勇者は体に悪い

キザキ ケイ

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02 話を聞いてくれるかい?

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「魔王様、何してるんですか?」
「ん? ベッドを運び込んでる」
「どこに」
「勇者くんの部屋に」
「へ、変態……?」
「違います!」

 魔力による筋力強化で持ち上げていたベッドフレームを急いで置き、僕は慌てて側近に言い訳をした。
「勇者の呪い」から解放することができた人間の勇者は、未だ眠っている。
 人間は飲まず食わずで長くいると死んでしまうらしいが、勇者は眠っているため食事を受け付けず、水も口に含ませる程度しか飲ませられない。
 せっかく生かして保護できたのに死なせてしまっては意味がない。
 目覚めたらすぐに生存のための栄養補給をさせ、それまでは異常がないか付きっきりで監視する。気の抜けないこの仕事は、いつも忙しい側近たちには荷が重い。
 それなら僕が、眠る勇者を監視兼世話すればいい。
 もちろん側近が疑うような変態的なアレコレはなく、単純に、目覚めた勇者がパニックを起こして暴れたら僕が対処するのが一番確実だからだ。
 ただそれだけ、ホントに。

「本当ですか? 本当に下心じゃないんですか?」
「当たり前でしょ! きみは僕をなんだと思ってるの」
「でもあの勇者、魔王様の好みですよね」
「ん、んんん……急に、何を、言い出すのかなきみは?」

 思わず激しめの咳払いをしてしまった。
 この優秀な側近は、僕の業務上の最高のパートナーであると同時に、僕の私生活や趣味嗜好まで握って……もとい、把握している。
 僕が女魔人より男魔人、それもどちらかといえば魔人より人間の方が好きなんてことも、いつの間にかしっかり把握されていた。
 どこから漏れたんだろ……魔王になってからはそういう店にも行ってないのに……。

「まぁいいでしょう。では執務に必要なものを後でお持ちします」
「あ、うん、ありがとう。よろしく頼むよ」
「くれぐれも、くれぐれも、眠っている勇者に不埒なことなどしませんよう」
「しないってば!」

 仕事の上では頼り頼られ良好な関係なのに、なぜか私生活の方は1ミリも信用されていない。
 好みの男とあらば寝ているのを襲うような魔人だと思われてるんだろうか、僕は。
 しょんぼりしながらベッドを運び、マットレスなど寝具一式を運び、側近が持ってきた執務セットを設置して、勇者の居室は簡易的な魔王の執務室と化した。

「勇者くん、よく寝るなぁ」

 魔力封じを重ね掛けしているベッドに横たわる勇者は、穏やかに寝息を立てている。
 伸ばした手でさらりと赤毛を撫でてから、こういうのがまずいのかと急いで手を引いた。
 いやこの程度じゃ「襲った」判定にはならない、よね?

「さぁて仕事仕事。今日も忙しいなぁ」

 誰も聞いていないけど、大きな声で言い訳をして、僕はデスクに向き直った。
 高貴な血筋、文武に優れ、なにより他の魔族を圧倒する強さを持つと言われる魔王────といっても、実態は側近(主に文官)の指示通りに書類仕事をこなす時間が業務の8割を占める。
 特に僕なんかは見た目若造で体格もヒョロガリで、見た通り膂力のない貧弱魔人だ。攻撃に適した魔法がたくさん使えるわけでもないし、かといって守備もろくにできない。
 ただ「誰にも負けない」だけ……それだけで魔王の席に座り続けている。
 そんなだから、優秀な部下たちに迷惑をかけないよう、できるだけ魔王らしいことをやってあげたいと思っている。武力行使以外で。
 その一心で書類と格闘し、たまに関係各所へ走っていって打ち合わせをして、なんてやっているとあっという間に一日が終わった。
 仰向けで横たわったまま身じろぎ一つしない体を見下ろす。
 勇者は今日も目覚めそうにない。

