プライド・オブ・ディスティニー

朝日 翔龍

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プロローグ 僕の居場所

第1話 目覚め

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 目を開けると、辺り一面真っ白な空間にいた。どこを見渡しても白い世界。何にもない、誰もいない。視界の端から端まで、ただ白だけの空間に、僕はポツンと立っていた。
 さっきまでこんな場所にいなかった。それだけは覚えているけど、どこにいたのか思い出そうとしても、この場所と同じように白いモヤがかかって思い出せない。

『おや、お客さんかな?』

 どこかから落ち着いた男の声がする。だけど、どこを見渡しても人間なんていない。

 ――あちこち見渡して正面を見つめ直すと、白い毛を持つライオンのような人間がいた。

「うえっ、獣人ってやつ……?」
「……なるほど。迷いを持って命を捨てたのですね。では新しい人生をお渡ししましょう」

 その男は、僕の前に眠っている茶髪の青年を見せた。まるで死んでいるかのようにピクリとも動かない。

「この青年は、たった今眠ったまま死にました。これからあなたには、この青年の中で生きてもらいます」
「え、ちょっと待って! いきなりそんなこと言われても、何が何だか……」

 まず何がどうなってここにいるのか。それでここはどこなのか。なぜ僕はこんな場所にいるのか。色々と聞きたいことが山積みだ。
 そう思って僕はそう尋ねたら、獣人は眉間にシワを寄せた。

「……まあ、話しても良いでしょう。この体に入れば、全て忘れて、この体が持つ記憶に同化されるのだから」

 それって、僕がどんな答えを聞いても忘れてしまうってことか……。なら聞く必要もないだろう。それに、もしかしたらこれは夢かもしれない。
 なら、聞く価値もないかもしれない。

「いや、やめておく」
「そうですか。では、あなたに新しい人生を……」

 僕は青年の中へと引きずり込まれていく。最後に見た獣人の顔は、どこか笑っているような気がした――

 ※※※※※※

「わッ⁉︎」

 布団を吹き飛ばすくらいの勢いでガバッと起き上がる。
 朝の光が漏れ出る窓。小鳥の声が聞こえる。

「……やっぱり夢、だよね。ハァ~、変な夢。顔でも洗って気分転換しよ」

 自室を出ると、なぜか違和感を覚えた。
 たしかに今まで見覚えのある廊下で、まっすぐ行けば外につながる玄関がある。
 今まで過ごしてきた、大学寮の一室の当たり前の光景なのに、なんで違和感なんて覚えたんだろう。きっとあの変な夢のせいだな。

「とりあえず洗面所……」

 廊下の途中で曲がると洗面所。鏡に向き合うと、夢で出てきた茶髪の青年が映っている。

「えっ⁉︎」

 ――なぜ、驚く必要があるのだろう。

「……って、僕に決まってるじゃん」

 あの夢があまりにリアルで、変に寝ぼけているんだろう。さっさと冷たい水を浴びて忘れてしまおう。
 とりあえず自分の名前でも叫んで平常心を保とうかな。

「ふぅ~…名前、フラット・クラリオ! よし、やっぱり変な夢見たからだね」
『おはよ~……』

 僕の真後ろに、幼馴染の虎獣人と人間のハーフであるナックルさんが寝ぼけ眼で立っていた。

「あ、おはよう。今日は早起きだね」

 いつもなら僕が起床した時間はぐっすり寝ているのに、今日は珍しいな。

「あ? 何言ってんだ、今日は大学だろうが」
「え……」

 言われてみれば、今日は講義を入れていたような。しかも、ナックルさんのスケジュールを組んでいるのも僕のはずなのに、なんで忘れていたんだろう。

「アッハハ、ごめんごめん。つい忘れちゃってた」
「またかよ? お前、そろそろ物覚えよくしねぇとボケちまうぜ?」

 うっ、たしかにナックルさんの言ってる通りだ。こんなに物忘れが激しいのは良くないよなぁ。

「とりあえず飯だ飯、あるんだろ?」
「うん、昨日のカレー残ってるから温めてくるよ」

 1日寝かせたカレーは美味しいって言うし。きっとナックルさんが大泣きするくらい美味しいこと間違いなしだな。
 たしか、まだ鍋の半分以上は残って……?

