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第3章 迷いし風
第7話 涙拭える風
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男性はホコリを被った1冊の本を、本棚から取り出した。
「それは?」
「前の村長の日記です。ここにクレアのことも書いてあるんです」
そうして開けられた日記。その右のページには前の村長が書き記したであろう文字の羅列、左のページには幼き頃のクレアであろう写真も貼られていた。
その笑顔は、今のクレアじゃ感じられないほどの純粋無垢さが感じられた。
「これが村長がクレアと出会った日の日記です」
1964年 6月6日--
「ん……? バス停に子供?」
[雨の降る中、街から俺が戻っている最中、廃線になっているはずのバス停留所に、金髪の坊主が眠っていた。その腕の中には、同じくスヤスヤと丸っこく眠る黒い毛で覆われた小さな狼がいた]
「……びしょ濡れだな。しかもこんなに痩せ細って」
[坊主も狼も、どちらも骨と皮しかないのかと思うほど痩せ細っていた。俺は街で買ってきたものを盗まれないよう停留所の裏に隠して坊主を背負い、狼を抱えながら家に帰ることにした]
「よし……まずは暖だな。暖炉よし、布団よし……果物だけでも置いておくか」
[坊主と狼を暖炉の近くに横にして布団をかけた。その近くに皿に果物を盛り付けておき、俺は停留所の裏に隠した荷物を取りに戻った]
「ふぅ、なんか疲れたな……?」
「ワフワフ!」
「ングング!」
[俺が出ている間に坊主も狼も目を覚まして、果物を貪っていた。しかも、食べ方と反して食べかすとか果汁とか一切こぼしていなかった]
そこでその日の日記は終わっている。
いや、終わっているというより、続きの文字が霞んでしまっていて読むに読めなかった。
「……その狼が、さっきの?」
「この日の写真で分かると思いますが……」
男性は、その日記を棚に戻して、別の日記帳を手にして開き、そこに貼られている写真を見せた。
それは、さっき窓を叩いていた狼にそっくりな姿まで成長した、クレアが連れている狼の姿があった。
「……ちょっと待った」
「僕も思った」
「私も、多分同じ」
「「アリジゴクは世界繋穴内で発生する!」」
世界繋穴とは、異世界線と異世界線の境界線のことをいう。
その中に無数と存在するエネルギー資源、パラレル結晶石と異世界線から放出された魂が融合されて発生するものがアリジゴク。
つまりは、ずっとこの世界にいたクレアの狼がアリジゴクになるって流れには、矛盾が生じているってことになる。
「だとしたら……あれは、異世界線から放出されたクレアの狼じゃない? それなら辻褄が合う」
分岐で生じた世界。一般的にはパラレルワールドっていう世界。一応は、パラレルワールドからでもコネクトゲートに吸い込まれることはある。
単純な考察だけど、それしかなさそう。
「だな。だが、同じ魂が同じ世界に2つも存在できねぇんだ。どういうこった……?」
「ドッペルゲンガー現象、だっけ? たしか、そんなのあったよね」
「あぁ、それだが……ファイター研修受けてねぇフラットには情報過多になっちまうし、今は同一の魂は存在できない程度に覚えておけ」
ていうか、そのファイター研修すら受けてないのに隊長なんですけど。ガバガバすぎないかな、アカデミーの決まり。
「……あれ?」
棚の上に置かれた写真。そこには、髪飾りをつけ、着物姿をした女性の姿があった。その横には、家主である男性が浴衣を着ていた。
「あぁ、妻です。ただ……クレアに殺されましたがね」
「こっ……⁉︎」
予想外の展開に、僕もナックルさんも、それどころかノールさえも言葉をなくしていた。
「えっ、え?」
「クレアは新しい村錠を作ったんです。それが……あの狼のことを口外したら死刑っていう……」
「……オッケー。ちょっとお願いなんですけど、クレアってどこにいるか分かります?」
久々にスイッチ入っちゃったよ。くだらない理由で人を殺めてる。しかも、法の力を引く僕にそれが知られたらどうなるか教えないと。
