勇者は体に悪い

キザキ ケイ

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05 雛鳥だなんてとんでもない

「勇者の戦い方を一番わかっているのは、同じ勇者である俺だ。勇者の旗頭は必ず剣使いから選ばれる。剣使いを俺が抑えればほぼ無効化できる。仮説が正しければ、戦闘にもならないかもしれない」
「そうですね。それに我らが勇者様は同期の中で最強の剣の使い手。急いで後続を仕立て上げたとて、あなた様を倒せる力量のものはそういないでしょう」
「聖教会が想定してない戦い方で混乱させる作戦か、いいじゃん。さすが勇者だな」

 次にやってくるかもしれない勇者を、元勇者が止める。
 考えもしなかった可能性だが、悪くない案に思えた。いや、恐らく現状最善策だ。
 勇者の呪縛の中に、勇者が敵前逃亡した場合に発動する自爆装置はなかった。
 当然だ、洗脳状態にある勇者が目標を前にして背を向けることなどありえない。想定されているわけがない。
 魔族でも恐ろしいと感じる勇者の前に、非力な人間を投げ出すなど策として思い浮かべることすらしなかった。
 勇者が力のある戦士だからこそ実現可能な作戦だ。

「どうなるか見届けたいところだが、姫さんはすぐ聖教会へ向かうだろ?」
「もちろんです。私には果たすべき責任があります。私だけでなく、大切な仲間たちに呪いのような魔法をかけるなんて、許されざる愚行です。今すぐ帰還し問いただします」
「それでこそ姫さんだ。あたしはそっちについていくから、勇者、あんた一人でやれるね?」
「あぁ」

 僕がぽかんとしている間に、勇者一行の中で話がついてしまった。

「というわけだから、引き続き世話になる」

 勇者に頭を下げられ、反射的に頷いて、それから思考が回り始める。
 さっきは名案だと思ったが、勇者の案はただの仮定や推測、もっと言えば希望的観測でしかない。
 肉の盾────そんな言葉も頭を過ぎる。
 確かに彼の剣技は優れているが、相手は呪縛と洗脳で強化された戦士だ。倒すにしても追い返すにしても不確定要素が多すぎる。僕の幻惑魔法による呪縛解除の方向でも対策をしておくべきだろう。
 僕が色々と考えている間に、勇者一行は涙ながらに別れの挨拶を済ませてしまった。準備ができたらすぐに発つという。

「……きみは本当に、彼女らと行かなくていいのか?」

 洗脳によって封じられていた思い出の故郷や、慣れ親しんだ国に戻りたくないのだろうか。
 勇者を見上げて尋ねると、彼は首を振った。

「あっちは仲間がどうにかしてくれる。俺にできることはない」
「でも、故郷が気になるだろう。たしかきみには両親も、幼馴染だって……」
「今はまだその時じゃない。それに、ここに残ることは俺の意志だ」

 僕は二の句を継げず黙った。強い決意を感じる。
 ならばせいぜいこの類まれな戦士に礼を尽くすとしよう。

「わかった。城に滞在する間のきみの衣食住は保障しよう。魔法の付与に加え、新しい装備も支給する。城内の移動も好きにしていい」
「それなら訓練ができる場所へいつでも行けるように取り計らってくれ。腕が鈍ると取り返せない」
「もちろんだ。城の兵団に話を通しておく」

 困惑を押し殺して手配をし始めれば、とんとん拍子に勇者の滞在環境が整った。
 まずは仮住まいのつもりで与えた客間から手をつけよう。
 勇者は黙って僕の後ろをついてきた。それがなんとなく雛鳥のようで、微笑ましく思えた。




 ……なんて思っていた数日前の自分を戒めたい。

「……」
「あの……」
「なんだ?」
「……いや……」

 今僕は休憩中だ。
 先程側近たちが休息を取りに執務室を出ていき、入れ違いに勇者が入ってきた。
 休憩時間とはいえ僕はのんびりできない立場なので、資料を読み込んだり、届いた手紙を開封したりして過ごすことが多い。
 そういう細々した作業をしている間、勇者は僕の横にいる。
 何をしているかといえば、大体は僕の髪をいじっている。
 意味がわからない。

「あの……勇者くん……」
「なんだ?」
「あー……その……お茶でも飲む?」
「いいな。淹れてくる」

 言うが早いか勇者はさっと立ち上がり部屋を出ていった。
 賢い犬のように従順な行動に頬が緩む。が、笑っている場合じゃない。
 僕はやっと、真横に感じる圧からやっと解放されたんだ。
 そう、真横。彼は隙あらば僕の近くにきて、気がつけばくっつきそうな距離にいる。
 髪に指を通すと、いくつかの髪束が編み込まれているとわかった。
 どうやら僕の髪を編み込みにするのがマイブームらしい。

