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05.問題発覚
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戦い方を変えることは、アイデンティティを変えることにも等しい。
今まで弓を持っていた俺がいきなり近接武器を振り回したところで、自分かパーティメンバーに傷をつけるだけだ。
もっとも俺は短剣を使うこともあるし、戦闘経験だってある。
魔術師が剣を持つよりは適正があるだろうということで、とにかく一度武器を変えてみる方向で話がまとまった。
そうと決まれば向かう場所はギルドだ。
ギルドの規模は町によって様々で、食堂や酒場が併設されているだけの小規模な場所もあるが、この町のギルドはそこそこデカい。
食事処に武器屋と薬屋が併設されているし、横には修理専門の鍛冶屋も店を構えている。
加えて建物裏手には訓練場まである。
俺はギルド貸出の初心者用近接武器をいくつか抱えて、訓練場に足を踏み入れた。他に利用者がいないことは予め確認済みだ。
「ここ来るの久しぶりだなぁ。駆け出しの頃はよく世話になったよ」
「そうだな。俺もだ」
「カタンにもそんな時代があったのか? なんか想像できねーな」
「当然だ、赤子の時分から強かったわけじゃない。今も未熟だ」
世間話をしながら軽く体を動かし、訓練を始める。
教師役はカタンだ。
本人は教えるほどの腕じゃないとか教え方がわからないとかぐだぐだ言っていたが、他に教えてもらうわけにいかない事情があるのだから仕方ない。
「まずはどの武器にするか決めよう。いくつか振ってみろ」
「おう」
短剣はいつも携帯しているが、長剣や槍、斧など持つのも久々な武器が多い。見よう見まねで振ってみると、小指から伸びる糸もゆらゆらと舞った。
「……邪魔だな」
俺のぎこちない槍捌きを眺めながら呟いたカタンは、一度離れてすぐに戻ってきた。
手に廃材らしき重そうなレンガを一つ持っている。
「なんだそれ?」
「糸を固定する。こうすれば邪魔にならない」
「ひでぇな……助かるけど」
カタンは俺から距離を取って糸を伸ばし、掴んで長さを固定してからちょうど中間くらいの撓んだ糸にレンガを置いた。
若干強めに地面に叩きつけたように見えたが、気のせいだろう。
地に縫い付けられた赤い糸は動くことができず、陸に打ち上げられた魚のように小さく跳ねるだけとなった。
こうなると少し、ちょっとだけ、糸と……それを創ったはずの女神様が憐れに思える。
(こんなはずじゃなかったって、きっと俺たちより女神様の方が思ってるだろうな……)
夢の中で女神様は「いつでも見守っている」なんて言っていた。
今のこの光景も見ているのかもしれない。
しかし俺たちはもはや不敬とか叛逆とか考えられないくらい、この恩寵に危険を感じている。こればかりは妥協できない。
「そういえばさ。なんで俺たちに、赤い糸だったんだろうな」
「どういうことだ?」
ふと過った疑問をそのまま口に出す。
「運命の人同士は赤い糸で結ばれている」なんて、女子供が喜ぶだけの幼稚な迷信だ。今でもそう思っているが、俺の年相応にロマンチックな心がほんの僅か、運命の(美女との)出会いを期待した事実は否定できない。
結果的に糸はカタンに繋がっていたわけだが……。
「運命の赤い糸って、夢物語みたいな恋人同士になれる相手に繋がってるものだろ? 俺とカタンじゃそれに当てはまらない」
「……」
