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人間編【猿生交換】
第6話 比較対象
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―――――……
「今日は天気が荒れてますねぇ」
「水しぶきがいつもより多いですね。危ないですからもう少し柵から離れた方がよろしいかと」
「ふふっ、ありがとうございます。でも、ここがいいんです」
「そうですか。では、私も」
大荒れの天気だった。
『立ち入り禁止』の仕切りは、狂った人間と人間でない存在には守る要素のない飾りと落ちた。
傘をさすと煽られてしまうからと、いつもの紫色のワンピースに羽織を着て、まるでプールにでも落ちたのかというほどの濡れ具合で柵に腰掛ける彼女。
その状況ですらも『彼のために待つあたし』に浸っているのだろう。
世に言う逆境は、彼女が彼女らしくいるための演出となる。
「もうすぐ春ですねぇ」
黒みの多い雲を見上げながら、彼女はつぶやいた。
分厚く先の見通せない空は不穏でしかなく。
それでも彼女は薄ら笑いを浮かべ、「デートの行き先を調べなきゃ」と前向きに語る。
「春といえば花ですね。私は山でも登って花畑を一望したいです」
「あらぁ! 素敵!」
「良い所があります。お教えしましょうか?」
首を横に振った。
「男性から聞いたって言ったら、彼、嫉妬しちゃいますから。嫉妬させちゃ可哀想」
「……そうですか」
今はもういない彼を信じている姿にも飽き飽きしてきたところだ。
発展のない話は実につまらない。
けれど、彼女にとっては『大好きな彼を語るあたし』は飽きることのない日常。
ただ私という聞き手ができただけ。
いてもいなくても変わらないのだろう。
だから私という存在を受け入れる。
同じ様に雨に打たれている私を横にみても、なんの不思議にも思わない。
私に興味がないのだから。
興味を持ったら、彼に申し訳ないと言うだろう。
「彼から連絡はありましたか?」
「いいえっ。でも、便りがないのはいい便りというじゃありませんかぁ」
そんな都合の良い。
いや、都合の悪い想像を避けている故なのか。
彼女はいつもと変わらず、いつもと違う荒れた海を眺める。
「あの人はすごい人なんです。色々なことに挑戦して、色々なことを達成する。おおよその答えがわからなければ行動に移せない、安心が欲しいあたしとは違うんです」
「安心、ですか」
「貴方はいかがですか? 例えば、お仕事中、プレゼンを誰に依頼するか」
「それは……それまでの仕事内容や業務姿勢を見て決めるのではないですか?」
「そうですねぇ。それが普通なんでしょうねぇ」
「貴方はどのように考えるのですか?」
「あたしは、その人の今の仕事内容。プライベート状況も考えます」
「……良いことだと思いますよ?」
「考えて、理解して、支えてこそ『良い』となるのです。あたしは考えて、考えて、考えて考えて考えて……結果、答えが出ないんです」
「答えが出ない?」
「任せていいのか。その人の負担になってしまうのではないか。成功すればいいけど、失敗したらその人にも会社にも負債になってしまう」
「そこまで考えるものですか?」
「考えない人は考えないと思います。それも経験ではありますし、サポートして負債にならないようにするんですよ。あたしは……あたしが、支え切れるかわかりませんから。それに、プライベートも考慮してとは言いましたが、全てを知るわけではないんです。あたしが知っている内容も、もしかしたらその人が強がって言った言葉かもしれない。実際の所はその人にしかわからない。だから、あたしが考えこんでも意味がないことなんです」
「では、貴方は最終的にどうするのですか? そのプロジェクト」
「あたしがやるだけです。あたしがやれば、その人への負担はない。会社が負債を追っても、あたしが責任を取ればいい」
「えー……、つまり……?」
「あたしは周りの人の顔色をうかがいながらでしか行動出来ない。けれど彼は、率先して自分の意見を通す。そしてやり通す。すごいでしょう!?」
彼女は笑う。
この数週間、変わりのない貼りついた笑顔で。
吐き気を催すほどの自己犠牲。
そして、自分を卑下して他人を評価する。
はて、さて。
これは。
……これは……。
男が女を必要としているよりは、女の方が男を利用していたのか。
