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第1章〜ウロボロス復活〜
第44話「人生は思い通りにはいかない」
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目を覚ますと、見知らぬ天井と冷たい床。ゴツゴツとした岩肌の床は容赦なくシオンの体温を奪い取る。
ひやりとした感覚にシオンは鳥肌が立つのを感じながら、体に力を込めて上半身を起き上がらせる。
「え、ここどこですか」
見渡せば周囲は薄暗い洞窟の中。所々にヒカリゴケが群生しているため、それほど暗くはないが住むには不便そうだ。
もっとも、洞窟で暮らそうなどと考える物好きはいないだろうが。
シオンは疑問を口に出しながらキョロキョロと辺りを見回す。
すると自分がただ洞窟内で寝転がっていたのではなく、牢屋のような檻に囲まれていることがわかった。
否、これは牢屋なのだろう。
「え、ぇぇ‥‥‥お茶碗割りってここまで罪が重かったんですか」
絶対にそれは関係ないだろう。が、最後の記憶がそれしかないのでシオンは本当に訳がわからず首を傾げた。
こういう時、状況把握ができずにパニックにならないのは、シオンの大胆さとマイペースな性格によるものだろう。
「ふぅむ」
シオンはウーロの真似をしながら、とりあえずといった感じで檻を触ってみる。
比較的一般世間に知られる鉄格子。魔術的な符呪は施されておらず、完全に物理的にシオンを閉じ込めているだけだ。
「‥‥‥うきぃ」
シオンは持ち前の力強さを生かし。少しだけ強く檻を握ってみる。すると少しだけ歪んだ。
あ、いけるわこれ。
「フフフ、監禁されたというのに泣きも騒ぎもしないとは、なかなか冷静な方ですねぇ」
背後からちょっとだけ聞き覚えのある敬語が聞こえてきた。そこに敬いの気持ちはこもっていない。
自分と同じだからか、単なる口癖だと理解する。
声をたどって目を向けると、そこにはやはり見覚えのある仮面の細男が立っていた。もちろん、牢屋の外で。
「あ、あの時の不審者!」
「私の名前はアルグリーと申します。以後、そちらで呼んでください」
「うっさいですよ不審者!死んでも呼びませんからね!犯罪者に人権なんてないんですよブァーカ!!」
微妙にうざい挑発にアルグリーはイラッとするが、なんとかその気持ちを落ち着かせて飲み込む。実際、自分たちのしていることは犯罪なので否定はできない。
「く、くふふ、今自分がどういう状況かわかっていますか?大人しく言うことを聞いた方が身のためですよ?」
「いたいけな少女を拉致監禁しといて随分なこと言うじゃないですか。アンタなんてボコボコにされちゃえばいいんですよ!」
「ボコボコに、ねぇ。誰がしてくれるのでしょう?もしかしてサエラという人物ですか?」
妹の名前を出された瞬間シオンの動きはピタリと止まり、逆にアルグリーは愉快そうにくつくつと体を揺らした。笑いを堪えるのが大変だとでも言うように。
仮面で曇った声をアルグリーは言葉にする。
「残念ながら、彼女は今私の仲間が対応してます。助けなど来ませんよ」
「お前、サエラに何したんですかっ!!!」
サエラの身に何かが起きている。そのことを理解したシオンは飛びかかるようにアルグリーに向かって走りながら拳を振り上げた。
アルグリーは逃げない。それどころか愉快そうに笑い声を漏らしたままだ。
(バカな小娘め、この鉄格子があることが見えないのか?私に攻撃しようとしたところで檻に阻まれるだけ‥‥‥)
そうして余裕を持っていたためだろう。アルグリーは案外檻の近くにいた。
結果、シオンの細い腕は鉄格子の隙間をすり抜け、拳は目の前にいるアルグリーの顔面にぶち込まれた。
シオンは数百キロあろうバックを軽々と持ち上げるほどの怪力の持ち主である。当然、その威力が人に打ち込まれたら
「ぐぎゃぁぁぁぁぁあああ!?」
ぶっ飛ぶ。
顔面パンチを食らったアルグリーはそのまま吹き飛ばされ、奥の壁にぶつかった。
壁にヒビが生まれ、背骨から嫌な音がなった。鼻血が止まらない。
シオンの拳はアルグリーの鼻を完全に砕いたのだ。とてつもない激痛にアルグリーは悲鳴をあげながらのたうち回る。
