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新しい世界への輪廻
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この物語はフィクションであり、登場する人物、場面、設定等はすべて作者の創作であります。ご了承願います。
アンティークショップ
私は一体何を考えているというのだろう? 最近になって新しい世界という言葉が気 になるようになってきた。新しい世界とはこの間夢に見たもので、その夢が数日間、頭の中を巡って離れないのだ。
二十歳になった私は、大学二年生になった。小学生の頃には、相手が男の子であっても関係なく、友達をたくさん作っていた。相手によって態度を変えることを嫌っていたので、好かれる人には好かれたが、嫌われる人には嫌われていたような気がする。それでも、相手によって態度を変えるようなことはしたくなかったので、それはそれでよかった。相手によって態度を変えても、自分を毛嫌いする人はいるはずなので、自分にウソをついたりなどしたくないと思った。
その思いは正解だっただろう。自分のことを一番好きだと言ってくれた友達は男の子にも女の子にもいた。数は少なかったが、それなりに嬉しかった。そんな連中とは中学二年生の頃まで、親友として変わらずに付き合うことができたので、自分の中で、
――この思いは正解だった――
と言えるのも正当性があると思っていた。
しかし、中学三年生になる頃には、次第に態度がぎこちなくなり、お互いに気まずい時間が続くようになった。会話が少なくなり一緒にいることもほとんどなくなった。いわゆる「自然消滅」のような形で、脆くも親友はいなくなってしまったのだ。
それを私は、
――受験というものが、私たちの親友関係を崩したんだ――
と考えた。
確かにその時期には思春期と言われる時期があり、お互いに会話がぎこちなくなることがあったが、それは思春期特有のもので、恥じらいや自分への自信のなさから会話がぎこちなくしていた。仕方がないことであり、それが親友関係を崩すまでのものではないと思っていた。
それが真実だったのか、それとも事実だったのか分からない。しかし、思春期というものは間違いなく存在し、友達の間に一種の楔を打ち込んだことは認めざるおえないだろうが、どこまで影響があったのか分からない。そんなことは考えたくないというのが本心だった。
親友関係を崩してしまったことで、高校に入ってからの私は、友達を作ろうとはしなかった。
――友達なんて煩わしいもの。ましてや親友なんて、最後にもたらすのは、自分に対しての疑問でしかない――
と考えた。
自分に対しての疑問は、煩わしいなどという感覚とは比べものにならない。何しろ自分に疑問を抱くのだから、一歩間違うと、自分を否定することに繋がりかねない。それが恐ろしかったのだ。
――友達がいないと、寂しいと思うんじゃないのかな?
と感じたが、実際に中学三年生から高校に入学してしばらくするまで、友達がいなくても別に辛いとは思わなかった。
――どうしてなんだろう?
中学時代には、三年生になってからは高校受験一筋だったので、余計なことを考える暇はなかった。後から思えば、
――寂しいなんて感覚は、余計なことでしかないんだわ――
と思っていたのだろう。
何とか無事に高校入学できたが、別に感動はなかった。ホッとしたという感情があるだけで、別に嬉しいとか、達成感を感じるなどという感覚はなかった。淡々とした気持ちが私を包んでいた。
――そうだ。達成感というものが欠如していたんだ――
高校受験の時にそれを感じた。
高校時代には、結局友達を作ることなく、気が付けば、進路決定を迫られていた。とりあえず大学だけでも出ておこうと、大学に入って何をしようという意識があるわけではなく、漠然と大学受験を選択した。
「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」
という言葉通り、受験できるあらゆる選択肢を駆使して、何とか今の大学に合格できたのだ。
そんなわけなので、当然達成感などあるわけもない。まわりは、
「よかったわね。合格、おめでとう」
と祝福してくれていたが、それもわざとらしく感じられ、
「ありがとうございます」
と答えながら、頭の中は完全に冷めていた。
そんな気持ちをまわりの人も分かっているのだろう。二言目が出てこない。会話が続くこともないので、明らかに祝福は社交辞令でしかない。
私はその方がありがたかった。
下手に会話が続けば、口にしたくもない言葉を口にしなければいけないだろう。判で押したようなセリフは自分の中で吐き気や嘔吐を催しかねない。そんな気持ち悪さがそのまま人との会話だと思っていることが、いつも一人でいることの理由だと感じていた。
その思いは深く感じるわけではないが、頻繁に感じていないと、自分の存在を否定してしまいそうになり、自分への正当性というよりも、存在意義のようにさえ思っていた。その感情が私の中で何かを考える力となり、何かを考えていないと、自分が消えてしまいそうに思えていたが、自分が世間に流されているという感覚はない。どちらかというと、
――自分だけの世界を楽しんでいる――
と思いたかったに違いない。
――楽しんでいるってどういうことなのかしら?
一人でいろいろ考えていると、なぜかそこに自分が存在していないように思えた。出てくるのは他人だけで、ただ、自分は目だけの存在だった。
ただ、考えているのは自分に他ならない。目だけの存在で何かを考えているという歪にも思える発想を、本人は別におかしいとは思わなかった。むしろ肉体のような余計なものがないだけに、発想が妄想として発展していく中で、何ら違和感がなく、いろいろと普段では考えることができないような発想を頭に描くことができるのだった。
私は、普段から漠然とした態度を取っている。まわりに対しての態度は実に冷めたもの。自分が相手の立場だったら、きっと、腹を立てているに違いない。
しかし、今の私はそれ以外の態度を取ることはできない。人と関わることを余計なことだと思うようになって、二度と人と関わりたくないと思ってから、その思いは変わっていない。
――そんなに強い思いなんだろうか?
自分でも疑問に思うほど、普段から頭の中は淡々としている。それが自分でもよく分からない。
――ひょっとして、何かショックなことがあって、それが尾を引いていて、他人と関わることを身体も頭も受け付けないようになってしまったんじゃないかしら?
と思うようになっていた。
ここまで淡々としている頭の中を継続できるというのは、かなりのことだと思っている。それには、頭も身体も、そのどちらも受け付けない何かが存在しなければいけないのではないかと思えてならない。それが何なのか分かるはずもなく、分かってしまうと今度は冷めてしまい、自分すら見失ってしまうのではないかと思えてきた。
――そんな風にはなりたくない――
この思いが強く頭にある。
淡々とした頭の中で、一番強い思いではないだろうか。
ショックなことというのは、忘れてしまって思い出すことのできないほどの大きなものなのだろう。そんなものを思い出そうとするなどというのは、藪の中のヘビをつついて、無理におびき出すようなものだ。何かの理由が存在し、ヘビが出てきても、絶対に安全だという確証がなければできることではない。それを思うと、今自分の頭の中が淡々としているのも分かる気がしていた。
しかし、逆に考えれば、ショックなことが起こる前の自分はきっと、
――何か熱中できるものがあり、それ以外のことはすべてが付録にしかすぎない――
と思える何かを持っていたのではないかと思う。
今までに何か熱中できるものがあったという記憶はなかった。何かに熱中したいという意識もない。中学時代に親友とぎこちなくなるようなことがなければ、
――ひょっとすると高校生になってから、何か熱中できるものができたのではないか?
と考えることもできるが、今の私にはそれを思い図ることはできなかった。
いまさら中学時代のあの時のことを思い出したくもなかった。
別に逃げているわけではない。淡々と生きている中でも、
――自分が逃げているのではないか?
と考えたことがなかったわけではない。
しかし、そのことを考えるということは、マイナス思考であるという思いに至るのだ。マイナス思考に至るのであれば、それは逃げていることであり、考えることも逃げになってしまうのであれば、
――進むも戻るも同じ道――
だと思えば、最初から考えない方がいい。それこそ余計なことなのだ。
――余計なこと?
淡々と生きるきっかけになった感覚は、
――余計なことをしたくない――
という思いからだった。
淡々と生きることを選んだ以上、余計なことをすることが今の自分の一番の間違いだと考えれば、逃げなどという思いは抱かないに限ると思った。
ただ、私は、
――何か熱中できることを作りたい――
という思いはあった。
一人でいることを選び、孤独であっても、寂しさを感じたくないという思いが頭の中にあった。
今は、孤独であっても寂しさは感じていないが、これからもずっとこのまま行けるかどうか自信があるわけではない。そんな時にどうすればいいかと考えた時、真っ先に浮かんだのは、
――何か熱中できることを持っておきたい――
という思いだった。
もちろん、誰か他人が関わることは避けるのが大前提だった。ただ、熱中できるものができれば、その後で誰か他人と関わることがあっても、別に構わないとも思えた。その人からその熱中できることを邪魔されさえしなければ、別に問題はない。優先順位である熱中できることができれば、そこから先は、一旦頭の中をリセットできる気がしたのだ。
いろいろ考えてみたが、なかなか思いつくものではなかった。女の子なのだから、手芸や料理など、やろうと思えばいくらでもありそうな気がするのだが、どれもピンとこなかった。
実際に、手芸や料理に興じてみたこともあったが、やってみると面白いのは面白いが、本当は湧いてくるはずの達成感が湧いてこなかった。その代わりに沸いてきたのは、虚脱感のようなもので、
――完成させても、それをどうすればいいというのだろう?
本当なら、誰かのために作るというのが手芸や料理を趣味にしている人の目的なのだろう。相手が決まっていなくても、
――まだ見ぬ誰かのために――
と思うだけで一生懸命になれるのが、趣味の醍醐味、そこには、
――健気さ――
というものが潜んでいるに違いない。
やはり誰かのためにするための趣味は自分には向いていないと思った私は、次に考えたのが、
――文章を書くことだった――
小説のような大げさなものはできるはずもない。さらに、俳句や短歌、詩歌のようなものも、嫌いではないが、言葉遊びという行為が、どこかわざとらしさのようなものを感じさせ、それが自分の偏見であり、歪んだ感情であることは分かっていたが、
――できないものはできない――
という感覚から、断念せざるおえなかった。
考えてみれば、淡々として生きているのである。別に気合を入れる必要もないと考えると、一番簡単なものがあることに気が付いた。
――そうだわ。日記をつければいいのよ――
その日にあったことをそのまま書けばいいだけだ。別に飾ることもなく、事実だけを書いて、書き足したいことがあれば、その時に付け加えるのは別に自由である。これほど簡単に思えるものもないだろう。
実際にやってみると、思ったよりも楽しかった。
最初は何が楽しいのか分からなかった。ただ毎日判で押したように、その日のことを少しだけ書いていくだけだった。しかも、毎日書き続けなければ意味がない。その思いがあればあるほど、一日でも書かなかったりすると、その次に書くという気持ちが急激に失せてしまうということは想像がついた。
――日記をつけるのって、煩わしい――
という思いが頭の中になかったわけではない。しかし、それよりも、
――継続は力なりって本当のことだったんだ――
という思いの方が先だった。
それも一瞬の差で感じたことであり、その一瞬が運命を分けたと言っても過言ではない。この思いを私はしばらく忘れることはなかったのだ。
私は、自分が忘れっぽい性格だという自覚は子供の頃からあった。それが実際に意識するようになったのが明確にいつ頃のことなのかというとハッキリはしないが、親友がいた頃も忘れっぽい性格だったという意識があったような気がするので、中学生以前だったことは間違いないようだ。
日記をつけようと思った理由の一つに、自分の忘れっぽい性格があったからかも知れない。ただ、日記をつけようと考えた時期がもう少し遅かったら、長続きはしなかったかも知れない。なぜなら、自分が次第に現実的なことを避けようとするようになってきたことを意識するようになったからだった。
日記を読み返すことは時々あった。日記を読み返すのも楽しいもので、
――あの時、こんなことを考えていたんだ――
という覆い、逆に、
――こんなことを考えていたから、あの頃はこんなことがあったんだ――
と、日記を見て、それを書いた頃の気持ちに戻ることができるからだった。
楽しいこともあれば、本当なら思い出したくないと思うこともあった。だが、日記を読み返していると、楽しいことでも、思い出したくないことであっても、思い出すという行為自体に嫌な気はしなかった。そう思うと、
――やっぱり日記をつけるのって楽しいわ――
と感じるようになっていた。
日記をつけていると、次第に自分の文章力がついてきているような気がした。元々、作文など大嫌いで、実際に作文の授業で、提出した作文の点数は最悪だった。実際に読み返してみると、同じことを繰り返して書いていたり、肝心なことが書かれていなかったりして、支離滅裂な文章に、顔を赤らめるほどだった。そんな私がどうして日記をつけようなどと思ったのか、その時の心境を想い図ることはできないでいた。
日記をつけていると、どんどん文章が上手になってくるのが自分でも分かってきた。その証拠が、
――何度でも読み直したい――
と思えるようになったからで、以前のように、自分の書いた文章を、恥ずかしくて直視できなかった頃ではなくなっていたからだ。本当にそんな頃があったなんて、今からでは信じられないほどだった。
孤独の間にすることを何か見つけるという趣旨で、日記をつけるようになったが、日記を継続することが楽しくなった頃になって、私のことを意識している男の子がいることに気が付いた。
相変わらず、まわりには漠然とした態度を取っていたが、日記を書くようになったからといって、まわりに与える雰囲気が変わったとは思えなかった。
雰囲気が変わったとすれば、それは年齢的にまわりに対して魅力というフェロモンを発散させているからなのか、それとも日記をつけることで、自分の中にある自信に満ちたような態度が表に出ているからなのか分からなかった。しかし、まわりから自分を意識しているその視線を感じることができるのは、その人一人だけなので、まわりにフェロモンを発散させているからだというよりも、たまたまこの時期に、自分の元から持っていた魅力に反応してくれた人が現れただけだと思う方が自然ではないかと思えた。
人には、一生のうちに、自分と相性の合う人に何人かは出会うものではないかと私は思っていた。それが、いわゆる、
――モテキ――
という言葉で表されるものではないかとも考えたことがある。
一生のうちにまわりからウソのようにモテる時期というのがあるのだという。それはすべての人に言えることなのか分からないが、私にはなぜか、
――そんな時期が訪れるのではないか――
とずっと思っていた。
それが今だとは思えない。モテるというのは、相手が一人では成立しない。相思相愛の相手と巡り合うのはモテるということよりも大切なことなのかも知れないが、私にはその時、自分を意識している男の子に対してどのように対応していいのか分からないでいた。
相手の視線を浴びせてはくるが、それ以上距離を縮めてこようとはしない。彼の視線は露骨なもので、隠そうという意志はまったくない。
本人は隠そうという意志を持っているのかどうか分からないが、浴びせられている本人には、隠そうとしていない意識に思えてならなかった。
――ひょっとすると、二人にだけしか分からない波長というものがあって、誰にも分かるものではないかも知れない――
と思っていたが、当たらずとも遠からじ、他の人の様子を見て、私にもその男性にも意識を持って見ている人を感じたことはなかった。
その相手というのは、大学の後輩だった。
その時、私は大学の二年生になっていて、別にサークル活動をしているわけでもなく、アルバイトに勤しむのが日課だった。もちろん、講義には支障のないようにアルバイトをしていたが、その時、ある講義で一緒になった後輩が、彼だったのだ。
彼の存在は、二年生になっての最初の講義から分かっていた。
――あれだけの視線なんだから、分からない方がおかしいわー―
と思うほどだったのに、普段は意識しないように振舞っていたが、たまに彼の様子を凝視しようと、視線を向けると、慌てて視線を逸らしてしまう。
普段は意識しないようにしている相手が急に視線を浴びせたことで慌てた態度が反射的に目線を逸らせることになったのか、それとも、私が意識していないと思っていたので、急に意識した態度になったことで、うろたえてしまったのか、私には分からなかった。だが、私が視線を元に戻した瞬間に、また同じように私に対しての視線を向けてくることで、後者だったのではないかと思うようになっていた。
そんな彼が声を掛けてきたのは春も終わりかけの、ある蒸し暑い夕方だった。
講義以外では会うことのなかった彼と、キャンパスを歩いていて遭った時だった。その日は普段ならアルバイトの日だったのだが、アルバイト先が店内改装っを行うとかで、一週間の休みが入ってしまった。アルバイトと学業を両立させていたので、ほとんど講義の時間以外、大学にいることはなかったので、何となく違和感があった。
しかし、大学というところは、学生で溢れているところ、一人の学生が普段いないのに、急にいたとしても誰も気にするはずもない。特に毎日を淡々と漠然と過ごしている私は特にそうであった。
キャンパスですれ違った時、どちらが最初に気づいたのだろう。私が気づいた時には、彼の表情には驚きと喜びの両方があったような気がする。驚きの表情にはそれほどビックリしなかったが、その時に感じた喜びの表情の意味が分からなかったので、私は一瞬戸惑った。
彼もすぐには声を掛けてこなかったが、それはきっと私が一瞬だとはいえ、戸惑った表情を見せたことで、躊躇いがあったのかも知れない。
それでも、二人同時に振り向いた時、しどろもどろに見えた彼だったが、すぐに気を取り直して、
「中田さんですよね。同じ講義に出ている」
と声を掛けられた。
私も彼が向けてくれた水に乗っかることで、うろたえを抑えることができ、
「え、ええ、臨床心理学の時間ですよね」
「はい、僕のことを覚えてくれていたんですか?」
「ええ、普段は人を意識するということはないんですけど、あなたのことは意識してしまっていました」
本当なら失礼になりかねない言い方だが、彼なら失礼に思うはずないと思い、口から躊躇いもなく、出てきた言葉だった。
「それは嬉しいな。僕も普段は誰も意識なんかしないんですが、中田さんを見てから何となく気になってしまっていたんですよ。ひょっとすると、中田さんの雰囲気が、自分の昔の思い出に引っかかったのかも知れません」
この言葉も、聞きようによっては、相手に失礼になる言い回しなのかも知れない。しかし、私はそんな意識はなかった。嬉しいという言葉が最初に浮かんでくると、それ以上でもそれ以下でもない感覚に陥って、素直に今の気持ちを大切にしたいと思うのだった。
もちろん、これが彼からの告白ではないだろう。男の人から好かれることなどないと思っていた私だったので、
「好きです」
と言われても、ピンとはこないだろうと思っていた。それよりも、そんな言葉を覚悟を持って言ってくれた相手にどのように失礼のないような態度を取るべきなのかということの方が気になっていた。普段から漠然とした態度を取っているくせに、いざとなった時、相手に対してどのような態度を取るかということは、頭の中を巡ってしまう。それが習性というものなのかと思うと、どのようにそれ以降を解釈していいのか、考えものだった。
ただ、彼の雰囲気は、何かを覚悟したり、思い詰めているような様子はない。ただ、顔見知りの相手に会って、喜んでいるという態度が前面に出ていて、その様子が自分で感じいていたイメージよりも大げさに感じられたことと、自分の中でも彼のことを少なからず意識していたということを証明しているようで、少しむず痒い気分にさせられたのだ。
「あなたは確か、氷室君だったかしら?」
いまさら、名前を確認するというのも滑稽な気がしたが、それを聞いて彼は嬉々とした雰囲気で、興奮していたようだ。
「覚えてくれていたんですね。感激だな」
というと、小躍りしているかのようだった。そんな氷室の露骨とも思えるような大げさな態度に少し戸惑ったが、別に悪い気はしなかった。
――名前を覚えていただけでここまで感動してくれるなんて――
と、彼のその大げさな態度に厭らしさなどの欠片もなかったのは、なぜだったのか。たぶん私はその時の雰囲気に酔っていたに違いない。
「中田さんがこの時間キャンパス内におられるのって珍しいんじゃないですか?」
「ええ」
――どうして、この人はそんなことを知っているのだろう?
と感じたが、
「すみません。僕はこの時間結構大学にいることが多いので、今までに見たことが一度もなかったので、いつもはもう帰ってらっしゃるんだろうなって思っただけなんですよ」
と、半分は言い訳なのだろうが、素直にそれを聞いて、
「ええ」
と答えた。
聞きようによっては、相手に、
「自分はあなたに興味を持っています」
という意識を匂わせることにもなる。露骨ではないが、その言い方は不器用であり、微笑ましさをアピールしているように見えなくもない。
しかし、氷室の普段の様子を見ていると、本当に不器用なところがありそうに思えたので、露骨さよりも微笑ましさの方が強かった。そう思うと、やはり声を掛けられて嫌な気分にはならなかった。
今まで、人とあまり関わりたくないと思っていた私だったが、その時は、
――今日くらいはいいかも知れないわ――
と感じた。
それはアルバイトがなくなったことでできた時間をどのように過ごすかが曖昧だったからだというのもあるが、アルバイトがなくなったことに何か意味があるのではないかという思いもあるからなのかも知れないと感じた。
――今日なら、彼とであれば、お茶に誘われてもいいような気がする――
と感じたのを察したのか、
「せっかくここでお会いしたんですから、お茶でもいかがですか?」
気持ちを見透かされたと思うと少し癪だったが、思っていた通りの展開に、結局は満足できるので、お茶の誘いに断る理由などなかった。
彼の雰囲気を見ていると、自分の知っている他の男性とは違っていることは最初から分かっていたような気がする。その思いが、彼との会話を楽しみにしている自分が、人と関わりたくないという思いよりも上回っていることを感じていた。
人と関わりたくないという思いは、想像以上に、人との関わりというものを他の人と違った温度差を持っているかということだった。実際に、どうしても人と関わらないといけない時、自分もぎこちないが、それよりも相手の方が自分にぎこちない態度を取っているということに、意外と気づいていないものだ。
しかし、彼と一緒にいると、そのことを気づかされた気がした。最初は、遠慮がちだった彼だったが、こちらが少しでも相手に合わせようとしているのを見ると、それまでの遠慮がちな態度とは正反対に、厚かましさすら見えるほどになった。
もし、これが他の人だったら、その厚かましさに嫌気が差していたに違いない。彼の場合には、その厚かましさが自分を引っ張っていってくれる力に感じられた。同じ厚かましさを感じるのにでも、ただの強引なだけだと感じるか、引っ込み思案の私を引っ張ってくれていると感じるかによって、まったく違うということをいまさらながらに思い知らされた。
そのことを他の人に言ったとすれば、
「そんな当たり前のことに、今気づいたの?」
と言って、嘲笑われるに違いない。いわゆる失笑というやつに違いない。ただ、彼の場合は自分の知っている人たちとは変わった人種で、他の人が二人を見ると、
「似たもの同士だ」
と言うに違いなかった。
私はその時は別に人から笑われても構わないと普段から思っていたので、自分に言い寄ってくる男性がいるとすれば、別に無碍に避けるようなことはしないだろうと普段から考えていた。
彼が連れていってくれたのは、大学の近くの店ではなかった。
――大学の近くのお店なんだろうな――
と考えていた私は、彼が早足で駅に向かっているのを、普段はゆっくりにしか歩かないせいもあってか、何とかついていくのに必死だった。おかげで、駅までの距離をそんなに感じることもなく、必死でついていったわりには、息切れが収まってから、疲れが残ることはなかったのだ。
電車はすぐにやってきて、席に座って落ち着いていると、彼は私に興味を示すことなく、ただ車窓を眺めていた。
――何をそんなに見つめているんだろう?
別に何かを凝視しているというわけではない。ただ漠然と車窓から流れる景色を眺めているだけに感じられた。しかし、その様子からは、こちらから話しかけられる雰囲気はなく、彼の横顔を見つめるだけだった。彼は車窓を漠然と見ているだけだったが、急にニッコリと笑顔を見せることがあるのを感じると、
――何かを思い出しているのだろうか?
と思えたのだ。
電車に乗って三駅ほどのところで、彼は、
「さあ、降りよう」
と言って、私の手を引っ張ってくれた。
――相手は後輩で、私よりも年下のはずなのに、別に嫌な気分にはならないわ――
と、感じた。
あまり人と関わりたくないと思っている私は、その理由の一つに、
――私に対して礼儀を尽くしてくれない人に対して、どんな態度を取ればいいのか分からない――
と感じていたからだ。
自分に対して礼儀を尽くすのが当たり前だなどとは思っていないが、礼儀を尽くすことも知らない人と、どう接すればいいのか分からない。つまり、自分の想像もつかないことを考えている人と付き合うことの煩わしさが、人と関わりたくないという思いを抱かせていると思っているのだ。
彼に引っ張られながら駅を降りると、その駅は今まで降りたことのない駅だったこともあり、新鮮な気がした。しかも、初めて降りる駅に、誰か他の人が一緒にいるなどと想像したこともなかった。その相手というのは、今日初めて親しく話をした人である。どんな人なのか分からない相手、新鮮に感じるなど、本当に私の頭が考えたことなのだろうか?
その駅は、まわりを森に囲まれていると言ってもいいほど、自然のまだ残った場所だった。
駅前から森のように続いているその場所は、奥に神社があり、公園になっていたのだ。今までに一度も降りたことがなかっただけで、いずれは降りてみたいと思っていた駅でもあった。新鮮に感じたのは、彼と降りたからではなく、以前から興味があったからだと自分に言い聞かせていた。
今はまだ冬なので感じないが、少し暑さを感じる時期であれば、セミの声が似合う場所であることは分かったに違いない。
私は暑い時期は嫌いだった。寒い時期であれば、着込んでいればいいだけで、暑い時期には脱ぐわけにはいかないからだ。それに、
――裸になったとしても、暑いものは暑いんだわ――
と思う。
暑い時期に行く海も嫌いで、べたべたする潮風に当たると、子供の頃などは次の日にいつも熱を出していた。その頃から身体に纏わりつく汗が大嫌いで、
「夏なんかなくなればいいのに」
と普段から口にしていた。
人との関わりが嫌になったのは、親の存在もその一つだった。
両親は、子供が喜ぶだろうという思いから、普段から休みの日などはいろいろなところに連れていってくれた。
私には兄が一人いるが、兄も同じ気持ちで、
「せっかく連れて行ってくれるというのはいいんだけど、ありがた迷惑なんだよな。しかも、行きたくないといえば、急に怒り出して、『せっかく連れていってやるって言ってるのに』って、まるで押し付けのような態度を取る。困ったもんだよな」
と言っていた。
確かに親とすれば、子供が喜ぶ顔が見たいという思いなのだろうが、子供からすれば、自分たちの気持ちを無視して、親の義務を押し売りされても嬉しいわけでも何でもない。押し付ける思いを自分たちの子供の頃にもしたはずではないのかと思うと、
「大人になると、自分たちが子供の頃のことなんて、忘れてしまっているんじゃないかしら?」
と兄に言った。
すると兄は、
「大人になるとって言うよりも、親になるとじゃないかな? 俺たちも親になることがあれば、気をつけないとな」
と、兄はそう言っていた。
兄は私よりも三つ年上。この話をしたのは、兄が中学に入学した頃だったような気がする。そう思うと、お互いに子供なのに冷めた考えをしていたんだと思えてならなかった。
だから、人と関わりたくないという思いを簡単に抱くことができたのかも知れない。冷めた考えをしなければ、もう少し人と関わることを考えただろうに、今から思えばどちらがよかったのか、分からない。
いや、分かりたいとは思わない。今でもずっと人と関わりたくないという思いをずっと抱いてきたことに違和感もなければ後悔もない。下手に分かってしまい、いまさら迷ったりするくらいなら、冷めたままの頭でいた方がいいに決まっている。
そんな両親への思いを、兄も私も隠そうとはしなかった。両親はともに、私にとって、それぞれに嫌なところが露骨に見えていたのだ。
父親の場合は、完全な君主だった。家では父親の意見が絶対で、それに従わないなどありえないと思っていたのではないだろうか。そんな父親に母親はまったく逆らおうとはしない。そんな母親を見て、兄も私も嫌気が差していた。
「父親と母親、どちらが嫌いか?」
と聞かれたら、私は迷わず、
「母親です」
と答えただろう?
兄がどう答えるか分からなかったが、兄の母親を見る目は、完全に軽蔑の目だった。
私も自分では気づいていないだけで、兄と同じ視線を母親に送っていたことだろう。
私もそうだが、兄も両親のことを、
「父、母」
とは呼ばない。
「父親、母親」
と、下に「親」という言葉をつけるのだ。それは、両親に対して自分たちが関わりたくないという思いを言葉にして表現しているからだった。他の人が私たちの親に対しての呼び方を聞いた時、きっと他人事のように聞こえるに違いない。
母親に対して、どうしてそこまで恨みを持っているのかというと、
「お父さんに言いつけるわよ」
というのが母親の口癖だった。
子供の頃の私や兄が、両親に対して少しでも逆らうようなことを口にすると、母親は決まって父親の名前を口にして、
「言いつける」
という。
それは、自分には決定権はなく、父親がすべてを決めているという体制に、何ら疑問を持っていないからに思えた。しかし、少し大人になって考えると、それは自分の逃げであり、父親に逆らえないことの蟠りを、私たち子供にぶつけているのではないかと思えてくるから、母親に対しての憤りが募ってくるのも当たり前だった。
――子供をダシにして自分の鬱憤を晴らそうとするなんて――
そう思うと、どれほど自分たちが惨めな存在なのかということを思い知らされたようで嫌になるのだ。
何といっても、嫌いな父に逆らうこともできない弱弱しい母親から、自分たちがダシにされているなど、怒りを通り越して、情けなくなってくるくらいだった。
私が中学生になった頃から、両親に対しての情けなく思っている感情は、きっと表情に出ていたことだろう。兄を見ていると、完全なくらいに露骨な表情をしていた。
父親は、そんな兄を無視しているようだった。私を見る時も、一瞬視線を逸らしているように思えた。あれだけ絶対的な存在だった父親が子供を避けるようになったなど、どう解釈すればいいというのだろう。
子供としては、父親に逆らうことは、自分の生き方を確かめているつもりだったのに、その父親が視線を逸らそうとしているというのは、まるでボクシングのパンチを、豆腐に向かってしているような感覚だ。力を入れれば入れるほど、自分が破壊されそうな状況に私たちはどうすればいいというのだろう?
母親もそんな父親に対して、相変わらず何も言わない。
しかし、もう大人になりかけている私たちに、相変わらず子供の頃と同じように、
「お父さんに言いつけるわよ」
と、バカの一つ覚えの言葉しか吐くことを知らない。
――どんな頭の構造をしているというのだろう?
開いた口が塞がらないとはまさしくこのことで、今度は自分たちの怒りの矛先をどこに向けていいのか分からなくなってきた。
私が高校生の頃になると、両親の仲はおかしくなっていた。
父親は家に帰ってこなくなり、母親もその頃からパートに出るようになった。
元々、専業主婦というわけではなく、私が生まれるまでは兄を育てながらパートもしていたという。だが、私が生まれると母親はパートを辞め、完全に家庭に入ったようだ。
それは父親の命令からだったという。
「本当は、パート続けたかったの」
と、母親の気持ちを近所のおばさんに聞かされたのは、再度パートに出るようになってからのことだった。
その頃には、両親が何をしようと、兄も私も別に気にはしていなかったが、近所のおばさんは子供たちが何か気にしていると勝手に思い込み、子供に対しての配慮か、それとも母親への気遣いからなのか、別に聞きたくもなかったけど話してくれたことを、
「ありがとうございます」
と言って、甘んじて話を聞いた。
パートを続けたかった気持ちもあってか、子供に当たっていたのかと思うと、別にパートに出るくらい、何ら気になるものでもなかった。ただおばさんとしては、
「お母さんを少しでも助けてあげてね」
と言いたかったのかも知れないが、私たち兄弟にとっては、そんなことはどうでもいいことだった。
おせっかいな近所のおばさんもいたりしたが、どうやら、その頃から両親の仲がおかしくなっていることに、そのおばさんは気づいたのかも知れない。
もちろん、父親とはほとんど面識がないので、母親の側からしか分かるものではないが、おばさんは、当然全面的に母親の味方であった。
両親に対して義理だてるつもりはないが、一方からだけに味方がいるというのは、不公平に感じられた。自分の両親のことなので、そんな単純なことだけではないのだろうが、元々他人事のように接してきた相手である。それ以上には考えることが、兄も私にもできるはずはなかったのだ。
両親の仲がどのようにおかしくなってきているのかは、おばさんの態度を見ているとよく分かる。
――味方は誰もいない――
とでも思っているのか、どうやら母親の相談相手は全面的にそのおばさんのようだった。
最初は、おばさんも母親に対して全面的な味方だったようだが、そのうちに、急に母親を遠ざけるような雰囲気が感じられた。
――どうしたんだろう? 自分でけしかけておいて、少し状況が変わってきたので、避け始めたのかしら?
というような想像をしたりもしたが、別に母親はおばさんを恨んでいるような様子はなかった。
むしろ、自分の味方をずっとしておいてほしいというような、物欲しそうな雰囲気に感じたのは、気のせいではないだろう。
――弱みを持っているのは母親の方ではないだろうか?
そのうちに、よからぬウワサが近所で流れるようになった。
「どうやら、あの人、不倫しているってウワサが流れているんだ」
と、兄が教えてくれた。
「あの人」
そう、兄は母親のことをそう呼ぶ。これは今に始まったことではなく、前からそうだったのだ。
なるほど、それなら母親とおばさんの立場からの態度も分かるというものだ。
最初は、母親とおばさんしか知らなかった。おばさんは黙っておかなければいけない立場にあり、もし、これが誰かに知られると、自分が漏らしたと思われる。これはおばさんにとってはリスクでしかない。母親を避けようとしたのも分からなくもない。
母親とすれば、何とか力になってもらいたいと思い、勇気を持って打ち明けたのがおばさんだったら、おばさんを何とか離したくないと思うのも当たり前のことだろう。
「もし、私でも同じことをしたかも」
母親との一線を画した立ち位置に変わりはないが、女性として一縷の同情もないわけではない。何とも複雑な気持ちでもあった。
しかし、兄は、やはり母親が嫌いだった。不倫と聞いて、すぐに嫌悪をあらわにし、決定的な温度差を感じたに違いない。
「やはり」
と、前から、こうなることくらい想像していたのかも知れないと思うと、兄も少し自分から遠い存在になってしまったのではないかと思うと、少しショックな気がしてくるのだった。
私は最初こそショックだったが、次第にあまり気にならなくなっていた。逆に兄の方が、最初は何も気にしていない様子だったにも関わらず、次第に苛立ちを示しているように思えてきた。
「男の人というのは、何だかんだ言って、女性よりも母親に対しては執着心が深いものなのよ」
という話を聞いたことがあった。
「お兄ちゃんに限ってそんなことはない」
と、口にはしたが、実際に兄の様子を見てみると、それまでの冷静さを欠いているようだった。
「女なんて、しょせん男には分からない人種さ」
と、私も女であるにも関わらず、気遣いもなく、そんな言葉を口にした。
他人に対して気配りをしない分、私には細心の注意を払って話をしてくれていた兄だったのに、一体どうしたというのだろう?
男の人を信用していない自分の考えが間違っていなかったのを、その時の兄が証明してくれたようで、何とも皮肉だった。だが、それも私が高校を卒業するまでのことで、大学に入学すると、男性に対して信用できないという意識は次第に薄れていった。
私が高校の時に、両親の離婚が成立した。私は母親に引き取られ、兄は父親に引き取られた。
兄の方はすでに成人していたので、大学生ではあったが、一人暮らしをすることで、父親から離れることができた。私は早く大学生になることばかりを考えて、勉強に勤しんだ。そのおかげか、希望の大学というわけにはいかなかったが、何とか大学に合格することができ、一人暮らしを始めた。
母親の方としても、私が家を出ると言った時、
「別に構わないわよ」
別に反対することもなかった。
両親の離婚は揉めることもなく協議離婚だったので、慰謝料等の問題もなかった。下手に揉められて、両親の精神が疲弊してしまうと、他人事のように思おうとしても、そばにいるだけできつくなるのは当たり前のこと。最後はバラバラになってしまったが、遅かれ早かれ、そうなる運命だったのだ。最初から家庭崩壊は決まっていたようなものだったのだろう。
そんなことがあって、私に声を掛けてきた後輩の男の子。彼に対して新鮮さを感じたのは、父親とも兄とも違うタイプの男性だったからだ。考えてみれば、同じタイプの男性がこんな近くにいるということ自体ありえないことで、こちらも新鮮に感じるかも知れない。そんなことを思っていながら、氷室は、森の中を通り抜けるようにわあつぃを引っ張っていくと、五分ほどで森になった公園を通り抜けた。
「ここは?」
どんなところが目の前に飛び込んでくるのだろうと思いながらついていくと、想像していたのと少し違って、そこにあるのは、閑静な住宅街だった。
「駅から公園を通って住宅街に抜けるには、暗すぎるわね。夜だったら、本当に怖いかも知れないわ」
と感じたことを口にした。
「ええ、確かにそうですよね。でもね、僕がここを通ったのはわざと通っただけで、本当は森を迂回するようにして広い道が開けているので、住宅街に住んでいる人はそっちの道を通るんですよ」
と、言ったので、
「じゃあ、どうして今日はこの道を通ったんですか?」
と聞くと、
「僕の気に入っている喫茶店には、この道が一番近いんですよ。実はそのお店というのは、このあたりに住宅街ができる前からあって、森の近くには、元々工場があったんです。その工場の人たちが食堂として利用していたんですけど、工場から住宅街に変わってから、客層が変わったので、喫茶店にしたんだそうです」
彼の話を聞きながら、頭の中でその店を想像してみたが、うまく想像できるものではなかった。
私は喫茶店というのは、大学に入ってから、サークル勧誘の時期に、先輩から何とか連れていってもらったのが最初だった。高校時代までは、喫茶店というと子供の頃に入ったくらいで、記憶としては、ほとんどなかった。何しろ喫茶店に連れていったのは両親で、兄と一緒に嫌々入ったものだ。食事を決めるのも父の判断で、別に好き嫌いのある方ではない私だったが、喫茶店で食べた食事をおいしいと感じたことはなかった。
――人に決められて食べるものほど、マズいものはない――
兄も私も、その時に嫌というほど感じたことだろう。
その時に食べたもので好きだったのは、オムライスだった。
元々チキンライスと卵料理は好きだったので、その二つが一緒になったオムライスは、私の大好物だった。今でこそあまり食べなくなったが、それは昔ながらの食堂が減ってきたからだった。
あれだけ嫌だと思っていた両親から、週末になると強引に連れて行かれたデパートの大衆食堂。ほとんど見ることはなくなってしまったが、あれだけは嫌で嫌で仕方のなかったデパートで好きなところだった。
ここまで毛嫌いしていたデパートだったが、大人になると懐かしいと感じるのはどういう心境だろう。
大学生になってから一度デパートに入ったことがあった。本当なら嫌いなデパートなので、分かっていれば選ばなかったアルバイトで、一日だけのアルバイトだったのだが、それが会場設営の会社から派遣される形のものだった。
まずは、会社に出社して、そこから数人で別れて車に乗り、それぞれの派遣先へ連れていってもらうのだが、私はその時、ちょうどデパートの担当になった。
夕方からのアルバイトで、デパートには午後五時くらいについた。午後八時までの営業時間だったので、二時間近くはデパートの雰囲気を味わなければいけない。
最初は懐かしさなど微塵もなかったのだが、閉店時間の午後八時が近づいてくると、店内には閉店の音楽が流れていた。
それは、私が小学生の頃と変わっていなかった。
――何となく寂しく感じられる音色――
そのイメージだけが残っていたのだが、改めて聞いていると、懐かしさの方が強く感じられた。
ボーっとしていたのだろう。
「そこ、ボーっとしないで作業してください」
と、設営会社の社員から注意を受けた。
「あ、すみません」
まさか、嫌いだったデパートの、しかも、閉店の音楽という寂しいはずの音色から、懐かしさを感じるなんて、自分でも信じられなかった。
ただ、その時の設営をした時の思い出を思い出したというのは、本当に偶然だったのだろうか。そのことを、すぐに私は感じることになる。
展示会場の設営をしている時、急にお腹がすいてきた。
――オムライスが食べたいな――
やはりこのデパートのオムライスを食べてみたかった。
しかし、その日は閉店してしまったので、別の日に来てみると、すでに子供の頃にあった大衆食堂はなくなっていて、オムライスなど、どこを探してもなかったのだ。
――いや、他のオムライスを食べたいわけではないんだ――
私が食べたいのはこのお店のオムライス。たぶん他のお店にオムライスがあったとしても、それを食べたいとは思わないに違いない。
実際に、最近ではオムライスの専門店のようなものがあるが、
――オムライス好きの自分としては、一度は行ってみたい――
と思い、店に入った。
メニューを見て愕然とした。
いろいろ珍しい種類のオムライスがたくさんメニューに並んでいる。今で言えば、
――インスタ映え――
のするような色とりどりのメニューだった。
しかし、自分の所望しているのはスタンダードなオムライスである。
「すみません。昔ながらのオムライスってありますか?」
と店員に聞いてみると、店員はすぐにメニューを取って、
「これですね」
と言って、ページを開いて示してくれたが、最初に訝しそうな目で私を見たのを見逃すことはなかった。
「じゃあ、これください」
時間的には少し他のオムライスを頼むよりも時間が掛かったようだ。
――こんなものを頼む人なんて、誰もいないんでしょうね――
と感じた。
とりあえずメニューには載せておいたが、頼む人などいないという考えから、他の料理のように、大量に作っておくようなことはしていなかっただろうから、一から作ったに違いない。
食べてみると、さらに愕然。
――なんだ、これは――
記憶にある味とはまったく違っていた。
子供の頃に食べたものなので、身体が完全に記憶できていなかったのか。それとも、大人になるにつれて舌が肥えてきたことで、おいしいものというものに対して感覚がマヒしてきていたのか、
――食べるんじゃなかった――
と感じさせるほどだった。
子供の頃に食べておいしかったものは、オムライスに限らず、その味を再度味わうことができなかった。思い出は思い出として残るしかないのだと、私はその時に感じたのだった。
氷室が連れていってくれるという喫茶店も、以前は近くの工場の工員相手の食堂だったというではないか。きっと私が食べたのと同じ感覚になれる料理が、一人にひとつは少なくともあったに違いない。工場がなくなってから食堂が喫茶店に変わったというのも、時代を反映しているからなのか、時系列というものが本当に正確に時を刻んでいるものなのか、疑問に感じてしまっていた。
そんなことを考えながら歩いていると、時間を忘れてしまいそうになっていた。
「少し歩かせてすみませんでしたが、そこを曲がると目的の喫茶店があります」
と言われ、少し歩いたと言われても、いろいろなことを考えながら歩いていたので、どれほどの少しなのか分からなかった。それを思うと思わず吹き出してしまいそうになるのだった。
彼の後ろをついていくように角を曲がると、なるほど、確かに喫茶店の佇まいが目の前に飛び込んできた。チェーン店になったカフェが多い今の時代に、昔ながらの純喫茶が残っているのを見ると、なぜかほほえましい気分になった。
――目の前に懐かしいオムライスを置かれたような気分だわ――
と感じたが、またしても思い出したのは、オムライス専門店だった。
見た目は昔なつかしのオムライスなのだが、実際に食べてみると、味はまったく違っていた。
――昔のレシピが残っていないということなのか?
と考えたが、そもそも人気メニューばかりが売れるチェーン店。昔ながらのオムライスを注文する人などいるのだろうか? 私のような客を相手にするほど、チェーン店は暇ではないのだろう。
――でも、クレーマーだったらどうするんだろう?
チェーン店なので、それなりの接客マニュアルくらいは用意してあるはずだ。
「お客様一人ひとりのお好みに合わせてお作りしておりませんので、そのあたりはご了承ください」
とでもいうのだろう。
それが一番ありがちな回答のように思える。マニュアルというのは、相手をなるべく怒らせないように、自分たちの正当性を説得しようとするものだろう。そういわれてしまうと、クレーマーとすれば、あとは強引に無理を押し通すしかなくなるだろう。そうなると、店側の勝ちなのではないだろうか。
喫茶店が近づいてくるにつれて、次第にくたびれた様子が見て取れた。お世辞にも女性をデートに誘って、相手が喜ぶようなところには見えない。彼は何を思って、私をこの店に誘ったというのだろう。
くたびれた様子に見えたのは、建物の造りが木造に見えたからだ。実際に木造ではないのだろうが、木目調の雰囲気に、まるで蔦でも絡んでいるような雰囲気に、
――昭和のよき時代――
を思わせた。
平成生まれの私に、昭和のよき時代と言われても、そんなイメージが頭に浮かんでくるはずもない。それでも、写真で見たり、CDジャケットなどで、昔の雰囲気を見たりしたことはあったので、喫茶店の外装に、嫌な気分はなかった。
「ガランガラン」
氷室が扉を開けると、鈍い鈴の根が響いた。
「まるで、アルプスの羊飼いのようだわ」
というと、
「アルプスの少女を思い浮かべましたね? ほとんどの人はそれを思い浮かべるらしいんですよ。でも、僕は少し違いましてね。僕には小学生の頃に行った、神戸にある六甲山が思い浮かんだんですよ」
「えっ、神戸ですか?」
「ええ、あそこには、高山植物園があって、温室のようなものもいくつかある。朝にはいつももやがかかっているようなイメージがあって、ほとんどの音が籠もって聞こえるんですよ。だから、ここの鈍い鈴の音も、湿気を帯びた空気の中に佇んでいる雰囲気を感じさせます」
と言った。
神戸というと、小学生の頃、仲の良かった友達が引っ越していったところだった。あれは小学五年生の頃だったが、もうすぐ中学生になるのだという意識を持ち始めた頃だった。
小学五年生としては中学生を想像するには早い時期ではあったが、彼女の頭の中では中学生をイメージしていたようだ。
「中学に入ったら、水泳部に入るんだ」
と言っていた。
スポーツ音痴で、他に何もとりえのない女の子だったが、水泳だけが得意だった。早く中学に入って水泳部で活躍する自分を想像していたに違いない。
私はそんな彼女が眩しく見えた。
私の場合は、確かにとりえというものはないが、それでも、何でも平均的にはこなせたと思っている。それだけに中学に入っても、何か特別にやりたいことがあるわけではない。その頃から、
――中学に入っても部活はしないだろう――
と思っていた。
実際に部活をするわけではなかった。もしどこかのクラブに入部していたとしても、長続きはしなかったと思う。部活をしていても、結局人と関わることを嫌うようになるのだから、悩むことはあっても、そのまま部活を続けることはなかっただろう。
神戸に引っ越していった友達とは、中学に入ってから疎遠になった。中学に入ってから最初にもらった手紙には、
「念願の水泳部に入部した」
と書いてあったので、忙しくなったのだろう。
私の方はというと、人と関わりたくないという思いを抱いたのが同時期だったように思っているが、彼女と疎遠になったことで人と関わりたくなくなったのか、それとも人と関わりたくないと思うようになったので、彼女と疎遠になってしまったのかのどちらなのか分からないでいた。
最初は、せっかく仲良かった友達を引き裂くことになった神戸という街を、その名前を聞くだけで嫌だった。だが、まだ疎遠になる前の小学生の頃、私と違って几帳面な性格の彼女は、頻繁に手紙をくれていた。
その中には、神戸という街が、どれほど素晴らしい街かということが書かれていて、
「有菜ちゃんも、来た時、私がいろいろ案内してあげるわよ。海も山も近くて、まるで外国に来たような雰囲気の街、素晴らしいからぜひ来てね」
と追記されていた。
今から思えば憧れのようなところがあった街である。ずっと生まれた街から離れたことのない私は、この街から離れていく彼女のことが羨ましかったのだろう。実際に本屋に行って、ガイドブックを立ち読みしたこともあった。彼女の手紙の通り、素晴らしい街のようだ。
ガイドブックに書かれているので、いいことしか書いていないということを理解していると言う思いを差し引いても、憧れに値する街だということに間違いはなさそうだ。
そんな憧れの街の名前を氷室は口にした。
――この人は、神戸にも行ったことがあるんだろうな――
と、そう思うと、ガイドブックで見た神戸の街が思い浮かんできた。
今までに私は神戸には行ったことがなかった。大学に入って、一年生の時、九州に一人で旅行に行ったことはあったが、その一回だけだった。どうして九州を選んだのかというと、一番一人旅に似合っているような気がしたからで、その根拠は温泉が多いことだった。大分、福岡、佐賀、長崎と、北部九州を数日間掛けて回った。基本、観光というよりも、温泉目的だったのだ。
なるべく節約を心がけた旅行だったが、それでも自分には大金だった。数ヶ月のアルバイトで貯めたお金を元手に旅行したのだが、楽しかったという思い出は帰ってきてから数日間で終わりを告げ、冷めた気持ちになると、お金がもったいなかったという思いも湧いてくるのだった。
――誰かと一緒だったら、こんな気持ちにはならなかったのかな?
