勇者は体に悪い

キザキ ケイ

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01 勇者一行がお越しです

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「魔王様、勇者一行がお越しです」
「……またか」

 座り心地の良いクッションから重い腰を上げる。
 立ち上がるときに「よっこいしょ」とか言うようになってしまって早数十年。
 まだそんなトシじゃないでしょ、なんて周囲から言われるものの、年齢的にはもう中年だ。今年で380歳になる。
 何代か前の魔王の血がちょこっとだけ流れてて、そのせいでちょこっとだけ普通の魔族より強くて、そのせいで魔王なんて厄介な職を押し付けられて10年弱。
 小柄で童顔で威厳のない魔王と言われ続けて10年弱……悲しい。
 体の老化が止まるタイプの種族だから若く見られてしまうことはわかってる。
 だから見た目だけでも立派に見せようとステッキを誂えて、ヒゲなんか生やしてみたりしてる。側近たちには軒並み不評だが。
 外見はともかく、僕の治世は安定していると評判だ。
 いや、だった。
 人間界から「勇者」と呼ばれる、魔王を殺すためだけに進んでくるたちものが次々送り込まれてくるようになるまでは。

「も~今年何人目? まだ半年経ってないのに」
「4人目です。人間界側も焦っているのでしょう」
「魔王が雑魚種族から選ばれて、すぐ攻め落とせると踏んで仕掛けたのに、魔王がまだ殺せてないから?」
「そういうことですね」

 足早に魔王城の廊下を歩きながら、側近と僕は揃ってげんなりと溜め息を吐いた。
 人間界と魔界は元々仲が良くなかったが、何代か前の魔王が人間界の王族と婚姻を結んだ縁があって、ここしばらくはお互い不可侵の均衡を保っていた。
 最近では非公式ながら双方向に交流があって、長年黙認されてきた商人の出入りだけでなく、数は少ないものの人間の旅行者の受け入れも解禁したりしてて、このままゆるく国交ができて良さげな関係に落ち着けるんじゃないか……なんて思ってた。
 結果として、そんなのは僕の妄想でしかなかったわけだけど。

「城内の状況は?」
「非戦闘魔人の退避はすでに完了しております。第一、第二兵団ともに展開中です」
「あー、いい。兵たちは引かせて」
「ですが」
「今度こそ、でしょ?」

 側近が僕を睨みつけ、唇を噛む。
 上司の判断に異を唱えてるわけじゃない。僕のことを心配してくれてるんだ。ツンデレさんだから言葉にはされないけど。
 僕は今回、いや今回「も」、勇者と一対一で対峙する。

「────貴様が、魔王か」
「そうだよ。ようこそ魔王城へ、人間の勇者様」

 最後まで付き添ってくれていた側近も安全な場所へ向かわせて、僕は玉座で勇者を待っていた。
 執務室の腰に優しいクッションが早くも恋しい。
 魔王の玉座って年代物だけあって、座り心地がとても悪い。
 体が大きい種族でも座れるように無駄にデカく作られてるせいで、低身長な僕なんかはきちんと座ると足が浮く。
 だから勇者様一行が玉座の間に入ってきた時点で、僕は玉座からすぐに立ち上がった。
 ほら、一応これでも魔王だから威厳のあるなしとか気になるし。足ぷらぷらさせてる魔王とか威厳ないし。

「魔王……人間の敵……!」

 溢れんばかりの殺意に満ちた目で僕を見上げる人間は3人。
 かなり少ないパーティ人数だ。少数精鋭ここに極まれり。
 先頭に立つ若い男は剣使い。いかにも勇者っぽい鎧をつけ、いかにも勇者っぽい剣をすでに抜いている。
 伝統的に剣使いが「勇者」と呼ばれていて、それ以外のメンバーは「勇者のお仲間」だ。
 後ろに控えている女のうち片方は、長い杖を構えている。絵に描いたような魔法使い。
 もう片方の女は短剣使いだ。特殊な鋼で打った剣身を見るに、物理と魔法両方いけるタイプかな。
 デコボコトリオのように見えて、全体としてはバランスが取れている。

「貴様らのせいで、俺たちの村は、国は……っ」
「あーはいはい、そういうの良いから。きみたちの望みは僕の命だろ? 手っ取り早くいこう」

 玉座に立て掛けておいた杖を掲げて、真横に振る。
 するとあら不思議、勇者と後ろの二人を分かつように禍々しい黒の炎が走った。

「勇者様!」

 女たちが騒ぐが、炎を乗り越えることはできないようだ。
 水の魔法を発動しているが、そんなものでは僕の魔法は突破できない。

「勇者と魔王の一対一。どうかな?」
「貴様、卑怯な……!」
「やだなぁ、効率的と言ってよ。それに、今ので後ろの二人を殺すことだってできたんだ。むしろ寛大な措置じゃない?」
「……ッ」

 おーおー、勇者くんの目に憎悪の炎が浮かんで見えるかのようだ。
 初対面からだいぶ嫌われてしまった。ともあれ、うまくメンバーと勇者を引き離すことはできた。
 あとは僕がしっかりやるだけ。

