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3節 謎を紐解けば

第5話 強くなろう

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 門の外からは、多数のモンスターが街に向かって侵攻していた。だが、この間よりも感じられる殺気は少ない。当然だろうな、主犯でない俺が起こしたことだし。

「いくぜエルゴ! お前の炎を見せてやれ!」
「ギュ……ウギュウ…」
「へ?」

 エルゴは俺の背後に隠れるようにしゃがみ込んだ。おそらく、まだ中身が幼いせいだろう。
 だが、このままで良いわけでもない。一応はモンスターだ、戦えねぇと身を守れねぇ。

「仕方ねぇな。スライム程度なら相手できるだろ。すまん、エルゴのためにも雑魚相手するぜ!」
「分かった! こっちは任せておいて!」
「それに、これくらいの魔力ならどうにでもなる」
「行くなら行くで、早く行くっすよ!」

 あまり雑魚を相手にするのはガラじゃないが、エルゴのためだ。それに、最初のレベルアップはスライムからってのが定番だろ。

「これくらいなら倒せるだろ?」
「ウッギュ…」

 エルゴは震えながらも腕をあげて攻撃しようとしたら。だが、覚悟できないのか、俺の方に瞳を寄せた。

「やれ! お前ならできる!」
「ギュ…!」
「ウノノ?」
「ギャア⁉︎」

 スライムが少し近づいただけで、エルゴは驚いてひっくり返ってしまった。

「だぁ~…。良いか、よく見てろ? 攻撃っていうのは…こうやって-」
「ギャギャ!」
「うぉぉっ⁉︎」

 スライムに攻撃しようとした俺の肩を、いきなりエルゴが引っ張り、俺は尻もちをついた。

「イッテテ…何しやがんだよ⁉︎」
「ギュー…」
「まさか……コイツらも仲間にしろ、ってか?」
「ウッギュ!」

 そういうことか。だから倒そうとしなかったんだな。だとしても、人間を殺そうとしたってことは、俺を傷つけたやつを敵とみなすってのも危険だな…。

「エルゴ。優しさってのは、ときに自分を傷つける。お前の優しさを否定するわけじゃないが、敵かどうかの区別……」

 何言ってんだ、俺は。敵かどうか判断させてどうする。俺の考え方でいいって言うなら、言うべき言葉はそうじゃない。
 俺らしさを全部捧げるなら、俺の生き方を教えてやれば良いまでだ!

「エルゴ!」
「ギュッ⁉︎」
「こんな雑魚、ダチにはしねぇ! 分別つけろ、良いな!」
「ウッギュ…グル!」

 よし、覚悟を決めたな。俺の生き方で生きようぜ、エルゴ。そのほうが、ゼッテェ楽しいからよ!

「グッゴォォ!」
「「プルゥゥゥ…」」

 エルゴの吐く炎がスライムを襲い、一瞬でその群れは片付いた。

「…エルゴ、よくやったぜ!」
「ギャッギャーウ!」
「ドワっ! ちょ、重い!」

 あまりに嬉しいのか、エルゴは俺に向かって飛びついた。かなり重いが、エルゴの思いがかなり伝わって、そんなのはどうでも良くなった。

「エルゴ。よく頑張ったな」
「ギャギャ!」
「それじゃあ、次行こうぜ!」
「ギャウ」

 そして俺はエルゴに次の段階を踏ませるため、ゴブリンタイプのモンスターが群がる場所へ向かった。

「ブリル!」
「ウギュ……ギュウ…」
「? どうした、さっきの威勢は?」

 ゴブリンを見るなり、エルゴは自信を一気に喪失していた。その目線の先には、ゴブリンが手に持つこん棒があった。

「武器が怖いのか? ならお前の爪を使え!」
「ギュ…ギャア!」

 自分の手を見返して、エルゴは勢いよくゴブリンを爪で切り裂いた。
 それは良かったのだが、それによって血で真っ赤になったエルゴの手。それがかなりのショックを与えてしまった。

