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06.別の問題
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頬を赤らめた女魔術師と共に消えたカタン。
歯ぎしりしながら二人を見送った俺は、内心気が気じゃなかった。
恋人がいるよりも、長年片想いの相手がいるという状況の方がヤバいことに、聡い俺はとうに気づいているのである。
「なぁギルマス……俺がカタンとくっついてるのってマズいよな?」
「そもそもなんでおまえら二人がそうなったのかまず説明してほしいんだけどな」
厳ついギルドマスターの質問は無視して考え込む。
カタンに、すでに恋が成就した両想いの恋人がいた場合なら問題はない。
俺とカタンが誠心誠意その恋人に事態を説明し、少しの間カタンを借りると言えばいいだけ。
しかし片想いの相手となると事態は深刻になる。
相手は少なくとも、カタンから見れば、カタンに恋愛感情を抱いていないのだ。
そして、今後恋人になる可能性を秘めている。カタンだっていつかは告白して恋人になりたいだろうし、そうでなくとも誤解されたくないだろう。
そう。誤解だ。
問題の片想い相手が、俺とカタンを「仲良し」と認識してくれれば良い。
もし「男同士でデキてる」などと誤解してしまったら。それは目も当てられない状況だ。
しかし俺たちの赤い糸問題だってのっぴきならない重大事案。今のところ手を繋いで移動する以上の有効な対策がないのも事実。
「うぐぐ……すまんカタン……」
頭を抱える。
さっきの女魔術師が片想い相手なら、見る限り脈はある。こじれるようなこと言わなければ全然イケる。
いっそ恋人になって戻ってきてくれやしまいか……などと考えていた俺の希望は砕けた。
カタンは一人で俺のもとに戻ってきたのだ。
「待たせた。もう飯頼んだか?」
「カタンっ! さっきのコはどうしたんだよ!」
「どうしたって、何がだ」
「カノジョとか……片想いの相手とか……」
ちら、とギルマスの方を伺った俺の視線の意味に気づいたか、カタンは大きく嘆息した。
「どっちも違う。余計な話をしないでくれ、マスター」
「悪かったよ。でもカタン、おまえが長く片想いしてて、その相手が謎ってのはこのニブいコーマ以外みんな知ってることだぜ?」
ギルマスはバツの悪そうに、しかし開き直り気味だ。
カタンの恋の話は俺以外には有名だったのか。知らなかった。
「だからといって吹聴するようなことじゃないだろ……コーマ、俺のことは気にするな。俺たちが考えても悩んでも、どうしようもないことだ」
「……」
確かに、女神様直々の恩寵を俺たちがどうこうできないのは嫌というほど分かってる。
でも、それはカタンに不自由を平気で強いていいという理由にはならない。
「カタン……これが片付いたら俺、なんでも手伝うからな!」
「? あ、あぁ。頼りにしてる」
「おう!」
普段ならモテ男の恋路なんてどうでもいいんだけど、他ならぬカタンの恋路だ。俺にできることならなんでもやろう。誤解もとくし、お相手とカタンが仲を深められるよう尽力するのもやぶさかじゃない。
決意に拳を握りしめ、俺はそのままの勢いでカウンターの向こうへ昼食を二人分注文したのだった。
肉主体の食事を終え、いくつか依頼を受注したが、今日はそれ以上やることがなかった。
仕方がないので腕を鈍らせないため再び訓練場へ出向く。
俺は持ち武器の短剣と借り物の弓矢を構え射場へ立った。カタンは模造剣でカカシと向かい合う。
俺が矢筒の矢を打ち切り、的から引っこ抜く頃、隣を覗くとカタンには対戦相手がいて、お互い模擬武器で打ち合いをしていた。
「かっけー……近接武器は迫力あんなぁ」
