運命の赤い糸(物理)

キザキ ケイ

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14.糸の先

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 女神様はべそべそと目元を拭い鼻をすすりながら、ぼそぼそと言い訳する。

「確かに実装段階でテストも調整も不十分だったことは自覚してたんですが、コーマさんたちが糸の存在に不便されてることもわかってたんですが、わたしがもたもたしてる間にコーマさんがケガまで……それにもしかしたらし、死ん……っ、死んでしまったかもしれないなんて、」
「あー、女神様落ち着いて。半分くらい何言ってるかわかんないんで」
「あっそうですよねごめんなさい。わたしそういうところもダメなんです……駄女神なんです……うぅーっ」
「落ち着いてくださいってば」

 ついに泣き出してしまった女神様におろおろと手を彷徨わせる俺の横に、何かが立った。

「これが……女神?」
「あれ、カタン」

 何もない空間の真横に、カタンがいた。
 寝る前に見た、鎧類を脱いだだけの格好で、女神様を見つめてぽかんとしている。
 俺は一度「糸」をつけられたときに会っているが、この反応からも、カタンは女神様と初対面のようだ。本来なら俺同様、一生お目にかかるはずのない存在だしな。

「あぁっカタンさん! お呼び立てしてすみません! この度はカタンさんにも多大なご迷惑ご不便を」
「それもういいから女神様。それより、あの糸はもう消えたってことでいいんですよね?」
「ぁ、は、はい。糸はこちらで回収しました。コーマさんたちにご迷惑をおかけすることはもうありません」
「消えるときに火がついたんですけど、あれは?」
「あれはですね、糸をこちらで回収する処理と、『神の恩寵』によって信徒が傷つくことがあってはならないという規約による懲罰システムが同時に走った結果、あんな形になってしまって」
「うーん、結局よくわかんねぇ。でもまぁあのときは、あの糸に助けられました。だよな、カタン」

 難しい顔で女神様を睨みつけるカタンを制する意味合いも込めて、隣の男の肩を抱く。そのまますりすりと指先で撫でてやれば、いきなりカタンの気配が軟化した。

「コーマ、やめろ。今はこの自称女神を色々と問い詰めて責任を追求すべき場面だろう」
「いいよそんなの。結果的に俺もカタンも大丈夫だったんだし、他にも結果オーライだったことあるし」
「それは、…………そうだが」
「だろ?」

 最終的にカタンが折れて、肩に回した俺の手に手を重ねてきた。これが無表情男なりのデレかぁ。
 そんな俺達の姿を女神様が食い入るように見つめているのに、少し遅れて気づく。

「あ、すみません女神様の前で」
「いえ……いいえっ……わたし、わたしは、この日のために……っ」
「え? なんですか?」
「いえなんでもありません。……こほん。勇敢なる冒険者コーマ、それに勇猛なる冒険者カタンよ」
「お、戻った」

 小さく咳払いした女神様は、最初に会ったいかにも神聖っぽい女神様の姿と口調を取り戻した。
 でも俺はもう女神様を、神殿のレリーフに彫り込まれた聖なる存在とはとても思えない。さっきまでの態度のほうが素で間違いないだろう。

「この度はわたくしの『恩寵』のために苦労をかけました。あなたたち二人にはそれぞれ『女神の加護』を授けます」
「え」
「……そのように嫌そうな顔をしないでください、冒険者コーマよ。この『加護』はすでに聖職者や王族たちにも付与したことのある、結果の確かなものです。不便はかけないと約束したでしょう」
「あ、そうですよね。ありがたくいただきます」

 偉い立場から何かもらう者の礼儀として、跪いて頭を下げた俺に対し、カタンはむっつりと黙ったまま突っ立っている。

「女神、俺への加護はいい。それよりコーマの肩を治してやってくれ」
「おぉ冒険者カタンよ。あなたはなんと心優しいのでしょう。望み通り、冒険者コーマの体を癒しましょう。あなたの体もです」
「俺の……?」
「あなたたちが傷を負ったのは、魔物に対し普段の力が出せなかったため。その原因はわたくしの『糸』。ですからこれくらいのことはさせてください」
「……わかった」

 カタンは渋々と頷き、俺の横に膝をついた。
 俺たちの頭上に女神様の手がそれぞれ翳される。ほわりとあたたかさが体を包み込んで、夢の中で温度を感じるなんて初めての体験だ、なんて的外れなことを思った。

「冒険者コーマ、冒険者カタン。不甲斐ない女神ですが、わたくしはあなたちをずっと見守っています。どうかこれからも健やかに、仲睦まじく暮らしなさい────」
「……え?」

 いかにも神官が言いそうな文言の中に、妙な言葉があったような気がして。
 咄嗟に顔を上げた俺が見たのは、木の天井だった。

「……あ。女神様、行っちまったか」
「やはりコーマも同じものを見ていたんだな」
「カタンも起きたか、おはよう」
「……おはよう」

 寝癖頭を掻くカタンと、女神様と会った夢の内容を擦り合わせる。やっぱり俺たちは同時にあの場に呼ばれたみたいだ。
 試しに肩を回してみた。痛みはない。
 右手を見下ろす。小指を円周に囲っていた火傷も消えている。
 女神様が癒やしてくれたというのは本当みたいだ。

「さすがにあの『糸』には苦労させられたもんな。消してもらえてよかったし、直接謝ってもらえたから俺はもういいや」

 ケガをしたままじゃあと何日かは戦闘のある依頼を受けられなかっただろう。
 それを治してもらえたとあって、俺は上機嫌だった。
 だがカタンはそう簡単に割り切れないらしい。

「……俺は、まだ許せそうにない。相手が神でも……いや、神という超常の存在だからこそ、俺たちを好き勝手に弄んでいいはずがない」
「弄んだってわけじゃないと思うけどなぁ。あの御方はたぶん……」

 いや、これ以上は言うまい。俺のような小さな存在に心を邪推されたら女神様も嫌だろう。
 言い淀んだ俺にカタンは怪訝そうにしたが、結局この話はここでおしまいになった。

「それより今後のことだよ、俺たちの! パーティ組むのは継続としても、宿は分けるか?」
「分けない」
「言うと思った。じゃあ次のとこ探さねぇと。ここは広くて高いし、なんでかベッドが妙にデカくて邪魔だし。予算についてもきっちり話し合うぞ」
「ベッドの大きさは重要だ」
「あー……まぁそれはそうかもだけど宿泊費には代えられないっつーか」

 身振り手振りを交えながら冒険者らしく議論していく俺たちの間を繋ぐものは、もうない。
 でも目に見えるものが存在している必要はないって、今はそう思う。



 おわり
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