とも思ったが、そう思えば思うほど、頭の中は冷静になってくる。結局、どう考えたとしても、最終的には現実的にしか考えられないのだった。
その思いがあったからか、冬にはどこにもでかけなかった。アルバイトに明け暮れて、服を買ったり、アクセサリーを買ったりした。
――やっぱり、残るものを買う方が、お金の使い道としてはいいわ――
と思い、旅行から帰って来た時のような冷めた気持ちにはならなかった。
――思い出なんて、一銭にもならないわ――
と考えていた。
神戸に高山植物園があるというのは、ガイドブックを見て知っていた。しかし、小学生の自分には興味がなく、ほとんどスルーしていたのだ。
氷室の口から神戸という地名が出てきた時にも驚いたが、さらに高山植物園の話が出てきたことにも驚いた。
――この人は、私とは違うタイプの人なんだ――
と感じた。
しかし、何を驚いているというのだろう? 私はいつも、
「他の人とは違うんだ」
と自分に言い聞かせてきた。そう思うことで人と関わりと持たないことへの正当性を感じ、間違っていないと思っている。それなのに、どうして彼に対してあらためて、自分とは違うタイプだということを認識したことに驚きを示さなければいけないのだ。それこそビックリである。
彼に促されて店内に入ると、表から見たレトロな雰囲気がそのまま広がっていた。
そこはまるでコテージのように、すべてが木製であり、椅子もテーブルもカウンターも、木造以外の何ものでもないように思えたのだった。
中は十分に暖房が利いていて、暑いくらいだった。
――木造というのは、暖かい部屋の中にいると、それ以上に暑さを醸し出すもののようだわ――
と直感したが、その思いに間違いはないようで、しばらくしても、その思いに変わりはなかった。
「ねぇ、なかなかいいでしょう?」
「ええ、レトロな雰囲気なのか、どこかの山小屋の雰囲気も感じさせられるようで、こんなの初めてだわ」
「それはよかった。実はこのお店は、アンティークショップも営んでいて、奥にいけば、いろいろ面白いものも置いてあるんだよ」
「そうなんですね。私、アンティークなところって憧れていたんだけど、入ったことはなかったの。私のまわりには、そんなお店なかったからとても新鮮な感じがするわ」
それは本心だった。
「以前からアンティークショップというものには興味があった。自分のまわりにアンティークショップもなければ、アンティークなものに興味のある人もいない。確かに新鮮であった。
「まずは、コーヒーを飲みながら、ゆっくりすればいい」
彼は、コーヒー通でもあるようで、この店はそんな彼の欲求を満足させてくれるほど、コーヒーの種類は豊富だった。
――そういえば、入ってきた時に感じた独特の匂い。コーヒーと木の匂いが調和して、ちょうどいい芳香になっているんだわ――
と感じた。
高校生の頃までは苦くて飲めなかったコーヒーだったが、大学で先輩に連れていってもらって飲んでいるうちに、いつの間にか好きになっていた。そのことを先輩に話すと、
「ははは、そんなものさ。僕も高校時代まではコーヒーを飲めなくはなかったけど、好きではなかった。断然紅茶派だったからね」
と言っていた。
「私も紅茶ばっかりだったわ」
と言うと、
「大学に入ってコーヒーを飲めるようになってから、それまで好きだった紅茶がさらに好きになったんだよ。なぜかというと、紅茶って思ったよりも種類が多いんだ。コーヒーを飲めることになったことで、自分の飲める範囲というのが広がったおかげで、いろいろな紅茶にも興味を示すようになって、今では、家に数十種類の紅茶をコレクションしているんだよ」
「すごいですね」
「ああ、紅茶だけではなく、紅茶を愛でるために必要なアイテムであるティーカップもたくさん集めたんだ。一つのことを好きになると、極めたいという気持ちになるのか、いろいろ揃えるのが楽しみになってくるんだよ」
と言っていたのを思い出した。
私は、さすがにそこまで紅茶への思い入れはないが、先輩の話を聞いて、紅茶専門店で紅茶を飲むことは時々あった。家で一人で飲むよりも、お店で本を読みながら過ごす時間が贅沢に感じられ、贅沢な時間が自分にとって大切であることを、少しずつではあるが感じるようになっていた。
――あの時の先輩がティーカップを集めていたと言っていたけど、こういうお店にもそういうのが置いてあるのかも知れないわ――
と感じた。
しかし、私がイメージしているアンティークショップというのは、少し違っている。まず最初に思い浮かぶのは、オルゴールだった。
あれは、九州に旅行に行った時、北九州の門司港というところに立ち寄った時だった。
「門司港レトロ」
という謳い文句で、観光スポットになっているのだが、そこから、関門海峡が一望でき、その向こうには下関の街が広がっていた。そこにあったのは、オルゴールのお店で、近代的な洒落た造りになっていて、アンティークショップとは正反対であったが、そこに置かれているオルゴールを手に持ってみると、アンティークな雰囲気を感じられるから不思議だった。
その音色はまさしく骨董であり、目を瞑ると、木造のコテージのような雰囲気が思い浮かばれた。
その時の旅行では温泉宿ばかりに宿泊したわけではなく、二泊ほどは、ペンションを利用した。そこではアンティークな雰囲気の造りになっていて、根を瞑ると浮かんできた光景は、その時のペンションそのものだった。
――そういえば、ペンションにもオルゴールが置いてあったわ――
聞いてみることはしなかったが、聞かなかったことを残念に思っていただけに、門司港でのオルゴール館は、残念な思いから復活させる気分にさせられた。
――店の雰囲気は、目を瞑れば補うことができる――
そう思って目を瞑ると、思った通り瞼の裏に浮かんできたのは、ペンションの造りだった。
――レトロとアンティーク、雰囲気は違っているけど、共通点は限りなく近いものがあるに違いない――
と考えていた。
店に入ってきた時に、
「いらっしゃい」
と声を掛けてくれたマスターは、中年男性だったが、口髭を生やしていて、いかにもアンティークショップの経営者の雰囲気を醸し出していた。
今までアンティークショップに入ったことなどないはずなのに、なぜかこの店に入ってきてからどこか懐かしさを感じる。どこから感じるのか最初は分からなかったが、
――マスターの顔を見た時からだったわ――
と感じたのは、コーヒーを一口飲んだ時だった。
コーヒーの味に懐かしさを感じた。大学の近くにある喫茶店には何度も行っているが、ここと同じ味のコーヒーを味わったことはなかった気がした。
何よりも懐かしいと感じたのは、大学に入ってからというほど近い過去ではなく、本当に昔と言ってもいいほどの過去に懐かしさを感じていたのだ。
過去への記憶というのは、昔であればあるほど色褪せて薄れていくものなのだろうが、懐かしさというのは、その反対に、どんどん深まっていくものではないだろうか。そう思うと、この時に感じた懐かしさは、中学時代、いや、小学生の頃の思い出の中にあるのかも知れなかった。
中学時代、高校時代と、今から考えればあっという間だったような気がするが、小学生時代というのは、かなりの長さを感じさせた。確かに、三年間と六年間の違いがあるが、小学一年生から六年生までの間の記憶は本当にまばらなくせに、その日一日一日は長かったような気がする。特に、三年生から四年生になる時は、その間に何かがあったのではないかという思いを抱かせた。
抱かせはしたが、具体的にどんな思いだったのか分からない。ひょっとすると、自分が一人で判断できるようになった最初が、その間にあったのかも知れない。
――小学生というのは、成長期でもないのに、流されていただけではないような気がする――
と感じた。
中学生になって感じた成長期は、明らかに成長期に振り回されていた気がした。小学生の頃というのは、いつも漠然としていたが、その時その時で考えていたことがハッキリしていて、ただ、思い出せないだけではないかと思えた。
――時系列だけで言い表せる時代ではない――
そんな思いが頭を巡った。
コーヒーの香りを嗅ぎながら、小学生の頃に思いを馳せていた私は、それがまるで、
「浦島太郎の玉手箱」
のような、
「パンドラの匣」
を開けてしまったような気がして、不思議な気持ちに陥っていた。
まずは運ばれてくるコーヒーを飲みたいと思った。
季節はまだ寒い時期ではあったが、冷たい風に煽られるように歩いてきて、暖房の入った木造の部屋に入ると、今度は汗が滲み出てくるような感じがした。
「汗が出てくるようだわ」
と、口にしたが、氷室は涼しい顔をして、何も答えなかった。
「どうぞ」
アルバイトなのか、同じくらいの女の子がコーヒーを運んでくれた。その衣装はまるでメイド服で、いかにも大正ロマンを感じさせる佇まいに似合っていた。
「ありがとう」
一口飲んだコーヒーの香りは、どこか懐かしさを感じさせた。
懐かしさと同時に何か記憶を探られているような気がしたのは気のせいだろうか。コーヒーは飲むと眠気覚ましになるはずなのに、次第に眠くなってくるように感じてきたのは、部屋の暖かさに慣れてきた証拠なのかも知れない。
店に入ってから、氷室は無口だった。元々無口なタイプに見えるが、ここまでは何とか会話を保たせようと気を遣ってくれていたのか、一人で喋っていた印象だった。しかし、彼が話を繋いでくれていればいるほど、私は自分の世界に入っていくのを感じていた。
家族のことを思い出したり、神戸に行った友達のこと、そして人と関わることの煩わしさを、いまさらながら感じてしまっていたのを感じさせられたのだった。
ゆっくりコーヒーを口に流し込んでいたので、何とか眠気を逸らすことができた。何となく落ち着いてきたのを感じると、そろそろアンティークな世界に陥りたい気分になっていた。
「氷室君。骨董を見せてほしいんだけど」
と言って、彼に水を向けると、彼もそれを待っていたかのように、
「いいよ。こっちだよ」
と言って、席を立って、私を隣の部屋に招きいれてくれた。
喫茶店の方は、どちらかというと落ち着いた感じの場所で、それほど日当たりがいいわけでもなさそうだった。日が差すとすれば西日の方で、隣の部屋は対照的に明るい佇まいを見せていて、
――どうしてこんなに明るいんだろう?
と思わせた。
明るさの理由はすぐに分かった。
――まるで波を見ているようだ――
乱反射を感じたことで、部屋の中にあるガラス工芸が最初に目に付いた。色がついているステンドグラスのようなカラス工芸もあれば、透明なワイングラスのようなものもたくさん置いてあった。
「これじゃあ、明るく感じるはずだわ」
主語がないので、私が何を言っているのか分かっているのか疑問だったが、氷室は表情を変えなかったことから、分かっていたのではないかと思えた。
明るさに目を奪われてしまったことで、さっきまで眠かったはずの瞼がシャキッとしていて、完全に目が覚めたような気がした。
「まあ、なんて素敵な光景なのかしら」
門司港で見たオルゴール館も明るくて綺麗だったが、それよりも何十倍という明るさを感じているような気がした。
「そうだろう? 僕も最初この場所に来た時、別世界に来たように思えたくらいさ」
ここに来て初めて口を開いた氷室は、笑顔でそう答えていた。その表情を見て、
――あれ? 氷室君て、こんな表情もできるんだ――
普段からあまり表情を変えない彼の表情にえくぼが浮かんでいるように思うほどの笑顔は、まるで子供のようなあどけなさが感じられた。
――子供の頃から知っているような気がする――
その時に感じた氷室の顔は、懐かしさというよりも、ずっと知っていたはずの相手を、
いまさらながら意識させられたような気がしたのだ。
「そうね。私もこんな世界が広がっていたなんて、さっきの部屋からは想像もできないほどだわ」
つい本音が出てしまったが、それ以外に表現のしようがなかった。マスターもその表情を見ながら、微笑んでいるようだったので、別に失礼に当たってはいなかったようだ。
「ここは、ガラス細工も目玉なんですが、オルゴールや人形も豊富に置いてありますよ。よかったら、ゆっくり見ていってください」
と、マスターから声を掛けられた。
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
というと、マスターは会釈をして、喫茶店の方に戻っていった。
その時、喫茶店にもアンティークルームにも、他に客はいなかった。私は少し疑問に思ったので、
「普段から、あまりお客さんはいないお店なの?」
と、氷室に小声で答えた。
「ええ、どちらかというと少ないですね。でも、儲かっていないわけではないようなんですよ。他にお客さんがいない時が多い人は、最初からいつも一人で、他の客に会うことがないという不思議なお店なんです?」
と、おかしなことを言い出した。
「それってまるで店が客を選んでいて、店が客の思いを忖度しているようじゃないですか?」
というと、
「そうなんだよね。面白いよね。僕もここに来る時は一人の時が多いんだけど、僕が帰った後に、少ししてから他のお客さんが来るようなんですよ。でも、その客が別に他に客がいても気にしない人であれば、同じように気にならない人が店に次々に入ってきて、賑やかな状態を醸し出すらしいんですよ」
「不思議ですよね」
「アンティークな雰囲気が、そういう状態を作り出すのか、それとも、この雰囲気が好きな客が集まることで、自然とそういう状況が生まれるのか、どちらにしても、ここの常連はそれが当たり前だと思っているようなんです」
夢のような話であったが、不思議とおかしな感覚はなかった。
――言われてみれば、それもそうだわ――
と、変に納得させられてしまう自分に気づいたのだ。
「ねえ、マスターが言っていたオルゴールやお人形を見せていただきましょうよ」
というと、
「うん、そうだね」
と、彼は素直に従った。
私は、いつの間にか氷室とずっと前から知り合いだったような感覚に陥っていたようで、まるで彼氏と一緒にいるような気分だった。彼氏どころか、人との関わりを自分から遮断していたはずなのに、どうした心境だというのだろう。
「こっちだよ」
と、氷室に言われて窓の近くに行くと、そこにはオルゴールがところ狭しと並んでいた。その横には大小の人形が置かれていて、
――どうしてすぐに気づかなかったのだろう?
と思ったが、やはり最初に眩しさというインパクトを植えつけられたことで、目がかすんでしまうような状態に陥ってしまったのだと気づいたのだ。
「わあ、こんなにオルゴールがあると、目移りするわね」
昔からある箱型のオルゴールから、いろいろな形を模様したおしゃれなオルゴールまであり、どれを取ればいいのか一瞬迷ったが、次の瞬間に、目が留まったオルゴールがあった。昔からのオルゴールで、まるで宝石箱にでもなりそうな感じで、王宮の女王様にでもなったような気分だった。
摘みを回して音を出してみた。
その曲は、ショパンの「別れの曲」だった。本来ならピアノ曲で、オルゴールになりそうなイメージはなかったが、実際に聞いてみると、その世界に引き込まれていくのを感じた。
「別れの曲がピアノ以外で聴いても、こんなに素敵だったなんて」
私はビックリして、氷室に語りかけた。
「僕も、この曲をピアノ以外で聴くのは初めてなんですよ。でも、この曲のこの感じ、僕は無性に懐かしさを感じるんだけど、どうしてなんだろう?」
と、氷室はそこまでいうと、目を瞑って、じっと聞き惚れていた。
最初に気になったのは私のはずだったのに、氷室の方が引き込まれてしまうと、さっきまでどうしてそのオルゴールが気になってしまっていたのか、分からなくなっていた。どこかで冷めてしまったようだ。
氷室は、何度もその曲を聴いていた。
私は、他のオルゴールを聴いてみたい気もしていたが、
――もし自分がここで他の音を奏でてしまうと、彼に悪い――
と感じ、彼が夢の世界から覚めるのを待ってみることにした。
そのうち、彼が聴いている曲をなるべく気にしないうようにしようと思えば思うほど、さっきまで冷めていた気持ちがもう一度盛り返してきたような気がした。
――やっぱり、この曲は最高だわ――
と感じていると、私も彼と一緒に目を瞑って曲を愛でていた。瞼の裏には何かが浮かんでくるというわけではなかったが、目を瞑って聞き惚れているうちに、時間が止まってしまうかのような錯覚に陥っていることに気がついた。すぐに目を開けると、彼はまだ目を閉じていて、私は、彼をそのままにしておいて、人形の方に目が移っていた。
私が気になったのは、昔流行ったことは知っていたが、見たことはない「リカちゃん人形」を思わせるようなフランス人形だった。
歩きながら見ているにも関わらず、その目はじっと私の方を見つめている。
――目で追っているようだわ。人形なのに――
と、薄気味悪さを感じ、その目を凝視したが、
――やっぱり人形の目っていうのは、気持ち悪いものだわ――
と、小学生の頃に友達の家で見た人形に感じた思いを思い出した。
私は女の子が好んで遊ぶ、
「お人形さん遊び」
をしたことがない。
親が人形を与えてくれなかったこともその理由だが、両親ともに、本当に人形は嫌いだったようだ。
「私は、ネコの目と、人形の目が大嫌い」
と、母親が話していたのを幼い頃に聞かされた。
その時は、
――どうして怖いなんていうんだろう?
と思っていたが、遊びに行った友達の家で見た人形を見て、本当にそう感じたのだった。
しかし、成長するにつれ、両親のことを露骨に嫌いになると、
――両親が嫌いなものは、好きになれるかも知れない――
と思うようになった。
他のものではいくつか好きになったものはあったが、人形だけは好きにはなれなかった。その理由は人形に接することがなかっただけであって、
――接する機会があれば、好きになるに違いない――
と感じるようになった。
その思いがあったので、ここにアンティークショップがあると聞かされて、最初に浮かんだ印象が、オルゴールと人形だったのだ。
さすがに最初から人形に行くのには勇気がいった。そのために、私が最初に木にしたのはオルゴールであり、想定外にも別れの曲が氷室の心を捉えたようで、彼がオルゴールに熱中しているのを幸いに、自分の勇気を試すかのように、人形のコーナーに歩を進めたのだ。
目が合った人形は、どこに自分がいても、私を凝視してその視線を離そうとしない。
――目が盛り上がっているようだわ――
人間の目も眼球が少し飛び出しているのを感じられるが、人形の場合はさらに露骨に飛び出して感じる。それが薄気味悪さを演出しているのだろうが、それ以上に、人形の見ているその視線の先に、本当に自分がいるのかどうか、それが気になって仕方がなかった。
――母親が気持ち悪いと言っていた理由が分かった気がするわ――
母親の話を聞いていたことで、食わず嫌いだった人形ではあったが、想像することはできた。しかし、それはあくまでも想像であって、本当の気持ち悪さは実際に目を合わせなければ分からないはずだ。
それは逆も言えることで、
――気持ち悪いと思っていたことでも、案外と思い過ごしに過ぎないかも知れない――
と思うと、母親の感じたことをいまさら自分が感じるなど、
――あってはならないことだった――
と思えてしまった。
そう思うと、子供の頃に感じていた、
――お母さんのようになりたくはない――
という思いが大人になるにつれて、薄くなってきているように思えてならなかった。
それは、今までの自分の生きてきたことへの逆の発想だった。後退してしまう感情に、どう向き合っていけばいいのか、戸惑いを隠せない。
――人と関わりたくない――
という感情も、両親を見ていて感じたことだったはずなのに、今の自分の心境は、両親などどうでもいいと思う時があるくらいになっていた。
それは自分が大人になった証拠であり、自分が大人になることで、あの時の両親に近づいてしまっていることに驚愕の思いであった。
――大人になんかなりたくない――
という思いを感じていたのであれば、そんな思いはなかったのだろうが、今から思えばかつてそんなことを感じたことがなかったことを思い知らされたのだ。
私はそのフランス人形を見かけた時、自分が手に取ってみることはないだろうと思っていたが、気が付けばすぐそばまで来ていて、逃げようとしても足が竦んだようになって動くことができなかった。
そのままじっとしていると、汗が額に滲んできていて、どうすればその状況がら逃れることができるかということを考えていた。しかし、考えれば考えるほど身体が竦んでしまい、急に我に返った私は何を思ったのか、その人形を抱きかかえていたのだ。
――なんてことをするんだ――
自分でも抱きかかえている姿を想像することができなかった。想像しようとすると、自分を他人事に置いてみるしかなかった。他人事に置いてみると、どうもおかしな感覚になってきていることに気づいたが、それが持ってみた人形に重みをまったく感じないことだということを悟るまでに、それほど時間は掛からなかった。
――こんなことってあるのかしら?
ぬいぐるみのように布や綿でできているものであれば、さほど重みを感じないのは分かるが、この人形はゴムのような素材でできている。持った時に感じた肌の冷たさは、いかにも人形を思わせるもので、それだけに目だけがこちらを見ているのを見るのが気味の悪いものだったのだ。
その人形の大きさは、ちょうど二歳児くらいの大きさで、普通の人形よりも一回りくらい大きいのではないかと思えるほどで、抱き心地は冷たさ以外、悪いものではなかった。人形も抱かれていて気持ちがいいのか、少し目がトロンとしているように思えたが、この状態で目がトロンとしているのを感じるのは、決して気持ちのいいものではなかった。
――すべてが錯覚なんだわ――
人形の目力に押されて、そんな気分になっていたが、考えてみれば、人形に目力を感じるというのもおかしなもの。この発想がどこから来るのかと考えると、答えはすぐに分かった。
――人形は瞼を閉じることがないんだわ――
瞼を閉じることのない人間などいない。瞼を閉じなくなってしまうと、それは死体でしかなのだ。人形の目に気持ち悪さを感じるのは、この発想があるからで、目を見ていると死体を見ているような気持ちになるからに他ならなかった。死体というものを見たことはなかったが、リアルに想像できる自分が怖かった。
人形を抱きしめて、じっと人形を見下ろしている私を見て、
「その人形が気に入られたんですか?」
と、氷室が訊ねた。気に入ったわけでもなく、むしろ気持ち悪いと思っている私は、戸惑いを隠せないでいた。その様子を見て、私の戸惑いを悟ったのか、
「ゆっくりと他もご覧になってください」
と、言って氷室は私から目を逸らした。彼もどうしていいのか、戸惑っていたのかも知れない。
その様子から、彼が気を遣ったのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。彼は私から少し離れたところで他のものを見ていたが、絶えず視線はこちらにあり、意識していることは明らかだった。
――そのことを隠そうと一切していないわ――
まるでわざと悟られるような様子だった。そのせいで、私は人形に意識を集中させることができなかったが、それが彼の狙いでもあったようだ。
私はその人形を少しの間凝視していたが、そのうちに人形の目を意識しないようになると、我に返ってその人形を元の場所に戻した。すると今まで意識していた氷室の視線を感じることがなくなったが、彼の方に視線を寄せると、彼はもうこちらを見てはいなかったのだ。
今度は私が氷室に視線を浴びせた。彼は私の視線に気づいていないのか、物色をやめる様子はない。決してこちらと目を合わさないようにしているようにも見えたが、そこに他意があるようには思えなかった。自分に集中している様子は窺えたが、まわりを見ていないわけでもなさそうだ。
――自分が視線を浴びせた相手から、まさか自分が浴びることになるなどと思ってもいなかったんじゃないかしら?
と感じた。
自分がすることを相手にされるという状態を意識できる人は、結構少ないのかも知れない。それは何かの本で読んだことがあった。その本を読んだのがいつのことだったのか覚えていない。中学の頃だったのか、高校の頃だったのか、ただ、大学に入ってからではないと思えた。それほど記憶が最近のものではなかったからだ。
彼が見ていたのはオルゴールだった。蓋を開けてから曲を確認するように耳に当てていた。うっとりしているような目をしている時もあれば、何かを考えて思い詰めているようにも見えることがあった。どちらにしても、過去にあった何かを思い出しているように見えて仕方がなかったが、さっき別れの曲を聴いていた時の自分も過去の何かを思い出していたように思えた。その時意識がなかったのは、目を閉じて瞼に浮かんだ何かを想像しようとしたのだろうが、瞼の裏に何かが写ったという意識はなかった。音楽を聴いて、漠然と何かを思い出そうとするのは自然な行動だと思うが、その時に思い出せないということは、意識して記憶を封印しているからなのか、それとも、別れの曲に秘められた記憶が思い出したくないものだったのかのどちらかだろう。二つは似ているようにも感じるが、意識して記憶を封印しているとすれば、それは主体的な感情で、思い出したくないという思いは、受動的な感情になるのだろう。
――この人の瞼の裏には、何が写っているのだろう?
想像力にはおのずと限界があるが、限界があるからこそ、いくらでも想像がつくような気がする。それは限界までがどれほどのものか想像がつかないからで、本当は無限のものなのかも知れないと思うことで、いくらでも想像ができるという錯覚を覚えるのかも知れない。
前世への思い
氷室はオルゴールを置いて、目を開くと、ニッコリと微笑んで、その視線を私に浴びせてきた。そして、視線を感じた私もニッコリと微笑んで、視線を合わせることがこの場所で一番安息な気分になれるのだということを感じていた。
――私は何かに怯えているのかしら?
怯えているというよりも気味の悪さをずっと感じていたように思う。
「先輩は、気に入った人形があったんですか?」
と聞いてきたので、
「気に入った人形ではなく、気になった人形があったという方が正解なのかも知れないわね」
と答えた。
「それは、過去にあったことの思い出に関わるようなことなんですか?」
とあらためて聞かれると、
「それが分からないんですよ。何か記憶の奥に共鳴するようなものがあるような気もするし、それがいつのことなのか、その時の私がどんな心境だったのか、まったく思え出せないんです。そう思うと、過去にあったことではないようにも思えるんです。まさか未来に起こることを予知しているわけでもないでしょうにね」
と言って、苦笑いを浮かべた。
その表情を見た氷室は、その日一番の真剣な表情になり、私を見つめた。少しビックリした私は、
「どうしたの?」
と、恐る恐る聞いてみた。
「あ、いえ、中田さんが突拍子もないことを口にするからですよ」
と言って、半分顔が引きつっているようにも見えた。
「そんな大げさな」
と私は言ったが、その時は確かにサラリと流してくれればいいことだったのに、表情を変えるほど相手を真剣に考えさせることだったなどと、想像もしていなかった。
彼はそれでもすぐに表情を戻すと、
「未来のことが、分かるんですか?」
冗談のつもりを彼は真剣に受け取っていたのだと改めて分かると、
「いえいえ、冗談ですよ。そんなことが分かるはずないじゃないですか」
「そうですね。確かに未来のことを分かる人がいるとしても、まさかこんなに身近にいるなんてありえませんよね」
と言っていたが、まだ何かを考えているようだ。
「未来のことが分かるという小説やドラマを今まで結構見てきたつもりだったんですが、どうしても嘘くさいというイメージで見てきていますからね。あくまでも小説やドラマの世界としてですね」
「でも、ごく身近な未来であれば、予想することは可能ですよね。例えばその日の夕方のことなど、計画していたことを実行していれば、おのずと見えてきますからね」
「確かに、それは未来のことではありますが、『未来のことが分かる』というのとは若干違っているように思うんですよ。予測から予想するというのは分かるわけではなく、理論から解明するものですよね。分かるというのは、予想していなかったことを知っているということであり、予知のことなんじゃないかって思うんですよ」
と私がいうと、
「まさしくその通りです。でも、そうなると、本当に予知できたとしても、それは完全に限定的なことだけであって、事実として起こることのただ一つのことでしかないような気がするんですよ」
「どういうことですか?」
「今言われた予想のように、順序立てて時系列に沿う形で想像するものですよね。でも予知の場合は、順序も時系列も関係ない。未来の一つの出来事を予知することになるのだから、想像できることではないんです。だから余計に予知能力は、一種の超能力のように思われるんでしょうね」
と彼は言った。
「予知能力って、超能力ではないんですか?」
私は漠然と超能力の一種だと思っていたので、ここは素直に驚いたが、その様子を見て彼は驚いたようだった。私の言葉がかなり意外に感じられたのであろう。
「超能力ではないですよ。予知できるのは一人ではないということです。誰であっても時期が来るからなのか、それとも何かの条件が揃うからなのか、予知ができる瞬間というのがあるようなんですよ」
「それは、誰もが持っているということですか?」
「持っているという言い方は語弊を感じますが、それは違いますね。タイミングが合えば確かに誰でも予知はできると思うのですが、中には予知できたことをただの夢の延長のように思うだけで、自分で気づかないままの人もいます。そんな人はすぐに予知したことを忘れてしまうので、結局、予知できたとしても、予知していないのと同じことになるわけです」
「なるほどですね。じゃあ、予知能力の予知という表現もおかしいわけですね?」
「それは違います。実は本当に未来のことが分かる予知能力を持っていると思われる人も存在していると思いますよ。いわゆる預言者のような人ですね。彼らは自分でも意識していて、それを能力だと思っていました。しかも、それを神から与えられたものとして、その力を使うことを義務のように感じているのでしょう。だから、預言者として君臨している。預言者には預言者たる意味があるわけです」
「予知能力を持っている人は、それほどいるんでしょうかね?」
「それは分かりませんね。時代時代で存在しているのかも知れませんし、そうなれば、表に出ないだけで、今の時代でも、世界のどこかに何人かいるのかも知れませんね。ただ、それが持って生まれたものなのか、それともある日突然身につくものなのか、それは疑問です」
私は意外だった。
「えっ、ある日突然などということがあるんですか? まるで急に何かに覚醒したかのようですよね」
「覚醒……。そうですね、覚醒という言葉が一番ふさわしいのかも知れませんね」
そう言って、また少し彼は考え込んでしまった。
「喫茶ルームに戻りましょうか?」
そう言って私は助け船を出した。
「ええ、そうしましょう」
一も二もなく彼も賛成した。二人はゆっくりと喫茶ルームに戻ると、テーブルの上にあった飲みかけのコーヒーを口にした。コーヒーはすっかりと冷え切っていて、ここを離れてから、結構時間が経っていることを示していた。
「実は僕、何となくですが、前世の記憶のようなものがあるようなんです」
と、またしても不思議なことを言いだした。
「えっ、前世ですか?」
「ええ、あれはきっと前世だと思うんです。思い出すと言ってもごく短い期間なので、夢を思い出したんじゃないかって思ったんですが、夢に見たことを思い出したのとでは、どこかが違っているんですよ」
「というと?」
「夢で見たものを思い出す時というのは、最初に思い出してから少しの間、だんだん思い出していって、あるピークから後はまた忘れていくんです。そのピークが何であったのかは、想像している間分かっているんですが、覚めてくると、そのピークを忘れていき、ピークがあったことすら、我に返ると忘れてしまっています」
「それが夢の世界のことですか?」
「ええ、そうです。でも前世のことを思い出そうとすると、一気に自分がその世界に入り込んでいるのが分かるんですが、それは一瞬のことで、気が付けば、すぐに忘れてしまっています。この時、前世のことを思い出したという意識はハッキリ残っていて、夢の世界のピークのことのように、忘れてしまうということはないんです。もっとも一瞬のことなので、覚えていないだけなのかも知れないんですけどね」
「そうなんですね。でも、前世のことを思い出している時は一瞬だと言っていましたけど、それって夢の世界と同じじゃないんですか?」
と聞いた。
「同じというと?」
彼は分かっていないようだ。
「夢というのは、どんなに長い夢であっても、目が覚める寸前の一瞬に見ると聞いたことがあります。だから、夢というのが時系列で覚えていなかったり、時間の感覚がないものだと思い込んでいたりするんじゃないでしょうか」
氷室は、自分が感じていることをすべて夢だとは思っていない。そう思うと、自分も彼と同じ感覚になってもいいのではないかと思っていた。
氷室は、夢というものがどういうものなのか、自分なりに理解しているようだった。その話を聞いて私も、
――同じようなことをいつも考えているような気がする――
と感じた。
自分の中では、そう思っているのは自分だけであって、他の人とは違うものだと思っていた。それは私の性格の一つで、
――人と同じでは嫌だ――
という思いから来ていた。
両親と一緒にいる時は特に感じていて、親と一緒に見られるのが嫌で、何よりもそれを自分で認めたくないという思いが強かった。
何といっても、相手は親である。血の繋がりというものがある以上、いくら違うと言っても、誰が信じてくれるだろう。少しでも親と同じような素振りを見せれば、
「そら、やっぱり親子じゃないか」
と言われ、ほんの少しだけ垣間見られた共通性を、すべて一緒だと思われるのは心外であった。
そう思われることが、一番嫌だと言っても過言ではないだろう。それだからこそ、自分は親に限らず、他の人とは違うと感じていたい。これはまわりの人に対しても同じことだが、それ以上に、自分に信じ込ませたかった。いわゆる、
――自己暗示――
というものである。
私は自己暗示には掛かりやすいものだと思っている。自分は人と同じでは嫌だと思っていながら、気がつけば人の言っていることを信じてしまっていることがある。無意識のことなので、気がつくのが早ければ、すぐにあらためるのだが、遅い時には人から指摘されるという失態を演じてしまうこともある。
しかし、遅かれ早かれ同じことだった。先に自分が気づいても、その恥ずかしさや自己責任への思いは、自分を苛める感覚に陥ってしまい、自己嫌悪が長引けば、躁鬱症になってしまうこともあった。
知っている人もいるかも知れないが、私は中学時代から躁鬱症の気があった。誰にも言わずに一人で抱え込んでいたが、その思いを支えていたのは、
――自分は人とは違う――
という思いだった。
人と同じだと思うと、欝状態の時などに、抜けることのできない底なし沼に足を突っ込んでしまいそうになる。
――躁鬱症は、誰もが陥ってしまうものだ――
という意識があるので、躁鬱症に入り込んだ時に誰もが苦しむ欝状態でも、自分だけが違うと思うとすれば、その時に、
――他の人ほど苦しまずに抜けることができる――
と考えていた。
冷静に考えると、この考えは「負の連鎖」に結びついてくるものなのかも知れない。自分の普通の状態からマイナス思考に入り込み、減算法で自分を正当化しているように感じるからだ。実際にはそうではないのかも知れないが、我に返った時、「負の連鎖」を思い出してしまう。
ただ、考えてみれば、欝状態自体が「負の連鎖」ではないだろうか。そう思うと、いくら正当化しようとしても「負の連鎖」から逃れることができないのであれば、私は完全に「負の連鎖」の、思うつぼである。
その時に思うのは、
――やっぱり、両親との血の繋がりからは逃れることができないんだわ――
と感じることだった。
そう思うと一つの言葉が頭をよぎる。
「因果応報とは、このことを言うんだわ」
と自分に言い聞かせ、ため息をつきながら、自分には、逃れることができない輪廻の上に生きているということを思い知らされる結果になった。
その思いは欝状態の時に感じさせられる。
欝状態に入ると、
――考えれば考えるほど深みに嵌ってしまう――
と、本当に底なし沼を想像させられるが、底なし沼を想像した時点で、もう自分は終わりなのだと思わされてしまった。
そう思うと、うつ状態に入り込んだ時、たまに感じるのは、
――私の前世ってどんな人生だったんだろう?
という思いだった。
前世ということに関して、今までに何とか考えたことがあった。
最初に考えたのは小学生の頃だった。あの時はテレビで見たアニメの中で出てきた前世という言葉、初めて聞いた言葉に疑問を感じていた。
誰かに聞けばよかったのだろうが、まさか両親に聞くなどありえなかった。
小学生なので、友達に聞いても、果たして納得のいく、そして何といっても正解を示してくれるかどうか分からない。それでも友達に聞くしかなく聞いてみたが、友達からもハッキリとした答えを得ることはできなかった。
それよりも、
「どうして中田さんは、そんなおかしなことに疑問を持つの?」
と、少し変わった子供のように見られてしまった。
しかも、その友達が自分の母親に前世のことを聞いたものだから、話がややこしくなってきた。
友達の母親も子供に聞かれて困惑していた。もし、今自分が近所の子供に聞かれたとして、何と答えていいのか分からない。自分自身が漠然としてしか感じていないことを、理解していない、しかも、理解できるのか分からない子供相手に説明しろと言われてもできるはずはないだろう。
友達の母親は困惑してしまったことで、
「そんなの子供のあんたが知らなくてもいいの」
と、けんもほろろだったようだ。
友達は、母親から怒られたと思ったのだろう。煩わしいことを聞いて、面倒がられてしまった。友達は、
――僕が悪いんだ――
と母親に対しては感じたことだろう。
しかし、自分に対しては納得がいかない。
――僕がこんな嫌な思いをしなければいけないのは、最初に質問してきたあいつのせいだ――
ということで、恨みは私に戻ってくる。
元々無理な質問だったのを、押し通してしまったことでこんなことになってしまった。友達も災難だったに違いない。
しかし、そのせいで、友達と険悪なムードになってしまった。その頃から私のことを、
「あいつは、変わったやつだ」
とウワサになってしまい、自分の立場がクラスの中で泣くなってしまっていたことに気づかされた。
子供がまわりと気まずくなる時というのは、こういう些細なことからなのかも知れない。自分たち一人一人はなかなかその時分からないが、後から考えると分かってくるというものだ。
その時は、まず自分の立場から考える。まわりを見るのには扇型に目の前が見えている。まるでレーダーを見ているようではないか。レーダーというものは索敵の兵器であるが、そこにはどうしても避けることのできない死角が存在している。
死角というものを意識していないと、すべてが見えていると錯覚してしまい、一つ何かきっかけになることが見えただけで、そこからの想像力が、見えているという錯覚に繋がるのだが、それを、
――レーダーでの索敵だ――
というように感じるのであれば、それは錯覚でしかないのだ。
だから、友達が母親から受けた思いを。こちらにぶつけているのだということを理解していないまま付き合おうとすると、結局関係を修復することができず、喧嘩別れのようになってしまう。
そうなると、仲直りはできないだろう。なぜなら、その時に一番辛い思いをしたのが友達だということを私の立場からも、母親の立場からも分かっていなければ、両方向にしこりを残したまま、その友達は頑なになってしまうことだろう。そうなると、仲直りなどできるはずもなく、近づこうとすればするほど、しこりは硬くなっていくに違いない。
私はその時、最初に質問した「前世」への思いが少し分かったような気がした。
――何と皮肉なことなんだ――
と私は感じたが、それは、友達が間に挟まって辛い思いをしたということに気づけるかどうかで、前世への感情は変わっていくのだ。
前世についてその次に考えたのは、中学に入ってのことだった。その頃には小学生の時の友達とのしこりはなくなっていたが、その代わり、私自身、人との関わりを遮断するようになっていたのだ。
――それもこれも、すべては両親のせいなんだ――
という思いを抱いた中学時代、成長していく中で、
――大人になんかなりたくない――
という思いを馳せていた。
大人になるということは、子供の頃に感じた思いがリセットされ、親になった途端、子供の頃のことなどまったく忘れてしまっていて、
――自分も両親と同じになるのではないか――
と思うからだった。
つまり、大人になるというのは、私は子供を持った時だと思っている。本当であれば、
「自分の子供にだけは、自分と同じ思いをさせたくない」
と思い続ければいいのだろうが、私にはできない気がした。
それは私に限ったことではなく、他の人にとっても同じこと。
――誰もが親になった瞬間、子供ではなくなるのだ――
と、ずっと思っていたのだ。
中学時代に感じた前世というのは、
――前世は絶対に人間だったんだ――
という思いだった。
――人間は人間にしか生まれ変われない――
という思いがあって、高校時代まではそう信じていた。
人間が人間にしか生まれ変われないということは、ある意味、束縛にも似ていて、
――人は生まれることも、死ぬことも自分で選んではいけないんだ――
と感じた。
これは、テレビでも同じセリフを見た気がしたのだが、この思いはどこかの宗教の勧誘の人からも聞いた言葉だった。
話がどんなに説得力のあるものであっても、優先順位としてそこに宗教団体が絡んでくれば納得するわけにはいかないと思っていた。その思いがあったことから、高校生になってもう一度前世を考え直した時、
――自分の前世は人間だったとは限らない。人間だから人間に生まれ変わるというのは、束縛した考え方なんだわ――
と考えるようになっていた。
中学時代までは、前世に対して漠然とした考え方を持っていたが、高校に入り、少し変わってきた。
――自分の前世が人間ではないのではないか?
と思うことで、前世というものへの意識が変わってきた。
ある時、夢の中で自分が道端の石ころ、つまりは路傍の石になっているのに気づいた。すぐに目が覚めたが、その時の夢は、しばらく忘れることができなかった。
――こんなに長く夢を忘れることができなかったなんて――
と、感じたのだ。
夢というのは、目が覚める間に忘れるものだと思っていた。そして覚えている夢というのは、怖い夢に限るのだというのも、夢に対しての意識だった。しかし、この時は怖い夢を見たという意識はなかったのに、なぜ覚えていたのか、自分でも不思議だった。
私は、なかなか忘れることができなかったことで、それが前世だと気づいた。
――夢の中で前世を見るなんて――
と、感じたのだが、それも少しおかしな感覚になっていた。
さらに私は深く考えてみた。
――前世で、今の夢を見たのではないか?
と感じたのだ。
人間ではない私が夢を見たというのは、本当は夢ではなく、石ころのような動かないものにも意識があり、ある一定の期間、あるいは時期を過ごすと、石も前世と別れることになる。
その時、次の世界で人間になるとして、意識は持ったまま人間になり、ただ、その意識は決して開けることのできない「パンドラの匣」として封印されているのかも知れない。
――その「パンドラの匣」を私は開けてしまったということなのかしら?
という疑問を持つ。
しかし、あるキーワードを感じることでその「パンドラの匣」は開くのだとすれば、やはり私は、他の人とは違うという発想を持っていてもいいのではないかと感じるのだった。
現世で私は人間になっているので、何かを考えることができると思っている。だから、前世も後世も、自分は人間でい続けると思うのだ。
だが、人間以外でも、何かを考えることができるとすればどうだろう? 犬やネコのようなペットであっても、豚や牛のような家畜であっても、考えることができるのかも知れない。
いや、路傍の石であっても、何も考えていないと誰が言えるというのだろう。言葉が通じないから、あるいは、何も言葉を発することができないからと言って、何も考えていないと思ってもいいのだろうか?
もちろん、人間と同じ考えであるわけはないだろう。しかし、それでも、輪廻のように存在がこの世から消えて、来世に生まれ変わり、さらに来世が待っているという状態であれば、どこかで人間であることも考えられる。その時に考えるということを覚えていたのだとすれば、いくら石になってしまったとはいえ、考えることのできないとはいえないだろう。
私が路傍の石の時に夢を見たと感じたのは、錯覚ではなく、本当のことだったのかも知れない。路傍の石だった時の記憶は、決して思い出したくないものであり、人間以外記憶も思い出したくない。
いや、人間だった時があったとしても、それが本当に幸福だったと言えるだろうか。人間には歴史があり、過去の歴史で今のような平和な時代など、どれほどあったというのだろう。
――そういう意味では歴史を勉強するというのは、いろいろな意味で大切なことだと言える――
という思いを抱くようになっていた。
ただ、現世を生きる上で、前世を信じている人がどれほどいるだろう?
人によっては信じているが、口にするとバカにされてしまうと思い、考えていることを封印している人もいることだろう。
私もそうだった。
前世などという言葉を人に話すと何を言われるか分からないという思いはあったが、そもそも私には、人と関わることを嫌だと思っている考えがある。人に話すことなどないはずなのだ。
ただ、絶えず自分に問いかけているような気がした。
時々、何も考えていないと思っている時があるが、急に我に返って、
――今、何をしていたんだろう?
と思うことがある。
何かを考えていたという意識はあるのだが、そんな時に考えていたことを思い出したいとは思わなかった。
――どうせ、ロクなことではないんだわ――
と考えているからだ。
私は、氷室の口から出てきた「前世」という言葉だけで、ここまでの発想が頭に浮かんできた。氷室は、前世の記憶があるような気がすると言ったが、それはどんな記憶だというのだろう。
私も確かに、彼のように前世の記憶という言葉を意識すれば、
――これって前世の記憶なんじゃないかしら?
