46 / 176
第1章〜ウロボロス復活〜
第45話「お人好し」
しおりを挟む
カスミの剣撃が我の鼻の先を削る。体の重心を中央から後方に落とし、首を後ろに引くことでギリギリで回避する。
それでも剣を振った風圧で鱗が数枚剥がれたが、血が出てないのなら容易い。
我は不死故、強力な再生治癒能力を有している。首を落とされるほどの致命傷では意味ないが、かすり傷程度ならすぐ治るのだ。
ブレスを吐き、地面に着弾させて爆発させる。軽い火傷程度で済む爆風で一気に跳び、後退。
カスミから一定距離をとった我は魔力を傷に集中させた。それらが一定量貯まれば、魔力が鱗に変換される。
魔力とは、全ての物質の糧である万能物質だ。中には失った肉体の部位を再生する魔法もあるようだが、我は使えない。
「そんなことできるんだー?わぁ、すごーい!あたしもやりたい!」
カスミがケラケラと笑いながらこちらに手を伸ばす。幼子が親に抱擁を求めるかのような愛らしい動作だが、その実獲物を狙う鷹の爪である。
横に跳んで避けると、カスミの触れた地面が円状に陥没した。あんなん喰らったら我など即死だ。
「よし!教えてあげよう!だから我を攻撃するのやめてくれるかのぅ!?」
「それはだめー」
「だよなぁ!?」
避けられた事を理解して、カスミは振り返りざまに剣で払ってくる。その際にもすでに重力を込めていたのか、斬撃が視覚的にわかった。
我は膝を曲げバネように筋肉を凝縮し、ジャンプに近い方法で跳んだ。 標的を失った斬撃はそのまま背後の木にあたり、易々とへし折ってみせた。
当たった部分に強烈な引力を与え、周囲にあるものを巻き込みながら破壊するのだ。そのため断面は引き千切れた紙のようになっている。
あんなの人が喰らったら相当えぐい光景になるぞ。
「チィッ!」
跳んだ我は近場の木に爪で引っかかり、そしてすぐに別の木へと飛ぶ。
カスミの周りを立体的な移動で動くのだ。いくら強くても人間。残像しか残らないくらいの速さで移動すれば、目では追いつけまい。
カスミの周りを嵐のように回る。そして死角から攻撃するのだ。気絶させて、動けないようにすれば‥‥‥
「えい」
「ぬぁ!?」
ところが、我は何者かに紐で引っ張られたかのように吸引され、一瞬でカスミとゼロ距離まで近づいてしまった。
我の背中をカスミが片手で鷲掴む。そこから膨大なエネルギーが集中しているのが伝わってきた。
そうか。重力の力を腕に込め、我を磁石みたいに引き寄せたのか。
「つーかまーえた」
「ぬぁぬ!!ずるいずるい!反則技ではないか!」
「ウロボロスだって火、出すでしょ?」
いやあれは種族的なヤツで、ずるじゃないし。
「ねえねえ、防御した方がいいよ?」
「へ?」
カスミが謎の忠告をしてきたが、すぐに意味がわかった。それは我の目の前に無数の岩や切り裂かれた丸太が迫ってきていたからだ。
カスミの引力に引かれ、周囲の物体も引き寄せられてきたのだ。今やあの岩たちは崖から落とした落下物とほぼ同じ。それが我一点に集まって落ちてくる。
「うおおおおおおおお!?」
すぐに魔力で肉体を強化した。そして訪れる多量の圧迫感。押しつぶされる。呼吸ができん。
カスミの手は巨大な団子みたいになっているのだろう。それを振り回わし、地面に叩きつけた。
凄まじい衝撃が背中を貫いた。岩や丸太と一緒になりながら、我はゴロゴロと地面を転がる。
だが痛みに悶えてる場合ではない。彼女は容赦ない。すぐに追撃してくる‥‥‥ってほら!また背中が引っ張られる。まずい!
「これべんりー」
「おわぁぁぁぁあ!!」
両手の爪を地面に刺すが、引っ張られるのが遅くなるだけで止めることはできない。
ガリガリと土を削りながら引かれる。くそ、完全無敵じゃないか!どうすれば‥‥‥!
