそうにあしらうので、強面だが気の良い、ついでにゴシップ好きなギルドマスターは渋々カウンターから紙束を取り出した。
 冒険者は国の認可を受けたれっきとした職業だ。
 ギルドへ申請し、国から身分証をもらい正式に冒険者となれば、各町にあるギルドから仕事を斡旋してもらえるようになる。冒険者の肩書きとギルドの口添えがあれば武器防具を安価で融通してもらえたり、傷薬類の定期的な支給があったりする。
 その代わり、冒険者はギルドを裏切ってはならない。
 ギルドの要請には可能な限り応じなきゃならないし、二月に一度は何かしらの依頼を受けなければ資格剥奪だ。
 正直俺としては宿に引きこもって頭でも抱えていたい心境だが、働かなきゃ食っていけないし宿賃も上がってしまった。
 心もとない懐事情をカタンにばかり頼るわけにもいかず、こうしてギルドへ仕事探しに来たわけだ。

「おまえらくらい実力がある冒険者なら引く手あまただが……」

 ギルマスがちらちらと俺たちの手の辺りを見てくる。
 カウンターの板に阻まれて見えないだろうに、まったくこの詮索オヤジは。今は仕事の話で逃げられたとしても、そのうちとっ捕まって根掘り葉掘り事情を聞かれるだろう。
 願わくばそれまでにこの糸が消えていればいいのだが。

「これにしよう。俺たち二人でもこなせそうだ」

 カタンが一枚の依頼書を差し出してきた。
 東の森に生息する植物の採集依頼だ。
 あの森には強力な魔物はいないし、討伐や探索と違って採集であれば、魔術系の支援職がいなくてもクリアできる。

「そりゃおまえらなら楽勝だろうが……いいのか? 難易度低いぶん報酬も少ないぞ。おまえらくらいの戦力を必要とする討伐依頼もあるんだが」

 ギルマスが差し出した数枚の依頼書は、普段の俺たちなら悩むことなく請け負う程度のありふれた内容だった。
 力と技術と経験が物を言う、安全ではないが危険と言うほどでもない、ちょうど実力相当の依頼。
 しかし俺たちはそれを受け取れない。今まさに異常事態真っ最中だから。

「いや、こっちの採集依頼で行く。マスター、処理を頼む」
「……やっぱりおまえらそういう仲なんだろ? 森の奥のロマンチックな湖で二人っきりになりたいとかそういうやつなんだろ?」
「面倒だから説明しないが、違う」

 最後まで何も説明しなかったカタンと、終始無言の俺に結局ギルマスが折れ、依頼は受理された。

「この依頼なら周囲の人間を巻き込む心配はないな」

 ギルドを出て宿へ戻る道すがら、ほっと胸を撫で下ろす。
 俺たちの間に垂れた赤い糸に子どもが飛び込んできたときの光景は、今でも恐怖の感情とともに目に焼き付いている。
 討伐や探索などの依頼を請け負うとなると、メンバーは俺たち二人だけじゃない。バイアスのような後衛職や、カタンと同じくパーティの先陣を切る前衛職が必ず合流してくる。
 彼らをこの恐ろしい「恩寵」の餌食にしないように、かつ依頼を完璧に遂行することは……現段階では無理だと思う。

「仕方がないが、しばらくはこういった依頼ばかりになるだろうな。必然的に収入は減るが……コーマ、大丈夫なのか」
「きついけど仕方ねぇよ」
「だな」

 背に腹は代えられない……ってこの言葉で何度自分を納得させただろう。
 自然と重くなる足を引きずって、カタンと共に帰路を急ぐ。
 必要な道具と武器だけを携えて向かった東の森は、やはりほとんど危険がなかった。
 俺たちより若くランクの低い冒険者たちが、同じく低ランクの魔物を倒したり採集依頼をこなしたりしている平和な光景が広がっている。
 そんな若者たちの不躾な視線を浴びたくなくて、さっさと森の深部へ分け入った。

「木に糸が絡まないように気をつけろ」
「わかってる」

 危険度の低い場所とはいえ魔物は出るし、手を繋いでいては不利だ。
 剣を構えて先をゆくカタンの背を守りながら、俺は足元と糸とを注意しながら進む。普段より気をつけなければならない対象が増えて気疲れする。