剣士同士の立ち合いなんて見慣れたものだが、こうまじまじと眺める機会はなかったかもしれない。
相手は中堅クラスの魔法剣士だ。さすがに魔法を使われたらカタンでも分が悪いだろうが、純粋な剣の腕勝負なら彼が負けるはずがない。実際一進一退に見える戦況はわずかにカタンが押している。
魔法も搦手も使わない純粋な技巧勝負は、当然のようにカタンの勝利で終わった。
倒れ込んだ対戦相手に手を差し出し、そのまま握手して健闘を称え合う姿をぼんやり見る。
カタンはぶっきらぼうな男と思われがちだが、実は人望に厚く仲間思いで人気がある。
女どもに言わせれば、無口は冷静、無表情は知性と変換されるらしい。
派手な女遊びはしない、恋人の噂は聞かない、片想いの相手云々という話があるくらいだから一夜以上の決まったお相手はいないのだろう。
あの男が恋煩いをしているなんて冗談みたいな話だ。
変化の少ないあの顔で、言葉少ななあの声で、どんな相手に不器用な想いを告げるつもりだというのか。想像しようとしても無理すぎる。
そんな不埒なことを考えながら宿に帰ったせいだろう。
軽めの夕食を済ませ宿の施設で入浴し、さぁ寝るぞというときに俺は困った自体に陥った。
(あー……溜まってんなこれは)
覚えのある下腹部のモヤモヤ感。
朝から元気になっていることがあるのは当然気づいていた。しかしどうすることもできていない。
なぜならすぐ横にカタンが眠っているから。
ツインベッドでやや距離があるとはいえ、隣でソロプレイ始めたら誰だって気づく。感覚が鋭敏な冒険者なら寝ていても起きる。
長期間野宿の依頼なんかでもぶち当たる問題だが、そういうときは皆暗黙の了解として宿営地から離れて処理したり、町へ立ち寄ったときに娼館へ行くなどそれぞれに管理する。そうでなくとも依頼の最中は神経が尖ってそれどころじゃないことが多い。
しかし今は平時で平和で、だからといってこっそり娼館へ行くことはできない。
(仕方ない……トイレで抜くか)
寝息の深さからカタンは眠っているようだ。
糸にさえ気をつければ隣室のお手洗いくらいはお互い勝手に行く。俺はことさら音や気配に気をつけながら、なるべく素早く下半身の熱を処理することにした。
(しかしなぁ。急げと思って急げるものじゃないんだよな……)
下衣を寛げると、半勃ち未満の愚息が顔を出した。
この程度のことで呼ぶなという理不尽な感情が沸き起こる。
しかし溜めすぎは良くない。遅かれ早かれヤらなければならないことだ。
せめてできるだけ好みの肉感的な美女を妄想しながら終わらせたい────そう考えて思い浮かんだのは、今日ギルドで会った女魔術師だった。
(あー、エロかったなアレ。女魔術師ってのはなんで体の線がくっきりわかるローブを着たがるのかね)
特に腰のラインが衣服の上からでもわかるムチムチ加減でそそられる。
女魔術師はエロいが、同時にプライドが極めて高いので下心を持って近づいても黒焦げにされるだけだ。だがカタンには向こうから寄っていってた。
あの無骨な手が、あのエロい腰を力強く捕まえて、己の欲望を満たすために振る舞うのだろうか。
エロ魔術師がカタンの、意外と脱いだらすごい肉体に翻弄されるという妄想が浮かんで……自分でも驚くくらい、俺のムスコは急激に昂ぶった。
「っ、う……ッ」
便器に散る白濁を見下ろしてしばし呆然とする。
俺は今何を思い浮かべた。何で抜いた。
「よりによってあいつで……いや、いやいや」
これは違う。あの女魔術師だ。魔術師のローブがエロいせいだ。
だから仲間への不義理なんてしていない。
考えれば考えるほどドツボにハマってしまいそうな思考をすべて押し殺し、俺は素早く身支度を整えて再びベッドへ潜り込んだ。
今日のことは忘れよう、全体的に。