「もしくは想い合ってるけど自覚がない二人とか……それも違うし、俺はともかくカタンは巻き込まれただけだよな。女神様の勘違いにも困ったもんだって……カタン?」
カタンはなにやら深く考え込んでしまったようだ。
今更ながら、俺と糸が繋がってしまった不条理を嘆いているだろうか。できればその不満は俺じゃなく女神様に向けてほしい。
それにしてもカタンは長く黙ったままだ。
「おーい、カタン?」
顔の前でパタパタ手を振ると、彼はやっと顔を上げた。
「……あ、あぁ。訓練の続きだな」
「あ、うん、まぁ……」
俺の槍捌きはぎこちないながらも、筋は悪くないとの評価をもらった。次の練習武器を取りに行くカタンの背中を見送る。
少し様子がおかしかった気がする。大丈夫だろうか。
何か変なことを言ってしまったかと危惧するが、糸の話をしただけで思い当たる節はない。
「やっぱり嫌なんだろうな、この状況。早く解放してやらねーと……」
カタンの夢に女神様は現れなかったらしい。
それならやはりカタンは女神様の恩寵に巻き込まれただけだ。
女神様に会ったことがないのなら、直談判できる可能性のある俺より不憫な状況と言えるだろう。
申し訳ないので、より一層女神様と再会するために努力しようと決意した。
女神様はこの糸を作ったとき、起こりうる様々な問題を全然考えていなかったんだろうなと、ものづくりをしたことがない俺ですら想像できる。
糸が実体を持っているのに他の人には見えないとか、異常に強靭で凶器に近いとか、すでに発覚している問題だって小さくはないが、今日この日俺は────俺たちは、重大な問題に直面していることに気づいたのだ。
「カタン、ちょっといい?」
とりあえず仮の武器を槍に定め、汗ばんだ体をギルド内の食堂で休めていた時。
横にいたカタンに声をかける者がいた。
それは、俺も何度か組んだことがある戦闘向け魔術を扱う女性魔術師だった。
「あぁ。コーマ、いくぞ」
「あ、えっと……できればカタンと二人で話したいんだけど」
ローブの向こうで魔術師が頬を赤らめているのが見え、俺はピンと来た。
「カタン、行ってきてくれ。俺はギルマスに話あるから」
「え、おいコーマ、」
「そっか。じゃあカタン、向こうで話そ。コーマもこう言ってることだし、ね?」
「……」
俺は身振り手振りで「糸のことは心配するな」と伝え(伝わったかどうかはわからないが)、ささっと席を離れ依頼カウンターの方へ移動した。
いや、逃げた。
彼女のあの反応、カタンへ向ける視線。
十中八九、色っぽい話だ!
そんな場に俺という邪魔者がいてはマズいだろう。スマートかつ鮮やかに場を退いて見せたこの俺の空気読み力、大いに称賛してくれ。
カウンターで書類整理をしていたギルマスの側に寄りつつ、さりげなく赤い糸がピンと張ってしまわないよう床と壁にくっつくように位置取りを調整する。
「……はっ! そういえばカタンって誰か付き合ってる人いないのか?」
まるで天啓の如き疑問だった。
カタンは当然のように一緒に事態対応に動いてくれ、糸のためとはいえ男と手を繋いで町を歩くなんて羞恥を晒しあった仲だが、そういう話は一切しなかった。
もしカタンに交際相手がいたなら、男の俺と手を繋いでいるなんて嫌だろう。嫌とかいうレベルを超えて意味不明だろうけど。
もしかしてさっきの女魔術師が恋人だろうか?
悶々と考え込む俺に、ギルドマスターが呆れたような顔をした。
「コーマおまえ、そういう話は鈍いもんなぁ。知らないのか」
「え、何?」
「カタンは前から想う相手がいるから、恋人は作らないんだとよ。有名な噂だぞ」
想う相手!
