運命の赤い糸(物理)

キザキ ケイ

文字の大きさ
5 / 16

05.問題発覚

しおりを挟む
 戦い方を変えることは、アイデンティティを変えることにも等しい。
 今まで弓を持っていた俺がいきなり近接武器を振り回したところで、自分かパーティメンバーに傷をつけるだけだ。
 もっとも俺は短剣を使うこともあるし、戦闘経験だってある。
 魔術師が剣を持つよりは適正があるだろうということで、とにかく一度武器を変えてみる方向で話がまとまった。

 そうと決まれば向かう場所はギルドだ。
 ギルドの規模は町によって様々で、食堂や酒場が併設されているだけの小規模な場所もあるが、この町のギルドはそこそこデカい。
 食事処に武器屋と薬屋が併設されているし、横には修理専門の鍛冶屋も店を構えている。
 加えて建物裏手には訓練場まである。
 俺はギルド貸出の初心者用近接武器をいくつか抱えて、訓練場に足を踏み入れた。他に利用者がいないことは予め確認済みだ。

「ここ来るの久しぶりだなぁ。駆け出しの頃はよく世話になったよ」
「そうだな。俺もだ」
「カタンにもそんな時代があったのか? なんか想像できねーな」
「当然だ、赤子の時分から強かったわけじゃない。今も未熟だ」

 世間話をしながら軽く体を動かし、訓練を始める。
 教師役はカタンだ。
 本人は教えるほどの腕じゃないとか教え方がわからないとかぐだぐだ言っていたが、他に教えてもらうわけにいかない事情があるのだから仕方ない。

「まずはどの武器にするか決めよう。いくつか振ってみろ」
「おう」

 短剣はいつも携帯しているが、長剣や槍、斧など持つのも久々な武器が多い。見よう見まねで振ってみると、小指から伸びる糸もゆらゆらと舞った。

「……邪魔だな」

 俺のぎこちない槍捌きを眺めながら呟いたカタンは、一度離れてすぐに戻ってきた。
 手に廃材らしき重そうなレンガを一つ持っている。

「なんだそれ?」
「糸を固定する。こうすれば邪魔にならない」
「ひでぇな……助かるけど」

 カタンは俺から距離を取って糸を伸ばし、掴んで長さを固定してからちょうど中間くらいの撓んだ糸にレンガを置いた。
 若干強めに地面に叩きつけたように見えたが、気のせいだろう。
 地に縫い付けられた赤い糸は動くことができず、陸に打ち上げられた魚のように小さく跳ねるだけとなった。
 こうなると少し、ちょっとだけ、糸と……それを創ったはずの女神様が憐れに思える。

(こんなはずじゃなかったって、きっと俺たちより女神様の方が思ってるだろうな……)

 夢の中で女神様は「いつでも見守っている」なんて言っていた。
 今のこの光景も見ているのかもしれない。
 しかし俺たちはもはや不敬とか叛逆とか考えられないくらい、この恩寵に危険を感じている。こればかりは妥協できない。

「そういえばさ。なんで俺たちに、赤い糸だったんだろうな」
「どういうことだ?」

 ふと過った疑問をそのまま口に出す。
  「運命の人同士は赤い糸で結ばれている」なんて、女子供が喜ぶだけの幼稚な迷信だ。今でもそう思っているが、俺の年相応にロマンチックな心がほんの僅か、運命の(美女との)出会いを期待した事実は否定できない。
 結果的に糸はカタンに繋がっていたわけだが……。

「運命の赤い糸って、夢物語みたいな恋人同士になれる相手に繋がってるものだろ? 俺とカタンじゃそれに当てはまらない」
「……」
「もしくは想い合ってるけど自覚がない二人とか……それも違うし、俺はともかくカタンは巻き込まれただけだよな。女神様の勘違いにも困ったもんだって……カタン?」

 カタンはなにやら深く考え込んでしまったようだ。
 今更ながら、俺と糸が繋がってしまった不条理を嘆いているだろうか。できればその不満は俺じゃなく女神様に向けてほしい。
 それにしてもカタンは長く黙ったままだ。

「おーい、カタン?」

 顔の前でパタパタ手を振ると、彼はやっと顔を上げた。

「……あ、あぁ。訓練の続きだな」
「あ、うん、まぁ……」

 俺の槍捌きはぎこちないながらも、筋は悪くないとの評価をもらった。次の練習武器を取りに行くカタンの背中を見送る。
 少し様子がおかしかった気がする。大丈夫だろうか。
 何か変なことを言ってしまったかと危惧するが、糸の話をしただけで思い当たる節はない。

「やっぱり嫌なんだろうな、この状況。早く解放してやらねーと……」

 カタンの夢に女神様は現れなかったらしい。
 それならやはりカタンは女神様の恩寵に巻き込まれただけだ。
 女神様に会ったことがないのなら、直談判できる可能性のある俺より不憫な状況と言えるだろう。
 申し訳ないので、より一層女神様と再会するために努力しようと決意した。

