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第2章 私欲嫌いの破壊神

第9話 再会

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 ♢♢♢フラット目線♢♢♢

 エドと食事を取り終えて、僕達は宿に戻ってきた。入り口には普通のお客さん以外、デ・ロワー関係者は誰も見当たらないから、部屋にでもいるのかな?

「ふわぁ~。疲れたね、エド」
「そうっすよ。腹いっぱいで満足っすけど、いきなりの事件には驚きっす」
「そっか。じゃあ、肩揉むよ」

 いつもナックルさんの肩揉みしてるし、慣れてるんだよねぇ。って、エドの肩すごい凝ってる。

「エド、ちゃんと休みなよ。肩壊すよ?」
「うっ……フラットだって世話焼きすぎっす」
「あぁ~、それ言っちゃう? なら、こうしちゃうかな?」

 肩を揉んでいた手を、エドの首の後ろに持っていき、僕は指先でくすぐった。

「ワヒャヒャ! く、くすぐるのはダメっす!」
「ウーリウリウリ! 対抗するのはこの口か、この口か~⁈」

 子供の戯れのようなじゃれ合い。だけど恥ずかしさとかは感じない。むしろ楽しい。エドの笑い声が聞こえるだけで幸せだった。

『2人とも騒がしい!』

 だけど、その一喝で僕達はじゃれ合いをやめざるを得なかった。
 その声は、ペーターさんだった。

「騒がしいと思って来てみれば、何をやっているんだ?」
「い、いや……ちょっと気分転換を」
「そ、そうなんすよ! 近くのカジノで爆破事件があって、それで--」
「「爆破事件⁉︎」」

 エドが大声で叫んだせいでお客さんがざわついた。それで僕はやっと分かった。公の場では、そういったファイター案件となるような事件は口外厳禁ということを。

「エド!」
「わ、わざとじゃ……!」
「とりあえず2人とも、話があるから来なさい

 ペーターさんが僕達2人の手を引いて、ドスドスと足音を大きく響かせながら部屋に向かった。



 ~男部屋~

 襖を開けると、中には朝出会った金色の毛並みをした犬のお巡りさんがいた。名前はたしか、ラルバ巡査だっけ。
 で、ナックルさんの姿がないんだけど。

「ラルバくん、調査は一旦やめてくれ」
「はい? 何かありましたですか?」
「調査って、何か……もしかしてあの事件ですか⁉︎」

 このタイミングで調査やめるってことは、それしかないよね。

「それでエドくん。後でさっきのことだが、減封とサビ残でいいかい?」
「ゲェ⁉︎ それはちょっと……キツいっす」
「……ハァ。エド、僕が罰ゲーム与えても良いけど?」

 いつもナックルさんにやっていることだし、今のエドなら受け入れてくれそうだし。

「フラットの罰ゲームっすか? ペーターさんのよりはマシそうっすし……お願いするっす」
「分かった。じゃあ……神業・『執行』」

 僕が神力を込めて指を鳴らすと、どこからともなくタライがエドの頭上に現れ、そのまま重力に従ってその頭にゴーンという音を上げてぶつかった。
 そしてゴトンと大きな鈍い音を出して床に落ちた。

「イッターッ⁉︎」
「あー……ごめん、そういうのだからさ」
「ぷっ……アッハハハハ! フラットさん、良い人材じゃないですか!」
「え、そんな笑うとこかい? でも……ラルバが笑ってくれて嬉しいよ」

 え、ラルバ巡査が笑って嬉しいって、どういうこと? 僕はペーターさんの言うことが分からなかった。

「まあ、ラルバが笑ったことだしそれで罰はよしにしよう」
「ほ、本当っすか~……? イッタイっす~!」

 痛いと顔に書いた表情で頭を抑えながら、エドはそう言う。思わず、僕も笑った。痛みに耐えながら笑う顔が、あまりに酷すぎた。

「み、みんなして笑わなくてもっ! イッテェ~!」
「アハハ、大丈夫?」
「なんて嘘っすよ! このぉ~っ!」
「うわぁ!」

 心配して近づいた僕だったが、まさに術中にハマってしまった。エドの演技に騙されて、見事にエドによって羽交締めされた。
 歯を見せながら「してやったり!」という表情を浮かべるエド。その様子を見るペーターさんとラルバ巡査も、笑っていた。



 数分後--

 場の空気も収まり、僕達は長方形テーブルを囲んで話し合いを始めた。

「つまり、バルシアと呼ばれる黒豹獣人と、名前不明の黒狼獣人に、爆発事件現場で遭遇、と。これで合ってますか?」
「はい、間違い無いです」
「その、大声でそのことを言ってすみませんっす」
「いえ、調査の支障なんて気にしないでください。それじゃあ、本官は現場へ急行します!」
「あ、待った待った! 君はんだよ」
「あっ……そうでしたね」

 刑事じゃないと言われた瞬間、張り切っていたラルバ巡査の顔色が沈んだ。

「あ、いやすまん。なんでもないよ、ほら一緒に調査しようか」
「はい!」

 だけど、「一緒に調査しよう」の一言で、その顔に再び笑顔が戻った。
 かなり単純だな、と密かに僕は思った。でも調査に行く前に、爆発事件の現場に居ただけもあって少し汚れちゃった。

「すみません! その前に温泉行っても良いですか? 汚れちゃって……」
「あぁ、そうだね。エドくんも連れて行ってもらえると助かるよ」
「えぇぇっ⁉︎ 俺もっすか⁉︎」
「だって。行くよ」