カタンがそんな一途な性質とは思っていなかった。
確かにカタンは女受けがいいのに、浮いた話ひとつ聞かない。
常に危険が伴う冒険者、中でもケガを負いやすい前衛職だからと恋人を作らないやつは珍しくないが……そういう理由なかったのか。
意思の強そうな眉にやや吊り気味の目元が涼しげだとか、鍛え上げられているのがわかるのに着痩せする立ち姿がセクシーだとか、同じパーティを組んだときに女どもがきゃいきゃい言っていたわりに女っ気がないのは、そのせいだったのか。
その時の女たちに「俺は?」と聞いたら「コーマはリスみたい」と貶されて大火傷したことまで思い出し、俺はむっすり黙り込んだ。
「だからおまえと一緒に顔出した時、ついにと思ったんだが……違ったんだな。おいコーマ、聞いてるか?」
「あの野郎……口数少ない一途な爽やかイケメン気取りやがって……羨ましい……」
「ダメだこりゃ」
今まで弓を持っていた俺がいきなり近接武器を振り回したところで、自分かパーティメンバーに傷をつけるだけだ。
もっとも俺は短剣を使うこともあるし、戦闘経験だってある。
魔術師が剣を持つよりは適正があるだろうということで、とにかく一度武器を変えてみる方向で話がまとまった。
そうと決まれば向かう場所はギルドだ。
ギルドの規模は町によって様々で、食堂や酒場が併設されているだけの小規模な場所もあるが、この町のギルドはそこそこデカい。
食事処に武器屋と薬屋が併設されているし、横には修理専門の鍛冶屋も店を構えている。
加えて建物裏手には訓練場まである。
俺はギルド貸出の初心者用近接武器をいくつか抱えて、訓練場に足を踏み入れた。他に利用者がいないことは予め確認済みだ。
「ここ来るの久しぶりだなぁ。駆け出しの頃はよく世話になったよ」
「そうだな。俺もだ」
「カタンにもそんな時代があったのか? なんか想像できねーな」
「当然だ、赤子の時分から強かったわけじゃない。今も未熟だ」
世間話をしながら軽く体を動かし、訓練を始める。
教師役はカタンだ。
本人は教えるほどの腕じゃないとか教え方がわからないとかぐだぐだ言っていたが、他に教えてもらうわけにいかない事情があるのだから仕方ない。
「まずはどの武器にするか決めよう。いくつか振ってみろ」
「おう」
短剣はいつも携帯しているが、長剣や槍、斧など持つのも久々な武器が多い。見よう見まねで振ってみると、小指から伸びる糸もゆらゆらと舞った。
「……邪魔だな」
俺のぎこちない槍捌きを眺めながら呟いたカタンは、一度離れてすぐに戻ってきた。
手に廃材らしき重そうなレンガを一つ持っている。
「なんだそれ?」
「糸を固定する。こうすれば邪魔にならない」
「ひでぇな……助かるけど」
カタンは俺から距離を取って糸を伸ばし、掴んで長さを固定してからちょうど中間くらいの撓んだ糸にレンガを置いた。
若干強めに地面に叩きつけたように見えたが、気のせいだろう。
地に縫い付けられた赤い糸は動くことができず、陸に打ち上げられた魚のように小さく跳ねるだけとなった。
こうなると少し、ちょっとだけ、糸と……それを創ったはずの女神様が憐れに思える。
(こんなはずじゃなかったって、きっと俺たちより女神様の方が思ってるだろうな……)
夢の中で女神様は「いつでも見守っている」なんて言っていた。
今のこの光景も見ているのかもしれない。
しかし俺たちはもはや不敬とか叛逆とか考えられないくらい、この恩寵に危険を感じている。こればかりは妥協できない。
「そういえばさ。なんで俺たちに、赤い糸だったんだろうな」
「どういうことだ?」
ふと過った疑問をそのまま口に出す。
「運命の人同士は赤い糸で結ばれている」なんて、女子供が喜ぶだけの幼稚な迷信だ。今でもそう思っているが、俺の年相応にロマンチックな心がほんの僅か、運命の(美女との)出会いを期待した事実は否定できない。
結果的に糸はカタンに繋がっていたわけだが……。
「運命の赤い糸って、夢物語みたいな恋人同士になれる相手に繋がってるものだろ? 俺とカタンじゃそれに当てはまらない」
「……」
「もしくは想い合ってるけど自覚がない二人とか……それも違うし、俺はともかくカタンは巻き込まれただけだよな。女神様の勘違いにも困ったもんだって……カタン?」
カタンはなにやら深く考え込んでしまったようだ。