「……へ? か、空……?」

 まさかの鍋は空っぽ。それどころか、カレーが入っていた痕跡さえ残っていない。カレーらしき匂いもなく、逆に洗剤の匂いがする。

「あっ! 悪りぃ、夜中に落っことしてな、それで、そのだなぁ……」
「要するに、こぼして洗ってくれたってわけ……」

 僕はため息をついて、どうしたものかと考える。
 冷蔵庫の中には卵とかソーセージとかの、朝食になるようなものがない。

「……仕方ない、使うかぁ」

 僕はまだ洗っていない、カレーが入っていたお皿を手に持つ。

「……細胞増殖」

 皿に残された、カレーのルーや具材、白米の細胞を増殖させる。そうすることで、カレーが完成する。
 これが僕の持つ特殊能力だ。ナックルさんも肉体強化の特殊能力持ってる。

「……これよ、一応聞くが味あるのか?」
「もちろん、味まではどうしようもないから……はいこれ」

 ふりかけかければ、朝ごはんにはなるでしょ。ベチョベチョしてるし、おかゆにふりかけかけたと思えば別に普通――

「ブフゥ⁉︎」

 だ、だめだこりゃ! 味じゃない、食感がとにかくアウトだ!

「当たり前だろうが。ってヤバいじゃねぇか! 遅刻しちまうぞ⁉︎」
「へ……ヤバぁ⁉︎」

 ブレスレット型の電子機器、ブレスマキナから立体映像を表示させると、現在時刻が8時7分であることを表示させた。
 いつも講義が始まる5分前に講義室に入るというギリギリの時間のバス。その発車時間まで残り10分もない。

「ちょっ、どうしよう⁉︎ 今から着替えて出たとしたら、全然間に合わないよ⁉︎」
「こういうときこその俺の能力だぜ! 脚力強化で行けば大丈夫だろ!」
「え……」

 正直、心強いけれどそれ以上に不安のほうが大きかった。ナックルさんは焦れば焦るほど周りが見えなくなる。
 そんなナックルさんが、朝の街を暴馬のように走り抜けたりしたら、絶対怪我人が出る。こうなったら――

『キャアァァァ⁉︎』
『ウワァァァ⁉︎』

 突然、外からたくさんの悲鳴が聞こえた。かなり近く、おそらく寮の目の前と言ってもいいくらいだ。

「……いい言い訳、できたんじゃねぇか?」
「だね」

 僕たちはこの悲鳴にも慣れてしまった。
 それどころか、その悲鳴の先と向き合うことにさえも。

 外に出るなり、巨大なウサギみたいな、ドス黒いオーラを纏わせる何かが人を襲っている。
 触手へと変化している足で人を捕まえては体内へと吸収していく。

「……アリジゴク、か」
「うん……」

 動物や植物に寄生して、バケモノへと変貌させてしまう。その寄生虫を、見た目がそっくりなことから通称アリジゴクと呼んでいる。
 最初こそ動植物の本能通りのものを栄養としてくれるが、寄生の進行具合が進むと無差別に何でもかんでも食べるようになる。

