悪役令息になった俺は、殺人兵器と呼ばれる男に溺愛される。

飯田 いち太郎

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デート②

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 食事を終えると、レークは軽く店長に礼を告げ、静かに店を出た。俺は、その背中に続いて店を後にする。扉を開けると、外の空気が流れ込み、心地の良い爽やかな風が頬をかすめた。

 店を出て数歩進んだところで、レークはふと足を止め、振り返ってきた。金色の瞳が真っ直ぐこちらを捉える。その視線に射抜かれ、足を止めた瞬間、彼は右手を迷いなくこちらに伸ばしてきた。

 しかし、俺はその手を軽く振り払い、無視して真っ直ぐ歩き出した。

 また手を繋いで歩こう───きっと、そんな意味で手を差し出してきたんだろう。

 けれど、そんなの御免だ。冷やかされるのは目に見えている。

 さっきのカフェで向けられた周囲の視線や、店長の意味深な言葉を思い返しただけで、頬の内側から熱がじわじわと広がってしまう。

 あの時の自分は、どんな顔をしていたのだろうか。そんなことを想像すると、余計に恥ずかしくなってきてしまう。

 俺は、気を紛らわせるためにわざと歩幅を広げ、歩みを速めた。

 けれど、この後の行き先なんて決めていない。どこに行けばいいのだろうと、迷いながら周囲を見渡してみる。

 すると、数歩後ろから足音が追いかけてきて、靴の音が重なった。レークの顔を視界に捕えるよりも早く、長い腕が、スルリと腰に回ってきて、俺の身体を逃がさないように捕まえてきた。

「あっ・・・!」

 思わず喉から声が出そうになり、慌てて口をつぐむ。

 腰骨あたりに触れる彼の掌は、驚くほど熱くて大きい。布越しでも、その温もりと形がはっきりと分かってしまう。

「・・・?」

 俺の反応を不思議そうに見下ろすレーク。その視線がくすぐったくて、胸がざわついてしまう。耳の奥で鼓動がうるさく響いて、自分でもどうしていいか分からなくなった。

「や、やめ・・・っ。」

 軽く抵抗しようとした瞬間、さらに腰を引き寄せられ、自然と肩と胸が触れ合う距離まで近付いてしまう。彼の吐息が耳元をかすめ、心臓がより一層大きく跳ねたのが、自分でも分かってしまった。

「こっちだ。」

 低く落ち着いた声が、耳の奥に直接落ちてくる。そして、そのままレークは片腕で俺の腰を支えながら、ゆっくりと歩き出した。

 大きな手が時折わずかに動いては、まるで存在を刻み込むかのように熱を残していく。そのたびに身体が小さく跳ねてしまい、慌てて振りほどこうとするが、結局無駄な抵抗に終わった。

 どうやらレークは、道案内をするために腰に手を置いただけのようだったが、俺の意識は足元ではなく、ずっと腰に回されたその腕と、すぐ横にある端正な横顔に釘付けになってしまった。

 その上、歩くたびにふわりと数センチ浮かぶスカート。大きな風が吹かないか心配になってしまい、落ち着いて歩くことさえできなかった。

 何とか賑わう大通りを抜けると、活気ある声や甘いお菓子の香りが遠のいていった。

 そうして暫く並んで歩いた末に、辿り着いたのは───街の片隅にひっそりと佇む、品揃えのいい小さな本屋だった。

「・・・少し、用事がある。」

 レークは俺から名残惜しそうに手を離す。腰に残った熱が一気に薄れ、思わず物足りなさを覚えてしまった。

「待っていてくれ。」

 そう告げるや否や、レークは本屋の奥に立つ、怪しげなフード姿の人物の元へと歩み寄った。彼はその人物と向かい合い、何やら人目を避けるように、小声で言葉を交わし始めていた。

 暇になった俺は、漫然と店内を見渡した。目に入ってきたのは、最近流行りの恋愛小説や、魔法に関する書物たち。

───そうだ、今のうちに欲しかった魔導書を探そう!

