悪役令息になった俺は、殺人兵器と呼ばれる男に溺愛される。

飯田 いち太郎

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採寸

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 仕立て屋の扉を押し開けた瞬間、鈴の音がカランと可愛らしく響いた。

「いらっしゃいませ!───あらまっ、ユリス様!」

 奥から勢いよく飛び出してきたのは、鮮やかな赤のリップに、ラメ入りのアイシャドウをきらきらと輝かせた短髪の中性的な人物。

 彼───いや、彼女は、俺の姿を見た瞬間、目を細めて頬を綻ばせた。そして、両手を広げ、小走りでこちらへと寄ってきた。

「んまぁ、久しぶりじゃないの。あなた、また背が縮んだんじゃない?」

「アロマさんの背が高すぎるんだって。」

「いや~ん、アタシはただヒールが高いだけなんだから!」

 この派手な人物の名前は、アロマ・キャンティ。表向きは小さな仕立て屋の店主をしているが、その実、王族御用達のドレスも手掛ける凄腕デザイナーだ。

 亡き母と彼女は親友だったらしく、俺のことを色々と気にかけてくれる、優しい人だ。今でも俺の着る服は、ほとんどが彼女の監修となっている。

 とはいえ、俺はあまり派手な服が好きではないので、いつも貴族学園の制服を着て過ごしている。

 彼女はそれが不満らしく、「お金をあげるから新作を着て欲しい」と、しつこく頼まれることがある。

───金をくれるなら、仕方ない。

 人にはあまり言えないが、俺は前世でも今世でも、お金にめっぽう弱いらしい。

 金にがめついユリスの父を、どうこう言える立場じゃない。

 と、そう思いたいが、そもそもの元凶はあの父親が小遣いを寄越さないせいなのだ。俺までどんどんケチになっている気がする。原作のユリスとは大違いだ。

「今日はパーティー用のお仕立てよねぇ?」

 俺に抱きつきながら、確認をするアロマさん。

 そのすぐ後ろには、睨みをきかせたレークが無言で控えていた。その存在に気が付いたアロマさんは、嬉しそうに微笑んだ。

「───あらまっ、そちらの方は!?」

  彼女の目が鋭く光る。ぐぐっとレークの傍へにじり寄る彼女に対して、俺はちょっとだけ口ごもってしまう。

「・・・彼は、レーク・ヴォルロード卿。俺の・・・婚約者、です。」

 その言葉を口にするのが、何だか無性に恥ずかしく思えてしまった。

 いや、いやいや。相手は男だ。堂々としていればいい。

「んまっ!!あのヴォルロード卿!?うそぉっ、噂以上じゃなぁい!!」

 まじまじとレークを眺めて、アロマさんは身を乗り出すように目を輝かせる。

「なんて整った顔立ち・・・うちの子たちが見たら、鼻血ものよぉ。背も高くて、おまけに無口で無表情・・・まさに氷の騎士!アタシ好み~!」

「・・・。」

 レークは微動だにせず、何も言わずに軽く会釈をする。けれど、彼の耳はピンと立っていて、明らかに警戒している様子だった。

「さ、入って入ってぇん!!」

 そう言ってアロマさんは扉を抑えて、手招きをする。俺はレークを連れて、店の中へと足を踏み入れた。

 最初に、数人の従業員と、仕立て途中の優雅なドレスが目に入った。

 目線を下に移すと、つやつやとした大理石の床が見え、横を見ると色とりどりの布地が、棚に美しく並べられていた。
  
「まずはユリス様から!色々測っていくわよぉん。ヴォルロード卿は、あちらの椅子にどうぞ。」

 俺は言われるがままに、フィッティングルームへと案内される。

 採寸時に使われているその場所は、薄い布のカーテンで囲まれており、ほんのりと甘い香りが漂っている。

 レークは大人しく待合室のソファに座っているようで、カーテン越しから大きな影がちらりと透けて見えた。

「さっ、いつも通り脱いで頂戴!いい服を作るには、まずは採寸!細かく測るわよぉ!」

「・・・はいはい。」

 俺は仕方なく、シャツとズボンを脱ぎ、下着一枚だけの姿になった。

───今日の下着は、白のサテン地に、控えめな金のレースが施されたガーターベルト付きのセット。

 絶対、女でもこんなもの日常的に履かないだろう。俺が小柄な体型じゃなければ、きっと悲惨なことになっていたはずだ。

───これは決して、断じて、俺の趣味なんかじゃない。

 アロマさんが勝手に作って送ってきやがったものだ。しかも、「着たらお金あげるわよ」と、誘惑してくるものだから、もう着るしか選択肢がなかった。

 あられもない俺の姿を目の前に、彼女は満足気に、細いメジャーを肩に、腰に、太ももに巻きつけてきた。

 冷たくて、少しだけゾクッとする。

「ひゃっ!?」

 思わず声が漏れてしまった。喉の奥から弾かれるように出たその声は、あまりに情けなく、妙に高い音だった。

 そして、次の瞬間──。

───バッ!

 乾いた布の音が、空気を裂くように響いた。何者かの手によって、カーテンが勢いよく左右に引き開けられる。

 そこから顔を覗かせたのは・・・レークだった。

「大丈───」

「うわああぁぁあああっっっ!!!」

 反射的にしゃがみ込み、慌てて両腕を身体に巻きつける。肩をすくめ、脚をすぼめて、必死に肌を隠す。

───見られた。見られた見られた見られた!!!

