運命の赤い糸(物理)

キザキ ケイ

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後日譚 後編

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「疲れてんじゃ、ないのかよ」
「平気だ。それよりシたい」
「……ん」

 そんなに真っ直ぐ言われたんじゃ、拒むものも拒めない。
 キスはどんどん深くなり、愛撫はだんだんと大胆になり、俺は隠すこともできずどこもかしこも視姦されて、それが全然嫌じゃない。
 尻の奥を探られることにももう慣れてしまって、それをされるから風呂で入念に洗っていることまで知られたらさすがに羞恥で死ぬかもしれないけど。

「あっ、あっ……カタン、ん……」
「コーマ」

 キスができるからと、いつだって俺たちは正常位だ。
 何度も口づけられ、時折胸や腹にまで唇をつけられ、吸われ、甘咬みされて鳴いてしまう。そうするとまた口を塞がれる。
 熱心に後孔をいじるカタンを見つめて、俺はぼうっと考えた。
 指だけでこんなに気持ちいいのなら、カタンの下腹で主張しているあの大きなものを入れたら、どうなってしまうんだろう────。

 その瞬間、生じた違和感に俺はびくんと体を震わせた。

「ま、待てカタン。一旦止まれ」
「……どうした」
「ちょ、ちょっとマジで止まって。指抜いて。……ちょっと外す」

 いくらニブくて情緒のない俺でも、さすがにこんなに唐突に行為をやめさせたことはない。
 疑問と、途中でお預けされた不満が綯い交ぜになって変な顔をしているカタンを置いて、俺は浴室に飛び込んだ。
 よろよろと崩れるように床に膝をつき、しばし考える。

 詳細は省くが……尻がヤバい気がしたのだ。
 なんというか、限界まで腹を下したときのようなというか、旅先で変なものを食べたときのヤバい感じというか。
 しかし思っていたような痛みや異臭はなく、俺は腹をさすり、汚れのない床を見て、そして最後には恐る恐る尻の穴へ触れてみた。
 ぬるり。

「う……なんだ、これ」

 尻が濡れている。
 ものすごく嫌だったが、指先に付着したものを鼻へと近づける。無臭だ。いや、カタンが普段俺の尻穴に使っている潤滑油(高級娼館御用達)の花みたいな匂いはする。
 人体の様々な臓器を経由して尻から出る液体が、無臭ということはあるのだろうか。
 そこまで考えて、まるで天啓のように俺の頭に閃いたのは……美しい金色の髪を持つ女の顔だった。

「いやまさかな……?」

 結局その晩はそれ以上のことはせず、変な顔のままのカタンと並んで寝た。
 そして次の日、俺は朝イチから肩を怒らせて町を横切った。
 向かうは神殿だ。
 神殿の蔵書館には様々な書物が収められていて、中には王族や神官たちが女神様から賜ったという「恩寵」や「加護」が克明に記された本があると、以前バイアスが教えてくれたことがあった。
  「赤い糸」のときにも目を通したが、役に立たなかったその蔵書の内容が、今になって急に、鮮明に思い出されたのだ。

「…………なるほど」

 恐ろしいことから恥ずかしいことまで隠さず書かれているその本を、辞書片手にめくった俺は、再び肩を怒らせて町を縦断した。
 目指すは人気のない場所。町に面した草原と森の間あたりだ。
 そして空に向かって叫ぶ。

「女神様のばかやろーっ! 俺の体で遊ぶなーっ!!」

 書物には、何度かある先例としてはっきりと記載されていた。
 同性の伴侶を持った王族に与えられた「加護」。
 つまり……女なら、同性の伴侶を喜ばせるようなナニが生え、男なら……同性の伴侶とのまぐわいをやりやすくするために、尻が濡れる。
 本気で何考えてんだあの駄女神。いやエロ女神。

「体で遊ぶってなんだ」
「あ」

 頭が怒りで支配されていたせいで、後ろをついてきていた男に気づけていなかった。
 俺がいきなり叫びだして目を丸くしているカタンに腕を取られ、じっと見つめられる。説明しなきゃ離してもらえない雰囲気だ。

「あー……とりあえず、家帰ろう」

 こんなところで俺の尻事情なんて話したくない。その一心でカタンの腕に触れたら、逆に手を取られ帰り道を引きずられていく。
 手を繋ぐ、というよりは手を引かれているだけだが、「糸」があった時のことを思い出して少し懐かしかった。
 家に帰り着き、リビングで向き合う。

「さぁ話せ。今度はなんだ」
「今度っていうか……『糸』がなくなった時に女神様が俺に『加護』をくれるって言ってたろ。アレの内容がわかった」
「そうか。……だが良くない内容だったんだな」
「うん……」

 心理的抵抗感甚だしかったが、俺はなんとか心を無にして「加護」の内容を話した。
 難しい顔で眉を寄せ聞いていたカタンは、徐々になんとも言えない微妙な表情になっていった。

