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人間編【赤い糸と真っ赤な嘘】
第10話 众
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「こんにちは」
声をかけた先にいる男性は、木漏れ日の中でベンチに背を預けていた。
背もたれではない。
ベンチの足に背を預け、地べたに座っていた。
傍らに酒瓶。
顔は赤い。
開き切らず、微睡んだ目。
適当に投げ出された手足。
ひゃっくり。
見事な酔っ払い。
「んあぁぁー、らいたーすぁん……こんちゃーっす!」
「こんにちは。今日はとても陽気でいらっしゃいますね」
「うぃっす! きゅおもげんきっっっす!」
寝そべりながら敬礼。
口元だけ笑みを作り、私はベンチに足を組んで座った。
「今日はどうされたのですか?」
「んあーーー、聞いちゃいあす? 聞いてくれあすぅ? 聞いてくあさいよおー!」
手に持った酒瓶に口づけ、大きく煽る。
それを皮切りにして、以前会った時のように落ち着いて話出した。
「僕は昔真面目な人間でした。真面目に生きて、真面目に仕事して、真面目に人と関わった。恋愛だって経験は少ないけど、不器用ながらに真剣だった。
裏切られた。結婚が決まった瞬間、一番若い時に結婚式を挙げたいという婚約者のために貯金を切り崩し、彼女の理想だけを詰め込んだプランを組んだ。振り込み期日まで余裕はあった。けれど急かす彼女に盲目だった僕はお金を渡した。
雲隠れですよ。真剣な付き合いの果てがこれだ。
……ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな!!! 俺はお前のために大枚を叩いたんだぞ!! お前のために稼いだわけじゃない!! お前の我儘のために使ったんだ!! 俺の金だ!! 俺の金だ!! 俺の!! 俺の金だったのに!!!」
再度、酒瓶を煽る。
放たれた息はとても下品で、鼻をつまみたくなる。
客ということで眉を顰める程度で耐えた。
「彼女はその時の彼女によく似ている。同じ人かはわからない。けれど、よく似ている。
最初は探るつもりで偽名を使った。探っているうちに気持ちが変化してしまった。これは好意だと思う。そう思っている。僕も学びがない。学びはないが、知れば知るほど好きになってしまう。けれど同じだけ恨みもある。彼女が笑っているとき、僕は同じように笑い、裏では歯ぎしりを立てている。
好いているのか嫌っているのかわからない。他人を信じるのが怖い。向こうが笑うのが辛い。怒りが湧いてくる。……傷つけたくはない。守りたい。だが、自分一人ではどうしようもない。
そういう気持ちになると、決まって人のいないところに行った。そして落ち着くまで一人でいる。落ち着いてくるとともに絶望する。俺はこんな人間だったのかと。こんなにも人を恨み、呪える人間だったのかと」
はあ、と重い息を吐き出す。
飲み終わったのか、飲む気もなくなったのか、酒瓶を放り投げた。
開いた両手で顔を覆う。
両膝を曲げて縮こまった。
くぐもった声で嘆く。
「彼女を信じたいのに信じられない。過去のトラウマが邪魔をする。いっそのこと、過去の彼女がどうなったかわかればいい。別人だとわかれば。因果応報が起こっていれば。まだ彼女への感情はまともになると思うんです。真面目な自分に戻れる」
「疑えばいい。全てを」
両手から外れた顔が、私を見上げる。
声をかけた先にいる男性は、木漏れ日の中でベンチに背を預けていた。
背もたれではない。
ベンチの足に背を預け、地べたに座っていた。
傍らに酒瓶。
顔は赤い。
開き切らず、微睡んだ目。
適当に投げ出された手足。
ひゃっくり。
見事な酔っ払い。
「んあぁぁー、らいたーすぁん……こんちゃーっす!」
「こんにちは。今日はとても陽気でいらっしゃいますね」
「うぃっす! きゅおもげんきっっっす!」
寝そべりながら敬礼。
口元だけ笑みを作り、私はベンチに足を組んで座った。
「今日はどうされたのですか?」
「んあーーー、聞いちゃいあす? 聞いてくれあすぅ? 聞いてくあさいよおー!」
手に持った酒瓶に口づけ、大きく煽る。
それを皮切りにして、以前会った時のように落ち着いて話出した。
「僕は昔真面目な人間でした。真面目に生きて、真面目に仕事して、真面目に人と関わった。恋愛だって経験は少ないけど、不器用ながらに真剣だった。
裏切られた。結婚が決まった瞬間、一番若い時に結婚式を挙げたいという婚約者のために貯金を切り崩し、彼女の理想だけを詰め込んだプランを組んだ。振り込み期日まで余裕はあった。けれど急かす彼女に盲目だった僕はお金を渡した。
雲隠れですよ。真剣な付き合いの果てがこれだ。
……ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな!!! 俺はお前のために大枚を叩いたんだぞ!! お前のために稼いだわけじゃない!! お前の我儘のために使ったんだ!! 俺の金だ!! 俺の金だ!! 俺の!! 俺の金だったのに!!!」
再度、酒瓶を煽る。
放たれた息はとても下品で、鼻をつまみたくなる。
客ということで眉を顰める程度で耐えた。
「彼女はその時の彼女によく似ている。同じ人かはわからない。けれど、よく似ている。
最初は探るつもりで偽名を使った。探っているうちに気持ちが変化してしまった。これは好意だと思う。そう思っている。僕も学びがない。学びはないが、知れば知るほど好きになってしまう。けれど同じだけ恨みもある。彼女が笑っているとき、僕は同じように笑い、裏では歯ぎしりを立てている。
好いているのか嫌っているのかわからない。他人を信じるのが怖い。向こうが笑うのが辛い。怒りが湧いてくる。……傷つけたくはない。守りたい。だが、自分一人ではどうしようもない。
そういう気持ちになると、決まって人のいないところに行った。そして落ち着くまで一人でいる。落ち着いてくるとともに絶望する。俺はこんな人間だったのかと。こんなにも人を恨み、呪える人間だったのかと」
はあ、と重い息を吐き出す。
飲み終わったのか、飲む気もなくなったのか、酒瓶を放り投げた。
開いた両手で顔を覆う。
両膝を曲げて縮こまった。
くぐもった声で嘆く。
「彼女を信じたいのに信じられない。過去のトラウマが邪魔をする。いっそのこと、過去の彼女がどうなったかわかればいい。別人だとわかれば。因果応報が起こっていれば。まだ彼女への感情はまともになると思うんです。真面目な自分に戻れる」
「疑えばいい。全てを」
両手から外れた顔が、私を見上げる。
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