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人外編【モノクロドクロ】
第11話 怠惰の対価
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ねむっている。
ん、え?
お眠り?
「ねむっている……」
「ご確認されますか?」
触れるのも嫌だった。はずだった。
耳を疑うことで嫌悪感が消えたのか、死んでいないことがさらに嫌悪だったのか。
わたくしは膝をつき、羽毛で隠れた鳥肌に触れる。
羽毛越しには疑うしかない、細い体。
濡れるのを嫌う乾燥肌。
……ほんのりと暖かく、微かに動く鶏肉。
「……」
「泣いているのですか」
「悲しいです。生きていて」
わたくしは、まだこの人から逃げられない。
「そうですか」
無慈悲な声が脳を貫通する。
同情も憐みも申し訳なさもない、無関心。
無関心はわたくしの十八番だと思っていた。
上には上がいた。
……どうでも良すぎて笑いが出る。
「なぜですか」
「なぜ、とは?」
「ライター様は仕事を完了されました。わたくしの『コろして』という依頼を。確認したはずなのに、なぜ死んでいないのですか」
これは『怒り』だ。
怠惰のわたくしが無駄な感情で振り回されているという滑稽な状況。
憤怒に対して怒るという憐れな状況。
彼らの餌を振りかざし、わたくしは怠惰であることを忘れていく。
「私の方こそ確認したじゃないですか。「完了でよろしいですか?」と」
平然と。
本当に憤怒なのかを疑うほど、冷静に。
わたくしの怒りなど、まだ下拵えも済んでいない粗末な食材だと言われているかの様に。
そそられない。
つまらない。
期待が持てない。
ため息が一つ、空気を揺らす。
「私は、殺しをするとは言っていないし、殺したとも言っていません」
…………それは。
そうだけど。
「というか、殺しに代理を立てるなんて迷惑極まりないことです。あなたは怠惰らしい行動をしましたが、それとこれとは話が別です。貴方の人生のために私が人生を賭けて殺しをする必要がどこにありますか。対価はなんですか? 貴方は貴方の人生を得る代わりに、私に何をくれるというのですか? 人生に相対するものなんて人生しかありませんよ? よろしいのですか?」
弾丸の様に繰り出される言葉が、わたくしを乱れ打ちにした。
最初から、この人はわたくしの依頼など話半分程度だったのだ。
気休めで、気まぐれで、キチガイな扱いをしているのだ。
受けられないなら受けられないと言って欲しかった。
受けるならば対価が必要だと言って欲しかった。
受けたふりして受けていないと、わたくしで遊んでいたのだ。
あ……ああ、なんか、疲れたな。
「殺しをしないので、永遠に眠ってもらうということで手を打ったつもりなのですが」
「…………え?」
えいえんに、ねむる……。
「玄関に生えていた草に、強い催眠作用があるものがありました。これを永遠に飲んでいただきます。飲むときは起きなければなりませんが、それ以外はほぼ眠っているでしょう。水分摂取は生きるために必要なことです。鳥居様の場合は……遠くない未来、本当に起きなくなるようですし」
どこか確信めいた言い方をしながら、ライター様は崩れたわたくしを見下ろす。
車椅子に座りながら長い脚を組み、目隠しの隙間から赤い瞳がわたくしを捉える。
本能が叫ぶ。
逃げようとしても無駄だ。
あれは捕食者の目だ。
そして怒っている。
無関心などではない。
冷静に、怒っている。
「ダブルブッキングだなんて、私のポリシーに反します。裏紙を使うなんて適当な扱いだと思わざるを得ない。ああ、忌々しい」
「申し訳……ありません……」
「あなたはこの屋敷の労働力として雇います。必要なことだけやってください。今までと変わりません。相手が変わるだけです。それが、この依頼の対価です」
拒否権はなかった。
もうすでに完了してしまった依頼。
逃げようとしても、どこに逃げろというのかと。
この屋敷から逃げたくなった。
一度目の失敗を思い出して、どうしたらいいかと考えた。
結果、戻ってくるぐらいなら、最初からここにいよう。
逃げるのも、面倒くさい。
ん、え?