「それはまた、なんと言えばいいか」
「いや最悪だろ……『加護』っていうからもっとなんかこう、すごいのを想像してたのに。なんだよ尻が濡れるって」
「確かに、普通に生活していていきなり発動したら困るな。条件はわかっているのか?」
「んー、昨日初めて気づいたしなぁ」

 カタンは昨夜のことを思い出そうと首をひねっている。特別なことはしなかったと思う。
 ただ帰ってきたカタンと抱き合って、キスをしながら尻をいじくられていただけだ。
 ……じゅうぶん特殊な一夜だが、俺たちにとっては日常なので大目に見てほしい。

「話はわかった。おそらくだが『糸』の時と同様、コーマが嫌がっても『加護』が撤去されるのはしばらく先になるだろうな」
「うへぇ」
「なら対策を考えるべきだ。どんな時、どんな状況で『加護』が発動するのか。とりあえず、昨晩の状況を再現してみよう」
「……おう」

 こいつヤりたいだけじゃね? と一瞬過ったが、昨日は途中でお預けさせたという負い目があったので俺は素直に従った。
 ベッドへ上がり、昨日と同じ、いやそれ以上に触れ合いながら尻に指を突っ込まれる。
 相変わらず気持ちいいが、それだけだった。尻に異常はない。

「特に問題なかったな」
「ん……」

 二度ほど射精して、ぼうっとしながら頷く。
 カタンは一度しか出していないせいか妙に冷静だ。

「もしかすると、コーマの思考や想いに連動して発動するのかもしれない。昨日、何かいつもと違うことを考えなかったか?」
「きのー……昨日は、カタンの依頼の話聞いて、手紙読んで、それから……」

 ────指だけでこんなに気持ちいいのなら────

「あ」

 もしかしたらそうかもしれない。それがトリガーなのか。
 だとしたら、それをこいつに話すのは、恥ずかしいが過ぎる。
 シーツが乱れるほど暴れたせいでぶっ飛んでいたクッションを引き寄せ、顔を覆う。今絶対顔赤くなってる。そんなのを見られたら、条件の推測がついたのかと問い詰められる。
 だがカタンは俺の不可思議な行為を当然のように咎め、クッションを取り上げ顔を覗き込んできた。

「何か思いついたのか」
「うっ……」
「言いにくいことか?」
「言いにくい!」
「そうか。言え」

 なんて酷い男だこいつは。
 顔を隠すものはないし、両腕を頭の上で拘束されてしまったこの状況、もはや逃げ道なし。覚悟を決め、俺はぼそぼそと呟いた。

「おまえの……を、いれたら、どうなっちゃうんだろうって……想像、した」

 そのせいかもしれない、と言いかけた言葉が奪われる。
 いつもの優しい口づけじゃない、荒々しいキスに俺は目を白黒させた。

「それは反則だぞコーマ。今すぐ望み通りにしてやる。だから頷け、良いと言え」
「待て待てっ、俺はただ好奇心でそう思っただけで決して他意は、」
「黙れ」
「んぅ~~っ」

 言えと黙れとどっちに従えば良いんだ。いつもは冷静沈着なカタンが珍しく焦っている。いや、極度の興奮で我を忘れてるっぽい。
 なんせ俺はついさっきまでヤることヤってた格好のままで、大事な場所が何一つ隠せない全裸で。同じ格好のカタンがどれほど興奮しているかも見えてしまうような状況で。

「コーマ、好きだ。返事なんていつでもいい今はただ頷いてくれ」
「うっ……」
「頼む、無理にしたくない」

 そんな脅しみたいなやり方ではどっちにしろ無理やりだろ、と頭の片隅では思うのに。
 気づくと俺は、こくりと頷いていた。
 その瞬間、どぷっ、と後ろから溢れるものを感じ、背筋がざわざわっと逆立つ。

「ひっ……」
「大丈夫、これは『加護』だ。……俺を受け入れてくれるんだな。ありがとう、コーマ」
「ッあ、あぁ……っ!」

 尻穴が裂けるかと錯覚するほどの物量だった。
 指と比べものにならない太さと大きさが、潤滑剤と指と「女神の加護」で綻び潤みきった後孔へ押し込まれる。
 こんなん無理と思ったのに、毎日拡張され続けた俺の尻穴は意外な伸張性を見せ、痛むことも切れることもなくカタンを受け入れた。受け入れてしまった。

「はぁ……っ、ふぅ、う……っ」
「すまないコーマ、急ぎすぎた。大丈夫か」
「だいじょぶ、じゃ、ない……腹、くるし……カタンおまえ、デカすぎ……」
「すまない……」