「うががががが!!!はなが、はながぁぁぁぁ!!」
仮面の下が鼻血で溜まる。仮面は魔法が付与されているために、破壊されず耐えきることができたようだが、打撃の衝撃は吸収せずに顔全体に与えたらしい。
「答えなさい!サエラをどうしたんですか!?」
「ご、ごのじょぶだいではなぜるばけないばろぅ!?」
声に粘り気のある血の混じった喋り方で聞き取りにくいが、おそらくこの状態で喋れるわけないだろうと叫んだのだ。
しかしシオンにはそんなことは関係ない。一刻も早く捕まった妹を救わなければという、たった一つの使命だけが彼女を突き動かす。
シオンは腕一本通るのが精一杯という幅しかない鉄格子を、右手左手とそれぞれ握った。
そしてふん!と気合いを込めた声を出し、両腕に己のパワーを全力で乗せる。
するとどういうことか、鉄でできたはずの鉄格子が粘土のように曲がったのだ。
ぐにゃりという柔らかい擬音が似合いそうなほど、あっさり。
左右に押し曲げ、無理やりこじ開けて作った隙間は人を余裕で通すほど広がった。
「‥‥‥は?」
何が起きたのか理解できない。といったポカンとした気の抜けた声。痛みすら忘れてアルグリーの動きは止まる。
なぜだ。齢にして15、6歳の少女がなんの魔法や道具も使わず、素手で鉄の棒を曲げたのだ。
ありえない光景にアルグリーは自分が今夢でも見てるのではないかと錯覚していた。いわば現実逃避。
しかし、残念なことにこれは現実だった。ゴゴゴと背後に謎のオーラを纏い、シオンは影で黒く染まり、目だけが光っているような顔でアルグリーを見下ろした。
のしのしと檻から出るゴリラのような迫力に似ていた。アルグリーは固まったまま動けなくなる。
「サエラは、どこですか?」
「レッテル村にある、地下の独房です」
「ここはどこですか?」
「竜王の巣です」
従順な家来のようにシオンの質問に淡々と答えていくアルグリー。ショックのあまり思考能力も失ったのか、アルグリーの顔に表情はない。もっとも、仮面で見えやしないのだが。
シオンは行動的だ。思ったことはすぐ実践する。
故にサエラの居場所がわかり、さらに監禁されていることも分かればこの牢屋にいる理由などない。シオンは扉を蹴破り、脱出と救出を図った。
「‥‥‥はっ!しまった!」
アルグリーはスタコラサッサと走っていくシオンの背中を眺めながら、急に正気に戻って意識をはっきりさせた。ついでに鼻の激痛も復活した。
「おのれぇ、なめやがって小娘ぇ‥‥‥!」
ギリッと歯で砂を噛むように食いしばり、憎悪に満ちた目でもう見えないエルフの背中を追う。そして懐から特殊な文字が羅列している布切れを取り出すと、それを乱暴に地面に叩きつけた。
その行為がスイッチにでもなっているのか。岩肌に布が触れると途端に閃光が辺りを包んだ。ヒカリゴケの光などかき消されるほどに。
それが数秒。短い時間で消えたが、その代わりに新しい影がアルグリーの周りに佇んでいた。
その数、およそ10体。皆出来損ないの人間のフォルムをしていた。
全身が青紫色の鱗で覆われ、目は退化しているのか針の先のように小さい。代わりに腕が肩から地面に当たるまで肥大化し、爪は太刀のように長く、大きい。
口も中がサボテンにでもなっているかのようで、無数の牙が不規則に並んでいる。
誰がどう見ても、それらは異形だろう。凶悪な外見を持ちつつも、アルグリーを襲ったりはしない。彼は仮面の下でニヤリと笑った。
「逃しませんよ。必ずウロボロスの情報を掴んでやる!2週間ほど共に生活していたというなら、何かしらの弱点を知っていてもおかしくはない」
アルグリーの目的は、シオンからウロボロスの情報を聞き出すことだった。
時期竜の巫女姫で、ウロボロスを検知し連れて帰ったという話は、すでにメリーアから聞かされていた。
ウロボロスを討伐するのは仲間のカスミだ。戦力的には軍隊を喧嘩できるほどだろう。
だが相手はウロボロス。少しでも不安要素を排除するため、どうしても弱点になるネタが欲しかったのだ。
「さぁ行け!ホムンクルス 共!あのエルフを捕まえるのだ!!」
「「「「ガァァァァァア!!!」」」」
