【続編更新】マジカル☆オメガバース ~オメガにされた元アルファ~

キザキ ケイ

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婚約編

27.ご挨拶イレギュラー

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 学生の正装は学生服ということで、変に奇をてらわず訪れた彼氏の実家────椿邸。
  「邸」と表するに相応しい門構えは、誤用じゃなく本来の意味で敷居が高い。
 失礼にならない程度の手土産をデパ地下で用意し、いつもよりしっかりめにアイロンをかけてもらったシャツの襟元を直して、立派な門をくぐった。

「ユキ、緊張しすぎ。右手と右足がいっしょに出てる」
「マジ? そんなマンガみたいな緊張することあるんだ俺」
「感心してどうするんだよ……」

 呆れる颯真は、学校を出てから加速度的に緊張度合いを増していく俺をずっと見ていた。適宜声をかけてくれたが、そんなことで強張りが解けるはずもなく。
 だって、恋人のおうちにご挨拶だぞ。
 ここで緊張しなくてこの先の人生いつ緊張するっていうんだ。

「今まで何回も来てるだろ。母さんだって知ってるし」
「それは今までの『アルファのお友だち』の俺じゃん。今の俺は、死角から突然現れて椿家の長男をたぶらかした馬の骨じゃん!」
「馬の骨……」

 映画とかドラマ以外で聞くことあるんだ、と思っているであろう颯真に同意を示したいが、もはや何しゃべっても舌噛みそうなほど固くなってしまっているので、俺は黙りこくった。
 インターホンを押したわけじゃないので、玄関を開けても誰も出てこない。
 颯真ののんきすぎる「ただいまー」すら俺の緊張に拍車をかける。

 多忙な椿・父は今日も不在とのことで、俺は椿・母へ面会することが決まっている。
 一応颯真の帰宅に合わせて連れてくると事前に伝えてもらったのだが────玄関どころか、廊下にも居間にも誰の姿もなかった。

「母さん? 寝てんのかな。悪い、上がってくれ」
「お、お、おじゃまします……!」

 なるべく粗相がないようにと、一動作ずつ考える時間が挟まる俺は、さながら出来の悪いロボットのようで颯真の苦笑を誘う。
 それでもなんとか靴を脱いであがり、見慣れた廊下を進んだ。
 とはいえ椿家の母屋は、颯真の部屋か台所か防音シアタールームくらいしか行かないので、それ以外の場所へ向かうとなると緊張するのに変わりはない。
 いくつかの部屋を覗いて、母の姿を見つけられなかった颯真は、最後に廊下の奥の和室を開けた。

「こんなとこにいたのか母さん。連れてくるって言ってあったろ」
「入りなさい、颯真」

 鈴の音のように涼やかで凛とした声が、一瞬でその場を支配する。
 畳の部屋の真ん中で、和装の人物がこちらに横顔を見せて座している。
 しゃんと伸びた背筋、一分の隙もない正座は見るだけで圧倒される美術品のようだ。
 いつもは笑顔で息子の友達にお茶とお菓子を持ってきてくれる颯真の母親────ようさんは、こちらをちらりとも見ない。
 ただ座って、一心に目の前の花台と、そこにいけられた花を見つめている。

「椿家は代々優秀なアルファを輩出してきた名門。当主はもとより、その配偶者も完璧でなければなりません。颯真、あなたもわかっていると思っていたのですが」

 冷め切った声に俺はぶるりと身を震わせた。
 やっぱり怒っている。アルファの友人だと気を許した相手が、大事な息子をたぶらかした馬の骨だったことに。
 俺は内心一刻も早く土下座するべきだと考え始めていたが、颯真はそうじゃなかったようで、恐ろしい空気などものともせず噛みついた。

「何言ってんだよ母さん。多少歴史はあるけど大した家じゃないっていつも言ってるのは母さんじゃないか」
「黙りなさい颯真。軽口は、立派につとめを果たしていればこそ。それができない者に椿家を語る資格はありません。いきなり見知らぬオメガを連れてきて、高校卒業したら番になるだなんて、許されるはずがないでしょう」

 たおやかな手元でぱちんと切られた花の枝が、まるで俺の生命線のようで震えが止まらない。
 こっちを見ない蓉さんから放たれているのはなんだろう。殺気? マンガの中だけだと思っていたプレッシャーに膝を折られそうになってる。
 そんな威圧を感じていないのか、颯真はますますヒートアップした。

「椿家、椿家って、母さんこそなんなんだよ。いつもは俺に『早く番にできそうなオメガを見つけろ』って釣り書山盛り持ってくるくせに、俺が自分で相手連れてきたら見もしないなんておかしいだろ」
「お見合いのお相手はみな身元のしっかりした、幼い頃からオメガ教育を受けた方々。そこらのオメガとは違います。それがよりによって……アルファとベータしかいないからあの学校へ行かせたのに、どこでオメガなんて拾ってきたのだか」

 尚も反論しようとする颯真の横で、俺は崩れ落ちた。

「ごめんなさい……」
「え、ユキっ?」
「颯真を、番に望んだのは俺なんです。俺が、颯真を巻き込んだ……でも俺、もう颯真以外は考えられなくて────息子さんを俺にくださいっ!」

 震える拳を握りしめて崩れたまま頭を下げる。土下座のような形になって、颯真は大慌てしているようだ。
 でも俺は決して頭を上げなかった。
 仕方ないと、許すと言ってもらえるまで、頭を上げるつもりはなかった。
 しかし返ってきた反応は、そういう類のものじゃなかった。