今更ながら、俺と糸が繋がってしまった不条理を嘆いているだろうか。できればその不満は俺じゃなく女神様に向けてほしい。
それにしてもカタンは長く黙ったままだ。
「おーい、カタン?」
顔の前でパタパタ手を振ると、彼はやっと顔を上げた。
「……あ、あぁ。訓練の続きだな」
「あ、うん、まぁ……」
俺の槍捌きはぎこちないながらも、筋は悪くないとの評価をもらった。次の練習武器を取りに行くカタンの背中を見送る。
少し様子がおかしかった気がする。大丈夫だろうか。
何か変なことを言ってしまったかと危惧するが、糸の話をしただけで思い当たる節はない。
「やっぱり嫌なんだろうな、この状況。早く解放してやらねーと……」
カタンの夢に女神様は現れなかったらしい。
それならやはりカタンは女神様の恩寵に巻き込まれただけだ。
女神様に会ったことがないのなら、直談判できる可能性のある俺より不憫な状況と言えるだろう。
申し訳ないので、より一層女神様と再会するために努力しようと決意した。
女神様はこの糸を作ったとき、起こりうる様々な問題を全然考えていなかったんだろうなと、ものづくりをしたことがない俺ですら想像できる。
糸が実体を持っているのに他の人には見えないとか、異常に強靭で凶器に近いとか、すでに発覚している問題だって小さくはないが、今日この日俺は────俺たちは、重大な問題に直面していることに気づいたのだ。
「カタン、ちょっといい?」
とりあえず仮の武器を槍に定め、汗ばんだ体をギルド内の食堂で休めていた時。
横にいたカタンに声をかける者がいた。
それは、俺も何度か組んだことがある戦闘向け魔術を扱う女性魔術師だった。
「あぁ。コーマ、いくぞ」
「あ、えっと……できればカタンと二人で話したいんだけど」
ローブの向こうで魔術師が頬を赤らめているのが見え、俺はピンと来た。
「カタン、行ってきてくれ。俺はギルマスに話あるから」
「え、おいコーマ、」
「そっか。じゃあカタン、向こうで話そ。コーマもこう言ってることだし、ね?」
「……」
俺は身振り手振りで「糸のことは心配するな」と伝え(伝わったかどうかはわからないが)、ささっと席を離れ依頼カウンターの方へ移動した。
いや、逃げた。
彼女のあの反応、カタンへ向ける視線。
十中八九、色っぽい話だ!
そんな場に俺という邪魔者がいてはマズいだろう。スマートかつ鮮やかに場を退いて見せたこの俺の空気読み力、大いに称賛してくれ。
カウンターで書類整理をしていたギルマスの側に寄りつつ、さりげなく赤い糸がピンと張ってしまわないよう床と壁にくっつくように位置取りを調整する。
「……はっ! そういえばカタンって誰か付き合ってる人いないのか?」
まるで天啓の如き疑問だった。
カタンは当然のように一緒に事態対応に動いてくれ、糸のためとはいえ男と手を繋いで町を歩くなんて羞恥を晒しあった仲だが、そういう話は一切しなかった。
もしカタンに交際相手がいたなら、男の俺と手を繋いでいるなんて嫌だろう。嫌とかいうレベルを超えて意味不明だろうけど。
もしかしてさっきの女魔術師が恋人だろうか?
悶々と考え込む俺に、ギルドマスターが呆れたような顔をした。
「コーマおまえ、そういう話は鈍いもんなぁ。知らないのか」
「え、何?」
「カタンは前から想う相手がいるから、恋人は作らないんだとよ。有名な噂だぞ」
想う相手!
カタンがそんな一途な性質とは思っていなかった。
確かにカタンは女受けがいいのに、浮いた話ひとつ聞かない。
常に危険が伴う冒険者、中でもケガを負いやすい前衛職だからと恋人を作らないやつは珍しくないが……そういう理由なかったのか。
意思の強そうな眉にやや吊り気味の目元が涼しげだとか、鍛え上げられているのがわかるのに着痩せする立ち姿がセクシーだとか、同じパーティを組んだときに女どもがきゃいきゃい言っていたわりに女っ気がないのは、そのせいだったのか。
その時の女たちに「俺は?」と聞いたら「コーマはリスみたい」と貶されて大火傷したことまで思い出し、俺はむっすり黙り込んだ。
「だからおまえと一緒に顔出した時、ついにと思ったんだが……違ったんだな。おいコーマ、聞いてるか?」
「あの野郎……口数少ない一途な爽やかイケメン気取りやがって……羨ましい……」
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