 糸が出現してからというもの、俺とカタンは手分け……するわけにいかないので、手を繋いだまま、町を徘徊して様々な情報を収集した。
 俺以外に女神様から恩寵をもらったやつはいないか噂を探ったり。もしくは女神様と夢で会ったという、神官以外のやつがいないか聞いて回ったり。あるいは、俺たちのように奇妙な糸、もしくは紐などに苦しめられているやつがいないか探ったり。
 しかし当然のように成果はなかった。
 とりあえず、市場や怪しげな酒場で出回っていた「女神様の夢を見られる」という触れ込みの護符を毎晩枕の下に入れて寝ているが、今のところ効果はない。
 同じく「ふかすと女神様に会える」葉巻きも手に入れたが、これはカタンに使用を止められた。

「あった、依頼の植物だ」
「わかった。採集は任せる」
「おう」

 背負っていた籠を地面に置き、道具を取り出す。
 戦闘用のグリップが効いたグローブから、液体を通さない採集用手袋に装備変更し、俺は地面に這いつくばった。
 火山活動によってできたと思しき灰色の大きな岩に、しっとりと濡れた苔がびっしりと生えている。これが今回のターゲットだ。
 苔はごく浅く根を張る植物のため一見カンタンに採集できると思われがちだが、これを薬として活かすには慎重な手作業が必要になる。おまけに生息地には弱いとはいえ魔物が出る。ひ弱な薬師では取りに来られない素材ということだ。
 俺のような、手先の器用な冒険者に依頼が来るのも道理。良い小遣い稼ぎとさせてもらっている。
 そう……この依頼は、普段の俺ならメイン討伐任務のついでに受けるようなものなんだ。
 この程度の依頼を主軸に冒険者を続けるわけにはいかない。まして報酬はカタンと山分けしてしまう。手元に残るのは僅かな額だ。

「……早くなんとかしないとな……」

 焦りの滲む俺の声に、カタンは声なく頷いた。
 無事に苔の採取を終え、東の森を後にする。
 朝一番にギルドへ赴き、その足で依頼をこなし苔を納品したので、体が空く頃には昼を過ぎていた。手近な食堂でブランチとしけこみながら、ほぼ日課となった「作戦会議」を開く。

「糸が出現してから今日で三日目か」
「消える気配はないが、変化の兆しもないのが救いだな……」

 カタンはすっかり眉間にシワを寄せるのが癖になってしまったようだ。気持ちはわかる。

「コーマ、これはあまり言いたくなかったことなんだが」
「なんだ?」
「知っての通り、俺は魔術の才がない。遠距離攻撃も、ナイフや投擲槍がせいぜいで弓矢は扱えない。だからもし今後、今までと同じような依頼を受けるのならば、コーマに前衛に来てもらうしかない」
「……そうだな」

 重々しく頷く。
 正直言ってカタンはイノシシタイプだ。
 見境なく突進するわけではないが、後ろからちまちま支援をするような立ち回りは絶対にできないだろう。
 俺はといえば、体格に恵まれず筋力も低く、その代わり身軽で視野が広いので中距離攻撃用の弓を扱っている。短剣も使うが、魔物の攻撃を正面から受け止めることは多分無理だ。
 しかし採集などの依頼は実入りが少なく、二人セットで行動する以上報酬は二分割。このままでは下町の安宿すら維持できなくなる。

「盾役は俺がやる。コーマは俺が引き付けている魔物を背後から攻撃するスタイルでやってみないか」
「それしかないな……けど、戦闘中の糸はどうする?」
「どうもしない、というか、できない。戦っている間糸がどうなろうと気にする余裕はないし、どうせ魔物の攻撃でも切れないだろう。むしろ魔物が糸を切ってくれるなら願ったり叶ったりだ」
「たしかにな……」

 とんでもなく不敬な話をしている自覚はあったが、女神様の恩寵とはいえ邪魔なものに違いはない。
 話し合いの結果、しばらくは無難な依頼を受けつつ、俺の戦闘スタイルを変えていく形で現状維持を図ることになった。
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