ロスト・ナイン

キザキ ケイ

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 室内には五人の男がいる。
 重厚な長テーブルの上座に、体格の良い武人風の男が堂々とした貫禄で座す。
 その横に収まり悪そうに座るのは、若く細身の青年。
 青年の斜め向かいには気難しそうな初老の男性が、神経質に片眼鏡を調整しながら数枚の紙束をめくり、険しい表情を浮かべている。
 彼らから一席空けて隣に上質なローブを羽織った優男、その対面に上座の男と似た雰囲気の、鋼の鎧を身に着けた武人が黙って着席していた。
 長く沈黙が続き、片眼鏡の男の長い溜め息がそれを破る。
 様々な感情が含まれていることを窺わせる重々しい吐息に乗せて、老境を感じさせる低い声が紡がれた。

「仕方がありません。ヨウ様を王の伴侶に認めます」

 途端に部屋の空気が変わり、みなほっと息を吐き、晴れやかな表情を浮かべた。
 一人苦々しげなままの片眼鏡の男は書類を置き、細身の青年に向き直る。
 青年は弾かれたように背筋を伸ばして、片眼鏡の奥の瞳を見つめた。

「ヨウ様」
「は、はいっ」
「王族の男性伴侶を禁止する法がない以上、婚姻は認めます。しかし、これまで正妃が男性だった前例はありません。他の者や民たちがあなたを歓迎してくれるとは限らない……常に王に相応しい人間で在ってください。私からは以上です」

 青年ヨウは全身に込められていた力を緩め、笑顔を見せる。

「はい、がんばります!」
「よろしい。ヨウ様に言うことはもうありませんが、グーラ王、あなたへのお説教はたんまりとございますよ」

 片眼鏡の標的が上座に移った瞬間、男は視線を避けるように立ち上がった。

「さぁヨウ、口うるさい宰相の許しも得たことだし行くぞ!」
「えっ」

 グーラと呼ばれた上座の男は、隣で呆けていた青年の腕をむんずと掴み、風のような素早さで部屋を出ていってしまった。
 あとに残された三人は呆気に取られ、一人は深々と溜め息を吐き、二人は仕方ないと苦笑する。

「宰相殿、王はもう顔を見せないでしょう。お説教なら明日にしてはどうですか」

 ローブの優男が片眼鏡の老人に宥めるような声を出した。
 彼の対面に座る武人は大声で笑い出したいのを堪えているように言う。

「そうそう、やっと最愛の恋人を手に入れられたんだからな。もしかしたら三日三晩寝室から出てこないかもしれないぜ」
「それでは困ります、政務に支障を来す。その時はグリン、あなたとあなたの兵に突入許可を出します」
「おっと、鬼宰相と名高いレンブレー殿が冗談を言うなんて珍しいな!」
「冗談ではないのですが……」

 片眼鏡の宰相レンブレーは、武人グリンの大笑いを迷惑そうに眺め、最後に優男へと視線を向けた。

「ヨウ様は異界からやってきた方。今のところ魔力も魔法も上手く扱えません。王宮へ害なす不届き者のほとんどは兵士たちが排除するとはいえ、完璧ではない。最後に彼を守れるのは王と、ティルクス、あなたたち魔法師団だけです」

 ティルクスと呼ばれた優男は軽く肩をすくめてみせる。

「はいはい、万事心得ております。彼の行動範囲には結界を張り巡らせていますし、王がヨウ様から離れるときは我ら師団の者が付き添います。抜かりはないですよ」
「わかっているのなら良いのです。それと、『はい』は一回」
「はーい」

