福山ご城下開端の記

尾方佐羽

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掘って運んで測って学ぶ

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 幕府の普請目付役は瀬戸内海を航行のさい早々に石の運搬船を発見したが、さすがは状況を把握するに敏である。縄張りが始まる頃にはそれら資材の調達に関わる商人もあらかた決まっていて仕事は始まっていた。

 城地の常興寺山から少し離れた芦田川沿いに神嶋(かしま)という商人町がある。ここでは旧来より海と芦田川の水運を利活用して大きな商いを展開している。
 海からの入口にあたる鞆(とも)はちょうど瀬戸内海の中央にあたり、西からの潮流と東からの潮流が交わって穏やかになる海域で、古より「潮待ちの港」として繁栄してきた。
 その神嶋商人の中で海運を手広く扱っている伊予屋善右衛門という人がいた。
 彼はもともと紀州の人だが、伊予を経て神嶋に移り長く材木の扱いをしていた。そこを見込まれて、陸奥国からの翌檜(あすなろ)と紀州からの木材の積載・運搬・搬入を担う御用掛(ごようかかり)を命じられた。
 これまで大きな商いをしていたといっても、今回はケタ違いの扱い量と距離で、善右衛門にとって一世一代の大仕事だ。さっそく陸奥と紀州に人を出し詳細を詰めさせる。故郷に錦を飾るような心地がしたのだろう。
 しばらくのちに善右衛門は伊予にいた老母を呼び寄せ木材だけでなく木綿問屋を興すこととなる。

 その他に藩の助太刀をした商人を幾人か挙げると、刈屋から藩と関わってきた銀掛屋・菊屋太兵衛、大和郡山から出入りの商人だった奈良屋才次郎・重次郎・庄次郎兄弟(後で隅屋と改名)、同じく大和郡山で畳表改役(たたみおもてあらためやく)をしていた丸屋七左衛門らの移動組がいる、そして備後では深津の豪商・鍵屋、出身は大三島の三島屋安右衛門らも藩の出入りとなる。変わり種としては三原で牢人暮らしをしていたが商人に転身した大阪屋某という者もいた。

 近隣の北木島から石を運搬するのにも仕度が必要だということである。さきに挙げた商人の何人かはすでにせっせと動き回っていただろう。


 さて、ここで縄入れの始まった常興寺山にまつわることを少し補足しておきたいと思う。
 もともと、この山とその麓は手付かずの更地ではなかった。現在は少し離れたところに同名の町があるが、この丘陵ほどの低山の南側の麓には野上村が広がっていた。海際はさきにも述べた通り、芦原が広がっているが全面的に湿地だったというのではない。また、山には常興寺という名が付いているがその名の寺がある。寺社ということでいえば、麓には八幡宮が二社鎮座している。一方は宇佐八幡宮からの勧請で創建された平安後期の社で、もう一方は二〇〇年ほど前に鶴岡八幡宮からの勧請で建立されたものである。毛利氏が中国地方を平定する前にこの地を治めていた豪族・杉原氏が篤く信仰していた。
 そのことも踏まえた上で、この地を城地とするにあたって、勝成は格段の配慮をした。野上村の人々にはいったん移転をしてもらい、城下町が成ったのちにそこに新たな野上村を築くと約束した。また、寺社については城の完成後に北東の天神山に移転する旨を説明し了承を得た。
 後にしこりを残さぬよう、慎重にやり取りがなされたのである。


(現在の福山八幡宮、左右二社が同じように鎮座している)

 八幡宮の信奉者であり、戦国期の領主であった杉原氏が、藤井氏との神辺城争奪戦で勝利したことはさきに触れた。しかし関係の深かった毛利氏は次第に勢力を失い、結局防長二国のみの所領となった。その移封の際に杉原氏も付き従ったという。あるいは刀を手放しもともとの本拠地である尾道、世羅郡など(領外ではあるが)備後周辺に広く定着するようになった。かつての土地の領主であることから、この時期勝成の家臣らは新藩への出仕を呼び掛けたと思われるが、直接家臣として備後の藩に仕えることはなかったようだ。杉原氏の家臣を勤めていた者が出仕しているので、かつての神辺城争奪の経緯があるのかないのか、あえて固辞したとも考えられる。
 あるいは、出仕しなくとも庄屋格を与えている例があるのでそちらを選んだのかもしれない。

 新しいもの尽くしの城と城下町造りではあるが、そのように地域のいきさつや事情と折り合いをつける側面があったのである。
 そういったものをすべて飲み込んだ上で、承知した上で新しい町を開くのが勝成の根本的な思想だった。