と感じることも少なからず存在しているような気がする。
しかし、存在しているからと言って、すぐに言葉にできるかと言えば、それは難しいことだった。一人の世界に入り込み、考えることができる時だけ、前世を想像することができる。
しかも、それが本当に自分の記憶なのかどうか、ハッキリとは分からない。
「記憶なんだ」
と言われれば、そんな気にもなるし、
「記憶じゃないんだ」
と言われれば、それを言い返すだけの材料が私にはなかった。
しかし、一旦、
――前世の記憶だ――
と思えば、その感情を貫いてしまう。基本的に、一旦思い込んでしまったら、自分が納得できるまで、その思いを覆すことは自分からできないのであった。
「前世の記憶があるって一体?」
と、氷室に聞いてみた。
「それは先輩も似たような気持ちを持っているように思うんですが、もちろん、いつの時であっても、覚えているというわけではないんです。何かのきっかけがあって思い出せそうな気がするのであり、しかも、一度思い出しかけたことであっても、途中で少しでも戸惑ってしまうと、それまで思い出したことすら、忘れてしまうんです。だから、思い出せそうだったという意識だけが残って、まるで夢の中で考えていたことを時間が経っておぼろげに思い出したような、そんなおかしな気分になるんです」
と、彼がいうと、
「それなら、思い出したことを意識しないようにすればいいんじゃないですか?」
と、私はわざと簡単に答えた。
「そんなに簡単なことではないと思うんです。一旦意識してしまったことは、忘れてしまったとしても、頭のどこかに残っているんですよ。それが近い将来必ず顔を出すと分かっているので、その時のために、自分なりに覚悟のようなものが必要になります。これって結構エネルギーを必要とするんですよ」
「エネルギー……。確かにそうですね。でも、それはエネルギーなんでしょうか? ストレスというマイナスのエネルギーなのかも知れませんよ」
「そうですね。確かにストレスかも知れませんけど、思い出しかけて中途半端に終わってしまう方が、私にはストレスを溜める大きな要因だって思うんです。だから、一度思い出したことは、忘れないようにするために、自分の覚悟を持っていなければいけないんですよ」
「氷室君は、それで前世の記憶をどこまで覚えているの?」
「本当に何となくなんです。記憶というのは、時間が経てば経つほど、薄れていくものなんでしょうけど、前世の記憶というのは、薄れていくことはないんです」
「どういうことですか?」
「普通の記憶は、忘れるためにあるようなものだって僕は思うんです。つまり、頭の中とは敵のような状態です。その時、毛嫌いしているのは自分の頭の方で、本人の意識は、忘れたくないと思っていても、頭の中では反対のことを考えている。でも、前世の記憶は逆なんです。自分の頭は忘れたくないと思っているんですが、記憶の方が、自分から遠ざかっていく。何しろ、記憶した相手とは違う相手に記憶されているわけですから、前世の記憶からすれば、迷惑千万ですよね。だから、何とか僕は前世の記憶に、自分の意識を少しでも近づけようと考えているんです」
「それって、普通の記憶は、意識の方が記憶を遠ざけているんだけど、前世の場合は、記憶の方が、意識を遠ざけていると考えているわけですね」
「ええ、その通りです。だから、同じ記憶だと言っても、種類はまったく違う。でも、前世の記憶は意識を遠ざけようとする中で、その方法を、前世の記憶を普通の記憶にまぎれさせることで、隠そうとしているんですよ。つまりは、隠すわけではなく、紛れ込ませるという考えですね」
「木を隠すには森の中ということわざですね」
「ええ、その通りです」
「あなたはそこまで分かっているのであれば、前世の記憶にたどり着けることもできるんじゃないですか?」
「僕はそう思っています。でも、なかなか難しいところなんですよね。ひょっとすると、前世の記憶にたどり着くことは、自分の運命を決定付けることになるかも知れない」
と、彼は言ったが、
「どういうことですか?」
私は、何となく胸騒ぎを覚え、背中に汗が滲んだような気がした。顔が紅潮し、ハッキリと何かを感じたような気がしたが、身体の中に一瞬流れた電流にショックを覚え、彼が次に言う言葉を予想することができた。
「僕がもし、前世の記憶にたどり着くことができれば、僕の現世での人生は終わってしまうような気がするんだ」
――やっぱり――
私の想像したとおりだった。
「私も今、あなたがそう言うだろうという想像はつきました。でも、それってあなただけのことなんでしょうか?」
というと、彼はニヤッと笑ったかと思うとすぐに真顔に戻り、
「まさしくその通りです。僕はこの考えは誰にでも言えることであり、例外のないことだって思っているんですよ」
「つまりは、人が寿命であれ、事故や病気であれ、この世から魂が消えてしまうことになるその寸前に、誰もが前世の記憶を意識の中に取り込もうとして、最初で最後の取り込みが成功すると考えているんですね?」
「ええ、そうです。もちろん、突飛な発想であることは分かるんですが、こちらの方が、前世という世界を肯定する上で、一番しっくりくる考えではないかと思うんです。思い出すことでまた来世への道筋ができる。そうやって輪廻を繰り返していくことになるんじゃないでしょうか?」
「なるほど、そういう考えなんですね?」
「ええ、あなたも似たような考えをお持ちのようですが、何となくですが、また別の考えがあるようにも思えるんですが、違いますでしょうか?」
彼の言葉は、私の胸に響いた。
「確かにあなたのいう通りだわ。私もあなたの意見を聞いていて、すべての点において納得できることができたの。でもそれは、あなたの考えに共鳴したからであって、私の中にある考えが覚醒されたのかも知れない。人の意見を利いていて、すべての点において納得できるなんて、普通では考えられないことだと思うの。それができたということは、今まで考えたこともなかった私の中で眠っていた考えが、あなたの意見に共鳴し覚醒した。そう思う以外にないって、今は思っているんです」
と私は詰まることなく言葉にした。
――私がこんなことを口にするなんて――
一人で考えている時に、頭をよぎるのであれば分からなくもない意見だが、まさか他の人を前にして、こんなに言葉を詰まらせずにいえるなど、今までの私からでは考えられないことだった。
「僕の記憶というのは、前世が存在したということを自分に納得させるためのものであって、自分が納得できればそれだけでいいと思っているんですよ。だから、こんなことは今まで人に話したこともないし、話すつもりもありませんでした。でも、あなたを見ていて、そしてここで人形やオルゴールと接していて、前世への思いを馳せるということに我慢ができなくなってしまったんです」
「じゃあ、あなたは、前世の記憶があるというのは、漠然としたものだということですね?」
「ええ、前世の記憶だと思えることを感じることは何度かあるんですが、その時々で、記憶がまったく違っているんです。どれかは夢なのかも知れないと思っているんですが、すべてが夢だったり、前世の記憶だったりというのはありえないんですよ。そう思うと、夢が曖昧な記憶であるのと同じで、前世の記憶も、いくら薄れることはないと言っても、最初から漠然としたものであれば、漠然としたものでしかないと思っているんですよ」
「私も、前世らしきものを感じることもあるんですが、あなたと同じように、その時々でまったく違ったシチュエーションを感じています。でも、それは漠然としたものではなく、例えば、人間ではない生き物が、何かを感じたり考えたりするということに疑問を感じてしまうんですよ。その思いがあるから漠然とはしていないんでしょうね。そういう意味では私の方があたなよりも現実的なのかも知れませんね」
「現実的というのは、少し違うかも知れません。あなたの方が私よりも、一つ一つのことに納得できないと気が済まない性格なのかも知れませんね。だから私のように、まったく同じスピードで時系列を流すわけではない。私は同じ時間の間隔で流してしまっているから漠然としてしまっているような気がします」
「ああ、そういう考えもありますね。だから、この世のように時を正確に刻んでいる世界では、一度覚えたことでも、次第に忘れていくんですね。時を正確に刻まない世界であれば、漠然と過ごすこともなく、一つ一つを納得させながら、生きていくことができる。つまりは、記憶はずっと意識のままいられると言えるんじゃないでしょうか?」
「僕は、時を正確に刻んでいる世界と、一つ一つを納得させていく世界の二つが存在しているような気がするんですよ。前世や来世が、そのどちらになるか僕には分からないんだけど、これも輪廻を繰り返していく上で必要なことではないかと思うんですよね」
「ところで、あなたはこの現世で一緒だった人が、来世でも一緒になれるとお考えですか?」
「それは難しいところですね。でも、現世のように、時を正確に刻んでいると、皆同じ時期に死んでしまうわけではないので、来世でもまた会えるような気はしませんね。でも、逆に時を正確に刻んでいないとしたら、自分の気になる人がいるとして、同時にその世界からいなくなるということもあるかも知れません。それは死というような概念ではなく、悲しいというイメージはないのではないでしょうか? だとすると、その人と来世で会える可能性はかなりの確率であるのではないかと思います」
「そうであってほしいですよね。でも、ここでのお話はあくまでも勝手な想像なので、何とも言えませんけどね」
と言って、私が笑うと、彼も笑った。
これが怒涛のような会話の中での一つの区切りのような気がした。時間を気にせずに話をしていたこともあり、気がつけば、笑うことすら忘れていたようだ。
話が少し落ち着いてきてからのことだった。急に私の頭の中で何かが閃いた気がした。普段から何も考えていないようで、実はいろいろ考えていると思っている私は、急に閃いたようにフッと何かに気づくことは少なくなかった。
だから、この時に閃いたことも、いきなり閃いたという意識はなく、きっと普段から考えていることがこの時に集約されて、降臨してきたのだと思えたのだ。
「私は、前世や来世のことなどあまり考えたことはないんですが、今生きている時代と平行して別の世界が開けているという思いはよく抱きます」
と言うと、彼も興味津々の様子で、
「それは、パラレルワールドというやつですね」
と、身を乗り出すようにして私に答えた。最初に話題を出したのが私なのでどうしても贔屓目に見えてしまいがちだが、彼の様子は今までの中で一番興奮しているかのようにも感じた。
「ええ、そうです。詳しいことはよくは知らないんですが、その世界には私やあなたと同じ人がいて、でも実はまったく違う人であり、ただ、環境は今のこの世界と同じものだという一種の矛盾を孕んだ発想をしてしまうことがあったんです」
「確かに矛盾と言えばそうですよね。僕もあなたと似たような発想を抱いていることが結構あるんですけど、僕にも矛盾があるんですよ」
「どういう矛盾なんですか?」
「僕は、何もないところから新しいものを創造するということへの発想は結構できるんですが、似た世界への想像は、妄想に近いものであり、できないものだって思っていたんですが、この世界だけは違うようなんです。それを矛盾だと思っているんですよ」
「私もあなたと同じように、新しいものへの創造をいつも感じています。そういう意味ではあなたのいう矛盾を私も抱えていることになると思います」
氷室の発想は、自分の発想にどことなく近いものがある。しかし、根本的なところで同じものが存在しているのかどうか、ハッキリとは分からなかった。
氷室と話していると、自分が今抱いている思いを口にしないではいられない。もし、相手が氷室以外であれば絶対に口にしようとは思わないだろう。
「私は、考えているこの世界は、厳密にいうとパラレルワールドとは違っているものではないかと思っているんです」
「どういうことですか?」
「確かに私やあなたのような人間は存在していて、世界もまったく同じ光景で見えている世界のはずなのに、存在している世界はまったく違っている。つまり、静的な状態では同じ世界なのだけれども、動的な世界では、まったく違った世界なんじゃないかって思うんです。それを、『次元が違う』と表現するのが一番納得がいく答えなんでしょうが、私は同じ数の次元の違う世界というものと、本当に次元が違っている世界とを混同して皆が考えていることから、発想が混乱してしまうのではないかと思うんです」
「というと?」
「次元と世界という発想を、同じように扱ってしまうから『次元が違う』と言われても別に不思議に感じないんですよ。次元というと、頭に数字がつきますよね。一次元、二次元、そして三次元。それが、点や線であり、平面であり、そして立体である。これは私たちが知っている世界です。でも、昔から考えられている四次元の世界というのは、そこに時間という概念が存在しているんです。つまり、同じ時間に同じ場所と思えるところに、見えないだけで、別の世界が広がっているという世界ですよね。そこには時系列が存在しているのか、タイムマシンなどという昔から考えられているアイテムへの発想は、ここから生まれてくるんですよね」
と、私がいうと、彼もそれに追随した。
「アインシュタインの相対性理論というのをご存知ですか?」
「ええ、言葉は知っています。理論の中でも有名なものくらいなら分かるような気がしますよ」
というと、彼は頷くと、おもむろに話し始めた。
「これは昔話の浦島太郎や、昔映画で話題になったことが相対性理論の発想になるんですけど、時間というのは、速度によって変わるという発想ですね」
「何となく聞いたことがあるような気がしますが、漠然としているような気がします」
私は、ある程度の会話ができる程度なら、相対性理論について理解していると思っている。
「人間がその環境に耐えられるかどうかという点は別にして、例えば、光速を越えるようなロケットに乗って宇宙に飛び出したとします」
「ええ」
「そのロケットは、一年後に一定の軌道を回って地球に帰ってくるものだとしますよね」
「ええ」
「キチンと地球に帰ってこれたとして、そこは自分たちのまったく知らない世界だった。つまりその時の地球は数百年が経過していたというオチです」
「確かに浦島太郎のお話に類似するところがありますね」
「ええ、これが相対性理論の発想で、光速で進むと、時間の進みが遅いという発想なんです。それを利用すると、タイムマシンの開発というのも可能なのかも知れないと思えてきますよね」
「でも、タイムマシンの開発はそれ以外にもいろいろな弊害があるって聞いていますけど?」
「ええ、パラドックスという発想ですね」
「パラドックス?」
「はい、よく聞くのが過去に行って、自分の親を殺してしまうという例え話ですね」
「というと?」
「過去に行って、自分の親を殺すとします。すると、親が死んだのだから、自分は生まれてきませんよね」
「ええ」
「だから、自分が過去に行くこともないので、親を殺すこともない。そうなれば、自分は生まれてくることになるわけですよね。でも、自分が生まれてくるという運命が選択されれば、自分はタイムマシンを作り、過去に行くという事実が成立するわけです。そうなると、やはり親を殺してしまうことになりますよね?」
「ええ、まるでタマゴが先かニワトリが先かという発想のようですね」
「そうなんですよ、ここで生まれてくるのが、『矛盾の無限ループ』という発想ではないかと思うんです。それをパラドックスと言えるのではないでしょうか」
「分かりました。それが四次元の世界の発想なんですね。そういえば、四次元の世界の象徴として描かれる『メビウスの輪』も、その矛盾から成り立っていますよね。つまりは、異次元というのは、矛盾の塊のようなものだともいえるんでしょうね」
「ええ、この異次元の世界への発想は誰が考えたのか分かりませんが、きっといろいろな人が自分独自に考えて、その矛盾に悩んだんだって思います。今皆が知っている異次元の世界というのは、そういう意味では、皆が皆同じ発想ではないはずなんです。むしろ、一人ひとりが違っているはずなんです。なぜなら、異次元の世界というものが証明されているわけではないので、いくらでも無限の発想ができるし、発想が無限であれば、それだけ矛盾も無限なのかも知れませんね」
彼はそこまでいうと、目の前のコーヒーを喉を鳴らしながら一気に口の中に流し込んだ。それだけ喉がカラカラに渇いていた証拠であり、自分の発想を私と同じように誰にも言うことができず、悶々とした気持ちでいたのではないかと思えた。
「コーヒーもう一杯ください」
と、彼がいうと、私も気持ちは同じで、
「あ、じゃあ、私もお願いします」
と言って、二杯分を注文したのだった。
お互いに喉が渇ききってしまうほどこんなに自分の意見を素直に話したことはなかったのだろう。相手には分かってもらえるだけではなく、自分の意見に対してれっきとした意見を持っている人でなければ話すことのできない話題だと思っていたことだった。そんな相手が見つかっただけでも、今日という日は、ずっと忘れることのできない日になるのではないかと思えた。
コーヒーが来るまで、さすがに疲れたのか、お互いに何も話そうとはしなかった。
――話すエネルギーはまだまだ残っているわ――
と私は感じた。
逆にエネルギーがなくなってきたと思うことで、一気に疲れが押し寄せて、それまで感じなかった時間という感覚を、嫌というほど思い出さされるに違いないと感じた。
彼はおかわりのコーヒーを飲んで落ち着いたのか、
「ところで、先輩は相対性理論や異次元の話になると、何となく上の空に感じるんですが、何か自分の考えていることと違っているんでしょうか?」
その指摘はまさにその通りだった。
しかし、どこがどのように違っているのかということを自分の中でハッキリとしなかった。それを核心を突くように彼が指摘してくれたことで、今まで漠然としていた思いが晴れてくるような気がした。
すぐに回答できなかったが、それは、自分の頭も混乱していて、自分が何を言いたいのかがハッキリしていなかったからだ。しかし、それも歯車の噛み合わせであって、一つが噛み合うと、結構発想が豊かになってきたりするものである。
「私もあなたの言っていることに賛成はできると思うのですが、今まで私が感じていたこととは少し違っているんです」
元々人と関わりを持つことを嫌っていた私にとって、誰かと意見を戦わせるなどという
ことはなかった。ただ、もし意見を戦わせる相手がいたとしても、相手の意見に飲まれてしまって、自分の意見を表に出すことはできなかっただろう。それだけ自分の意見は変わっていて、話すことすら恥ずかしいという思いを持っていたのだ。
「先輩らしいとは思いますが、僕も先輩と同じようなところがあります。だから先輩の気持ちも分かるので、余計に僕も意見を戦わせてみたいと思ったのだと感じています」
彼はそう言って笑ったが、それが私を安心させた。勇気を持てなかったわけではなく、相手がいなかっただけだと思えたからだ。
「私は、人の意見をあまりまともに聞かないようにしているんです。それは相手が考えていることが分かる気がするからなのか分かりませんけど、結局は皆同じで、先駆者の誰かが唱えた説を、まるで自分の意見のように言う輩に対して嫌悪を感じるからなんですよ」
「それは僕だって同じことですよ」
「いいえ、あなたは違います。学説は学説として話をしてくれて、自分を表に出すのではなく、あなたの話は相手から話を引き出すようなやり方に見えるんです。一見、ずるくも思うんですが、でも相手も同じことを考えていれば、お互いに意見を引き出させることになって、建前ではない本当に考えている本音を引き出せるんですよ。それが僕には嬉しいんです」
「そう言ってくださると嬉しいです」
「ところで先輩は、さっき僕の話を聞きながら、どこか上の空に見えたと言ったでしょう?」
「ええ」
「それは僕には、あなたが僕の話を聞きながら、自分の中の本音を探していたように見えたんですが違いますか?」
「ええ、確かにそうかも知れません。でも、それを証明することは自分ではできない気がするんですよ」
「それはもっともなことですね。でも、今のあなたとの会話から、説明しなくても、僕に理解してもらいたいという気持ちが現れていることが分かるので、僕には十分に納得できますね」
彼の話に次第に引き込まれていく自分を感じていた。
――人との会話がこんなに楽しいなんて――
ひょっとすると、自分を否定するような言葉がそのうちに飛び出してくるかも知れないと感じた。今まではそんなことはなく、私の自尊心をくすぐるような心地よい会話だっただけに、怖くないといえばウソになるが、そこにドキドキする気持ちが含まれていることで、会話することに安心感を得られるということを知ったのだ。
「会話って怖くないんですね」
というと、
「怖いですよ。自分の気持ちを見透かされるような気がするからですね。ところで先輩は、将棋で、一番隙のない布陣とはどんな布陣か、ご存知ですか?」
いきなり妙なことを言い出した。何となく分かる気がしたが、それも漠然としていた。
「どうしてそう思うんですか?」
と聞かれて、答えようがないと思った。答えられないくらいなら、最初から分からないと答えておく方がいいと感じた。
すると、彼は満を持したかのように、
「それは、最初に並べた形なんですよ。一手指すごとにそこには隙が生まれる。将棋の世界というのは、そういう意味では減算方式の勝負なんじゃないかって思うんですよね」
と言ったが、その表情にドヤ顔を感じさせるものはなかった。
「なるほど、そうなんですね。会話というのも、将棋のようなものなのかも知れませんね。自分が一言発することで、相手に弱みを見せているかのようにも感じられる。でもなるべくならそんな風には考えたくはないですよね。でも、そう思ってきたからこそ、私は今まであまり人と話をしなかったのかも知れません」
そう言って、我を振り返っていた。
その様子を見て、彼も何かを考えているようだったが、きっと同じような発想になっているのではないかと私は感じていた。
「あなたは、僕の考えていることが分かりますか?」
と、直球で彼は聞いてきた。
「いいえ、そう簡単に人の心が分かれば苦労はしませんよ」
「そうでしょう。それは誰もがそう思っているはずなんですよ。でも、相手に見透かされているかも知れないと感じると、完全に相手に臆してしまう。それが会話の怖いところで、相手に劣等感を感じてしまうと、前を向いているはずの自分の頭が、どこを向いているのか分からなくなってしまうんでしょうね」
と、彼は話した。
彼の話を聞いていると、私が何を話したいのかということが見透かされているような気がして仕方がなかった。だが、こうやって直球で話をしていると、そんなことはどうでもいいような気がしてきて、逆に自分が考えていることを相手にも分かってほしいという思いに駆られるのだった。
――こんなことを誰かに感じたのは初めてだわ――
こんな思いを一度でいいから味わってみたいと思っていたはずなのに、実際に味わってしまうと、
――こんなものなのか――
という中途半端な気持ちになったのも事実だ。
「目標というものは、達成するためにあるわけではなく、目標を立てるということ自体が大切なんだよ」
と言っていた人がいたが、その人の話を他の人は消極的に受け取って、
「達成することができない人の言い訳なんじゃないの?」
と蔑んだような言い方をしている人もいた。
実際に私も口に出すことはなかったが、似たような思いに駆られることもあった。それは自分がその人の意見を他人事のように聞いていたからだと思っていたが、今考えるとそうではなく、蔑んでいる人の話の方を、他人事のように聞いていたからだと思うのだった。
蔑んでいる人に対して他人事のように思っているということは、その言葉を最初に発した人に対しても他人事のように思っているからではないだろうか。どうしても自分は他の人とは違うという信念を持っていることで、他人事に思うことが無意識になってしまっているように思うと、言葉の重みを感じなくなっていたのだった。
だが、時々思い出すことがあった。今回のように一見関係のないような話の中で思い出すのだから、本来であれば、それだけ関心を持っていたということのはずなのに、それを認めたくない思いが強かった。
今思い出したその時の話は、目標を立てることよりも達成することが大切だと思っていた時だった。それは、他の人も同じはずで、私もその話を聞いた時、言い訳という言葉が頭をよぎったに違いない。しかし、他の人が言葉に出したことで、頭によぎった発想を打ち消すことになった。
学校ではいつも試験試験で試されているばかりで、こちらの目標は試験でしか図ることができなかった。それは人との競争であり、自分との戦いでもあった。どちらが強いかということで、その人の性格が分かるというもので、私の場合は自分との戦いだと思っていた。
しかし、本来試験はどんなに点数をとっても、他の人が自分よりも勝っていれば、順位は下の方になる。進学するには学校に定数があり、決まった点数をクリアするというわけではなく、定数に入らなければいけないのだ。
平均点でいくら八十点以上を取ったとしても、順位が定数を割れていれば、不合格で、平均点が六十点であっても順位が定数以内であれば、合格するのである。試験の難易度によって決まるのだが、どこか理不尽に感じられたのは私だけだったろうか。
私は試験勉強をしている時は、何も考えないようにしていた。余計なことを考えてしまうと、勉強が上の空になるし、何よりも集中力に欠けてしまうからだと思っている。しかし、そんな時でも何かを考えていたのだろう。勉強に集中している時、時間はそれほど経ってはいなかった。私の場合、勉強以外で何かに集中している時は、時間があっという間に経ってしまう。きっとそれだけ勉強が嫌いなのだろう。
――勉強は自分だけがするものではなく、皆が同じ勉強をする。そして、試験でその青果が試される。それは皆平等な状態で試されるので、一番公平な手段と言っても過言ではないだろう――
と、そんな風に考えていたが、実際には皆が同じで平等という時点で、私には自由というものがないと思わせた。
つまりは、
――平等を取ると自由がなくなる。自由を取ると、平等ではなくなる――
と思っていた。
自由と平等を平行して謳っているのが今の世の中のように思っていたが、冷静に考えてみると、自由と平等を同じ土俵に上げてはいけないのではないかと思うようになっていった。
この二つを同じ次元で考えると矛盾しているように思えてきた。そんな時からだっただろうか。私は気がつけばいつも同じことを考えるようになっていた。それは、別の次元の話であったり、別世界を思わせる発想であったりした。夢の世界の話もしかりであり、氷室の話を聞いていると、
――ひょっとして私が考えている中に、前世への思いも含まれていたのかも知れない――
と感じるようになっていた。
私は、時々我に返った時、何かを考えていたことに気づかされる。その時に考えていたことは、
――新しい世界――
であった。
それは違う次元の世界のようで、夢の世界にも思えたが違っていた。夢であれば、目が覚める時に次第に忘れていき、目が覚めた時に覚えている夢は、意外としばらくは覚えている。しかし、忘れてしまった夢を思い出すことはできず、
――夢を見た――
という意識があるだけで、どんな夢なのか、まったく分からない。
しかし、この新しい世界への発想は、我に返った時にハッキリと意識している。しかし、急に考えが変わってしまう自分に気づくと、考えていたことが煙のように消えてしまっていた。
だが、思い出すことができないわけではない。何か頭の中のフラグにスイッチが入れば、すぐに思い出すことができる。そのフラグやスイッチはどこにあるのか自分でも分からない。ただ、フラグのスイッチという存在だけが頭の中に残っているのだ。
私はそのことが頭によぎった。その時に急に氷室が口にしたのが、
「先輩も何か新しい世界を頭の中で作っているんじゃありませんか?」
まさに見透かされているようで恐ろしくなり、声を発することがすぐにはできなかった。そんな私を見て、氷室はニッコリと笑ったが、その表情は初めて見るものではないと感じたことで、余計に氷室の顔を直視できなくなってしまっていた。
「実は僕も新しい世界を創造するのが、くせのようになっているんです。と言っても、いつもそれが夢であったり、幻の類であったりと、気がつけば自分の発想を否定していることが多いんですよね」
氷室も同じだと思うと、次第に緊張がほぐれてきた。
「私は新しい世界への発想は、きっとあなたが考えているようなものとは違っているような気がするんです。きっとあなたは、それを前世の自分の記憶に重ね合わせているんじゃないかって思うんですよ。ひょっとすると、自分の発想をどこかで抑えるために、前世の記憶が残ってしまったのではないかとも思っているです。ちょっと飛躍しすぎかも知れませんが」
と、彼の考えが自分とは違っていると私が感じていることを正直に話した。
「確かにそうかも知れません。発想なんていうものは、少しでも違えば、『違うもの』として考えられます。だから発想は無限であり、それは一人の発想でも無限なのだから、他の人も合わせると、さらに無限が広がってしまうんでしょうね」
「でも、その中には奇跡的にまったく同じ考えがないとは限りませんよね」
「そうかも知れません。ただ、それは同じ時代には存在しないことではないかと思うんです。時代が立体として積み重ねられると、無限はどうなってしまうんでしょうね。その中に同じ考えが存在しているとすると、それこそ、前世という発想に結びついてくるんじゃないでしょうか?」
「それがあなたの前世というものに対しての考え方なんですね?」
「そうですね。僕は過去に同じような発想をしたと感じたことが何度かあります。それを自分で納得させるには一番の発想は、前世という発想だったんです」
「なるほど、よく分かりました。私の場合は、そこまで感じたことはないんです。でも、時々、『前にどこかで感じたような』という発想になることはありましたが、それを私はデジャブとして片付けていました」
「ということは、デジャブを信じる人は、前世をデジャブと一緒くたにして考えるということなんでしょうか?」
「そうかも知れません。でも、デジャブと前世の発想が同じ人の中で存在することもありえることだと思うんですよ。それは最初にデジャブという発想を知るよりも前に、前世という発想を知ってしまった人なんだって思います。デジャブ現象を、前世の存在で自分を納得させようとするからなんでしょうね」
「でも、僕の前世の記憶があるというのは、デジャブとは別だと思っているんです。前世の記憶は自分で作ったものではなく、最初から存在していたものだと考えていると、どうしても堂々巡りを繰り返してしまっていました。でも、前世の記憶が自分の作ったものだと思うことで、何となく前世という世界が分かってきたような気がしてきました」
「前世なんだから、自分で作り出したという発想はおかしいんじゃないですか? 記憶というのは、自分が作ったものだとすると、ウソかも知れませんよね」
「ええ、だから僕はあなたの考え方を聞いてみたいと思うようになったんです」
「どうしてそこで私が出てくるの?」
私には、彼の言っている意味がよく分からなかった。最初はもう少し分かっているつもりだったのに、次第に分からなくなってくる。これっておかしな気分になってきた証拠ではないだろうか。
「最近、僕の夢に一人の女性が出てくるようになったんです。その人は見たことのない人で、夢の中で何かの会話をしているようなんですが、どんな会話をしているのか覚えていないんですよ。今ここでしているような漠然とはしているんだけど、話をしているうちにお互いの相手が持っている疑問を知らず知らずに解消していくような感覚ですね。僕はそれを新鮮な気持ちで感じています。今感じているその新鮮な気持ちが、夢の中で残っている唯一の感覚だったんですよ」
「じゃあ、今日こうやって会ったというのは偶然ではないとおっしゃるんですか?」
「そうかも知れません。ハッキリと偶然ではないと僕の口からいうのは憚るんです。言葉にすると重さがなくなってくるのが分かりますからね」
「あなたの中の前世という発想と、私が考えている新しい世界というのはお話を聞いている限りでは違うもののように感じられるんですが」
「僕はそうは思いません」
「どうしてですか?」
「発想は確かに無限に存在しますが、巡り巡って、また同じところに帰ってくることがありますよね。それはどれだけの周期を描いているのかは分かりませんが、僕にはその二つが背中合わせでなければありえないことだと思っているんです」
「それは無限ループの終着点のような発想でいいんでしょうか?」
「あなたがそう思うのであれば、それは間違いではありません。発想が無限にあるように、回答であったり、終着点も無限にあると考えていいのではないでしょうか? そういう意味であなたの発想を、あなたの口からどんなものなのかを聞いてみたいという衝動に駆られているわけなんですよ」
「私の発想ですか?」
「ええ、あなたが思い描いている今この瞬間の発想で結構です」
「今の発想ですか?」
「ええ、今の発想はすぐに過去になります。そして未来が現在になるわけです。未来は永劫に続いていくし、過去も今まで積み重ねられた無限の力を秘めています。でも現在というのは、一定の長さしかありません。ただ、その長さの間に重みが違っていたりするんです。その瞬間の発想というのは、すぐに忘れてしまいますが、その人にとって、大切な蓄積になるんですよ」
彼の話は、いちいちもっともだと思えた。
自分が考えていることが今までのように薄っぺらいものから、次第に丈夫なものへと変化していっているように思えてならない。ただ、それをどこまで覚えていられるかといういことが一番の課題だと思っている。
今こうやって話している内容だって、すぐに忘れていくに違いない。その証拠に、最初の頃にどんな話をしていたのかということが頭の中で消えているように思えてならなかった。ひょっとすると記憶の奥に封印されているのかも知れないと思ってはいるが、そう簡単に表に出すことはできないものだと思うのだった。
「私はあなたがさっき言ったように、新しい世界を創造することが結構多いと思っています。発想はするければ、いつもすぐに忘れてしまっているので、それだけ集中していたということを自分でも分かっていて、集中するには、自分にとって別の世界を形成しなければいけないということを考えています。ただ、この別の世界というのは、発想の中に出てきた新しい世界とは違います。新しい世界はあくまでも想像上の世界で、自分の頭の中だけで作り出したものなんですよ」
「でも、発想するための別の世界というのも、頭の中だけで作られたものなんじゃないですか?」
「そんなことはありません。発想するための世界を作るには、頭の中と同じくらいの大きさの器が必要なんじゃないかって思うんですよ。そうなると、他のものはどこに行ってしまうのか? ということになりますよね。それを説明できない限り、発想するための世界は頭の中とは違う世界ではないかって思うんですよ」
「それはきっと、他の人が考えていることと正反対なのかも知れませんね」
彼は私にとって意外なことを口にした。
「そうなんですか? 私はあまり人と関わらないようにしてきたので、私独自の考えだけで今まできました。だから、他の人の常識はまったく分からないんですよ」
「実は私も同じように、他の人と関わりたくないという発想を心の中に持っています。でも、私の場合は、なぜか他の人がどのように考えているかということが分かる気がするんです。そこがあなたとは違うところなんじゃないでしょうか?」
「私の考える『新しい世界』のお話を聞いていただけますか?」
「ええ、もちろん。願ったり叶ったりですよ」
と、彼の表情は嬉々として答えた。
私はそんな彼を見て、
――きっと彼は私と違って、まわりの人の発想を他人事のようには感じていないのではないかしら?
と感じていた。
「私は最初、新しい世界を頭の中で考えた時、いろいろな発想を思い浮かべたんです」
というと、すぐに彼が聴き返してきた。
「えっ、新しい世界というのは、、他の発想から思い描いたことを最終的に新しい世界だって思ったわけではないんですか?」
「もちろん、最終的にはそう思ったわけなんですが、最初から私の頭の中には新しい世界という発想があったんです。それをどう自分で納得させるかということを考えた時、いろいろな発想が頭をよぎったという感じですね」
「一つ一つ聞いていきましょうか」
「ええ、まずは誰もが最初にそう感じると思うんですが、夢だという発想ですね。さっきから話しているように、夢の世界から戻ってくるという発想があると思うんですが、その時に、目が覚めるにしたがって忘れてくるものが夢だという思いとは違う意識が働いたんです。それで、新しい世界は夢の世界とは違っていると思ったんです」
「なるほど、それは分かりやすいかも知れませんね」
「その次に感じたのは、記憶喪失という発想だったんです:
「というと?」
彼の目は好奇心に満ちているようだった。
「少しこのあたりから突飛な発想になるのかも知れませんが、新しい世界を創造した時に感じた思いとしては、何もないところに自分が勝手に作り出したもののはずなのに、何かの拍子に思い出した時、その思いを鮮明に思い出せるような気がしたんです。ただ、その時に前に感じたことがある思いだったのかどうかということを意識できるかを考えてみたんですが、どうしても予測がつきませんでした。そこで、記憶の奥に封印されていたものが急に出てくるという発想を抱いたんですが、その時にふいに感じたのが、記憶喪失という考え方だったんです」
「記憶喪失ということを自分では意識していないということですよね?」
「ええ、自分が記憶喪失であるということは、自分だけでは絶対に分かりません。少なくとも一人以上の誰かと関わることで、自分から、何かおかしいと感じることになるのか、それとも人との記憶が食い違っていたりすることで、自分が記憶を失っているということに気づかされるかのどちらかだと思うんです。つまりは無意識のうちに自分の記憶の奥に封印されたものが、喪失している記憶だと言えるんじゃないでしょうか」
「それはもっともですね」
「でも、私の創造する新しい世界は、人から指摘されたり、人と関わることで気づかされたりするものではない、自分の記憶の奥に封印されたものだと考えると、意識していない記憶喪失がそこに存在しているのだとも言えるような気がするんです。記憶喪失というのは、時系列の中で、それまで記憶していたことを忘れてしまい、それ以降の新しい記憶を一から積み重ねるものであって、まるで記憶できる場所が一杯になってしまったので、奥の倉庫に封印されたかのようなイメージを抱きました。でも、いつかは記憶が戻って、過去の記憶がよみがえってくると、今度は、最初に記憶を失ってから、一から今まで積み重ねてきた新しい記憶はどうなってしまうのかと考えた時、またいろいろな発想が頭に浮かんできます。あなたはそれについてどうお考えですか?」
と、問いかけてみた。彼がどんな回答をするかということよりも、回答するまでどのような態度を取るかということに興味があったのだ。
彼は、少し腕組みをして考えていたようだが、自分が思っていたよりもすぐに回答してくれた。
「まずですね。記憶喪失になったということを自分で意識してから、思い出そうとしても思い出せない状態になると、まず思い出そうという意識にはならないと思うんです。思い出したくない記憶だから思い出せないという思いを抱くんだと思うんですが、それを何も苦しんでまで思い出す必要はないですよね。それを思い出さなければいけないという雰囲気になるというのは、まわりの人が思い出させようとする、ある意味本人の意向を無視した勝手な行動ではないかと思うんです」
「確かにそうかも知れませんね。テレビドラマなどでは、まわりの人が親身になって記憶を失った人に対して、『無理しなくてもいいから、徐々に思い出していきましょうね』なんて言っているのを、親切からだって思って見ていましたけど、考えてみれば、本人の意思がハッキリしていないのをいいことに、思い出すことだけが正解のように思わせるような描き方が多いような気がします。確かにまわりの人は早く記憶を取り戻してくれた方が都合がいいですよね。知っている人が、まったく知らない人になってしまったことで、なまじ知っているだけに付き合わなければいけないという思いが、少なからずまわりの人にはあるのかも知れませんね」
「当然、そこには利害関係が結びついてきていますよね。肉親であっても、友達であっても、恋人であっても、感情以外のところでは利害関係があるわけですから、そう思うと、思い出させることがどれほど酷なことなのかということは、利害関係よりも優先順位からすれば下になるということなんでしょうね」
それを聞いて私はふっとため息をついて、
「その通りなんでしょうね」
と、やるせない気分になっていた。
「記憶喪失の人は、もし記憶が戻ったとしても、記憶を失ってからの記憶が消えるということはないような気がするんですよ」
「どうしてですか?」
「せっかく積み重ねた記憶を、わざわざ封印する必要性はないように思うからです」
「必要性の問題ですか?」
「言葉的にどう言っても、冷めた言い方になるのかも知れないですが、そもそも記憶喪失になる原因というのを考えてみるところからだと思うんですよ」
と言われて、彼が論理立てて話をしてくれるのが分かった。
「原因というと、例えばどこかで頭を打ったり、精神的に思い出したくないものを見たり聞いたりしてしまって、精神的に追い詰められて、思い出したくない思いとして別の世界にその意識を追いやってしまうことなんでしょうね」
「その通りですね。自分の中で耐え難いと思えるような意識が自分で抑えきれなくなった時、意識を思い出したくない記憶として封印してしまうことを選んでしまうことがき多く喪失に繋がったりするんでしょう」
「ドラマなどで結構そういう話があったりしますよね。でも、それでもまわりは思い出させようとしている場面が多いですよね。ドラマの中ではなるべく記憶を失った人が苦しまないように演出しているようですが、実際にはそんなものではないのかも知れませんね」
「人によっては、気が狂ったように暴れたり、モノを投げたりすることもあるんじゃないでしょうか?」
「そんな場面もドラマや映画で見たりすることもありますが、それは、テーマの中にその人の記憶を取り戻させるという優先順位が高い時でしょうね。サスペンスなどで、記憶を取り戻すことが犯人逮捕のきっかけになったりする場合など、記憶が回復した場面を見せることなく、会話の中だけで収めてしまうこともあったりします。なるべく刺激的な場面を視聴者に与えないようにしようという配慮なんでしょうね」
「それはあるでしょうね。それにあまり刺激的なところを描くと、実際に記憶を失っている人からの反発もあるでしょうからね」
「でも、そこまでして思い出したくない記憶を持っていた人が、記憶を失って真っ白になってしまったとすれば、意識としては、まるで今生まれたかのような感覚なのかも知れませんね」
「条件反射や本能的なものは身体が覚えているので、精神的なことだけが、まるで赤ちゃんのような感じだっていうことでしょうか?」
彼の質問にすぐには答えることができなかったが、少し間をおいて、考えながら話をした。
「赤ちゃんというのは少し違うかも知れません。本当にすべての記憶を失ったのだと私は思っていないんですよ」
「どういうことですか?」
「確かに自分の名前も分からなかったり、自分がどこにいたのかも分からなかったりはしているのかも知れないけど、たとえば、学校で勉強して身についた学力までなくなってしまっているわけではないですよね。自分に関わることがすべて意識から消えているようにまわりからは見えているんでしょうけど、実際には本当に思い出したくない記憶だけが封印されていて、本来であれば、その封印してしまった記憶の一部に、自分の意識をつかさどっていた部分が消えてしまったとすれば、まわりからはすべての記憶がなくなったように見えるんじゃないかって思うんです」
「ということは、あなたは意識というのは、中心をつかさどっている基幹部分があり、そして枝葉として放射状に意識が延びているとお考えなんですか?」
「ええ、その通りです。その向こうには記憶があり、その中に封印された記憶があると思っているんです」
「つまりは、誰もが封印される記憶の置き場を持っているということですか?」
「ええ、そして、皆が意識しているわけではないけども、誰もが一つや二つ、封印している記憶があると思っているんです。だから、人はすぐにいろいろなことを忘れていく。頭の中というのは大きく広がっているようで、すぐに限界が見える狭いスペースではないかと思っています」
私がそこまでいうと、彼は少し話題を変えてきた。
いや、話題が変わったというよりも、発展したと言ってもいいだろう。お互いに発想を膨らませていくことは願ったり叶ったりだと思えた。
「超能力というのは誰もが持っているというお話を聞いたことがありますか?」
「ええ、頭の中の一部しか使われていないけど、残りの大部分は、超能力と言われる力を発揮できるスペースだと言われていますよね」
「そう、今あなたが言ったような限界というのは、あくまでも頭の中すべてではなく、一般的な人が使える頭の中の中心部分だけだと言えるのではないでしょうか?」
「確かにそうかも知れません。でも、この限界というのは、私にとって、どうしても外せない発想になっているのも事実なんですよ」
と私がいうと、彼はそのことに触れずに、
「少し話がそれてしまいましたね」
と言って、敢えて話を逸らしたような気がした。私もこれ以上触れることはできないので黙っていると、彼がおもむろに話し始めた。
「もし、思い出したくない記憶が戻ってきたとしても、記憶を失った時とは環境も精神的な面でも大きく違っていますよね。だから、ショックは残るかも知れませんが、ゆっくりと療養すれば、すぐに元の生活に戻れます」
「でも、その時の元の生活って、どっちのですか?」
「それは本人が決めることなんじゃないでしょうか? 記憶が戻ったからと言って、記憶を失ってからの一から積み重ねた記憶が消えるわけではない。私だったら、記憶を失う前の生活に戻らずに、今までの生活を続けると思います」
「記憶を失う前にその人に関わっていた人にとってはショックでしょうね。もし婚約者などがいた場合、どんな気分になるんでしょうね?」
「たぶん、婚約者もそれはショックだと思いますよ。でも、記憶を失う前の生活に戻ったとしても、そこにいるのは自分の知っているその人ではないとそのうちに気づくのではないかと思うんです。だって、少なくとも空白の期間があって、その間には別の人が絡んでいるわけなので、元の生活に戻るなどということは土台無理なことではないかと思うんですよ」
「そうですね。私はそれは思います。でも、記憶を失ってからの生活にも同じことが言えるんじゃないでしょうか? 前の記憶が戻ったのだから、前の記憶の楽しかったことを思い出すと、同じ生活ができるとは限らない」
「でも、記憶を失っている人と付き合っている人は、その人が記憶がない時を知っているわけなので、それまでに付き合っていた人とは覚悟が違うはずですよね。それに記憶を失う前に一緒にいた人は、記憶を失ったその人を知らない。元のままのその人だと無意識に感じながら付き合っていくことになる。そこで二人の間に生じた溝が、次第に広がっていくかも知れませんからね」
「そうですね。でも、あなたの意見は当人がどうのというよりも、まわりから見たことが中心になっていますよね。それは無理もないことなんじゃないかって思うんですが、果たしてそれでいいんでしょうか?」
私はそう言いながら、自分でもいろいろ考えていた。
元々記憶喪失の失くしたはずの記憶が、自分の中で「新しい世界」を形成しているという話をしていたはずなのに、本来の記憶喪失の話に終始してしまっていたからだ。話の途中で、
――何となく戸惑いを感じるわ――
と思っていたが、話が次第に逸れていくことが次第に意識の中で薄れていくことへの戸惑いだったのかも知れない。
私は記憶喪失について、たまに意識していたように思う。
――ひょっとして私の記憶は、すべてに間違いはないんだろうか?
