鎌倉もののふがたり

尾方佐羽

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【番外編】もののふの末裔 吉川広家

恭順

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  秀吉の勢いはやまず

 この後も織田勢らの攻勢が続く。

 毛利と同盟を組んでいる清水宗治が城主を務める備中高松城も恭順しなかったために、鳥取城の悲劇が繰り返されることになった。山陰の要の城に続いて、今度は備中の中心の城である。このときも信長軍の中国方面隊の長である羽柴秀吉が兵糧断ちに水攻めという大掛かりかつ、自軍に犠牲を生じないやりかたで敵方を渇落としにかけたのである。
 この頃になると毛利輝元、吉川元春、小早川隆景の三将の間では、「信長に恭順の意を示し、臣下に付くという選択しかない」という結論にたどり着いている。そうしなければ、丹波や播磨の例を見るまでもなく、中国地方の全土が荒らされることになる。毛利軍がいくら精鋭揃いで地の利があるといっても、一気に数で攻め込まれたら一巻の終わりだ。
 ただ、このときには変事が起こっていた。
 天正十二年六月、京都の本能寺で織田信長が家臣の明智光秀に討たれたのである。
 それを早打ちの密使によって知った秀吉は備中高松城の始末を早々につけることにした。
 もちろん、毛利には決して知らせずに。
 もし、これを毛利勢が知っていたら逆襲しただろうか。
 それはわからないが、少なくともそうしたいと思っていた人は少なくないはずだ。特に吉川の一党にとってはそうだっただろう。清水宗治に詰め腹を切らせて意気揚々と去っていく秀吉軍の後姿を見送る吉川元春の心にはひとつの強い決意が生じていた。
 
 織田信長の亡き後、彼の遺児を盾にしながらの頭目争いが家臣らの間で繰り広げられ、結局知略に長けた羽柴秀吉が権力を握ることとなる。中国地方が直接戦闘の場になるのは、毛利勢が恭順することによって回避できた。秀吉は中国・四国を越えて次は九州にその勢力を広げようとしていた。九州は島津・大友・龍造寺の三大名が長く力を保ってきたが、薩摩に磐石な基礎を築いている島津を除いて、その繁栄に翳りが見え始めていた。実際薩摩は大友の領内にたびたび進攻し戦いを繰り広げていた。
 大軍で攻め入るには格好の口実だった。それに九州制圧に大がかりに取り組むのには、その先を見越した狙いがあった。


  養子ではなく人質になる
 
 一方、毛利方の恭順を示すしるしとして、吉川元春と小早川隆景の毛利両川の子が秀吉のもとに人質に出されることになった。吉川経言(又次郎)と小早川元総である。元総は隆景の養子である。
 又次郎は、「養子から人質になってしもうたか……じゃが是非もないのう」と一人ごちて静かに出立の仕度をはじめた。
 
 人質に出る前に、又次郎は日山城から麓の屋敷に移っていた父、元春を尋ねた。
 
 父は因幡・備中と続いた籠城戦のあと、長兄の元長に家督を譲って隠居した。そして日山城の麓の一画、母吉野原局が以前から起居している松本屋敷の近隣に隠居用の住まいを建てた。広大な屋敷だ。すぐには完成せず、まず元春の住居、妻の住居、蔵という順序で建てられていた。のちにこの屋敷の建造に合わせて城下町も形成されていく。
 元春はもう山登りをする必要がなく、夫婦の物理的な距離も以前より近くなる。
 又次郎がそこに赴いたときには母親も同座することになっていたが所用で遅れていた。久しぶりに静かな場所で父と二人でいると、少しこそばゆい気分になる。
 
 しかし、そのような照れはすぐに吹き飛んだ。
父の顔色は備中で見たときよりはるかに悪かった。
 
 元春には胃の持病がある。だいぶ前からでたびたび体調を崩していた。寝込むこともたびたびあった。そのつど、毛利輝元や小早川隆景が医師を元春のところへ遣わしている。これまでの戦ではそれをおくびにも出さずに来たが、今、一向によくなってはいないことを周りの者は知っている。隠居を決めたのは体調の心配が第一だった。
 
「おかかはもうすぐ来るけえ、まあゆるりとしていったらええ。しばらくは会えぬじゃろうからのう」と元春は快く又次郎を迎え入れた。

 息子は座敷に入って、新しい屋敷の木材の香りを感じる。その様子を元春は目を細めて見ている。
 
「そうじゃな……寂しいのう。おぬしはわしの倅の中でいちばん面白い。その、どこか突っかかった風なのがええ。昔の自分を思い出すんじゃ。それに、わしが書写しとるわけを尋ねてくるのはおぬしだけじゃったけえ」
 又次郎は床にどかっとあぐらを組んで父の前に座す。
「そんなに尋ねとりゃせんと思いますが、なにゆえそれほど熱心にされとるんかと不思議なのでございます。今もでございます。前にも伺いましたが、分かったような、分からんような風にございましたけえ」
 又次郎の応答に元春は笑う。
「ああ、そのように思ってくれとるんがええということじゃ……いつか分かるじゃろ。本来なら、『太平記』はわしが写し、『吾妻鏡』をおまえに写してもらいたかったんじゃがのう」

 ああ、またその話かと又次郎は思うが、前に聞いたときとは受け止め方が少し変化していた。

「父上、わしは書写しとらんのですが、だいぶ読み進めましたぞ。何と言いましょうか、読めば読むほど、わしらと同じように皆暮らし、ときには戦っとったんじゃと思うばかりにございます。『吾妻鏡』を持って行ってもよいのかもしれませぬが、それでは先方への献上の品と間違えられそうじゃ。取られたらかなわん」
 
 元春はまだ目を細めて息子の話を聞いている。
 
「ああ、そうかもしれん……わしゃ、おぬしには言うておくが、羽柴秀吉という人間に未来永劫信を置く気はないけえ」と元春は穏やかに、しかしきっぱりと言った。
「分かっております。ですから隠退されたのでしょう。わしも父上には申し上げますが、羽柴秀吉という人間に信を置くことはございませんけえな。同じにございます。わしゃ今でも経家の遺書を思うと悔しゅうて涙が出てくるのです。ですが、さようなことはこの場で申し上げるだけにしておきます。それぐらいの分別はつきましたけえな」

 元春はうん、うんとうなずいた。
 
 その様子に昔日あった覇気のようなものがなく、又次郎は何かしら去りがたい気分になるのだった。
 
 
 父と名残を惜しんだものの、又次郎は秀吉の元に長居することはなかった。
 小早川元総だけが残され、又次郎は早々に帰されたのである。要る要らないというのは頻繁にあることではないしので名誉なことではない。又次郎は神妙な風で安芸に戻ったが、内心はせいせいしていた。父の元春もほっとしていた。
 宗家の毛利輝元だけは何か粗相があったのかと心配していた。
 しかし、そのようなことではなかった。
 
 『毛利三川』のうち、小早川隆景は秀吉に恭順した後、秀吉に重用されるようになる。毛利輝元もそうである。しかし吉川元春は違う。恭順の意は示したものの、すぐさま家督を長子に譲り隠退してしまった。

 「恭順するが配下にはならない」

 その意思表示だと受け取られ、秀吉の不興を買ったのだ。元春に持病があることも説明されたのだが、秀吉はそれを信用しなかった。そのため、その後も元春は秀吉のもとに挨拶に赴くようたびたび要請されることになる。取り次ぎをする小早川隆景もそれには難渋するほかなかった。
 
 そして、それが元春の命を縮めることになる。
 
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