小石の恋

キザキ ケイ

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番外

偶像礼賛

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 決して長くないこれまでの人生で、「仲間」とか「ダチ」と呼べる関係の相手はそれなりにできた。
 だが、臆面もなく俺のことを「ともだち」と呼んでふにゃりと笑うのは、こいつしかいない。

「久しぶり、元気? あのうるさいバー以来だね」
「ほかに言い方あんだろ……」

 開口一番毒舌なこいつは、律紀りつき
 高校時代のダチだが……本人曰く、「ともだち」だ。
 たしかに俺としても、こいつを「仲間」とか「ダチ」のくくりには入れにくい。
 律紀はなんつーか、どうにも浮世離れしているというか。どっかに縛りつけとかないと、クラゲみたいにふよふよ回遊しようとしちまうんじゃないかって心配になる。
 一時期は他人なんてどうでもいいとかツッパってた俺がこんなことを思うんだから、こいつの異様さはわかってもらえるだろう。
 一年ぶりにはならないだろう程度に再会した律紀は、雰囲気が少し変わっていた。

「律紀、なんかちょい変わったか?」
「ん~? なんだろ、髪かな。服かも?」
「どっちもかもな」

 前髪をつんつん引っ張る律紀の髪型は少し洒落ていた。
 いわゆるボリュームショートで、前髪は重めだがバックがしっかり刈り上げられてキマってる。ブラウン系でわかりにくいがカラーも入っているような。
 服装もずいぶん変わった。
 前はどこで買うのかじじくさいポロシャツなんか着ていたが、今は柄物のオーバーサイズフーディに細身のボトム、蛍光カラーの差しが入ったハイカットスニーカー。ちょっとどころじゃなく大変身だ。
 変化に驚きはするものの、じゃあなぜ変わったかといえば、その理由はすぐに見当がつく。

「お、野菜くんじゃん。おひさ」
天道てんどう先輩! お久しぶりですっ!」
「声うるさ」

 彼の姿を見るとうるさいほどでかい声で挨拶してしまうし、直角に腰を折って頭を下げてしまう。そういう生き物みたいなもんだ。
 そんな俺を笑って許してくれた、天道 いたる先輩。
 高校のとき二個上に在籍していた、色んな意味で伝説的な人物。
 俺の憧れの人でもある。
 そんな彼は律紀と似たような柄のシャツにジャケットを羽織り、日差しが眩しいせいかサングラスなどかけているため、関わっちゃいけない感が凄まじい。もちろん今彼は真っ当な職業で、名簿には載ってないしきちんと税金も納めているのだが、見慣れた俺でもやや身構える存在感。
 律紀に変化をもたらすとしたら、この人以外の要因は思い当たらない。

 単品で見ると「恐ろしいけどかっこいい」という部類の先輩は、なぜか律紀にめちゃめちゃ執着している。
 高校のときから掌中の珠とばかりに可愛がっていたし、しばらく前からいっしょに住んでいるというから、まぁそういうことだ。
 恐ろしげな先輩は律紀と並ぶと、危険なオーラが吸い取られたかのように減って、ちょいコワモテの兄ちゃん程度に落ち着く。
 それが律紀の作用なのか、はたまた先輩の心持ちのせいなのか。
 にしても、まさか先輩からも「野菜くん」と呼ばれるとは思っていなかった。

「先輩、俺だいぶ前に野菜ジュースは卒業してまして」
「そーなの? だってよ、リツ」

 笑いかけながら、指先に律紀の髪をひと房巻きつける先輩はずいぶんとくつろいだ雰囲気で、どちらかといえば律紀の作用で先輩が軟化するのかなと思う。
 以前俺は野菜嫌いが極まっていて、野菜由来の栄養を野菜ジュースのみで補おうと毎日飲んでいた。
 しかし野菜ジュースというものはあくまで補助的にというか、嗜好品的に摂取するものであり、多く摂りすぎると色々とまずいらしいと知ってからは、自分でも食べられそうな野菜やサプリメントなどで栄養を補うことにしたのだ。
 律紀は俺が野菜ジュース漬けだった頃に知り合ったから、やれ「野菜ジュースくん」だの「野菜欠乏くん」だのテキトーすぎるあだ名で呼びやがる。