「……俺がやるからよ。中継、任せてもいいか?」
「分かった!」

 そんなアリジゴクを倒せる存在は、僕のすぐそばにいる。ファイターと呼ばれ、アリジゴクとほぼ対等に戦える存在が。
 そう、ナックルさんだ。

「えっと……」

 ブレスマキナから映し出される動画配信アプリ。今は僕のアカウントだけれど、ナックルさんのアカウントに変更しないと意味がない。

「よし、変更完了! ナックルさん、いつでもいけるよ!」

 まだ中継を始めたばかりなのに、もう50人もの視聴者がついていた。流石はアマチュアファイター、注目の的になっているだけある。

「フラット! 俺の勇姿、しかと映してくれよ!」
「うん! ん……? ちょ、僕の名前は出さないでよ!」

 僕はナックルさんと違ってファイターでもない、ただの大学生。今は近くにカメラがないから、こうやってやるしかないけれど。

「おっと、悪りぃ。そんじゃあ、行くぜ! 解放!」

 立体映像に、赤いマントを羽織らせる黄金の鎧が映り出す。それは眩い光を放ち、ナックルさんを包んでいく。
 やがて、立体映像には何もなくなり、そこにあったはずの黄金の鎧がナックルさんの全身を覆っていた。

「行くぜ! 野郎ども、このフルパワー・ナックラーにしっかりついてこいよ!」

 カメラを前にすると、なぜか急に不良っぽくなっちゃうんだよなぁ。まあ、それもあいまって今有名になれたわけだし……。

「ドウリャアァァ!」

 だけど。そんなナックルさんが、カッコいいって思えてるはずなのに。あんなふうに僕もなってみたいって思っているのに。

「……なんで、僕は……」

 思い出したくない過去が、僕の脳裏を焼き付けていく。
 数えきれないほどのアリジゴクが人々を襲い、僕の故郷を灰さえ残らずほどに燃やし尽くされた、あの光景を。

「……答えは、出てるはずなのに……」

 僕の声なんて、きっとカメラの向こうの人たちには聞こえてないだろう。あんなに遠い背中に憧れて、熱中して。僕だって同じだ。自分の声さえ聞こえないくらい、ナックルさんに救われてきたのは事実だ。

「……守られてばっかり」
『……い! おい! フラット!』

 つい昔にふけてたせいで、ナックルさんの必死の叫びに気付いていなかった。正面を見ると、僕に気付いたアリジゴクの触手が近づいてきていた。

「……ハァ……」

 僕はため息をつく。戦いたく、ないのに。

「……これでいい?」

 本気で戦いたくないから、僕は触手話形成している細胞を狂わせた。ねじらせたり、破壊したり、凸凹にしたり。目に見えないくらいに小さくても、少しでも狂った細胞は全てを狂わせる。
 だから、僕に近づいていたはずの触手は千切れてドサっと地面に落ちる。

 ――望んで手に入れた力じゃないのに。この力で、救えなかった命があったのに。

「ふぅ……」
「……とにかく、そろそろ終わらせるか。フラット、今いくつある?」

 この戦闘を視聴している人たちの熱い思いが、数値になって現れる支援力。それを使えば、ただの殴り合いよりもより強力なスキルを使えるようになる。

「3万くらい!」
「なら必殺スキルの出番だな!」

 ナックルさんが今あるだけの支援力を消費して、ただでさえ黄金の鎧で眩しい全身に黄金の光を纏わせる。
 肉体強化以上の能力が、視聴者の熱い思いによって解放される。

「行くぜ! 『猛攻・光纏こうてんタックル』!」

 その光を体内へと取り入れ、普段の肉体強化よりもはるかに強化されたナックルさんの全力突進。
 再生した触手が伸びてきても、鮮やかな身のこなしでかわし続け、アリジゴクへと距離を縮めていく。

「これで、トドメだぜェェェェ!」

 アリジゴクに寄生されたウサギの口から尻まで、ナックルさんは突進で貫いた。真っ二つに割れたその体の中心に、ドス黒いオーラの源であるアリジゴクが逃げ出そうと蠢いていた。

「チッ、仕留め損ねた!」

 アリジゴク本体を倒さなければ、意味がない。結局は、ウサギはただ体内へと動植物を体内に取り込んだだけ。それらを食べるのは、ほかでもないアリジゴク。
 消化される前に、倒さなきゃ!