「じゃあ、さっさと終わりにしようか」

 このくそったれな茶番劇を。
 玉座の周囲の階段を、これみよがしにゆっくりと降りる。
 案の定、勇者は雄叫びを上げて切りかかってきた。
 殺意だけはたっぷり込められた大味の剣筋をひらりと避けて、背後を取る。
 重要なことは、誰にも彼の敗北を悟らせないこと。
 殺すのは論外。ただ負かすにしても、方法を選ばなくてはならない。
 今まで何人も失敗して、死なせてしまった「勇者たち」。
 今回こそは、成功させる。

「────幻惑魔法」

 広大な玉座の間を一瞬で覆い尽くせるほどの魔力を、一度に放出する。
 普通の人間ならば浴びた瞬間死に至る魔力濃度だ。
 でも彼らは勇者御一行。魔力耐性が高く、人間としての強度もある。
 予想通り、彼らは誰も死ななかった。
 しかし僕の幻惑魔法をレジストすることもできず、見事にかかってくれた。

「よし……!」

 これで、やっと。
 僕は心から安堵して、即座に振り向いた勇者の剣に正面から切り捨てられたのだった。




 誰かが肩を揺すっている。

「起きてください」

 なんだよ、うるさいな。僕は今すごく眠いんだ。まるで何日も寝てないみたいに。
 ん、待てよ。僕は確かに最近働き詰めで、休日出勤を強要され、本当に寝ていなかった。つまり久々のうたた寝ではない睡眠。これを逃す手はない。

「ちょっと、起きてくださいよ」

 側近によく似た声が僕を起こそうとするが無視だ。
 僕は眠いんだ。魔王に有給休暇がないなんて詐欺だ。国家的に魔王を使い潰そうとする魔界のシステムに僕は一石を投じ……。

「いつまで寝てんだ魔王! 起きろ!」

 側近に長い耳を摘み上げられ、僕は情けない悲鳴を上げながら起床した。

「いだだだだ! なんてことすんの!」
「大した疲労でもないくせにいつまでも寝てるあなたが悪いんです。さぁ起きて、早く処置してください。これはあなたにしかできないことなんですから」
「……はいはい……」

 渋々体を起こし、よっこいしょと立ち上がる。
 どうやら僕が寝ていたのは、玉座の間の絨毯の上だったらしい。こんなところで熟睡できるとか、僕だいぶ疲れてるな。

 目の前には勇者が倒れている。
 離れたところには勇者の仲間の女たち。
 彼らを隔てるものはなにもない。勇者たちを分断するかのように出した魔法はフェイクだ。部屋の中で炎魔法走らせたりしたら側近たちにマジギレされる。
 気を失っている勇者を覗き込む。
 浅く弱い呼吸、痛みに歪みきった表情。
 彼は今、「魔王の魔法で腹を貫かれ、死んだ」状態だ。
 ちなみに僕も、勇者の剣で体中を切り刻まれ、胸の一突きが致命傷となって死んだ────という設定になっている。
 これらはすべて、僕が発動した幻惑魔法で勇者たちに見せた幻の内容だ。

「勇者くん。今助けるよ」

 しかし幻といえど、人は本当に体が傷ついたと思えば痛みを感じ、最悪死ぬこともある生き物だ。
 これから勇者にかけた幻惑を解き、同時に勇者を「解放」する。
 勇者という立場から。
 呪われたさだめから。

「魔王様」
「大丈夫。今度こそ成功させる」

 これまでの勇者は、僕が上手くやれなかったせいで死なせてしまった。
 彼こそは助ける。絶対に。
 苦悶の表情を浮かべる勇者の額に手のひらを当て、ゆっくりと魔力を放出する。すると、勇者の鎧の胸部にぼんやりと紋が浮かび上がった。
 傍目には魔法除けにしか見えないだろう、魔力遮断の陣。
 だがこれこそが、勇者を勇者たらしめる「呪い」の根源だ。

「……っ」

 勇者の体内に魔力を流し込みながら、慎重に紋様を剥がしていく。
 予想していた通り、勇者の紋を除去し始めたところで、離れた場所に倒れていた勇者の仲間たちから妨害があった。
 正しくは、彼らにも仕掛けられている勇者としての陣による自動防御反応だ。
 前回の勇者はこれを防いでやれず、みすみす死なせてしまった。
 だが今回は違う。
 気絶している勇者の仲間二人には兵たちを付き添わせている。
 彼らは僕が作った魔法具を携えていて、魔力を流すことで結界の役割を果たしてくれている。
 これで邪魔は入らない。
 仕上げとばかりに魔力を放出すると、勇者の紋は跡形もなく消え去った。
 仲間たちから放たれていた妨害も途絶え、結界が解ける。

「ふー……」
「お疲れ様でした、魔王様。お見事です」
「うん、皆もありがとう。これで……助けられた」

 勇者の額に置いていた手を滑らせて、髪を撫でる。
 短く柔らかな赤毛の青年は、目を閉じているとかなり幼く見えた。
 憎しみの籠もっていない彼の瞳はどんな色だろう。
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