 女神様はこの糸を作ったとき、起こりうる様々な問題を全然考えていなかったんだろうなと、ものづくりをしたことがない俺ですら想像できる。
 糸が実体を持っているのに他の人には見えないとか、異常に強靭で凶器に近いとか、すでに発覚している問題だって小さくはないが、今日この日俺は────俺たちは、重大な問題に直面していることに気づいたのだ。

「カタン、ちょっといい?」

 とりあえず仮の武器を槍に定め、汗ばんだ体をギルド内の食堂で休めていた時。
 横にいたカタンに声をかける者がいた。
 それは、俺も何度か組んだことがある戦闘向け魔術を扱う女性魔術師だった。

「あぁ。コーマ、いくぞ」
「あ、えっと……できればカタンと二人で話したいんだけど」

 ローブの向こうで魔術師が頬を赤らめているのが見え、俺はピンと来た。

「カタン、行ってきてくれ。俺はギルマスに話あるから」
「え、おいコーマ、」
「そっか。じゃあカタン、向こうで話そ。コーマもこう言ってることだし、ね?」
「……」

 俺は身振り手振りで「糸のことは心配するな」と伝え(伝わったかどうかはわからないが)、ささっと席を離れ依頼カウンターの方へ移動した。
 いや、逃げた。
 彼女のあの反応、カタンへ向ける視線。
 十中八九、色っぽい話だ!
 そんな場に俺という邪魔者がいてはマズいだろう。スマートかつ鮮やかに場を退いて見せたこの俺の空気読み力、大いに称賛してくれ。
 カウンターで書類整理をしていたギルマスの側に寄りつつ、さりげなく赤い糸がピンと張ってしまわないよう床と壁にくっつくように位置取りを調整する。

「……はっ! そういえばカタンって誰か付き合ってる人いないのか?」

 まるで天啓の如き疑問だった。
 カタンは当然のように一緒に事態対応に動いてくれ、糸のためとはいえ男と手を繋いで町を歩くなんて羞恥を晒しあった仲だが、そういう話は一切しなかった。
 もしカタンに交際相手がいたなら、男の俺と手を繋いでいるなんて嫌だろう。嫌とかいうレベルを超えて意味不明だろうけど。
 もしかしてさっきの女魔術師が恋人だろうか?
 悶々と考え込む俺に、ギルドマスターが呆れたような顔をした。

「コーマおまえ、そういう話は鈍いもんなぁ。知らないのか」
「え、何?」
「カタンは前から想う相手がいるから、恋人は作らないんだとよ。有名な噂だぞ」

 想う相手!
 カタンがそんな一途な性質とは思っていなかった。
 確かにカタンは女受けがいいのに、浮いた話ひとつ聞かない。
 常に危険が伴う冒険者、中でもケガを負いやすい前衛職だからと恋人を作らないやつは珍しくないが……そういう理由なかったのか。
 意思の強そうな眉にやや吊り気味の目元が涼しげだとか、鍛え上げられているのがわかるのに着痩せする立ち姿がセクシーだとか、同じパーティを組んだときに女どもがきゃいきゃい言っていたわりに女っ気がないのは、そのせいだったのか。
 その時の女たちに「俺は?」と聞いたら「コーマはリスみたい」と貶されて大火傷したことまで思い出し、俺はむっすり黙り込んだ。

「だからおまえと一緒に顔出した時、ついにと思ったんだが……違ったんだな。おいコーマ、聞いてるか?」
「あの野郎……口数少ない一途な爽やかイケメン気取りやがって……羨ましい……」
「ダメだこりゃ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

炎の精霊王の愛に満ちて

陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。 悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。 ミヤは答えた。「俺を、愛して」 小説家になろうにも掲載中です。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

クリスマスには✖✖✖のプレゼントを♡

濃子
BL
ぼくの初恋はいつまでたっても終わらないーー。 瀬戸実律(みのり)、大学1年生の冬……。ぼくにはずっと恋をしているひとがいる。そのひとは、生まれたときから家が隣りで、家族ぐるみの付き合いをしてきた4つ年上の成瀬景(けい)君。 景君や家族を失望させたくないから、ぼくの気持ちは隠しておくって決めている……。 でも、ある日、ぼくの気持ちが景君の弟の光(ひかる)にバレてしまって、黙っている代わりに、光がある条件をだしてきたんだーー。 ※※✖✖✖には何が入るのかーー?季節に合うようなしっとりしたお話が書きたかったのですが、どうでしょうか?感想をいただけたら、超うれしいです。 ※挿絵にAI画像を使用していますが、あくまでイメージです。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

処理中です...