‥‥‥あ、引き寄せられるなら。
「あ、ほれっ」
地面を手放して先ほどと同じように引力に引かれ、またカスミに捕まった、瞬間に放屁した。
さっきのよりきついヤツだ。戦闘によって体が温まり、代謝が高まることによって体内に溜まるガスの量は増えるのだ。
つまり平時よりドラゴンは戦闘した時の方がブレスの威力が高いということなのだが、今回は殺傷目的ではないのでガスだけにとどめる。
「うっぷ!?わあ!またぁー!汚い!」
「汚いとは失礼な。これでもクリーンなガスだぞ!」
カスミが臭いに参っていると、我を引っ張った引力の力もなくなる。高度な魔法なため、集中力を乱されると簡単に解除されてしまうらしい。
我は尻尾を振るい、その先をカスミの首に当てようと伸ばした。気絶させようとしたのだが、その尾は当たる寸前に掴まれてしまった。くそ。
握られた尻尾を力強く、振るうように投げた。宙へ放り出された瞬間、少し体が重くなった気がする。軽い魔法なら意識しなくても使えるようだ。
我は着地の際になんとか受け身を取り、ダメージを無くした。カスミは手をうちわのようにしてガスを払っている。
が、一向に臭いが離れないことにすこし「むっ」とした表情を作ると、諦めて我に斬りかかりながらガスから抜け出してきた。
まぁ、その場から離れる方が早いわな。振るわれた剣に対して我は爪に魔力を集中させ、それでカスミの剣を真正面から受ける。
全身に何百倍の体重がのしかかってきて、我の足元が陥没していく。
骨が悲鳴を上げている。 このまま土に埋まるか、剣に潰されるか。恐ろしい攻撃である。ただ剣を振ってるだけだというのに。
もう一度ガスでも出すか?いや、たまりきってないし、無理に出そうとすると別の排泄物まで出してしまいそうだからやめておこう。
「あっ」
「むっ?」
すると角の先端に、何か冷たいものが当たって弾けた感覚がした。それを皮切りに無数の雫が天から流れ落ち、我とカスミを急激に濡らしていく。
青空が曇天になり、風も強くなってきた。
「ぬぅ、嵐か?このタイミングで‥‥‥」
「‥‥‥」
次第にゴロゴロと鬼の腹の音のような轟音も聞こえてくる。いきなり天候が悪くなるとは、しかもこのタイミングで。
最悪の一言である。人間のカスミならともかく、子竜である我には冷たい雨風が体を鈍くさせるだけではなく、体温を補うために余計に魔力を消費してしまうからだ。
本来なら雀の涙程度の消費で済むが、今ではそれでも惜しい。本格的に逆転するチャンスが見えなくなってきた。
何か、何かないか‥‥‥む?
「どうした?何をぼーっとしてるのだ」
雨に濡れたカスミが、突っ立ったまま動かなくなったのだ。まるで何かに怯える子供のように。
動けば気付かれると、息を殺すように動かなくなったのだ。よく見ると手足もガタガタと震えている。
まさか風邪?いや、こんな短時間で体調を崩すなど‥‥‥と、その時曇天の隙間から光が地に降り注いだ。
全身を貫くような、それでも雷鳴が我らの鼓膜を揺らした。うわ、かなり近場に落ちたの!?びっくりした。
「ひっ!!」
カスミが小さく悲鳴をあげ、剣を落とし空いた両手で耳を塞いだ。そして体を縮めるようにしゃがみ、小さくブツブツと呟き始めた。
一体どうしたというのだ。我は殺されかけていることも忘れ、何も考えずにカスミの元に駆け寄った。
その姿は冷酷な勇者ではなく、雷に怯える子供そのものに見えたからだ。
「おい、カスミ?どうした?大丈夫か?」
「やだ、やだやだ、怖い、怖い、お母さん」
こりゃダメだ。いくら話しかけても返事は全くしない。それどころか余計に体を強張らせてる。
だが、雷は再び容赦なく雷鳴を鳴らした。
「ぬぉっ!?」
「っ!!!」
とにかく、この場から離れなければ。我は完全にお荷物と化したカスミ引っ張りながら、近場に洞穴でもないかと探し始めた。
