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人間編【身銭依存】

第2話 スパゲッティ症候群

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『龍』とは。

 伝説上の生き物であり、幻獣、霊獣である。
 今私のいる世界で言う西洋では『ドラゴン』とも呼ぶ。
 龍、または竜については国ごとで様々な云われがある。
 けれど共通点として挙げられるのが、トカゲや蛇と似た形で、かつ水に関する生き物であるということ。

 どこにも治癒について書いていないという点についてはどうするかと考えた結果。
 触れないことにした。
 が言うのだから間違いないのだが、に治す力はない。
 治す力はないが、死なないようにすることはできる。
 猿のミナのように死なずに苦しむことになる。
 狐塚様のような人間の寿命は長くて百年。
 百年と言えばとしては赤子の首が据わる程度の年月。
 取るに足らない年月を、弱小の人間と言う種族は大事にしている。
 馬鹿馬鹿しくて、愛おしい。
 瞬き程度の時間を生きる人間が生涯の何割かの時間を物語だからこそ、私は人間の書く小説に心惹かれたのかもしれない。
 人間が生きるよりも短い時間の年月が語られ、人間が生きる時間よりも長くこの世に存在する小説。
 生き急ぎ、生き狂い、生き勤しんでいる。
 素晴らしいものだ。

 ……っと、話題がそれてしまいました。
 つまりは、気まぐれで依頼を受けたのです。
 どんな生き狂い様を見せてくださるのか、気になったから。
 依頼を引き受けた私はその日の真夜中、大荷物を抱えて狐塚様の『愛する人』を確認に行きました。

 とある病院の、とある個室。
 VIPなのでしょうか、ワンルーム以上に広く、この部屋で生活が完了する作り。
 装飾された壁。
 シャンデリアとはいかないが豪華な照明器具。
 一人分にしては広すぎるベッド。
 底に横たわる、管に繋がれたご婦人。
 人工呼吸器、点滴、尿道バルーン、心電図、採血用の管。
 体から伸びる管の総力に負けそうな細い体。


「なるほど。これが『スパゲッティ症候群』ですね」


 とある小説で読んだことがある。
 延命措置。
 賛否両論ある治療だ。
 本人の意思はほとんどないにもかかわらず、機械や様々な手段で患者を生き永らえさせている状況。
 本人が死にたくないと希望するか、家族が死なせたくないと希望した場合、病院がその意思・判断に基づいて実行するものだ。
 逆い言えば、ここまでしないと生きていけない患者だということ。
 機械に頼る、薬に頼ることは悪いことではない。
 必要なことなのだから、それ以上でも以下でもない。
 まして、医者は『生かす仕事』だ。
 結局死んでしまうとしても、その死に方に満足してもらうこともまた『生かす仕事』と言えるだろう。
 そして、ここで問題に上がるのが目の前の『スパゲッティ症候群』だ。
 本人の意思があってこの状態ならば辛いものだ。
 自力での活動は全くと言っていいほどできない。
 回復の見込みがあるならまだしも、ここまで頼り切っているのに元の状態まで戻るのかと言うところ。
 人間は日に日に弱まって、老いていく。
 車椅子に座った人間は足を使わなくなるから、下肢の筋力はどんどん落ちていく。
 人工呼吸器で口が塞がれているから、声を出すことはできないし、声を出す筋肉も衰えている。
 スポーツ選手でも一日練習しなければ感覚を取り戻すのに三日はかかると言われている。
 年老いて、成長ではなく生命維持にエネルギーを割く人間が、どれだけの時間機械に頼っているのか知らないが。
 この状態で生き続けて、果たして何になると言うのか。
 人間という物はよくわからない。

 人間という枠組みは置いておいて。
 今回の依頼の中での、大きな疑問点。
 狐塚様は実年齢三十代という。
 妻であるこのご婦人。
 ――よわい八十代という。
 種族を超えた愛よりも簡単だろうが、これは裏がありそうで、面白い。
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