お眠り?
「ねむっている……」
「ご確認されますか?」
触れるのも嫌だった。はずだった。
耳を疑うことで嫌悪感が消えたのか、死んでいないことがさらに嫌悪だったのか。
わたくしは膝をつき、羽毛で隠れた鳥肌に触れる。
羽毛越しには疑うしかない、細い体。
濡れるのを嫌う乾燥肌。
……ほんのりと暖かく、微かに動く鶏肉。
「……」
「泣いているのですか」
「悲しいです。生きていて」
わたくしは、まだこの人から逃げられない。
「そうですか」
無慈悲な声が脳を貫通する。
同情も憐みも申し訳なさもない、無関心。
無関心はわたくしの十八番だと思っていた。
上には上がいた。
……どうでも良すぎて笑いが出る。
「なぜですか」
「なぜ、とは?」
「ライター様は仕事を完了されました。わたくしの『コろして』という依頼を。確認したはずなのに、なぜ死んでいないのですか」
これは『怒り』だ。
怠惰のわたくしが無駄な感情で振り回されているという滑稽な状況。
憤怒に対して怒るという憐れな状況。
彼らの餌を振りかざし、わたくしは怠惰であることを忘れていく。
「私の方こそ確認したじゃないですか。「完了でよろしいですか?」と」
平然と。
本当に憤怒なのかを疑うほど、冷静に。
わたくしの怒りなど、まだ下拵えも済んでいない粗末な食材だと言われているかの様に。
そそられない。
つまらない。
期待が持てない。
ため息が一つ、空気を揺らす。
「私は、殺しをするとは言っていないし、殺したとも言っていません」
…………それは。
そうだけど。
「というか、殺しに代理を立てるなんて迷惑極まりないことです。あなたは怠惰らしい行動をしましたが、それとこれとは話が別です。貴方の人生のために私が人生を賭けて殺しをする必要がどこにありますか。対価はなんですか? 貴方は貴方の人生を得る代わりに、私に何をくれるというのですか? 人生に相対するものなんて人生しかありませんよ? よろしいのですか?」
弾丸の様に繰り出される言葉が、わたくしを乱れ打ちにした。
最初から、この人はわたくしの依頼など話半分程度だったのだ。
気休めで、気まぐれで、キチガイな扱いをしているのだ。
受けられないなら受けられないと言って欲しかった。
受けるならば対価が必要だと言って欲しかった。
受けたふりして受けていないと、わたくしで遊んでいたのだ。
あ……ああ、なんか、疲れたな。
「殺しをしないので、永遠に眠ってもらうということで手を打ったつもりなのですが」
「…………え?」
えいえんに、ねむる……。
「玄関に生えていた草に、強い催眠作用があるものがありました。これを永遠に飲んでいただきます。飲むときは起きなければなりませんが、それ以外はほぼ眠っているでしょう。水分摂取は生きるために必要なことです。鳥居様の場合は……遠くない未来、本当に起きなくなるようですし」
どこか確信めいた言い方をしながら、ライター様は崩れたわたくしを見下ろす。
車椅子に座りながら長い脚を組み、目隠しの隙間から赤い瞳がわたくしを捉える。
本能が叫ぶ。
逃げようとしても無駄だ。
あれは捕食者の目だ。
そして怒っている。
無関心などではない。
冷静に、怒っている。
「ダブルブッキングだなんて、私のポリシーに反します。裏紙を使うなんて適当な扱いだと思わざるを得ない。ああ、忌々しい」
「申し訳……ありません……」
「あなたはこの屋敷の労働力として雇います。必要なことだけやってください。今までと変わりません。相手が変わるだけです。それが、この依頼の対価です」
拒否権はなかった。
もうすでに完了してしまった依頼。
逃げようとしても、どこに逃げろというのかと。
この屋敷から逃げたくなった。
一度目の失敗を思い出して、どうしたらいいかと考えた。
結果、戻ってくるぐらいなら、最初からここにいよう。
逃げるのも、面倒くさい。
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