つまりは、何かの記憶が欠如していることで、違った記憶に変化していないかということだった。
記憶も時系列に並べることで歯車のように噛み合っているように思う。一つの記憶を思い出すことで、どんどんその前後の記憶もよみがえってくる。それはまさしく歯車の力によるものではないかという考え方だった。
先ほど、自分の記憶や意識が放射状に延びていると言いましたが、その放射状こそ、
――意識や記憶を繋ぎとめておくための歯車――
と言えるのではないだろうか。
歯車が一つでも狂えば、記憶は堂々巡りを繰り返し、意識的に封印してしまうことだってあるかも知れない。意識がそのまま記憶されるとは限らないということも、私の気持ちとしては持っていたのである。
「私の次の意識としては、『他人の記憶』というものなんです」
と私がいうと、
「えっ、それはどういうものなんです? 他人の記憶が自分の頭の中にあって、人と共有しているという意味なんですか?」
「私は共有という意識までは持っていませんでした。あくまでも、自分の中に他人の記憶が入ってくるという意味で、その人がそれを人の記憶だと理解しているかどうかも分からないと思っているんです」
「あなたは、誰かそんな人を知っているんですか?」
「ええ、中学生の頃のことなんですが、そんな話をしている人がそばにいたのを覚えているんです。どこかの喫茶店だったような気がするんですが、環境の記憶よりもその話の記憶の方が強かったんですね。それほど私にはセンセーショナルな話だったように思います」
「その人はどんな話をしていたんですか?」
「確か若い男女の話だったと思います。恋人同士だと思っていましたが、今思い出してみるとどこか秘密めいたところがあり、ひょっとすると不倫カップルだったんじゃないかって思います。話の内容は明らかに不倫のような話だったんですが、自分たちの話を公共の場所でするなんて信じられないと思っていたから、まさか自分たちの話だとは思ってもみませんでした。でも、今だったら言えます。あの話は自分たちが当事者でなければ分からないことが結構あったんだってですね」
「それはきっと、中学時代のあなたにとって、会話の中の世界は別世界のように思えていたことで、他人事のように聞いていたからなのかも知れませんね。それだけウブで純粋だったんだけども、好奇心はそれ以上だったということなんじゃないですか?」
どうにも見透かされているようで、少したじろいでしまった。
「なかなか鋭いですね。そんなこと言われたこと、今までにありませんよ」
「それは、あなたが人と関わりたくないという意識の表れなんじゃないですか? まわりもなるべく関わりたくないという思いを抱いていたとしても、それは不思議のないことですからね」
「まったく仰るとおりです」
私は認めざるおえなかった。
「その時の不倫カップルというのはどんな感じだったんですか?」
「そうですね。あの時は他人事のように聞いていたので、彼ら自体が他人の話をしていると思っていたので、記憶が錯綜するかも知れませんが、ただ、不思議な話をしていた部分だけは記憶に間違いはないと思います。かなり昔の記憶ではあるんですけどね」
「でも、あなたはその記憶を鮮明に覚えていると自分でも思っているんでしょう? そこから新しい世界を創造してみたくらいだから」
「そうですね。まず、二人は恋人同士だということはすぐに気づきました。やたらと身体を密着させるようにしていて、絶えず手を握っていましたからね。見ているこっちまで恥ずかしくなるほどでしたよ」
「それは大丈夫です。想像している私の方も恥ずかしく感じるほどですからね」
そう言って彼は笑った。ある意味、ここが笑いどころとでも思ったのか、苦笑いではあったが、私に笑みを強要しているかのようにも感じた。私もそれに応じて微笑み返したは、決して普通の笑顔ではなかっただろう。顔が引きつっていたに違いない。
「店内のお客さんはそんなに少なくはなかったように思います。恋人同士の二人だったんですが、そんな中でヒソヒソ話をしていたので、完全に聞き取れたとは言い切れませんが、なぜか私にはまわりの喧騒を感じることなく、二人の話を聞けたような気がします」
「集中していると、そんなものかも知れません。特に気になる話であれば、無意識に聞き逃してはいけないという意識が働くはずだからですね。僕も経験ありますが、ヒソヒソ話ほど気になってしまうものはないですからね」
私は話を続けた。
「その時の二人は、自分たちが付き合い始めた時のことを振り返っているようでした。楽しかった頃の話を懐かしそうに話していたんです。ヒソヒソ話であっても、微笑ましく感じたほどでした。でも、急にその女性が嗚咽を始めたんです。それを男性がまわりに気を遣いながら宥めているようだったんですが、そこに少し違和感があったというのがその時の気持ちでした」
「違和感?」
「ええ、違和感です。男性は宥めながら、さらに彼女を抱え込むようにして、守ろうとしているかのように最初は思ったんですが、それよりも、他の人に見せないようにしていたようなんです。恋人同士というのがどんなものなのかよく分かっていなかった私だったんですが、そこだけは違和感があったんです」
「でも、最初は楽しそうに話をしていたんでしょう?」
「ええ、でもそのうちに男の人の口から、『うちのやつが』という言葉が聞こえてきたんです。その時に、それが男の人の奥さんだって分かりました。でも、それでも私は二人が不倫の関係にあると思わなかったのは、それだけ不倫ということに実感がなかったのか、それとも、不倫の関係にある人を想像したことがなかったからなのかも知れません」
「中学生の女の子に不倫という意識を抱かせるのは無理がありますからね」
「ええ、私は親に対して不信感しかなかったんですが、でも、不倫という意識はまったくありませんでした。不信感が強かった分、不倫をしていると言われても別に何も感じなかったでしょうが、目に見えないショックが起こったかも知れないと思うと、不信感がどこから来ているのか、分からなくなってしまうと思っていました」
「なるほど、その思いが、その時にいた不倫カップルに対してもあったんでしょうね。だから、不倫カップルだとその時は感じなかったのかも知れません」
「ええ、その時嗚咽していた女性は、少し苛立っているように感じました。今から思えば相手の男性の口から出た『うちのやつ』という言葉に反応したのではないかと思います。まるでのろけられているように感じたのかも知れません」
「女性というのは不思議なものだって時々思います。自分は不倫をしているくせに、裏切られてるはずの相手の奥さんに対して、いまさら嫉妬心を抱くんですからね。奪われた方がどれほどのショックで痛手を負っているかということを、考えたこともないのかも知れません」
本当なら、女性蔑視ともいえるような言葉を発した彼に怒りを覚えなければいけないのかも知れないが、私は不思議と怒りはなかった。きっとその時私は自分を女性として意識していなかったからだろう。
「それはあるかも知れません。でも私はそんなことを感じたことはありません。考えてみれば男性を意識した相手と二人きりで話をしたことなどなかったからですね」
――あなたが私にとって、最初の男性を意識した相手なのよ――
と言っているのと同じであったが、彼はそれほど嬉しそうな顔はしなかった。
私の気持ちを察することができなかったのか、それとも分かっていて敢えて自分の気持ちを表に出そうとしなかったのか。もし後者であれば、
――私は好かれているんだわ――
と感じたことだろう。
今のこの時点では、好意を持たれているのは当然として、好きになってもらっているという感覚は微妙だった。
「そのうちに、どうしてその女性が怒りに震えていたのか、分かった気がしたんです。理由はその時、その女性が口にした一言でした。『私、あなたの奥さんの記憶が私の中にあるようなんです』とですね」
「それって不気味ですよね。逆に言えば、彼女の方から別れたがっているのではないかと思わせるエピソードに感じますよ」
「そこまでは私も感じませんでした。さすが氷室君というところかな?」
「茶化さないでくださいよ」
と言って、彼が微笑んだので、私も微笑み返した。
「確かにそう言われてみると、私もなんだかそんな気がしてくるから不思議ですわ。でも、その時の私は、『あなたの奥さんの記憶がある』っていう言葉に反応してしまったんですよ。ひょっとすると、その時に二人の間に微妙な温度差があったのかも知れないとも感じます」
「温度差というのはきっとあったんでしょうね。だからお互いになるべくくっつきたいという思いがあったんでしょう。男性の方が『うちのやつ』と言ったのも、その温度差を縮めたいが一心だったんじゃないですか?」
「そうでしょうね。でも、まわりのことよりも、実際の会話の内容はどうだったんですか?」
「女性の方がいうには、旦那、つまりあなたの浮気にはまったく気づいていないっていうんです。だから、それだけに奥さんに対しての後ろめたさが自分にはあって、『相手の気持ちが分かるということほど、感情が高ぶってくることはない』と言っていましたね。その感情は、相手の喜怒哀楽が自分の目の前にある鏡に写しだされていて、左右対称であるがごとく、相手が楽しければ、自分は苦しく、相手が幸せなら自分は不幸だ。そう思うと相手には辛く苦しい状態であってほしいと思うのは、その人の意識が考えることであって、決して無理をしたくないという思いからなのかも知れませんね」
「それは女性の嫉妬というものでしょうね」
「男性の嫉妬は違うんですか?」
「同じだとは思いますが、男性は女性ほど現実主義ではないので、嫉妬にもどこか違う考えがあると思うんです。そうですね。一刀両断にはできないものがあると思いますよ」
「それは女性にも言えると思うんですよ。嫉妬にいい悪いがあるとは思えませんが、その程度というものは、男性と女性では違いますよね。本当は、その人それぞれで違うので、男性と女性を垣根にしてしまっていいのかとは思いますよ」
「でも、その女性が言った奥さんの記憶というのはどういうものなんでしょうね?」
と会話に一瞬の沈黙があり、その後に彼が聞いてきた。
「どうやらその女性にとっては、思い出したくもない記憶だったようです。それはそうでしょうね。なるべく隠したいと思っている相手の記憶を自分が持っているなんてですね」
「男性にとっても、不倫相手がそんなことを感じているというのは、心中穏やかではないはずですよ。彼にとっても奥さんは奥さん、不倫相手は不倫相手として割り切って付き合っているつもりなのに、不倫相手の中に奥さんがいるなんて事実、俄かには信じられずはずもなかったことでしょうね」
「ええ、もちろんそうですよ」
と言ったが、話をしているうちに、
――お互いに自分と同性の肩を持っているように聞こえるわ――
と感じた。
だが、それは無理もないことだ。世の中には男か女の二種類しかいないのだ。本当に大雑把に二つに分けてしまうんだから、話をしながら無意識になっていたのも頷けるというものだ。
私は、男性の気持ちを分かることができるとは思っていない。それは今だけに限らず、将来に渡っても、本当の男性の気持ちを分かることはできないと思っている。性別というのは口でいうよりも結構敷居の高いもので、だからこそ、
――世の中には男か女しかいないのだ――
とも思っていた。
女性の中にも男性の中にも、年齢の隔たり、お互いに育った環境などから、意気投合できる人もいれば、決して分かり合える相手ではないと思える人もいることだろう。人それぞれだということだ。
男性、女性とそれぞれを考えているだけであれば分からないことでも、男性と女性を全体から見れば不思議に感じることもある。
私が一番不思議に感じたのは、
――男女、少々の違いはあるかも知れないが、どこにいても、その人口比率はほとんど変わらないわね――
ということだった。
一組の男女から生まれるのが、男性に偏ったり女性に偏ったりすることはあっても、全世界的には辻褄が合っている。決して、男だけの国、女だけの国というのは存在しない。
――人間は、男と女からしか生まれないんだ――
ということを考えると、うまく産み分けるのは、種の保存という観念から言っても至極当然な話である。
ただ、それは人間だけに言えることではない。他の動物もしかりで、オスばかり、Mスばかりという種族はない。もっとも一夫多妻制のようなものがあるところは別だが、今の世の中ではそんなこともないだろう。
そういう意味でも、本当であれば、相手である異性を大切にするということは種族の使命であるともいえるのではないだろうか。
だが、人間というものは、それでは我慢できない動物なのか、不倫をしてしまう。結婚したその時はよかったのだが、
――隣の芝生は青い――
と言われるように、目移りしてしまうのも、人間ならではなのだろうか。
いや、他の種族も人間が知らないだけで、同じようなことが行われているのかも知れない。ひょっとすると、それが原因で殺し合いに発展することもあったりするだろうか。そう思うと、まだ理性のある人間の方がマシなのかも知れないと感じた。
人間は理性を持っているが、ギリギリのところまでは我慢できるが、我慢を超えると自分でもどうなるか分からないと思っているところがある。ひどい時にはそれが殺人事件を引き起こしたりもしかねない。それを思うと、人間も野蛮な種族であるということに違いはなかった。
特に女性の場合の方が、その考えに近いのではないだろうか。男女が別れる原因になることで、ギリギリまで我慢して結界が解けてしまうと、前後不覚に陥るくらい平常心を失う人もいる。
それが悲劇に重なることもしばしばで、毎日新聞やワイドショーを賑わせている中に一つは存在しているように思えた。
「世の中、絶えず事件が起こっている。一度くらい暗いニュースのない一日を味わってみたい」
と言っている人の話を聞いたことがあった。
その時ふと何を思ったのか、
「前世のことを思い出すと、頭の中にオルゴールで聴いた『別れの曲』が頭の中を巡るような気がするんだ」
と氷室が口にしたのを、私は聞き逃さなかった……。
新しい世界? それとも前世?
私が、
「新し記憶は、他人の記憶」
という話をした時、氷室が、
「他人の記憶を共有しているような気がする」
というのを口にしたのを思い出した。
前世のことを思い出すときに『別れの狂句』が頭をよぎるという言葉を聞かなければ、ひょっとすると、そのまま意識せずに、話をスルーしていたかも知れない。
「そういえば、他人の記憶が自分の中にあるのは、その人と共有しているように思うと言ったのは、どういうことだったんですか?」
「僕も自分の中に他人の記憶が入っているないかって思ったことがあったんですが、それをずっと夢の中で感じたことであり、幻想だったり、妄想だったりと思っていたんです。でも、ある日急にそれが違うんじゃないかって思ったことがあったんですが、その時から自分の中で他人の記憶を感じた時というのは、誰かと記憶を共有しているんじゃないかって思ったんです」
「それはどういう時だったんですか?」
「あれは、中学時代だったかな? 僕には好きな女の子がいて、その子とよく本の話をしていたんです。僕も読書は好きだったし、彼女もよく本を読んでいました。本を読むためによく図書室に行っていたんですが、その時、本棚を真顔で見つめている彼女の横顔をいつも見ていて、そのうちに彼女を見ているだけで、楽しくなってきたんですね」
彼の言っていることには共感できた。自分にはそういう経験はなかったが、もし中学時代にそういう経験が少しでもあれば、今ほど人と関わりたくないという思いを強く持つことはなかっただろう。
「中学時代には、女の子にはありがちな気がする話ですが、男性にもあるんですね」
「それはそうでしょう。思春期というのは、男性女性どちらにも漏れなくついてくるものですからね。時期は少しずれるかもしれませんが、それも人それぞれというだけで、訪れない人なんていないんでしょうね」
「その通りです。私は時期がずれるというよりも、男性と女性で最初から身体や精神のつくりが違っているので、時期がずれても当たり前だと思っています。男性よりも女性のほうが早熟っていいますからね」
「それは分かります。でも、男性だから女性と同じような行動に出ないとかいう発想は違っているような気がしますよ」
と、彼は珍しく反論していた。きっと彼には彼なりの考えがあり、考えに基づいて行動していたことを否定されるような発言があった時は、相手が誰であれ、反発してしまうのかも知れない。
――この人も男性としてのプライドのようなものがあるのかも知れないわ――
と感じた。
女性から、自分の行動を否定されたような気がしているだけではなく、女性と同じような行動に見られたことが悔しいのだろう。そのことは話をしていて分かったが、私は彼を少しからかってやりたくなった。今まで対等に話をしてきたのだが、私の方が年上で先輩なのだ。いまさらではあるが、そのことを思い知らせてやりたいという悪戯心であった。
「ところで、他人の記憶が自分の中に存在していると、記憶を共有しているような気がしているということなんですか?」
と聞いてみると、
「いつもというわけではないんですが、たまに共有しているのではないかと思えるようなふしがあるんです。どんな時に、いつなのかと聞かれるとハッキリはしないので強くいえないのですが、僕の中では自分を納得させられるだけの気持ちはあると思っています」
彼の口から、
「自分を納得させられるだけの気持ちがある」
と言われると、それ以上言い返すことはできないような気がした。
私も確かに、自分を納得させられることであれば、他人が何と言おうとも、人に逆らってでも気持ちを自分の中に収めてしまう。もちろん人まで納得させようとは思わないが、自分の中だけで強く思うことを、自分の中での信念として、大切にしておくことに決めている。
「共有している相手とその記憶の中で話をしたという思いは残っているんですか?」
「ええ、残っています。残っているからこそ、共有しているという意識が生まれてくるからで、それがなければ、さすがに共有という意識は持てません。お互いに言葉にしたことが残っているんです。だから記憶だと思っているんですよ」
「というのは、共有したという意識を記憶の中で持っているというわけですか?」
「そういうことになりますね」
「じゃあ、あなたは記憶は共有できても、意識は共有できないと感じていると思っていいんでしょうか?」
「そうですね」
私は彼に詰め寄るような口調になった。
それを聞いていて彼は少し訝しそうになったのが分かったが、私としても自分の中に燻っていた意見があったのを思い出しかけているので、ここで彼への詰め寄りをやめようとは思わなかった。
私がムキになる時というのは、たいていの場合が、何かを忘れていて、それを思い出そうとしていることが多い。何かがきっかけになって、それまで感じたことのないような閃きが自分に迫っているという意識もあるが、どちらにしても、
――ここは譲れない――
という思いが強かった。
そんな時は相手に対しての圧力はすごいものだろう。中にはたじろいでしまって、何も喋れなくなってしまう人もいた。
――人と関わりたくない――
という気持ちがあり、ほとんどの時、自分が考えていることを表に出すことがないくせに急に自分から詰め寄るような言い方になるのだ。相手は溜まったものではないだろう。
彼は私の様子を見ながらたじろぐことはなかった。そのかわり訝しそうな表情になったのは、ある意味私にとってはありがたかった。たじろいでこられると自分が正気に戻った時にどんな会話をしていいのか分からない。それだけ気まずい雰囲気になってしまうのだろうが、相手に訝しがられる方が、会話は続いていくだろう。最初こそ険悪なムードかも知れないが、お互いに意見を出し合うことでスッキリできるのであれば、それはそれで正直な気持ちのぶつけ合いなので、気まずくなることはないと思っている。実際に今までにも険悪になったことはあったが、その人とはすぐに分かち合えることができ、人と関わりたくないと思っている私に、唯一話ができる人ができた瞬間だった。
その人は高校を卒業すると専門学校に入ったので、なかなかお互いに忙しく、最近では会うことも珍しくなっていた。しかし、気持ちは繋がっているという意識があることで、会えないとしても、別に寂しいと思うこともなかったのだ。
「ところで氷室君は、記憶の共有をしていると思っている人と面識はあるんですか?」
訝しい雰囲気ではあったが、私がそれを聞くと、氷室は表情を和らげて、すぐにさっきまでの顔に戻っていた。
「いいえ、面識はないですね。面識がないから、記憶が共有できるのではないかと思っているくらいです。面識があると、記憶を共有していたとしても、まさか知り合いの記憶と共有しているなどとは、なかなか思えるものではありませんからね」
と、少し余裕のある顔でそういった。
「そうですか。実は私はあなたと少し違った発想を持っているんですよ。いや、違ったというよりもある意味ニアミスなのかも知れないですね」
と私がいうと、
「どういうことですか?」
彼は、
――もう訝しい表情になることはないだろう――
と言わんばかりのその顔には、好奇心が溢れていた。
彼の顔で一番煌びやかな表情をする時は、
――この好奇心に溢れた表情なのだ――
ということを私はその時、初めて感じた。
私は少ししてやったりの表情をしていたかも知れない。
「あなたは記憶の共有をしているその人と、意識は共有していないと仰っているんですよね?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、私は逆なんですよ。私は他の人と意識の共有はしているけど、記憶の共有はしていないと思っているんです。だから、ニアミスだって言ったんですよ」
「なるほど。でも、それって誰もが感じていることなんじゃないかって思うんですが、違うんでしょうか?」
「そうかも知れませんが、私のは他人が感じている思いとはまったく違っていると思っています」
「それはどうしてですか?」
「もし、他の人も同じであっても、他の人はそのことを意識していないと思うんですよ。無意識にであっても、きっと誰も意識していないと思うんですよね。世の中には意識していないことでも無意識に意識していることが多いと思います。逆に無意識にでも意識していないことは結構レアなケースだと思うんですよ。だから、そういう意味でも最初からずっと意識している私と、無意識にでも意識していないだろうと思う他人とを一緒にしないでほしいと思っています」
「なるほどですね。それでさっきの質問の意味が分かりました」
「というと?」
「あなたは、僕に対して記憶の共有をしている人と面識があるのかって聞かれましたよね?」
「ええ」
「僕が面識がないというと、それが当然だとでもいうようなドヤ顔に見えたんですが違いますか? それはあなた自身が僕と正反対の感覚を持っていて、人との意識の共有なので、当然相手は顔見知りのはず。つまりは、正反対だということを、自分にも納得させたいし、僕とその点での意識を共有させたいと思っているわけですね」
「ええ、でも、この場合の意識の共有は、意図してのことなので、私が感じている人との意識の共有というのとは別物ですよ」
「それは分かっています。そうでないと僕の意見との正反対の発想ではなくなりますからね」
「ええ、そうです。あくまでもここにいる二人の間での意見の論争になっているので、お互いの発想が相手の意見を刺激しあうことが大切になってきますよね」
「その通りだと思います。僕もあなたとここで今日、こうやって意見を戦わせることになるなど、想像もしていませんでした」
その言葉を聞いて、私は少し呆然とした。
――私は、相手は特定できなかったけれど、今日誰かと意見を戦わせるような気がしていた。そして、相手も私と同じように、相手が誰かは分からないだろうが、意見を戦わせると感じていたはずだ――
と思っていた。
だから、私は人と意識の共有ができていたのではないかと思った。今日話をすることが予知できた時点で、ほとんど面識のなかった相手を前からずっと意見を戦わせていた相手だったかのように思う気持ち、それが私の中にあったのだ。
それと同時に私は高校時代まで一緒で、専門学校に行った意識を共有できていると思った友達。彼女のことを思い出していた。
ほとんどが読書に対しての自分の感想だったが、次第に私の中で、彼女の話が私とダブってきていることに気づいていた。そして、さらに親密になってくると、私に向けられていると思ったその気持ちが、実は自分の中にも向けられているのではないかと思わせたのだ。
そう思うことで私は、
――彼女とは、意識を共有することができる――
と感じるようになった。
ただ、感じるのは、その時の彼女の意識だけであって、過去に記憶された意識はすでに過去のものとして封印されていて、刻々と変わっていくであろう意識に取り残されないように必死について行ったような気がしていた。
必死についていくのだから、当然過去の記憶などに捉われるわけにはいかない。その思いが、
――意識は共有できるけど、記憶は共有できない――
と感じたのだ。
つまりは、記憶として格納される時、お互いの性格の違いが露呈する。それは当然のことであり、他の人が感じている意識とは、深さが違っているのだ。
もし、他の人は意識は共有できるが記憶は共有できないという思いを持っていたとしても、そこには深い意味はない。私のように、意識への思い入れが強すぎて記憶にまで気が回らないという発想を抱くことはないだろう。
それだけに、彼の意見は私にとって斬新で新鮮であった。しかもまったくの正反対の意見であるにも関わらず、私にはニアミスに感じられてしまう。まるでそばにあるのにまったく誰にも気づかれることのない路傍の石であったり、次元が違っていることで、姿すら見えないという異次元の発想に繋がっているような気がしているのはおかしなことなのだろうか。
――意識と記憶――
言葉のニュアンスは近いものがあるが、まったく別物である。しかし、それをニアミスのように思う私は、ひょっとすると氷室という後輩とこういう会話を近い将来することになるという意識をずっと持っていたかのように思えた。
「記憶や意識を共有するというのは、どちらかしかできないんでしょうね」
と私が言うと、
「その通りだと思います。だから、人と共有しているという意識がないのかも知れないですね」
「私は、普段から人と関わりたくないという思いをずっと持っていましたので、何かを他人と共有しているということに違和感を感じるんですよ。だから、意識の中だけで感じていると思っています。さっきの意見とは矛盾しているんですが、あなたとお話していると、なぜか矛盾も正当化されているように思えてならないんです」
「ひょっとすると先輩は僕の意識を介して、他の人と意識を共有できるのではないかと考えているんでしょうか?」
「あなたを介してというよりも、あなたの意見を自分の中で咀嚼しているうちに自分の意見として生まれてきたものだと言えるんだと思います」
「人と関わりたくないと思っている人でも、関わりたいと思える人もいるということですか?」
「そうかも知れません。特に自分の中で暖めてきた考え方を否定も肯定もせずに、お互いの意見を戦わせることのできる相手というのは、生きていく上で必要なんじゃないかって思うんですよ」
「もし、そんな相手がいなかったら?」
「その人は自分の中だけで結論付けることになるんでしょうね。でも、私はそれも一つの正解だって思うんです。自分の中にもう一つの仮想の自分を作り出すことができる人であれば、問題ないってですね」
「僕もそれは感じますが、でも、自分の中にもう一つの仮想の自分を作るということは誰にでもできることだと思っています。でも、人と関わるとそのことを意識しなくなり、頭の奥に封印してしまおうと無意識にしてしまうのではないかと思うんです。少し飛躍した考えではありますが、冷静に考えると、これも間違いではないと思いませんか?」
「そうですね。自分にその意見を納得させるのは、自分だけでは難しいですが、あなたから言われて、私も納得できるような気がします」
「あなたは、あくまでも人と関わることを自分の中の信念としているようですね」
「ええ、そうですね。だから、さっきの話題にも出た『他人との共有』という発想は、どこか違和感があるんです」
「じゃあ、他人の記憶が自分の中にあるという発想は?」
「その発想は否定できないんです。本当は自分の意識の中で否定しなければいけないと思いながらも否定できない考えなんですが、それでも新しい世界を考えた時に他にも創造してみた夢であったり、記憶喪失によるものであったりといういろいろな考えを複合することで、説明しようと自分に言い聞かせているのかも知れませんね」
「本当にそうでしょうか?」
彼は少し何かを考えて、自分に言い聞かせるように俯き加減で、私に対して話をしているようで実は自分に問いかけているようにも思えた。
「えっ?」
私は彼の言葉に驚いたというよりも、彼の挙動が自分の想像の域を超えていることが意外に思えたのだ。
「あなたは、やっぱり人と関わりを持ちたくないという思いが一番にあって、そこから考えが付随しているように思えるんです。だから話を聞いていて、分かりやすい部分と、分かりにくい部分がハッキリしていて、総合的には僕にとってあなたは、分かりやすい人という意識を持っているんです」
彼の言葉は難しく感じた。さっきまでの話は、
――私にしか理解できない話だわ――
と感じるほど、彼のことを分かっているつもりだったが、急に分からなくなった。話の内容が難しく、どう解釈していいのか分からなかった。
しかし、冷静に考えればすぐに分かることだった。
――私のことを直接口撃していることで、私は彼に対してひるんでしまっているのかも知れない――
と感じた。
少しの時間、何も答えられないでいると、彼も言葉をなくしてしまったかのように黙り込んだ。だが、その視線は私を見つめていて、決して何を口にしていいのか分からないから話をしないのではないということは分かった気がした。
静寂を破ったのは彼だった。
「あなたは、『新しい世界』という発想を持っているんでしょうね。それは僕たちが創造している世界とは別の世界で、誰も考えたこともない世界を自分の中に作り出そうという発想からスタートしているんでしょうね」
「ええ、自分でもそう思っています」
「あなたはそれを当たり前のように思っているけど、僕は少し違います。世の中に存在している世界。これは今まで誰も見たことのない世界であっても同じなんですが、創造神のようなものがあって、その神がそれぞれの世界を作り出したというイメージを持っています。それは神話の世界であり、神話の世界は宗教に深く結びついている。僕たちはそれを普通のことのように意識の中で感じているんですが、あなたはそうではない。創造神というものを信じているかどうかは分かりませんが、新しい世界というのは、自分の意識が作り出したものなんだって思っていると感じています」
「まさしくその通りですね。あなたや他の人の感じている世界というのを、私は信じてはいるんですが、それは私が考える新しい世界とは別物なんです。他の人が作り出したもので、それが漠然としたものであれば、私はそれを新しいものだして認めたくはないと思っています。しかも、私はその世界に行ったことがあると思っています。記憶には残ってはいないんですけどね。だから、誰にも話せないし、話してしまうと、行ったという事実すら自分の意識の中から消えてしまいそうで、それが怖いです」
「そして、あなたはそのことを、自分だけのことだと思っていなかったんでしょう?」
「ええ、自分だけではなく、他の人も自覚していることだって思っていました。誰もそのことを口にすることはない。だから、口にしてしまうと、自分の存在まで消えてしまうのではないかなどと、子供の頃に感じたほどだったんです」
「先輩は、子供の頃からこの考えを持っていたんですか?」
彼の表情はまたしても訝しそうに見えたが、私が子供の頃に感じたということに対して、かなり驚いているようだった。
「ええ、小学生の頃からだったでしょうか? 人と関わりたくないという意識を持ち始めた頃とあまり時期的に変わっていないように思っています」
彼はまた考え込んでいた。
「なるほど、あなたが人と関わりたくないという意識を持ったのは、新しい世界を自分の世界として納得させようという思いの表れだったのかも知れませんね」
「そうかも知れません」
私は続けた。
「私は新しい世界に行ってきたという意識を持っているんです」
彼は一瞬、考え込んだが、
「それは意識なんですか?」
「ええ、意識です」
「子供の頃に感じたことであれば、かなり昔のことのはずだから、意識ではなく記憶ではないかと思うんですが?」
「ええ、もし、それを記憶として感じてしまうと、今度は記憶として封印されてしまうのが怖かったんです。記憶には封印が存在しますが、意識には記憶へ移行することはあっても、封印されることはないと思うからですね」
「ずっと頭のどこかで考えていたかったということですか?」
「ええ、考え続けることはなかなか難しいですが、意識し続けるというのは、そこまで難しいものではないです。でも、あまり意識し続けすぎて、頭がオーバーヒートを起こしてしまうと、今度は、記憶を通り越して、封印から目覚めることのない記憶喪失に陥ってしまいかねないとも思っているんです。だから、普段はあまり意識しないようにしてきたんですが、話をする相手がいると、意識し続けることも難しくはないと思えるようになりました」
「そうなんですね」
「ええ、私は自分の作った新しい世界には時系列や、スペース、そして、新しい世界を動かそうとする力は存在しないのではないかと思っています。だからこの世界はあくまでも自分だけの世界であり、人が関わることはないと思っています」
「でも、新しい世界が意識されたものであるとすれば、僕は輪廻のようなものを感じます」
「どういうことですか? 輪廻というと繰り返しているということですよね。それは自分の前世や後世で関わってくるということでしょうか?」
「違います。あくまでもあなたの一生の中で輪廻しているということです。現実世界で生きている場合は、言葉通りの『一つの人生』、つまり『一生』なんでしょうが、自分の作りだした世界は、一つとは限りません。あなたのいうように、時系列やスペース、動かそうとする力は存在しないと考えると、同じタイミングで新しい世界が重複することはないと思えます」
「そうですね。だから皆新しい世界に行くことができても、記憶の中にも意識の中にも存在しないのだから、誰かに言われるのではなく、自力でこの世界を創造することができない限り、もし存在していても、何も残らないんです」
「では、もしその世界の記憶が残っている人がいるとすればどうですか? あなたには信じられることですか?」
と彼が私に訊ねた。
私はここでは自分の意見をいうことはできるが、答えを出すことはできないと思うのだった。
「私には信じられません。私のように意識をしている人間でも、新しい世界から戻ってきたという意識が残っているだけで、向こうの世界の意識や記憶はまったくない。戻ってくる時に消されたのか、それとも、自分がわざと記憶を残さないようにしているのか、分からなかったです」
「それはきっと、あなたが新しい世界を繰り返しているからですよ。それは輪廻のようなもので、時系列が存在しないので、同じところを何度も繰り返している。だから戻ってきてから意識がないんですよ。同じことを繰り返しているという意識は、あなたにとって認めることのできない事実なんじゃないかって思ったんです」
「あなたは、記憶があるんでしょう?」
「ええ、おぼろげではありますが、記憶があります。何度も同じ発想を頭に抱いて、気がつけば抜けることのできない底なし沼に足を取られていたかのようにも思えました」
「底なし沼ですか?」
「ええ、でも、抜けることのできないものに対して無駄な抵抗を僕はしませんでした。したって結局飲み込まれるんだって、妙に冷静でしたからね。その時に初めて『死』というものを真剣に意識した気がします」
「どのように感じたんですか?」
「僕は、死んだらどうなるという発想よりも、死ぬということに恐怖を覚えました。まず考えたのは、『苦しいんだろうな』、『痛い思いはしたくない』という思いでした。これは誰でも同じことであって、本当ならその次に感じるのは、『死んだらどうなる?』ということでしょうね。でも、苦しみや痛みを想像している間に死を迎えてしまい、決して死んだらどうなるという発想に行き着くことはないんです。そう思うことで、僕は現実世界に引き戻されて、『生きていてよかった』と感じるんです」
「皆そうなのかも知れませんね。私もきっとそう思うに違いないと感じました」
「でもね。生きていてよかったと思うのは、まだまだその時、死を意識していたというのを引き戻された時は覚えているんです。でもそのうちに忘れてくるようになる。この現象って夢から覚める時と同じだとは思いませんか?」
「ええ、そうですね」
「だから、意識の中では、『夢を見ていたんだ』って感じるんですよ。新しい世界を夢の世界だとして片付けてしまう。意識していたことが記憶となって封印されたと思ったとしても無理もないことですよね」
「違うんですか?」
「ええ、この思いは記憶の奥には入りません。だから、封印されることもないんですよ。新しい世界に行ったという意識もなく、結局は記憶にも意識にも残っていない。残っているとすれば、頭の中にある本能にだけかも知れません」
「本能って、頭の中にあるんですか?」
「本能というのは、身体のいたるところに無数に存在していると思います。だから頭の中にあっても不思議はないんだけど、記憶や意識を格納するという特殊な感情ではありません。つまりは、意識しない限り、表には出てこないということです」
「でも、本能というのは、意識の外にあって、無意識の中で起こることではないんですか?」
「それは無意識を意識とは正反対のもので、意識と隔絶している思いがあるからです。ここでいう無意識というのは、決して意識の外にあるものでありません。むしと、無意識は意識の中の一種だと考えることができるような気がします」
「今のお話を聞いていると、まるで本能と意識は切り離せないもののように聞こえてくるんですが?」
「ええ、その通りです。本能は意識の上に成り立っているものだって、僕は思っています。なぜなら、誰もが本能を持っていて、記憶をなくしても、本能が生きているので、普通に生きていくことも可能でしょう。記憶がなくても、本能という意識があることで、その人にとっての新しい世界が開けていくんですよ」
「じゃあ、新しい世界を意識できる人は、本能をずっと意識している人だっていうこともできますよね」
「ええ、その通りです。新しい世界も本能とは切り離せない世界なんですよ」
「そうなんですね」
私はまた少し考えた。
「でも、どうしてそんなに苦しいことばかりなんですか?」
と私がいうと、
「それは夢に似ているところがあると思うんですが、あなたは夢から覚めて覚えているt夢というのは、どういう夢ですか?」
急に夢の話に変わってしまった。
私は、夢の世界の話と、彼が言っている前世の話とは切り離して話をしていたつもりだ。それは彼自身が切り離して話をしているからで、私との意見の一致から、否定をすることはなかった。
しかし、今なぜここで夢の話になったのだろうか? 私には少し腑に落ちない感覚だった。
私はここまで来て、話に駆け引きを混ぜる気持ちにはなれなかった。素直に答えることがお互いの意見を融合させて、真理に近づくのではないかと思ったからだ。
「私が夢を覚えている時というのは、怖い夢を見た時がほとんどですね。あなたが今それを聞くということは、あなたも同じということでしょうか?」
「ええ、なかなかこんな話をできる人というのはいないもので、親友でも相手の性格によっては、冷めた目で見られることもあるでしょう。特に親友にそんな目で見られたとすれば、二度とこの話題を出すことはない。他の人に対しても同じことで、自分の中で封印してしまうことになるでしょう」
「人に話せないことの中には、相手にされないと思うこともあるでしょうけど、それはあまりにも突飛な発想で、相手がついてこれない場合なんですよね。そんな時、えてして話している本人は悦に入っていて、相手を置き去りにすることが優越感だと思ってしまう人もいると思います。相手を置き去りにしたことを後悔する人もいれば、優越感の興奮に目覚めてしまう人もいます。人それぞれなんでしょうが、私は優越感に溺れてしまう人のほうが圧倒的に多いように思っています」
「それはきっと、自分が優越感に目覚めているからで、自分が相手の身になって考えた時、共感できるものがあるからなんでしょうね」
「確かにそうかも知れません。私は気がつけば相手の身になって考えていることが多く、それを自覚もしています」
「少しきついことをいうようですが、相手の身になって考える人というのは、優越感に溺れやすいと思います。だから今の先輩の話も、本当は逆で、優越感が先にきているんではないでしょうか? 相手の身になって考えるというのは、相手のためなんかではなく、あくまでも自分の優越感を満たしたいからだと思えてならないんですよ」
ここまで直球で言われると、本来なら、顔から火が出るほどに恥ずかしい思いをするはずなのに、彼から言われると、そこまで恥ずかしいとは思わない。
彼には自分の気持ちを見透かされているという意識があるからなのかも知れないが、彼と話をしていると、自分の中でだんだん感覚がマヒしてくるような気がしてくる。似たような思いは、今に始まったことではなく、以前から感じていたような気がする。自虐もなければ反省もない。恥ずかしさもなければ、後ろめたさもない。この感覚は右から入って左に抜けてしまったような感じであった。
――何かを考えることは、自分に対しての言い訳になるだけだわ――
と考えたからだった。
本当は自分に対しての言い訳を嫌っているわけではない。言い訳をできるだけの理論的な考えが存在していれば、それはもはや言い訳ではないと思っているからだ。
つまりは自分を納得させることができれば、それは言い訳ではない。他の人が見て言い訳だと思ったとしても、それは他人の意見であって、鵜呑みにする必要などない。
私が人と関わりを持ちたくないと思った理由の中に、
――まわりの人は自分よりも優秀なんだ――
という思いがあったからだ。
まわりがいうことはすべてが正しい。自分にいくら言い聞かせても、それはすべてが言い訳でしかないと思うようになると、自分自身で自分を引き篭もりにしてしまう。
それが私の中学、高校時代だった。
その間に、いろいろなことを考えていた。人の意見が一切関わっていないので、偏った考えではあったが、たくさんの人の意見が混同しているわけではないので、理屈としては筋が通っている。
いろいろなことをまわりの人に相談する人は、まず相手が一人ということはない。よほど気が置ける相手で、信用でもしていない限り、普通であれば、たくさんの人の意見を参考にして自分の意見を組み立てようとするだろう。
だから、なるべく自分と気が合う人の意見を参考にしようとする。
それは間違っていないのだが、どうしても自分に近い人ばかりを参考にしようと思うと、人それぞれに性格も違えば意見も違っているだろうという当たり前のことを忘れがちになってしまう。だから、それぞれに違った意見を言っているのに、同じような意見だと錯覚してしまうだろう。
元々意見が違うのに、それを強引に同じなのだと考えようとすると、まとまる思いはまとまらず、それどころか、永遠に交わることのない平行線を描くことになるのだ。
それをその人は、
「考えがもう一度、一周して同じところに戻ってきた」
と思うことだろう。
しかし、一周しているわけではなく、最初からその場所を動いていないだけなのだ。そのことを誰が分かるというのか、本人が分からなければ、誰も分かるはずもないのだ。
私は自分の意見を人に押し付けることも、人から押し付けられることも一番嫌いだった。それが両親に対して感じた思いであり、
――いくら親だからと言って、人に自分の意見を押し付けてはいけない――
と思うようになった。
「何言ってるの。あなたは私の娘。他人なんかじゃないじゃない」
と言うだろう。
しかし、個人の考え方という意味では、いくら肉親でも他人である。
「血が繋がっているのよ」
いわゆる遺伝子が親から子供への考え方を遺伝させているのだとすれば、それは何も言わずともちゃんと遺伝しているはずである。それをこれ見よがしに、親としての意見を子供に押し付けられたのであれば、それはただの押し付けにしかならない。特に血が繋がっているのだから、誰よりも相手の気持ちや考え方が分かるのだとすれば、わざとやっていることを億劫に感じることだろう。
言葉では、
「私はあなたの親だから、あなたのことは一番分かっている」
と言っているが、何も言わずとも分かるであろうことを、わざわざ口にして億劫に思われるのであれば、そこには反発しかない。
私はその反発を親にも分かってほしいと思ったが、親の立場になってしまうと、それも無理なことなのだろう。そういう意味では、
――大人になんかなりたくない――
という思いが頭の奥に潜在しているのを、今までに何度も感じていたのだ。
私が彼との夢の話からそんなことを思っていると、彼にも何となく分かったのか、
「前世を僕が知っている気がすると言ったでしょう? でも、それは誰の前世なのかって分からないんですよ」
「それはあなたの前世ではないんですか?」
「僕は最初、そうだと思っていたんだけど、最近では違うかも知れないと思うようになったんだ。やはり、夢であったり、記憶喪失によるものであったり、他人との意識や記憶の共有を考えていくと、だんだんと自分の前世なのかどうか分からなくなったんだ」
「それは不思議な感覚ですね」
「ええ、でも、分からなくなったことに疑問を感じるということはないんですよ。それよりも、どうしてそれが前世なのかという意識を持っているかという方が気になるところではありますね」
「確かにそうですよね。何かの確証がなければ、夢だったり、失っているかも知れない記憶だったり、誰かと共有しているものだったりしているのかも知れないからですね」
「でも、僕の中では前世という意識が一番しっくりくるんですよ。でも、さっき先輩の話を聞いていて、先輩のいう『新しい世界』という概念が、この世界を前世とは違ったものとして再度考えることができるのではないかと思うようにもなりました」
「どうしてですか?」
「私が考えている前世というのは、元々、同じ感覚を何度も繰り返しているので、記憶や意識がないまま、次の世代に受け継がれているものを、何か特別な状態から、覚えてしまっていたのだって考えました。でも、さっきの話の中で、あなたの創造した『新しい世界』は、一生の中で何度も繰り返しているという意見を聞いた時、僕は前世の存在の有無を別にして、『新しい世界』の存在をこの僕が僕なりに証明したのではないかと思ったんです」
彼の意見は、突飛ではあるが、自然な感じがした。私の中で納得できたのかどうか分からないが、彼が納得しているということは分かった。その上で、私が彼の話に引き込まれていくことに快感を感じていた。
――なんて気持ちいいのかしら?
快感というと、外部から自分の敏感な部分を刺激されたり、甘い言葉を掛けられたり、心と身体が一緒に悦びを感じることで発散される自分の中にあるホルモンのようなものだと思っている。
私は、二十二歳になった今では処女ではない。ここで相手が誰だったのかという野暮なことを口にすることは控えるが、最初に感じた快感が、次第に自分の中で変わってくるのを感じていた。
「快感って、成長するものなんだろうね」
相手の男性がそんなことを口にしたのは、きっと私の反応が最初に比べて変わってきたからだろう。
後にも先にも彼と一緒にいて、これ以上の恥ずかしい思いはなかった。それは自分も気づいていなかったことを相手に指摘されたからだ。それ以外のことは、言葉に出されても想定内のことであり、恥ずかしさはさほど感じなかった。初めて感じた恥じらいに、私は本当の快感をその時に感じたのだと思っていたのだ。
初めての相手の愛撫はしなやかだった。彼の指は私の敏感な部分をどうして知っているのか、ピンポイントで私の中から、まるで幽体離脱のような快感を与えてくれる。
「初めての相手があなたでよかった」
と、私は次第に彼に溺れていくのを感じた。
「君にとっての僕は、僕にとっての君と同じさ」
その言葉を聞いて、
――私以外の女性なら、彼の言葉の意味を分かるはずなどないんだわ――
と感じ、彼が自分にとっての運命の相手であると私は確信していた。
しかも、彼は私の身体だけではなく心までも満足させてくれる。
――エクスタシーって、こういうことを言うんだわ――
自分がこんなにエロチックな考えを持っているなど思ってもみなかった。普段から理詰めで考える私は、彼とのエロチックな関係も理詰めで考えていた。
ある程度までは考えられるのだが、肝心なところから先は、曖昧にしか考えられない。私はそれを、
――神聖な領域――
と感じ、彼との時間がすべてだと思うようになっていた。
しかし、ちょっと考えれば、肝心なところから先が曖昧なのは、相手の作戦であり、私に自分の領域に入りこまないようにさせるテクニックだということに気づかなかった。
その中には、彼に自分が溺れていたという考えもあるが、理屈っぽい自分がエロチックな発想にまで理詰めを持ち込むことはないという考えがあったからだ。曖昧にしか考えられないのは、本来であれば相容れない二つのエロチックな部分と理屈っぽさを一緒にしないはずの私がしてしまったことに原因がある。
私はその時、自分の感じているようなエロチックさと理屈っぽさが相容れない考えだということを誰も信じていないと思っていた。
しかし、実際にはそんなことを考えているのは自分だけだった。
――どうしてこの期に及んで、他人のことなんか考えたのかしら?
人と関わりたくないと思っているくせに、人と比較するなんて、自分らしくない。そんな感情に気づいた時、私はいつの間にか彼から遠ざかっていた。
その時の彼というのは、実は昔でいう「女たらし」であり、甘い言葉や身体から発するフェロモンで、女性を虜にすることが得意だった。まんまと私も引っかかったわけだが、結局二人は、
――水に油――
だったのだ。
私は傷つくこともなくその男と別れられたが、そのことを知っている人は誰もいないだろう。
――なかったことにしたい記憶――
と感じてはいたが、彼から教わったことは少なくなかった。
快感について、そして女性としての性についても、彼から教わったと思っている。途中の過程はどうであれ、私には快感がどういうものなのかということを残してくれた彼に、ある意味感謝してもいいのだろうと思っている。もちろん、別れた彼が今は別の女性を追いかけているか、あるいは、すでに誰かと快感の真っ最中なのかということは分からないが、私のことなど、忘れてしまっているに違いない。
――意外と私のような女の方が、記憶に残っているのかも知れないわね――
と、勝手な想像をしてみたが、氷室と話をしていて、まさかその時のことを思い出すなど思ってもみなかった。
――しかも、快感という意識からだなんて――
と、思わず恥じらいを感じたが、それも一瞬のことで、すぐに恥じらいは抜けていた。氷室はその時、私に何を感じたのだろうか?
私は少し考える時間を求めた。コーヒーを飲みながらいろいろ考えていると、少し自分の考えが纏まってくるのが分かった。
「私は、やっぱり新しい世界を生きていたいと思っています」
「それはどういうことですか?」
「あなたは、自分の前世を覚えているという話をしていましたが、それは今とはまったく違った人格なんですよね?」
「ええ、そうです。そして、僕が人間から人間に生まれ変わることができたことで、自分の前世を覚えているんだと思っています。もし、前世が人間でなければ、前世の記憶なんかないと思いますからね」
私は、その意見には反対だった。
「そうでしょうか? 私は覚えているんだって思います。もし前世が人間でなかったとしても、意識はあったはずです。たとえば路傍の石でもそうだと思います。人に踏まれたり蹴られたりしたとしても、その意識はあったと思うんです。ただ、それを記憶が無理にでも封印しているだけなんじゃないでしょうか? それに同じ人間が前世だったと思っている人もたくさんいると思います。誰もそのことを口にしないのは、どうせ誰も信じてはくれないという思いから口にしないんでしょう。皆、バカにされたくはないですからね」
自分がその人のまわりにいる立場であれば、いきなり前世の話などされると、バカにしたくなるのも無理もないと思っている。今は自分が新しい世界を創造しているのでバカにする気にはならないだけで、それだけに余計に、バカにされてしまうという意識が強くなっていた。
「あなたの新しい世界というのは。また違うんですか?」
「ええ、違います。世の中の人は私と同じような新しい世界を創造できる人か、前世を意識している人しかいないと思っています。ただ、ほとんどの人が無意識で、誰かに話題を振られないと、誰も自分が意識していることに気づくことはないんだろうと思っているんですよ」
「それは斬新な考えですね」
「はい。私もそう思います。そう思いますが、私としてはしっくりくるんですよ。私は物忘れという現象や、夢から目が覚める時に、誰もがその夢を忘れてしまうという現象に着目してみたんです。つまり忘れるということは、覚えていたくないからではなく、何かの力に支配されてのことではないかと思うんです」
「そこに前世と新しい世界が絡んでいると?」
「ええ、前世の場合は、生まれ変わると、記憶だけは残っているけど、まったく違った性格の人間になっていると思っています。もちろん、記憶は封印されているので、誰も意識できるはずなどないのでしょうが、新しい世界の場合は、生まれ変わっても意識は残っているし、同じ人間であるということなんです。つまり、自分が一度死んで、もう一度違う世界で生まれ変わるということですね。まったく同じ人間ではあるけれど、環境が違っているので、記憶も意識もまったく受け継がれない。それが『生まれ変わり』という新しい世界になるんです」
「難しい……」
「私は過去の記憶が曖昧な気がしています。でも、前世からの人間は、過去の記憶はウソなのではないかと思うんですよ」
「えっ、じゃあ前世として残っているはずの記憶はウソだと言われるんですか?」
「ええ、だから思い出すことができない。でも、同じようなことが過去にはあったと感じるいわゆるデジャブという現象は、自分の中に残っている『ウソの過去』を自分の中で正当化しようとする思いがもたらしたものではないかと思うんです」
「確かにデジャブというのは、過去の記憶の辻褄を合わせるものだという研究理論を何かの本で読んだことがあります。もしその理論が正しいとすれば、あなたの考えは理にかなっているわけですね」
「そうなりますね。でも私のような新しい世界の人間にはデジャブは存在しないんですよ。ウソの記憶ではなく、曖昧な記憶なので、辻褄を合わせる必要はないんです。放っておけばそのうちに辻褄は合ってくるもので、下手に合わせようとすると、おかしなことになりかねませんからね」
私は、どうして急にこんなに理解できたのか分からなかった。何かが急に頭の中に降臨してきたのかも知れない。それが正しいのかどうか、自分でも分からない。ただ、私の中で燻っていた何かを、今日、ここで氷室と話をすることで、覚醒したのではないかと思えたのだ。
私は続けた。
「私は、新しい世界を何度も経験しているような気がするんです。そして、そのうちに元に戻るような気がする。それこそ輪廻と言えるのではないでしょうか?」
「でも、元ってどこなんです?」
「それは難しい発想ですよね。『ニワトリが先かタマゴガ先か』と言っているのと同じだからですね。でも、私は必ず元はどこかにあると思うんです。そうでなければ底なし沼のようなものですよね。底もないのに、どうして沼が存在するのか? という発想ですよ。もちろん、底なし沼などというのは、ただの言葉のあやなんでしょうけどね」
「僕はその話を聞いて、バイオリズムのような発想を感じましたね。心電図のようなカーブを描きながら、三本の線が一箇所で点になるのを見ることができる。そんなイメージが僕の頭の中にあります」
「ということは、この世界と前世という概念、そして私が考える新しい世界という概念の三つが存在し、それぞれ同じようなカーブを描きながら、ある時一つの点になる。それが今だというわけですか?」
「そうかも知れません。でも、それは一つのパターンであって、人それぞれにパターンが微妙に違っていれば、いくつものカーブが存在する。その中でいつ三つが点になるかということですよね。私はでも、それを奇跡のように感じています。つまりは、それぞれの線を描く人が自分のことを理解していて、もう一人の存在を分かっていて、こうやって意見を戦わせることができて、初めて点が形になると思っています」
「じゃあ、今は点として一つになっているんだけど、次の時間には、もう一度三人は分裂して、それぞれの道を行くことになるんでしょうね」
「そうかも知れません。その時に私はあなたへの意識が残っているのか、あなたの中に私への意識が残っているのか、これって別れよりも辛いことだと思えてなりません。『夢なら覚めないでくれ』ってよく言いますよね。まさしくその心境なんです」
私は自分が今彼と話をしている間に感じたことを思い出していた。
――忘れたくない――
この思いは彼も同じかも知れない。
しかし、そう思っていればいるほど、意識は記憶に吸い込まれる。私の中で、
――また会いたい――
この思いが強く残っている。私が繰り返している新しい世界にも彼という人間はいる。
しかし、彼ではないのだ。彼は前世から後世へと移っていく人間、私のように繰り返しているわけではない。
――本当に新しい世界と、前世、現世、後世を繋ぐ世界とでは、まったく違っているのだろうか?