 そう思い立った俺は、本の背表紙に意識を集中させ、棚の間をすり抜けて奥へ進んだ。

 ページをめくる音と、心地の良い紙の匂いが漂う空間。背の高い木製の棚には、色とりどりの本が並び、知らない物語や専門書がぎっしりと詰まっていた。

「この辺りかな。」

 指先で背表紙をなぞりながら、一冊ずつ中身を確認する。

 魔法陣が羅列された魔導書、最近出版された風魔法の魔術論文、実践的な魔法の使い方についての研究書───それらを開いては閉じるの繰り返し。どれも惹かれる内容ばかりだが、目的の本ではなかった。

 しゃがんで下段の本を元に戻し、目線を上げる。その瞬間、視界の端に銀色の文字が輝いた。

「・・・あった!」

 “最新版、魔法の制御手順と実践”───探していた魔導書だ。分厚く、ずっしりと重たそうなその本は、本棚の一番上に鎮座していた。それは身長よりもずっと高い位置にあり、どう見ても手が届きそうにない場所だった。

 取り敢えず、背伸びをしてみる。

 指先がほんの一瞬本の端をかすめるが、すぐに空を切ってしまう。周囲を見ても、残念ながら脚立らしきものはなかった。

「うぅっ。」

 俺はつま先立ちになり、片手を下段の棚にかけて身体を支え、ぎりぎりまで腕を伸ばしてみた───

───ギィッ。

 本棚がわずかに揺れ、軋む音が響く。

「あと少し・・・!」

 指先が再び本の端を捕らえ、届いたと思った、まさにその瞬間。本棚が、ゆっくりとこちら側へ傾き始めていた。棚と床が擦れ合う音が聞こえ、軽く空気が震える。

「───っ!」

 驚きのあまり、喉がひゅっと詰まってしまい、助けを呼ぶ声すら出せなかった。目の前には、迫り来る分厚い棚の影。体のバランスは崩れ、魔法を繰り出す余裕さえない。

 押し潰される───そう覚悟した刹那。視界が一瞬揺らぎ、背中から強い力で引き寄せられ、急に温かな体温に包まれた。

 耳元で、よく知っている深い息遣いが落ちる。

 彼は覆いかぶさるようにして、倒れかけた本棚から俺の身体を守ってくれた。肩越しにちらりと視界に入ったのは、無数の本が床へと散らばっていく光景だった。

「怪我は・・・ないか?」

 至近距離で響いたその声に、心臓が一気に跳ね上がった。

「あっ、ごめ───」

 咄嗟に謝ろうとする声は、震えて途切れてしまった。

───レークが、俺を守ってくれたんだ。

「魔導書が欲しかったのか?」

 見上げた先で、甘い金色の瞳が真っ直ぐとこちらを射抜いていた。

 何も言えずにコクリと小さく頷くと、レークは軽々と片手で本棚を元の位置に戻し、床に落ちてしまった魔導書を拾い上げた。

 本を渡されたとき、その指がわざと触れるように俺の指先をかすめていく。

「一人にしてしまって、すまなかった。」

 優しく落ち着いた声が、耳の奥に染み込んでいった。助けられた時の余韻と体温が、離れた後も消えてくれない。

 頬がどんどん熱くなってきてしまい、魔導書で顔を隠して目を瞑る。

「べ、別に。謝らないといけないのは俺のほうだし・・・ごめん。」

───何だ何だ何だ今の!!ムカつくくらいカッコよすぎるんだけど!?

 颯爽と助けに来るなんて、まるでヒーローみたいだ。

 レークは相変わらず無表情のまま、淡々と本を棚に戻し、落ちてしまった花束をこちらへ差し出してきた。

「行こうか。」

 その仕草に、プロポーズでもされているかのような錯覚を覚え、更に頬が熱くなる。

 花束を受け取り、レジへ向かおうと歩き出す。すると、横から大きな手が伸びてきて、俺の手首を軽く包み込んだ。

「お、お会計・・・。」

「それなら問題ない。この店のオーナーは私だからな。」

「・・・は?」

 その返答に、思わず気の抜けた声が漏れた。どうして騎士でりながら、この国で本屋のオーナーなんかをしているのだろうか。もしかしたら、別の店とかも持っているのだろうか。というよりも、国の規則的にそんなこと許されないんじゃないだろうか。

