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エンカウント編 第1章 初めの一歩はVサイン

第5話 嫌われてでも

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 マイマートで辛いものだけを買い集めて、外で食べることにした。通りの桜が、夜の光の中を舞っている。

「辛味チキンは食べたから、エドにあげるよ」
「俺も買ったっす。2つもいらないから自分で食えっす」
「じゃあ…あつつ。はい、半分こ!」

 油で手がベトベトになりながらも、僕は手で辛味チキンを半分に分けた。

「…手拭き貰ってるから、拭けっす。貰っとくっすから」
「ごめんね、助かるよ」

 サッと手拭きを手渡して、僕の辛味チキンを受け取ったエドの目は、やっぱり嬉しさを滲ませていた。その反面、切なそうでもあった。

「あ、そうだ。エド、手作りなんだけど、これ食べる? 大学で昼食食べれなくてさ」
「うっわ、真っ赤じゃないっすか⁉︎」

 お、良い反応。これがきっと、本当のエドなんだ。ようやく心を開きかけてる。
 僕にだけでも良い、話し相手がいない世界なんて、あっちゃいけないから。

「なんだ、辛いものが好きって言うから食べるかと思ったのに」
「いくら俺でも、こんなのは食わないっす」
「こんなのって、酷いな~。あ、このチョリソーフランク美味い」
「…それ買ったのフラットだったんすか。売り切れて買えなかったっす」

 あ、そっか。残り1個だったから、エドは買えてないんだ。しょうがない、味付けだけ確かめよっと。

「えっと…ホットチリペッパー大さじ2、チリソース大さじ4…と。それに加えて、ハチミツ小さじ2と、ザラメ砂糖少々ね。よし、メモできた」
「それ、もしかしてそのフランクのレシピっすか?「
「うん。分かるんだよね、味付けとか」

 この力のおかげで、料理上手にもなれたし。ほんと、便利すぎて困っちゃうよなぁ。

「…良いっすよね、才能があるって」
「才能? たしかに、才能かもね。ちょっと違うかもだけどさ」
「俺、やっぱ帰るっす。気分が悪いっす」
「え、ちょ⁉︎ 何か言っちゃったかな…?」
「フラットには関係ないっすよ。もう金輪際付き合わないでほしいっす」

 急にさっきの態度に早変わりして、エドはそのまま帰って行った。
 でも、このまま帰すわけにはいかない。何かかけられる言葉はないか、それを必死に探した。そして、自分の手に握られているフランクの竹串を見て、かけるべき言葉を思いついた。

「エド! お手製のフランク作ってあげるから! オフィスに来てよ~!」
「……」

 少しだけど足を止めてくれた。あの様子なら、多分来てくれる。そう信じてる。



 食べ終わって、僕はビルに戻った。だけど、もう門が閉まっていて入れそうにない。
 どうやら、エドと過ごしている間にかなりの時間が経っていたようだ。

「仕方ない、帰るか」

 今後の話が済んでいないけれど、閉まってしまったなら今日は帰ろう。明日は大学も休みだし、ナックルさんが連れてってくれるだろうから。
 そう考えて、僕は寮へと帰った。ドアを開けると、しかめ面をしたナックルさんが玄関で仁王立ちしていた。

「た、ただいま…」
「おう。今何時だと思ってる?」
「夜の…9時だね」
「で、門限は?」
「夜8時30分だよね…」

 オフィスでは怒られずに済んだのに、今怒られるのかよ~! なんだこりゃ、神様のイタズラか?

「俺達の掟を作ったのはお前だろ? いくらなんでも今日だけで2つも破るなんてらしくねぇぜ?」
「ごめん、色々あってさ。それより…入れてくれないかな?」
「まっ、プレゼントくれるなら良いぜ」
「分かったよ。明日2つあげるから、それで勘弁」
「それなら良いぜ。ほい」

 ナックルさんにプレゼント渡すのって、結構ハードなんだよなぁ。高くつくせいで痛いし。
 まあどいてくれたし、中に入って、と。それじゃリビングに荷物を置いて…。あ、そうだ。ナックルさんに一応話しておかないと。勝手に食べちゃいそうだし。

「まあ良いや、ちょっと料理するからお風呂お願いして良い?」
「もちろん良いぜ! 任せとけ!」
「あ~…やっぱ自分でやる」
「何でだよ⁉︎」
「だって、前にナックルさんにお風呂掃除任せたら浴槽割ったでしょ? あれ以来、任せるの怖いんだ」

 大学に言ったら、弁償代はキッチリ払わされたし。老朽化も原因だって言ったのになぁ。

「でも今から料理してお風呂掃除か…。お風呂は銭湯にしない? お金かかるけど、たまにはさ」
「…うぅ~ん、銭湯か~」
「子供の頃みたいに、『フラットの裸を他人に見せたくねぇ!』なんて言い出さないよね?」
「うぐっ!」
「図星かい…。はぁ、どうしてそういう関係でもないのに、そういう考えになっちゃうのか」

 たしかに付き合いは長いけど、普通に親友以上恋人未満の関係だと思う。ていうか、家族の代わりって言ったのは、それこそ他でもないナックルさんだし。

「お前が銭湯に行きてぇなら止めはしねぇ。けどよ、怪しいやつには近づくなよ」
「いや、いるわけないでしょ。公の場すぎて、逆に痴漢できたら尊敬するわ」

 他人の目が少ない深夜の時間帯ならまだしも、今は混み合ってる時間だよ。それに部活とかサークル帰りの浅草大学生で賑わってるはずだし。

「まあ…それもそうか。じゃあ行こうぜ」
「あ、うん。あっさりしてるなぁ。料理すぐにやっちゃうから、先に用意してて」
「了解…じゃなかった、分かったぜ!」

 大きく威勢のいい声でナックルさんはそう返事して、自分の部屋に戻って行った。
 だけど、「了解」って言いかけてやめた理由が分からなくて、僕は頭の中がモヤモヤして仕方がなかった。

「ううん、その前に作んないと!」

 気にしても仕方ない。そう思って、僕は台所に立ち、冷蔵庫に共有されている自動転移装置付きまな板を使って、冷蔵庫からフランク用のソーセージを2本転送させた。

「これでよし。まずは、バーナーで炙って…よし、いい焦げ目。あとは独自に工夫を加えて…」

 

 数十分くらいかかったけど、なんとか完成した。マイマート以上の香りに、痺れるくらいの辛さ。うん、これだ!
 朝を迎えたら、まずオフィスに行こう! 今日はエドにああ言われたからね、一緒に料理でもして、僕に才能がないことを教えないと。レシピなしの僕の腕前。きっと、エドが求めてるものに近づけると思うから。

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