私は、子供の頃の記憶が、またしても曖昧になっていくのを感じていた……。
( 完 )
2
アンティークショップ
私は一体何を考えているというのだろう? 最近になって新しい世界という言葉が気 になるようになってきた。新しい世界とはこの間夢に見たもので、その夢が数日間、頭の中を巡って離れないのだ。
二十歳になった私は、大学二年生になった。小学生の頃には、相手が男の子であっても関係なく、友達をたくさん作っていた。相手によって態度を変えることを嫌っていたので、好かれる人には好かれたが、嫌われる人には嫌われていたような気がする。それでも、相手によって態度を変えるようなことはしたくなかったので、それはそれでよかった。相手によって態度を変えても、自分を毛嫌いする人はいるはずなので、自分にウソをついたりなどしたくないと思った。
その思いは正解だっただろう。自分のことを一番好きだと言ってくれた友達は男の子にも女の子にもいた。数は少なかったが、それなりに嬉しかった。そんな連中とは中学二年生の頃まで、親友として変わらずに付き合うことができたので、自分の中で、
――この思いは正解だった――
と言えるのも正当性があると思っていた。
しかし、中学三年生になる頃には、次第に態度がぎこちなくなり、お互いに気まずい時間が続くようになった。会話が少なくなり一緒にいることもほとんどなくなった。いわゆる「自然消滅」のような形で、脆くも親友はいなくなってしまったのだ。
それを私は、
――受験というものが、私たちの親友関係を崩したんだ――
と考えた。
確かにその時期には思春期と言われる時期があり、お互いに会話がぎこちなくなることがあったが、それは思春期特有のもので、恥じらいや自分への自信のなさから会話がぎこちなくしていた。仕方がないことであり、それが親友関係を崩すまでのものではないと思っていた。
それが真実だったのか、それとも事実だったのか分からない。しかし、思春期というものは間違いなく存在し、友達の間に一種の楔を打ち込んだことは認めざるおえないだろうが、どこまで影響があったのか分からない。そんなことは考えたくないというのが本心だった。
親友関係を崩してしまったことで、高校に入ってからの私は、友達を作ろうとはしなかった。
――友達なんて煩わしいもの。ましてや親友なんて、最後にもたらすのは、自分に対しての疑問でしかない――
と考えた。
自分に対しての疑問は、煩わしいなどという感覚とは比べものにならない。何しろ自分に疑問を抱くのだから、一歩間違うと、自分を否定することに繋がりかねない。それが恐ろしかったのだ。
――友達がいないと、寂しいと思うんじゃないのかな?
と感じたが、実際に中学三年生から高校に入学してしばらくするまで、友達がいなくても別に辛いとは思わなかった。
――どうしてなんだろう?
中学時代には、三年生になってからは高校受験一筋だったので、余計なことを考える暇はなかった。後から思えば、
――寂しいなんて感覚は、余計なことでしかないんだわ――
と思っていたのだろう。
何とか無事に高校入学できたが、別に感動はなかった。ホッとしたという感情があるだけで、別に嬉しいとか、達成感を感じるなどという感覚はなかった。淡々とした気持ちが私を包んでいた。
――そうだ。達成感というものが欠如していたんだ――
高校受験の時にそれを感じた。
高校時代には、結局友達を作ることなく、気が付けば、進路決定を迫られていた。とりあえず大学だけでも出ておこうと、大学に入って何をしようという意識があるわけではなく、漠然と大学受験を選択した。
「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」
という言葉通り、受験できるあらゆる選択肢を駆使して、何とか今の大学に合格できたのだ。
そんなわけなので、当然達成感などあるわけもない。まわりは、
「よかったわね。合格、おめでとう」
と祝福してくれていたが、それもわざとらしく感じられ、
「ありがとうございます」
と答えながら、頭の中は完全に冷めていた。
そんな気持ちをまわりの人も分かっているのだろう。二言目が出てこない。会話が続くこともないので、明らかに祝福は社交辞令でしかない。
私はその方がありがたかった。
下手に会話が続けば、口にしたくもない言葉を口にしなければいけないだろう。判で押したようなセリフは自分の中で吐き気や嘔吐を催しかねない。そんな気持ち悪さがそのまま人との会話だと思っていることが、いつも一人でいることの理由だと感じていた。
その思いは深く感じるわけではないが、頻繁に感じていないと、自分の存在を否定してしまいそうになり、自分への正当性というよりも、存在意義のようにさえ思っていた。その感情が私の中で何かを考える力となり、何かを考えていないと、自分が消えてしまいそうに思えていたが、自分が世間に流されているという感覚はない。どちらかというと、
――自分だけの世界を楽しんでいる――
と思いたかったに違いない。
――楽しんでいるってどういうことなのかしら?
一人でいろいろ考えていると、なぜかそこに自分が存在していないように思えた。出てくるのは他人だけで、ただ、自分は目だけの存在だった。
ただ、考えているのは自分に他ならない。目だけの存在で何かを考えているという歪にも思える発想を、本人は別におかしいとは思わなかった。むしろ肉体のような余計なものがないだけに、発想が妄想として発展していく中で、何ら違和感がなく、いろいろと普段では考えることができないような発想を頭に描くことができるのだった。
私は、普段から漠然とした態度を取っている。まわりに対しての態度は実に冷めたもの。自分が相手の立場だったら、きっと、腹を立てているに違いない。
しかし、今の私はそれ以外の態度を取ることはできない。人と関わることを余計なことだと思うようになって、二度と人と関わりたくないと思ってから、その思いは変わっていない。
――そんなに強い思いなんだろうか?
自分でも疑問に思うほど、普段から頭の中は淡々としている。それが自分でもよく分からない。
――ひょっとして、何かショックなことがあって、それが尾を引いていて、他人と関わることを身体も頭も受け付けないようになってしまったんじゃないかしら?
と思うようになっていた。
ここまで淡々としている頭の中を継続できるというのは、かなりのことだと思っている。それには、頭も身体も、そのどちらも受け付けない何かが存在しなければいけないのではないかと思えてならない。それが何なのか分かるはずもなく、分かってしまうと今度は冷めてしまい、自分すら見失ってしまうのではないかと思えてきた。
――そんな風にはなりたくない――
この思いが強く頭にある。
淡々とした頭の中で、一番強い思いではないだろうか。
ショックなことというのは、忘れてしまって思い出すことのできないほどの大きなものなのだろう。そんなものを思い出そうとするなどというのは、藪の中のヘビをつついて、無理におびき出すようなものだ。何かの理由が存在し、ヘビが出てきても、絶対に安全だという確証がなければできることではない。それを思うと、今自分の頭の中が淡々としているのも分かる気がしていた。
しかし、逆に考えれば、ショックなことが起こる前の自分はきっと、
――何か熱中できるものがあり、それ以外のことはすべてが付録にしかすぎない――
と思える何かを持っていたのではないかと思う。
今までに何か熱中できるものがあったという記憶はなかった。何かに熱中したいという意識もない。中学時代に親友とぎこちなくなるようなことがなければ、
――ひょっとすると高校生になってから、何か熱中できるものができたのではないか?
と考えることもできるが、今の私にはそれを思い図ることはできなかった。
いまさら中学時代のあの時のことを思い出したくもなかった。
別に逃げているわけではない。淡々と生きている中でも、
――自分が逃げているのではないか?
と考えたことがなかったわけではない。
しかし、そのことを考えるということは、マイナス思考であるという思いに至るのだ。マイナス思考に至るのであれば、それは逃げていることであり、考えることも逃げになってしまうのであれば、
――進むも戻るも同じ道――
だと思えば、最初から考えない方がいい。それこそ余計なことなのだ。
――余計なこと?
淡々と生きるきっかけになった感覚は、
――余計なことをしたくない――
という思いからだった。
淡々と生きることを選んだ以上、余計なことをすることが今の自分の一番の間違いだと考えれば、逃げなどという思いは抱かないに限ると思った。
ただ、私は、
――何か熱中できることを作りたい――
という思いはあった。
一人でいることを選び、孤独であっても、寂しさを感じたくないという思いが頭の中にあった。
今は、孤独であっても寂しさは感じていないが、これからもずっとこのまま行けるかどうか自信があるわけではない。そんな時にどうすればいいかと考えた時、真っ先に浮かんだのは、
――何か熱中できることを持っておきたい――
という思いだった。
もちろん、誰か他人が関わることは避けるのが大前提だった。ただ、熱中できるものができれば、その後で誰か他人と関わることがあっても、別に構わないとも思えた。その人からその熱中できることを邪魔されさえしなければ、別に問題はない。優先順位である熱中できることができれば、そこから先は、一旦頭の中をリセットできる気がしたのだ。
いろいろ考えてみたが、なかなか思いつくものではなかった。女の子なのだから、手芸や料理など、やろうと思えばいくらでもありそうな気がするのだが、どれもピンとこなかった。
実際に、手芸や料理に興じてみたこともあったが、やってみると面白いのは面白いが、本当は湧いてくるはずの達成感が湧いてこなかった。その代わりに沸いてきたのは、虚脱感のようなもので、
――完成させても、それをどうすればいいというのだろう?
本当なら、誰かのために作るというのが手芸や料理を趣味にしている人の目的なのだろう。相手が決まっていなくても、
――まだ見ぬ誰かのために――
と思うだけで一生懸命になれるのが、趣味の醍醐味、そこには、
――健気さ――
というものが潜んでいるに違いない。
やはり誰かのためにするための趣味は自分には向いていないと思った私は、次に考えたのが、
――文章を書くことだった――
小説のような大げさなものはできるはずもない。さらに、俳句や短歌、詩歌のようなものも、嫌いではないが、言葉遊びという行為が、どこかわざとらしさのようなものを感じさせ、それが自分の偏見であり、歪んだ感情であることは分かっていたが、
――できないものはできない――
という感覚から、断念せざるおえなかった。
考えてみれば、淡々として生きているのである。別に気合を入れる必要もないと考えると、一番簡単なものがあることに気が付いた。
――そうだわ。日記をつければいいのよ――
その日にあったことをそのまま書けばいいだけだ。別に飾ることもなく、事実だけを書いて、書き足したいことがあれば、その時に付け加えるのは別に自由である。これほど簡単に思えるものもないだろう。
実際にやってみると、思ったよりも楽しかった。
最初は何が楽しいのか分からなかった。ただ毎日判で押したように、その日のことを少しだけ書いていくだけだった。しかも、毎日書き続けなければ意味がない。その思いがあればあるほど、一日でも書かなかったりすると、その次に書くという気持ちが急激に失せてしまうということは想像がついた。
――日記をつけるのって、煩わしい――
という思いが頭の中になかったわけではない。しかし、それよりも、
――継続は力なりって本当のことだったんだ――
という思いの方が先だった。
それも一瞬の差で感じたことであり、その一瞬が運命を分けたと言っても過言ではない。この思いを私はしばらく忘れることはなかったのだ。
私は、自分が忘れっぽい性格だという自覚は子供の頃からあった。それが実際に意識するようになったのが明確にいつ頃のことなのかというとハッキリはしないが、親友がいた頃も忘れっぽい性格だったという意識があったような気がするので、中学生以前だったことは間違いないようだ。
日記をつけようと思った理由の一つに、自分の忘れっぽい性格があったからかも知れない。ただ、日記をつけようと考えた時期がもう少し遅かったら、長続きはしなかったかも知れない。なぜなら、自分が次第に現実的なことを避けようとするようになってきたことを意識するようになったからだった。
日記を読み返すことは時々あった。日記を読み返すのも楽しいもので、
――あの時、こんなことを考えていたんだ――
という覆い、逆に、
――こんなことを考えていたから、あの頃はこんなことがあったんだ――
と、日記を見て、それを書いた頃の気持ちに戻ることができるからだった。
楽しいこともあれば、本当なら思い出したくないと思うこともあった。だが、日記を読み返していると、楽しいことでも、思い出したくないことであっても、思い出すという行為自体に嫌な気はしなかった。そう思うと、
――やっぱり日記をつけるのって楽しいわ――
と感じるようになっていた。
日記をつけていると、次第に自分の文章力がついてきているような気がした。元々、作文など大嫌いで、実際に作文の授業で、提出した作文の点数は最悪だった。実際に読み返してみると、同じことを繰り返して書いていたり、肝心なことが書かれていなかったりして、支離滅裂な文章に、顔を赤らめるほどだった。そんな私がどうして日記をつけようなどと思ったのか、その時の心境を想い図ることはできないでいた。
日記をつけていると、どんどん文章が上手になってくるのが自分でも分かってきた。その証拠が、
――何度でも読み直したい――
と思えるようになったからで、以前のように、自分の書いた文章を、恥ずかしくて直視できなかった頃ではなくなっていたからだ。本当にそんな頃があったなんて、今からでは信じられないほどだった。
孤独の間にすることを何か見つけるという趣旨で、日記をつけるようになったが、日記を継続することが楽しくなった頃になって、私のことを意識している男の子がいることに気が付いた。
相変わらず、まわりには漠然とした態度を取っていたが、日記を書くようになったからといって、まわりに与える雰囲気が変わったとは思えなかった。
雰囲気が変わったとすれば、それは年齢的にまわりに対して魅力というフェロモンを発散させているからなのか、それとも日記をつけることで、自分の中にある自信に満ちたような態度が表に出ているからなのか分からなかった。しかし、まわりから自分を意識しているその視線を感じることができるのは、その人一人だけなので、まわりにフェロモンを発散させているからだというよりも、たまたまこの時期に、自分の元から持っていた魅力に反応してくれた人が現れただけだと思う方が自然ではないかと思えた。
人には、一生のうちに、自分と相性の合う人に何人かは出会うものではないかと私は思っていた。それが、いわゆる、
――モテキ――
という言葉で表されるものではないかとも考えたことがある。
一生のうちにまわりからウソのようにモテる時期というのがあるのだという。それはすべての人に言えることなのか分からないが、私にはなぜか、
――そんな時期が訪れるのではないか――
とずっと思っていた。
それが今だとは思えない。モテるというのは、相手が一人では成立しない。相思相愛の相手と巡り合うのはモテるということよりも大切なことなのかも知れないが、私にはその時、自分を意識している男の子に対してどのように対応していいのか分からないでいた。
相手の視線を浴びせてはくるが、それ以上距離を縮めてこようとはしない。彼の視線は露骨なもので、隠そうという意志はまったくない。
本人は隠そうという意志を持っているのかどうか分からないが、浴びせられている本人には、隠そうとしていない意識に思えてならなかった。
――ひょっとすると、二人にだけしか分からない波長というものがあって、誰にも分かるものではないかも知れない――
と思っていたが、当たらずとも遠からじ、他の人の様子を見て、私にもその男性にも意識を持って見ている人を感じたことはなかった。
その相手というのは、大学の後輩だった。
その時、私は大学の二年生になっていて、別にサークル活動をしているわけでもなく、アルバイトに勤しむのが日課だった。もちろん、講義には支障のないようにアルバイトをしていたが、その時、ある講義で一緒になった後輩が、彼だったのだ。
彼の存在は、二年生になっての最初の講義から分かっていた。
――あれだけの視線なんだから、分からない方がおかしいわー―
と思うほどだったのに、普段は意識しないように振舞っていたが、たまに彼の様子を凝視しようと、視線を向けると、慌てて視線を逸らしてしまう。
普段は意識しないようにしている相手が急に視線を浴びせたことで慌てた態度が反射的に目線を逸らせることになったのか、それとも、私が意識していないと思っていたので、急に意識した態度になったことで、うろたえてしまったのか、私には分からなかった。だが、私が視線を元に戻した瞬間に、また同じように私に対しての視線を向けてくることで、後者だったのではないかと思うようになっていた。
そんな彼が声を掛けてきたのは春も終わりかけの、ある蒸し暑い夕方だった。
講義以外では会うことのなかった彼と、キャンパスを歩いていて遭った時だった。その日は普段ならアルバイトの日だったのだが、アルバイト先が店内改装っを行うとかで、一週間の休みが入ってしまった。アルバイトと学業を両立させていたので、ほとんど講義の時間以外、大学にいることはなかったので、何となく違和感があった。
しかし、大学というところは、学生で溢れているところ、一人の学生が普段いないのに、急にいたとしても誰も気にするはずもない。特に毎日を淡々と漠然と過ごしている私は特にそうであった。
キャンパスですれ違った時、どちらが最初に気づいたのだろう。私が気づいた時には、彼の表情には驚きと喜びの両方があったような気がする。驚きの表情にはそれほどビックリしなかったが、その時に感じた喜びの表情の意味が分からなかったので、私は一瞬戸惑った。
彼もすぐには声を掛けてこなかったが、それはきっと私が一瞬だとはいえ、戸惑った表情を見せたことで、躊躇いがあったのかも知れない。
それでも、二人同時に振り向いた時、しどろもどろに見えた彼だったが、すぐに気を取り直して、
「中田さんですよね。同じ講義に出ている」
と声を掛けられた。
私も彼が向けてくれた水に乗っかることで、うろたえを抑えることができ、
「え、ええ、臨床心理学の時間ですよね」
「はい、僕のことを覚えてくれていたんですか?」
「ええ、普段は人を意識するということはないんですけど、あなたのことは意識してしまっていました」
本当なら失礼になりかねない言い方だが、彼なら失礼に思うはずないと思い、口から躊躇いもなく、出てきた言葉だった。
「それは嬉しいな。僕も普段は誰も意識なんかしないんですが、中田さんを見てから何となく気になってしまっていたんですよ。ひょっとすると、中田さんの雰囲気が、自分の昔の思い出に引っかかったのかも知れません」
この言葉も、聞きようによっては、相手に失礼になる言い回しなのかも知れない。しかし、私はそんな意識はなかった。嬉しいという言葉が最初に浮かんでくると、それ以上でもそれ以下でもない感覚に陥って、素直に今の気持ちを大切にしたいと思うのだった。
もちろん、これが彼からの告白ではないだろう。男の人から好かれることなどないと思っていた私だったので、
「好きです」
と言われても、ピンとはこないだろうと思っていた。それよりも、そんな言葉を覚悟を持って言ってくれた相手にどのように失礼のないような態度を取るべきなのかということの方が気になっていた。普段から漠然とした態度を取っているくせに、いざとなった時、相手に対してどのような態度を取るかということは、頭の中を巡ってしまう。それが習性というものなのかと思うと、どのようにそれ以降を解釈していいのか、考えものだった。
ただ、彼の雰囲気は、何かを覚悟したり、思い詰めているような様子はない。ただ、顔見知りの相手に会って、喜んでいるという態度が前面に出ていて、その様子が自分で感じいていたイメージよりも大げさに感じられたことと、自分の中でも彼のことを少なからず意識していたということを証明しているようで、少しむず痒い気分にさせられたのだ。
「あなたは確か、氷室君だったかしら?」
いまさら、名前を確認するというのも滑稽な気がしたが、それを聞いて彼は嬉々とした雰囲気で、興奮していたようだ。
「覚えてくれていたんですね。感激だな」
というと、小躍りしているかのようだった。そんな氷室の露骨とも思えるような大げさな態度に少し戸惑ったが、別に悪い気はしなかった。
――名前を覚えていただけでここまで感動してくれるなんて――
と、彼のその大げさな態度に厭らしさなどの欠片もなかったのは、なぜだったのか。たぶん私はその時の雰囲気に酔っていたに違いない。
「中田さんがこの時間キャンパス内におられるのって珍しいんじゃないですか?」
「ええ」
――どうして、この人はそんなことを知っているのだろう?
と感じたが、
「すみません。僕はこの時間結構大学にいることが多いので、今までに見たことが一度もなかったので、いつもはもう帰ってらっしゃるんだろうなって思っただけなんですよ」
と、半分は言い訳なのだろうが、素直にそれを聞いて、
「ええ」
と答えた。
聞きようによっては、相手に、
「自分はあなたに興味を持っています」
という意識を匂わせることにもなる。露骨ではないが、その言い方は不器用であり、微笑ましさをアピールしているように見えなくもない。
しかし、氷室の普段の様子を見ていると、本当に不器用なところがありそうに思えたので、露骨さよりも微笑ましさの方が強かった。そう思うと、やはり声を掛けられて嫌な気分にはならなかった。
今まで、人とあまり関わりたくないと思っていた私だったが、その時は、
――今日くらいはいいかも知れないわ――
と感じた。
それはアルバイトがなくなったことでできた時間をどのように過ごすかが曖昧だったからだというのもあるが、アルバイトがなくなったことに何か意味があるのではないかという思いもあるからなのかも知れないと感じた。
――今日なら、彼とであれば、お茶に誘われてもいいような気がする――
と感じたのを察したのか、
「せっかくここでお会いしたんですから、お茶でもいかがですか?」
気持ちを見透かされたと思うと少し癪だったが、思っていた通りの展開に、結局は満足できるので、お茶の誘いに断る理由などなかった。
彼の雰囲気を見ていると、自分の知っている他の男性とは違っていることは最初から分かっていたような気がする。その思いが、彼との会話を楽しみにしている自分が、人と関わりたくないという思いよりも上回っていることを感じていた。
人と関わりたくないという思いは、想像以上に、人との関わりというものを他の人と違った温度差を持っているかということだった。実際に、どうしても人と関わらないといけない時、自分もぎこちないが、それよりも相手の方が自分にぎこちない態度を取っているということに、意外と気づいていないものだ。
しかし、彼と一緒にいると、そのことを気づかされた気がした。最初は、遠慮がちだった彼だったが、こちらが少しでも相手に合わせようとしているのを見ると、それまでの遠慮がちな態度とは正反対に、厚かましさすら見えるほどになった。
もし、これが他の人だったら、その厚かましさに嫌気が差していたに違いない。彼の場合には、その厚かましさが自分を引っ張っていってくれる力に感じられた。同じ厚かましさを感じるのにでも、ただの強引なだけだと感じるか、引っ込み思案の私を引っ張ってくれていると感じるかによって、まったく違うということをいまさらながらに思い知らされた。
そのことを他の人に言ったとすれば、
「そんな当たり前のことに、今気づいたの?」
と言って、嘲笑われるに違いない。いわゆる失笑というやつに違いない。ただ、彼の場合は自分の知っている人たちとは変わった人種で、他の人が二人を見ると、
「似たもの同士だ」
と言うに違いなかった。
私はその時は別に人から笑われても構わないと普段から思っていたので、自分に言い寄ってくる男性がいるとすれば、別に無碍に避けるようなことはしないだろうと普段から考えていた。
彼が連れていってくれたのは、大学の近くの店ではなかった。
――大学の近くのお店なんだろうな――
と考えていた私は、彼が早足で駅に向かっているのを、普段はゆっくりにしか歩かないせいもあってか、何とかついていくのに必死だった。おかげで、駅までの距離をそんなに感じることもなく、必死でついていったわりには、息切れが収まってから、疲れが残ることはなかったのだ。
電車はすぐにやってきて、席に座って落ち着いていると、彼は私に興味を示すことなく、ただ車窓を眺めていた。
――何をそんなに見つめているんだろう?
別に何かを凝視しているというわけではない。ただ漠然と車窓から流れる景色を眺めているだけに感じられた。しかし、その様子からは、こちらから話しかけられる雰囲気はなく、彼の横顔を見つめるだけだった。彼は車窓を漠然と見ているだけだったが、急にニッコリと笑顔を見せることがあるのを感じると、
――何かを思い出しているのだろうか?
と思えたのだ。
電車に乗って三駅ほどのところで、彼は、
「さあ、降りよう」
と言って、私の手を引っ張ってくれた。
――相手は後輩で、私よりも年下のはずなのに、別に嫌な気分にはならないわ――
と、感じた。
あまり人と関わりたくないと思っている私は、その理由の一つに、
――私に対して礼儀を尽くしてくれない人に対して、どんな態度を取ればいいのか分からない――
と感じていたからだ。
自分に対して礼儀を尽くすのが当たり前だなどとは思っていないが、礼儀を尽くすことも知らない人と、どう接すればいいのか分からない。つまり、自分の想像もつかないことを考えている人と付き合うことの煩わしさが、人と関わりたくないという思いを抱かせていると思っているのだ。
彼に引っ張られながら駅を降りると、その駅は今まで降りたことのない駅だったこともあり、新鮮な気がした。しかも、初めて降りる駅に、誰か他の人が一緒にいるなどと想像したこともなかった。その相手というのは、今日初めて親しく話をした人である。どんな人なのか分からない相手、新鮮に感じるなど、本当に私の頭が考えたことなのだろうか?
その駅は、まわりを森に囲まれていると言ってもいいほど、自然のまだ残った場所だった。
駅前から森のように続いているその場所は、奥に神社があり、公園になっていたのだ。今までに一度も降りたことがなかっただけで、いずれは降りてみたいと思っていた駅でもあった。新鮮に感じたのは、彼と降りたからではなく、以前から興味があったからだと自分に言い聞かせていた。
今はまだ冬なので感じないが、少し暑さを感じる時期であれば、セミの声が似合う場所であることは分かったに違いない。
私は暑い時期は嫌いだった。寒い時期であれば、着込んでいればいいだけで、暑い時期には脱ぐわけにはいかないからだ。それに、
――裸になったとしても、暑いものは暑いんだわ――
と思う。
暑い時期に行く海も嫌いで、べたべたする潮風に当たると、子供の頃などは次の日にいつも熱を出していた。その頃から身体に纏わりつく汗が大嫌いで、
「夏なんかなくなればいいのに」
と普段から口にしていた。
人との関わりが嫌になったのは、親の存在もその一つだった。
両親は、子供が喜ぶだろうという思いから、普段から休みの日などはいろいろなところに連れていってくれた。
私には兄が一人いるが、兄も同じ気持ちで、
「せっかく連れて行ってくれるというのはいいんだけど、ありがた迷惑なんだよな。しかも、行きたくないといえば、急に怒り出して、『せっかく連れていってやるって言ってるのに』って、まるで押し付けのような態度を取る。困ったもんだよな」
と言っていた。
確かに親とすれば、子供が喜ぶ顔が見たいという思いなのだろうが、子供からすれば、自分たちの気持ちを無視して、親の義務を押し売りされても嬉しいわけでも何でもない。押し付ける思いを自分たちの子供の頃にもしたはずではないのかと思うと、
「大人になると、自分たちが子供の頃のことなんて、忘れてしまっているんじゃないかしら?」
と兄に言った。
すると兄は、
「大人になるとって言うよりも、親になるとじゃないかな? 俺たちも親になることがあれば、気をつけないとな」
と、兄はそう言っていた。
兄は私よりも三つ年上。この話をしたのは、兄が中学に入学した頃だったような気がする。そう思うと、お互いに子供なのに冷めた考えをしていたんだと思えてならなかった。
だから、人と関わりたくないという思いを簡単に抱くことができたのかも知れない。冷めた考えをしなければ、もう少し人と関わることを考えただろうに、今から思えばどちらがよかったのか、分からない。
いや、分かりたいとは思わない。今でもずっと人と関わりたくないという思いをずっと抱いてきたことに違和感もなければ後悔もない。下手に分かってしまい、いまさら迷ったりするくらいなら、冷めたままの頭でいた方がいいに決まっている。
そんな両親への思いを、兄も私も隠そうとはしなかった。両親はともに、私にとって、それぞれに嫌なところが露骨に見えていたのだ。
父親の場合は、完全な君主だった。家では父親の意見が絶対で、それに従わないなどありえないと思っていたのではないだろうか。そんな父親に母親はまったく逆らおうとはしない。そんな母親を見て、兄も私も嫌気が差していた。
「父親と母親、どちらが嫌いか?」
と聞かれたら、私は迷わず、
「母親です」
と答えただろう?
兄がどう答えるか分からなかったが、兄の母親を見る目は、完全に軽蔑の目だった。
私も自分では気づいていないだけで、兄と同じ視線を母親に送っていたことだろう。
私もそうだが、兄も両親のことを、
「父、母」
とは呼ばない。
「父親、母親」
と、下に「親」という言葉をつけるのだ。それは、両親に対して自分たちが関わりたくないという思いを言葉にして表現しているからだった。他の人が私たちの親に対しての呼び方を聞いた時、きっと他人事のように聞こえるに違いない。
母親に対して、どうしてそこまで恨みを持っているのかというと、
「お父さんに言いつけるわよ」
というのが母親の口癖だった。
子供の頃の私や兄が、両親に対して少しでも逆らうようなことを口にすると、母親は決まって父親の名前を口にして、
「言いつける」
という。
それは、自分には決定権はなく、父親がすべてを決めているという体制に、何ら疑問を持っていないからに思えた。しかし、少し大人になって考えると、それは自分の逃げであり、父親に逆らえないことの蟠りを、私たち子供にぶつけているのではないかと思えてくるから、母親に対しての憤りが募ってくるのも当たり前だった。
――子供をダシにして自分の鬱憤を晴らそうとするなんて――
そう思うと、どれほど自分たちが惨めな存在なのかということを思い知らされたようで嫌になるのだ。
何といっても、嫌いな父に逆らうこともできない弱弱しい母親から、自分たちがダシにされているなど、怒りを通り越して、情けなくなってくるくらいだった。
私が中学生になった頃から、両親に対しての情けなく思っている感情は、きっと表情に出ていたことだろう。兄を見ていると、完全なくらいに露骨な表情をしていた。
父親は、そんな兄を無視しているようだった。私を見る時も、一瞬視線を逸らしているように思えた。あれだけ絶対的な存在だった父親が子供を避けるようになったなど、どう解釈すればいいというのだろう。
子供としては、父親に逆らうことは、自分の生き方を確かめているつもりだったのに、その父親が視線を逸らそうとしているというのは、まるでボクシングのパンチを、豆腐に向かってしているような感覚だ。力を入れれば入れるほど、自分が破壊されそうな状況に私たちはどうすればいいというのだろう?
母親もそんな父親に対して、相変わらず何も言わない。
しかし、もう大人になりかけている私たちに、相変わらず子供の頃と同じように、
「お父さんに言いつけるわよ」
と、バカの一つ覚えの言葉しか吐くことを知らない。
――どんな頭の構造をしているというのだろう?
開いた口が塞がらないとはまさしくこのことで、今度は自分たちの怒りの矛先をどこに向けていいのか分からなくなってきた。
私が高校生の頃になると、両親の仲はおかしくなっていた。
父親は家に帰ってこなくなり、母親もその頃からパートに出るようになった。
元々、専業主婦というわけではなく、私が生まれるまでは兄を育てながらパートもしていたという。だが、私が生まれると母親はパートを辞め、完全に家庭に入ったようだ。
それは父親の命令からだったという。
「本当は、パート続けたかったの」
と、母親の気持ちを近所のおばさんに聞かされたのは、再度パートに出るようになってからのことだった。
その頃には、両親が何をしようと、兄も私も別に気にはしていなかったが、近所のおばさんは子供たちが何か気にしていると勝手に思い込み、子供に対しての配慮か、それとも母親への気遣いからなのか、別に聞きたくもなかったけど話してくれたことを、
「ありがとうございます」
と言って、甘んじて話を聞いた。
パートを続けたかった気持ちもあってか、子供に当たっていたのかと思うと、別にパートに出るくらい、何ら気になるものでもなかった。ただおばさんとしては、
「お母さんを少しでも助けてあげてね」
と言いたかったのかも知れないが、私たち兄弟にとっては、そんなことはどうでもいいことだった。
おせっかいな近所のおばさんもいたりしたが、どうやら、その頃から両親の仲がおかしくなっていることに、そのおばさんは気づいたのかも知れない。
もちろん、父親とはほとんど面識がないので、母親の側からしか分かるものではないが、おばさんは、当然全面的に母親の味方であった。
両親に対して義理だてるつもりはないが、一方からだけに味方がいるというのは、不公平に感じられた。自分の両親のことなので、そんな単純なことだけではないのだろうが、元々他人事のように接してきた相手である。それ以上には考えることが、兄も私にもできるはずはなかったのだ。
両親の仲がどのようにおかしくなってきているのかは、おばさんの態度を見ているとよく分かる。
――味方は誰もいない――
とでも思っているのか、どうやら母親の相談相手は全面的にそのおばさんのようだった。
最初は、おばさんも母親に対して全面的な味方だったようだが、そのうちに、急に母親を遠ざけるような雰囲気が感じられた。
――どうしたんだろう? 自分でけしかけておいて、少し状況が変わってきたので、避け始めたのかしら?
というような想像をしたりもしたが、別に母親はおばさんを恨んでいるような様子はなかった。
むしろ、自分の味方をずっとしておいてほしいというような、物欲しそうな雰囲気に感じたのは、気のせいではないだろう。
――弱みを持っているのは母親の方ではないだろうか?
そのうちに、よからぬウワサが近所で流れるようになった。
「どうやら、あの人、不倫しているってウワサが流れているんだ」
と、兄が教えてくれた。
「あの人」
そう、兄は母親のことをそう呼ぶ。これは今に始まったことではなく、前からそうだったのだ。
なるほど、それなら母親とおばさんの立場からの態度も分かるというものだ。
最初は、母親とおばさんしか知らなかった。おばさんは黙っておかなければいけない立場にあり、もし、これが誰かに知られると、自分が漏らしたと思われる。これはおばさんにとってはリスクでしかない。母親を避けようとしたのも分からなくもない。
母親とすれば、何とか力になってもらいたいと思い、勇気を持って打ち明けたのがおばさんだったら、おばさんを何とか離したくないと思うのも当たり前のことだろう。
「もし、私でも同じことをしたかも」
母親との一線を画した立ち位置に変わりはないが、女性として一縷の同情もないわけではない。何とも複雑な気持ちでもあった。
しかし、兄は、やはり母親が嫌いだった。不倫と聞いて、すぐに嫌悪をあらわにし、決定的な温度差を感じたに違いない。
「やはり」
と、前から、こうなることくらい想像していたのかも知れないと思うと、兄も少し自分から遠い存在になってしまったのではないかと思うと、少しショックな気がしてくるのだった。
私は最初こそショックだったが、次第にあまり気にならなくなっていた。逆に兄の方が、最初は何も気にしていない様子だったにも関わらず、次第に苛立ちを示しているように思えてきた。
「男の人というのは、何だかんだ言って、女性よりも母親に対しては執着心が深いものなのよ」
という話を聞いたことがあった。
「お兄ちゃんに限ってそんなことはない」
と、口にはしたが、実際に兄の様子を見てみると、それまでの冷静さを欠いているようだった。
「女なんて、しょせん男には分からない人種さ」
と、私も女であるにも関わらず、気遣いもなく、そんな言葉を口にした。
他人に対して気配りをしない分、私には細心の注意を払って話をしてくれていた兄だったのに、一体どうしたというのだろう?
男の人を信用していない自分の考えが間違っていなかったのを、その時の兄が証明してくれたようで、何とも皮肉だった。だが、それも私が高校を卒業するまでのことで、大学に入学すると、男性に対して信用できないという意識は次第に薄れていった。
私が高校の時に、両親の離婚が成立した。私は母親に引き取られ、兄は父親に引き取られた。
兄の方はすでに成人していたので、大学生ではあったが、一人暮らしをすることで、父親から離れることができた。私は早く大学生になることばかりを考えて、勉強に勤しんだ。そのおかげか、希望の大学というわけにはいかなかったが、何とか大学に合格することができ、一人暮らしを始めた。
母親の方としても、私が家を出ると言った時、
「別に構わないわよ」
別に反対することもなかった。
両親の離婚は揉めることもなく協議離婚だったので、慰謝料等の問題もなかった。下手に揉められて、両親の精神が疲弊してしまうと、他人事のように思おうとしても、そばにいるだけできつくなるのは当たり前のこと。最後はバラバラになってしまったが、遅かれ早かれ、そうなる運命だったのだ。最初から家庭崩壊は決まっていたようなものだったのだろう。
そんなことがあって、私に声を掛けてきた後輩の男の子。彼に対して新鮮さを感じたのは、父親とも兄とも違うタイプの男性だったからだ。考えてみれば、同じタイプの男性がこんな近くにいるということ自体ありえないことで、こちらも新鮮に感じるかも知れない。そんなことを思っていながら、氷室は、森の中を通り抜けるようにわあつぃを引っ張っていくと、五分ほどで森になった公園を通り抜けた。
「ここは?」
どんなところが目の前に飛び込んでくるのだろうと思いながらついていくと、想像していたのと少し違って、そこにあるのは、閑静な住宅街だった。
「駅から公園を通って住宅街に抜けるには、暗すぎるわね。夜だったら、本当に怖いかも知れないわ」
と感じたことを口にした。
「ええ、確かにそうですよね。でもね、僕がここを通ったのはわざと通っただけで、本当は森を迂回するようにして広い道が開けているので、住宅街に住んでいる人はそっちの道を通るんですよ」
と、言ったので、
「じゃあ、どうして今日はこの道を通ったんですか?」
と聞くと、
「僕の気に入っている喫茶店には、この道が一番近いんですよ。実はそのお店というのは、このあたりに住宅街ができる前からあって、森の近くには、元々工場があったんです。その工場の人たちが食堂として利用していたんですけど、工場から住宅街に変わってから、客層が変わったので、喫茶店にしたんだそうです」
彼の話を聞きながら、頭の中でその店を想像してみたが、うまく想像できるものではなかった。
私は喫茶店というのは、大学に入ってから、サークル勧誘の時期に、先輩から何とか連れていってもらったのが最初だった。高校時代までは、喫茶店というと子供の頃に入ったくらいで、記憶としては、ほとんどなかった。何しろ喫茶店に連れていったのは両親で、兄と一緒に嫌々入ったものだ。食事を決めるのも父の判断で、別に好き嫌いのある方ではない私だったが、喫茶店で食べた食事をおいしいと感じたことはなかった。
――人に決められて食べるものほど、マズいものはない――
兄も私も、その時に嫌というほど感じたことだろう。
その時に食べたもので好きだったのは、オムライスだった。
元々チキンライスと卵料理は好きだったので、その二つが一緒になったオムライスは、私の大好物だった。今でこそあまり食べなくなったが、それは昔ながらの食堂が減ってきたからだった。
あれだけ嫌だと思っていた両親から、週末になると強引に連れて行かれたデパートの大衆食堂。ほとんど見ることはなくなってしまったが、あれだけは嫌で嫌で仕方のなかったデパートで好きなところだった。
ここまで毛嫌いしていたデパートだったが、大人になると懐かしいと感じるのはどういう心境だろう。
大学生になってから一度デパートに入ったことがあった。本当なら嫌いなデパートなので、分かっていれば選ばなかったアルバイトで、一日だけのアルバイトだったのだが、それが会場設営の会社から派遣される形のものだった。
まずは、会社に出社して、そこから数人で別れて車に乗り、それぞれの派遣先へ連れていってもらうのだが、私はその時、ちょうどデパートの担当になった。
夕方からのアルバイトで、デパートには午後五時くらいについた。午後八時までの営業時間だったので、二時間近くはデパートの雰囲気を味わなければいけない。
最初は懐かしさなど微塵もなかったのだが、閉店時間の午後八時が近づいてくると、店内には閉店の音楽が流れていた。
それは、私が小学生の頃と変わっていなかった。
――何となく寂しく感じられる音色――
そのイメージだけが残っていたのだが、改めて聞いていると、懐かしさの方が強く感じられた。
ボーっとしていたのだろう。
「そこ、ボーっとしないで作業してください」
と、設営会社の社員から注意を受けた。
「あ、すみません」
まさか、嫌いだったデパートの、しかも、閉店の音楽という寂しいはずの音色から、懐かしさを感じるなんて、自分でも信じられなかった。
ただ、その時の設営をした時の思い出を思い出したというのは、本当に偶然だったのだろうか。そのことを、すぐに私は感じることになる。
展示会場の設営をしている時、急にお腹がすいてきた。
――オムライスが食べたいな――
やはりこのデパートのオムライスを食べてみたかった。
しかし、その日は閉店してしまったので、別の日に来てみると、すでに子供の頃にあった大衆食堂はなくなっていて、オムライスなど、どこを探してもなかったのだ。
――いや、他のオムライスを食べたいわけではないんだ――
私が食べたいのはこのお店のオムライス。たぶん他のお店にオムライスがあったとしても、それを食べたいとは思わないに違いない。
実際に、最近ではオムライスの専門店のようなものがあるが、
――オムライス好きの自分としては、一度は行ってみたい――
と思い、店に入った。
メニューを見て愕然とした。
いろいろ珍しい種類のオムライスがたくさんメニューに並んでいる。今で言えば、
――インスタ映え――
のするような色とりどりのメニューだった。
しかし、自分の所望しているのはスタンダードなオムライスである。
「すみません。昔ながらのオムライスってありますか?」
と店員に聞いてみると、店員はすぐにメニューを取って、
「これですね」
と言って、ページを開いて示してくれたが、最初に訝しそうな目で私を見たのを見逃すことはなかった。
「じゃあ、これください」
時間的には少し他のオムライスを頼むよりも時間が掛かったようだ。
――こんなものを頼む人なんて、誰もいないんでしょうね――
と感じた。
とりあえずメニューには載せておいたが、頼む人などいないという考えから、他の料理のように、大量に作っておくようなことはしていなかっただろうから、一から作ったに違いない。
食べてみると、さらに愕然。
――なんだ、これは――
記憶にある味とはまったく違っていた。
子供の頃に食べたものなので、身体が完全に記憶できていなかったのか。それとも、大人になるにつれて舌が肥えてきたことで、おいしいものというものに対して感覚がマヒしてきていたのか、
――食べるんじゃなかった――
と感じさせるほどだった。
子供の頃に食べておいしかったものは、オムライスに限らず、その味を再度味わうことができなかった。思い出は思い出として残るしかないのだと、私はその時に感じたのだった。
氷室が連れていってくれるという喫茶店も、以前は近くの工場の工員相手の食堂だったというではないか。きっと私が食べたのと同じ感覚になれる料理が、一人にひとつは少なくともあったに違いない。工場がなくなってから食堂が喫茶店に変わったというのも、時代を反映しているからなのか、時系列というものが本当に正確に時を刻んでいるものなのか、疑問に感じてしまっていた。
そんなことを考えながら歩いていると、時間を忘れてしまいそうになっていた。
「少し歩かせてすみませんでしたが、そこを曲がると目的の喫茶店があります」
と言われ、少し歩いたと言われても、いろいろなことを考えながら歩いていたので、どれほどの少しなのか分からなかった。それを思うと思わず吹き出してしまいそうになるのだった。
彼の後ろをついていくように角を曲がると、なるほど、確かに喫茶店の佇まいが目の前に飛び込んできた。チェーン店になったカフェが多い今の時代に、昔ながらの純喫茶が残っているのを見ると、なぜかほほえましい気分になった。
――目の前に懐かしいオムライスを置かれたような気分だわ――
と感じたが、またしても思い出したのは、オムライス専門店だった。
見た目は昔なつかしのオムライスなのだが、実際に食べてみると、味はまったく違っていた。
――昔のレシピが残っていないということなのか?
と考えたが、そもそも人気メニューばかりが売れるチェーン店。昔ながらのオムライスを注文する人などいるのだろうか? 私のような客を相手にするほど、チェーン店は暇ではないのだろう。
――でも、クレーマーだったらどうするんだろう?
チェーン店なので、それなりの接客マニュアルくらいは用意してあるはずだ。
「お客様一人ひとりのお好みに合わせてお作りしておりませんので、そのあたりはご了承ください」
とでもいうのだろう。
それが一番ありがちな回答のように思える。マニュアルというのは、相手をなるべく怒らせないように、自分たちの正当性を説得しようとするものだろう。そういわれてしまうと、クレーマーとすれば、あとは強引に無理を押し通すしかなくなるだろう。そうなると、店側の勝ちなのではないだろうか。
喫茶店が近づいてくるにつれて、次第にくたびれた様子が見て取れた。お世辞にも女性をデートに誘って、相手が喜ぶようなところには見えない。彼は何を思って、私をこの店に誘ったというのだろう。
くたびれた様子に見えたのは、建物の造りが木造に見えたからだ。実際に木造ではないのだろうが、木目調の雰囲気に、まるで蔦でも絡んでいるような雰囲気に、
――昭和のよき時代――
を思わせた。
平成生まれの私に、昭和のよき時代と言われても、そんなイメージが頭に浮かんでくるはずもない。それでも、写真で見たり、CDジャケットなどで、昔の雰囲気を見たりしたことはあったので、喫茶店の外装に、嫌な気分はなかった。
「ガランガラン」
氷室が扉を開けると、鈍い鈴の根が響いた。
「まるで、アルプスの羊飼いのようだわ」
というと、
「アルプスの少女を思い浮かべましたね? ほとんどの人はそれを思い浮かべるらしいんですよ。でも、僕は少し違いましてね。僕には小学生の頃に行った、神戸にある六甲山が思い浮かんだんですよ」
「えっ、神戸ですか?」
「ええ、あそこには、高山植物園があって、温室のようなものもいくつかある。朝にはいつももやがかかっているようなイメージがあって、ほとんどの音が籠もって聞こえるんですよ。だから、ここの鈍い鈴の音も、湿気を帯びた空気の中に佇んでいる雰囲気を感じさせます」
と言った。
神戸というと、小学生の頃、仲の良かった友達が引っ越していったところだった。あれは小学五年生の頃だったが、もうすぐ中学生になるのだという意識を持ち始めた頃だった。
小学五年生としては中学生を想像するには早い時期ではあったが、彼女の頭の中では中学生をイメージしていたようだ。
「中学に入ったら、水泳部に入るんだ」
と言っていた。
スポーツ音痴で、他に何もとりえのない女の子だったが、水泳だけが得意だった。早く中学に入って水泳部で活躍する自分を想像していたに違いない。
私はそんな彼女が眩しく見えた。
私の場合は、確かにとりえというものはないが、それでも、何でも平均的にはこなせたと思っている。それだけに中学に入っても、何か特別にやりたいことがあるわけではない。その頃から、
――中学に入っても部活はしないだろう――
と思っていた。
実際に部活をするわけではなかった。もしどこかのクラブに入部していたとしても、長続きはしなかったと思う。部活をしていても、結局人と関わることを嫌うようになるのだから、悩むことはあっても、そのまま部活を続けることはなかっただろう。
神戸に引っ越していった友達とは、中学に入ってから疎遠になった。中学に入ってから最初にもらった手紙には、
「念願の水泳部に入部した」
と書いてあったので、忙しくなったのだろう。
私の方はというと、人と関わりたくないという思いを抱いたのが同時期だったように思っているが、彼女と疎遠になったことで人と関わりたくなくなったのか、それとも人と関わりたくないと思うようになったので、彼女と疎遠になってしまったのかのどちらなのか分からないでいた。
最初は、せっかく仲良かった友達を引き裂くことになった神戸という街を、その名前を聞くだけで嫌だった。だが、まだ疎遠になる前の小学生の頃、私と違って几帳面な性格の彼女は、頻繁に手紙をくれていた。
その中には、神戸という街が、どれほど素晴らしい街かということが書かれていて、
「有菜ちゃんも、来た時、私がいろいろ案内してあげるわよ。海も山も近くて、まるで外国に来たような雰囲気の街、素晴らしいからぜひ来てね」
と追記されていた。
今から思えば憧れのようなところがあった街である。ずっと生まれた街から離れたことのない私は、この街から離れていく彼女のことが羨ましかったのだろう。実際に本屋に行って、ガイドブックを立ち読みしたこともあった。彼女の手紙の通り、素晴らしい街のようだ。
ガイドブックに書かれているので、いいことしか書いていないということを理解していると言う思いを差し引いても、憧れに値する街だということに間違いはなさそうだ。
そんな憧れの街の名前を氷室は口にした。
――この人は、神戸にも行ったことがあるんだろうな――
と、そう思うと、ガイドブックで見た神戸の街が思い浮かんできた。
今までに私は神戸には行ったことがなかった。大学に入って、一年生の時、九州に一人で旅行に行ったことはあったが、その一回だけだった。どうして九州を選んだのかというと、一番一人旅に似合っているような気がしたからで、その根拠は温泉が多いことだった。大分、福岡、佐賀、長崎と、北部九州を数日間掛けて回った。基本、観光というよりも、温泉目的だったのだ。
なるべく節約を心がけた旅行だったが、それでも自分には大金だった。数ヶ月のアルバイトで貯めたお金を元手に旅行したのだが、楽しかったという思い出は帰ってきてから数日間で終わりを告げ、冷めた気持ちになると、お金がもったいなかったという思いも湧いてくるのだった。
――誰かと一緒だったら、こんな気持ちにはならなかったのかな?
