悪役令息になった俺は、殺人兵器と呼ばれる男に溺愛される。

飯田 いち太郎

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手紙

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 朝、頬を撫でるひんやりとした風が触れ、目が覚めた。

 まぶたに当たる微かな光に目を細めながら、視界にまず入ってきたのは、銀色の毛並みだった。

「・・・ウルフ?」

 俺がぽつりと呟いた声に反応するように、ふわふわとした耳が、ぴくりと動いた。目が合うと、ゆっくりと立ち上がり、長い尻尾を揺らしながら小さく鼻を鳴らした。

───びっくりした。いつ、俺の部屋に忍び込んだろう。

 しかし、そんな驚きはすぐに消えていった。そよりも、また会えたという事実がとても嬉しかった。飼い主に連れて行かれて、もう二度と会えないかもしれないと覚悟していたから。嬉しくて、たまらなかった。

「・・・?」

 目を潤ませながら、こちらの様子を伺うウルフ。その胸元に、そっと顔を埋めた。

「・・・ん、あったかい。」

 心がふわりとほぐれ、思わずそう呟く。彼の体から立ちのぼる、優しくて落ち着く香りが、鼻先をかすめていく。

 安心して、ゆっくりと体を預けていく。

 体重を乗せてもびくともしない頑丈な体。どこまでも柔らかく受け止めてくれるウルフ。彼の体に身を委ねながら、ぽつりと呟いた。

「好きだなぁ。」

「・・・!?」

 ウルフの体がピクリと震え、驚いたように俺を見下ろした。その反応が、なんだかおかしくて、でも、愛しくて。くすっと笑ってしまう。

「あはは。このふわふわ、好き。」

「・・・!」

 頬をすり寄せるようにして、ウルフの毛並みを堪能した。

 もしかして、ウルフは放し飼いにされているのだろうか。彼は大人しい性格だが、街の人や父に見つかったら、大騒ぎになることは間違いない。

 一旦、ウルフをどこかに匿わないと。

 ふと、ウルフの顔をよく見てみると、何かを咥えていることに気が付いた。シンプルな封筒に入った手紙。筆跡の整った宛名と、封の繊細な仕上がりの物。

 それは───レークからの手紙だった。

 指先が、わずかに震える。

 俺は、ためらいながらも封を切った。





───親愛なるユリィへ

 突然の手紙を差し上げること、お許しください。

 私は、あの日のことを何度も思い返しては、後悔を募らせています。

 自分の言動がどれほど軽率で、どれほどあなたを傷つけたか。今さらながら、痛感しております。

 不快な思いをさせてしまったこと、心よりお詫び申し上げます。

 謝罪の言葉が足りるとは思っていません。

 それでも、何も伝えないまま終わらせることはしたくありませんでした。

 もし、あなたが何かを望むのなら、できる限りそれに応えたいと考えています。

───レークより





「・・・かたっくるしい!!!」

 俺は、思わず手紙を投げ捨てた。風に乗ってひらひらと舞う手紙。それが絨毯に落ちる音が、妙に虚しく響いていた。

「そんなに気を使わなくても・・・いいのに。」

 真面目すぎるその文章を見て、毒気を抜かれてしまった。あの日、触るなと怒鳴られて、確かに少し腹が立ったが、こうも熱心に謝られては、許さない訳にもいけない。

「望み・・・か。」

 ベッドに寝転がりながら、うーん、と、少し考えてみるが、これといって何も浮かんでこなかった。

「特にないんだよなぁ。」

 衣食住は揃っているし、学園にも通わせてもらっている。それが日常になっている時点で、とても贅沢なことだと思う。

 あ、でも、お小遣い・・・。

 冗談で、お金ちょうだいって書いてみるか。

 俺は、笑いながら返事を書いた。

「ウルフに返事を渡したら、レークに届けてくれるの?」

 コクコク、と、嬉しそうに頷くウルフ。殴り書きした適当な返事を渡すと、しっぽを振って、ぱたぱたと飛び出していった。

 本当に届けてしまうのだろうか───まあ、いいか。

「レーク、どんな返事を送ってくるかな。」

 律儀に宝石やら貴金属やらを送ってくるかもしれない。いや、もしかしたらそこそこのお金を送ってくるかも・・・受け取る気は早々ないが、あの時怒鳴られた仕返しだ。





───数分後、風のような速さで戻ってきたウルフが咥えていたのは、ペラペラの紙切れ一枚だった。

「・・・何これ?」

 よくよく見ると、その紙には莫大な金額が明記されていて───

「ひ、ひぃっ!」

 ご丁寧に明記された通貨単位。王都の平均年収の数十倍はくだらない額。それを使用できる、小さな紙切れ。

 褒められると思っていたのか、ウルフは誇らしげに尻尾を振っていた。

「・・・っ返してきなさい!」

「・・・。」

 ウルフは尾を振るのを止め、反省した表情でこちらを見上げていた。

「受け取れないから!何これ、何この金額!怖いって!」

「クゥン・・・。」

 ウルフが初めて、悲しそうに鳴いた。

「わ、分かった・・・自分で返しに行くから。こんな大金、ウルフに預けられないし・・・。」 
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