「『ユキ』……? え、雪くん?」

 頭を下げたまま、限界まで眼球を動かして垣間見た蓉さんは、ぽかんとこっちを見つめて────手に持った椿の枝がぽろりと落ちた。

「やだ、うそ、雪くんじゃない! え、どういうこと? 雪くんを番に? 雪くんアルファじゃなかった? 颯真っあんた雪くんに何してくれてんのよ!」
「いてっ叩くなよ母さん」
「ごめん雪くん、頭上げて。わたしてっきりどこぞのクソ馬の骨オメガが颯真をたぶらかしたと思って、頭に血がのぼっちゃって……相手が雪くんなら全然話は違うよ、ってか雪くんオメガじゃない? ちょっと前までアルファだったよね?」
「母さん、ユキが怖がってる」
「あぁ~ごめんね雪くんホントごめん!」

 頭だけは上げたけど、腰が抜けたように動けない俺に、蓉さんは抱きつくようにして謝罪を繰り返す。
 その向こうで颯真は仕方なさそうに肩を竦めていた。

 なんとか宥めて落ち着かせた蓉さんと颯真の話を総合すると。
 家族で晩ごはんを食べているときにいきなり「明日恋人を連れてくる」と言い放った颯真に、ご両親は呆然としたのちバチギレてしまい、どんな相手か聞く前に諦めさせて追い返そうと決めたらしい。
 だからあんな威圧丸出しの様子で蓉さんが待機してたわけだ。
 蓉さんの説得(意味深)で引き裂けなさそうなら颯真のお父さんも途中から参戦するつもりだったとか。
 颯真はなんとか相手が香川雪おれであることを言おうとしたらしいが、どうしても聞き耳持ってもらえず、この場に至ったとのこと。

「だって大事に育てたうちの子が、そのへんのオメガに奪られるなんて許しがたいじゃない。せっかく『このレベルならギリ許せる』ってラインの家柄のオメガを見繕って、さぁお見合いさせるぞってときに、どこから湧いて出たのかわかんない野良オメガ連れてくるなんて……」
「……」
「あっ雪くんのことを言ってるんじゃないよ? イマジナリー野良オメガの話よ?」

 なんなんだイマジナリー野良オメガって。
 でも実際俺が野良オメガなことは間違いない。いきなり湧いて出たオメガであることもそう。ますます申し訳なくて頭が勝手に落ちていく。
 蓉さんはとても若々しく見えるが、海千山千の4児の母。男性オメガだ。
 線が細くてきれいなひとで、オメガかくあれかし、といった典型的な美人で、颯真のやつこんな人が身内にいてよく俺みたいなので手を打ったなとしみじみ思ってしまうくらい。
 アルファだった頃からもちろん顔見知りで、かわいがってもらった。
 遊びに来ると颯真そっちのけで俺とおしゃべりしたいと言い出すので、鬱陶しがった颯真は俺を連れてくるときはなるべく蓉さんを避けて部屋に案内してくれたものだった。
 そう、かわいがってもらった過去があったからこそ、蓉さんからの本気の拒絶が膝にキた。

「ところで、雪くん本当にオメガなの?」

 今にも俺の頭を自身の膝に載せようとする蓉さんを押しのけて、颯真はものすごく嫌そうな顔をした。

「そういう話をしたかったのに、俺の話も聞かず拒否ったのは母さんだろ」
「ごめんて~」
「はぁ……知っての通りユキは元々アルファだったけど、体質が変わってオメガになったんだ」
「へぇ~。んで、かねてから雪くん大好きだった颯真が襲いかかって既成事実作っちゃった感じ? 雪くんうちの子がごめんねぇ」

 なにやら聞き捨てならない暴露話が飛び出した。
 確かに颯真からは「アルファの頃から好きだった」と言われたが、当時は無意識で、同じアルファの男を恋愛的に好きだとは気づいてなかったと聞いている。
 しかし母親たる蓉さんは、そんな颯真の秘めた想いも見抜いていたというのか。
 颯真をそっと窺うと、顔を赤くして口をぱくぱくしている。
 あまりのことに言葉が出ないらしい。
 しばらく復活しなさそうな颯真は置いといて、俺は蓉さんへ向き直り、おずおずと尋ねた。

「あの……俺ホントに正真正銘馬の骨なんですけど、その」
「あら~そんなの全然! 雪くんが相手なら話は別よぉ。そりゃ名門じゃないけれど、きちんとしたお家のお子さんであることはわかってますから。むしろ雪くんは本当に颯真でいいの? 高校卒業したら世界が広がるし、もっと条件のいいアルファはいっぱいいるよ?」

 まるで母親らしくない言葉に苦笑して、でも俺はまっすぐに蓉さんを見つめて頷いた。

「この先どんな人と出会っても、颯真以上の相手はいないと思います」
「そう? それなら反対はしないわ。不出来な息子ですが、よろしくお願いします」
「あっ、こちらこそよろしくお願いしますっ」

 お互いに頭を下げあって、蓉さんはにっこり笑ってくれた。
 ほっとして、やっと思考能力が戻ってきて「これって婚約したってことなのかな……?」と今更ながら思う。
 ちらりと窺い見た颯真は、まだやや赤い頬をごしごし擦っていた。
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