「大丈夫かな勇者くん……早く目を覚ましてね」

 勇者が眠る真横に設置したベッドに寝転ぶと、すぐに眠気が訪れた。
 そういえばここのところ、勇者対策で時間を取られてまとまった睡眠をとれていなかったんだった。
 玉座の間で気絶したのが久しぶりの熟睡だなんて笑えない。
 今日こそはベッドでぐっすり8時間睡眠できるんだ。
 あぁすばらしきかな絹のシーツの感触。
 僕はとても満ち足りた気持ちで、心地よい眠りへ落ちていった。

 はずだった。

「────ッ!」

 意識が覚醒するより早く体が動く。
 自分に掛けている防御魔法の自動発動だ。
 そう気づいたのはだいぶ後で、今はただ僕に振り下ろされた何かを杖で受け止める。
 いやダメだ。全然受け止めきれてない。気を抜いたら一瞬で押し切られる。
 真っ暗闇に沈む室内で、金色に輝く2つの瞳が僕を射抜いた。

「待ってくれ! きみと僕はもう敵同士じゃない!」

 片手で受けていた攻撃を両手でしっかり防ぎ、魔法で部屋の明かりをつける。
 明るくなった室内には、眠っていたはずの勇者が金属製の燭台で僕に襲いかかっている光景が浮かび上がった。
 魔法を封じ、武器を取り上げ、手足だって傷まない程度には拘束してあったというのに凄まじい執念だ。
  「呪い」は確かに解いたはず。しかし彼の気迫ときたらどうだ。
 殺意のこもった眼差しに震えが走る。

「勇者くん、頼むから落ち着いてくれ。きみにはもう僕を殺す理由がないはずだ」
「……」
「きみの仲間は二人とも無事だ。牢屋には入ってもらってるけど、傷一つない。彼女たちはすぐに牢から出られる。魔封じも解くし、剣も返す。だからまずは話をさせてくれないか」
「……殺す、魔王を殺す……コロス……!」

 ダメだ、僕の言葉が届いてない。
 このままじゃ騒ぎに気づいて誰かが来てしまう。そうなってからでは遅い。
 溶けた蝋がこびりついた燭台の先端が、僕の首筋を的確に狙っている。
 いやもう勇者と腕力勝負なんてマジで無理。首の位置がわかんないくらいヒゲ長く伸ばしとくんだった。
 とにかく死にたくない一心で、僕は必死に叫んだ。

「セドナ村、という場所を覚えていないか!? マリーナ、という少女のことは!?」
「っ!」

 びくりと跳ねて強張った一瞬の隙に、僕はなんとか勇者を押し返した。
 燭台を取り上げて遠くへ放り、両手を簡易結界代わりにして勇者の腕を拘束する。

「やはり、呪いが解けて、記憶が、戻ってきてるん……ゲホッ、はぁ、若者と力比べなんて無理すぎる……」
「おまえは、一体……」

 勇者の目からは殺気が抜け落ちていた。

「僕は魔王。魔族を統べるもの。だけど人間の敵対者じゃない」
「……」
「話を聞いてくれるかい?」

 戸惑いながらも勇者は頷いてくれた。
 やっと落ち着いて話せそうだ。僕はつとめて穏やかな笑みを浮かべて見せる。
 そのとき、ばたばたと廊下を走る複数の足音が近づいてきた。

「魔王様、無事ですか!?」

 思い思いの武器を持って突入してきた側近たちが見たのは、ヒゲモジャの魔王が勇者の両手を恭しく握り、笑顔で迫っている光景だった。
 違う。
 いやヒゲモジャは事実だけど、笑顔だったのもそうだけど、僕に疚しい気持ちはなくて。

「魔王ご乱心! 確保ーッ!」

 僕は勘違いした文官たちによってすぐさま勇者から引き剥がされ、ベッドに押さえつけられるはめになった。
 モップの、毛が生えてる方で不審者確保とばかりに押さえつけられる魔王なんて、魔界の歴史長しといえど僕くらいなものだろう。
 必死の弁解と、勇者の口添えもあってすぐ解放されたけど、モップのモジャモジャと僕のヒゲモジャが絡まって大惨事だった。
 結局そのせいでヒゲは剃ることになってしまって、僕は失望のあまり労災規定の書類を引っ張り出して要項を熟読した。
 ヒゲの損耗による労災は認められなかった。
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