とも思ったが、そう思えば思うほど、頭の中は冷静になってくる。結局、どう考えたとしても、最終的には現実的にしか考えられないのだった。
その思いがあったからか、冬にはどこにもでかけなかった。アルバイトに明け暮れて、服を買ったり、アクセサリーを買ったりした。
――やっぱり、残るものを買う方が、お金の使い道としてはいいわ――
と思い、旅行から帰って来た時のような冷めた気持ちにはならなかった。
――思い出なんて、一銭にもならないわ――
と考えていた。
神戸に高山植物園があるというのは、ガイドブックを見て知っていた。しかし、小学生の自分には興味がなく、ほとんどスルーしていたのだ。
氷室の口から神戸という地名が出てきた時にも驚いたが、さらに高山植物園の話が出てきたことにも驚いた。
――この人は、私とは違うタイプの人なんだ――
と感じた。
しかし、何を驚いているというのだろう? 私はいつも、
「他の人とは違うんだ」
と自分に言い聞かせてきた。そう思うことで人と関わりと持たないことへの正当性を感じ、間違っていないと思っている。それなのに、どうして彼に対してあらためて、自分とは違うタイプだということを認識したことに驚きを示さなければいけないのだ。それこそビックリである。
彼に促されて店内に入ると、表から見たレトロな雰囲気がそのまま広がっていた。
そこはまるでコテージのように、すべてが木製であり、椅子もテーブルもカウンターも、木造以外の何ものでもないように思えたのだった。
中は十分に暖房が利いていて、暑いくらいだった。
――木造というのは、暖かい部屋の中にいると、それ以上に暑さを醸し出すもののようだわ――
と直感したが、その思いに間違いはないようで、しばらくしても、その思いに変わりはなかった。
「ねぇ、なかなかいいでしょう?」
「ええ、レトロな雰囲気なのか、どこかの山小屋の雰囲気も感じさせられるようで、こんなの初めてだわ」
「それはよかった。実はこのお店は、アンティークショップも営んでいて、奥にいけば、いろいろ面白いものも置いてあるんだよ」
「そうなんですね。私、アンティークなところって憧れていたんだけど、入ったことはなかったの。私のまわりには、そんなお店なかったからとても新鮮な感じがするわ」
それは本心だった。
「以前からアンティークショップというものには興味があった。自分のまわりにアンティークショップもなければ、アンティークなものに興味のある人もいない。確かに新鮮であった。
「まずは、コーヒーを飲みながら、ゆっくりすればいい」
彼は、コーヒー通でもあるようで、この店はそんな彼の欲求を満足させてくれるほど、コーヒーの種類は豊富だった。
――そういえば、入ってきた時に感じた独特の匂い。コーヒーと木の匂いが調和して、ちょうどいい芳香になっているんだわ――
と感じた。
高校生の頃までは苦くて飲めなかったコーヒーだったが、大学で先輩に連れていってもらって飲んでいるうちに、いつの間にか好きになっていた。そのことを先輩に話すと、
「ははは、そんなものさ。僕も高校時代まではコーヒーを飲めなくはなかったけど、好きではなかった。断然紅茶派だったからね」
と言っていた。
「私も紅茶ばっかりだったわ」
と言うと、
「大学に入ってコーヒーを飲めるようになってから、それまで好きだった紅茶がさらに好きになったんだよ。なぜかというと、紅茶って思ったよりも種類が多いんだ。コーヒーを飲めることになったことで、自分の飲める範囲というのが広がったおかげで、いろいろな紅茶にも興味を示すようになって、今では、家に数十種類の紅茶をコレクションしているんだよ」
「すごいですね」
「ああ、紅茶だけではなく、紅茶を愛でるために必要なアイテムであるティーカップもたくさん集めたんだ。一つのことを好きになると、極めたいという気持ちになるのか、いろいろ揃えるのが楽しみになってくるんだよ」
と言っていたのを思い出した。
私は、さすがにそこまで紅茶への思い入れはないが、先輩の話を聞いて、紅茶専門店で紅茶を飲むことは時々あった。家で一人で飲むよりも、お店で本を読みながら過ごす時間が贅沢に感じられ、贅沢な時間が自分にとって大切であることを、少しずつではあるが感じるようになっていた。
――あの時の先輩がティーカップを集めていたと言っていたけど、こういうお店にもそういうのが置いてあるのかも知れないわ――
と感じた。
しかし、私がイメージしているアンティークショップというのは、少し違っている。まず最初に思い浮かぶのは、オルゴールだった。
あれは、九州に旅行に行った時、北九州の門司港というところに立ち寄った時だった。
「門司港レトロ」
という謳い文句で、観光スポットになっているのだが、そこから、関門海峡が一望でき、その向こうには下関の街が広がっていた。そこにあったのは、オルゴールのお店で、近代的な洒落た造りになっていて、アンティークショップとは正反対であったが、そこに置かれているオルゴールを手に持ってみると、アンティークな雰囲気を感じられるから不思議だった。
その音色はまさしく骨董であり、目を瞑ると、木造のコテージのような雰囲気が思い浮かばれた。
その時の旅行では温泉宿ばかりに宿泊したわけではなく、二泊ほどは、ペンションを利用した。そこではアンティークな雰囲気の造りになっていて、根を瞑ると浮かんできた光景は、その時のペンションそのものだった。
――そういえば、ペンションにもオルゴールが置いてあったわ――
聞いてみることはしなかったが、聞かなかったことを残念に思っていただけに、門司港でのオルゴール館は、残念な思いから復活させる気分にさせられた。
――店の雰囲気は、目を瞑れば補うことができる――
そう思って目を瞑ると、思った通り瞼の裏に浮かんできたのは、ペンションの造りだった。
――レトロとアンティーク、雰囲気は違っているけど、共通点は限りなく近いものがあるに違いない――
と考えていた。
店に入ってきた時に、
「いらっしゃい」
と声を掛けてくれたマスターは、中年男性だったが、口髭を生やしていて、いかにもアンティークショップの経営者の雰囲気を醸し出していた。
今までアンティークショップに入ったことなどないはずなのに、なぜかこの店に入ってきてからどこか懐かしさを感じる。どこから感じるのか最初は分からなかったが、
――マスターの顔を見た時からだったわ――
と感じたのは、コーヒーを一口飲んだ時だった。
コーヒーの味に懐かしさを感じた。大学の近くにある喫茶店には何度も行っているが、ここと同じ味のコーヒーを味わったことはなかった気がした。
何よりも懐かしいと感じたのは、大学に入ってからというほど近い過去ではなく、本当に昔と言ってもいいほどの過去に懐かしさを感じていたのだ。
過去への記憶というのは、昔であればあるほど色褪せて薄れていくものなのだろうが、懐かしさというのは、その反対に、どんどん深まっていくものではないだろうか。そう思うと、この時に感じた懐かしさは、中学時代、いや、小学生の頃の思い出の中にあるのかも知れなかった。
中学時代、高校時代と、今から考えればあっという間だったような気がするが、小学生時代というのは、かなりの長さを感じさせた。確かに、三年間と六年間の違いがあるが、小学一年生から六年生までの間の記憶は本当にまばらなくせに、その日一日一日は長かったような気がする。特に、三年生から四年生になる時は、その間に何かがあったのではないかという思いを抱かせた。
抱かせはしたが、具体的にどんな思いだったのか分からない。ひょっとすると、自分が一人で判断できるようになった最初が、その間にあったのかも知れない。
――小学生というのは、成長期でもないのに、流されていただけではないような気がする――
と感じた。
中学生になって感じた成長期は、明らかに成長期に振り回されていた気がした。小学生の頃というのは、いつも漠然としていたが、その時その時で考えていたことがハッキリしていて、ただ、思い出せないだけではないかと思えた。
――時系列だけで言い表せる時代ではない――
そんな思いが頭を巡った。
コーヒーの香りを嗅ぎながら、小学生の頃に思いを馳せていた私は、それがまるで、
「浦島太郎の玉手箱」
のような、
「パンドラの匣」
を開けてしまったような気がして、不思議な気持ちに陥っていた。
まずは運ばれてくるコーヒーを飲みたいと思った。
季節はまだ寒い時期ではあったが、冷たい風に煽られるように歩いてきて、暖房の入った木造の部屋に入ると、今度は汗が滲み出てくるような感じがした。
「汗が出てくるようだわ」
と、口にしたが、氷室は涼しい顔をして、何も答えなかった。
「どうぞ」
アルバイトなのか、同じくらいの女の子がコーヒーを運んでくれた。その衣装はまるでメイド服で、いかにも大正ロマンを感じさせる佇まいに似合っていた。
「ありがとう」
一口飲んだコーヒーの香りは、どこか懐かしさを感じさせた。
懐かしさと同時に何か記憶を探られているような気がしたのは気のせいだろうか。コーヒーは飲むと眠気覚ましになるはずなのに、次第に眠くなってくるように感じてきたのは、部屋の暖かさに慣れてきた証拠なのかも知れない。
店に入ってから、氷室は無口だった。元々無口なタイプに見えるが、ここまでは何とか会話を保たせようと気を遣ってくれていたのか、一人で喋っていた印象だった。しかし、彼が話を繋いでくれていればいるほど、私は自分の世界に入っていくのを感じていた。
家族のことを思い出したり、神戸に行った友達のこと、そして人と関わることの煩わしさを、いまさらながら感じてしまっていたのを感じさせられたのだった。
ゆっくりコーヒーを口に流し込んでいたので、何とか眠気を逸らすことができた。何となく落ち着いてきたのを感じると、そろそろアンティークな世界に陥りたい気分になっていた。
「氷室君。骨董を見せてほしいんだけど」
と言って、彼に水を向けると、彼もそれを待っていたかのように、
「いいよ。こっちだよ」
と言って、席を立って、私を隣の部屋に招きいれてくれた。
喫茶店の方は、どちらかというと落ち着いた感じの場所で、それほど日当たりがいいわけでもなさそうだった。日が差すとすれば西日の方で、隣の部屋は対照的に明るい佇まいを見せていて、
――どうしてこんなに明るいんだろう?
と思わせた。
明るさの理由はすぐに分かった。
――まるで波を見ているようだ――
乱反射を感じたことで、部屋の中にあるガラス工芸が最初に目に付いた。色がついているステンドグラスのようなカラス工芸もあれば、透明なワイングラスのようなものもたくさん置いてあった。
「これじゃあ、明るく感じるはずだわ」
主語がないので、私が何を言っているのか分かっているのか疑問だったが、氷室は表情を変えなかったことから、分かっていたのではないかと思えた。
明るさに目を奪われてしまったことで、さっきまで眠かったはずの瞼がシャキッとしていて、完全に目が覚めたような気がした。
「まあ、なんて素敵な光景なのかしら」
門司港で見たオルゴール館も明るくて綺麗だったが、それよりも何十倍という明るさを感じているような気がした。
「そうだろう? 僕も最初この場所に来た時、別世界に来たように思えたくらいさ」
ここに来て初めて口を開いた氷室は、笑顔でそう答えていた。その表情を見て、
――あれ? 氷室君て、こんな表情もできるんだ――
普段からあまり表情を変えない彼の表情にえくぼが浮かんでいるように思うほどの笑顔は、まるで子供のようなあどけなさが感じられた。
――子供の頃から知っているような気がする――
その時に感じた氷室の顔は、懐かしさというよりも、ずっと知っていたはずの相手を、
いまさらながら意識させられたような気がしたのだ。
「そうね。私もこんな世界が広がっていたなんて、さっきの部屋からは想像もできないほどだわ」
つい本音が出てしまったが、それ以外に表現のしようがなかった。マスターもその表情を見ながら、微笑んでいるようだったので、別に失礼に当たってはいなかったようだ。
「ここは、ガラス細工も目玉なんですが、オルゴールや人形も豊富に置いてありますよ。よかったら、ゆっくり見ていってください」
と、マスターから声を掛けられた。
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
というと、マスターは会釈をして、喫茶店の方に戻っていった。
その時、喫茶店にもアンティークルームにも、他に客はいなかった。私は少し疑問に思ったので、
「普段から、あまりお客さんはいないお店なの?」
と、氷室に小声で答えた。
「ええ、どちらかというと少ないですね。でも、儲かっていないわけではないようなんですよ。他にお客さんがいない時が多い人は、最初からいつも一人で、他の客に会うことがないという不思議なお店なんです?」
と、おかしなことを言い出した。
「それってまるで店が客を選んでいて、店が客の思いを忖度しているようじゃないですか?」
というと、
「そうなんだよね。面白いよね。僕もここに来る時は一人の時が多いんだけど、僕が帰った後に、少ししてから他のお客さんが来るようなんですよ。でも、その客が別に他に客がいても気にしない人であれば、同じように気にならない人が店に次々に入ってきて、賑やかな状態を醸し出すらしいんですよ」
「不思議ですよね」
「アンティークな雰囲気が、そういう状態を作り出すのか、それとも、この雰囲気が好きな客が集まることで、自然とそういう状況が生まれるのか、どちらにしても、ここの常連はそれが当たり前だと思っているようなんです」
夢のような話であったが、不思議とおかしな感覚はなかった。
――言われてみれば、それもそうだわ――
と、変に納得させられてしまう自分に気づいたのだ。
「ねえ、マスターが言っていたオルゴールやお人形を見せていただきましょうよ」
というと、
「うん、そうだね」
と、彼は素直に従った。
私は、いつの間にか氷室とずっと前から知り合いだったような感覚に陥っていたようで、まるで彼氏と一緒にいるような気分だった。彼氏どころか、人との関わりを自分から遮断していたはずなのに、どうした心境だというのだろう。
「こっちだよ」
と、氷室に言われて窓の近くに行くと、そこにはオルゴールがところ狭しと並んでいた。その横には大小の人形が置かれていて、
――どうしてすぐに気づかなかったのだろう?
と思ったが、やはり最初に眩しさというインパクトを植えつけられたことで、目がかすんでしまうような状態に陥ってしまったのだと気づいたのだ。
「わあ、こんなにオルゴールがあると、目移りするわね」
昔からある箱型のオルゴールから、いろいろな形を模様したおしゃれなオルゴールまであり、どれを取ればいいのか一瞬迷ったが、次の瞬間に、目が留まったオルゴールがあった。昔からのオルゴールで、まるで宝石箱にでもなりそうな感じで、王宮の女王様にでもなったような気分だった。
摘みを回して音を出してみた。
その曲は、ショパンの「別れの曲」だった。本来ならピアノ曲で、オルゴールになりそうなイメージはなかったが、実際に聞いてみると、その世界に引き込まれていくのを感じた。
「別れの曲がピアノ以外で聴いても、こんなに素敵だったなんて」
私はビックリして、氷室に語りかけた。
「僕も、この曲をピアノ以外で聴くのは初めてなんですよ。でも、この曲のこの感じ、僕は無性に懐かしさを感じるんだけど、どうしてなんだろう?」
と、氷室はそこまでいうと、目を瞑って、じっと聞き惚れていた。
最初に気になったのは私のはずだったのに、氷室の方が引き込まれてしまうと、さっきまでどうしてそのオルゴールが気になってしまっていたのか、分からなくなっていた。どこかで冷めてしまったようだ。
氷室は、何度もその曲を聴いていた。
私は、他のオルゴールを聴いてみたい気もしていたが、
――もし自分がここで他の音を奏でてしまうと、彼に悪い――
と感じ、彼が夢の世界から覚めるのを待ってみることにした。
そのうち、彼が聴いている曲をなるべく気にしないうようにしようと思えば思うほど、さっきまで冷めていた気持ちがもう一度盛り返してきたような気がした。
――やっぱり、この曲は最高だわ――
と感じていると、私も彼と一緒に目を瞑って曲を愛でていた。瞼の裏には何かが浮かんでくるというわけではなかったが、目を瞑って聞き惚れているうちに、時間が止まってしまうかのような錯覚に陥っていることに気がついた。すぐに目を開けると、彼はまだ目を閉じていて、私は、彼をそのままにしておいて、人形の方に目が移っていた。
私が気になったのは、昔流行ったことは知っていたが、見たことはない「リカちゃん人形」を思わせるようなフランス人形だった。
歩きながら見ているにも関わらず、その目はじっと私の方を見つめている。
――目で追っているようだわ。人形なのに――
と、薄気味悪さを感じ、その目を凝視したが、
――やっぱり人形の目っていうのは、気持ち悪いものだわ――
と、小学生の頃に友達の家で見た人形に感じた思いを思い出した。
私は女の子が好んで遊ぶ、
「お人形さん遊び」
をしたことがない。
親が人形を与えてくれなかったこともその理由だが、両親ともに、本当に人形は嫌いだったようだ。
「私は、ネコの目と、人形の目が大嫌い」
と、母親が話していたのを幼い頃に聞かされた。
その時は、
――どうして怖いなんていうんだろう?
と思っていたが、遊びに行った友達の家で見た人形を見て、本当にそう感じたのだった。
しかし、成長するにつれ、両親のことを露骨に嫌いになると、
――両親が嫌いなものは、好きになれるかも知れない――
と思うようになった。
他のものではいくつか好きになったものはあったが、人形だけは好きにはなれなかった。その理由は人形に接することがなかっただけであって、
――接する機会があれば、好きになるに違いない――
と感じるようになった。
その思いがあったので、ここにアンティークショップがあると聞かされて、最初に浮かんだ印象が、オルゴールと人形だったのだ。
さすがに最初から人形に行くのには勇気がいった。そのために、私が最初に木にしたのはオルゴールであり、想定外にも別れの曲が氷室の心を捉えたようで、彼がオルゴールに熱中しているのを幸いに、自分の勇気を試すかのように、人形のコーナーに歩を進めたのだ。
目が合った人形は、どこに自分がいても、私を凝視してその視線を離そうとしない。
――目が盛り上がっているようだわ――
人間の目も眼球が少し飛び出しているのを感じられるが、人形の場合はさらに露骨に飛び出して感じる。それが薄気味悪さを演出しているのだろうが、それ以上に、人形の見ているその視線の先に、本当に自分がいるのかどうか、それが気になって仕方がなかった。
――母親が気持ち悪いと言っていた理由が分かった気がするわ――
母親の話を聞いていたことで、食わず嫌いだった人形ではあったが、想像することはできた。しかし、それはあくまでも想像であって、本当の気持ち悪さは実際に目を合わせなければ分からないはずだ。
それは逆も言えることで、
――気持ち悪いと思っていたことでも、案外と思い過ごしに過ぎないかも知れない――
と思うと、母親の感じたことをいまさら自分が感じるなど、
――あってはならないことだった――
と思えてしまった。
そう思うと、子供の頃に感じていた、
――お母さんのようになりたくはない――
という思いが大人になるにつれて、薄くなってきているように思えてならなかった。
それは、今までの自分の生きてきたことへの逆の発想だった。後退してしまう感情に、どう向き合っていけばいいのか、戸惑いを隠せない。
――人と関わりたくない――
という感情も、両親を見ていて感じたことだったはずなのに、今の自分の心境は、両親などどうでもいいと思う時があるくらいになっていた。
それは自分が大人になった証拠であり、自分が大人になることで、あの時の両親に近づいてしまっていることに驚愕の思いであった。
――大人になんかなりたくない――
という思いを感じていたのであれば、そんな思いはなかったのだろうが、今から思えばかつてそんなことを感じたことがなかったことを思い知らされたのだ。
私はそのフランス人形を見かけた時、自分が手に取ってみることはないだろうと思っていたが、気が付けばすぐそばまで来ていて、逃げようとしても足が竦んだようになって動くことができなかった。
そのままじっとしていると、汗が額に滲んできていて、どうすればその状況がら逃れることができるかということを考えていた。しかし、考えれば考えるほど身体が竦んでしまい、急に我に返った私は何を思ったのか、その人形を抱きかかえていたのだ。
――なんてことをするんだ――
自分でも抱きかかえている姿を想像することができなかった。想像しようとすると、自分を他人事に置いてみるしかなかった。他人事に置いてみると、どうもおかしな感覚になってきていることに気づいたが、それが持ってみた人形に重みをまったく感じないことだということを悟るまでに、それほど時間は掛からなかった。
――こんなことってあるのかしら?
ぬいぐるみのように布や綿でできているものであれば、さほど重みを感じないのは分かるが、この人形はゴムのような素材でできている。持った時に感じた肌の冷たさは、いかにも人形を思わせるもので、それだけに目だけがこちらを見ているのを見るのが気味の悪いものだったのだ。
その人形の大きさは、ちょうど二歳児くらいの大きさで、普通の人形よりも一回りくらい大きいのではないかと思えるほどで、抱き心地は冷たさ以外、悪いものではなかった。人形も抱かれていて気持ちがいいのか、少し目がトロンとしているように思えたが、この状態で目がトロンとしているのを感じるのは、決して気持ちのいいものではなかった。
――すべてが錯覚なんだわ――
人形の目力に押されて、そんな気分になっていたが、考えてみれば、人形に目力を感じるというのもおかしなもの。この発想がどこから来るのかと考えると、答えはすぐに分かった。
――人形は瞼を閉じることがないんだわ――
瞼を閉じることのない人間などいない。瞼を閉じなくなってしまうと、それは死体でしかなのだ。人形の目に気持ち悪さを感じるのは、この発想があるからで、目を見ていると死体を見ているような気持ちになるからに他ならなかった。死体というものを見たことはなかったが、リアルに想像できる自分が怖かった。
人形を抱きしめて、じっと人形を見下ろしている私を見て、
「その人形が気に入られたんですか?」
と、氷室が訊ねた。気に入ったわけでもなく、むしろ気持ち悪いと思っている私は、戸惑いを隠せないでいた。その様子を見て、私の戸惑いを悟ったのか、
「ゆっくりと他もご覧になってください」
と、言って氷室は私から目を逸らした。彼もどうしていいのか、戸惑っていたのかも知れない。
その様子から、彼が気を遣ったのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。彼は私から少し離れたところで他のものを見ていたが、絶えず視線はこちらにあり、意識していることは明らかだった。
――そのことを隠そうと一切していないわ――
まるでわざと悟られるような様子だった。そのせいで、私は人形に意識を集中させることができなかったが、それが彼の狙いでもあったようだ。
私はその人形を少しの間凝視していたが、そのうちに人形の目を意識しないようになると、我に返ってその人形を元の場所に戻した。すると今まで意識していた氷室の視線を感じることがなくなったが、彼の方に視線を寄せると、彼はもうこちらを見てはいなかったのだ。
今度は私が氷室に視線を浴びせた。彼は私の視線に気づいていないのか、物色をやめる様子はない。決してこちらと目を合わさないようにしているようにも見えたが、そこに他意があるようには思えなかった。自分に集中している様子は窺えたが、まわりを見ていないわけでもなさそうだ。
――自分が視線を浴びせた相手から、まさか自分が浴びることになるなどと思ってもいなかったんじゃないかしら?
と感じた。
自分がすることを相手にされるという状態を意識できる人は、結構少ないのかも知れない。それは何かの本で読んだことがあった。その本を読んだのがいつのことだったのか覚えていない。中学の頃だったのか、高校の頃だったのか、ただ、大学に入ってからではないと思えた。それほど記憶が最近のものではなかったからだ。
彼が見ていたのはオルゴールだった。蓋を開けてから曲を確認するように耳に当てていた。うっとりしているような目をしている時もあれば、何かを考えて思い詰めているようにも見えることがあった。どちらにしても、過去にあった何かを思い出しているように見えて仕方がなかったが、さっき別れの曲を聴いていた時の自分も過去の何かを思い出していたように思えた。その時意識がなかったのは、目を閉じて瞼に浮かんだ何かを想像しようとしたのだろうが、瞼の裏に何かが写ったという意識はなかった。音楽を聴いて、漠然と何かを思い出そうとするのは自然な行動だと思うが、その時に思い出せないということは、意識して記憶を封印しているからなのか、それとも、別れの曲に秘められた記憶が思い出したくないものだったのかのどちらかだろう。二つは似ているようにも感じるが、意識して記憶を封印しているとすれば、それは主体的な感情で、思い出したくないという思いは、受動的な感情になるのだろう。
――この人の瞼の裏には、何が写っているのだろう?
想像力にはおのずと限界があるが、限界があるからこそ、いくらでも想像がつくような気がする。それは限界までがどれほどのものか想像がつかないからで、本当は無限のものなのかも知れないと思うことで、いくらでも想像ができるという錯覚を覚えるのかも知れない。
前世への思い
氷室はオルゴールを置いて、目を開くと、ニッコリと微笑んで、その視線を私に浴びせてきた。そして、視線を感じた私もニッコリと微笑んで、視線を合わせることがこの場所で一番安息な気分になれるのだということを感じていた。
――私は何かに怯えているのかしら?
怯えているというよりも気味の悪さをずっと感じていたように思う。
「先輩は、気に入った人形があったんですか?」
と聞いてきたので、
「気に入った人形ではなく、気になった人形があったという方が正解なのかも知れないわね」
と答えた。
「それは、過去にあったことの思い出に関わるようなことなんですか?」
とあらためて聞かれると、
「それが分からないんですよ。何か記憶の奥に共鳴するようなものがあるような気もするし、それがいつのことなのか、その時の私がどんな心境だったのか、まったく思え出せないんです。そう思うと、過去にあったことではないようにも思えるんです。まさか未来に起こることを予知しているわけでもないでしょうにね」
と言って、苦笑いを浮かべた。
その表情を見た氷室は、その日一番の真剣な表情になり、私を見つめた。少しビックリした私は、
「どうしたの?」
と、恐る恐る聞いてみた。
「あ、いえ、中田さんが突拍子もないことを口にするからですよ」
と言って、半分顔が引きつっているようにも見えた。
「そんな大げさな」
と私は言ったが、その時は確かにサラリと流してくれればいいことだったのに、表情を変えるほど相手を真剣に考えさせることだったなどと、想像もしていなかった。
彼はそれでもすぐに表情を戻すと、
「未来のことが、分かるんですか?」
冗談のつもりを彼は真剣に受け取っていたのだと改めて分かると、
「いえいえ、冗談ですよ。そんなことが分かるはずないじゃないですか」
「そうですね。確かに未来のことを分かる人がいるとしても、まさかこんなに身近にいるなんてありえませんよね」
と言っていたが、まだ何かを考えているようだ。
「未来のことが分かるという小説やドラマを今まで結構見てきたつもりだったんですが、どうしても嘘くさいというイメージで見てきていますからね。あくまでも小説やドラマの世界としてですね」
「でも、ごく身近な未来であれば、予想することは可能ですよね。例えばその日の夕方のことなど、計画していたことを実行していれば、おのずと見えてきますからね」
「確かに、それは未来のことではありますが、『未来のことが分かる』というのとは若干違っているように思うんですよ。予測から予想するというのは分かるわけではなく、理論から解明するものですよね。分かるというのは、予想していなかったことを知っているということであり、予知のことなんじゃないかって思うんですよ」
と私がいうと、
「まさしくその通りです。でも、そうなると、本当に予知できたとしても、それは完全に限定的なことだけであって、事実として起こることのただ一つのことでしかないような気がするんですよ」
「どういうことですか?」
「今言われた予想のように、順序立てて時系列に沿う形で想像するものですよね。でも予知の場合は、順序も時系列も関係ない。未来の一つの出来事を予知することになるのだから、想像できることではないんです。だから余計に予知能力は、一種の超能力のように思われるんでしょうね」
と彼は言った。
「予知能力って、超能力ではないんですか?」
私は漠然と超能力の一種だと思っていたので、ここは素直に驚いたが、その様子を見て彼は驚いたようだった。私の言葉がかなり意外に感じられたのであろう。
「超能力ではないですよ。予知できるのは一人ではないということです。誰であっても時期が来るからなのか、それとも何かの条件が揃うからなのか、予知ができる瞬間というのがあるようなんですよ」
「それは、誰もが持っているということですか?」
「持っているという言い方は語弊を感じますが、それは違いますね。タイミングが合えば確かに誰でも予知はできると思うのですが、中には予知できたことをただの夢の延長のように思うだけで、自分で気づかないままの人もいます。そんな人はすぐに予知したことを忘れてしまうので、結局、予知できたとしても、予知していないのと同じことになるわけです」
「なるほどですね。じゃあ、予知能力の予知という表現もおかしいわけですね?」
「それは違います。実は本当に未来のことが分かる予知能力を持っていると思われる人も存在していると思いますよ。いわゆる預言者のような人ですね。彼らは自分でも意識していて、それを能力だと思っていました。しかも、それを神から与えられたものとして、その力を使うことを義務のように感じているのでしょう。だから、預言者として君臨している。預言者には預言者たる意味があるわけです」
「予知能力を持っている人は、それほどいるんでしょうかね?」
「それは分かりませんね。時代時代で存在しているのかも知れませんし、そうなれば、表に出ないだけで、今の時代でも、世界のどこかに何人かいるのかも知れませんね。ただ、それが持って生まれたものなのか、それともある日突然身につくものなのか、それは疑問です」
私は意外だった。
「えっ、ある日突然などということがあるんですか? まるで急に何かに覚醒したかのようですよね」
「覚醒……。そうですね、覚醒という言葉が一番ふさわしいのかも知れませんね」
そう言って、また少し彼は考え込んでしまった。
「喫茶ルームに戻りましょうか?」
そう言って私は助け船を出した。
「ええ、そうしましょう」
一も二もなく彼も賛成した。二人はゆっくりと喫茶ルームに戻ると、テーブルの上にあった飲みかけのコーヒーを口にした。コーヒーはすっかりと冷え切っていて、ここを離れてから、結構時間が経っていることを示していた。
「実は僕、何となくですが、前世の記憶のようなものがあるようなんです」
と、またしても不思議なことを言いだした。
「えっ、前世ですか?」
「ええ、あれはきっと前世だと思うんです。思い出すと言ってもごく短い期間なので、夢を思い出したんじゃないかって思ったんですが、夢に見たことを思い出したのとでは、どこかが違っているんですよ」
「というと?」
「夢で見たものを思い出す時というのは、最初に思い出してから少しの間、だんだん思い出していって、あるピークから後はまた忘れていくんです。そのピークが何であったのかは、想像している間分かっているんですが、覚めてくると、そのピークを忘れていき、ピークがあったことすら、我に返ると忘れてしまっています」
「それが夢の世界のことですか?」
「ええ、そうです。でも前世のことを思い出そうとすると、一気に自分がその世界に入り込んでいるのが分かるんですが、それは一瞬のことで、気が付けば、すぐに忘れてしまっています。この時、前世のことを思い出したという意識はハッキリ残っていて、夢の世界のピークのことのように、忘れてしまうということはないんです。もっとも一瞬のことなので、覚えていないだけなのかも知れないんですけどね」
「そうなんですね。でも、前世のことを思い出している時は一瞬だと言っていましたけど、それって夢の世界と同じじゃないんですか?」
と聞いた。
「同じというと?」
彼は分かっていないようだ。
「夢というのは、どんなに長い夢であっても、目が覚める寸前の一瞬に見ると聞いたことがあります。だから、夢というのが時系列で覚えていなかったり、時間の感覚がないものだと思い込んでいたりするんじゃないでしょうか」
氷室は、自分が感じていることをすべて夢だとは思っていない。そう思うと、自分も彼と同じ感覚になってもいいのではないかと思っていた。
氷室は、夢というものがどういうものなのか、自分なりに理解しているようだった。その話を聞いて私も、
――同じようなことをいつも考えているような気がする――
と感じた。
自分の中では、そう思っているのは自分だけであって、他の人とは違うものだと思っていた。それは私の性格の一つで、
――人と同じでは嫌だ――
という思いから来ていた。
両親と一緒にいる時は特に感じていて、親と一緒に見られるのが嫌で、何よりもそれを自分で認めたくないという思いが強かった。
何といっても、相手は親である。血の繋がりというものがある以上、いくら違うと言っても、誰が信じてくれるだろう。少しでも親と同じような素振りを見せれば、
「そら、やっぱり親子じゃないか」
と言われ、ほんの少しだけ垣間見られた共通性を、すべて一緒だと思われるのは心外であった。
そう思われることが、一番嫌だと言っても過言ではないだろう。それだからこそ、自分は親に限らず、他の人とは違うと感じていたい。これはまわりの人に対しても同じことだが、それ以上に、自分に信じ込ませたかった。いわゆる、
――自己暗示――
というものである。
私は自己暗示には掛かりやすいものだと思っている。自分は人と同じでは嫌だと思っていながら、気がつけば人の言っていることを信じてしまっていることがある。無意識のことなので、気がつくのが早ければ、すぐにあらためるのだが、遅い時には人から指摘されるという失態を演じてしまうこともある。
しかし、遅かれ早かれ同じことだった。先に自分が気づいても、その恥ずかしさや自己責任への思いは、自分を苛める感覚に陥ってしまい、自己嫌悪が長引けば、躁鬱症になってしまうこともあった。
知っている人もいるかも知れないが、私は中学時代から躁鬱症の気があった。誰にも言わずに一人で抱え込んでいたが、その思いを支えていたのは、
――自分は人とは違う――
という思いだった。
人と同じだと思うと、欝状態の時などに、抜けることのできない底なし沼に足を突っ込んでしまいそうになる。
――躁鬱症は、誰もが陥ってしまうものだ――
という意識があるので、躁鬱症に入り込んだ時に誰もが苦しむ欝状態でも、自分だけが違うと思うとすれば、その時に、
――他の人ほど苦しまずに抜けることができる――
と考えていた。
冷静に考えると、この考えは「負の連鎖」に結びついてくるものなのかも知れない。自分の普通の状態からマイナス思考に入り込み、減算法で自分を正当化しているように感じるからだ。実際にはそうではないのかも知れないが、我に返った時、「負の連鎖」を思い出してしまう。
ただ、考えてみれば、欝状態自体が「負の連鎖」ではないだろうか。そう思うと、いくら正当化しようとしても「負の連鎖」から逃れることができないのであれば、私は完全に「負の連鎖」の、思うつぼである。
その時に思うのは、
――やっぱり、両親との血の繋がりからは逃れることができないんだわ――
と感じることだった。
そう思うと一つの言葉が頭をよぎる。
「因果応報とは、このことを言うんだわ」
と自分に言い聞かせ、ため息をつきながら、自分には、逃れることができない輪廻の上に生きているということを思い知らされる結果になった。
その思いは欝状態の時に感じさせられる。
欝状態に入ると、
――考えれば考えるほど深みに嵌ってしまう――
と、本当に底なし沼を想像させられるが、底なし沼を想像した時点で、もう自分は終わりなのだと思わされてしまった。
そう思うと、うつ状態に入り込んだ時、たまに感じるのは、
――私の前世ってどんな人生だったんだろう?
という思いだった。
前世ということに関して、今までに何とか考えたことがあった。
最初に考えたのは小学生の頃だった。あの時はテレビで見たアニメの中で出てきた前世という言葉、初めて聞いた言葉に疑問を感じていた。
誰かに聞けばよかったのだろうが、まさか両親に聞くなどありえなかった。
小学生なので、友達に聞いても、果たして納得のいく、そして何といっても正解を示してくれるかどうか分からない。それでも友達に聞くしかなく聞いてみたが、友達からもハッキリとした答えを得ることはできなかった。
それよりも、
「どうして中田さんは、そんなおかしなことに疑問を持つの?」
と、少し変わった子供のように見られてしまった。
しかも、その友達が自分の母親に前世のことを聞いたものだから、話がややこしくなってきた。
友達の母親も子供に聞かれて困惑していた。もし、今自分が近所の子供に聞かれたとして、何と答えていいのか分からない。自分自身が漠然としてしか感じていないことを、理解していない、しかも、理解できるのか分からない子供相手に説明しろと言われてもできるはずはないだろう。
友達の母親は困惑してしまったことで、
「そんなの子供のあんたが知らなくてもいいの」
と、けんもほろろだったようだ。
友達は、母親から怒られたと思ったのだろう。煩わしいことを聞いて、面倒がられてしまった。友達は、
――僕が悪いんだ――
と母親に対しては感じたことだろう。
しかし、自分に対しては納得がいかない。
――僕がこんな嫌な思いをしなければいけないのは、最初に質問してきたあいつのせいだ――
ということで、恨みは私に戻ってくる。
元々無理な質問だったのを、押し通してしまったことでこんなことになってしまった。友達も災難だったに違いない。
しかし、そのせいで、友達と険悪なムードになってしまった。その頃から私のことを、
「あいつは、変わったやつだ」
とウワサになってしまい、自分の立場がクラスの中で泣くなってしまっていたことに気づかされた。
子供がまわりと気まずくなる時というのは、こういう些細なことからなのかも知れない。自分たち一人一人はなかなかその時分からないが、後から考えると分かってくるというものだ。
その時は、まず自分の立場から考える。まわりを見るのには扇型に目の前が見えている。まるでレーダーを見ているようではないか。レーダーというものは索敵の兵器であるが、そこにはどうしても避けることのできない死角が存在している。
死角というものを意識していないと、すべてが見えていると錯覚してしまい、一つ何かきっかけになることが見えただけで、そこからの想像力が、見えているという錯覚に繋がるのだが、それを、
――レーダーでの索敵だ――
というように感じるのであれば、それは錯覚でしかないのだ。
だから、友達が母親から受けた思いを。こちらにぶつけているのだということを理解していないまま付き合おうとすると、結局関係を修復することができず、喧嘩別れのようになってしまう。
そうなると、仲直りはできないだろう。なぜなら、その時に一番辛い思いをしたのが友達だということを私の立場からも、母親の立場からも分かっていなければ、両方向にしこりを残したまま、その友達は頑なになってしまうことだろう。そうなると、仲直りなどできるはずもなく、近づこうとすればするほど、しこりは硬くなっていくに違いない。
私はその時、最初に質問した「前世」への思いが少し分かったような気がした。
――何と皮肉なことなんだ――
と私は感じたが、それは、友達が間に挟まって辛い思いをしたということに気づけるかどうかで、前世への感情は変わっていくのだ。
前世についてその次に考えたのは、中学に入ってのことだった。その頃には小学生の時の友達とのしこりはなくなっていたが、その代わり、私自身、人との関わりを遮断するようになっていたのだ。
――それもこれも、すべては両親のせいなんだ――
という思いを抱いた中学時代、成長していく中で、
――大人になんかなりたくない――
という思いを馳せていた。
大人になるということは、子供の頃に感じた思いがリセットされ、親になった途端、子供の頃のことなどまったく忘れてしまっていて、
――自分も両親と同じになるのではないか――
と思うからだった。
つまり、大人になるというのは、私は子供を持った時だと思っている。本当であれば、
「自分の子供にだけは、自分と同じ思いをさせたくない」
と思い続ければいいのだろうが、私にはできない気がした。
それは私に限ったことではなく、他の人にとっても同じこと。
――誰もが親になった瞬間、子供ではなくなるのだ――
と、ずっと思っていたのだ。
中学時代に感じた前世というのは、
――前世は絶対に人間だったんだ――
という思いだった。
――人間は人間にしか生まれ変われない――
という思いがあって、高校時代まではそう信じていた。
人間が人間にしか生まれ変われないということは、ある意味、束縛にも似ていて、
――人は生まれることも、死ぬことも自分で選んではいけないんだ――
と感じた。
これは、テレビでも同じセリフを見た気がしたのだが、この思いはどこかの宗教の勧誘の人からも聞いた言葉だった。
話がどんなに説得力のあるものであっても、優先順位としてそこに宗教団体が絡んでくれば納得するわけにはいかないと思っていた。その思いがあったことから、高校生になってもう一度前世を考え直した時、
――自分の前世は人間だったとは限らない。人間だから人間に生まれ変わるというのは、束縛した考え方なんだわ――
と考えるようになっていた。
中学時代までは、前世に対して漠然とした考え方を持っていたが、高校に入り、少し変わってきた。
――自分の前世が人間ではないのではないか?
と思うことで、前世というものへの意識が変わってきた。
ある時、夢の中で自分が道端の石ころ、つまりは路傍の石になっているのに気づいた。すぐに目が覚めたが、その時の夢は、しばらく忘れることができなかった。
――こんなに長く夢を忘れることができなかったなんて――
と、感じたのだ。
夢というのは、目が覚める間に忘れるものだと思っていた。そして覚えている夢というのは、怖い夢に限るのだというのも、夢に対しての意識だった。しかし、この時は怖い夢を見たという意識はなかったのに、なぜ覚えていたのか、自分でも不思議だった。
私は、なかなか忘れることができなかったことで、それが前世だと気づいた。
――夢の中で前世を見るなんて――
と、感じたのだが、それも少しおかしな感覚になっていた。
さらに私は深く考えてみた。
――前世で、今の夢を見たのではないか?
と感じたのだ。
人間ではない私が夢を見たというのは、本当は夢ではなく、石ころのような動かないものにも意識があり、ある一定の期間、あるいは時期を過ごすと、石も前世と別れることになる。
その時、次の世界で人間になるとして、意識は持ったまま人間になり、ただ、その意識は決して開けることのできない「パンドラの匣」として封印されているのかも知れない。
――その「パンドラの匣」を私は開けてしまったということなのかしら?
という疑問を持つ。
しかし、あるキーワードを感じることでその「パンドラの匣」は開くのだとすれば、やはり私は、他の人とは違うという発想を持っていてもいいのではないかと感じるのだった。
現世で私は人間になっているので、何かを考えることができると思っている。だから、前世も後世も、自分は人間でい続けると思うのだ。
だが、人間以外でも、何かを考えることができるとすればどうだろう? 犬やネコのようなペットであっても、豚や牛のような家畜であっても、考えることができるのかも知れない。
いや、路傍の石であっても、何も考えていないと誰が言えるというのだろう。言葉が通じないから、あるいは、何も言葉を発することができないからと言って、何も考えていないと思ってもいいのだろうか?
もちろん、人間と同じ考えであるわけはないだろう。しかし、それでも、輪廻のように存在がこの世から消えて、来世に生まれ変わり、さらに来世が待っているという状態であれば、どこかで人間であることも考えられる。その時に考えるということを覚えていたのだとすれば、いくら石になってしまったとはいえ、考えることのできないとはいえないだろう。
私が路傍の石の時に夢を見たと感じたのは、錯覚ではなく、本当のことだったのかも知れない。路傍の石だった時の記憶は、決して思い出したくないものであり、人間以外記憶も思い出したくない。
いや、人間だった時があったとしても、それが本当に幸福だったと言えるだろうか。人間には歴史があり、過去の歴史で今のような平和な時代など、どれほどあったというのだろう。
――そういう意味では歴史を勉強するというのは、いろいろな意味で大切なことだと言える――
という思いを抱くようになっていた。
ただ、現世を生きる上で、前世を信じている人がどれほどいるだろう?
人によっては信じているが、口にするとバカにされてしまうと思い、考えていることを封印している人もいることだろう。
私もそうだった。
前世などという言葉を人に話すと何を言われるか分からないという思いはあったが、そもそも私には、人と関わることを嫌だと思っている考えがある。人に話すことなどないはずなのだ。
ただ、絶えず自分に問いかけているような気がした。
時々、何も考えていないと思っている時があるが、急に我に返って、
――今、何をしていたんだろう?
と思うことがある。
何かを考えていたという意識はあるのだが、そんな時に考えていたことを思い出したいとは思わなかった。
――どうせ、ロクなことではないんだわ――
と考えているからだ。
私は、氷室の口から出てきた「前世」という言葉だけで、ここまでの発想が頭に浮かんできた。氷室は、前世の記憶があるような気がすると言ったが、それはどんな記憶だというのだろう。
私も確かに、彼のように前世の記憶という言葉を意識すれば、
――これって前世の記憶なんじゃないかしら?
