ハーブガーデンはいつも雨上がり

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第3章 エルダーフラワーのお茶をもう一杯

§5§

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「ねぇ、花穂さん――……の、女の子は、休日にはこんなにもたくさんのお店を回るものなの?」
「ん? そうだよ。一日中歩き回って、夜には足がパンパンになるの。ごめんね、連れまわしちゃって。疲れたでしょ」
「ううん、そうじゃないの。そうじゃないのよ……とっても、楽しいし嬉しいのよ」
「わたしも楽しい。やっぱりお買い物は女の子同士でなくっちゃね」

 花穂は明るく笑い、ふざけてモアの手をぎゅっと握った。華奢な指が握り返してくる。
 その感触に神経を集中させる。

 女の子の手だ。細くて頼りない、だけどとても器用で料理上手な素敵な手。

 今、モアさんはなんて言った? 

 人間の女の子はって……言わなかった?

 そんなわけないか。だってそれは、人間ならば言うはずのないことなんだから。

 花穂は浮かんだ考えを追い出して、モアも手をもう一度ぎゅっと握った。

「この先においしいパン屋さんがあったんだ。最後に行ってみていいかな。明日の朝食に買って帰ろうよ」

 モアが頷いてくれたので、足の赴くままに歩く。迷いなく進んでいける。きっと、この先を曲がったら目当てのお店が……。

「あれ……ないな。閉店しちゃったのかな」

 微かな記憶を頼りに辿り着いた先にあったのは、閉まったシャッターとテナント募集の張り紙だ。当てが外れてがっかりしていると、通りかかった女の子二人が親切に声をかけてくれた。

「そこにあったパン屋さんなら、移転しましたよ。すぐ近くなんですけど、店名が変わりました」
「確か……そう、ラウレア。ラウレアってお店です」

 花穂はモアと顔を見合わせる。
 偶然だろうと思いつつも、今朝方見た美女の面影が頭を過ぎった。

 女の子たちに礼言ったあと、マオからの頼まれ物と、別の店でパンを購入し、帰ることにした。
 ラウレアの名を耳にしてから、モアは少し元気がなかった。
 バスに乗っても無口で、窓から空を見上げている。薔薇色に染まる薄暮の空は確かに見とれるほど美しいけれど、心を占めているのはたぶん、別のことだ。

 バスがだんだんとハーブガーデンに近づいてきて、モアは伏し目がちにそっと呟く。

「……美しい方でしょう。ラウレアさんって」
「うん。ショートカットが似合うって羨ましいなぁ。顔小さいし、上品な雰囲気で」
「お似合いね、マオさんと」
「えっ、そ、そんなこと……」

 慌てて否定すると、ふーっと息をついてモアは唇の端を上げる。

「花穂さんは嘘が下手ね。目が泳いでいるわ」
「えっ、え……そうかな」

 声が裏返る。誤魔化そうとしたことがかえってモアを傷つけてはしないかと、焦ってしまう。

「わたし、あなたのそういう正直なところ、好きよ」

 微笑んだモアの顔はどこか大人びていた。幼げな面立ちでそんな達観したような表情をされると、なんだか痛々しく感じてしまう。

 どうして、そんなに寂しそうに笑うの。
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