 色々な疑問が、一気に頭の中を駆け巡った。

 眉をひそめる俺を見て、レークは自信満々そうな表情を浮かべている。暫く、俺たち二人は無言のまま見つめ合っていた。

  しかし、その静寂は長くは続かず、遠くから、慌ただしい声と足音が迫ってきて───

「団長!」

 鎧を纏った若い騎士が、こちらへと駆け寄ってきた。息を切らし、深く頭を下げる彼は、緊迫した声で要件を告げに来たようだった。

「お休みのところ申し訳ございません、至急───」

 騎士はレークに何かを耳打ちし、一言二言会話を交わした。

「・・・そうか。」

 そして、会話を終えたかと思うと、レークは申し訳なさそうな顔をして、こちらへ向き直った。

「すまない、急ぎの用ができてしまった。屋敷まで送る。」

「そっか・・・大丈夫、一人で帰る。」

「ダメだ。」

 前へ出そうとした足が上に上がり、ふわりと身体が宙に浮いた。

「わっ!?」

 あっという間に逞しい両腕にさらわれてしまい、俺は軽々とお姫様抱っこをされてしまっていた。

「何するんだ!離せ!」

 暴れようとするが、残念なことにレークの腕はびくともしなかった。まるで、鋼のように揺るがない安定感のある腕は、俺をいとも簡単に抱え込んでしまっている。

 逃げようともがいていると、段々と物珍しそうな視線が周囲から集まってくる。

  若い騎士は状況を察したのか、そっと大通りの方へ合図を送った。すると、前にも見た豪奢な馬車が音もなく現れ、俺は抗う暇もなく抱き抱えられたまま中へと乗せられてしまった。

 扉が閉まると、車輪の音が響き始める。そして、馬車はあっという間に俺の屋敷へ向かって走り出してしまった。

 ちゃっかり隣に腰掛けてきたレークは、相変わらず無言で無表情だった。けれど、銀色の尻尾が俺の腰にそっと巻き付き、逃がさないと言わんばかりに寄り添ってきている。

 そのささやかな触れ合いが、息苦しいほど胸をかき乱した。

 きっと、これは俺を逃がさないように捕まえている、ただそれだけの触れ合いに過ぎない。なのに、どこか落ち着かなくて、顔が火照って仕方なかった。

───本当、何なんだよ、これ。

 居心地の悪さを誤魔化して、拗ねるようにレークの胸へと身を預けた。

 重なる心音を聞いていると、瞼が重くなり───気付けばいつの間にか、目を瞑ってしまっていた。

 夢うつつの中、ふわりと全身を、まるで唇でなぞられるような、甘く柔らかな感覚が這っていった。肌を柔らかく撫でられるたびに、心臓がほんの少し早鐘を打つ。けれど、これはきっと夢なのだろう。そう思いながら、俺は身を委ね、深い眠りへと落ちていった。





「ユリィ。」

 優しい声で愛称を呼ばれ、はっと目を覚ます。

「ん・・・。」

 ぼんやりと瞬きをすると、目の前にはレークの顔があった。ほんのりと頬が赤く染まって見えたが、恐らく見間違いだろう。

 湿っていた唇を拭い、目を擦る。

 馬車は既に、屋敷の前に停まっている様子だった。

 レークが扉を開け、ゆっくりと俺を抱き上げる。そして、まるで壊れ物を扱うように、慎重な手つきで地面に下ろしてくれた。

「今日は、その・・・色々ありがとう。楽しかった。」

 寝起きのせいか、何だか頭がぼんやりとしていたが、どうにかお礼を伝えると、レークの口角が柔らかく上がった。

「そうか。」

 短くそう返事をしたレーク。いつもより肩の力が抜けているように見え、尻尾もパタパタと機嫌が良さそうに左右に揺れていた。

───やっぱり、団長ともなると、普段は気を張り詰めて生活しているんだろうか。

 そんなことを考えていると、自然と口が動き出していた。

「お仕事、いってらっしゃい。」

「・・・っ。」

 レークはわずかに目を見開き、口元をわずかに開けて言葉を詰まらせていた。

 心配になって、レークの洋服をぎゅっと掴むと、彼は慌てて口を抑え、俯いてしまった。

 大きな手で顔が覆われているため、表情はほとんど見えず、今、レークが何を考えているのか、どんな顔をしているのかは分からなかった。

「すまない・・・行ってくる。」

 少しカサついたレーク手が、俺の頬に触れたかと思うと、すぐに離れていってしまう。小さな温もりだけを残して、彼は静かに馬車へと乗り込んでいった。

 去りゆく背中を見送りながら、俺は胸を抑えて深呼吸を繰り返す。

 何故だろうか。どうしようもなく心臓が暴れてしまって───仕方がなかった。
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みんなの感想(2件)

虎太郎
2025.08.08 虎太郎

面白いです。今後のストーリーも楽しみです。(⁠.⁠ ⁠❛⁠ ⁠ᴗ⁠ ⁠❛⁠.⁠)

解除
たす
2025.08.03 たす

素敵なストーリーありがとうございます♡更新楽しみにしてます!!

解除

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