と感じることも少なからず存在しているような気がする。
しかし、存在しているからと言って、すぐに言葉にできるかと言えば、それは難しいことだった。一人の世界に入り込み、考えることができる時だけ、前世を想像することができる。
しかも、それが本当に自分の記憶なのかどうか、ハッキリとは分からない。
「記憶なんだ」
と言われれば、そんな気にもなるし、
「記憶じゃないんだ」
と言われれば、それを言い返すだけの材料が私にはなかった。
しかし、一旦、
――前世の記憶だ――
と思えば、その感情を貫いてしまう。基本的に、一旦思い込んでしまったら、自分が納得できるまで、その思いを覆すことは自分からできないのであった。
「前世の記憶があるって一体?」
と、氷室に聞いてみた。
「それは先輩も似たような気持ちを持っているように思うんですが、もちろん、いつの時であっても、覚えているというわけではないんです。何かのきっかけがあって思い出せそうな気がするのであり、しかも、一度思い出しかけたことであっても、途中で少しでも戸惑ってしまうと、それまで思い出したことすら、忘れてしまうんです。だから、思い出せそうだったという意識だけが残って、まるで夢の中で考えていたことを時間が経っておぼろげに思い出したような、そんなおかしな気分になるんです」
と、彼がいうと、
「それなら、思い出したことを意識しないようにすればいいんじゃないですか?」
と、私はわざと簡単に答えた。
「そんなに簡単なことではないと思うんです。一旦意識してしまったことは、忘れてしまったとしても、頭のどこかに残っているんですよ。それが近い将来必ず顔を出すと分かっているので、その時のために、自分なりに覚悟のようなものが必要になります。これって結構エネルギーを必要とするんですよ」
「エネルギー……。確かにそうですね。でも、それはエネルギーなんでしょうか? ストレスというマイナスのエネルギーなのかも知れませんよ」
「そうですね。確かにストレスかも知れませんけど、思い出しかけて中途半端に終わってしまう方が、私にはストレスを溜める大きな要因だって思うんです。だから、一度思い出したことは、忘れないようにするために、自分の覚悟を持っていなければいけないんですよ」
「氷室君は、それで前世の記憶をどこまで覚えているの?」
「本当に何となくなんです。記憶というのは、時間が経てば経つほど、薄れていくものなんでしょうけど、前世の記憶というのは、薄れていくことはないんです」
「どういうことですか?」
「普通の記憶は、忘れるためにあるようなものだって僕は思うんです。つまり、頭の中とは敵のような状態です。その時、毛嫌いしているのは自分の頭の方で、本人の意識は、忘れたくないと思っていても、頭の中では反対のことを考えている。でも、前世の記憶は逆なんです。自分の頭は忘れたくないと思っているんですが、記憶の方が、自分から遠ざかっていく。何しろ、記憶した相手とは違う相手に記憶されているわけですから、前世の記憶からすれば、迷惑千万ですよね。だから、何とか僕は前世の記憶に、自分の意識を少しでも近づけようと考えているんです」
「それって、普通の記憶は、意識の方が記憶を遠ざけているんだけど、前世の場合は、記憶の方が、意識を遠ざけていると考えているわけですね」
「ええ、その通りです。だから、同じ記憶だと言っても、種類はまったく違う。でも、前世の記憶は意識を遠ざけようとする中で、その方法を、前世の記憶を普通の記憶にまぎれさせることで、隠そうとしているんですよ。つまりは、隠すわけではなく、紛れ込ませるという考えですね」
「木を隠すには森の中ということわざですね」
「ええ、その通りです」
「あなたはそこまで分かっているのであれば、前世の記憶にたどり着けることもできるんじゃないですか?」
「僕はそう思っています。でも、なかなか難しいところなんですよね。ひょっとすると、前世の記憶にたどり着くことは、自分の運命を決定付けることになるかも知れない」
と、彼は言ったが、
「どういうことですか?」
私は、何となく胸騒ぎを覚え、背中に汗が滲んだような気がした。顔が紅潮し、ハッキリと何かを感じたような気がしたが、身体の中に一瞬流れた電流にショックを覚え、彼が次に言う言葉を予想することができた。
「僕がもし、前世の記憶にたどり着くことができれば、僕の現世での人生は終わってしまうような気がするんだ」
――やっぱり――
私の想像したとおりだった。
「私も今、あなたがそう言うだろうという想像はつきました。でも、それってあなただけのことなんでしょうか?」
というと、彼はニヤッと笑ったかと思うとすぐに真顔に戻り、
「まさしくその通りです。僕はこの考えは誰にでも言えることであり、例外のないことだって思っているんですよ」
「つまりは、人が寿命であれ、事故や病気であれ、この世から魂が消えてしまうことになるその寸前に、誰もが前世の記憶を意識の中に取り込もうとして、最初で最後の取り込みが成功すると考えているんですね?」
「ええ、そうです。もちろん、突飛な発想であることは分かるんですが、こちらの方が、前世という世界を肯定する上で、一番しっくりくる考えではないかと思うんです。思い出すことでまた来世への道筋ができる。そうやって輪廻を繰り返していくことになるんじゃないでしょうか?」
「なるほど、そういう考えなんですね?」
「ええ、あなたも似たような考えをお持ちのようですが、何となくですが、また別の考えがあるようにも思えるんですが、違いますでしょうか?」
彼の言葉は、私の胸に響いた。
「確かにあなたのいう通りだわ。私もあなたの意見を聞いていて、すべての点において納得できることができたの。でもそれは、あなたの考えに共鳴したからであって、私の中にある考えが覚醒されたのかも知れない。人の意見を利いていて、すべての点において納得できるなんて、普通では考えられないことだと思うの。それができたということは、今まで考えたこともなかった私の中で眠っていた考えが、あなたの意見に共鳴し覚醒した。そう思う以外にないって、今は思っているんです」
と私は詰まることなく言葉にした。
――私がこんなことを口にするなんて――
一人で考えている時に、頭をよぎるのであれば分からなくもない意見だが、まさか他の人を前にして、こんなに言葉を詰まらせずにいえるなど、今までの私からでは考えられないことだった。
「僕の記憶というのは、前世が存在したということを自分に納得させるためのものであって、自分が納得できればそれだけでいいと思っているんですよ。だから、こんなことは今まで人に話したこともないし、話すつもりもありませんでした。でも、あなたを見ていて、そしてここで人形やオルゴールと接していて、前世への思いを馳せるということに我慢ができなくなってしまったんです」
「じゃあ、あなたは、前世の記憶があるというのは、漠然としたものだということですね?」
「ええ、前世の記憶だと思えることを感じることは何度かあるんですが、その時々で、記憶がまったく違っているんです。どれかは夢なのかも知れないと思っているんですが、すべてが夢だったり、前世の記憶だったりというのはありえないんですよ。そう思うと、夢が曖昧な記憶であるのと同じで、前世の記憶も、いくら薄れることはないと言っても、最初から漠然としたものであれば、漠然としたものでしかないと思っているんですよ」
「私も、前世らしきものを感じることもあるんですが、あなたと同じように、その時々でまったく違ったシチュエーションを感じています。でも、それは漠然としたものではなく、例えば、人間ではない生き物が、何かを感じたり考えたりするということに疑問を感じてしまうんですよ。その思いがあるから漠然とはしていないんでしょうね。そういう意味では私の方があたなよりも現実的なのかも知れませんね」
「現実的というのは、少し違うかも知れません。あなたの方が私よりも、一つ一つのことに納得できないと気が済まない性格なのかも知れませんね。だから私のように、まったく同じスピードで時系列を流すわけではない。私は同じ時間の間隔で流してしまっているから漠然としてしまっているような気がします」
「ああ、そういう考えもありますね。だから、この世のように時を正確に刻んでいる世界では、一度覚えたことでも、次第に忘れていくんですね。時を正確に刻まない世界であれば、漠然と過ごすこともなく、一つ一つを納得させながら、生きていくことができる。つまりは、記憶はずっと意識のままいられると言えるんじゃないでしょうか?」
「僕は、時を正確に刻んでいる世界と、一つ一つを納得させていく世界の二つが存在しているような気がするんですよ。前世や来世が、そのどちらになるか僕には分からないんだけど、これも輪廻を繰り返していく上で必要なことではないかと思うんですよね」
「ところで、あなたはこの現世で一緒だった人が、来世でも一緒になれるとお考えですか?」
「それは難しいところですね。でも、現世のように、時を正確に刻んでいると、皆同じ時期に死んでしまうわけではないので、来世でもまた会えるような気はしませんね。でも、逆に時を正確に刻んでいないとしたら、自分の気になる人がいるとして、同時にその世界からいなくなるということもあるかも知れません。それは死というような概念ではなく、悲しいというイメージはないのではないでしょうか? だとすると、その人と来世で会える可能性はかなりの確率であるのではないかと思います」
「そうであってほしいですよね。でも、ここでのお話はあくまでも勝手な想像なので、何とも言えませんけどね」
と言って、私が笑うと、彼も笑った。
これが怒涛のような会話の中での一つの区切りのような気がした。時間を気にせずに話をしていたこともあり、気がつけば、笑うことすら忘れていたようだ。
話が少し落ち着いてきてからのことだった。急に私の頭の中で何かが閃いた気がした。普段から何も考えていないようで、実はいろいろ考えていると思っている私は、急に閃いたようにフッと何かに気づくことは少なくなかった。
だから、この時に閃いたことも、いきなり閃いたという意識はなく、きっと普段から考えていることがこの時に集約されて、降臨してきたのだと思えたのだ。
「私は、前世や来世のことなどあまり考えたことはないんですが、今生きている時代と平行して別の世界が開けているという思いはよく抱きます」
と言うと、彼も興味津々の様子で、
「それは、パラレルワールドというやつですね」
と、身を乗り出すようにして私に答えた。最初に話題を出したのが私なのでどうしても贔屓目に見えてしまいがちだが、彼の様子は今までの中で一番興奮しているかのようにも感じた。
「ええ、そうです。詳しいことはよくは知らないんですが、その世界には私やあなたと同じ人がいて、でも実はまったく違う人であり、ただ、環境は今のこの世界と同じものだという一種の矛盾を孕んだ発想をしてしまうことがあったんです」
「確かに矛盾と言えばそうですよね。僕もあなたと似たような発想を抱いていることが結構あるんですけど、僕にも矛盾があるんですよ」
「どういう矛盾なんですか?」
「僕は、何もないところから新しいものを創造するということへの発想は結構できるんですが、似た世界への想像は、妄想に近いものであり、できないものだって思っていたんですが、この世界だけは違うようなんです。それを矛盾だと思っているんですよ」
「私もあなたと同じように、新しいものへの創造をいつも感じています。そういう意味ではあなたのいう矛盾を私も抱えていることになると思います」
氷室の発想は、自分の発想にどことなく近いものがある。しかし、根本的なところで同じものが存在しているのかどうか、ハッキリとは分からなかった。
氷室と話していると、自分が今抱いている思いを口にしないではいられない。もし、相手が氷室以外であれば絶対に口にしようとは思わないだろう。
「私は、考えているこの世界は、厳密にいうとパラレルワールドとは違っているものではないかと思っているんです」
「どういうことですか?」
「確かに私やあなたのような人間は存在していて、世界もまったく同じ光景で見えている世界のはずなのに、存在している世界はまったく違っている。つまり、静的な状態では同じ世界なのだけれども、動的な世界では、まったく違った世界なんじゃないかって思うんです。それを、『次元が違う』と表現するのが一番納得がいく答えなんでしょうが、私は同じ数の次元の違う世界というものと、本当に次元が違っている世界とを混同して皆が考えていることから、発想が混乱してしまうのではないかと思うんです」
「というと?」
「次元と世界という発想を、同じように扱ってしまうから『次元が違う』と言われても別に不思議に感じないんですよ。次元というと、頭に数字がつきますよね。一次元、二次元、そして三次元。それが、点や線であり、平面であり、そして立体である。これは私たちが知っている世界です。でも、昔から考えられている四次元の世界というのは、そこに時間という概念が存在しているんです。つまり、同じ時間に同じ場所と思えるところに、見えないだけで、別の世界が広がっているという世界ですよね。そこには時系列が存在しているのか、タイムマシンなどという昔から考えられているアイテムへの発想は、ここから生まれてくるんですよね」
と、私がいうと、彼もそれに追随した。
「アインシュタインの相対性理論というのをご存知ですか?」
「ええ、言葉は知っています。理論の中でも有名なものくらいなら分かるような気がしますよ」
というと、彼は頷くと、おもむろに話し始めた。
「これは昔話の浦島太郎や、昔映画で話題になったことが相対性理論の発想になるんですけど、時間というのは、速度によって変わるという発想ですね」
「何となく聞いたことがあるような気がしますが、漠然としているような気がします」
私は、ある程度の会話ができる程度なら、相対性理論について理解していると思っている。
「人間がその環境に耐えられるかどうかという点は別にして、例えば、光速を越えるようなロケットに乗って宇宙に飛び出したとします」
「ええ」
「そのロケットは、一年後に一定の軌道を回って地球に帰ってくるものだとしますよね」
「ええ」
「キチンと地球に帰ってこれたとして、そこは自分たちのまったく知らない世界だった。つまりその時の地球は数百年が経過していたというオチです」
「確かに浦島太郎のお話に類似するところがありますね」
「ええ、これが相対性理論の発想で、光速で進むと、時間の進みが遅いという発想なんです。それを利用すると、タイムマシンの開発というのも可能なのかも知れないと思えてきますよね」
「でも、タイムマシンの開発はそれ以外にもいろいろな弊害があるって聞いていますけど?」
「ええ、パラドックスという発想ですね」
「パラドックス?」
「はい、よく聞くのが過去に行って、自分の親を殺してしまうという例え話ですね」
「というと?」
「過去に行って、自分の親を殺すとします。すると、親が死んだのだから、自分は生まれてきませんよね」
「ええ」
「だから、自分が過去に行くこともないので、親を殺すこともない。そうなれば、自分は生まれてくることになるわけですよね。でも、自分が生まれてくるという運命が選択されれば、自分はタイムマシンを作り、過去に行くという事実が成立するわけです。そうなると、やはり親を殺してしまうことになりますよね?」
「ええ、まるでタマゴが先かニワトリが先かという発想のようですね」
「そうなんですよ、ここで生まれてくるのが、『矛盾の無限ループ』という発想ではないかと思うんです。それをパラドックスと言えるのではないでしょうか」
「分かりました。それが四次元の世界の発想なんですね。そういえば、四次元の世界の象徴として描かれる『メビウスの輪』も、その矛盾から成り立っていますよね。つまりは、異次元というのは、矛盾の塊のようなものだともいえるんでしょうね」
「ええ、この異次元の世界への発想は誰が考えたのか分かりませんが、きっといろいろな人が自分独自に考えて、その矛盾に悩んだんだって思います。今皆が知っている異次元の世界というのは、そういう意味では、皆が皆同じ発想ではないはずなんです。むしろ、一人ひとりが違っているはずなんです。なぜなら、異次元の世界というものが証明されているわけではないので、いくらでも無限の発想ができるし、発想が無限であれば、それだけ矛盾も無限なのかも知れませんね」
彼はそこまでいうと、目の前のコーヒーを喉を鳴らしながら一気に口の中に流し込んだ。それだけ喉がカラカラに渇いていた証拠であり、自分の発想を私と同じように誰にも言うことができず、悶々とした気持ちでいたのではないかと思えた。
「コーヒーもう一杯ください」
と、彼がいうと、私も気持ちは同じで、
「あ、じゃあ、私もお願いします」
と言って、二杯分を注文したのだった。
お互いに喉が渇ききってしまうほどこんなに自分の意見を素直に話したことはなかったのだろう。相手には分かってもらえるだけではなく、自分の意見に対してれっきとした意見を持っている人でなければ話すことのできない話題だと思っていたことだった。そんな相手が見つかっただけでも、今日という日は、ずっと忘れることのできない日になるのではないかと思えた。
コーヒーが来るまで、さすがに疲れたのか、お互いに何も話そうとはしなかった。
――話すエネルギーはまだまだ残っているわ――
と私は感じた。
逆にエネルギーがなくなってきたと思うことで、一気に疲れが押し寄せて、それまで感じなかった時間という感覚を、嫌というほど思い出さされるに違いないと感じた。
彼はおかわりのコーヒーを飲んで落ち着いたのか、
「ところで、先輩は相対性理論や異次元の話になると、何となく上の空に感じるんですが、何か自分の考えていることと違っているんでしょうか?」
その指摘はまさにその通りだった。
しかし、どこがどのように違っているのかということを自分の中でハッキリとしなかった。それを核心を突くように彼が指摘してくれたことで、今まで漠然としていた思いが晴れてくるような気がした。
すぐに回答できなかったが、それは、自分の頭も混乱していて、自分が何を言いたいのかがハッキリしていなかったからだ。しかし、それも歯車の噛み合わせであって、一つが噛み合うと、結構発想が豊かになってきたりするものである。
「私もあなたの言っていることに賛成はできると思うのですが、今まで私が感じていたこととは少し違っているんです」
元々人と関わりを持つことを嫌っていた私にとって、誰かと意見を戦わせるなどという
ことはなかった。ただ、もし意見を戦わせる相手がいたとしても、相手の意見に飲まれてしまって、自分の意見を表に出すことはできなかっただろう。それだけ自分の意見は変わっていて、話すことすら恥ずかしいという思いを持っていたのだ。
「先輩らしいとは思いますが、僕も先輩と同じようなところがあります。だから先輩の気持ちも分かるので、余計に僕も意見を戦わせてみたいと思ったのだと感じています」
彼はそう言って笑ったが、それが私を安心させた。勇気を持てなかったわけではなく、相手がいなかっただけだと思えたからだ。
「私は、人の意見をあまりまともに聞かないようにしているんです。それは相手が考えていることが分かる気がするからなのか分かりませんけど、結局は皆同じで、先駆者の誰かが唱えた説を、まるで自分の意見のように言う輩に対して嫌悪を感じるからなんですよ」
「それは僕だって同じことですよ」
「いいえ、あなたは違います。学説は学説として話をしてくれて、自分を表に出すのではなく、あなたの話は相手から話を引き出すようなやり方に見えるんです。一見、ずるくも思うんですが、でも相手も同じことを考えていれば、お互いに意見を引き出させることになって、建前ではない本当に考えている本音を引き出せるんですよ。それが僕には嬉しいんです」
「そう言ってくださると嬉しいです」
「ところで先輩は、さっき僕の話を聞きながら、どこか上の空に見えたと言ったでしょう?」
「ええ」
「それは僕には、あなたが僕の話を聞きながら、自分の中の本音を探していたように見えたんですが違いますか?」
「ええ、確かにそうかも知れません。でも、それを証明することは自分ではできない気がするんですよ」
「それはもっともなことですね。でも、今のあなたとの会話から、説明しなくても、僕に理解してもらいたいという気持ちが現れていることが分かるので、僕には十分に納得できますね」
彼の話に次第に引き込まれていく自分を感じていた。
――人との会話がこんなに楽しいなんて――
ひょっとすると、自分を否定するような言葉がそのうちに飛び出してくるかも知れないと感じた。今まではそんなことはなく、私の自尊心をくすぐるような心地よい会話だっただけに、怖くないといえばウソになるが、そこにドキドキする気持ちが含まれていることで、会話することに安心感を得られるということを知ったのだ。
「会話って怖くないんですね」
というと、
「怖いですよ。自分の気持ちを見透かされるような気がするからですね。ところで先輩は、将棋で、一番隙のない布陣とはどんな布陣か、ご存知ですか?」
いきなり妙なことを言い出した。何となく分かる気がしたが、それも漠然としていた。
「どうしてそう思うんですか?」
と聞かれて、答えようがないと思った。答えられないくらいなら、最初から分からないと答えておく方がいいと感じた。
すると、彼は満を持したかのように、
「それは、最初に並べた形なんですよ。一手指すごとにそこには隙が生まれる。将棋の世界というのは、そういう意味では減算方式の勝負なんじゃないかって思うんですよね」
と言ったが、その表情にドヤ顔を感じさせるものはなかった。
「なるほど、そうなんですね。会話というのも、将棋のようなものなのかも知れませんね。自分が一言発することで、相手に弱みを見せているかのようにも感じられる。でもなるべくならそんな風には考えたくはないですよね。でも、そう思ってきたからこそ、私は今まであまり人と話をしなかったのかも知れません」
そう言って、我を振り返っていた。
その様子を見て、彼も何かを考えているようだったが、きっと同じような発想になっているのではないかと私は感じていた。
「あなたは、僕の考えていることが分かりますか?」
と、直球で彼は聞いてきた。
「いいえ、そう簡単に人の心が分かれば苦労はしませんよ」
「そうでしょう。それは誰もがそう思っているはずなんですよ。でも、相手に見透かされているかも知れないと感じると、完全に相手に臆してしまう。それが会話の怖いところで、相手に劣等感を感じてしまうと、前を向いているはずの自分の頭が、どこを向いているのか分からなくなってしまうんでしょうね」
と、彼は話した。
彼の話を聞いていると、私が何を話したいのかということが見透かされているような気がして仕方がなかった。だが、こうやって直球で話をしていると、そんなことはどうでもいいような気がしてきて、逆に自分が考えていることを相手にも分かってほしいという思いに駆られるのだった。
――こんなことを誰かに感じたのは初めてだわ――
こんな思いを一度でいいから味わってみたいと思っていたはずなのに、実際に味わってしまうと、
――こんなものなのか――
という中途半端な気持ちになったのも事実だ。
「目標というものは、達成するためにあるわけではなく、目標を立てるということ自体が大切なんだよ」
と言っていた人がいたが、その人の話を他の人は消極的に受け取って、
「達成することができない人の言い訳なんじゃないの?」
と蔑んだような言い方をしている人もいた。
実際に私も口に出すことはなかったが、似たような思いに駆られることもあった。それは自分がその人の意見を他人事のように聞いていたからだと思っていたが、今考えるとそうではなく、蔑んでいる人の話の方を、他人事のように聞いていたからだと思うのだった。
蔑んでいる人に対して他人事のように思っているということは、その言葉を最初に発した人に対しても他人事のように思っているからではないだろうか。どうしても自分は他の人とは違うという信念を持っていることで、他人事に思うことが無意識になってしまっているように思うと、言葉の重みを感じなくなっていたのだった。
だが、時々思い出すことがあった。今回のように一見関係のないような話の中で思い出すのだから、本来であれば、それだけ関心を持っていたということのはずなのに、それを認めたくない思いが強かった。
今思い出したその時の話は、目標を立てることよりも達成することが大切だと思っていた時だった。それは、他の人も同じはずで、私もその話を聞いた時、言い訳という言葉が頭をよぎったに違いない。しかし、他の人が言葉に出したことで、頭によぎった発想を打ち消すことになった。
学校ではいつも試験試験で試されているばかりで、こちらの目標は試験でしか図ることができなかった。それは人との競争であり、自分との戦いでもあった。どちらが強いかということで、その人の性格が分かるというもので、私の場合は自分との戦いだと思っていた。
しかし、本来試験はどんなに点数をとっても、他の人が自分よりも勝っていれば、順位は下の方になる。進学するには学校に定数があり、決まった点数をクリアするというわけではなく、定数に入らなければいけないのだ。
平均点でいくら八十点以上を取ったとしても、順位が定数を割れていれば、不合格で、平均点が六十点であっても順位が定数以内であれば、合格するのである。試験の難易度によって決まるのだが、どこか理不尽に感じられたのは私だけだったろうか。
私は試験勉強をしている時は、何も考えないようにしていた。余計なことを考えてしまうと、勉強が上の空になるし、何よりも集中力に欠けてしまうからだと思っている。しかし、そんな時でも何かを考えていたのだろう。勉強に集中している時、時間はそれほど経ってはいなかった。私の場合、勉強以外で何かに集中している時は、時間があっという間に経ってしまう。きっとそれだけ勉強が嫌いなのだろう。
――勉強は自分だけがするものではなく、皆が同じ勉強をする。そして、試験でその青果が試される。それは皆平等な状態で試されるので、一番公平な手段と言っても過言ではないだろう――
と、そんな風に考えていたが、実際には皆が同じで平等という時点で、私には自由というものがないと思わせた。
つまりは、
――平等を取ると自由がなくなる。自由を取ると、平等ではなくなる――
と思っていた。
自由と平等を平行して謳っているのが今の世の中のように思っていたが、冷静に考えてみると、自由と平等を同じ土俵に上げてはいけないのではないかと思うようになっていった。
この二つを同じ次元で考えると矛盾しているように思えてきた。そんな時からだっただろうか。私は気がつけばいつも同じことを考えるようになっていた。それは、別の次元の話であったり、別世界を思わせる発想であったりした。夢の世界の話もしかりであり、氷室の話を聞いていると、
――ひょっとして私が考えている中に、前世への思いも含まれていたのかも知れない――
と感じるようになっていた。
私は、時々我に返った時、何かを考えていたことに気づかされる。その時に考えていたことは、
――新しい世界――
であった。
それは違う次元の世界のようで、夢の世界にも思えたが違っていた。夢であれば、目が覚める時に次第に忘れていき、目が覚めた時に覚えている夢は、意外としばらくは覚えている。しかし、忘れてしまった夢を思い出すことはできず、
――夢を見た――
という意識があるだけで、どんな夢なのか、まったく分からない。
しかし、この新しい世界への発想は、我に返った時にハッキリと意識している。しかし、急に考えが変わってしまう自分に気づくと、考えていたことが煙のように消えてしまっていた。
だが、思い出すことができないわけではない。何か頭の中のフラグにスイッチが入れば、すぐに思い出すことができる。そのフラグやスイッチはどこにあるのか自分でも分からない。ただ、フラグのスイッチという存在だけが頭の中に残っているのだ。
私はそのことが頭によぎった。その時に急に氷室が口にしたのが、
「先輩も何か新しい世界を頭の中で作っているんじゃありませんか?」
まさに見透かされているようで恐ろしくなり、声を発することがすぐにはできなかった。そんな私を見て、氷室はニッコリと笑ったが、その表情は初めて見るものではないと感じたことで、余計に氷室の顔を直視できなくなってしまっていた。
「実は僕も新しい世界を創造するのが、くせのようになっているんです。と言っても、いつもそれが夢であったり、幻の類であったりと、気がつけば自分の発想を否定していることが多いんですよね」
氷室も同じだと思うと、次第に緊張がほぐれてきた。
「私は新しい世界への発想は、きっとあなたが考えているようなものとは違っているような気がするんです。きっとあなたは、それを前世の自分の記憶に重ね合わせているんじゃないかって思うんですよ。ひょっとすると、自分の発想をどこかで抑えるために、前世の記憶が残ってしまったのではないかとも思っているです。ちょっと飛躍しすぎかも知れませんが」
と、彼の考えが自分とは違っていると私が感じていることを正直に話した。
「確かにそうかも知れません。発想なんていうものは、少しでも違えば、『違うもの』として考えられます。だから発想は無限であり、それは一人の発想でも無限なのだから、他の人も合わせると、さらに無限が広がってしまうんでしょうね」
「でも、その中には奇跡的にまったく同じ考えがないとは限りませんよね」
「そうかも知れません。ただ、それは同じ時代には存在しないことではないかと思うんです。時代が立体として積み重ねられると、無限はどうなってしまうんでしょうね。その中に同じ考えが存在しているとすると、それこそ、前世という発想に結びついてくるんじゃないでしょうか?」
「それがあなたの前世というものに対しての考え方なんですね?」
「そうですね。僕は過去に同じような発想をしたと感じたことが何度かあります。それを自分で納得させるには一番の発想は、前世という発想だったんです」
「なるほど、よく分かりました。私の場合は、そこまで感じたことはないんです。でも、時々、『前にどこかで感じたような』という発想になることはありましたが、それを私はデジャブとして片付けていました」
「ということは、デジャブを信じる人は、前世をデジャブと一緒くたにして考えるということなんでしょうか?」
「そうかも知れません。でも、デジャブと前世の発想が同じ人の中で存在することもありえることだと思うんですよ。それは最初にデジャブという発想を知るよりも前に、前世という発想を知ってしまった人なんだって思います。デジャブ現象を、前世の存在で自分を納得させようとするからなんでしょうね」
「でも、僕の前世の記憶があるというのは、デジャブとは別だと思っているんです。前世の記憶は自分で作ったものではなく、最初から存在していたものだと考えていると、どうしても堂々巡りを繰り返してしまっていました。でも、前世の記憶が自分の作ったものだと思うことで、何となく前世という世界が分かってきたような気がしてきました」
「前世なんだから、自分で作り出したという発想はおかしいんじゃないですか? 記憶というのは、自分が作ったものだとすると、ウソかも知れませんよね」
「ええ、だから僕はあなたの考え方を聞いてみたいと思うようになったんです」
「どうしてそこで私が出てくるの?」
私には、彼の言っている意味がよく分からなかった。最初はもう少し分かっているつもりだったのに、次第に分からなくなってくる。これっておかしな気分になってきた証拠ではないだろうか。
「最近、僕の夢に一人の女性が出てくるようになったんです。その人は見たことのない人で、夢の中で何かの会話をしているようなんですが、どんな会話をしているのか覚えていないんですよ。今ここでしているような漠然とはしているんだけど、話をしているうちにお互いの相手が持っている疑問を知らず知らずに解消していくような感覚ですね。僕はそれを新鮮な気持ちで感じています。今感じているその新鮮な気持ちが、夢の中で残っている唯一の感覚だったんですよ」
「じゃあ、今日こうやって会ったというのは偶然ではないとおっしゃるんですか?」
「そうかも知れません。ハッキリと偶然ではないと僕の口からいうのは憚るんです。言葉にすると重さがなくなってくるのが分かりますからね」
「あなたの中の前世という発想と、私が考えている新しい世界というのはお話を聞いている限りでは違うもののように感じられるんですが」
「僕はそうは思いません」
「どうしてですか?」
「発想は確かに無限に存在しますが、巡り巡って、また同じところに帰ってくることがありますよね。それはどれだけの周期を描いているのかは分かりませんが、僕にはその二つが背中合わせでなければありえないことだと思っているんです」
「それは無限ループの終着点のような発想でいいんでしょうか?」
「あなたがそう思うのであれば、それは間違いではありません。発想が無限にあるように、回答であったり、終着点も無限にあると考えていいのではないでしょうか? そういう意味であなたの発想を、あなたの口からどんなものなのかを聞いてみたいという衝動に駆られているわけなんですよ」
「私の発想ですか?」
「ええ、あなたが思い描いている今この瞬間の発想で結構です」
「今の発想ですか?」
「ええ、今の発想はすぐに過去になります。そして未来が現在になるわけです。未来は永劫に続いていくし、過去も今まで積み重ねられた無限の力を秘めています。でも現在というのは、一定の長さしかありません。ただ、その長さの間に重みが違っていたりするんです。その瞬間の発想というのは、すぐに忘れてしまいますが、その人にとって、大切な蓄積になるんですよ」
彼の話は、いちいちもっともだと思えた。
自分が考えていることが今までのように薄っぺらいものから、次第に丈夫なものへと変化していっているように思えてならない。ただ、それをどこまで覚えていられるかといういことが一番の課題だと思っている。
今こうやって話している内容だって、すぐに忘れていくに違いない。その証拠に、最初の頃にどんな話をしていたのかということが頭の中で消えているように思えてならなかった。ひょっとすると記憶の奥に封印されているのかも知れないと思ってはいるが、そう簡単に表に出すことはできないものだと思うのだった。
「私はあなたがさっき言ったように、新しい世界を創造することが結構多いと思っています。発想はするければ、いつもすぐに忘れてしまっているので、それだけ集中していたということを自分でも分かっていて、集中するには、自分にとって別の世界を形成しなければいけないということを考えています。ただ、この別の世界というのは、発想の中に出てきた新しい世界とは違います。新しい世界はあくまでも想像上の世界で、自分の頭の中だけで作り出したものなんですよ」
「でも、発想するための別の世界というのも、頭の中だけで作られたものなんじゃないですか?」
「そんなことはありません。発想するための世界を作るには、頭の中と同じくらいの大きさの器が必要なんじゃないかって思うんですよ。そうなると、他のものはどこに行ってしまうのか? ということになりますよね。それを説明できない限り、発想するための世界は頭の中とは違う世界ではないかって思うんですよ」
「それはきっと、他の人が考えていることと正反対なのかも知れませんね」
彼は私にとって意外なことを口にした。
「そうなんですか? 私はあまり人と関わらないようにしてきたので、私独自の考えだけで今まできました。だから、他の人の常識はまったく分からないんですよ」
「実は私も同じように、他の人と関わりたくないという発想を心の中に持っています。でも、私の場合は、なぜか他の人がどのように考えているかということが分かる気がするんです。そこがあなたとは違うところなんじゃないでしょうか?」
「私の考える『新しい世界』のお話を聞いていただけますか?」
「ええ、もちろん。願ったり叶ったりですよ」
と、彼の表情は嬉々として答えた。
私はそんな彼を見て、
――きっと彼は私と違って、まわりの人の発想を他人事のようには感じていないのではないかしら?
と感じていた。
「私は最初、新しい世界を頭の中で考えた時、いろいろな発想を思い浮かべたんです」
というと、すぐに彼が聴き返してきた。
「えっ、新しい世界というのは、、他の発想から思い描いたことを最終的に新しい世界だって思ったわけではないんですか?」
「もちろん、最終的にはそう思ったわけなんですが、最初から私の頭の中には新しい世界という発想があったんです。それをどう自分で納得させるかということを考えた時、いろいろな発想が頭をよぎったという感じですね」
「一つ一つ聞いていきましょうか」
「ええ、まずは誰もが最初にそう感じると思うんですが、夢だという発想ですね。さっきから話しているように、夢の世界から戻ってくるという発想があると思うんですが、その時に、目が覚めるにしたがって忘れてくるものが夢だという思いとは違う意識が働いたんです。それで、新しい世界は夢の世界とは違っていると思ったんです」
「なるほど、それは分かりやすいかも知れませんね」
「その次に感じたのは、記憶喪失という発想だったんです:
「というと?」
彼の目は好奇心に満ちているようだった。
「少しこのあたりから突飛な発想になるのかも知れませんが、新しい世界を創造した時に感じた思いとしては、何もないところに自分が勝手に作り出したもののはずなのに、何かの拍子に思い出した時、その思いを鮮明に思い出せるような気がしたんです。ただ、その時に前に感じたことがある思いだったのかどうかということを意識できるかを考えてみたんですが、どうしても予測がつきませんでした。そこで、記憶の奥に封印されていたものが急に出てくるという発想を抱いたんですが、その時にふいに感じたのが、記憶喪失という考え方だったんです」
「記憶喪失ということを自分では意識していないということですよね?」
「ええ、自分が記憶喪失であるということは、自分だけでは絶対に分かりません。少なくとも一人以上の誰かと関わることで、自分から、何かおかしいと感じることになるのか、それとも人との記憶が食い違っていたりすることで、自分が記憶を失っているということに気づかされるかのどちらかだと思うんです。つまりは無意識のうちに自分の記憶の奥に封印されたものが、喪失している記憶だと言えるんじゃないでしょうか」
「それはもっともですね」
「でも、私の創造する新しい世界は、人から指摘されたり、人と関わることで気づかされたりするものではない、自分の記憶の奥に封印されたものだと考えると、意識していない記憶喪失がそこに存在しているのだとも言えるような気がするんです。記憶喪失というのは、時系列の中で、それまで記憶していたことを忘れてしまい、それ以降の新しい記憶を一から積み重ねるものであって、まるで記憶できる場所が一杯になってしまったので、奥の倉庫に封印されたかのようなイメージを抱きました。でも、いつかは記憶が戻って、過去の記憶がよみがえってくると、今度は、最初に記憶を失ってから、一から今まで積み重ねてきた新しい記憶はどうなってしまうのかと考えた時、またいろいろな発想が頭に浮かんできます。あなたはそれについてどうお考えですか?」
と、問いかけてみた。彼がどんな回答をするかということよりも、回答するまでどのような態度を取るかということに興味があったのだ。
彼は、少し腕組みをして考えていたようだが、自分が思っていたよりもすぐに回答してくれた。
「まずですね。記憶喪失になったということを自分で意識してから、思い出そうとしても思い出せない状態になると、まず思い出そうという意識にはならないと思うんです。思い出したくない記憶だから思い出せないという思いを抱くんだと思うんですが、それを何も苦しんでまで思い出す必要はないですよね。それを思い出さなければいけないという雰囲気になるというのは、まわりの人が思い出させようとする、ある意味本人の意向を無視した勝手な行動ではないかと思うんです」
「確かにそうかも知れませんね。テレビドラマなどでは、まわりの人が親身になって記憶を失った人に対して、『無理しなくてもいいから、徐々に思い出していきましょうね』なんて言っているのを、親切からだって思って見ていましたけど、考えてみれば、本人の意思がハッキリしていないのをいいことに、思い出すことだけが正解のように思わせるような描き方が多いような気がします。確かにまわりの人は早く記憶を取り戻してくれた方が都合がいいですよね。知っている人が、まったく知らない人になってしまったことで、なまじ知っているだけに付き合わなければいけないという思いが、少なからずまわりの人にはあるのかも知れませんね」
「当然、そこには利害関係が結びついてきていますよね。肉親であっても、友達であっても、恋人であっても、感情以外のところでは利害関係があるわけですから、そう思うと、思い出させることがどれほど酷なことなのかということは、利害関係よりも優先順位からすれば下になるということなんでしょうね」
それを聞いて私はふっとため息をついて、
「その通りなんでしょうね」
と、やるせない気分になっていた。
「記憶喪失の人は、もし記憶が戻ったとしても、記憶を失ってからの記憶が消えるということはないような気がするんですよ」
「どうしてですか?」
「せっかく積み重ねた記憶を、わざわざ封印する必要性はないように思うからです」
「必要性の問題ですか?」
「言葉的にどう言っても、冷めた言い方になるのかも知れないですが、そもそも記憶喪失になる原因というのを考えてみるところからだと思うんですよ」
と言われて、彼が論理立てて話をしてくれるのが分かった。
「原因というと、例えばどこかで頭を打ったり、精神的に思い出したくないものを見たり聞いたりしてしまって、精神的に追い詰められて、思い出したくない思いとして別の世界にその意識を追いやってしまうことなんでしょうね」
「その通りですね。自分の中で耐え難いと思えるような意識が自分で抑えきれなくなった時、意識を思い出したくない記憶として封印してしまうことを選んでしまうことがき多く喪失に繋がったりするんでしょう」
「ドラマなどで結構そういう話があったりしますよね。でも、それでもまわりは思い出させようとしている場面が多いですよね。ドラマの中ではなるべく記憶を失った人が苦しまないように演出しているようですが、実際にはそんなものではないのかも知れませんね」
「人によっては、気が狂ったように暴れたり、モノを投げたりすることもあるんじゃないでしょうか?」
「そんな場面もドラマや映画で見たりすることもありますが、それは、テーマの中にその人の記憶を取り戻させるという優先順位が高い時でしょうね。サスペンスなどで、記憶を取り戻すことが犯人逮捕のきっかけになったりする場合など、記憶が回復した場面を見せることなく、会話の中だけで収めてしまうこともあったりします。なるべく刺激的な場面を視聴者に与えないようにしようという配慮なんでしょうね」
「それはあるでしょうね。それにあまり刺激的なところを描くと、実際に記憶を失っている人からの反発もあるでしょうからね」
「でも、そこまでして思い出したくない記憶を持っていた人が、記憶を失って真っ白になってしまったとすれば、意識としては、まるで今生まれたかのような感覚なのかも知れませんね」
「条件反射や本能的なものは身体が覚えているので、精神的なことだけが、まるで赤ちゃんのような感じだっていうことでしょうか?」
彼の質問にすぐには答えることができなかったが、少し間をおいて、考えながら話をした。
「赤ちゃんというのは少し違うかも知れません。本当にすべての記憶を失ったのだと私は思っていないんですよ」
「どういうことですか?」
「確かに自分の名前も分からなかったり、自分がどこにいたのかも分からなかったりはしているのかも知れないけど、たとえば、学校で勉強して身についた学力までなくなってしまっているわけではないですよね。自分に関わることがすべて意識から消えているようにまわりからは見えているんでしょうけど、実際には本当に思い出したくない記憶だけが封印されていて、本来であれば、その封印してしまった記憶の一部に、自分の意識をつかさどっていた部分が消えてしまったとすれば、まわりからはすべての記憶がなくなったように見えるんじゃないかって思うんです」
「ということは、あなたは意識というのは、中心をつかさどっている基幹部分があり、そして枝葉として放射状に意識が延びているとお考えなんですか?」
「ええ、その通りです。その向こうには記憶があり、その中に封印された記憶があると思っているんです」
「つまりは、誰もが封印される記憶の置き場を持っているということですか?」
「ええ、そして、皆が意識しているわけではないけども、誰もが一つや二つ、封印している記憶があると思っているんです。だから、人はすぐにいろいろなことを忘れていく。頭の中というのは大きく広がっているようで、すぐに限界が見える狭いスペースではないかと思っています」
私がそこまでいうと、彼は少し話題を変えてきた。
いや、話題が変わったというよりも、発展したと言ってもいいだろう。お互いに発想を膨らませていくことは願ったり叶ったりだと思えた。
「超能力というのは誰もが持っているというお話を聞いたことがありますか?」
「ええ、頭の中の一部しか使われていないけど、残りの大部分は、超能力と言われる力を発揮できるスペースだと言われていますよね」
「そう、今あなたが言ったような限界というのは、あくまでも頭の中すべてではなく、一般的な人が使える頭の中の中心部分だけだと言えるのではないでしょうか?」
「確かにそうかも知れません。でも、この限界というのは、私にとって、どうしても外せない発想になっているのも事実なんですよ」
と私がいうと、彼はそのことに触れずに、
「少し話がそれてしまいましたね」
と言って、敢えて話を逸らしたような気がした。私もこれ以上触れることはできないので黙っていると、彼がおもむろに話し始めた。
「もし、思い出したくない記憶が戻ってきたとしても、記憶を失った時とは環境も精神的な面でも大きく違っていますよね。だから、ショックは残るかも知れませんが、ゆっくりと療養すれば、すぐに元の生活に戻れます」
「でも、その時の元の生活って、どっちのですか?」
「それは本人が決めることなんじゃないでしょうか? 記憶が戻ったからと言って、記憶を失ってからの一から積み重ねた記憶が消えるわけではない。私だったら、記憶を失う前の生活に戻らずに、今までの生活を続けると思います」
「記憶を失う前にその人に関わっていた人にとってはショックでしょうね。もし婚約者などがいた場合、どんな気分になるんでしょうね?」
「たぶん、婚約者もそれはショックだと思いますよ。でも、記憶を失う前の生活に戻ったとしても、そこにいるのは自分の知っているその人ではないとそのうちに気づくのではないかと思うんです。だって、少なくとも空白の期間があって、その間には別の人が絡んでいるわけなので、元の生活に戻るなどということは土台無理なことではないかと思うんですよ」
「そうですね。私はそれは思います。でも、記憶を失ってからの生活にも同じことが言えるんじゃないでしょうか? 前の記憶が戻ったのだから、前の記憶の楽しかったことを思い出すと、同じ生活ができるとは限らない」
「でも、記憶を失っている人と付き合っている人は、その人が記憶がない時を知っているわけなので、それまでに付き合っていた人とは覚悟が違うはずですよね。それに記憶を失う前に一緒にいた人は、記憶を失ったその人を知らない。元のままのその人だと無意識に感じながら付き合っていくことになる。そこで二人の間に生じた溝が、次第に広がっていくかも知れませんからね」
「そうですね。でも、あなたの意見は当人がどうのというよりも、まわりから見たことが中心になっていますよね。それは無理もないことなんじゃないかって思うんですが、果たしてそれでいいんでしょうか?」
私はそう言いながら、自分でもいろいろ考えていた。
元々記憶喪失の失くしたはずの記憶が、自分の中で「新しい世界」を形成しているという話をしていたはずなのに、本来の記憶喪失の話に終始してしまっていたからだ。話の途中で、
――何となく戸惑いを感じるわ――
と思っていたが、話が次第に逸れていくことが次第に意識の中で薄れていくことへの戸惑いだったのかも知れない。
私は記憶喪失について、たまに意識していたように思う。
――ひょっとして私の記憶は、すべてに間違いはないんだろうか?