 本当に申し訳なさそうに眉を下げ、機嫌を取るように顔中口づけられる。
 自分より縦幅も横幅もある大の男が、小柄で力比べも負ける俺を無理やり奪うでもなく、きちんと意思確認して機嫌を伺って、なんて、おかしな感じだ。
 無表情で、強くて頼もしいけどとっつきにくい男だと思っていた数ヶ月前が幻のよう。

「おまえは嫌かもしれないが、繋がれて嬉しい。愛してる、コーマ……」

 様々な要因でやや青ざめた俺の頬や額にカタンの唇が何度も触れる。
 こいつだって汗だくで、余裕なんてなさそうなのに、俺のために無理しているのかと思うと少しだけ気分がマシになった。

「なぁ……カタンは、気持ち悪くないか?」
「何がだ」
「だってさ、男なのに、女みたいに濡れるなんて……俺、女神様の仕業だってわかってても、」
「思わない。思うわけないだろ?」

 ベッドに横たわった体を持ち上げるように強く抱きしめられて腰が浮く。

「コーマは強い冒険者だ。望まない相手とこんなことはしない。嫌だと思えば殴って逃げられる。だが相手が俺なら、明け渡してもいいと思ってくれているんだろう。その気持ちが形になっただけだ」
「でも……」
「女神なんて、『加護』なんて関係ない。それより、初めておまえを心置きなく愛せるんだ。ひたらせてくれ」
「あ、あい……って」

 こういう時だけは言葉を惜しまないなんて、卑怯だ。反則だ。
 こんな男に真っ直ぐすぎる愛情を向けられて、拒絶できるわけがない。
 カタンになら体を開いてもいいって、思わないわけがない。
 俺の心に連動して、腹が蠢き『加護』が溢れ出るのがわかってしまう。
 カタンも限界だったのだろう、やがて律動が始まった。

「愛してる、コーマ、愛してる……」
「あ、あっ、カタン、カタンっ」
「コーマ、一緒に」

 後孔だけのぞわぞわとした快感に添わせるように前を扱かれて、俺はカタンをぎゅっと食い締めながら絶頂を迎えた。
 腰が勝手にがくがく震えて、目の前が白く染まる。
 その一瞬の景色の向こうで、いつかのように金色の髪の女神が何度も頭を下げている姿を見た、ような気がした。



 その後、はた迷惑な女神様の加護は少しずつ減っていって、いつしか出なくなった。
 いつか外で暴発するんじゃないかと毎日気が気じゃなかったから、ひと月ほどで消えてくれてホッとした。
 それにしても俺という庶民は、つくづく女神様とご縁がないらしい。恩寵も加護も、全くありがたがることができなかったのだから。

「女神様が接触するのが王族や神官だけってのは、そのへんの事情もあるのかねぇ」
「そうかもしれない。俺たちのような平民では、女神の贈り物などもらったところで持て余すだけなのだろうな」
「だなぁ……」

 あのとき結局何ももらわなかったカタンは余裕の構えだ。
  「恩寵」のときと違い、今回は俺だけが焦らされたので不公平を感じる。

「俺はあの『加護』はそのままで良かったと思っているが」
「はぁ!?」

 カタンの爆弾発言に俺は目を剥いた。
 さっきは俺の意見に同意していたのに、どういうことだ。

「コーマには悪いが、俺は嬉しかった。おまえは気持ちを言葉にしてくれないから、体で表現してくれているようで」
「な……き、気持ちなんて、別に」
「俺はなるべく言葉を尽くしているのに、不公平だろう。その点あの『加護』は良かった。コーマも乗り気だと、今すぐ挿れてほしいと思っていることがすぐにわかったからな」
「い、挿れ……そんなこと思ってない!」

 どうやらカタンは全く別の方面に不公平を感じていたらしい。
 それにしてもこいつ、こういうときだけべらべら喋るのはなんなんだ。少しは恥じらいというものを持ってほしい。
 俺は全然挿れてほしい(小声)なんて思ってないのに、勝手に尻が濡れているというだけで、それを曲解されて流されまくっていたこの一ヶ月。カタンはすっかり恋人ヅラしているし、俺ももう諦め始めていた。
 このまま二人で、冒険者として寿命が来るまで一緒にいてもいいのではないか、と。
 だが「加護」については決定的な見解の相違があるようだ。

「そうか、わかった。つまり『加護』がなくなって尻が濡れない今の俺はもう用無しってことだな」
「そんなことは言ってない」
「カタンはあの迷惑『加護』が良かったんだろ! いっそ女神様とでも付き合ってろ!」
「なんでそうなる! 俺はおまえしか欲しくない」
「急に真顔で恥ずかしいことを言うな!!」

 ぎゃあぎゃあと言い争っても、ここは壁の薄い宿屋じゃないので俺たちを止めるものはない。
 痺れを切らしたカタンが俺の唇に噛みついて口喧嘩が終わるまで、あと少し。

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