 扱いにくいが実力は確かな二人の若者の態度に軽い頭痛を覚えつつ、レンブレーは椅子から立ち上がった。
 書類を抱えて部屋を出ていく。

「付き添いましょうか、宰相殿」
「結構です。あなたが来ると部下が怯えるので」

 グリンの誘いをにべもなく断り、レンブレーは立ち去った。
 残されたグリンとティルクスは顔を見合わせ頷きあう。

「思ったより早く折れたな、宰相殿は。それこそヨウを亡き者にして阻止しようとすると思ってた」
「さすがにそこまではしないだろうけど……確かに、あの頭の固い宰相殿にしては決断が早かったね。相手が男であるという異例より、王の御心を慰められる、若くしがらみや後ろ盾がない異界の旅人というところが彼のお気に召したのではないかな」
「あぁー。ヨウを通じて王に言うことを聞かせたいのか。王は型破りな方だからな」
「きみの兄だろうに」
「そーだけど、俺なんかとは器も、型破り度合いも比較にならないさ」

 グリンは面白そうに、ティルクスは慎重ながらも興味を抑えられない様子でくすくすと笑う。
 王と王族を守り奉る王宮には、様々な思惑が渦巻く。
 王宮に勤めるものは皆、王と王族を守ることを是とする。だが邪な心を持って王宮に入り込むものは必ずいる。
 そうした輩から王であるグーラと、これから王族に連なることとなるヨウを守るのが、グリンとティルクスの勤めとなる。

「……嬉しそうだったな、我が兄は」
「あぁ」

 二人はしっかりと自らの使命を確かめ合った。



 一方、王宮の中心たる執政部から離れていくものたちがいた。
 王や王族、一部の高位官吏とその世話役のみが居住する離宮は、今静寂に満ちている。
 手を引かれるままに離宮まで連れ帰られたヨウは、部屋に入るなり、王の胸に強く抱き締められていた。

「ヨウ……」
「グーラ」

 名を呼び合い、そっと唇を重ねる。
 ヨウの背はグーラの顎先までしかなく、キスをするにはグーラが屈まなければならない。
 王は姿勢を低くすることが日常ほとんどない。
 頭を垂れたり身を低くすることは、戦場ならいざ知らず、王を失脚させようとする者に隙を与えかねない行為だからだ。
 しかしヨウ相手なら、どれだけでも頭を下げ腰を折って良いと思う。不思議な心地だった。

 今まで相手に困ったことがない王が、唯一どんな苦労や不自由をしてでも手に入れたいと思った相手。
 異界から突然現れて、短期間でグーラの心を根こそぎ奪ってしまった男。
 彼をグーラの唯一とするには、王の側近である宰相、兵団長、魔法師団長の三人に了承を得なければならない決まりがあった。
 グーラの弟であり王の理解者たる兵団長グリンはすぐに二人の仲を祝福してくれた。
 ヨウにとっても良き友人となるよう振る舞い、武術の心得のない彼に剣術を指導してくれている。
 魔法師団長ティルクスは柔軟な考えの持ち主で、男であるヨウを王の伴侶にと聞いたときは困惑していたが、ヨウの人柄に触れ、賛成の立場を取ってくれた。
 グリン同様、ヨウに魔法を教える師となってくれている。
 残る問題は、説き伏せるのが最も困難で頑固な宰相レンブレーの承認だったが……それも先程成った。
 彼にも何事か思惑はあるようだが、彼ほどこの国のことを想っている者はいない。
 口うるさく面倒な人物ではあるが、国への忠誠心だけはグーラもレンブレーに絶対の信頼を寄せている。そのため無下にする選択肢は元よりなかった。

「レンブレーさんに賛成してもらえて良かったね」
「あぁ。あいつが頷いてくれなくては、ヨウを俺の傍に置くことはできないからな。手強い相手だった」
「うぅん、そうじゃなくて……グーラ、レンブレーさんに反対されて、落ち込んでたでしょ?」

 ヨウの言葉にグーラは驚く。
 王になる前は弟と共に戦場を駆け、戦いを生業としてきた。
 王位を継いでからは、戦場が土の上からテーブルの上に変わっただけで、やることも心意気も変わらないと思ってきた。
 故に心の内を晒すこと、表情を相手に読まれることのないよう、常に気を張っていた。
 それなのにヨウは、グーラのレンブレーに対する思いまでいつのまにか見抜いている。
 王太子時代には、実の親より親らしく彼を指導してくれた恩師が部下になってしまったことに複雑な感情を抱いていることまで、彼には伝わっているかもしれない。