「す、すまないっ!」

 レークは動揺しながら謝罪し、明らかに顔を真っ赤にして、すぐにカーテンを閉じた。

───いや待て。その反応はおかしいだろ。俺は男だ。いや、それを言うなら俺の反応もおかしいか。何で恥ずかしがっているんだ!俺!!

「んもう、婚約者同士なんでしょっ!?もっと堂々と見せつけちゃいなさあぁぁああい!!」

「やめろおぉぉおお!!」

 アロマさんは、最近完成したばかりの、俺用新作パンツを持って出ていこうとしていた。俺は、それを全力で止めた。

「はぁ、はぁ・・・。」

 取っ組み合いの後、お互い息を整え、なんとか気を取り直して、採寸が続けられる。

「はぁ・・・はい、肩幅・・・ウエスト。」

 流石プロ。切り替えが早い。用紙に次々と数字を書き記していく。

「ん・・・アナタ、ちょっと痩せたんじゃない?ちゃんと食べてる?」

「食べてるよ・・・たぶん。」

「“たぶん”じゃダメよぉ。ちゃんと食べなきゃ!」

 ほっぺを膨らませながら、小言を言うアロマさん。彼女に心配されて、なんだかほっとした気分になる。誰かにこうやって気にかけてもらえるのも、悪くない。

 さっきの下着の件については許していないが。

「そんなんじゃ、あの人に抱きしめられただけで倒れちゃうわよ?」

「なっ・・・!」

 誰が誰を抱くんだよ!!

・・・そんなくだらないやりとりをしている間にも、アロマさんの指は、迷いなく身体を測り終えていた。

 採寸を終えてカーテンを開けると、レークが静かにこちらを見ていた。

「・・・。」

「次、どうぞ。」

 カーテンの中へ入るように促すと、彼は無言で立ち上がり、フィッティングルームへ向かった。

 けれど、入口の近くにあった棚に肩をぶつけ、さらにタンスの角に足を引っかけていた。

 体調でも悪いのだろうか。

 俺は、彼を心配しつつ、待合室に用意されていたお菓子をつまむ。

 美味しくて夢中で食べていたら、採寸中のアロマさんの声が聞こえてきた。

「んもぉ・・・どこもかしこも立派ねえっ! ユリス様がちゃんと扱えるか、アタシ不安になってきたわ。」

「・・・っ!?」

 飲んでいた紅茶を、危うく吹き出すところだった。

「ホント、おとぎ話に出てきそう。まるで、お姫様を助けに来る王子様。ねえ、ユリス様もそう思わなぁい?」

「俺が姫みたいに聞こえるんだけど。」

「そりゃそうよ。だってあなた、顔がかわいいもの。・・・ねえ、ヴォルロード卿もそう思うでしょ?」

「ああ。」

「・・・はぁっ!?」

 なぜ即答した。許せん。





───採寸が終わり、布地選びの時間になる。

 今回のパーティーのドレスコードは、婚約者同士の“瞳や髪の色を取り入れた装い”。つまり、俺はレークの銀髪と金の瞳を取り入れ、彼は俺の茶髪と水色の瞳をモチーフにしなければならない。

 色とりどりの布地が並べられた棚の前で、俺は銀糸の入った布を手に取り、光にかざした。

「この布、ちょっと深みがあって、レークの髪の色に似てる気がす・・・します。」

「そうだな。」

「じゃあ、これを───」

「敬語。」

「・・・?」

 唐突言葉を遮られて、きょとんとした顔を向けると、レークが目を伏せながら言った。

「敬語じゃなくて、いい。」

「え?」

 普段はぴんと立っている彼の獣耳は、しゅん、としおれていた。

「分かりま・・・わ、分かった。」

 慌てて言い直した俺の言葉を聞き、レークの耳がぱっと立ち上がり、嬉しそうに尻尾を動かし始めた。

 それから俺たちは、お互いの色に近い布生地を、一緒に探した。棚に積まれた生地を一枚一枚引き出しては、手のひらで質感を確かめる。ときどき、布の端がふわりと舞って、互いの指先が触れる。その度に、レークは転んだり物を壊したりしていて、おっちょこちょいな一面があるんだなと、なんだか面白くなった。

  二人で一緒に仕立て屋に行くなんて、気まずくなるだけかと思っていた。けれど、想像よりも打ち解けることができた気がする。

「デザインはアロマさんにお任せしてもいい?」

「もちろん!アタシに任せて!仕上がりは三週間後。ふふ、素敵な衣装にしてあげるから、楽しみにしててねん!」

  飛び出してきたアロマさんが、自信満々に胸を張る。

 レークと自然と目が合った。彼の口元が、ほんの少しだけ緩んでいた。

「ありがとうございましたぁん!」

「ありがとう、アロマさん。」

  会計を終えて、扉に向かおうとした時。

「レークちゃん。こぉれ、サービスぅ~!」

 見送りがてら、懐にしまっていた俺用新作パンツを、こっそりレークに渡そうとしているアロマさん。───しかも、それはめちゃくちゃ透け透けのやつだった。

「やめろやああああああああ!!」

 それに気が付いた俺は、全力で彼女のみぞおちにパンチをくらわせた。

「・・・帰るか。」

 俺がそう言うと、彼は無言で頷いた。扉を開けると、午後の陽光がふわりと差し込み、彼の銀髪が淡く光を反射した。

・・・今日見た俺のパンツのこと、全部忘れてくれないかな。
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