「ふーん。てっきり、優男だと思ってた」
「俺だから言えるけどよ。1回でも怒らせたら止まらねぇぜ、コイツ」
「ちょっと。暴走列車みたいに言わないでよ」
たしかに怒ったら止まらないけどさ。別にナックルさんみたいに猪突猛進しないって。
「えっと……クレアなら、村の奥にある村長邸に」
「それだけ分かれば大丈夫です。じゃ、行こっか」
「あぁ、お前の面倒見とかねぇと後が怖いしよ」
「バカ虎がいなきゃより楽なのに……」
「ン゙?」
ノールがこぼす愚痴に、ナックルさんは笑顔でこそあれど、明らかに怒りを感じさせる声色でノールの顔を見ていた。
「もう、置いてくよ!」
「へいへい」
「……ま、良いか」
「おっと。じゃあ僕も出ようかな」
僕達も男性も、外に出る。ただ男性は、なぜかまたクワを手にしていた。
「あれ、また畑ですか?」
「まあそんなところかな。肥料撒かないといけないですし」
「……フラット、急ご」
「ちょ、おまっ⁉︎ 何フラットの手握ってんだよ⁈」
ノールが右手で僕の左手を引こうとした瞬間、ナックルさんがノールの手を引き止めた。
「……アンタも!」
「うわぁっ⁉︎」 「ドワっ⁉︎」
細身の僕なら分かるけど、筋肉の塊のようなナックルさんさえ容易く引っ張れるとは考えてなくて、脱力しきっていた僕は今にもバランスを崩すのではないかとヒヤヒヤしながらノールに身を委ねていた。
「ここまで来れば……良いでしょ」
「おい、いきなりなんなんだよ⁉︎」
いきなり飛び出したノールに、ナックルさんは舌を巻きながら声を荒げた。
「……あの人から、殺気を感じた。多分だけど……クレアを殺しにいくのかも」
「え、待って待って! 一般人がクレア相手にするって……」
「もし、クレアがそういう風に殺しをしてるっていうなら……まずいんじゃないか?」
やっぱりそうだよね。だったら急がないと。
「先に行くよ!」
「……不思議。フラットって、やる気になっても全然殺気がない」
「まっ、アイツの罰に死刑は存在しないんだろ。ほら、急ぐぜ!」
僕は誰であろうと死刑なんて罰は与えない。生きて罪を償ってもらいたいから。
死んでそこで終わりになんて、させやしないんだから。
「それは?」
「前の村長の日記です。ここにクレアのことも書いてあるんです」
そうして開けられた日記。その右のページには前の村長が書き記したであろう文字の羅列、左のページには幼き頃のクレアであろう写真も貼られていた。
その笑顔は、今のクレアじゃ感じられないほどの純粋無垢さが感じられた。
「これが村長がクレアと出会った日の日記です」
1964年 6月6日--
「ん……? バス停に子供?」
[雨の降る中、街から俺が戻っている最中、廃線になっているはずのバス停留所に、金髪の坊主が眠っていた。その腕の中には、同じくスヤスヤと丸っこく眠る黒い毛で覆われた小さな狼がいた]
「……びしょ濡れだな。しかもこんなに痩せ細って」
[坊主も狼も、どちらも骨と皮しかないのかと思うほど痩せ細っていた。俺は街で買ってきたものを盗まれないよう停留所の裏に隠して坊主を背負い、狼を抱えながら家に帰ることにした]
「よし……まずは暖だな。暖炉よし、布団よし……果物だけでも置いておくか」
[坊主と狼を暖炉の近くに横にして布団をかけた。その近くに皿に果物を盛り付けておき、俺は停留所の裏に隠した荷物を取りに戻った]
「ふぅ、なんか疲れたな……?」
「ワフワフ!」
「ングング!」
[俺が出ている間に坊主も狼も目を覚まして、果物を貪っていた。しかも、食べ方と反して食べかすとか果汁とか一切こぼしていなかった]
そこでその日の日記は終わっている。
いや、終わっているというより、続きの文字が霞んでしまっていて読むに読めなかった。
「……その狼が、さっきの?」
「この日の写真で分かると思いますが……」
男性は、その日記を棚に戻して、別の日記帳を手にして開き、そこに貼られている写真を見せた。
それは、さっき窓を叩いていた狼にそっくりな姿まで成長した、クレアが連れている狼の姿があった。
「……ちょっと待った」
「僕も思った」
「私も、多分同じ」
「「アリジゴクは世界繋穴内で発生する!」」