 ――そうは思っても、やっぱり燃えていく故郷の景色が、前へ進もうとする僕の足の邪魔をする。

「うっ! ヤベェ、体、イテェ……!」

 ナックルさんは自分の体では耐えられないほどの力を使ったせいで体を痛めてしまっている。
 これじゃあ、あのときと同じだ。それは、分かっているのに、どうして進めないんだ⁉︎

『待たせたな! ロアリング・プライド、推参!』

 太陽を背に、上空から黒毛のオオカミ型の獣人がスタッと飛び降りてきた。
 楽しそうな笑顔、しっかりと胸を張っているその姿勢。間違いない、ナックルさんとは違う、プロファイターのロアリング・プライドだ。

「えっ……ほ、本物かよ……?」
「後で話があるから、来てくれるかな?」

 笑顔でそう聞いてくるロアリング。僕とナックルさんは目を合わせて、1つ頷いた。

「「はい!」」
「オッケー。それじゃあ、今日のところは俺様が頂く!」

 ロアリングが手をパァンと気持ちいい音で叩くと、突如として周りの木々から葉が刃のようにアリジゴクへと刺さっていく。
 次々と葉の刃に体を貫かれ、やがてアリジゴクはピクリとも動かなくなった。

「あとは、コイツを処理しなきゃな」

 それをロアリングは掴み上げ、胴体を爪で引きちぎる。その中には、紫色の球体があった。

「コイツを割れば、解決だ!」

 それを取り出すなり、地べたへと思い切り叩きつける。割れた球体から、白色の光が次から次へとと放出されていく。
 その光が形成したのは、ウサギに取り込まれていたはずの人たちだった。

「これって……?」
「それじゃあ、さっきの約束通り少し来てもらおうか。特に、キミ。アマチュアにしてはすごい活躍だった。是非ともスカウトしたくてね」

 ロアリングが話したいこと。それは、ナックルさんのスカウトだった。
 長い付き合いの僕からしても、喜ばしいことだった。ナックルさんこそ、ファイターになってほしい。ずっと、そう思ってきたから。

 ――だけど。余計に遠くなっちゃったな、ナックルさんとの距離。前までは少し頑張るだけで追いつけそうな距離だったのに。今じゃ、頑張る以上のことをしないと追いつけそうにないくらい。

「……よかったね、ナックルさん」
「え……お前、いいのか?」

 僕なんかのことより、ナックルさん自身の未来のために。僕はきっと、邪魔でしかない。それなら、このタイミングで引くしかない。

「うん、大丈夫。迷う理由なんて、どこにもないじゃん」
「……スカウトの件、やっぱり考え直すよ。今のキミたちには、邪魔でしかなさそうだよね」
「えっ?」

 なんでそうなるの……? 僕が今、迷ったから? たった一瞬でも迷ったから?
 どうして僕は、何も守れないんだろう。

 ――こんな感覚、どこかで味わったような気がする。幼い頃とかじゃない、ずっと最近、昨日だったかもしれない。そのはずなのに、思い出せない。

「……!」

 もしかして、あの夢が……。僕の予想は、まだ予想でしかないけれど。きっと、そういうことかもしれない。
 あの夢は、夢じゃない。僕は僕で、もう僕じゃない。忘れたかった記憶を捨てて、生まれ変わろうとしてたんだ。それなら納得できる。

「……あの!」

 怖くて、上手くは言えない。だって2度目は許されないから。

「僕もいつか、ファイターになりたい。ファイターになって……あんな悲劇を2度と繰り返さないために」

 今のままじゃ、何も守れないことくらい分かってる。それでも守りたいものがある。
 今なら誓える。前へ進むことに、もう迷わないって。怯んでいたって、何も始まんない。それならもう、向き合うしかないんだ。

「……あんな悲劇……か。いいだろう、気持ちはしっかり伝わったよ。それじゃあ改めて、我が根城へ案内しよう」

 ロアリングは僕たちをある場所へと誘う。
 それが、僕たちの誇りの始まりだった――
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