その間、カスミは延々と母親の名前を呟いていた。
お知らせ。
・次回更新は夕方の18時以降となります。リアルの都合なのでまた変わるかもしれません。
それでも剣を振った風圧で鱗が数枚剥がれたが、血が出てないのなら容易い。
我は不死故、強力な再生治癒能力を有している。首を落とされるほどの致命傷では意味ないが、かすり傷程度ならすぐ治るのだ。
ブレスを吐き、地面に着弾させて爆発させる。軽い火傷程度で済む爆風で一気に跳び、後退。
カスミから一定距離をとった我は魔力を傷に集中させた。それらが一定量貯まれば、魔力が鱗に変換される。
魔力とは、全ての物質の糧である万能物質だ。中には失った肉体の部位を再生する魔法もあるようだが、我は使えない。
「そんなことできるんだー?わぁ、すごーい!あたしもやりたい!」
カスミがケラケラと笑いながらこちらに手を伸ばす。幼子が親に抱擁を求めるかのような愛らしい動作だが、その実獲物を狙う鷹の爪である。
横に跳んで避けると、カスミの触れた地面が円状に陥没した。あんなん喰らったら我など即死だ。
「よし!教えてあげよう!だから我を攻撃するのやめてくれるかのぅ!?」
「それはだめー」
「だよなぁ!?」
避けられた事を理解して、カスミは振り返りざまに剣で払ってくる。その際にもすでに重力を込めていたのか、斬撃が視覚的にわかった。
我は膝を曲げバネように筋肉を凝縮し、ジャンプに近い方法で跳んだ。 標的を失った斬撃はそのまま背後の木にあたり、易々とへし折ってみせた。
当たった部分に強烈な引力を与え、周囲にあるものを巻き込みながら破壊するのだ。そのため断面は引き千切れた紙のようになっている。
あんなの人が喰らったら相当えぐい光景になるぞ。
「チィッ!」
跳んだ我は近場の木に爪で引っかかり、そしてすぐに別の木へと飛ぶ。
カスミの周りを立体的な移動で動くのだ。いくら強くても人間。残像しか残らないくらいの速さで移動すれば、目では追いつけまい。
カスミの周りを嵐のように回る。そして死角から攻撃するのだ。気絶させて、動けないようにすれば‥‥‥
「えい」
「ぬぁ!?」
ところが、我は何者かに紐で引っ張られたかのように吸引され、一瞬でカスミとゼロ距離まで近づいてしまった。
我の背中をカスミが片手で鷲掴む。そこから膨大なエネルギーが集中しているのが伝わってきた。
そうか。重力の力を腕に込め、我を磁石みたいに引き寄せたのか。
「つーかまーえた」
「ぬぁぬ!!ずるいずるい!反則技ではないか!」
「ウロボロスだって火、出すでしょ?」
いやあれは種族的なヤツで、ずるじゃないし。
「ねえねえ、防御した方がいいよ?」
「へ?」
カスミが謎の忠告をしてきたが、すぐに意味がわかった。それは我の目の前に無数の岩や切り裂かれた丸太が迫ってきていたからだ。
カスミの引力に引かれ、周囲の物体も引き寄せられてきたのだ。今やあの岩たちは崖から落とした落下物とほぼ同じ。それが我一点に集まって落ちてくる。
「うおおおおおおおお!?」
すぐに魔力で肉体を強化した。そして訪れる多量の圧迫感。押しつぶされる。呼吸ができん。
カスミの手は巨大な団子みたいになっているのだろう。それを振り回わし、地面に叩きつけた。
凄まじい衝撃が背中を貫いた。岩や丸太と一緒になりながら、我はゴロゴロと地面を転がる。
だが痛みに悶えてる場合ではない。彼女は容赦ない。すぐに追撃してくる‥‥‥ってほら!また背中が引っ張られる。まずい!
「これべんりー」
「おわぁぁぁぁあ!!」
両手の爪を地面に刺すが、引っ張られるのが遅くなるだけで止めることはできない。
ガリガリと土を削りながら引かれる。くそ、完全無敵じゃないか!どうすれば‥‥‥!