 なぜか嫌そうな反応を見せるエドだけど、そんなに気にせず僕はエドを引っ張った。
 その途端に、抵抗をやめてエドは軽々と温泉まで身を委ねてくれた。



 ~更衣室~

 まだお昼ということもあり、衣服などを置いておく籠はどれも空いていて、中には誰もいないことを示唆していた。

「よっと。ほら、服は洗濯機に入れておいてね」
「本当に風呂行くんすか……?」
「なに、お風呂嫌い……あっ」

 僕はエドを見つめることでようやくエドが嫌そうな顔をした理由がわかった。

「そっか、種族がらお風呂嫌いだよね」
「そうっすよ!」

 猫科のヒョウ獣人なわけだもんね。そりゃあ、お風呂嫌いだよ。今になって気がついた。

「まあ、ぬるま湯くらいなら構わないっすけど」
「あ~。じゃあ入らなくて良いからシャワーにすれば? 温度調整できるし」

 僕は温泉の中を覗いた。シャワーの温度調整は、立体画面かマイクで調整できるようになっていた。

「じゃあそうするっす」
「アッハハ、ナックルさんはお風呂は大丈夫だから忘れてたや」
「そりゃあ人間の血も混じってたらそういうこともあり得るっすよ」

 あ、そっか。ナックルさんはあくまで人間と虎獣人の混血だから水は苦手ってわけじゃないのか。

「よし、入ろォォッ⁉︎」
「ちょ、何遊んでるんすか?」

 入ろうと思って脱衣所から温泉の中に入ろうとしたら、タイルに何故かヌメリが残っていて、それに足を滑らせた。
 なんとかバランスを保てて転ぶことはなかったけど、気を付けて掃除してほしいなぁ。

「もう。エドも気をつけてね」
「……ぷっ、アッハハハハハハ! いやぁ、今のフラットの顔、写真に収めたかったっすねぇ!」
「……あ」

 そう笑いながらシャワーを浴びるために椅子に座ったエド。そこはちょうど鏡が外されていた。その情景を見て、あることを思いついた。
 すかさずエドとの間隔をひとつおいて座り、エドがシャワーのシャワー温度の設定を終えるを待った。
 そして、エドが設定を終え、ノズルヘッドからお湯が放出されるのを確認して、僕は桶での浴槽から大量に水を掬って、エドにかぶせた。

「ギャアァァァァァッ⁉︎」
「アッハハハハハハ!」
「フラット~っ! やって良い冗談とそうじゃない冗談があるっす!」
「ごめんごめん。ちょっと、ね」

 今、エドが本気で怒ってるのがわかった。流石の僕でも言葉を失った。今にも殴られそうな雰囲気だった。

『アニキ~、早く入ろ~っ!』
『ったく、そんなに騒ぐな』

 だけど、脱衣所から漏れ聞こえていたその声で、そんな雰囲気は静まり返った。
 そう、その声はあの爆発現場で聞いたあの声だった。

「ふぅ~。それにしても、なんとかなって良かったな」
「そうそう! さっすがアニキ……」
「「「「あっ」」」」

 その場に集った僕達4人の些細な一言が温泉に響いた。しばらくの間沈黙が続き、エドが流しっぱなしにしているシャワーの音だけが響いている。
 そして一呼吸おいて--

「『なんでお前らが⁉︎』」

 という驚きの声でまた温泉に響いた。でも、ここは一応公共の場。それに、まだこの2人が犯人と確定はしていない。なら、僕が取る行動はただひとつ。

「って、すみません。人違いでした」
「え、あっ、そう……でした。ごめんなさい」
「ハァ⁉︎ どっからどう見ても昼に会ったやつらっすよ!」
「そうだよアニキ! 何考えてんだよ!」

 どうやら、アニキと呼ばれてる黒狼獣人と僕は気が合うらしい。助かるよ。

「エド、昼に会ったあの2人組とは違うよ」
「バルシア、アイツらは違う。良いな?」
「「でも!」」
「でもじゃない!」 「でもじゃねぇ!」

 ここまで馬が合うなんて思わなかった。もしかして、案外似たもの同士なのかも?

「分かったっすよぉ」
「アニキがそう言うなら従うけどよぉ」

 この2人まで似てるし。なんか、境遇まで似てたりして。そんな偶然はないだろうけど。




 偶然の再会を一旦無視して脱衣所に戻り、僕はわざとゆっくり体を吹き、着替えをして、髪を乾かして整えていた。
 その間に、例の2人も脱衣所に戻ってきた。黒狼獣人は僕のことをこっそり睨んでいたが、気にせずに僕は髪を整え終えた。
 そして、エドに思い切って--

「ねぇエド。エドだったら、もしヴァイスになったとき、どんな事件を起こす?」

 と、2人にも聞こえるようにわざと大きな声で話しかけた。

「な、なんすかいきなり。しかも一般人がいる前で」

 やはりエドはコソコソとそう返事をする。決してエドを試したくてやっているわけではない。2人の反応を見たいんだ。

「ごめん、声小さくて聞こえないや。別に普通の会話じゃん、こんなの」
「あ、あぁそういう話っすか。なんか勘違いしてたっす」

 なんとか一般人の会話という形でエドを誤魔化せた。エドを利用してるみたいで気が引けるけど、こうでもしないと本当の2人が見えそうにないもんね。

「そうっすね~……俺だったら、マウスを救うために悪事を働くっすね」
「「っ!」」

 そのエドの答えに、2人は目を大きくさせた。その反応が物語るのは、思い当たる節があるとき。
 やっぱり、何か理由があるんだ。さて、ここから先は僕がやるべきことだね。
 2人に向ける裁きを与えられるのは、僕だけだ。絶対にこの手を伸ばし続ける。
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