昼間とは真逆の決意を胸に秘め、俺の体は心と裏腹にすっきりした眠りに落ちていった。
歯ぎしりしながら二人を見送った俺は、内心気が気じゃなかった。
恋人がいるよりも、長年片想いの相手がいるという状況の方がヤバいことに、聡い俺はとうに気づいているのである。
「なぁギルマス……俺がカタンとくっついてるのってマズいよな?」
「そもそもなんでおまえら二人がそうなったのかまず説明してほしいんだけどな」
厳ついギルドマスターの質問は無視して考え込む。
カタンに、すでに恋が成就した両想いの恋人がいた場合なら問題はない。
俺とカタンが誠心誠意その恋人に事態を説明し、少しの間カタンを借りると言えばいいだけ。
しかし片想いの相手となると事態は深刻になる。
相手は少なくとも、カタンから見れば、カタンに恋愛感情を抱いていないのだ。
そして、今後恋人になる可能性を秘めている。カタンだっていつかは告白して恋人になりたいだろうし、そうでなくとも誤解されたくないだろう。
そう。誤解だ。
問題の片想い相手が、俺とカタンを「仲良し」と認識してくれれば良い。
もし「男同士でデキてる」などと誤解してしまったら。それは目も当てられない状況だ。
しかし俺たちの赤い糸問題だってのっぴきならない重大事案。今のところ手を繋いで移動する以上の有効な対策がないのも事実。
「うぐぐ……すまんカタン……」
頭を抱える。
さっきの女魔術師が片想い相手なら、見る限り脈はある。こじれるようなこと言わなければ全然イケる。
いっそ恋人になって戻ってきてくれやしまいか……などと考えていた俺の希望は砕けた。
カタンは一人で俺のもとに戻ってきたのだ。
「待たせた。もう飯頼んだか?」
「カタンっ! さっきのコはどうしたんだよ!」
「どうしたって、何がだ」
「カノジョとか……片想いの相手とか……」
ちら、とギルマスの方を伺った俺の視線の意味に気づいたか、カタンは大きく嘆息した。
「どっちも違う。余計な話をしないでくれ、マスター」
「悪かったよ。でもカタン、おまえが長く片想いしてて、その相手が謎ってのはこのニブいコーマ以外みんな知ってることだぜ?」
ギルマスはバツの悪そうに、しかし開き直り気味だ。
カタンの恋の話は俺以外には有名だったのか。知らなかった。
「だからといって吹聴するようなことじゃないだろ……コーマ、俺のことは気にするな。俺たちが考えても悩んでも、どうしようもないことだ」
「……」
確かに、女神様直々の恩寵を俺たちがどうこうできないのは嫌というほど分かってる。
でも、それはカタンに不自由を平気で強いていいという理由にはならない。
「カタン……これが片付いたら俺、なんでも手伝うからな!」
「? あ、あぁ。頼りにしてる」
「おう!」
普段ならモテ男の恋路なんてどうでもいいんだけど、他ならぬカタンの恋路だ。俺にできることならなんでもやろう。誤解もとくし、お相手とカタンが仲を深められるよう尽力するのもやぶさかじゃない。
決意に拳を握りしめ、俺はそのままの勢いでカウンターの向こうへ昼食を二人分注文したのだった。
肉主体の食事を終え、いくつか依頼を受注したが、今日はそれ以上やることがなかった。
仕方がないので腕を鈍らせないため再び訓練場へ出向く。
俺は持ち武器の短剣と借り物の弓矢を構え射場へ立った。カタンは模造剣でカカシと向かい合う。
俺が矢筒の矢を打ち切り、的から引っこ抜く頃、隣を覗くとカタンには対戦相手がいて、お互い模擬武器で打ち合いをしていた。
「かっけー……近接武器は迫力あんなぁ」
剣士同士の立ち合いなんて見慣れたものだが、こうまじまじと眺める機会はなかったかもしれない。
