運命の赤い糸(物理)

キザキ ケイ

文字の大きさ
7 / 16

07.ご相談

しおりを挟む
 冒険者カタン。
 職業は剣豪ソードマスター、メイン武器は鋼の直剣。その他短剣、刺突剣、半月刀など刃物の扱い全般に長けている。
 黒みがかった青の髪は耳のあたりで切りそろえられ、清潔感がある。
 髭は濃くないたちらしく、夕暮れを過ぎてもあまり生えてない。それなのに毎朝剃ってる。律儀なやつだ。
 意思の強そうな眉の下には、吸い込まれそうに深い闇色の瞳。
 すっと通った少し下向きの鼻に薄い唇。
 頬はシャープで、男らしい輪郭と筋張った首が鍛えた体を思わせる。

 このへんではありふれた灰色のくすんだ髪に、リスに喩えられる童顔小柄、ちょっと珍しいけど宝の持ち腐れと揶揄される黄の混じった茶の瞳の俺とは大違いの、いわゆる男前だ。

「なんだ、じっと見て」
「いや」

 改めて見るとカタンは俺よりいくらか背が高い。
 肩幅があって腰がしっかりしているので、横に並ぶと余計に俺が小さく見える。
 剣士なだけあって腕の筋肉は、俺のそれと比べるのもおこがましいほどムキムキだ。うっすらと血管が浮く実用筋肉は腹や腰にまでびっしりと張り付いていて、自分の体と見比べるまでもなく違いすぎてヘコむ。
 ちなみにその下のイチモツは……まぁ、いくら同時に浴場を使っていると言っても覗き込むのはマナー違反だしな。見なかったことにしよう。

 カタンは名の知れた剣士であるから、当然下半身も貧弱なわけがない。
 一日歩き通しでもすぐに戦えるよう、持久・瞬発に優れ、経験に裏打ちされた脚部は逞しく、足首はきゅっと細く締まっている。
 やはり俺よりいくらかデカい足は、たまにゲタという板とヒモしかない不思議な履物を突っ掛けていることがある。
 こう羅列するといかにも大柄ムキムキ戦士に思えるだろうが、随分と着痩せするのか普段はそれほど筋肉を感じない。立ち姿も洗練されていて、ついでに服も妙におしゃれだ。

「さっきから明らかに見てるよな? 何か用があるのか」
「何もない」

 声は低く、やや掠れている。
 前衛の戦士は声を張り上げて連携を取ることが多いので、こういった声質は珍しくない。この町のギルドマスターなんかしゃがれきってガラガラだし。
 しかしカタンの声を聞くチャンスはあまりない。
 おしゃべりな冒険者ってのも多くはないが、カタンは中でも寡黙な方だろう。
 とはいえ優れた冒険者である彼は、必要なら何十分だって話すし、考えや作戦などもしっかり提案してくれる。
 無駄話を好まないだけだ。俺と違って。
 誕生日は知らない。家族構成も。
 出身は北の方だと聞いた気がするがうろ覚えだ。
 つまり俺はカタンのことを、何も知らないに等しい。
 そんな男と同じ部屋で暮らしてもう半月になる。自分でもびっくりだ。

「糸、消えないな」

 小指に絡みついている糸をつんと引っ張る。
 目的が謎なら仕様も酷い女神様の恩寵は、今日も変わらずここにある。
 町の図書館や神殿の蔵書館などで調べたり、冒険者仲間から下町の怪しい占い師にまで色々聞き込みをしたが、収穫なし。
 女神様がもう一度夢に出てくれないか、そっちの方面でも情報を探したが確かなものは見つからなかった。
 進展がないまま、糸のある生活に俺たちが慣れただけで日々が過ぎていく。

「もうなんかずっとこのままなのかもしれないって思っちゃうな……」
「縁起でもないことを言うな。それより晩飯に行くぞ」

 ついに縁起物ですらなくなった女神様の恩寵。
 カタンもいい加減この状況をなんとかしたいだろうが、なんともできない。
 俺だってもどかしくはあるが、今は差し出された手を握り、食堂へ向かうために腰を上げることしかできない。
 歯痒いし、苛立つし、申し訳ない。
 そして申し訳ないと思うのは糸のことだけじゃなかった。

(マジで限界……)

 食事を終え、近頃は軽い依頼ばかりで気力体力十分、ついでに睡眠も足りていて日中眠くなることもない。
 そうなると気になってくるのが、性欲事情だ。
 あれから何度か一人で処理したが、それもそろそろ限界に近い。具体的には、かわいいお姉さんの嫋やかな手で扱いてもらいたい。
 しかしここは連れ込み禁止のおカタめの宿で、ではどこかに出向くかといえば糸とカタンの存在が邪魔をする。
 いや、カタンだって男なんだから溜まってるはずだし、同じ男なんだから理解もしてくれるだろう。
 じゃあ一緒に娼館行くか、というとそれは別問題なのだ。