「なんなの……」

 勇者にやたらと懐かれている。
 それはわかるのだが、なぜ僕なのか。こんなにべったりなほど好かれる要素が思いつかない。

「戻ったぞ。茶だ」
「あぁ、ありがと……」

 勇者はすぐに戻ってきた。
 本来は城内で下働きをしている魔人が運ぶはずのティーセットを客人が持ってくるという謎構図。
 ポットからカップに注ぐのも勇者だ。

「ほら」

 極めつけは、猫舌の僕のために熱い水面をふぅふぅ吹いてから渡してくれる。
 まるで恋人にする甘い気遣い。
 もしかして僕は覚えのないうちに勇者に手を出してしまっていたのだろうか?
 しかし怖くて聞けない。僕はおとなしくカップを受け取りお茶をすするしかない。
 正直全然気が休まらない。
 なんせ数日前まで敵だったはずの男だ。
 今はお互いにその気はないとはいえ、取り決めをしたわけでもなし、いつ彼が刃を向けてこないとも限らない。
 おまけに勇者は僕が好む人族の男で、ぶっちゃけ顔とか体つきとかタイプど真ん中だし、おまけに僕自身は多忙極まり節度を弁えているせいで年中欲求不満気味だ。
 若く元気で好みな男が一日中ぴったり横にいて、でも手は出せないとか拷問に近い。
 はっ。もしかしてこれは本当に新手の拷問?
 人族の新たなる刺客、もしくは側近による嫌がらせの可能性もある。

「魔王の髪はきれいだな」
「っ!」

 ぐるぐる考え込む僕に頬を寄せた勇者が、吐息まじりに囁いた。
 近い!耳元で急に囁かないでくれ!
 僕は魔族らしく耳殻が横に長く伸びていて、そこはあまり強くない。
 もっと言えば性感帯のひとつだ。
 慌てて耳を押さえながら距離をとったけど、横にくっつかれてるのであまり離れられなかった。

「に、人間にはあまりない髪色だろうね……」
「あぁ。青より濃くて、なのにミルクのような白の光沢が混ざる……不思議な色だ」
「僕の一族ではこの色を『深夢色』と言っているんだ。夢は様々な色でたとえられるけど、夢の奥深くでは誰しもこういう色を持っているから」
「夢の色……魔王は見たことあるのか?」

 さりげなく触られている髪束を取り戻して、そういえば勇者に僕のことを話したことはあまりないと気づく。

「僕はナイトメアという魔族の特徴が強く出てね。夢を見せたり、誰かの夢に入ったりするのが得意なんだ」

 夢魔とも呼ばれる吸精魔の一種であるナイトメアは、眠りを操り夢を見せる能力に長けている。
 両親がナイトメアと吸血鬼なので両方の能力を使えるけど、夢を操る力が一番強い。僕の幻惑魔法も夢の一種だ。
 現魔王ぼくが最強と言われる理由。
 それは────絶対不可避の幻惑魔法。
 どんなに格上でも、どんなに警戒されていても、対象を任意の夢に引きずり込む力だ。
 優れた戦士も魔法使いも、夢の中を自在に動き回り支配することはできない。その上で夢に落ちることを防げなければ、僕の思い通りに相手を操れるのと同義だ。魔王城の敷地くらいまでなら覆える射程距離。僕の姿を見ているか否か、僕の存在を認識しているか否かも全く前提にしない。
 まさに不可避────誰もが恐れる能力。
 そんなようなことを魔法が不得手な人間にもわかりやすく噛み砕いて伝えると、勇者は納得してくれた。

「あの時たしかに魔王を切った手応えを感じた。同時に俺も魔法に反撃されて死んだと……そう思ったが俺は死んでいないし、おまえには傷一つない」
「うん。きみの剣が最初に僕を切りつけたときにはもう、あの場にいる全員夢に入っていた。きみたちに掛けられた呪縛は、勇者が翻意したり敗北すると自爆する。だからきみは予定通り魔王を殺したと『認識』して、かつきみ自身も魔王と相打ちで死んだと『思い込む』ことが必要だったんだ」

 勇者に死を認識させる部分は念の為の保険ではあったが、今にして思えば正解だった。
 魔王を殺した勇者はきっと、次は魔族を皆殺しにするため動き出しただろうから。
 呪縛は条件によって発動するのみで、呪いに耳目があるわけじゃない。
 勇者が魔王を討って自分も死んだと思い込めば条件は不達成となり発動しない。不活性状態の呪縛を慎重に剥がせば無事に無効化することができた。

「そういう仕掛けだったのか。くそ、聖教会のやつら、なんてものを……」
「安心して、と言うのも変だけど……呪縛と洗脳は僕が責任を持って解除した。きみもきみの仲間も、もう聖教会に支配されることはないよ」
「あぁ。……俺たちを救ってくれてありがとう、魔王」

 そっと手を握られ、指先に口づけられる。
 ひゅっ、と喉が鳴った。
 至近距離にある黄金色の瞳に吸い込まれそうだ。
 雛鳥だなんてとんでもない。彼は猛禽だ、そして狙われているのは。

「あー! そうだこの書類すぐ届けなきゃいけないんだった行ってくるね!」

 僕は慌てて手を振りほどき、冷めきったお茶を飲み干し、適当な部署に書類を渡しに行くと大声で宣言して執務室を飛び出した。
 急いで廊下へ出て、勇者が追いかけてこないことを確認して、胸に手を置く。

「な、なんなんだ……?」

 普段は人間より遅い胸の鼓動が、まるで小動物のように早鐘を打っていた。

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