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この話を打ち明けたくなったのは、時が経ったからなのか

いいえ

きっと未だに毒が抜けきれていないからなのでしょう

あんな思いをしたのに、あなたに会いたくて
それが叶わぬ今、再びあの毒を味わいたいと願うのです…


それは私が進学した大学で学ぶ為、18歳で上京し1人暮らしを始めた頃でした


通学途中にあるショットバーの看板に『アルバイト募集』の張り紙を見つけました

丁度新しい学校や環境や生活に慣れて、学校が終わってから深夜までの空いた時間に飽きを感じていた私は
その帰り道で履歴書を購入し、すぐさまそのお店に連絡して、翌日には面接を受けていたのです

ビルの2階にあるそのバーは、細く薄暗い階段を上ったところにあり、黒いドアを開けるとこじんまりとした店内に1人の男性が居て

「こんにちは。アルバイトの面接に来ました」

「あぁ、じゃ座って」

中央の小ぶりな丸いテーブルを挟んで、向かい合って座ったその人は

「店長です」

とだけ自己紹介して、面接というより確認作業のような会話を始めました

「勤務時間は17時~1時半くらいだけど大丈夫?」

「はい」

「都合の悪い曜日とかは?」

「特にありません」

「やる事は飲食店のバイトと変わらないんだけど、いわゆる水商売なんだよね…親御さんは大丈夫?」

注文を受けて商品を出す。それだけですが、バーで働くということは、そう思われやすいのだと、言わんとしている事は何んとなく分かりました。

そもそも両親は学生のうちのアルバイトをあまり快く思わない人だったので、アルバイトをする事を親に伝える気はありません

「はい、大丈夫です」

「で、これが1番難しいかもしれないけど…
彼氏とか、お酒扱うところでバイト嫌がらない?もちろんそういう接客はないんだけど、そう言って辞めちゃう子って多いんだ」

「彼氏はいないので大丈夫です」

「そうなの?…じゃ、いつから来られる?」

「いつからでも」

「なら、明日から来てもらえる?急なら明後日でもいいけど」

「明日から大丈夫です」

「そう。じゃ明日からよろしく」

「はい」

あっさりと決まり過ぎて、その後どうしたものかと座ったままでいると

「もういいよ。また明日」

「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」

何度かペコペコと頭を下げて、お店を後にしていました。

それが即決だった事よりも
「店長」というだけしかわからないその人の纏っていた色気に圧倒され、店を出てからも余韻が残るくらいに酔ったような感覚になっていた事にこの時はまだ気付いてはいませんでした。





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