女が自己を確立するために、クズな男が必要だった。
――ああ。
なんて、都合の良い存在なんだ。
「今日は天気が荒れてますねぇ」
「水しぶきがいつもより多いですね。危ないですからもう少し柵から離れた方がよろしいかと」
「ふふっ、ありがとうございます。でも、ここがいいんです」
「そうですか。では、私も」
大荒れの天気だった。
『立ち入り禁止』の仕切りは、狂った人間と人間でない存在には守る要素のない飾りと落ちた。
傘をさすと煽られてしまうからと、いつもの紫色のワンピースに羽織を着て、まるでプールにでも落ちたのかというほどの濡れ具合で柵に腰掛ける彼女。
その状況ですらも『彼のために待つあたし』に浸っているのだろう。
世に言う逆境は、彼女が彼女らしくいるための演出となる。
「もうすぐ春ですねぇ」
黒みの多い雲を見上げながら、彼女はつぶやいた。
分厚く先の見通せない空は不穏でしかなく。
それでも彼女は薄ら笑いを浮かべ、「デートの行き先を調べなきゃ」と前向きに語る。
「春といえば花ですね。私は山でも登って花畑を一望したいです」
「あらぁ! 素敵!」
「良い所があります。お教えしましょうか?」
首を横に振った。
「男性から聞いたって言ったら、彼、嫉妬しちゃいますから。嫉妬させちゃ可哀想」
「……そうですか」
今はもういない彼を信じている姿にも飽き飽きしてきたところだ。
発展のない話は実につまらない。
けれど、彼女にとっては『大好きな彼を語るあたし』は飽きることのない日常。
ただ私という聞き手ができただけ。
いてもいなくても変わらないのだろう。
だから私という存在を受け入れる。
同じ様に雨に打たれている私を横にみても、なんの不思議にも思わない。
私に興味がないのだから。
興味を持ったら、彼に申し訳ないと言うだろう。
「彼から連絡はありましたか?」
「いいえっ。でも、便りがないのはいい便りというじゃありませんかぁ」
そんな都合の良い。
いや、都合の悪い想像を避けている故なのか。
彼女はいつもと変わらず、いつもと違う荒れた海を眺める。
「あの人はすごい人なんです。色々なことに挑戦して、色々なことを達成する。おおよその答えがわからなければ行動に移せない、安心が欲しいあたしとは違うんです」
「安心、ですか」
「貴方はいかがですか? 例えば、お仕事中、プレゼンを誰に依頼するか」
「それは……それまでの仕事内容や業務姿勢を見て決めるのではないですか?」
「そうですねぇ。それが普通なんでしょうねぇ」
「貴方はどのように考えるのですか?」
「あたしは、その人の今の仕事内容。プライベート状況も考えます」
「……良いことだと思いますよ?」
「考えて、理解して、支えてこそ『良い』となるのです。あたしは考えて、考えて、考えて考えて考えて……結果、答えが出ないんです」
「答えが出ない?」
「任せていいのか。その人の負担になってしまうのではないか。成功すればいいけど、失敗したらその人にも会社にも負債になってしまう」
「そこまで考えるものですか?」
「考えない人は考えないと思います。それも経験ではありますし、サポートして負債にならないようにするんですよ。あたしは……あたしが、支え切れるかわかりませんから。それに、プライベートも考慮してとは言いましたが、全てを知るわけではないんです。あたしが知っている内容も、もしかしたらその人が強がって言った言葉かもしれない。実際の所はその人にしかわからない。だから、あたしが考えこんでも意味がないことなんです」
「では、貴方は最終的にどうするのですか? そのプロジェクト」
「あたしがやるだけです。あたしがやれば、その人への負担はない。会社が負債を追っても、あたしが責任を取ればいい」
「えー……、つまり……?」
「あたしは周りの人の顔色をうかがいながらでしか行動出来ない。けれど彼は、率先して自分の意見を通す。そしてやり通す。すごいでしょう!?」
彼女は笑う。
この数週間、変わりのない貼りついた笑顔で。
吐き気を催すほどの自己犠牲。
そして、自分を卑下して他人を評価する。
はて、さて。
これは。
……これは……。
男が女を必要としているよりは、女の方が男を利用していたのか。
女が自己を確立するために、クズな男が必要だった。
――ああ。
なんて、都合の良い存在なんだ。
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