相手は中堅クラスの魔法剣士だ。さすがに魔法を使われたらカタンでも分が悪いだろうが、純粋な剣の腕勝負なら彼が負けるはずがない。実際一進一退に見える戦況はわずかにカタンが押している。
魔法も搦手も使わない純粋な技巧勝負は、当然のようにカタンの勝利で終わった。
倒れ込んだ対戦相手に手を差し出し、そのまま握手して健闘を称え合う姿をぼんやり見る。
カタンはぶっきらぼうな男と思われがちだが、実は人望に厚く仲間思いで人気がある。
女どもに言わせれば、無口は冷静、無表情は知性と変換されるらしい。
派手な女遊びはしない、恋人の噂は聞かない、片想いの相手云々という話があるくらいだから一夜以上の決まったお相手はいないのだろう。
あの男が恋煩いをしているなんて冗談みたいな話だ。
変化の少ないあの顔で、言葉少ななあの声で、どんな相手に不器用な想いを告げるつもりだというのか。想像しようとしても無理すぎる。
そんな不埒なことを考えながら宿に帰ったせいだろう。
軽めの夕食を済ませ宿の施設で入浴し、さぁ寝るぞというときに俺は困った自体に陥った。
(あー……溜まってんなこれは)
覚えのある下腹部のモヤモヤ感。
朝から元気になっていることがあるのは当然気づいていた。しかしどうすることもできていない。
なぜならすぐ横にカタンが眠っているから。
ツインベッドでやや距離があるとはいえ、隣でソロプレイ始めたら誰だって気づく。感覚が鋭敏な冒険者なら寝ていても起きる。
長期間野宿の依頼なんかでもぶち当たる問題だが、そういうときは皆暗黙の了解として宿営地から離れて処理したり、町へ立ち寄ったときに娼館へ行くなどそれぞれに管理する。そうでなくとも依頼の最中は神経が尖ってそれどころじゃないことが多い。
しかし今は平時で平和で、だからといってこっそり娼館へ行くことはできない。
(仕方ない……トイレで抜くか)
寝息の深さからカタンは眠っているようだ。
糸にさえ気をつければ隣室のお手洗いくらいはお互い勝手に行く。俺はことさら音や気配に気をつけながら、なるべく素早く下半身の熱を処理することにした。
(しかしなぁ。急げと思って急げるものじゃないんだよな……)
下衣を寛げると、半勃ち未満の愚息が顔を出した。
この程度のことで呼ぶなという理不尽な感情が沸き起こる。
しかし溜めすぎは良くない。遅かれ早かれヤらなければならないことだ。
せめてできるだけ好みの肉感的な美女を妄想しながら終わらせたい────そう考えて思い浮かんだのは、今日ギルドで会った女魔術師だった。
(あー、エロかったなアレ。女魔術師ってのはなんで体の線がくっきりわかるローブを着たがるのかね)
特に腰のラインが衣服の上からでもわかるムチムチ加減でそそられる。
女魔術師はエロいが、同時にプライドが極めて高いので下心を持って近づいても黒焦げにされるだけだ。だがカタンには向こうから寄っていってた。
あの無骨な手が、あのエロい腰を力強く捕まえて、己の欲望を満たすために振る舞うのだろうか。
エロ魔術師がカタンの、意外と脱いだらすごい肉体に翻弄されるという妄想が浮かんで……自分でも驚くくらい、俺のムスコは急激に昂ぶった。
「っ、う……ッ」
便器に散る白濁を見下ろしてしばし呆然とする。
俺は今何を思い浮かべた。何で抜いた。
「よりによってあいつで……いや、いやいや」
これは違う。あの女魔術師だ。魔術師のローブがエロいせいだ。
だから仲間への不義理なんてしていない。
考えれば考えるほどドツボにハマってしまいそうな思考をすべて押し殺し、俺は素早く身支度を整えて再びベッドへ潜り込んだ。
今日のことは忘れよう、全体的に。
昼間とは真逆の決意を胸に秘め、俺の体は心と裏腹にすっきりした眠りに落ちていった。
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