「えー。でも野菜くんは野菜くんだし」

 改める気はないらしい。この自由人め。
 自由すぎる律紀は、テーブルに届いたホットココアをゆっくり飲んでひと息ついてから、とんでもないことを言い放った。

「ごめんね。ぼくが友だちの名前呼ぶと至さんが拗ねるから、これからもあだ名で呼ばせてもらうよ」

 川島かわしまくんの名前を忘れたわけじゃないよ、と言い置いてお手洗いに立った律紀。
 残されたのは気まずい俺。手で顔を半分覆っている先輩。

「忘れろ」
「ハイ」

 どうやら先輩は、俺たちに見せる態度と律紀に接する姿勢が全然違うらしい。
 なんとも言えない空気が流れるまさにその時、救いとなる存在たちが現れた。

「よっす。天道、それに川島か」
「こんちは~」
三上みかみ先輩! お久しぶりですっ!」

 あとから合流と聞いていた二人がやってきた。俺は再び直角お辞儀をする。
 長身で金色の髪を軟派にスタイリングしているのは、天道先輩とタメの三上先輩。
 高校卒業後、アパレル系の専門学校に行ったと聞いた。
 その後のことは今日聞く予定だが、ペンキをぶちまけたような派手な柄のシャツが猛獣に引っかかれたのかと思うようなほつれ方をしているのを見る限り、無事その道に入ったのではないだろうか。

 三上先輩にくっついているのは、俺たちの同級生のわたる
 律紀がこいつを「寡黙くん」と呼んでいることは知ってる。
 言うほど寡黙なやつじゃないが、会話のテンポが独特なので、早口のやつしかいない場だと渡だけ無言ということもあった。テンポが独特な律紀とはうまがあうようで、よくいっしょにいたが、そういう場を覗くと二人とも無言なことが多く、渡が寡黙くんなら律紀だってそうだろとしか言えない。
 口では語らない渡は、見た目では結構主張がある。
 今日も左右で材質の違う個性的なTシャツにビッグシルエットのスニーカーと、モードというかストリートっぽい雰囲気でまとめてきている。髪型は昔から変わらず重めのマッシュだが、色は金だ。
 なんとも統一感のない集まり。駅近のファミレスが一気に近寄りがたい存在になる。
 外から見ればばらばらな俺たちだが、共通することがひとつある。
 みんな天道先輩を多かれ少なかれ慕っている、という点だ。

「至~久しぶり。会社員やってるってまじ?」
「おまえこそ店やってるんだろ。その見た目で物件借りられたのか」
「ははは、変わんねーな至は!」

 先輩二人はなごやかに旧交をあたためている。
 天道先輩は高校時代、カリスマ的な人気があった。しかし外見があまりにもいかついため、近づくことができない者も多かった。
 それでも彼の圧倒的な存在感に惹かれ、羽虫のように近づく者は絶えず、俺たちもそんな中の一部だ。ただ俺と渡は学年が二つ下だったため、遠くから眺めているだけのシンパみたいなものだった。

「川島は元気? いまなにやってんの?」
「大学生っス。就活中っス」
「あ~だから黒髪なんだ!」

 三上先輩は、天道先輩という強い光に怯むことなく絡んでいける奇特な人だ。
 そんなところを天道先輩も気に入っていたんだろう。卒業後にも連絡を取り合う仲の同級生は数人しかいないと聞いている。
 そんな光栄な集まりに呼んでもらえたことが、今更ながらじんと胸に迫る。
 まぁ俺と渡は、律紀のおまけで呼ばれただけだろうけど。

「あ、寡黙くんだー。元気? あのバーでまだ働いてるの?」
「うるさくて聞こえないからって全然しゃべってないのがバレて怒られたから辞めた」
「そっか。でもぼく、寡黙くんの鼓膜が心配だったからちょっと安心したかも」
「今は三上さんの店で働いてんだ。どう、このシャツ」
「わぁ、半分こだ。途中で布が足りなくなっちゃったの?」

 律紀が戻ってきて、渡に気づいた。
 二人はなんともずれた会話をしている。どちらもけらけら笑っているので良しとしよう。
 律紀は一瞬渡の隣に座ろうとしたが、思い直して天道先輩の横に腰掛けた。すかさず先輩が律紀の肩を抱いてくっつく。このメンツなら隠す必要ないってことか。
 三上先輩は口笛でも吹きそうなニヤニヤ顔で二人を眺めている。
 渡はいつもポーカーフェイスだが、今は驚いているようで目を丸くしている。

「おまえらには言っとくが、これは俺のもんだから。変なちょっかい出すなよ」

 ダメ押しである。
 三上先輩は堪えられなかった笑いを噴き出してしまい、天道先輩にテーブルの下で足を蹴られた。

「前からその子にご執心なのは知ってたけど、わざわざそんなこと言うレベルなんか。ぞっこんてやつ?」
「うるさい。おまえは特に近づくな三上」
「え~ひでぇ! おまえがいない間は俺が律紀くんのことガードしてたこともあんだけど?」
「だから呼んだ。だがそれ以上は許さねぇ」