「敵わんな、ヨウには……レンブレーの賛成は、確かに嬉しい。しかし今は、おまえを公然と俺の伴侶だと言える感動の方が大きい」
「そっか。僕もグーラのこと、僕の伴侶ですって言っていいんだよね?」
「もちろんだ」

 嬉しそうに微笑むヨウと交わすキスが深くなっていく。
 共に寝台に腰掛けると、ヨウは積極的に衣類を脱いでいった。グーラも負けじと王衣を脱ぎ捨てる。
 この世界にやってきたばかりの頃は右も左もわからず、誰に対しても遠慮してばかりの控えめな青年だったヨウは、グーラの惜しみない愛情を受けて少しずつ明るく活発な若者に変わっていった。
 心を通わせて以降は、王の求めに応じることができず泣きそうになるヨウの背をさするだけの夜が何度もあった。
 その度に気持ちを伝え合い、彼の不安や悩みを払拭してやって、ようやく今ヨウは旺盛な性への渇望を隠すことがなくなってきたのだ。
 周囲に結婚を反対されることでまた萎縮してしまうのではと危惧したが、ヨウはよく耐えてくれた。
 きっとこれからもヨウとグーラは互いを思いやり、慈しみ合いながら生きていくことができる。

「あ、あぁ……グーラ……」

 とうに知り尽くしているヨウの体をとろけさせるのは簡単だ。
 縋り付いてねだる甘い声ごと呼吸を奪い尽くす口づけを施しながら、猛りきった陽物を濡れて柔らかな花蕾に押し当てる。

「ヨウ、挿れるぞ」
「はぁっ……きて、グーラ……っ」

 何度抱いても処女のように硬く侵入を拒む地に、ヨウが自らの意思でグーラを迎え入れてくれる瞬間の多幸感は筆舌に尽くしがたい。
 熱くぬかるんだ肉筒をゆるく擦り上げ、まずはヨウの快楽を優先してやる。
 内壁がグーラの存在感に慣れた後はこちらのものだ。
 可愛らしい声で啼く愛しい体を好きなだけ貪り、所有の印を付ける。

「ぐーら、ぐーらぁっ……」
「愛してる、ヨウ……俺の傍から離れるな……っ」
「うん、ずっと一緒っ……あ、あ、あっ……!」

 腕を伸ばして縋ってくる体を力いっぱい抱きかかえ、震えるヨウの雄芯を扱いてやると彼はあっけなく絶頂した。
 内部がうねり、精を搾り取ろうと蠢くのに逆らうことなく最奥へ欲望を吐き出す。
 抱き合ったまま荒い呼吸を繰り返すヨウの髪を優しく撫で、グーラは微笑んだ。

「だいぶ交わりに慣れてきたようだな」
「な……慣れないよ、こんなの……」

 顔を真っ赤に染めて恥じるヨウを撫でてやりながら、数ヶ月前を思い出す。
 男同士で恋をすることがタブー視されてきた社会で育ったというヨウは、グーラに想いを寄せてしまう自分の心に追い詰められ、不安定になったことがあった。
 「ふつうでない」ことに恐怖を覚え啜り泣くヨウを根気強く慰め、同じ想いであることを何度も言い聞かせ、周囲の人間の手も借りて、彼はやっと素直に感情を見せるようになってくれた。
 それはヨウの肉体も同じだった。
 何度触れても緊張が抜けない体に少しずつ触れて安心を覚えさせ、快感を教える。
 短気なグーラにしては信じ難いほど長く時間をかけて解きほぐした体は、今ではどこに触れても性感を得られるよう作り変えることができた。
 ヨウの体は彼の心より余程正直者で快楽に忠実だ。
 そうなったのはグーラの努力とヨウの慣れの問題であると思っていたのだが。