「ギャ…ギャギャウ、ギャギャ!」
「どうした⁉︎   おい、どこ行くんだ⁉︎」

 俺はそれを分かってはいたが、そこまでショックを受けているとは気付けなかった。
 とりあえず追いかけたが、大きすぎたショックが無意識にエルゴの羽を働かせ、エルゴはどこかへ飛び去ってしまった。
 それでも幸いなことに、まだ血は乾いていない。ポタポタと垂れる血液が、道しるべになっていたおかげで、エルゴのあとを簡単に追いかけられそうだ。



 飛び去って行ったエルゴは、小さなほら穴を見つけて入り、気持ちを落ち着けていた。
 ちょうどそこには水が溜まっており、手を洗うこともできた。

「ギュウ…」

 
 しかし、今思えば血を見ただけでショックを受けた自分が情けないのだろう。エルゴは目から涙を流していた。
 それだけで収まらず、段々と怒りを覚えて、思い切り壁を殴りつけた。
 それが、誤ちだった。

「ミャハハハ! ミッミム!」


 その打撃音が、近くにいたキッドデビルタイプのモンスターの耳に届き、エルゴを見つけてしまった。
 無防備かつその存在に気付いてないエルゴに、キッドデビルはこっそり近づき、魔法攻撃を仕掛けた。

「ギャァアアアア⁉︎」


 そしてその絶叫は、もちろんドンボの耳にも届いた。

「ちっ、こうなったら賭けでやるっきゃねぇ!」

 俺はいてもたってもいられなくなり、フラットさんの使っていた飛行能力を解放した。
 上手く扱えないせいであまり使ってこなかったが、今は緊急事態だ。そんなことを迷っている暇はない。
 声のした方へ急いで向かい、ほら穴を見つけた。何かが暴れている音がする。
 今すぐ降りたいが、なかなか着地できねぇ。こうなったら、突っ込むっきゃねぇ!

「ドウリャアァァ!」
「ミッキュ⁉︎」

 俺はどうやら、モンスターの背中に右手から思い切り衝突したらしい。今の衝撃で、やっと俺は地に足をつけられた。
 とうのモンスターは頭を強く打ち付け、息絶えていた。だが、俺は嬉しくねぇ。こんな結果、望んじゃいねぇ。

「ふぅ…エルゴ、大丈夫か⁉︎」
「ギュ~…」

 返事はできるらしいが、エルゴの身体は、まるで炎に焼かれたかのように全身に火傷を負っていた。

「……俺、親失格だな。守れなかった…クソっ!」
「ギュ?」

 俺は、生まれて初めて泣いた。温かくて、切なさを覚える涙を流して泣いた。
 笑い泣きしかしてこなかった俺が、本気で泣いている。その涙は、横倒れているエルゴの身体に落ちていた。

「ギュ、ギューギュー」
「エルゴ…?」

 泣いているせいで上手く見えねぇけど、エルゴが俺の肩を抱いている。それだけは分かった。
 それと同時に、温かい何かで肩が濡れる。きっと、エルゴも泣いているんだ。俺が泣いているせいか?

「ギュッ、ギューッ!」
「わ、っちょ! だから舐めんなって…」

 エルゴは大きな舌で俺の頬を舐めた。いや、エルゴなりに涙を拭ったんだ。結局ヨダレでベトベトだけど。

「ギュッギュー、ギュー!」
「…俺、お前の親で良いのか?」
「ウッギュ! ゴォォ」
「アッチ! アチ、アチ! 燃える~!」

 威勢よくエルゴが俺めがけて炎を吹いたせいで、俺の頭は真っ黒になった。
 これもまた愛情表現ってやつか。仕方ねぇ、許してやるか。

「エルゴ、今日はここで寝るぞ。そのケガじゃ、歩くのは辛いだろ?」
「ギュ…ウギャァ!」
「だから重いって!」

 それだけ俺のことが好きなのか。エルゴはまた俺に飛びついた。今日は寝られそうにねぇよ。
 まあ、夜更かし癖のある俺だ、徹夜したって良いんだけどよ。さて、それじゃあ夜を共にして、明日を迎えるか。
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