つまりは、何かの記憶が欠如していることで、違った記憶に変化していないかということだった。
記憶も時系列に並べることで歯車のように噛み合っているように思う。一つの記憶を思い出すことで、どんどんその前後の記憶もよみがえってくる。それはまさしく歯車の力によるものではないかという考え方だった。
先ほど、自分の記憶や意識が放射状に延びていると言いましたが、その放射状こそ、
――意識や記憶を繋ぎとめておくための歯車――
と言えるのではないだろうか。
歯車が一つでも狂えば、記憶は堂々巡りを繰り返し、意識的に封印してしまうことだってあるかも知れない。意識がそのまま記憶されるとは限らないということも、私の気持ちとしては持っていたのである。
「私の次の意識としては、『他人の記憶』というものなんです」
と私がいうと、
「えっ、それはどういうものなんです? 他人の記憶が自分の頭の中にあって、人と共有しているという意味なんですか?」
「私は共有という意識までは持っていませんでした。あくまでも、自分の中に他人の記憶が入ってくるという意味で、その人がそれを人の記憶だと理解しているかどうかも分からないと思っているんです」
「あなたは、誰かそんな人を知っているんですか?」
「ええ、中学生の頃のことなんですが、そんな話をしている人がそばにいたのを覚えているんです。どこかの喫茶店だったような気がするんですが、環境の記憶よりもその話の記憶の方が強かったんですね。それほど私にはセンセーショナルな話だったように思います」
「その人はどんな話をしていたんですか?」
「確か若い男女の話だったと思います。恋人同士だと思っていましたが、今思い出してみるとどこか秘密めいたところがあり、ひょっとすると不倫カップルだったんじゃないかって思います。話の内容は明らかに不倫のような話だったんですが、自分たちの話を公共の場所でするなんて信じられないと思っていたから、まさか自分たちの話だとは思ってもみませんでした。でも、今だったら言えます。あの話は自分たちが当事者でなければ分からないことが結構あったんだってですね」
「それはきっと、中学時代のあなたにとって、会話の中の世界は別世界のように思えていたことで、他人事のように聞いていたからなのかも知れませんね。それだけウブで純粋だったんだけども、好奇心はそれ以上だったということなんじゃないですか?」
どうにも見透かされているようで、少したじろいでしまった。
「なかなか鋭いですね。そんなこと言われたこと、今までにありませんよ」
「それは、あなたが人と関わりたくないという意識の表れなんじゃないですか? まわりもなるべく関わりたくないという思いを抱いていたとしても、それは不思議のないことですからね」
「まったく仰るとおりです」
私は認めざるおえなかった。
「その時の不倫カップルというのはどんな感じだったんですか?」
「そうですね。あの時は他人事のように聞いていたので、彼ら自体が他人の話をしていると思っていたので、記憶が錯綜するかも知れませんが、ただ、不思議な話をしていた部分だけは記憶に間違いはないと思います。かなり昔の記憶ではあるんですけどね」
「でも、あなたはその記憶を鮮明に覚えていると自分でも思っているんでしょう? そこから新しい世界を創造してみたくらいだから」
「そうですね。まず、二人は恋人同士だということはすぐに気づきました。やたらと身体を密着させるようにしていて、絶えず手を握っていましたからね。見ているこっちまで恥ずかしくなるほどでしたよ」
「それは大丈夫です。想像している私の方も恥ずかしく感じるほどですからね」
そう言って彼は笑った。ある意味、ここが笑いどころとでも思ったのか、苦笑いではあったが、私に笑みを強要しているかのようにも感じた。私もそれに応じて微笑み返したは、決して普通の笑顔ではなかっただろう。顔が引きつっていたに違いない。
「店内のお客さんはそんなに少なくはなかったように思います。恋人同士の二人だったんですが、そんな中でヒソヒソ話をしていたので、完全に聞き取れたとは言い切れませんが、なぜか私にはまわりの喧騒を感じることなく、二人の話を聞けたような気がします」
「集中していると、そんなものかも知れません。特に気になる話であれば、無意識に聞き逃してはいけないという意識が働くはずだからですね。僕も経験ありますが、ヒソヒソ話ほど気になってしまうものはないですからね」
私は話を続けた。
「その時の二人は、自分たちが付き合い始めた時のことを振り返っているようでした。楽しかった頃の話を懐かしそうに話していたんです。ヒソヒソ話であっても、微笑ましく感じたほどでした。でも、急にその女性が嗚咽を始めたんです。それを男性がまわりに気を遣いながら宥めているようだったんですが、そこに少し違和感があったというのがその時の気持ちでした」
「違和感?」
「ええ、違和感です。男性は宥めながら、さらに彼女を抱え込むようにして、守ろうとしているかのように最初は思ったんですが、それよりも、他の人に見せないようにしていたようなんです。恋人同士というのがどんなものなのかよく分かっていなかった私だったんですが、そこだけは違和感があったんです」
「でも、最初は楽しそうに話をしていたんでしょう?」
「ええ、でもそのうちに男の人の口から、『うちのやつが』という言葉が聞こえてきたんです。その時に、それが男の人の奥さんだって分かりました。でも、それでも私は二人が不倫の関係にあると思わなかったのは、それだけ不倫ということに実感がなかったのか、それとも、不倫の関係にある人を想像したことがなかったからなのかも知れません」
「中学生の女の子に不倫という意識を抱かせるのは無理がありますからね」
「ええ、私は親に対して不信感しかなかったんですが、でも、不倫という意識はまったくありませんでした。不信感が強かった分、不倫をしていると言われても別に何も感じなかったでしょうが、目に見えないショックが起こったかも知れないと思うと、不信感がどこから来ているのか、分からなくなってしまうと思っていました」
「なるほど、その思いが、その時にいた不倫カップルに対してもあったんでしょうね。だから、不倫カップルだとその時は感じなかったのかも知れません」
「ええ、その時嗚咽していた女性は、少し苛立っているように感じました。今から思えば相手の男性の口から出た『うちのやつ』という言葉に反応したのではないかと思います。まるでのろけられているように感じたのかも知れません」
「女性というのは不思議なものだって時々思います。自分は不倫をしているくせに、裏切られてるはずの相手の奥さんに対して、いまさら嫉妬心を抱くんですからね。奪われた方がどれほどのショックで痛手を負っているかということを、考えたこともないのかも知れません」
本当なら、女性蔑視ともいえるような言葉を発した彼に怒りを覚えなければいけないのかも知れないが、私は不思議と怒りはなかった。きっとその時私は自分を女性として意識していなかったからだろう。
「それはあるかも知れません。でも私はそんなことを感じたことはありません。考えてみれば男性を意識した相手と二人きりで話をしたことなどなかったからですね」
――あなたが私にとって、最初の男性を意識した相手なのよ――
と言っているのと同じであったが、彼はそれほど嬉しそうな顔はしなかった。
私の気持ちを察することができなかったのか、それとも分かっていて敢えて自分の気持ちを表に出そうとしなかったのか。もし後者であれば、
――私は好かれているんだわ――
と感じたことだろう。
今のこの時点では、好意を持たれているのは当然として、好きになってもらっているという感覚は微妙だった。
「そのうちに、どうしてその女性が怒りに震えていたのか、分かった気がしたんです。理由はその時、その女性が口にした一言でした。『私、あなたの奥さんの記憶が私の中にあるようなんです』とですね」
「それって不気味ですよね。逆に言えば、彼女の方から別れたがっているのではないかと思わせるエピソードに感じますよ」
「そこまでは私も感じませんでした。さすが氷室君というところかな?」
「茶化さないでくださいよ」
と言って、彼が微笑んだので、私も微笑み返した。
「確かにそう言われてみると、私もなんだかそんな気がしてくるから不思議ですわ。でも、その時の私は、『あなたの奥さんの記憶がある』っていう言葉に反応してしまったんですよ。ひょっとすると、その時に二人の間に微妙な温度差があったのかも知れないとも感じます」
「温度差というのはきっとあったんでしょうね。だからお互いになるべくくっつきたいという思いがあったんでしょう。男性の方が『うちのやつ』と言ったのも、その温度差を縮めたいが一心だったんじゃないですか?」
「そうでしょうね。でも、まわりのことよりも、実際の会話の内容はどうだったんですか?」
「女性の方がいうには、旦那、つまりあなたの浮気にはまったく気づいていないっていうんです。だから、それだけに奥さんに対しての後ろめたさが自分にはあって、『相手の気持ちが分かるということほど、感情が高ぶってくることはない』と言っていましたね。その感情は、相手の喜怒哀楽が自分の目の前にある鏡に写しだされていて、左右対称であるがごとく、相手が楽しければ、自分は苦しく、相手が幸せなら自分は不幸だ。そう思うと相手には辛く苦しい状態であってほしいと思うのは、その人の意識が考えることであって、決して無理をしたくないという思いからなのかも知れませんね」
「それは女性の嫉妬というものでしょうね」
「男性の嫉妬は違うんですか?」
「同じだとは思いますが、男性は女性ほど現実主義ではないので、嫉妬にもどこか違う考えがあると思うんです。そうですね。一刀両断にはできないものがあると思いますよ」
「それは女性にも言えると思うんですよ。嫉妬にいい悪いがあるとは思えませんが、その程度というものは、男性と女性では違いますよね。本当は、その人それぞれで違うので、男性と女性を垣根にしてしまっていいのかとは思いますよ」
「でも、その女性が言った奥さんの記憶というのはどういうものなんでしょうね?」
と会話に一瞬の沈黙があり、その後に彼が聞いてきた。
「どうやらその女性にとっては、思い出したくもない記憶だったようです。それはそうでしょうね。なるべく隠したいと思っている相手の記憶を自分が持っているなんてですね」
「男性にとっても、不倫相手がそんなことを感じているというのは、心中穏やかではないはずですよ。彼にとっても奥さんは奥さん、不倫相手は不倫相手として割り切って付き合っているつもりなのに、不倫相手の中に奥さんがいるなんて事実、俄かには信じられずはずもなかったことでしょうね」
「ええ、もちろんそうですよ」
と言ったが、話をしているうちに、
――お互いに自分と同性の肩を持っているように聞こえるわ――
と感じた。
だが、それは無理もないことだ。世の中には男か女の二種類しかいないのだ。本当に大雑把に二つに分けてしまうんだから、話をしながら無意識になっていたのも頷けるというものだ。
私は、男性の気持ちを分かることができるとは思っていない。それは今だけに限らず、将来に渡っても、本当の男性の気持ちを分かることはできないと思っている。性別というのは口でいうよりも結構敷居の高いもので、だからこそ、
――世の中には男か女しかいないのだ――
とも思っていた。
女性の中にも男性の中にも、年齢の隔たり、お互いに育った環境などから、意気投合できる人もいれば、決して分かり合える相手ではないと思える人もいることだろう。人それぞれだということだ。
男性、女性とそれぞれを考えているだけであれば分からないことでも、男性と女性を全体から見れば不思議に感じることもある。
私が一番不思議に感じたのは、
――男女、少々の違いはあるかも知れないが、どこにいても、その人口比率はほとんど変わらないわね――
ということだった。
一組の男女から生まれるのが、男性に偏ったり女性に偏ったりすることはあっても、全世界的には辻褄が合っている。決して、男だけの国、女だけの国というのは存在しない。
――人間は、男と女からしか生まれないんだ――
ということを考えると、うまく産み分けるのは、種の保存という観念から言っても至極当然な話である。
ただ、それは人間だけに言えることではない。他の動物もしかりで、オスばかり、Mスばかりという種族はない。もっとも一夫多妻制のようなものがあるところは別だが、今の世の中ではそんなこともないだろう。
そういう意味でも、本当であれば、相手である異性を大切にするということは種族の使命であるともいえるのではないだろうか。
だが、人間というものは、それでは我慢できない動物なのか、不倫をしてしまう。結婚したその時はよかったのだが、
――隣の芝生は青い――
と言われるように、目移りしてしまうのも、人間ならではなのだろうか。
いや、他の種族も人間が知らないだけで、同じようなことが行われているのかも知れない。ひょっとすると、それが原因で殺し合いに発展することもあったりするだろうか。そう思うと、まだ理性のある人間の方がマシなのかも知れないと感じた。
人間は理性を持っているが、ギリギリのところまでは我慢できるが、我慢を超えると自分でもどうなるか分からないと思っているところがある。ひどい時にはそれが殺人事件を引き起こしたりもしかねない。それを思うと、人間も野蛮な種族であるということに違いはなかった。
特に女性の場合の方が、その考えに近いのではないだろうか。男女が別れる原因になることで、ギリギリまで我慢して結界が解けてしまうと、前後不覚に陥るくらい平常心を失う人もいる。
それが悲劇に重なることもしばしばで、毎日新聞やワイドショーを賑わせている中に一つは存在しているように思えた。
「世の中、絶えず事件が起こっている。一度くらい暗いニュースのない一日を味わってみたい」
と言っている人の話を聞いたことがあった。
その時ふと何を思ったのか、
「前世のことを思い出すと、頭の中にオルゴールで聴いた『別れの曲』が頭の中を巡るような気がするんだ」
と氷室が口にしたのを、私は聞き逃さなかった……。
新しい世界? それとも前世?
私が、
「新し記憶は、他人の記憶」
という話をした時、氷室が、
「他人の記憶を共有しているような気がする」
というのを口にしたのを思い出した。
前世のことを思い出すときに『別れの狂句』が頭をよぎるという言葉を聞かなければ、ひょっとすると、そのまま意識せずに、話をスルーしていたかも知れない。
「そういえば、他人の記憶が自分の中にあるのは、その人と共有しているように思うと言ったのは、どういうことだったんですか?」
「僕も自分の中に他人の記憶が入っているないかって思ったことがあったんですが、それをずっと夢の中で感じたことであり、幻想だったり、妄想だったりと思っていたんです。でも、ある日急にそれが違うんじゃないかって思ったことがあったんですが、その時から自分の中で他人の記憶を感じた時というのは、誰かと記憶を共有しているんじゃないかって思ったんです」
「それはどういう時だったんですか?」
「あれは、中学時代だったかな? 僕には好きな女の子がいて、その子とよく本の話をしていたんです。僕も読書は好きだったし、彼女もよく本を読んでいました。本を読むためによく図書室に行っていたんですが、その時、本棚を真顔で見つめている彼女の横顔をいつも見ていて、そのうちに彼女を見ているだけで、楽しくなってきたんですね」
彼の言っていることには共感できた。自分にはそういう経験はなかったが、もし中学時代にそういう経験が少しでもあれば、今ほど人と関わりたくないという思いを強く持つことはなかっただろう。
「中学時代には、女の子にはありがちな気がする話ですが、男性にもあるんですね」
「それはそうでしょう。思春期というのは、男性女性どちらにも漏れなくついてくるものですからね。時期は少しずれるかもしれませんが、それも人それぞれというだけで、訪れない人なんていないんでしょうね」
「その通りです。私は時期がずれるというよりも、男性と女性で最初から身体や精神のつくりが違っているので、時期がずれても当たり前だと思っています。男性よりも女性のほうが早熟っていいますからね」
「それは分かります。でも、男性だから女性と同じような行動に出ないとかいう発想は違っているような気がしますよ」
と、彼は珍しく反論していた。きっと彼には彼なりの考えがあり、考えに基づいて行動していたことを否定されるような発言があった時は、相手が誰であれ、反発してしまうのかも知れない。
――この人も男性としてのプライドのようなものがあるのかも知れないわ――
と感じた。
女性から、自分の行動を否定されたような気がしているだけではなく、女性と同じような行動に見られたことが悔しいのだろう。そのことは話をしていて分かったが、私は彼を少しからかってやりたくなった。今まで対等に話をしてきたのだが、私の方が年上で先輩なのだ。いまさらではあるが、そのことを思い知らせてやりたいという悪戯心であった。
「ところで、他人の記憶が自分の中に存在していると、記憶を共有しているような気がしているということなんですか?」
と聞いてみると、
「いつもというわけではないんですが、たまに共有しているのではないかと思えるようなふしがあるんです。どんな時に、いつなのかと聞かれるとハッキリはしないので強くいえないのですが、僕の中では自分を納得させられるだけの気持ちはあると思っています」
彼の口から、
「自分を納得させられるだけの気持ちがある」
と言われると、それ以上言い返すことはできないような気がした。
私も確かに、自分を納得させられることであれば、他人が何と言おうとも、人に逆らってでも気持ちを自分の中に収めてしまう。もちろん人まで納得させようとは思わないが、自分の中だけで強く思うことを、自分の中での信念として、大切にしておくことに決めている。
「共有している相手とその記憶の中で話をしたという思いは残っているんですか?」
「ええ、残っています。残っているからこそ、共有しているという意識が生まれてくるからで、それがなければ、さすがに共有という意識は持てません。お互いに言葉にしたことが残っているんです。だから記憶だと思っているんですよ」
「というのは、共有したという意識を記憶の中で持っているというわけですか?」
「そういうことになりますね」
「じゃあ、あなたは記憶は共有できても、意識は共有できないと感じていると思っていいんでしょうか?」
「そうですね」
私は彼に詰め寄るような口調になった。
それを聞いていて彼は少し訝しそうになったのが分かったが、私としても自分の中に燻っていた意見があったのを思い出しかけているので、ここで彼への詰め寄りをやめようとは思わなかった。
私がムキになる時というのは、たいていの場合が、何かを忘れていて、それを思い出そうとしていることが多い。何かがきっかけになって、それまで感じたことのないような閃きが自分に迫っているという意識もあるが、どちらにしても、
――ここは譲れない――
という思いが強かった。
そんな時は相手に対しての圧力はすごいものだろう。中にはたじろいでしまって、何も喋れなくなってしまう人もいた。
――人と関わりたくない――
という気持ちがあり、ほとんどの時、自分が考えていることを表に出すことがないくせに急に自分から詰め寄るような言い方になるのだ。相手は溜まったものではないだろう。
彼は私の様子を見ながらたじろぐことはなかった。そのかわり訝しそうな表情になったのは、ある意味私にとってはありがたかった。たじろいでこられると自分が正気に戻った時にどんな会話をしていいのか分からない。それだけ気まずい雰囲気になってしまうのだろうが、相手に訝しがられる方が、会話は続いていくだろう。最初こそ険悪なムードかも知れないが、お互いに意見を出し合うことでスッキリできるのであれば、それはそれで正直な気持ちのぶつけ合いなので、気まずくなることはないと思っている。実際に今までにも険悪になったことはあったが、その人とはすぐに分かち合えることができ、人と関わりたくないと思っている私に、唯一話ができる人ができた瞬間だった。
その人は高校を卒業すると専門学校に入ったので、なかなかお互いに忙しく、最近では会うことも珍しくなっていた。しかし、気持ちは繋がっているという意識があることで、会えないとしても、別に寂しいと思うこともなかったのだ。
「ところで氷室君は、記憶の共有をしていると思っている人と面識はあるんですか?」
訝しい雰囲気ではあったが、私がそれを聞くと、氷室は表情を和らげて、すぐにさっきまでの顔に戻っていた。
「いいえ、面識はないですね。面識がないから、記憶が共有できるのではないかと思っているくらいです。面識があると、記憶を共有していたとしても、まさか知り合いの記憶と共有しているなどとは、なかなか思えるものではありませんからね」
と、少し余裕のある顔でそういった。
「そうですか。実は私はあなたと少し違った発想を持っているんですよ。いや、違ったというよりもある意味ニアミスなのかも知れないですね」
と私がいうと、
「どういうことですか?」
彼は、
――もう訝しい表情になることはないだろう――
と言わんばかりのその顔には、好奇心が溢れていた。
彼の顔で一番煌びやかな表情をする時は、
――この好奇心に溢れた表情なのだ――
ということを私はその時、初めて感じた。
私は少ししてやったりの表情をしていたかも知れない。
「あなたは記憶の共有をしているその人と、意識は共有していないと仰っているんですよね?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、私は逆なんですよ。私は他の人と意識の共有はしているけど、記憶の共有はしていないと思っているんです。だから、ニアミスだって言ったんですよ」
「なるほど。でも、それって誰もが感じていることなんじゃないかって思うんですが、違うんでしょうか?」
「そうかも知れませんが、私のは他人が感じている思いとはまったく違っていると思っています」
「それはどうしてですか?」
「もし、他の人も同じであっても、他の人はそのことを意識していないと思うんですよ。無意識にであっても、きっと誰も意識していないと思うんですよね。世の中には意識していないことでも無意識に意識していることが多いと思います。逆に無意識にでも意識していないことは結構レアなケースだと思うんですよ。だから、そういう意味でも最初からずっと意識している私と、無意識にでも意識していないだろうと思う他人とを一緒にしないでほしいと思っています」
「なるほどですね。それでさっきの質問の意味が分かりました」
「というと?」
「あなたは、僕に対して記憶の共有をしている人と面識があるのかって聞かれましたよね?」
「ええ」
「僕が面識がないというと、それが当然だとでもいうようなドヤ顔に見えたんですが違いますか? それはあなた自身が僕と正反対の感覚を持っていて、人との意識の共有なので、当然相手は顔見知りのはず。つまりは、正反対だということを、自分にも納得させたいし、僕とその点での意識を共有させたいと思っているわけですね」
「ええ、でも、この場合の意識の共有は、意図してのことなので、私が感じている人との意識の共有というのとは別物ですよ」
「それは分かっています。そうでないと僕の意見との正反対の発想ではなくなりますからね」
「ええ、そうです。あくまでもここにいる二人の間での意見の論争になっているので、お互いの発想が相手の意見を刺激しあうことが大切になってきますよね」
「その通りだと思います。僕もあなたとここで今日、こうやって意見を戦わせることになるなど、想像もしていませんでした」
その言葉を聞いて、私は少し呆然とした。
――私は、相手は特定できなかったけれど、今日誰かと意見を戦わせるような気がしていた。そして、相手も私と同じように、相手が誰かは分からないだろうが、意見を戦わせると感じていたはずだ――
と思っていた。
だから、私は人と意識の共有ができていたのではないかと思った。今日話をすることが予知できた時点で、ほとんど面識のなかった相手を前からずっと意見を戦わせていた相手だったかのように思う気持ち、それが私の中にあったのだ。
それと同時に私は高校時代まで一緒で、専門学校に行った意識を共有できていると思った友達。彼女のことを思い出していた。
ほとんどが読書に対しての自分の感想だったが、次第に私の中で、彼女の話が私とダブってきていることに気づいていた。そして、さらに親密になってくると、私に向けられていると思ったその気持ちが、実は自分の中にも向けられているのではないかと思わせたのだ。
そう思うことで私は、
――彼女とは、意識を共有することができる――
と感じるようになった。
ただ、感じるのは、その時の彼女の意識だけであって、過去に記憶された意識はすでに過去のものとして封印されていて、刻々と変わっていくであろう意識に取り残されないように必死について行ったような気がしていた。
必死についていくのだから、当然過去の記憶などに捉われるわけにはいかない。その思いが、
――意識は共有できるけど、記憶は共有できない――
と感じたのだ。
つまりは、記憶として格納される時、お互いの性格の違いが露呈する。それは当然のことであり、他の人が感じている意識とは、深さが違っているのだ。
もし、他の人は意識は共有できるが記憶は共有できないという思いを持っていたとしても、そこには深い意味はない。私のように、意識への思い入れが強すぎて記憶にまで気が回らないという発想を抱くことはないだろう。
それだけに、彼の意見は私にとって斬新で新鮮であった。しかもまったくの正反対の意見であるにも関わらず、私にはニアミスに感じられてしまう。まるでそばにあるのにまったく誰にも気づかれることのない路傍の石であったり、次元が違っていることで、姿すら見えないという異次元の発想に繋がっているような気がしているのはおかしなことなのだろうか。
――意識と記憶――
言葉のニュアンスは近いものがあるが、まったく別物である。しかし、それをニアミスのように思う私は、ひょっとすると氷室という後輩とこういう会話を近い将来することになるという意識をずっと持っていたかのように思えた。
「記憶や意識を共有するというのは、どちらかしかできないんでしょうね」
と私が言うと、
「その通りだと思います。だから、人と共有しているという意識がないのかも知れないですね」
「私は、普段から人と関わりたくないという思いをずっと持っていましたので、何かを他人と共有しているということに違和感を感じるんですよ。だから、意識の中だけで感じていると思っています。さっきの意見とは矛盾しているんですが、あなたとお話していると、なぜか矛盾も正当化されているように思えてならないんです」
「ひょっとすると先輩は僕の意識を介して、他の人と意識を共有できるのではないかと考えているんでしょうか?」
「あなたを介してというよりも、あなたの意見を自分の中で咀嚼しているうちに自分の意見として生まれてきたものだと言えるんだと思います」
「人と関わりたくないと思っている人でも、関わりたいと思える人もいるということですか?」
「そうかも知れません。特に自分の中で暖めてきた考え方を否定も肯定もせずに、お互いの意見を戦わせることのできる相手というのは、生きていく上で必要なんじゃないかって思うんですよ」
「もし、そんな相手がいなかったら?」
「その人は自分の中だけで結論付けることになるんでしょうね。でも、私はそれも一つの正解だって思うんです。自分の中にもう一つの仮想の自分を作り出すことができる人であれば、問題ないってですね」
「僕もそれは感じますが、でも、自分の中にもう一つの仮想の自分を作るということは誰にでもできることだと思っています。でも、人と関わるとそのことを意識しなくなり、頭の奥に封印してしまおうと無意識にしてしまうのではないかと思うんです。少し飛躍した考えではありますが、冷静に考えると、これも間違いではないと思いませんか?」
「そうですね。自分にその意見を納得させるのは、自分だけでは難しいですが、あなたから言われて、私も納得できるような気がします」
「あなたは、あくまでも人と関わることを自分の中の信念としているようですね」
「ええ、そうですね。だから、さっきの話題にも出た『他人との共有』という発想は、どこか違和感があるんです」
「じゃあ、他人の記憶が自分の中にあるという発想は?」
「その発想は否定できないんです。本当は自分の意識の中で否定しなければいけないと思いながらも否定できない考えなんですが、それでも新しい世界を考えた時に他にも創造してみた夢であったり、記憶喪失によるものであったりといういろいろな考えを複合することで、説明しようと自分に言い聞かせているのかも知れませんね」
「本当にそうでしょうか?」
彼は少し何かを考えて、自分に言い聞かせるように俯き加減で、私に対して話をしているようで実は自分に問いかけているようにも思えた。
「えっ?」
私は彼の言葉に驚いたというよりも、彼の挙動が自分の想像の域を超えていることが意外に思えたのだ。
「あなたは、やっぱり人と関わりを持ちたくないという思いが一番にあって、そこから考えが付随しているように思えるんです。だから話を聞いていて、分かりやすい部分と、分かりにくい部分がハッキリしていて、総合的には僕にとってあなたは、分かりやすい人という意識を持っているんです」
彼の言葉は難しく感じた。さっきまでの話は、
――私にしか理解できない話だわ――
と感じるほど、彼のことを分かっているつもりだったが、急に分からなくなった。話の内容が難しく、どう解釈していいのか分からなかった。
しかし、冷静に考えればすぐに分かることだった。
――私のことを直接口撃していることで、私は彼に対してひるんでしまっているのかも知れない――
と感じた。
少しの時間、何も答えられないでいると、彼も言葉をなくしてしまったかのように黙り込んだ。だが、その視線は私を見つめていて、決して何を口にしていいのか分からないから話をしないのではないということは分かった気がした。
静寂を破ったのは彼だった。
「あなたは、『新しい世界』という発想を持っているんでしょうね。それは僕たちが創造している世界とは別の世界で、誰も考えたこともない世界を自分の中に作り出そうという発想からスタートしているんでしょうね」
「ええ、自分でもそう思っています」
「あなたはそれを当たり前のように思っているけど、僕は少し違います。世の中に存在している世界。これは今まで誰も見たことのない世界であっても同じなんですが、創造神のようなものがあって、その神がそれぞれの世界を作り出したというイメージを持っています。それは神話の世界であり、神話の世界は宗教に深く結びついている。僕たちはそれを普通のことのように意識の中で感じているんですが、あなたはそうではない。創造神というものを信じているかどうかは分かりませんが、新しい世界というのは、自分の意識が作り出したものなんだって思っていると感じています」
「まさしくその通りですね。あなたや他の人の感じている世界というのを、私は信じてはいるんですが、それは私が考える新しい世界とは別物なんです。他の人が作り出したもので、それが漠然としたものであれば、私はそれを新しいものだして認めたくはないと思っています。しかも、私はその世界に行ったことがあると思っています。記憶には残ってはいないんですけどね。だから、誰にも話せないし、話してしまうと、行ったという事実すら自分の意識の中から消えてしまいそうで、それが怖いです」
「そして、あなたはそのことを、自分だけのことだと思っていなかったんでしょう?」
「ええ、自分だけではなく、他の人も自覚していることだって思っていました。誰もそのことを口にすることはない。だから、口にしてしまうと、自分の存在まで消えてしまうのではないかなどと、子供の頃に感じたほどだったんです」
「先輩は、子供の頃からこの考えを持っていたんですか?」
彼の表情はまたしても訝しそうに見えたが、私が子供の頃に感じたということに対して、かなり驚いているようだった。
「ええ、小学生の頃からだったでしょうか? 人と関わりたくないという意識を持ち始めた頃とあまり時期的に変わっていないように思っています」
彼はまた考え込んでいた。
「なるほど、あなたが人と関わりたくないという意識を持ったのは、新しい世界を自分の世界として納得させようという思いの表れだったのかも知れませんね」
「そうかも知れません」
私は続けた。
「私は新しい世界に行ってきたという意識を持っているんです」
彼は一瞬、考え込んだが、
「それは意識なんですか?」
「ええ、意識です」
「子供の頃に感じたことであれば、かなり昔のことのはずだから、意識ではなく記憶ではないかと思うんですが?」
「ええ、もし、それを記憶として感じてしまうと、今度は記憶として封印されてしまうのが怖かったんです。記憶には封印が存在しますが、意識には記憶へ移行することはあっても、封印されることはないと思うからですね」
「ずっと頭のどこかで考えていたかったということですか?」
「ええ、考え続けることはなかなか難しいですが、意識し続けるというのは、そこまで難しいものではないです。でも、あまり意識し続けすぎて、頭がオーバーヒートを起こしてしまうと、今度は、記憶を通り越して、封印から目覚めることのない記憶喪失に陥ってしまいかねないとも思っているんです。だから、普段はあまり意識しないようにしてきたんですが、話をする相手がいると、意識し続けることも難しくはないと思えるようになりました」
「そうなんですね」
「ええ、私は自分の作った新しい世界には時系列や、スペース、そして、新しい世界を動かそうとする力は存在しないのではないかと思っています。だからこの世界はあくまでも自分だけの世界であり、人が関わることはないと思っています」
「でも、新しい世界が意識されたものであるとすれば、僕は輪廻のようなものを感じます」
「どういうことですか? 輪廻というと繰り返しているということですよね。それは自分の前世や後世で関わってくるということでしょうか?」
「違います。あくまでもあなたの一生の中で輪廻しているということです。現実世界で生きている場合は、言葉通りの『一つの人生』、つまり『一生』なんでしょうが、自分の作りだした世界は、一つとは限りません。あなたのいうように、時系列やスペース、動かそうとする力は存在しないと考えると、同じタイミングで新しい世界が重複することはないと思えます」
「そうですね。だから皆新しい世界に行くことができても、記憶の中にも意識の中にも存在しないのだから、誰かに言われるのではなく、自力でこの世界を創造することができない限り、もし存在していても、何も残らないんです」
「では、もしその世界の記憶が残っている人がいるとすればどうですか? あなたには信じられることですか?」
と彼が私に訊ねた。
私はここでは自分の意見をいうことはできるが、答えを出すことはできないと思うのだった。
「私には信じられません。私のように意識をしている人間でも、新しい世界から戻ってきたという意識が残っているだけで、向こうの世界の意識や記憶はまったくない。戻ってくる時に消されたのか、それとも、自分がわざと記憶を残さないようにしているのか、分からなかったです」
「それはきっと、あなたが新しい世界を繰り返しているからですよ。それは輪廻のようなもので、時系列が存在しないので、同じところを何度も繰り返している。だから戻ってきてから意識がないんですよ。同じことを繰り返しているという意識は、あなたにとって認めることのできない事実なんじゃないかって思ったんです」
「あなたは、記憶があるんでしょう?」
「ええ、おぼろげではありますが、記憶があります。何度も同じ発想を頭に抱いて、気がつけば抜けることのできない底なし沼に足を取られていたかのようにも思えました」
「底なし沼ですか?」
「ええ、でも、抜けることのできないものに対して無駄な抵抗を僕はしませんでした。したって結局飲み込まれるんだって、妙に冷静でしたからね。その時に初めて『死』というものを真剣に意識した気がします」
「どのように感じたんですか?」
「僕は、死んだらどうなるという発想よりも、死ぬということに恐怖を覚えました。まず考えたのは、『苦しいんだろうな』、『痛い思いはしたくない』という思いでした。これは誰でも同じことであって、本当ならその次に感じるのは、『死んだらどうなる?』ということでしょうね。でも、苦しみや痛みを想像している間に死を迎えてしまい、決して死んだらどうなるという発想に行き着くことはないんです。そう思うことで、僕は現実世界に引き戻されて、『生きていてよかった』と感じるんです」
「皆そうなのかも知れませんね。私もきっとそう思うに違いないと感じました」
「でもね。生きていてよかったと思うのは、まだまだその時、死を意識していたというのを引き戻された時は覚えているんです。でもそのうちに忘れてくるようになる。この現象って夢から覚める時と同じだとは思いませんか?」
「ええ、そうですね」
「だから、意識の中では、『夢を見ていたんだ』って感じるんですよ。新しい世界を夢の世界だとして片付けてしまう。意識していたことが記憶となって封印されたと思ったとしても無理もないことですよね」
「違うんですか?」
「ええ、この思いは記憶の奥には入りません。だから、封印されることもないんですよ。新しい世界に行ったという意識もなく、結局は記憶にも意識にも残っていない。残っているとすれば、頭の中にある本能にだけかも知れません」
「本能って、頭の中にあるんですか?」
「本能というのは、身体のいたるところに無数に存在していると思います。だから頭の中にあっても不思議はないんだけど、記憶や意識を格納するという特殊な感情ではありません。つまりは、意識しない限り、表には出てこないということです」
「でも、本能というのは、意識の外にあって、無意識の中で起こることではないんですか?」
「それは無意識を意識とは正反対のもので、意識と隔絶している思いがあるからです。ここでいう無意識というのは、決して意識の外にあるものでありません。むしと、無意識は意識の中の一種だと考えることができるような気がします」
「今のお話を聞いていると、まるで本能と意識は切り離せないもののように聞こえてくるんですが?」
「ええ、その通りです。本能は意識の上に成り立っているものだって、僕は思っています。なぜなら、誰もが本能を持っていて、記憶をなくしても、本能が生きているので、普通に生きていくことも可能でしょう。記憶がなくても、本能という意識があることで、その人にとっての新しい世界が開けていくんですよ」
「じゃあ、新しい世界を意識できる人は、本能をずっと意識している人だっていうこともできますよね」
「ええ、その通りです。新しい世界も本能とは切り離せない世界なんですよ」
「そうなんですね」
私はまた少し考えた。
「でも、どうしてそんなに苦しいことばかりなんですか?」
と私がいうと、
「それは夢に似ているところがあると思うんですが、あなたは夢から覚めて覚えているt夢というのは、どういう夢ですか?」
急に夢の話に変わってしまった。
私は、夢の世界の話と、彼が言っている前世の話とは切り離して話をしていたつもりだ。それは彼自身が切り離して話をしているからで、私との意見の一致から、否定をすることはなかった。
しかし、今なぜここで夢の話になったのだろうか? 私には少し腑に落ちない感覚だった。
私はここまで来て、話に駆け引きを混ぜる気持ちにはなれなかった。素直に答えることがお互いの意見を融合させて、真理に近づくのではないかと思ったからだ。
「私が夢を覚えている時というのは、怖い夢を見た時がほとんどですね。あなたが今それを聞くということは、あなたも同じということでしょうか?」
「ええ、なかなかこんな話をできる人というのはいないもので、親友でも相手の性格によっては、冷めた目で見られることもあるでしょう。特に親友にそんな目で見られたとすれば、二度とこの話題を出すことはない。他の人に対しても同じことで、自分の中で封印してしまうことになるでしょう」
「人に話せないことの中には、相手にされないと思うこともあるでしょうけど、それはあまりにも突飛な発想で、相手がついてこれない場合なんですよね。そんな時、えてして話している本人は悦に入っていて、相手を置き去りにすることが優越感だと思ってしまう人もいると思います。相手を置き去りにしたことを後悔する人もいれば、優越感の興奮に目覚めてしまう人もいます。人それぞれなんでしょうが、私は優越感に溺れてしまう人のほうが圧倒的に多いように思っています」
「それはきっと、自分が優越感に目覚めているからで、自分が相手の身になって考えた時、共感できるものがあるからなんでしょうね」
「確かにそうかも知れません。私は気がつけば相手の身になって考えていることが多く、それを自覚もしています」
「少しきついことをいうようですが、相手の身になって考える人というのは、優越感に溺れやすいと思います。だから今の先輩の話も、本当は逆で、優越感が先にきているんではないでしょうか? 相手の身になって考えるというのは、相手のためなんかではなく、あくまでも自分の優越感を満たしたいからだと思えてならないんですよ」
ここまで直球で言われると、本来なら、顔から火が出るほどに恥ずかしい思いをするはずなのに、彼から言われると、そこまで恥ずかしいとは思わない。
彼には自分の気持ちを見透かされているという意識があるからなのかも知れないが、彼と話をしていると、自分の中でだんだん感覚がマヒしてくるような気がしてくる。似たような思いは、今に始まったことではなく、以前から感じていたような気がする。自虐もなければ反省もない。恥ずかしさもなければ、後ろめたさもない。この感覚は右から入って左に抜けてしまったような感じであった。
――何かを考えることは、自分に対しての言い訳になるだけだわ――
と考えたからだった。
本当は自分に対しての言い訳を嫌っているわけではない。言い訳をできるだけの理論的な考えが存在していれば、それはもはや言い訳ではないと思っているからだ。
つまりは自分を納得させることができれば、それは言い訳ではない。他の人が見て言い訳だと思ったとしても、それは他人の意見であって、鵜呑みにする必要などない。
私が人と関わりを持ちたくないと思った理由の中に、
――まわりの人は自分よりも優秀なんだ――
という思いがあったからだ。
まわりがいうことはすべてが正しい。自分にいくら言い聞かせても、それはすべてが言い訳でしかないと思うようになると、自分自身で自分を引き篭もりにしてしまう。
それが私の中学、高校時代だった。
その間に、いろいろなことを考えていた。人の意見が一切関わっていないので、偏った考えではあったが、たくさんの人の意見が混同しているわけではないので、理屈としては筋が通っている。
いろいろなことをまわりの人に相談する人は、まず相手が一人ということはない。よほど気が置ける相手で、信用でもしていない限り、普通であれば、たくさんの人の意見を参考にして自分の意見を組み立てようとするだろう。
だから、なるべく自分と気が合う人の意見を参考にしようとする。
それは間違っていないのだが、どうしても自分に近い人ばかりを参考にしようと思うと、人それぞれに性格も違えば意見も違っているだろうという当たり前のことを忘れがちになってしまう。だから、それぞれに違った意見を言っているのに、同じような意見だと錯覚してしまうだろう。
元々意見が違うのに、それを強引に同じなのだと考えようとすると、まとまる思いはまとまらず、それどころか、永遠に交わることのない平行線を描くことになるのだ。
それをその人は、
「考えがもう一度、一周して同じところに戻ってきた」
と思うことだろう。
しかし、一周しているわけではなく、最初からその場所を動いていないだけなのだ。そのことを誰が分かるというのか、本人が分からなければ、誰も分かるはずもないのだ。
私は自分の意見を人に押し付けることも、人から押し付けられることも一番嫌いだった。それが両親に対して感じた思いであり、
――いくら親だからと言って、人に自分の意見を押し付けてはいけない――
と思うようになった。
「何言ってるの。あなたは私の娘。他人なんかじゃないじゃない」
と言うだろう。
しかし、個人の考え方という意味では、いくら肉親でも他人である。
「血が繋がっているのよ」
いわゆる遺伝子が親から子供への考え方を遺伝させているのだとすれば、それは何も言わずともちゃんと遺伝しているはずである。それをこれ見よがしに、親としての意見を子供に押し付けられたのであれば、それはただの押し付けにしかならない。特に血が繋がっているのだから、誰よりも相手の気持ちや考え方が分かるのだとすれば、わざとやっていることを億劫に感じることだろう。
言葉では、
「私はあなたの親だから、あなたのことは一番分かっている」
と言っているが、何も言わずとも分かるであろうことを、わざわざ口にして億劫に思われるのであれば、そこには反発しかない。
私はその反発を親にも分かってほしいと思ったが、親の立場になってしまうと、それも無理なことなのだろう。そういう意味では、
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「前世を僕が知っている気がすると言ったでしょう? でも、それは誰の前世なのかって分からないんですよ」
「それはあなたの前世ではないんですか?」
「僕は最初、そうだと思っていたんだけど、最近では違うかも知れないと思うようになったんだ。やはり、夢であったり、記憶喪失によるものであったり、他人との意識や記憶の共有を考えていくと、だんだんと自分の前世なのかどうか分からなくなったんだ」
「それは不思議な感覚ですね」
「ええ、でも、分からなくなったことに疑問を感じるということはないんですよ。それよりも、どうしてそれが前世なのかという意識を持っているかという方が気になるところではありますね」
「確かにそうですよね。何かの確証がなければ、夢だったり、失っているかも知れない記憶だったり、誰かと共有しているものだったりしているのかも知れないからですね」
「でも、僕の中では前世という意識が一番しっくりくるんですよ。でも、さっき先輩の話を聞いていて、先輩のいう『新しい世界』という概念が、この世界を前世とは違ったものとして再度考えることができるのではないかと思うようにもなりました」
「どうしてですか?」
「私が考えている前世というのは、元々、同じ感覚を何度も繰り返しているので、記憶や意識がないまま、次の世代に受け継がれているものを、何か特別な状態から、覚えてしまっていたのだって考えました。でも、さっきの話の中で、あなたの創造した『新しい世界』は、一生の中で何度も繰り返しているという意見を聞いた時、僕は前世の存在の有無を別にして、『新しい世界』の存在をこの僕が僕なりに証明したのではないかと思ったんです」
彼の意見は、突飛ではあるが、自然な感じがした。私の中で納得できたのかどうか分からないが、彼が納得しているということは分かった。その上で、私が彼の話に引き込まれていくことに快感を感じていた。
――なんて気持ちいいのかしら?
快感というと、外部から自分の敏感な部分を刺激されたり、甘い言葉を掛けられたり、心と身体が一緒に悦びを感じることで発散される自分の中にあるホルモンのようなものだと思っている。
私は、二十二歳になった今では処女ではない。ここで相手が誰だったのかという野暮なことを口にすることは控えるが、最初に感じた快感が、次第に自分の中で変わってくるのを感じていた。
「快感って、成長するものなんだろうね」
相手の男性がそんなことを口にしたのは、きっと私の反応が最初に比べて変わってきたからだろう。
後にも先にも彼と一緒にいて、これ以上の恥ずかしい思いはなかった。それは自分も気づいていなかったことを相手に指摘されたからだ。それ以外のことは、言葉に出されても想定内のことであり、恥ずかしさはさほど感じなかった。初めて感じた恥じらいに、私は本当の快感をその時に感じたのだと思っていたのだ。
初めての相手の愛撫はしなやかだった。彼の指は私の敏感な部分をどうして知っているのか、ピンポイントで私の中から、まるで幽体離脱のような快感を与えてくれる。
「初めての相手があなたでよかった」
と、私は次第に彼に溺れていくのを感じた。
「君にとっての僕は、僕にとっての君と同じさ」
その言葉を聞いて、
――私以外の女性なら、彼の言葉の意味を分かるはずなどないんだわ――
と感じ、彼が自分にとっての運命の相手であると私は確信していた。
しかも、彼は私の身体だけではなく心までも満足させてくれる。
――エクスタシーって、こういうことを言うんだわ――
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――意外と私のような女の方が、記憶に残っているのかも知れないわね――
と、勝手な想像をしてみたが、氷室と話をしていて、まさかその時のことを思い出すなど思ってもみなかった。
――しかも、快感という意識からだなんて――
と、思わず恥じらいを感じたが、それも一瞬のことで、すぐに恥じらいは抜けていた。氷室はその時、私に何を感じたのだろうか?
私は少し考える時間を求めた。コーヒーを飲みながらいろいろ考えていると、少し自分の考えが纏まってくるのが分かった。
「私は、やっぱり新しい世界を生きていたいと思っています」
「それはどういうことですか?」
「あなたは、自分の前世を覚えているという話をしていましたが、それは今とはまったく違った人格なんですよね?」
「ええ、そうです。そして、僕が人間から人間に生まれ変わることができたことで、自分の前世を覚えているんだと思っています。もし、前世が人間でなければ、前世の記憶なんかないと思いますからね」
私は、その意見には反対だった。
「そうでしょうか? 私は覚えているんだって思います。もし前世が人間でなかったとしても、意識はあったはずです。たとえば路傍の石でもそうだと思います。人に踏まれたり蹴られたりしたとしても、その意識はあったと思うんです。ただ、それを記憶が無理にでも封印しているだけなんじゃないでしょうか? それに同じ人間が前世だったと思っている人もたくさんいると思います。誰もそのことを口にしないのは、どうせ誰も信じてはくれないという思いから口にしないんでしょう。皆、バカにされたくはないですからね」
自分がその人のまわりにいる立場であれば、いきなり前世の話などされると、バカにしたくなるのも無理もないと思っている。今は自分が新しい世界を創造しているのでバカにする気にはならないだけで、それだけに余計に、バカにされてしまうという意識が強くなっていた。
「あなたの新しい世界というのは。また違うんですか?」
「ええ、違います。世の中の人は私と同じような新しい世界を創造できる人か、前世を意識している人しかいないと思っています。ただ、ほとんどの人が無意識で、誰かに話題を振られないと、誰も自分が意識していることに気づくことはないんだろうと思っているんですよ」
「それは斬新な考えですね」
「はい。私もそう思います。そう思いますが、私としてはしっくりくるんですよ。私は物忘れという現象や、夢から目が覚める時に、誰もがその夢を忘れてしまうという現象に着目してみたんです。つまり忘れるということは、覚えていたくないからではなく、何かの力に支配されてのことではないかと思うんです」
「そこに前世と新しい世界が絡んでいると?」
「ええ、前世の場合は、生まれ変わると、記憶だけは残っているけど、まったく違った性格の人間になっていると思っています。もちろん、記憶は封印されているので、誰も意識できるはずなどないのでしょうが、新しい世界の場合は、生まれ変わっても意識は残っているし、同じ人間であるということなんです。つまり、自分が一度死んで、もう一度違う世界で生まれ変わるということですね。まったく同じ人間ではあるけれど、環境が違っているので、記憶も意識もまったく受け継がれない。それが『生まれ変わり』という新しい世界になるんです」
「難しい……」
「私は過去の記憶が曖昧な気がしています。でも、前世からの人間は、過去の記憶はウソなのではないかと思うんですよ」
「えっ、じゃあ前世として残っているはずの記憶はウソだと言われるんですか?」
「ええ、だから思い出すことができない。でも、同じようなことが過去にはあったと感じるいわゆるデジャブという現象は、自分の中に残っている『ウソの過去』を自分の中で正当化しようとする思いがもたらしたものではないかと思うんです」
「確かにデジャブというのは、過去の記憶の辻褄を合わせるものだという研究理論を何かの本で読んだことがあります。もしその理論が正しいとすれば、あなたの考えは理にかなっているわけですね」
「そうなりますね。でも私のような新しい世界の人間にはデジャブは存在しないんですよ。ウソの記憶ではなく、曖昧な記憶なので、辻褄を合わせる必要はないんです。放っておけばそのうちに辻褄は合ってくるもので、下手に合わせようとすると、おかしなことになりかねませんからね」
私は、どうして急にこんなに理解できたのか分からなかった。何かが急に頭の中に降臨してきたのかも知れない。それが正しいのかどうか、自分でも分からない。ただ、私の中で燻っていた何かを、今日、ここで氷室と話をすることで、覚醒したのではないかと思えたのだ。
私は続けた。
「私は、新しい世界を何度も経験しているような気がするんです。そして、そのうちに元に戻るような気がする。それこそ輪廻と言えるのではないでしょうか?」
「でも、元ってどこなんです?」
「それは難しい発想ですよね。『ニワトリが先かタマゴガ先か』と言っているのと同じだからですね。でも、私は必ず元はどこかにあると思うんです。そうでなければ底なし沼のようなものですよね。底もないのに、どうして沼が存在するのか? という発想ですよ。もちろん、底なし沼などというのは、ただの言葉のあやなんでしょうけどね」
「僕はその話を聞いて、バイオリズムのような発想を感じましたね。心電図のようなカーブを描きながら、三本の線が一箇所で点になるのを見ることができる。そんなイメージが僕の頭の中にあります」
「ということは、この世界と前世という概念、そして私が考える新しい世界という概念の三つが存在し、それぞれ同じようなカーブを描きながら、ある時一つの点になる。それが今だというわけですか?」
「そうかも知れません。でも、それは一つのパターンであって、人それぞれにパターンが微妙に違っていれば、いくつものカーブが存在する。その中でいつ三つが点になるかということですよね。私はでも、それを奇跡のように感じています。つまりは、それぞれの線を描く人が自分のことを理解していて、もう一人の存在を分かっていて、こうやって意見を戦わせることができて、初めて点が形になると思っています」
「じゃあ、今は点として一つになっているんだけど、次の時間には、もう一度三人は分裂して、それぞれの道を行くことになるんでしょうね」
「そうかも知れません。その時に私はあなたへの意識が残っているのか、あなたの中に私への意識が残っているのか、これって別れよりも辛いことだと思えてなりません。『夢なら覚めないでくれ』ってよく言いますよね。まさしくその心境なんです」
私は自分が今彼と話をしている間に感じたことを思い出していた。
――忘れたくない――
この思いは彼も同じかも知れない。
しかし、そう思っていればいるほど、意識は記憶に吸い込まれる。私の中で、
――また会いたい――
この思いが強く残っている。私が繰り返している新しい世界にも彼という人間はいる。
しかし、彼ではないのだ。彼は前世から後世へと移っていく人間、私のように繰り返しているわけではない。
――本当に新しい世界と、前世、現世、後世を繋ぐ世界とでは、まったく違っているのだろうか?
私は、子供の頃の記憶が、またしても曖昧になっていくのを感じていた……。
( 完 )
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