アルグリーの命令に従い、ホムンクルス と呼ばれた異形たちは安定しない走りでシオンの後を追った。
波乱は、まだ終わらない。
ひやりとした感覚にシオンは鳥肌が立つのを感じながら、体に力を込めて上半身を起き上がらせる。
「え、ここどこですか」
見渡せば周囲は薄暗い洞窟の中。所々にヒカリゴケが群生しているため、それほど暗くはないが住むには不便そうだ。
もっとも、洞窟で暮らそうなどと考える物好きはいないだろうが。
シオンは疑問を口に出しながらキョロキョロと辺りを見回す。
すると自分がただ洞窟内で寝転がっていたのではなく、牢屋のような檻に囲まれていることがわかった。
否、これは牢屋なのだろう。
「え、ぇぇ‥‥‥お茶碗割りってここまで罪が重かったんですか」
絶対にそれは関係ないだろう。が、最後の記憶がそれしかないのでシオンは本当に訳がわからず首を傾げた。
こういう時、状況把握ができずにパニックにならないのは、シオンの大胆さとマイペースな性格によるものだろう。
「ふぅむ」
シオンはウーロの真似をしながら、とりあえずといった感じで檻を触ってみる。
比較的一般世間に知られる鉄格子。魔術的な符呪は施されておらず、完全に物理的にシオンを閉じ込めているだけだ。
「‥‥‥うきぃ」
シオンは持ち前の力強さを生かし。少しだけ強く檻を握ってみる。すると少しだけ歪んだ。
あ、いけるわこれ。
「フフフ、監禁されたというのに泣きも騒ぎもしないとは、なかなか冷静な方ですねぇ」
背後からちょっとだけ聞き覚えのある敬語が聞こえてきた。そこに敬いの気持ちはこもっていない。
自分と同じだからか、単なる口癖だと理解する。
声をたどって目を向けると、そこにはやはり見覚えのある仮面の細男が立っていた。もちろん、牢屋の外で。
「あ、あの時の不審者!」
「私の名前はアルグリーと申します。以後、そちらで呼んでください」
「うっさいですよ不審者!死んでも呼びませんからね!犯罪者に人権なんてないんですよブァーカ!!」
微妙にうざい挑発にアルグリーはイラッとするが、なんとかその気持ちを落ち着かせて飲み込む。実際、自分たちのしていることは犯罪なので否定はできない。
「く、くふふ、今自分がどういう状況かわかっていますか?大人しく言うことを聞いた方が身のためですよ?」
「いたいけな少女を拉致監禁しといて随分なこと言うじゃないですか。アンタなんてボコボコにされちゃえばいいんですよ!」
「ボコボコに、ねぇ。誰がしてくれるのでしょう?もしかしてサエラという人物ですか?」
妹の名前を出された瞬間シオンの動きはピタリと止まり、逆にアルグリーは愉快そうにくつくつと体を揺らした。笑いを堪えるのが大変だとでも言うように。
仮面で曇った声をアルグリーは言葉にする。
「残念ながら、彼女は今私の仲間が対応してます。助けなど来ませんよ」
「お前、サエラに何したんですかっ!!!」
サエラの身に何かが起きている。そのことを理解したシオンは飛びかかるようにアルグリーに向かって走りながら拳を振り上げた。
アルグリーは逃げない。それどころか愉快そうに笑い声を漏らしたままだ。
(バカな小娘め、この鉄格子があることが見えないのか?私に攻撃しようとしたところで檻に阻まれるだけ‥‥‥)
そうして余裕を持っていたためだろう。アルグリーは案外檻の近くにいた。
結果、シオンの細い腕は鉄格子の隙間をすり抜け、拳は目の前にいるアルグリーの顔面にぶち込まれた。
シオンは数百キロあろうバックを軽々と持ち上げるほどの怪力の持ち主である。当然、その威力が人に打ち込まれたら
「ぐぎゃぁぁぁぁぁあああ!?」
ぶっ飛ぶ。
顔面パンチを食らったアルグリーはそのまま吹き飛ばされ、奥の壁にぶつかった。
壁にヒビが生まれ、背骨から嫌な音がなった。鼻血が止まらない。
シオンの拳はアルグリーの鼻を完全に砕いたのだ。とてつもない激痛にアルグリーは悲鳴をあげながらのたうち回る。
「うががががが!!!はなが、はながぁぁぁぁ!!」
仮面の下が鼻血で溜まる。仮面は魔法が付与されているために、破壊されず耐えきることができたようだが、打撃の衝撃は吸収せずに顔全体に与えたらしい。