世界繋穴とは、異世界線と異世界線の境界線のことをいう。
その中に無数と存在するエネルギー資源、パラレル結晶石と異世界線から放出された魂が融合されて発生するものがアリジゴク。
つまりは、ずっとこの世界にいたクレアの狼がアリジゴクになるって流れには、矛盾が生じているってことになる。
「だとしたら……あれは、異世界線から放出されたクレアの狼じゃない? それなら辻褄が合う」
分岐で生じた世界。一般的にはパラレルワールドっていう世界。一応は、パラレルワールドからでもコネクトゲートに吸い込まれることはある。
単純な考察だけど、それしかなさそう。
「だな。だが、同じ魂が同じ世界に2つも存在できねぇんだ。どういうこった……?」
「ドッペルゲンガー現象、だっけ? たしか、そんなのあったよね」
「あぁ、それだが……ファイター研修受けてねぇフラットには情報過多になっちまうし、今は同一の魂は存在できない程度に覚えておけ」
ていうか、そのファイター研修すら受けてないのに隊長なんですけど。ガバガバすぎないかな、アカデミーの決まり。
「……あれ?」
棚の上に置かれた写真。そこには、髪飾りをつけ、着物姿をした女性の姿があった。その横には、家主である男性が浴衣を着ていた。
「あぁ、妻です。ただ……クレアに殺されましたがね」
「こっ……⁉︎」
予想外の展開に、僕もナックルさんも、それどころかノールさえも言葉をなくしていた。
「えっ、え?」
「クレアは新しい村錠を作ったんです。それが……あの狼のことを口外したら死刑っていう……」
「……オッケー。ちょっとお願いなんですけど、クレアってどこにいるか分かります?」
久々にスイッチ入っちゃったよ。くだらない理由で人を殺めてる。しかも、法の力を引く僕にそれが知られたらどうなるか教えないと。
「ふーん。てっきり、優男だと思ってた」
「俺だから言えるけどよ。1回でも怒らせたら止まらねぇぜ、コイツ」
「ちょっと。暴走列車みたいに言わないでよ」
たしかに怒ったら止まらないけどさ。別にナックルさんみたいに猪突猛進しないって。
「えっと……クレアなら、村の奥にある村長邸に」
「それだけ分かれば大丈夫です。じゃ、行こっか」
「あぁ、お前の面倒見とかねぇと後が怖いしよ」
「バカ虎がいなきゃより楽なのに……」
「ン゙?」
ノールがこぼす愚痴に、ナックルさんは笑顔でこそあれど、明らかに怒りを感じさせる声色でノールの顔を見ていた。
「もう、置いてくよ!」
「へいへい」
「……ま、良いか」
「おっと。じゃあ僕も出ようかな」
僕達も男性も、外に出る。ただ男性は、なぜかまたクワを手にしていた。
「あれ、また畑ですか?」
「まあそんなところかな。肥料撒かないといけないですし」
「……フラット、急ご」
「ちょ、おまっ⁉︎ 何フラットの手握ってんだよ⁈」
ノールが右手で僕の左手を引こうとした瞬間、ナックルさんがノールの手を引き止めた。
「……アンタも!」
「うわぁっ⁉︎」 「ドワっ⁉︎」
細身の僕なら分かるけど、筋肉の塊のようなナックルさんさえ容易く引っ張れるとは考えてなくて、脱力しきっていた僕は今にもバランスを崩すのではないかとヒヤヒヤしながらノールに身を委ねていた。
「ここまで来れば……良いでしょ」
「おい、いきなりなんなんだよ⁉︎」
いきなり飛び出したノールに、ナックルさんは舌を巻きながら声を荒げた。
「……あの人から、殺気を感じた。多分だけど……クレアを殺しにいくのかも」
「え、待って待って! 一般人がクレア相手にするって……」
「もし、クレアがそういう風に殺しをしてるっていうなら……まずいんじゃないか?」
やっぱりそうだよね。だったら急がないと。
「先に行くよ!」
「……不思議。フラットって、やる気になっても全然殺気がない」
「まっ、アイツの罰に死刑は存在しないんだろ。ほら、急ぐぜ!」
僕は誰であろうと死刑なんて罰は与えない。生きて罪を償ってもらいたいから。
死んでそこで終わりになんて、させやしないんだから。
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