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人間編【身銭依存】
第1話 龍の尻尾
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「龍を捕らえてほしいんだ!」
「はい?」
とある世界のとある国。
とあるお店のとある席。
なぜか目の前の御仁の周りは湿度が高いなあと頭の片隅で考えていたら、唾液を飛ばしながら言ってきた。
全身から匂う脂汗。
顔の輪郭がぼやける髭。
エネルギーの消費に困っていそうな体格。
その割に寒波が起きかけている頭。
おそらくはそれなりの年齢だと思われる。
最初の雑談では「自分がいかに優秀で、多方面に人気者で、何でもこなせてしまってつまらない」という話してきた。
その男が喉から手が出るほど手に入れたいものがあるという。
それが『龍』と言うのだから、驚きと笑いが同時に襲ってくる。
「理由をお聞きしても?」
「俺には愛している人がいるんだ」
これは熱烈な。
「恋人様ですか?」
「妻だ」
「これは失礼。どうぞお続けください」
今回の依頼人、狐塚 吉宗様曰く。
最近のこの世界では、龍という存在が流行っているわけではない。
トカゲという生き物が尻尾を切られても再生するという性質を持っている。
それは失くしたものを取り戻す、欠損すらも治すという自己治癒力の象徴であると言われている。
狐塚様の『愛する人』が、まさにその力を欲しているという。
ただ、トカゲでは効果がなかったと。
「摂取したのですか?」
「ああ。溶かしたり刻んだり、様々な方法を試したが……」
それでだめなら諦めては。
とはさすがに言えなかった。
どんな無茶ぶりな相談事であれ、依頼者であることは変わりない。
依頼者があってこその私、小説家。
依頼者の機嫌を損なったり、依頼を取り消されるようなことをするのは論外だ。
「奥様の状態についてお聞かせください」
「寝たきりだ。もう俺の声も届かない」
視線を落とし、悲し気に、かつ悔し気な顔で拳を握る。
本当に愛しているのでしょうか。
愛と言う物を実感したことのない私には何とも言えませんが……そうですね。
私が愛してやまない小説が手元にあるのに読むことができない。
目の前にあるのにしたいことができない、というのは確かにつらい。
それがどれだけの時間をかけたのかはわからないが、一時間でも十年でも千年でも、終わりが見えていなければ不安が大きくなるばかり。
何でも試したくなるのも当然か。
「トカゲの上位である龍ならば効くかもしれない」
「何でも試したい、と」
「そうだ」
無理だろう。
そう言い切ってしまうのは簡単だ。
けれど、そこまで無粋ではない。
「……ご依頼については保留とさせてください」
「なんだと!?」
「ひとまずは『龍』いんついて調べさせていただきたく」
「調べてどうするというのだ!」
「例えばの話」
髪の毛を一本毟る。
つまんだ一本を、狐塚様と私の間に提示する。
「これが龍の体の一部です」
「は?」
「そうなりますでしょう? 本当の情報を知っていないと、これが本物か偽物かの判断すらもできないのですよ」
「あ、ああ……」
「ですので、私はまずは情報収集を。それ次第で、依頼について検討させていただきます」
「っ……なるべく、早くだぞ……! あ、それと実は金はそこまで余裕がないんだが……」
「……それも、今後ご相談いたしましょう。」
龍の毛をはらりと落とした。
正直、この世界のお金は私にとって大事なものだ。
この世界の小説はまだまだ読み切っていない。
近年はらいとのべるというジャンルが賑わっていて、読むのが追い付かない。
幸せな悩みだ。
一か月後、依頼を正式に承った。
「はい?」
とある世界のとある国。
とあるお店のとある席。
なぜか目の前の御仁の周りは湿度が高いなあと頭の片隅で考えていたら、唾液を飛ばしながら言ってきた。
全身から匂う脂汗。
顔の輪郭がぼやける髭。
エネルギーの消費に困っていそうな体格。
その割に寒波が起きかけている頭。
おそらくはそれなりの年齢だと思われる。
最初の雑談では「自分がいかに優秀で、多方面に人気者で、何でもこなせてしまってつまらない」という話してきた。
その男が喉から手が出るほど手に入れたいものがあるという。
それが『龍』と言うのだから、驚きと笑いが同時に襲ってくる。
「理由をお聞きしても?」
「俺には愛している人がいるんだ」
これは熱烈な。
「恋人様ですか?」
「妻だ」
「これは失礼。どうぞお続けください」
今回の依頼人、狐塚 吉宗様曰く。
最近のこの世界では、龍という存在が流行っているわけではない。
トカゲという生き物が尻尾を切られても再生するという性質を持っている。
それは失くしたものを取り戻す、欠損すらも治すという自己治癒力の象徴であると言われている。
狐塚様の『愛する人』が、まさにその力を欲しているという。
ただ、トカゲでは効果がなかったと。
「摂取したのですか?」
「ああ。溶かしたり刻んだり、様々な方法を試したが……」
それでだめなら諦めては。
とはさすがに言えなかった。
どんな無茶ぶりな相談事であれ、依頼者であることは変わりない。
依頼者があってこその私、小説家。
依頼者の機嫌を損なったり、依頼を取り消されるようなことをするのは論外だ。
「奥様の状態についてお聞かせください」
「寝たきりだ。もう俺の声も届かない」
視線を落とし、悲し気に、かつ悔し気な顔で拳を握る。
本当に愛しているのでしょうか。
愛と言う物を実感したことのない私には何とも言えませんが……そうですね。
私が愛してやまない小説が手元にあるのに読むことができない。
目の前にあるのにしたいことができない、というのは確かにつらい。
それがどれだけの時間をかけたのかはわからないが、一時間でも十年でも千年でも、終わりが見えていなければ不安が大きくなるばかり。
何でも試したくなるのも当然か。
「トカゲの上位である龍ならば効くかもしれない」
「何でも試したい、と」
「そうだ」
無理だろう。
そう言い切ってしまうのは簡単だ。
けれど、そこまで無粋ではない。
「……ご依頼については保留とさせてください」
「なんだと!?」
「ひとまずは『龍』いんついて調べさせていただきたく」
「調べてどうするというのだ!」
「例えばの話」
髪の毛を一本毟る。
つまんだ一本を、狐塚様と私の間に提示する。
「これが龍の体の一部です」
「は?」
「そうなりますでしょう? 本当の情報を知っていないと、これが本物か偽物かの判断すらもできないのですよ」
「あ、ああ……」
「ですので、私はまずは情報収集を。それ次第で、依頼について検討させていただきます」
「っ……なるべく、早くだぞ……! あ、それと実は金はそこまで余裕がないんだが……」
「……それも、今後ご相談いたしましょう。」
龍の毛をはらりと落とした。
正直、この世界のお金は私にとって大事なものだ。
この世界の小説はまだまだ読み切っていない。
近年はらいとのべるというジャンルが賑わっていて、読むのが追い付かない。
幸せな悩みだ。
一か月後、依頼を正式に承った。
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