 律紀は高校時代、天道先輩に気に入られていたことでトラブルに巻き込まれかけたことが数度あった。
 すべて未遂に終わったが、校舎裏などに連れ込まれて暴行を受けそうになったり、どうやって天道先輩に取り入ったのかと詰められたり。
 律紀自身が「何もしていない」と言えば言うほど逆効果で、相手が泣くならいいほう、ほとんどのやつは逆上する。
 あわや殴られるという場面に何度出くわしたことか。
 その点、三上先輩は妙に鼻が効いて、暴行が未遂のうちに場を収めるのが上手かった。
 ちなみにそういうことが立て続けに起こった時期から、天道先輩は律紀のスマホに位置情報追跡アプリを入れている。たぶん今も同じだ。
 どうやら天道先輩も三上先輩のそういう立ち回りにいくらか感謝していて、きちんと報告する気になったということだろう。
 一方、三上先輩の横で宣言を聞いた渡は、こくこくと頷いて見せたあと、こそこそと律紀に耳打ちしていた。

「律紀、同意なの?」
「なにが?」
「先輩のものだとか……俺たちにそういうこと言うのとか」

 律紀は表情を変えずに返す。

「ぼくが至さんのなのは事実だから。でもみんなをびっくりさせるような言い方は、あとで抗議する」
「いっ、いや抗議するようなことじゃない。大丈夫。律紀がいいならいい」

 波風立ちそうになったのを察してか、渡は慌てて引いた。
 渡はいつも涼しい顔をして、情に薄そうに見られることも多いが、誰よりダチ想いだ。思いやりがあるからこそ、宛先を絞るために人を拒む節すらある。
 黙っていることが多いからといって何も考えていないわけではなく、ただ口に出さないだけのところは律紀と通じる。
 渡なりに律紀のことは大事に思っているようで、二人が付かず離れず寄り添っているのを見たあとに、先輩絡みのトラブルなどを聞いて、律紀を慰めてやっていたのかもしれないと思ったのは一度や二度じゃなかった。
 彼はあまり天道先輩に心服していなかった。
 先輩の魅力というより、単純な見目の良さに一目おいていたようだ。よく「足が長すぎる」と褒めていた。律紀のためなら天道先輩に苦言を呈すこともあり、男気があるやつと思っていたのだが、本当に顔とスタイルの良さしか見ていなかった可能性も否定できない。
 三上先輩も渡も思うところはあれど、天道先輩と律紀の仲を認めているようだ。

「川島」

 低く響く声に呼ばれ、びくと肩が跳ねた。

「おまえはどうだ。リツとは一番のダチなんだろ」
「や、そんな、一番だなんて」
「リツはそう思っている。おまえはどうだ?」

 俺は────。
 律紀と、天道先輩。この二人が並んでいるだけで、まるで今でもあの時間が残っているように思えてならない。

 高校時代から、天道先輩は他人が見てもはっきりわかるほど律紀に執着していた。
 出会いのきっかけは知らない。
 どこかぼんやりした平々凡々な律紀と、当時からド派手に目立っていた天道先輩に接点などなさそうだが、気づくと先輩は律紀を見つけていた。
 最初天道先輩といる律紀を見たとき、俺は彼が絡まれているのかと思った。もしくは「足」か「財布」にでもされているのかと。
 だがしばらくしてその認識は改めた。
 ついでに律紀がクラスメイトであることにも気づいた。
 律紀はいつでもマイペースで、どこか浮世離れしていて、危なっかしい。その割に勉強は並にできているし、運動神経が特別悪いわけではないので、ただぼーっとした男なだけだ。
 俺が律紀に声をかけたのは……打算からだった。
 律紀と親しくなれば、遠くから見ているだけのカリスマに近づけるんじゃないかと、それだけだった。
 実際それはすぐに叶った。律紀にくっついていると、天道先輩のほうから寄ってくる。人嫌いのケまであると言われる先輩にしては異例のことだと知った。
 しかし律紀はその上をいく人物だった。
 寄ってくる先輩を平気で拒絶するのだ。
 最初に律紀が天道先輩に対し「嫌です」と言った瞬間を、俺は忘れられない。
 あ、殴られる。と思ったのだ。
 この独特な雰囲気のある、ぽやぽやでひょろい、いかにも弱そうなクラスメイトが吹っ飛ばされるさまを見るのは嫌だと思ったが、俺にはどうしようもない。そうなったら慰めるくらいはできるかもしれない。保健室に連れて行ってやろう。
 そう思ったが、そうはならなかった。
 先輩はおかしそうに目尻を緩めて、嫌がられる上からセクハラまがいのふれあいを続けた。
 律紀も口ではきっぱり「嫌だ」と言うが、本気で嫌がってはいないようだった。本当に嫌なときは言い方が違う。そっけなさも段違いで、そういうときの先輩はすっと引いていた。
 律紀を許す先輩にも、先輩に遠慮がない律紀にも驚いた。
 怪我をするのがわかっているから触らない、そんな危うい気配を持つ天道先輩に、ここまで許される人間がいるのか。そんな驚きもあった。