「グーラとするとね、いつもこんなに気持ちいいことがあるんだって、新鮮に感じるんだ。だからまだ全然慣れてないよ」
「慣れるは飽きるとは違うぞ?」
「飽きるなんて考えられないよ! グーラはいつもかっこよくて、堂々としてて、見る度に好きに……なるから……」

 自分で言ったことに照れてグーラの胸に顔を埋めてしまったヨウを、引き剥がしてめちゃくちゃに口づけたい衝動と戦いながら続きを促す。

「僕自身も知らなかった僕のことを、グーラはいつも教えてくれて……僕よりもグーラのほうが、僕のこと知ってるんじゃないかって思うくらい」
「そうだな。この体のことは、ヨウより俺のほうが詳しい」
「自信満々だね……」
「当然だ。例えばここに触れると」

 ゆるく抱いていた体を撫で上げ、産毛を逆立てるように腰から指先を滑らせる。
 肉付きの悪い胸を手のひら全体で揉みしだいてやるとヨウは身を震わせながら喘ぎ声を漏らした。

「こうして、子猫のように可愛らしい声で鳴いてくれる。ほかにもあるぞ、知りたいか?」
「んんっ……け、結構ですっ」

 胸に腕を突っ張って体を離すヨウの好きにさせてやる。
 首まで赤く染めて恥じ入る姿に、いつまでも初心な恋人をもっと追い詰めたいという欲望が膨れたが、彼は性的な交わりより心の触れ合いを重視する傾向があることをグーラはよく知っていた。
 まだ話し足りなさそうな様子の彼を腕の中に抱え込むだけに留め、男にしてはやや高く澄んだ声に耳を傾ける。

「そうだ、昨日グリンさんに褒められたんだ! 前よりずっと上手くなってる、もうじき木剣卒業だろうって」
「ほう、それはよかったな。昨日話してくれればよかったのに」
「昨日は……グーラが帰ってくるなり襲ってきたから……」

 話なんてできなかった、ともごもご文句を言う唇を軽くついばんで笑みを向けた。

「襲ったとは心外な。ヨウもすぐにねだってきたではないか」
「そ、それは、だって……」
「はは、わかっている。ヨウの愛を感じることができて俺は嬉しい」

 ヨウにはティルクスとグリンからそれぞれ魔法学と剣術を教えさせている。
 二人とも忙しい身ではあるが、王直々の要請であり、なによりグーラを骨抜きにした異界の旅人相手とあって、興味半分ながら教師役を引き受けてくれた。
 勉学が得意なヨウは、剣術より魔法学の方が興味を惹かれ、かつ得意であるらしい。
 しかし近ごろは剣術の楽しさに気づいたのか、積極的に訓練用の剣を握ったり体を鍛える運動をしているようだ。
 体を動かすのは苦手だと言っていた、筋肉も贅肉もなく痩せぎすだった頃に比べれば、大した変化だ。
 狭い世界で生きてきたという彼に色々な景色を見せてやりたい。
 難しい家庭環境で育ったという彼の今後の人生を、あたたかく愛で満たして包んでやりたい。
 グーラは自然とそう考えるようになっていた。

「疲れたか? 眠って良いぞ」
「んん……でも、せっかくグーラがいてくれるのに」
「今日はずっと傍にいる。この先もずっとだ。だから安心して眠れ」
「……そっか、ずっと一緒だね……」

 しきりに目をこする手を取り上げて瞼にキスを落とす。
 昨日は一日中剣術を練習していたと報告を受けている。今日は朝から気むずかし屋のレンブレーとの対決、さらには結婚の許しを得たことによる安堵とベッド上の激しい運動で、急速に眠気が襲ってきているらしい。
 午睡にはやや早いが、どうせ王と王の伴侶の邪魔をできる者などいない。
 このまま昼寝を決め込んでも良いだろう。
 もう目が開かないヨウの体を拭ってやり、寝台の周囲の後始末をして布間に潜り込む。

「おやすみ、ヨウ」

 わずかに高い体温のヨウを抱きかかえて横になると、グーラも自然と眠り込んでいた。
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