運命の赤い糸(物理)

キザキ ケイ

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後日譚 前編

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 「女神の加護」。
 それは「恩寵」に比べればささやかで、目立たないものらしい。
 しかし「加護」を受けるものはごく限られており、ほとんどは女神様から直接お言葉を賜ると共に授かる。
 だから「加護」は「恩寵」と同じくらい尊いものとして、等しく女神様の御業と崇められている。

 そんな尊ばれるべきものを続けざまに二つも手に入れた俺、冒険者コーマ。
 今、空に向かって叫んでます。

「女神様のばかやろーっ!」




 ことの起こりは、俺が女神様から直々に「未完成の恩寵」の実験体に選ばれたことからだった。
 女神様からもらった「運命の赤い糸(正式名称)」は、同じ冒険者仲間のカタンと繋がっていた。糸は童話に書かれている通り、運命の相手同士を繋ぎ、あわよくば良縁と成そうという、方針自体は崇高で良いものだったのだが……俺たちはアレのせいでだいぶ酷い目に遭った。
 慌てた女神様は、俺が冒険者生命を自ら絶とうとする直前に糸を回収した。
 その後糸の縛りはなくなって、女神様直々に謝罪されたりして、事態はなんとか丸く収まったのだが。
 最後まで「女神様を簡単に許すことはできない」と憤っていたカタンでなくとも、俺ですら、女神様にはもうちょっとだけ考えてほしいと思う点がある。

 ひとつは、あの「恩寵」の全体的な在り方について。これは言わずもがな。
 もうひとつは、糸で繋いだ者たちの「その後」について。

「……ッ、コーマ……」

 熱い吐息を耳に注ぎ込むようにきつく抱き込まれ、さまざまな感情が内包された声で名前を呼ばれて。

「あ、ぁっ……」

 おまけに下肢の敏感な場所を二箇所も責められたら、俺はもう全面降伏するしかない。元凶である目の前の男の肩にすがりついて、情けない声を漏らすしかない。
 びくびくっと体が震えて、荒い呼吸だけが残る。
 全身だるいが、なんとか体を動かして見ると、腹に二人分の白濁が溜まっていた。
 シーツはぐしゃぐしゃ、二人ともドロドロ、その上俺は前も後ろも妙にじんじんと疼いて、出したばかりだというのにどうも落ち着かない。
 そう、後ろ。
 俺はまだ明確にカタンの告白に返事をしていないにも関わらず、日々着々と、カタンという男を受け入れさせられるために尻の穴を開発されているのだった。

 女神様はご自身の信念だか出歯亀精神だかで、人間同士を「恩寵」でくっつければいいだけだが、人間の方には「くっついたその後」がある。
 恐らくあの騒動は、長く不毛な片想いをしていたカタンを女神様がどうにかしようと焦った結果だったんじゃないかと俺は思っている(そういう推測を口に出すとカタンがマジギレしそうなので言わない)が、女神様の思惑通り俺がほだされたその後、どうなるかと言えば。
 飢えに飢えた獣に大好物を与えるようなことをすればどうなるかと言えば。
 そりゃもう……毎日毎日……なのである。

「いや俺はオッケーしてないんだよ。あいつはまだ片想い状態継続中のはずなの。それなのにいつの間にか俺陥落間際みたいになってんの。おかしくね?」
「うーん……その前に、この話私にしても大丈夫なのか?」
「だいじょぶ。バイアスだし」

 大規模討伐で負傷したバイアスは、俺たちの誰よりも傷が深く、つい最近まで治療院にいた。
 その後なんとか退院して、以前の俺たちのように簡単で軽い依頼を受けながらリハビリし、討伐依頼に復帰したのが今日のこと。
 めでたい復帰祝いにと、俺が昼メシを奢ってやっているところだ。
 ちなみにカタンはいない。知り合いの冒険者パーティに指名で呼ばれ、断りきれずに隣町の地下洞窟へ討伐に出かけている。

「だから率直な意見を聞かせてくれよ。こういうなぁなぁなのってどう思う?」
「えーと、なんて言ったらいいか……」
「俺とおまえの仲だろ? 言葉選んでないで、率直に! 頼むよ」

 心優しき巨漢の魔術師は苦笑いで言葉を濁そうとしたが、俺はそれを許さなかった。
 ずいと顔を寄せ、肩で太い二の腕を軽く小突くと、バイアスは観念したように口を開く。

「今まで冒険者仲間としてコーマとカタンを見てきて、最近の二人の様子も見た上で、これは私の個人的な考えなんだが」
「うんうん」
「カタンはもう片想いではないと思う」
「えっ」
「おっと、呼ばれてしまった。ではまたな、コーマ。快気祝いをありがとう」

 ギルドカウンターへ呼ばれて去っていくバイアスを見送る。
 なんだよ、さっきの意味深な言葉は。くそ、ほくほく顔で依頼達成料もらいやがって。
 結局愚痴を吐いても相談をしても解決しなかったモヤモヤを抱えたまま、仕方なく帰路につく。

  「糸」がなくなってから、俺たちはいくつか宿を移動したが、どうにもしっくりくるところがなかった。
 宿賃が高かったり、カタンが難色を示したり。
 雰囲気のいい宿を見つけても、空き巣が入って大騒ぎになったりと、どうにも上手く行かなくて、苦肉の策としてギルドに相談した。
 そうしたら今の家を紹介された。……そう、家だ。
 俺たちは今一緒に住んでいる。
 両隣のご近所さんには、カップルだと認識されている……。