「野菜くん」

 今度は律紀のまっすぐな目が俺の回想を打ち破る。

「無理しないでいいよ。男同士なんてきもちわるいよね」
「……ぁ、いや……」
「今のは至さんがよくなかった。いくらぼくの友だちだからって、至さんの特殊性癖まで受け入れろだなんて、まったくゴーマンなんだから。そういうとこずっと変わんない」
「おい、特殊性癖ってなんだ」

 すかさず天道先輩のつっこみ、というか威圧が入るが、律紀はどこ吹く風だ。

「だってそうでしょ、ぼくみたいなので手を打って、特殊な好みとしか言えないよ。野菜くんはこう見えて常識的なんだから、至さんの壊れた倫理観に巻き込まないで」
「リツおまえ、あとで覚えてろよ……」

 律紀の言葉はどれもこれも衝撃的だった。
 先輩相手にここまで舐めた口を利けること自体すごいが、俺のことを「常識的」だなどと。
 ……まぁたしかに、見回してみると、なんでも茶化して丸め込んでしまう三上先輩に、根はいいやつだがそうは思われない寡黙くんこと渡、年齢を重ねてより凄みが増して警邏のポリを呼び寄せそうな天道先輩に、言わずもがな変ちくりんな律紀。
 こいつらに比べれば、だいぶマシ寄りかもしれない。
 そんな常識を持った俺は、咄嗟に取り繕う言葉を口にしようとして、思い止まった。
 律紀はなんだかんだと言っていたが、自身が天道先輩のものであるという発言自体は否定しなかった。
 その点は律紀にとって、単なる事実でしかないのか。
 平凡な容姿で、いつだってぼんやりしていて、妙にずれたことを言うこいつを。打算で近づいただけの俺をなぜか気に入って絡むようになった、疑うことを知らないかのようなこいつを。臆面もなく俺を「友だち」だと言って、褒めて懐いてくるこいつを。
 いつまでもあの頃のまま、面影を追ってばかりいるわけにいかないときに、来ているのだろう。

「天道、先輩」
「あ?」
「律紀は、俺の、俺たちの大事な……友だち、なんで。先輩も律紀のこと、大事にしてやってくれなきゃ……俺っ、許しませんから!」

 握りしめた手がぎちぎち言ってる。
 俺自身、こんなことを言えると思ってなかった。天道先輩はこわい人だ。いつだって魅惑的な笑みを浮かべられるのに、いつだって笑ってない。本当の表情は選ばれたものにしか見せない。それは俺じゃない。
 でも俺の気持ちを表す言葉はこれしかなかった。
 天道先輩とは違う形でも、俺だって律紀を大事に思ってる。

「ふぅん?」

 鼻から抜けるような数音の日本語がこんなに怖いことがあるのか。
 沙汰を待つ罪人のように膝を掴んで耐えていると、肩をぽすんと叩かれた。

「はは、律紀のオトモダチ筆頭の野菜くんに恨まれちゃたまんねーからな。その点は安心してくれていいよ」
「……は……は、ぃ」
「てかいじめられてんのはむしろ俺よ。リツってば疑り深くて、まだ俺が女になびくと思い込んでんの」
「それはこれまでの至の素行不良が原因じゃねーの」

 知らず張り詰めていた空気が、三上先輩の茶化し声で霧散した。
 ほっと息をつき、ゆっくり手をほどいて額を拭う。最悪な感触の汗だった。
 やいやい言い合う先輩たちを横目に呼吸を落ち着けていると、天道先輩の向こう側から律紀が小さな声で俺を呼ぶ。

「ありがとね、野菜くん」

 華々しさのない素朴な笑みは昔から変わっていなくて、こいつはさっきの緊迫感などきっと微塵も感じていなくて、俺の心のうちなど絶対にわかっていなくて。
 だからこそ「友だち」なのだろう。

「おう」

 多少ぎこちないだろう笑顔を無理やり浮かべて、片隅に残っていた残像のような面影をくしゃくしゃに丸めて捨てた。
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