(一途な片想い中の相手を娼館に誘うのは、ちょっと、デリカシーなさすぎだよなぁ……)

 ギルドの酒場にたむろするデリカシー皆無の野郎どもなら平気でやらかすんだろうが、俺はそこまで図太くない。
 それにカタンは誘ったところでついてこないだろう。なら娼館の前で待たせるか。あんなのが色街に突っ立ってたら絶対に娼婦に引きずり込まれる。では部屋の外で待たせるか。俺が女の子と金を払った分だけのイチャイチャを聞かせるってのか。
 どう転んでも気まずい展開にしかならない。
 だからこそ俺は、同じ男のカタンになぜか遠慮して我慢を続けているわけだ。
 しかしそれも限界、というわけで。

「……カタン。話がある」
「そんな深刻そうな顔して、何の話だ」

 カタンはどこまでも親切で、心配そうに応じてくれた。なんとも言えない罪悪感が沸き起こる。
 俺はもうやけくそな気分で「娼館に行きたい」と告げた。

「ショウカン? ……あぁ」

 ちらりと寄越された視線が妙に恥ずかしい。
 いや男たるもの、これは生理現象だ。恥ずかしくなんかない。

「この糸のせいでろくに出歩けないし、夜なんて特にそうだろ? そろそろ限界なんだよ」
「そうだったのか。気付かなくてすまない」
「いや謝ることじゃないけど……カタンはその、大丈夫なのか?」

 適切な問いが浮かばなくて、なんとも腰の引けた聞き方をしてしまった。
 俺が自由にムスコを慰めることができていないのならそれはカタンも同じはずだ。しかし彼は四六時中涼しい顔で、性欲なんてなさそうにすら見える。
 再びちらりと確かめるような視線が寄越され、すぐに逸れた。

「俺だって平気じゃない。……と言ったら、どうする」
「えっ、どうするって」

 まさかの回答に俺は固まる。
 そりゃそうだ、カタンも溜まってるはずだ。顔に全然出ないタイプなんだな。
 ならば二人で仲良く夜の町へ繰り出すか……とすぐには言えない。
 なぜなら相手はカタンなのだ。
 酒場で意気投合した男どもと団体様で町に出るのとはわけが違う。
 一緒の娼館に入るのは気が引けすぎるし、よしんば同じ場所で妥協したとして互いの部屋はどうするのかとか、色々激しい動きをするとなったら糸が危険だとか考えて、最終的に俺の頭に残ったのはたった一つの選択肢だった。
 女一人、男二人。
 婀娜な衣を纏う見目麗しい娼婦が、ベッドの上で身をくねらせる。彼女を昂ぶらせているのはよく知る男で、思わず感嘆するほどきれいな筋肉のついた背中が力強く女の体を揺さぶる。俺はそれをすぐ近くで見ている────。

「ッ……!」

 いや、いやいや。何考えてんだ俺。
 カタンと3Pはさすがにない。そこまでこいつと打ち解けてないし向こうも嫌だろう。そして妙にリアルな想像をするんじゃない俺。
 慌てて淫靡な妄想を振り払ったが、俺の体は今極度の欲求不満状態で、現実の女体がなくても抜けるくらいに切羽詰まってて、そんな状況でいやらしい場面なんか想像したら。

「なるほど、限界というのは本当らしいな」
「ぅ、わぁ!」

 変に感心したように言うカタンから慌てて下半身を隠す。
 そりゃ当然反応しちゃうよねという気持ちと、今反応しちゃわなくてもいいだろ、という理不尽な気持ちの板挟み。
 俺はとにかく恥ずかしくてベッドにひっくり返ることしかできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

炎の精霊王の愛に満ちて

陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。 悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。 ミヤは答えた。「俺を、愛して」 小説家になろうにも掲載中です。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

クリスマスには✖✖✖のプレゼントを♡

濃子
BL
ぼくの初恋はいつまでたっても終わらないーー。 瀬戸実律(みのり)、大学1年生の冬……。ぼくにはずっと恋をしているひとがいる。そのひとは、生まれたときから家が隣りで、家族ぐるみの付き合いをしてきた4つ年上の成瀬景(けい)君。 景君や家族を失望させたくないから、ぼくの気持ちは隠しておくって決めている……。 でも、ある日、ぼくの気持ちが景君の弟の光(ひかる)にバレてしまって、黙っている代わりに、光がある条件をだしてきたんだーー。 ※※✖✖✖には何が入るのかーー?季節に合うようなしっとりしたお話が書きたかったのですが、どうでしょうか?感想をいただけたら、超うれしいです。 ※挿絵にAI画像を使用していますが、あくまでイメージです。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

処理中です...