「答えなさい!サエラをどうしたんですか!?」
「ご、ごのじょぶだいではなぜるばけないばろぅ!?」
声に粘り気のある血の混じった喋り方で聞き取りにくいが、おそらくこの状態で喋れるわけないだろうと叫んだのだ。
しかしシオンにはそんなことは関係ない。一刻も早く捕まった妹を救わなければという、たった一つの使命だけが彼女を突き動かす。
シオンは腕一本通るのが精一杯という幅しかない鉄格子を、右手左手とそれぞれ握った。
そしてふん!と気合いを込めた声を出し、両腕に己のパワーを全力で乗せる。
するとどういうことか、鉄でできたはずの鉄格子が粘土のように曲がったのだ。
ぐにゃりという柔らかい擬音が似合いそうなほど、あっさり。
左右に押し曲げ、無理やりこじ開けて作った隙間は人を余裕で通すほど広がった。
「‥‥‥は?」
何が起きたのか理解できない。といったポカンとした気の抜けた声。痛みすら忘れてアルグリーの動きは止まる。
なぜだ。齢にして15、6歳の少女がなんの魔法や道具も使わず、素手で鉄の棒を曲げたのだ。
ありえない光景にアルグリーは自分が今夢でも見てるのではないかと錯覚していた。いわば現実逃避。
しかし、残念なことにこれは現実だった。ゴゴゴと背後に謎のオーラを纏い、シオンは影で黒く染まり、目だけが光っているような顔でアルグリーを見下ろした。
のしのしと檻から出るゴリラのような迫力に似ていた。アルグリーは固まったまま動けなくなる。
「サエラは、どこですか?」
「レッテル村にある、地下の独房です」
「ここはどこですか?」
「竜王の巣です」
従順な家来のようにシオンの質問に淡々と答えていくアルグリー。ショックのあまり思考能力も失ったのか、アルグリーの顔に表情はない。もっとも、仮面で見えやしないのだが。
シオンは行動的だ。思ったことはすぐ実践する。
故にサエラの居場所がわかり、さらに監禁されていることも分かればこの牢屋にいる理由などない。シオンは扉を蹴破り、脱出と救出を図った。
「‥‥‥はっ!しまった!」
アルグリーはスタコラサッサと走っていくシオンの背中を眺めながら、急に正気に戻って意識をはっきりさせた。ついでに鼻の激痛も復活した。
「おのれぇ、なめやがって小娘ぇ‥‥‥!」
ギリッと歯で砂を噛むように食いしばり、憎悪に満ちた目でもう見えないエルフの背中を追う。そして懐から特殊な文字が羅列している布切れを取り出すと、それを乱暴に地面に叩きつけた。
その行為がスイッチにでもなっているのか。岩肌に布が触れると途端に閃光が辺りを包んだ。ヒカリゴケの光などかき消されるほどに。
それが数秒。短い時間で消えたが、その代わりに新しい影がアルグリーの周りに佇んでいた。
その数、およそ10体。皆出来損ないの人間のフォルムをしていた。
全身が青紫色の鱗で覆われ、目は退化しているのか針の先のように小さい。代わりに腕が肩から地面に当たるまで肥大化し、爪は太刀のように長く、大きい。
口も中がサボテンにでもなっているかのようで、無数の牙が不規則に並んでいる。
誰がどう見ても、それらは異形だろう。凶悪な外見を持ちつつも、アルグリーを襲ったりはしない。彼は仮面の下でニヤリと笑った。
「逃しませんよ。必ずウロボロスの情報を掴んでやる!2週間ほど共に生活していたというなら、何かしらの弱点を知っていてもおかしくはない」
アルグリーの目的は、シオンからウロボロスの情報を聞き出すことだった。
時期竜の巫女姫で、ウロボロスを検知し連れて帰ったという話は、すでにメリーアから聞かされていた。
ウロボロスを討伐するのは仲間のカスミだ。戦力的には軍隊を喧嘩できるほどだろう。
だが相手はウロボロス。少しでも不安要素を排除するため、どうしても弱点になるネタが欲しかったのだ。
「さぁ行け!ホムンクルス 共!あのエルフを捕まえるのだ!!」
「「「「ガァァァァァア!!!」」」」
アルグリーの命令に従い、ホムンクルス と呼ばれた異形たちは安定しない走りでシオンの後を追った。
波乱は、まだ終わらない。
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