 さて、城地と城下町の縄張りを作業は続いている。城下町(野上村)の方はこれから埋め立てをするので、埋め立て前、埋め立て後ともに測量されるだろう。城地の方は縄張りが済めば石垣普請に移ることになる。
 それと合わせて天神山と松廻山の間を開削する作業も始まった。
 この普請は大まかにいえば風水でいう「東に川」を導くためのものである。具体的には西を流れる大河・芦田川を本庄村の「艮(うしとら)の鼻」と呼ばれる地点で分流し、北の吉津村を通して城を囲む濠とする計画である。城の南東には海から船が直接入れる「入川」を設けて水運に役立てる。また、引き込んだ川から城と城下町に真水を供給することも大きな目的だった。なぜなら、常興寺山の南側は土地に潮気が多く、井戸を掘っても真水が出ないからである。このまま埋め立てても同じ状態になるのは目に見えている。干拓地は耕作地を増やすためでもあるので、水の運用は非常に重要だった。
 神谷治部は天神山の谷間で腕組みをしてか細い水流を見ている。
 この水流の幅を広げて川とする。
 土を掻き、岩は堤にするもの以外は取り除いて運び出し、草木も取り除く。水流にほんのわずかな下り傾斜をつけるよう細かく見なければならない。
 言うのは簡単だが、ひたすら岩や土砂を運び出す作業が続く。濠まで導く本流なのだから、幅四間、水深三尺ほどは確保しなければならない。何十里もあるわけではないが、たいへんな作業である。はたらく人に叱咤激励や文句を言うのも何なので、神谷はひたすら竿尺を手に川筋になる部分を測っている。多少曲がるのは仕方ないが、幅や深さがまちまちになっては溢れる箇所ができ水害の元になるからである。凝り性らしい、この人独特の監督方法なのだが、やる側から測られるのは掃除の後に埃を探されるようで落ち着かない。しだいにはたらく人もどこからか木のつるなど手近なもので尺を用意し、それぞれ大まかに測るようになった。すると神谷は暇になってしまい、石や土砂がどれほど積もったか集積所まで確認しに行くのだった。それもまた作業中の人々には気になるが、熱中している様子が伺えて、意地悪でしているわけではないとすぐに分かるのである。

 神谷はこの仕事に大きなやりがいを持っている。それは陸奥国の分水工事の話を聞いたことが大きいのかもしれないし、幕府目付役から聞いた小石川上水や次太夫濠(六郷用水)の話が興味に拍車をかけたのかもしれない。どれも困難な大事業で一年や二年で終わるものではなかったのだが、一人の人間がはたらく人とともに試行錯誤してやり遂げた仕事だった。
 神谷は自身がそのような仕事を任されたことが何よりも嬉しかったのである。

 勝成は神谷が報告するのを聞いている。
 そして思っている。

 普請奉行に任せたどの仕事も大きな仕事で、長い時間がかかるものばかり。三年で完成すると言うたが、三年でやりきれるとは思うとらん。ものによっては百年、二百年かかるじゃろう。百年、二百年の仕事の目鼻を付けるんが、真のわしらの仕事じゃ。
 特に川の付け替えなどの大事業はよほど性根を据えてかからなければできるものではない。人並みではできない。小石川上水を整備した大久保藤五郎、井の頭村頭領・内田六治郎、陸奥国で川の付け替えをしている川村孫兵衛、皆並々ならぬ苦労をしておる。その仕事を担う者には、自身畢生の仕事だという強い覚悟と情熱が必要だ。
 「やろう」という意志は他が植え付けたりはできぬ。あくまでも自身の裡から生まれるもの。

 幸い治部は発奮してそのような気概を抱いてくれとるようじゃ。今後も安心して打ち込めるようわしらも見守っていかねばのう。

 元和六年の年も明けて万事がようやく回りだした。
 大坂にいる勝成の嫡男・勝重もじきに戻ってくる。彼にはまた、きちんとした仕事を任さねばならない。勝成は権現徳川家康にも実父の水野忠重にも「たわけ、たわけ」と言われてきたが、勝重は将軍からも誉められるほど真面目な男に成長した。頼もしい限りである。そして、彼には勝成の跡を継いでこの備後を運営していくという最も大きな仕事が課される。
「城と城下町を築いていく中で大いに学んでほしい」と還暦を目前にした勝成は切望していた。

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