‥‥‥あ、引き寄せられるなら。
「あ、ほれっ」
地面を手放して先ほどと同じように引力に引かれ、またカスミに捕まった、瞬間に放屁した。
さっきのよりきついヤツだ。戦闘によって体が温まり、代謝が高まることによって体内に溜まるガスの量は増えるのだ。
つまり平時よりドラゴンは戦闘した時の方がブレスの威力が高いということなのだが、今回は殺傷目的ではないのでガスだけにとどめる。
「うっぷ!?わあ!またぁー!汚い!」
「汚いとは失礼な。これでもクリーンなガスだぞ!」
カスミが臭いに参っていると、我を引っ張った引力の力もなくなる。高度な魔法なため、集中力を乱されると簡単に解除されてしまうらしい。
我は尻尾を振るい、その先をカスミの首に当てようと伸ばした。気絶させようとしたのだが、その尾は当たる寸前に掴まれてしまった。くそ。
握られた尻尾を力強く、振るうように投げた。宙へ放り出された瞬間、少し体が重くなった気がする。軽い魔法なら意識しなくても使えるようだ。
我は着地の際になんとか受け身を取り、ダメージを無くした。カスミは手をうちわのようにしてガスを払っている。
が、一向に臭いが離れないことにすこし「むっ」とした表情を作ると、諦めて我に斬りかかりながらガスから抜け出してきた。
まぁ、その場から離れる方が早いわな。振るわれた剣に対して我は爪に魔力を集中させ、それでカスミの剣を真正面から受ける。
全身に何百倍の体重がのしかかってきて、我の足元が陥没していく。
骨が悲鳴を上げている。 このまま土に埋まるか、剣に潰されるか。恐ろしい攻撃である。ただ剣を振ってるだけだというのに。
もう一度ガスでも出すか?いや、たまりきってないし、無理に出そうとすると別の排泄物まで出してしまいそうだからやめておこう。
「あっ」
「むっ?」
すると角の先端に、何か冷たいものが当たって弾けた感覚がした。それを皮切りに無数の雫が天から流れ落ち、我とカスミを急激に濡らしていく。
青空が曇天になり、風も強くなってきた。
「ぬぅ、嵐か?このタイミングで‥‥‥」
「‥‥‥」
次第にゴロゴロと鬼の腹の音のような轟音も聞こえてくる。いきなり天候が悪くなるとは、しかもこのタイミングで。
最悪の一言である。人間のカスミならともかく、子竜である我には冷たい雨風が体を鈍くさせるだけではなく、体温を補うために余計に魔力を消費してしまうからだ。
本来なら雀の涙程度の消費で済むが、今ではそれでも惜しい。本格的に逆転するチャンスが見えなくなってきた。
何か、何かないか‥‥‥む?
「どうした?何をぼーっとしてるのだ」
雨に濡れたカスミが、突っ立ったまま動かなくなったのだ。まるで何かに怯える子供のように。
動けば気付かれると、息を殺すように動かなくなったのだ。よく見ると手足もガタガタと震えている。
まさか風邪?いや、こんな短時間で体調を崩すなど‥‥‥と、その時曇天の隙間から光が地に降り注いだ。
全身を貫くような、それでも雷鳴が我らの鼓膜を揺らした。うわ、かなり近場に落ちたの!?びっくりした。
「ひっ!!」
カスミが小さく悲鳴をあげ、剣を落とし空いた両手で耳を塞いだ。そして体を縮めるようにしゃがみ、小さくブツブツと呟き始めた。
一体どうしたというのだ。我は殺されかけていることも忘れ、何も考えずにカスミの元に駆け寄った。
その姿は冷酷な勇者ではなく、雷に怯える子供そのものに見えたからだ。
「おい、カスミ?どうした?大丈夫か?」
「やだ、やだやだ、怖い、怖い、お母さん」
こりゃダメだ。いくら話しかけても返事は全くしない。それどころか余計に体を強張らせてる。
だが、雷は再び容赦なく雷鳴を鳴らした。
「ぬぉっ!?」
「っ!!!」
とにかく、この場から離れなければ。我は完全にお荷物と化したカスミ引っ張りながら、近場に洞穴でもないかと探し始めた。
その間、カスミは延々と母親の名前を呟いていた。
お知らせ。
・次回更新は夕方の18時以降となります。リアルの都合なのでまた変わるかもしれません。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
85
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる