運命の赤い糸(物理)

キザキ ケイ

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08.変化

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 カタンの顔なんて見られない。
 彼にしてみれば、いきなり娼館に行きたいと誘われた(?)上に、限界過ぎて目の前で勃起した冒険者仲間と同じ部屋……というとてつもなく気まずい一瞬だ。
 そして俺にしてみれば、前回の自慰と同様、仲間が女を抱くところを想像して勃ってしまうという憤死ものの状態。
 どっちにしろ生き地獄だ。

「ご、ごめ……とりあえず片付けてくる、から」

 ベッドに寝転がっていても下腹の膨らみは沈静化しそうになく、猛烈な羞恥に襲われながら身を起こす。
 しかしその動作は、途中までしかできなかった。
 なぜかカタンが俺のベッドに乗って、俺の上にいる。

「つらいだろ。抜いてやるよ」
「……え? は、ぁ?」

 カタンの顔を見る余裕はなかった。素早く下の服だけ引っ剥がされてそれどころじゃなくなる。

「えっ何? どういうこと?」
「娼館に行きたいくらいつらいんだろ。他人の手って意味なら、俺のを貸してやる」
「いや全然意味ちが……えっマジでやんの!? おま、俺は男だぞ! ついてんだぞ!?」
「そんなことはわかってる」

 わかっているのになぜ脱がすのか。半勃ちの俺がカタンにご挨拶している。
 これはどういう状況なのか。いや見えてはいるんだが脳が理解を拒絶している。
 ポカンとしてろくな抵抗をしなかったせいか、カタンは迷いなく俺のソレに触れてきた。

「ぎゃっ!」
「色気ない声出すな」
「え、えぇ……? 嘘だろおい、っう、っ……」

 俺より大きな手が敏感な表皮を握り込んで上下している。
 同じ男だから気持ち良く感じるところはおおよそわかっているんだろう、カタンの手技は的確だった。
 思わずうめき声が出そうになり、慌てて声を飲み込む。
 それでも下半身の反応は顕著で、すぐに濡れた音がし始めた。なに先走っちゃってんの俺、相手はカタンだぞ。

「ちょ、やばいって、これ」
「気持ちいいって意味か」
「ちが、ちが……ッ、ぅ、マジでやば、あっ」
「出していいぞ」

 ちょっと大柄だけど可愛い子に襲われ「出していいよ♡」なんて言われながら扱かれる……夢みたいなシチュエーションなのに、性別が違うというただ一点のみで目の前の状況が悪夢に変わる。
 中でも一番最悪なのが、男にされているというのにめちゃくちゃ気持ちがいいと感じている俺だ。
 いやちょっと待って、このままじゃ本当に男に、カタンにイかされてしまう。

「っカタン、頼むから離れ……っ」
「強情だな。ほら」
「ひ! あぁっ」

 どろどろの先端をぐりっと指先で刺激され、俺は呆気なく射精してしまった。
 解放感なんて一瞬しかなかった。あとから襲い来るのは羞恥、後悔、それと憤り。

「なにしてんだよあんたは……!」

 慌ててカタンの汚れた手を拭う。ついでに自分の股も拭いて衣服をずり上げ、手洗い場へ急いだ。
 汚れた布巾を洗いながら、ずっしりと重くなる気分が動きまで鈍くする。
 娼館に行きたいなんて言わなきゃよかった。
 この糸がどうにかなるまで我慢すればよかったんだ。そうすればこんなことには。
 戻りたくない気持ちを無理やり抑え込み、なるべく表情を殺して自室へ帰る。
 カタンは自分のベッドに座っていた。先程までの妖しい雰囲気など微塵も感じさせない。
 なかったことにしよう。うん、それがいい。
 即座にそう判断した俺を引き止めたのはまたもやカタンだった。

「すまん。無理強いした」
「えっ」

 確かに無理やりだったとは思う。しかしなんだかそう言われると、かよわい乙女が手籠めにされたかのようなニュアンスが出てしまう。

「いや別に……男同士だし、別に……」
「だがコーマは嫌がっていた。無理強いしたのは事実だ」
「平気だってば、女じゃあるまいし。それに気持ち良かった、し……」

 気恥ずかしくてべらべら喋ってしまい、うっかり口が滑った。
 カタンと目が合う。視線が、絡め取られる。

「気持ち良かったのか、そうか」
「~~っ! うっせぇ復唱すんな! あんなんされたら誰だって気持ち良くなるだろ!」
「なら、しばらくは俺がしよう」
「えっ」
「コーマには悪いと思っているが、やはり娼館に行くのは危険だ。必然的に離れてしまうし、糸に注意を払っていられなくなるかもしれない。そうなったら被害を被るのは娼婦や下働きたちだ。他の客ともトラブルになるかもしれない」
「う……そ、そうなんだが、」
「この宿は連れ込み禁止だし、一人でするのがつらいならこの方法しかないだろう。コーマが嫌ならやめるつもりだったが、平気なんだな?」
「……」

 平気だと言ってしまった手前否定することもできず、俺は結局カタンの提案を受け入れざるを得なかった。
 つまり、溜まったらカタンに抜いてもらう、ということを。

「いやいやそうなるか? そうなるもんなのか?」
「どうしたのコーマ。何か悩み事?」
「うぅ……バイアスぅ……」

 衝撃の一夜が明け、俺たちは再びギルドへ来ていた。
 朝イチでこなした採集依頼の達成報告だ。
 採集の依頼は植物や鉱物、木材なら俺が鑑定の資格を修めている。カタンに荷物持ちをしてもらい、二人分として大量の薬草を採取した。
 薬草は葉脈の形を確かめながら、根ごと抜いて絶やしてしまわないようそれなりに神経を使いながら収集していく。故に実入りが少ない割にそこそこ疲れるので、俺は先に昼食を待ちながら休憩させてもらっている。
 カタンはカウンターでギルド職員の確認待ちだ。
 糸は念のため誰かが引っかかっても足を掬わない程度にたるませて余裕を持たせている。いちいち気を使わなきゃいけなくて本当に面倒です女神様。

「前に言ってた女神様の恩寵、まだあるんだ」

 カタンとくっついているからだろう、バイアスは声を潜めながら確信を持っている。
 同じく昼食をとりに来たバイアスと相席し、挨拶して早々、糸の話になった。元神官である彼も気になっていたらしい。

「幸い俺たちも他人も怪我する事態には陥ってないが、正直時間の問題だな。この糸、意図的に何かに引っ掛けたときは短くならないってわかったんだ」
「へぇ、本当に興味深い恩寵だね」
「面白がるなよ。本当に迷惑してるんだ」
「ごめんごめん」

 昨日、糸を部屋の壁のフックに引っ掛け物干しロープのように渡し、そこへ雑巾を干してやった。腹いせだ。この糸のせいで不自由ばかり強いられている。
 糸は伸び縮みしないまま物干しロープとして収まり、朝までそのままだった。
 徐々に新たな仕様が判明していくが、なんの慰めにもならない。俺たちはこの糸に消えてほしいのだ。
 しかし肝心の糸は壊せないし、施主の女神様には会えないし、俺はカタンに辱めを受け、今後もその状況が続くと確定している。

「はぁーー……」
「おつかれさま、コーマ」

 バイアスの肉厚な手が俺の肩を優しく叩く。
 筋肉もりもりで大柄の大槌使いであるバイアスだが、顔立ちは穏やかで性格は柔和で気遣いができる良いやつだ。

「バイアスだったら良かったなぁ」
「何が?」
「糸で繋がる相手」
「……それは……」

 微妙な顔をされて始めて、なんだか誤解を受けそうな言い方をしていることに気づいた。

「あ、いやそういう意味じゃなくて!」
「わかってるよ。大変だね」
「うぅ……おまえこそが女神様だバイアス……」

 分厚く逞しいバイアスの胸にしがみついて鳴き真似をすると、頭を撫でられた。
 まるきり子ども扱いだが、誰かに慰めてもらわないとやってられない。
 バイアスが相手だったら、初めから一緒に娼館へ行く選択肢などないし、つらくともお互い便所で処理する流れだっただろう。カタン相手だからこそ間違えたと言えるし、相手がカタンだからこそ気まずい。
 男も羨む男前で、一途に好きな相手のいる真っ直ぐなやつで、そんな彼に同性の性欲処理をさせてしまった。
 しかもしばらくは引き続き同室暮らしで、なぜか今後もカタンに処理をお願いすることになって。

「はぁ……なんなんだよ……俺なんか悪いことでもしたか?」
「何言ってるのコーマ。罪人には女神様の慈悲は施されることがあっても、恩寵が与えられることはないよ」
「わかってる。でも、なぁ……」

 こうなるともう罰としか思えないんだ。
 女神様と夢で会った時、理由を聞かなかったことを俺はずっと悔いていた。
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