「くそ、あのときのギルマスの顔、何度思い出してもイラつく」

 ギルドが管理している物件が空いているので安く貸してやってもいい、その代わりおまえらがどうなったのか最初からしゃべっていけ、と満面の笑みでほざいていたギルドマスターのニヤけたツラを慌てて頭から追い出す。
 俺は妙にその話題を避けるし、無口なカタンはしゃべるわけないし、でもいつの間にか以前よりさらに距離の近くなった俺たちのことを、あのオヤジはずっと気にしていたらしい。下世話な意味で。つくづく最悪なエロジジイだ。
 だが毎月の賃料を二割も引いてくれるという交換条件を突っぱねることができず、俺はなるべく簡潔に話した。
 案の定「女神の恩寵」「運命の赤い糸(正式名称)」のくだりからポカンとされてしまったが、嘘もごまかしもない。

「はぁ……」

 ごろんとベッドに横たわる。
 冒険者としての稼ぎで家を持つというのは、一種のあこがれだ。それがこんな形で叶うとは思っていなかった。
 家賃は折半なので、宿に泊まり続けるよりずっと安く抑えられていてありがたい。なにより「家がある」という安心感は、金で買えない価値があると知った。
 さらりとした肌触りのシーツは上等な織物で、カタンが選んだものだ。
 一台しかないベッドの寝具はこだわりたいと言って。
 シミ一つないこの白い布を、俺は何度もきつく握りしめて、声を殺すことに必死になった。

「……やめやめ。昼寝でもすっか」

 真っ昼間から変なことを思い出しそうになり、無駄に寝返りをうってみたりしながら、俺はしばしの間陽光であたためられた部屋で微睡んだ。
 ────物音がして目を覚ます。
 視線を巡らせると、窓の外は夕暮れはじめていた。
 がさごそという音と、ドアを開けていく気配、それから寝室のドアも開いて、カタンが顔を出す。

「悪い、起こしたか」
「いや。おかえり」
「ただいま」

 旅装を解いただけのカタンは見たところケガなどなさそうだ。
 とてもわかりにくいが、少しだけ上がっている口角に笑顔だとわかる。
 俺がカタンの状態を確認している間にそいつは近づいてきて、寝乱れた髪をかきあげ、額に口づけていった。

「食事を買ってきた。夕食にしよう」
「あ……あぁ」

 さっさと出ていったカタンにとっては、あんな仕草なんでもないんだろうけど。
 まるで恋人同士のような甘い触れ合いに、俺は全然慣れない。
 だって……俺はまだ返答をしてない。
 カタンの気持ちに、告げられた想いに、彼を手放したくないというただ一心のみで、結論を保留している。
 そのときふと、昼に会ったバイアスの言葉が蘇った。

「片想いじゃない、か。それってもう……」

 バイアスがわかっていることを、カタンがわからないなんてことあるんだろうか。
 頬にのぼる熱は、開けっ放しの窓から差し込む西日のせいだ。
 そうに違いない。

 依頼を終えたカタンはギルドへの報告を仲間に任せ、食堂で包んでもらった食事を持って帰ってきたらしい。
 見慣れたバゲットサンドにシチューまでついていて、豪華で美味い夕食となった。
 共同生活を始めてから、俺はたまに料理をするようになった。
 冒険者家業を始めて実家を出るまでは家事全般を行っていたし、簡単なものなら作れる。そう請け負うと、カタンは眩しいものを見るように目を細めて嬉しそうにした。
 ……別にあいつのそういう顔を見たかったってわけじゃないけど。まぁ喜んでもらえるのは嬉しい。

「片付けしとく。風呂先に入れよ」
「あぁ、ありがとう」

 この家に移り住んでからというもの、カタンはしょっちゅう俺に触れてくる。
 今も髪をさらりと撫でられて、この動作必要なのだろうかとつい考えてしまった。
 以前、女性冒険者仲間に「リス」のようだと表現されたことを思い出す。
 小動物を思わず触りたくなってしまう、みたいなもんか。
 交代で風呂に入り、あとは寝るだけだ。
 先にベッドに入っていたカタンの横に滑り込むと、彼はおもむろにサイドチェストの上を指さした。

「さっき郵便屋が来て置いていった。コーマ宛だ」
「おぉ、ありがとな」

 封筒の中身は手紙だ。決して上質とはいえないざらついた手触りの紙だが、俺はそれが届くのをなにより楽しみにしている。
 余白ぎりぎりにまで書き込んである便箋に思わず微笑んでから、丁寧に封筒に仕舞った。
 それから、そんな俺をカタンがじっと見つめていることに気づく。

「聞いていいか」
「あ? あぁこれか。弟たちからの手紙」
「おとうと……」
「ん。俺の生まれは北の貧しい村でさ。寒くて冬が長くて、作物は実り悪い、そのくせ家族仲はいいような家ばっかで」

 養えもしないのに子どもが6人もいる俺の家は、早々に家を出て冒険者として働いている俺の仕送りで持っているようなものだ。
 代わりに、年に数回手紙を出すように言っている。
 字の練習にもなるし、なかなか帰れない遠方の実家の安否を必要以上に気にしなくて済む。何より、手紙越しにも成長を感じられる弟妹のいきいきした様子は、荒みがちな冒険者の心を癒やしてくれる。

「だからあんなに金がないと言っていたのか……」
「仕送りしてるやつなんて珍しくないだろ? 俺の金勘定が下手なだけだ」
「そうだな。だが、立派なことだ」

 髪を撫でられ、そのまま口づけが下りてくる。黙ってそれを受け入れ、かけられる体重のままにベッドへ倒れた。
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