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第1章〜ウロボロス復活〜

第43話「ウロボロス、決意する」

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 それは破壊の限りを尽くした、暴力の嵐といったところだろうか。我など足元の小虫程度にしかならないような多くの木々が、ひしゃげ、曲げ、切り裂かれていく。
 6メートルちかい木が輪切りにされていく様子はなんとも爽快だが
、その斬撃が自分に向いていると分かっていれば落ち着いてなどいられない。

「うおおおおおおおおおこっち来んなであるううううううう!!」

「あははー、まてまてー」

 全力疾走する我とは対照的に、カスミはまるで幼子が親の後ろを小走りで着いてくるような緩やかな歩行で追ってくる。
 その際に邪魔になる木や岩を豆腐のように砕くのは、冗談であってくれ。

「待ってって、言ってるのに~」

「!?」

 カスミが剣を振り上げると、また強力なエネルギーがそこに集中した。
 重力の魔法。対象を重くしたり軽くしたりという、いたってシンプルな能力であるが、単純な能力であるからこそ強力な技が生み出されるのだ。

 今カスミが使おうとしてるのは、最初に我を吹き飛ばしたあの攻撃だ。
 一瞬だけ剣を紙のように軽くし、振り下ろすタイミングでとんでもないくらい重くしている。
 それは彗星のごとく。隕石の衝撃をそのまま剣に相乗したかのような壊滅的な破壊力。
 エネルギーが地面に着弾した瞬間、地面が砕け、周囲にあるものを薙ぎ払っていく。
 彼女にとっては堅く地中に根を張る巨木でさえ、木っ端でしかない。

「ぬぁぁぁぁぁあ!?」

 我など木っ端以下である。またもや吹き飛ばされ、無様に地面を転がった。
 もう体はボロボロである。節々がズキズキと痛む。この体で逃げ切るなど不可能に近いだろう。ならば。

 カスミに向かって逃げず、立ち向かうしかない。

 相変わらずゆらりとした歩みで我を追ってくるカスミは、振り返って臨戦態勢をとった我に対して嬉しそうに口元を歪めた。

「っ!やっと本気出してくれるの?」

 きゃっきゃっと表現でも合いそうな無邪気な喜びだ。手に握った剣を振り回すが、周囲の木々をついでと言わんばかりに伐採する様子は凶悪すぎる。
 正面からでは勝てん。ならば搦め手を使うのみ。

 かかってこい、元竜王の我にかなうもんか‥‥‥!

「いくぞ!カスミ!」

「うん!来てウロボロス!あたしを倒してみて!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 構えをとったカスミに、我は自身を鼓舞するように雄叫びを上げた。子竜といえど、我はドラゴン。草木がわずかに揺れ、我の覇気が小動物を怯えさせ逃走させる。
 我の威圧を正面から受けたカスミは、前髪に隠れた瞳の中に闘志を浮かばせた。剣に魔力をさらに乗せ、構えも騎士のそれになる。
 互いに本気の戦意をぶつけ合い、逆に動きが硬直する。相手の初動を読み解くために。

 これだ、我はこれを待っていた。

「いくぞぉぉぉお!!カスミィィィィィィィ!!」

 我はカッと目を見開き、叫びながら後ろを向いて走り出した・・・・・・・・・・

「‥‥‥は?」

 呆気にとられたカスミのつぶやきが聞こえたが、無視だ。さっきカスミの闘志を感じたが無理無理無理無理!絶対勝てない!
 ならば我のすることはただ一つ!さっきと同じ!逃げの一手!

 先ほど我はカスミと距離が離れてないから逃げきれなかった。だが、今は戦おうとする素振りを見せて、一定の距離まで離れている。逃げるなら今しかない!
 ふはははは!騙されおって!年の功だ!逃げるが勝ち!勝てばよかろうなのだぁぁぁあ!!

「‥‥‥ねぇ、ウロボロス」

 背後から氷のような冷たい声が聞こえた。だが、背筋から感じるエネルギーはまるで太陽のように膨大で熱いものを感じる。
 え?なにこれ?

「あんまりあたしを、イライラさせないでよ?」

 次の瞬間、我は天変地異でも起きたのかと思った。地面がひび割れのように砕け、木々や石が粘土のように曲がり、はち切れてはぶつかり合い、さらに細かくなっていく。
 無重力になったかと錯覚するように物が浮くが、同時に強烈な重みまでもが押し寄せてくる。

 無重力と引力。それらを無理やり同じ空間にブチ込めたのだ。カスミと我を包む半径50メートルほどが、この世のものとは思えないほど物理演算を壊していく。
 夢で見るのような無茶苦茶な世界が、ここに広がった。

 「な、なんだこれはぁぁあ!?」

 重くなったり軽くなったりと、我の内臓が揺さぶられる。すると周囲に電磁波のような稲妻が飛び交い、空間の中心に黒い黒点が現れた。
 それは周りの物質を引き寄せ飲み込み、取り込んだ物質を破壊する。砂より小さく粉々に。

「あたしのとっておきだよー。よぉく味わって?」

「お、お主何をしたぁ、あわわ!人間技じゃないぞ!?」

「えっとね、ブラックホールって言うんだって。あたしもよく知らない」

わからんが、とりあえず凄まじくやばいということだけはわかる!しかも魔法を発動しているカスミにはなんの影響もないらしい。魔法を止める気はないだろう。
 まずい、このままでは我もあの木々と一緒に粉々になってしまう。

 仕方あるまい、今まで溜め込んだ魔力を使う時だ!
 我は炎のブレスを目の前で爆発する形で吐き出し、その爆風で自身の体を吹き飛ばす。
 ブレスの熱は我の鱗や皮膚を焼いたが、死ぬよりマシである。
 本気で吐いたというのもあって、我はなんとかブラックホールとやらの範囲外まで飛ぶことができた。

 我の回避は本当にギリギリだったのだろう。ブラックホールの中心にある黒点は物質を手当たり次第に飲み込み終わると、あたかも最初からなかったかのように消え失せた。
 地に巨大な抉ったようなクレーターを残して。

「もう一発いく?」

「よしカスミ!勝負しようか!」

 男は逃げではなく、戦うべきであるな!ははは!‥‥‥はは。

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